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「今日よりも大切なものはない」
-- ゲーテ --
先日、知り合いの女性が私の顔を見るなり、ニコッと微笑んで、
「おはよう!!」
とこちらがビックリするくらい元気に声をかけてきました。
普段から明るい人なのですが、その日の笑顔は今まで見たこともないくらい
に輝いているのです。
「何かあったのかい?」
思わず私が訊くと、彼女は、待ってましたとばかりに、こんな話を聞かせて
くれました。
実は彼女は、数日前に右の乳房が少し痛むので触ってみて、そこに小さなし
こりのようなものがあるのを発見したそうです。
はじめは、大丈夫だと思っていたのですが、時々思い出したように乳房が疼
きます。
そして、触るたびにそのしこりは大きくなっているような気がしだしました。
ひょっとしたら、乳ガンかも知れない・・・
そう思うと彼女は、食事ものどを通らないくらいに気になり始めました。
乳房を取らなければならなかったらどうしよう・・・
全身に転移していたら大変だ。
そんな思いばかりが、頭を駆け巡ります。
何日か悩んで、とうとう病院で調べてもらうことにしたのですが、その途中
でも頭の中は、恐怖と絶望の思いで一杯だったそうです。
「もうダメだ、手遅れかも知れない・・・」
「もっと早く病院へ行っておけばよかった」
「私は、なんて不幸なんだろう・・・」
そして、ちょうど彼女が病院の前へ着いたとき、足の不自由な中年の女性が
タクシーから降りようとしているところに出会いました。
その女性は下半身が完全に麻痺しているらしく、タクシーから車椅子に移る
のにとても苦労していました。
もちろんタクシーの運転手さんが手伝っているのですが、とっても大変そう
です。
女性はやっとの思いで車椅子に座ると、運転手さんに、
「ありがとう」
と割れんばかりの笑顔でお礼を言っていました。
「病院の中まで、行きましょうか?」
そう言う運転手さんに、女性は、
「大丈夫よ。足は動かなくても、ほら、ちゃんと自由に動く手があるから」
と笑って両手を元気に振って見せていました。
私の知り合いの女性は、手助けすることも忘れて、ただその場面を見てるだ
けだったそうです。
そして、彼女は、自分の頭の中で何かが弾けるような気がしたのを感じたそ
うです。
自分よりもっと不幸だと無意識に感じた人が、こんなに前向きで幸せそうに
生きているなんて・・・
結果的に彼女の胸のしこりは、良性のもので心配はいらなかったのですが、
そんな報告よりも、彼女はもっとすばらしいものを手に入れたようです。
「今朝、起きたとき思ったんです。今日も、こうやって生きていて、いろい
ろ考えたり、感じたりできるって本当にすごいことなんですよね」
彼女は、目を輝かせて言いました。
彼女は、今、自分の夢に向かって歩き始めました。
いつかやってみたいと、彼女がずっとこころの中で暖めていた夢です。
あの朝の笑顔を思いだすたび私は、彼女が絶対に、その夢を達成すると確信
しています。
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