活動日誌
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2004年9月7日(火)
またまた台風襲来。
ほんまに勘弁して欲しい。
今回は雨はほとんど降らず、風だけですんだけど、こんな頻繁に台風が来たらどうなって
しまうか心配になってしまう。
心配性な母上から台風の影響がないかとの連絡が来た。
違う地方でニュースを見ていたら不安にもなるだろうが、こんなに天災が連続したら
心配が尽きないだろう。
2004年9月6日(月)
スポナビに掲載されているプレミアリーグのコラムで「オリンポスの果実」のことを
取り上げられていたので、本棚を漁ったら出てこなかった。(^^;
どうやら実家に置いてきたらしい。
う〜ん、必要だと思っていた本は持ってきていたはずなのに、抜けがあったことに
気がついてちょっとショック。
しかも、絶版になっているから、読みたくても本屋では見つからないし・・・
2004年9月5日(日)
午前中は家事に専念してから夕方大阪へフットサルをしに行く。
大阪環状線に乗った瞬間にバケツをひっくり返したような豪雨に見舞われ、何度もぶつかりそうに
なりながら会場へ向かう。
フットサルの調子は最悪。
相手チームのレベルが高くて、いつもより強いプレッシャーを受けたこともあり、ちょっとでも
素早く、正確なプレーをしようとしたら余計にミスが増えてしまった。
特にトラップが最悪で、くさびのボールを送られたり、ゴール前でのパスもミスを連発して
ことごとくチャンスをつぶしてしまった。
いやはや、少しは上達したと思っていたんだけど、過大評価をしていたらしい。
それにしても、2回の地震には本当に驚いた。
一度目の7時の地震はちょうどフットサルが終ってメンバーと話をしているときに来たんだけど、
ゆ〜らゆ〜ら揺れる感じで、最初は地震とは気づかない程だったのだが、いつまで経っても
収まらないので、思わず建物の外に出てしまった。
他のメンバーやチームの人は誰一人出なかったけど・・・
身内も心配だったらしく、母上と妹からメールが届いた。
平塚に住んでいる妹のところも結構揺れたらしくて、余計に心配だったらしい。
2度目はまさにこれから寝ようと思った深夜12時ちょっと前。
まさか2度も地震が来るとは思っていなかったので、動揺してしまった。
メル友のIちゃんも相当揺れて怖かったらしい。
実家で地震にはある程度慣れてはいたけど、関西に来てからは初めてだったので、
驚いてしまった。
おかげで1時半ぐらいまで寝れなくなって明日の朝が心配。
2004年9月4日(土)
2週連続でまたユニフォームを買ってしまった。
少し前に叔父からゴルフをやらないかと誘われたので、仕事後にアルペンに立ち寄ったら
思わぬ掘り出し物を発見。
ゴルフのことなどそっちのけで考え込んでしまった。
とはいっても、最初から買うつもりでいたんだけど・・・
今回買ったのはプレミアのブラックバーン。
青と白の2分割された大胆なデザインと4000円という値段に思わずメロメロになってしまった。
明日のフットサルにはどっちを着て行くのか迷ってしまう。
2004年9月2日(木)
先週の中頃からセックスフレンドを求めるメールが2通も届いたので、ちょっと怖くなって
Googleで調べてみたら、新手のスパムメールであることが判明。
いくつかのサイトを見たんだけど、まぁあるわあるわで、よくもまぁそこまでアイデアが
出るわと感心するほど。
最初のうちは怖かったのだが、だんだん要領が分かってくると、その涙ぐましいまでの
努力に対して笑いがこれえきれなくなった。
それにしても、ネットの情報網には感心させられる。
適切なキーワードさえ入力すれば欲しい情報が手に入るというのは、ネットの特性では
あるけど、それにしてもその威力はすごい。
改めて感心した次第。
その調査をする前、北の住人にもそのようなメールが来ていないかという電話をしたので、
調査結果を伝えるとともに、ついでに008のサイトも教える。
どんな感想を持つのか楽しみ。
2004年8月30日(月)
夜になってから台風の影響が出てきた。
朝からニュースで騒いでいた割には台風の速度がゆっくりだったこともあり、仕事中に
雨が降らなかったのは正直助かった。
どうやら夜の間に通過するみたいなので、仕事の支障がなさそう。
2004年8月29日(日)
朝からソフトボール。
昨日遅くまで酒を飲んでいたから体調があまり思わしくなかったんだけど、成績は
良かった。
リーグ戦では初めてのホームランも打てたし、守備でも良いプレーも出せたから満足。
しかし、気持ち悪いぐらい疲れていたし、眠気にも襲われいたので、さっさと試合が終ったら
部屋に戻る。
部屋に戻って1時間半ほど昼寝をしてからフットサルチームの飲み会に行く。
ミナミで何かをするのは初めてだったので、少し早めに出掛けて、1つ前の心斎橋から
ぶらぶらと歩きながら難波へ向かう。
その途中、東京にもある海外チームのシャツを売っている店があり、立ち寄ったら
去年からずっと欲しいと思っていたヘルタベルリンのシャツが売っていた。
その中に1つだけ胸のロゴの部分にちょっとだけしみがあったので、軽い気持ちで
値切ってみたら、4000円のものが3000円にしてもらえた。
さすが大阪。
以前、所沢のB&Dで同じことを聞いたら値段が変えられないといわれたので、正直
むかついたんだけど、さすがに大阪ではそんな野暮なことをしないらしい。
ちょっと嬉しい気分で飲み会に参加。
難波駅から程近い、雰囲気の良い店での飲み会は今までとは違う一面を見ることが出来て
楽しかった。
飲み会3連戦はちょっときつかったけど、3つとも違う味わいで楽しかった。
明日からがちょっと心配だけど・・・
2004年8月28日(土)
台風が来ると言う話なんだけど、全然来る気配がない。
どうなっているのだろうか?
それはともかく、今日は仕事が終った後、叔父と一緒に祇園に行く。
どうもまだ雰囲気に慣れていなくて、未だにどう立ち振る舞って良いのかわからない。
若い時期に少しはそういう場所にも行くべきだったんではないかと少々後悔している。
基本的にそういう場所はあんまり好きじゃないし・・・
2004年8月27日(金)
メル友のIちゃんと再会。
本当ならもう会う気はなかったんだけど、それじゃあまりに失礼だと思って会うことにした。
いろいろ話をして、お互い少しずつ誤解もあったようなので、今回はこれにて落着とする。
まぁ、今後は成り行き任せにする。
2004年8月23日(月)
盆明けぐらいからぐっと涼しくなった。
一時期の猛暑はどこへ行ったのかと思うほど。
おかげで夜はだいぶ寝やすくなった。
ただ、昨日の夜はTVをつけっぱなしであまり見るつもりのなかった女子マラソンをついつい
見てしまったので、すっごく眠たかったけど・・・
まぁ、オリンピックの期間中は仕方ないかな。
体調を崩さない程度に寝不足生活を続けることにする。
2004年8月22日(日)
夕方から久しぶりに大阪でフットサル。
約1ヶ月ぶりだったこともあり、最初は特に守備の場面で戸惑うことが多かったんだけど、
徐々に慣れていき、攻撃に専念できるようになった。
おかげで4回のシュートチャンスで2点決めることが出来た。
贅沢を言えば全部決めたかったけど、まぁ技術が足りないオーナーからすればボチボチ
といったところか。
特に2点目はカウンターからゴール前にあがったところでパスを受け、GKの動きを
見極めて冷静に打てたことに関しては自分でもビックリするほど落ち着いていた。
動き、タイミング、コース、どれを取っても思い通りにできた。
普段ならトラップなんかしないのに、わざわざ足裏で止めてるなんて、どうかしている(^^;
少しは上達したかな??
そのフットサルは来週チームの飲み会があるらしい。
そういうことをするチームと思っていなかったので(^^;、ちょっとビックリ。
場所もミナミというこで、どんなことになるのか楽しみ。
大阪から帰る途中、すっごく久しぶりにPS2のゲームを買った。
チームの代表者からサカツク2004が新品なのに3000円で売っているという話を聞きつけ、
買いに行ったのだが、あいにく売り切れていたんだけど、たまたま電車でGOのファイナルも
同じ値段で売っていたので、思わず買ってしまった。
まぁ、どれぐらいやれる時間があるのかわかんないけど、久しぶりに気分転換でも
しようかな。
2004年8月21日(土)
メル友のIちゃんにもう会わないし、メールも送らないということを伝える。
本人は驚いていたみたいだけど、まぁ突然のことだし、それはそうだろう。
あくまでも利用価値を見出せないと感じているのはオーナー本人なわけだし・・・
ただ、先方としてはオーナーなんかいなくても全然関係ないんだろうし、
影響もあると思えない。
オーナーとしても、京都で暮らして以来、ずっと抱えていたモヤモヤみたいなものが消えて
非常にすっきりした気分。
なんかこんな気分は久しぶり。
2004年8月20日(金)
久しぶりにメル友のIちゃんと会った。
楽しい時間を過ごせたけど、ボチボチ潮時にしようかなという考えが帰りのチャリに
乗っているときに出てきた。
もう、ある程度どんなものだかわかったのもあるんだけど、やっぱりオーナーとしては、
女の子に手間暇かける気にはなれないというのが正直なところ。
社会勉強が出来た以上、これ以上続ける気にはなれなかった。
今日も触りだけ伝えたんだけど、明日にでも正式に伝える予定。
2004年8月19日(木)
昼休み、コスタ狂太から電話がかかってきた。
何事かと思ったら、どうやら自分のチームの代表者に怒りが心頭らしい(^^;
まぁ、チームを作った最初の頃はなにかと苦労が多いものだし、今となっては大したことじゃない
と思っていても、当事者とすれば大問題になることは事実。
とりあえず、いろいろ助言して今後選択するためのネタを提供したけど、どうなることやら。
2004年8月17日(火)
夏休み明け初日。
まぁ、なんとか乗り切れた。
夜中目が覚めて思わずオリンピックの体操団体をちょっと見たために寝不足気味だったんだけど、
昼休みに束の間の居眠りのおかげで体力的にはさほどきつくなかった。
気温もさほど高くなかったこともあり、消耗度合いも大したことなかった。
ただ、夜からすごい雨と雷が降ってきて、明日からどうなるか心配。
台風も近づいているみたいだし・・・
2004年8月16日(月)
夕方京都に戻ってきた。
新幹線で帰ってきたせいか、あまり実感がない。
まだ昨日感じた出稼ぎの場所っていう感じが未だに抜けない感じ。
夕食を外食で済ませた後、五山の送り火を近くのジャスコの屋上で見ても、なんだか
実感が湧かなかったし・・・
出発前、一緒にコーヒーを飲んだ父上が5年はかかるんじゃないかという話をしていたけど、
ほんまにそれぐらいかかるのかもしれない。
つい最近までやっていた生活を今回の夏休みで急に思い出して、心境が変化して
おかしなことにならなければ良いが・・・
2004年8月15日(日)
今日は3人と会う。
相変らず昼過ぎまで寝てから、まずはバイク仲間のK木くんと会う。
雨が降っていたので、どうなるのかと思っていたんだけど、どうにか雨も上がって
会うことが出来た。
今まで小さいバイクしか乗っていなかったKくんがCB750という意外なバイクを買ったと言うので、
少々ビックリしたんだけど、それをきっかけにいろんな話をした。
京都でこういう仲間がまだいないということを痛感させられた。
ほんと、時間のマネージメントをしっかりやらないと、こういう趣味の仲間ですら
作れない現状を打破できないことを考えると、頭が痛い。
次にあったのがコスタ狂太。
2時間ぐらいしか話が出来なかったんだけど、昨日の試合についてなど話をしたら
あっという間に時間が経ってしまった。
もうちょっといろいろ言いたいことがあったのだが、やはり限界があった。
こういう時間ですら貴重になってしまったらしい。
今日は家で夕食を食べるという親との約束もあり、早めに実家に戻り、食事をする。
その後にサクラと会う。
けっこう体力的にきつかったんだけど、滅多にない機会である以上、キャンセルする
訳にはいかなかった。
そのサクラは来月にも平井に引越するらしく、これまた会うのが難しくなってしまった。
来年には結婚もするし、今後はさらに難しくなりそう。
2004年8月14日(土)
いよいよ今回の夏休みのメインイベントであるフットサルの試合の日が来た。
すっごく楽しみにしていたんだけど、身体の疲れが全然抜けず、地味なプレーに終始するという
納得のいかない出来栄えだった。
多少不利なメンバーと思われていた紅白戦でオーナーのポストプレーから活路を見出したり
したなど、今までとは趣の違うプレーでトナカイやヨッシーにそれなりの印象を残した
みたいだけど、やはり好調からは程遠かった。
やはり、コンディションはちゃんと調整しないといけないなと痛感。
ただ、ここまで京都での生活の疲れが残っているとは思っていなかったけど・・・
試合が終った後、ファミレスでメンバーと話をしていたんだけど、いくら話をしても
話足りなくて、困ってしまった。
表現が拙いためにどうしても言いたいことが長くなってしまうんだけど、それでも
あまりに長すぎた。(^^;
トナカイをはじめ、ヨッシー、ジャージの3人にはわたくしの長話につきあっていただいて、
ありがとうと言いたい。
2004年8月13日(金)
実家に戻って2日目。
今日はほんとに寝てばっかりだった。
ほんまにビックリするぐらい長い時間寝れる。
やっぱり半年間の京都の生活で疲労が蓄積していたのだろう。
寝ても寝ても足りないぐらい。
そんな中で唯一会ったがの008。
忙しくて土日に時間を作れるかわからないということで、仕事が終った後に会うことにした。
ちょっと体力的にはきつかったんだけど、話をしているうちにそれも忘れてべらべらと
喋り続けてしまった。
まぁ、今となっては貴重な時間なので、大した問題じゃないけど・・・
2004年8月12日(木)
キレゴンザレスと一緒に新幹線で帰省。
新横浜でこの春に法科大学院に入学した土浦のリバウドと一緒にラーメン博物館に行くなどして
久しぶりの再会を楽しむ。
ただ、体調が思わしくなく、2杯目のラーメンを食べたところで気分が悪くなってしまった。
風邪を引いたというほどではないんだけど、帰省するということで気が緩んで疲れが
吹き出してしまったらしい。
北の住人もよくこのパターンで体調を崩しているだけに、自分のことながら心配。
2004年8月11日(水)
キレゴンザレスが京都に来て2日目。
オーナーは仕事なので、キレゴンザレスは1人で甲子園へ。
PL学園の試合もあり、大満足だったらしい。
仕事が終ってから合流し、サクラとも行った焼肉屋で遅い夕食を食べた後、久しぶりの
カラオケにも行く。
おかげでとっても遅〜い時間になったんだけど、楽しい時間を過ごせた。
たっぷりガス抜きができた感じ。
2004年8月10日(火)
午後5時11分着の新幹線でキレゴンザレスが来京。
お盆前の忙しい時期に早引きするのはちょっと気が引けたんだけど、京都駅まで
迎えに行く。
東京駅で買ったと言うお弁当をオーナーの部屋で食べ、阪神の試合を見てから、
サクラも連れて行ったお風呂に出掛ける。
その後、雑誌で調べたうどん屋に行く。
場所はすぐにわかったんだけど、せっかくのうどんを残り少ないところでひっくり返してしまい、
危うく相席で座っていたカップルの女の子の方にひっかけそうになってしまった。(^^;
おかげで味がどんなのだか忘れてしまうほどだった。
気を取り戻してからキレゴンザレスを連れて京都を案内する。
清水寺の裏側の山にある将軍塚と言われる場所で京都市街を一望できる夜景スポットを堪能し、
先斗町や祇園、鴨川などを案内する。
サクラも案内したある種定番コースとなりつつあるところを走ったんだけど、満足してくれた
らしい。
本来なら京都らしいお店などを連れて行ければ良いのだが、まだまだ勉強不足でそこまでには
至っていないところがつらいところ。
もう少し、疲れたとは言わずに研究をしなければ。
2004年8月9日(月)
明日かずまさが来れないことになった。
仕事に専念するためらしい。
オーナー個人としても、3人も寝られるスペースがないので、正直助かった。
まぁ、かずまさとしても、たまには一生懸命仕事をするのも悪くないかなとも思う。
メル友のIちゃんからメルアド変更のメールが届いた。
いちおう、アドレスが変わっても連絡をしてくれる意志はあったらしい。(^^;
今後もやり取りが出来ることになったので、一安心。
2004年8月8日(日)
なぜかヨッシーから来週の試合の出欠確認のメールが届いた。
ヨッシーに返信を出したら、当日にならないとわからない人がいっぱいいて人数が
確定しないらしい。(^^;
そこらへんはあんまり変わっていないなぁと妙な安心感があった。
GWのときぐらいに来てくれると良いのだが、果たしてどうなることやら。
今週は久しぶりにテニスをした。
会社の人にずっと誘われていたんだけど、フットサルの方を優先していてなかなか
行ける機会がなかった。
春先にやって以来の割には調子良くプレーでき、清々しい気分で引き上げる。
フットサルも良いけど、テニスも良いなと改めて思った次第。
2004年8月3日(火)
午前中、仕事を休んで淀まで免許の再交付を受ける。
一応、車で行くと免許不携帯で罰金を取られるということで、わざわざ40分ぐらいかけて
チャリで行ったのだが、あんまり関係なかったみたい。(^^;
2時間ほど待たされた末に再発行してもらう。
ふう、たったこれだけのことで、こんな面倒なことをしなくちゃならないことに腹が立つ。
もちろん、紛失した自分に対してだけど・・・
2004年8月1日(日)
これ以上ないぐらい最悪の8月のスタートになった。
どうやら昨日乗ったタクシーに財布や携帯の入っていた袋を忘れたらしい。
もう、何も考えられないぐらいショック。
なんとか気を取り戻してカードをストップしてたり、携帯を買い直したりと、いちおうの
処置はしていたんだけど、ショックは隠し切れなかった。
もう、自己嫌悪に陥ってしまう。
2004年7月31日(土)
仕事後、会社の人たちと納涼会に行く。
浴衣を着て行ったのだが、京都駅で地下鉄を待っていたら、韓国人と思われる中学生ぐらいの
女の子から声をかけられた。
何事かと思ったら、写真を撮って欲しかったらしい。
なんだか照れくさかったんだけど、ポーズを作って撮影に応じる。
京都にいると、こんなこともあるのかなぁと思ったりした。
2004年7月27日(火)
仕事後駅前留学に行く。
今日は火曜日にしては珍しく、仕事の終る時間が遅くて、シャワーすら浴びることが出来ずに
直接行かなければならなかった。
今日も体温並みに気温が上がったので、シャツを着ていても気持ち悪かったんだけど、
まぁ仕方がない。
どうやら汗臭くはなかったみたいだし・・・
それにしても、駅前留学の後にシャワー、食事なんかをしていたらあっという間に
時間が過ぎてしまう。
この前買った田中角栄の本が面白くて読みたいんだけど、全然時間が作れない。
それ以外にもやりたいことは山積みなのに、全く消化しきれない。
これだけの猛暑だから睡眠時間を削る訳にもいかないし、頭が痛い。
メル友のIちゃんは今日も体調が治り切らなかったらしい。
これだけ暑かったら治るものも治らないよなぁ。
2004年7月26日(月)
朝も早くからコスタ狂太からメールが届いた。
8月14日コスタ狂太のチームと対戦できないかという内容だった。
メルアドも知っているんだし、直接連絡すればえぇんとちゃう、と思ったのだが(^^;、
まぁ仕方がない。
すぐさまヨッシーへメールを送り、確認をする。
すぐにOKの返事が来たので、コスタ狂太へ送り返す。
これで8月14日の対戦相手まで決まってしまった。
なんで、京都に引越してまでこんなことをするのかという疑問がなきにしもあらずなのだが、
所沢へ戻る理由が1つ増えて良かった。
今日も2日連続で夕立が降った。
突然冷たい風が吹いてきて、雷が近づいてくる時間が好きなオーナーとしては、
2日続けて楽しませてもらった。
夕立の後は一時的にちょっと寒いぐらいまで気温も下がったし、とっても助かった。
明日も降ってくれないかなぁ。
メル友のIちゃんが体調を崩したらしい。
ちょっと心配。
2004年7月25日(日)
今日は久しぶりのソフトボール。
コートに隣接する福祉施設のチャリティーを兼ねた大会で、以前から絶対参加するように
頼まれていた。
朝7時に集合するというちょっと信じられないスケジュールだったのだが、なんとか
間に合わせて試合会場に向かう。
その時点でもそれなりに暑かったんだけど、日が高くなるとさらに暑さが増して、
とてもスポーツなど出来ないほどの気温になった。
レフトで守っていたのだが、突っ立っているだけで汗が出てきて動きたくなくなるぐらい
ぐらいだった。
試合もボロ負けという生易しい言葉では表現できないほどの惨敗を喫したものの、
個人的にはランニング・ホームランを3本も放つという自分も驚くほど打撃が好調だった。
今までホームランなど打ったことがなかったので、自己満足に浸る。
うちのチームの試合が全て終った後、あとは審判をするだけで帰宅という段階で猛烈な
夕立に見舞われ、そのまま大会も中止になるという呆気ない結末だったけど、逆に
あのままずっと35度を超える灼熱地獄にいるよりはずっとマシだった。
コートから部屋に戻る途中で近くのジャスコに立ち寄ってセールで安くなった甚平などを
買い物をしてから部屋に戻る。
部屋に戻ってからはほんとに何もする気になれず、ちょっとだけ栄養補給をしてから
昼寝をする。
昨日の夜、非常に寝付きが悪くてろくな睡眠が出来なかったので、身体が疲れ切っていた。
ただ、そのおかげで休養十分の状態で食事も作れたんだけど。
たっぷり栄養も補給したし、明日からの仕事もちゃんとした状態で臨めそう。
2004年7月24日(土)
仕事が終った後叔父に誘われてまた琵琶湖沿いの温泉に行ってきた。
以前も書いた通り、あまり好きじゃなかったんだけど(^^;、誘われてしまえば断ることも
できず、ついていく。
相変らず暑すぎるお湯には閉口したけど、そもそも仕事帰りで疲れていたので、その暑いお湯に
長時間浸かる体力的余裕がなかった。
同じ施設内で夕食を一緒に食べ、いろんな話をしていたらあっという間に夜遅い時間に
なってしまった。
お酒も飲み過ぎたし、明日のソフトボールは朝がめちゃくちゃ早いし、どうなるのか
ちょっと心配。
昼前にヨッシーから8月14日の参加表明に関する返信が来た。
超絶な技術をお待ちしております、という訳わかんないことが書いてあった。
確かに少しは上達したとは思うけど、そんなテクニックなどある訳ないのがわかっている
はずなのに、妙な冷やかし方をされてしまった。
夜、部屋に戻ってから008から10月末に関西で行われる浦和のアウェー戦を見に行くという
メールが届いた。
早速電話で話をしたら、相当前向きに検討しているらしいことがわかった。
ただ、まだガンバなのかセレッソなのかすらわからない状態で(^^;、どうなるのか
さっぱりわかんないんだけど・・・
まぁ、どっちにしても3ヶ月も先のことなので、あまり慌てないことにする。
2004年7月23日(金)
夏休みの予定が確定したので、ヨッシーに8月14日の参加表明を送る。
予想外に連続して5日間も取れたので、余裕を持って行けそう。
まぁ、楽しみにさせてもらう。
どんなプレーが出来るのか定かじゃないけど・・・
2004年7月22日(木)
仕事が終って部屋でメールをチェックしたら北の住人からメールが届いていた。
どうも、友達を紹介しあうサイトらしい。
北の住人の会社の人もやっているらしく、京都で友達も出来ず寂しくやっている
オーナーの現状を知って教えてくれたらしい。
ほんまに頭が下がる。
かゆいところに手が届くというのは、まさにこういうことを言うのだろう。
ただ、ネット上のこういうものって信頼できるものなのかわからないので、
二の足を踏んでいる。
北の住人から直接話をしてどういうものか確認したかったんだけど、全く電話がつながらず、
コールすらしてくれないので、今日は諦めることにする。
その北の住人への電話をしている間、たまたまナンバーに掲載されていたドジャースGMへの
インタビュー記事に出ていた「Money Ball」という本が気になって、久しぶりにアマゾン・
ドットコムにアクセスする。
ちょっと探し出すのに苦労したけど、なんとか注文まで漕ぎ着ける。
果たしていつごろ部屋に届くのだろうか?
2004年7月20日(火)
かずまさが作ったというサイトを見てみた。
意外にきれいで(と言ったら失礼か)、きっちりしていたのには正直驚いた。
本人も指摘している通り、まだ全然中身が出来ていないので、これからどうなるのか
わからない部分が多いんだけど、良い線をついているとは言えそう。
いろいろ苦労しているみたいだけど、このまま継続して頑張ってくれればと思う。
2004年7月19日(月)
今日はこれといって予定もなかったので、昼前からバイクで出掛ける。
日本海まで行っても良かったのだが、時間的に余裕がなかったこともあり、貴船神社へと
向かう。
ところが、おりしも3連休ということもあり、狭〜い道路には身動きが取れないほどの
車やバスでごった返していて、途中で引き返してしまった。
ただ、アパート付近では35度に達しようかという暑さにもかかわらず、30分ほどバイクを
走らせるだけで涼しいといえるような場所があるというのは京都の奥深さというか、
懐の深さを実感させられた。
料金はビックリするほど高かったけど、川の上で食べる床も風流で良さそうだったので、
機会があれば行ってみたいと思ったほど。
貴船神社は諦めて、次なる目的地は鞍馬。
ただ、これも駐車場がないという理由で却下。
途中、消防車が前を走っていて鞍馬神社の境内の中へ入って行ったのだが、部屋に戻って
ニュースで見たら、どうも蜂に刺された人がいてそれで駆けつけたらしい。
そんなことはつゆ知らず山奥の道をバイクでどんどん駆け抜ける。
昼間でも鬱蒼とした山の中の細い道を走っていたら、確かに義経の時代になら天狗がいても
おかしくないなと納得できるようなところだった。
その後は桂川の上流を走り、京見峠といわれる京都の市街を一望できるという峠を通る。
実際には木が生い茂っていて一部しか見えなかったんだけど・・・
それにしても、バイクでこんなに走ったのは久しぶり。
徐々にではあるけど、走る場所もわかってきたので、楽しみが増えてきた。
2004年7月18日(日)
今日は大阪でフットサル。
午前中に掃除、洗濯を済ませて、昼食後昼寝をするという呑気な時間を過ごした後、
大阪へ向かう。
プレー自体は2得点、1アシストとなかなか。
自分から積極的に仕掛けることも出来たし、以前から課題になっていたボールを持った後に
すぐに離さずにある程度持つことも出来るなど、収穫があった。
確かに課題も山積だけど、ひとつずつクリアしてレベルアップをしていけば良いと思う。
果たして、お盆に戻ったとき、成果が出るのだろうか?
2004年7月17日(土)
今日は祇園祭の山鉾巡行だったけど、巡行自体は仕事中にやっていたので、見ることは
出来なかった。
ただ、今日もメチャクチャ暑かったから、とても沿道に繰り出して見る気にはなれなかった
けど・・・
仕事が終った後、昼寝をしたんだけど、最近出不精になっているのと読む本がたまっている
こともあり、あまり疲れていなかったにもかかわらず、部屋にこもってしまった。
別に悪い訳じゃないけど、どうも出掛けようという気力が出てこない。
確かに自分の部屋にいる方が落ち着く面はあるにしろ、やっぱり何かを得るには
外に出るしかない。
あんまり忙しく出回るのもどうかと思うけど、もうちょっと活動的にしないと
いつまで経ってもなにも得られないままになってしまう。
なんとかしなくては。
2004年7月16日(金)
今日が祇園祭の宵山。
ノバが終ってから行こうと思ったんだけど、雨と言う予報に騙されて行くのを辞めた。
まぁ、2日間見たし、今日は人出が最も多いといわれているだけに、行くだけ無駄だったかも
しれないけど・・・
2004年7月15日(木)
今日も祇園祭に行ってきた。
ノバの後だったこともあり、時間が遅かったんだけど、それでも昨日よりだいぶ人出が
増えていた。
昨日はなんだか、あんまり祭りらしい雰囲気がなかったのだが、さすがに宵山の前日
ということもあって、それなりに盛り上がっていた。
ただ、ひとりでブラブラ歩いていても面白くもなんともなかった(^^;
何度も書いていることだけど、早いところ一緒に遊べる友達を作らないと、
いつまでもこんなことを書かなくちゃいけなくなってしまう。
まぁ、焦ったらろくなことにならないのはわかりきっているので、のんびり構える
つもりではあるけど、もう少しなんとかならないかとぼやいてしまう。
2004年7月14日(水)
祇園祭に行ってきた。
一般には17日に行われる山鉾巡行がメインだと思われているけど、その前から道路に
完成した鉾が並べられていて、一般の人も見れるようになっていた。
仕事が終ってからいったん部屋に戻ってシャワーと食事をしてからチャリで出掛ける。
堀川高辻といわれる場所から四条河原町まで甚平&下駄の格好でブラブラと歩いたのだが、
目立ったのは浴衣姿の女の子ばっかりで、男が全然いないのには少々驚いた。
その数少ない男もな〜んだか覇気のない感じで、ちょっと嫌な気分になった。
男とか女とかという話はしたくないんだけど、それにしてもこの落差には一言
言いたくなってしまう。
まぁ、おやじになったということなのだろう。
2004年7月13日(火)
久しぶりにかずまさからホームページのことに関して連絡が入ったので、昼休みちょっと
電話をする。
いろいろ考えているみたいだけど、どうも難しく考え過ぎているみたいだから、簡単な
ところからやるようにと先輩面して助言する。
ただ、最近HTMLを触っていない(京都弁では「なぶる」と言うらしい)から、すっかり
忘れていたのにはまいったけど・・・
久しぶりと言えば、ノバにも久しぶりに行った。
危険物取扱の試験に備えて行くのをやめてから約2ヶ月もの間サボっていたので、
どうなるかと思っていたら、ほとんど違和感なくレッスンについていけた。
ノバには行っていなくてもNewsWeekを読んだりしていてなるべく英語と離れないような
生活をしていたのが良かったらしい。
これからは、生活も落ち着いてくるので、無理のない程度に頑張る予定。
2004年7月11日(日)
初めてフットサルの大会に出場。
やっぱり、個人的には大会より普通の練習試合の方が好みに合う。
4時間以上拘束されてたったの3試合しか出来ないっていうのは、プレーを楽しみたい
オーナーとしてはありがたくない。
こっちに来てから勝ち負けに拘らなくなったし・・・
大会だからといって緊張感があった訳じゃないし、普段と同じ感じでプレーしただけに、
なおさら試合数が少なかったのはいただけなかった。
来週からは普通の練習試合に戻るので、そこで今回の鬱憤を晴らすことにしよう。
2004年7月10日(土)
仕事後、叔父の社長夫妻と出掛ける。
月に一度のお参りを済ませた後に琵琶湖に程近い温泉に行く。
関西は温泉が少なくて情報も少ないこともあり、連れていってもらったのはありがたかったのだが、
行ったところがイマイチで(^^;、楽しさも半減だった。
まぁ、失敗も含めて試行錯誤していかないといつまで経っても情報は集まらないので、
こういうのも悪くはないのだろう。
明日はいつもの住之江のお風呂に入れるから、イマイチだったお湯もきれいに洗い流せる
だろうし・・・
2004年7月9日(金)
仕事後、メル友のIちゃんと会う。
最後に会ったのは危険物取扱の試験の1週間前だから、1ヶ月半ぐらいになる。
久しぶりだったけど、違和感なく先斗町で食事をしたりして楽しく過ごす。
こういう時間を過ごせる友人がいるというのは、本当にありがたい。
確かにちょっと歪な形ではあるけど、ゼロよりはマシだろう。
ほんと、交友関係を広げるというのは頭痛の種ではあるけど、なんとかしていかなくては。
2004年7月8日(木)
妹から手紙が届いた。
以前約束していた京都のスイートのお店を教えてくれた。
平塚に住んでいる妹から京都の情報を教えてもらうというのも変な話なんだけど、
身の回りにそのような情報を提供してくれる友人がいないオーナーとしては
ありがたかった。
お礼も兼ねて電話をしたらオーナー以上に話好きな妹と話をしていたら
予想以上に長電話になったのはいただけなかった。
今月は長電話が多くて来月の請求がちょっと怖い・・・
2004年7月7日(水)
本日は七夕。
別にこだわりがあった訳じゃないんだけど、織姫と彦星を見るためにドライブに出掛ける。
行き先は決めない気紛れなドライブだったのだが、結局生まれ故郷である箕面方面へ
行くことにした。
雲が広がっていて天体観測をするには相応しい天気とはいえなかったとはいえ、
ややこじつけ気味のドライブは満足のいくものだった。
部屋に戻る直前、車から降りて空を見上げたらちょうど真上に天の川が流れていた。
あまりたくさんの星は見えなかったけど、夏の大三角形はしっかり見ることが出来た。
なんだかそれだけでハッピーな気分。
そのドライブに出る前、TVを見ていたら、最近話題になっているプロ野球の1リーグ化について
読売巨人軍の渡辺オーナーがインタビューに答えていた。
全体を聞いた印象では彼が抱えている危機意識みたいなものには非常に共感できたんだけど、
その解決策の根本が間違っているという印象を強く受けた。
なぜ、人気が凋落しているところで縮小を選ぶのか、こういうときにこそ需要を喚起するために
拡張を選ぶという選択肢が全くないのか強い疑念だけが残った。
プロ野球球団を所有しているという特権意識だけが先走って絶対にそれを手放さないという
強い意志だけしか感じることが出来なかったのは非常に残念。
あまりに気になったので、北の住人とも意見を交わす。
いろいろ話をしたんだけど、こういうことを話せる人間が京都にいないんだなぁということを
改めて痛感させられた。
2004年7月6日(火)
実家から浴衣が届いた。
以前から頼んでいたもので、そろそろ祇園祭の時期になるので、送ってもらった。
関東も暑いんだろうけど、京都も冗談じゃないぐらい暑い。(^^;
ほんと、甚平のように日本古来の服装をしていないとこの暑さをしのげそうにない。
まぁ、浴衣は今や祭りの正装とも言えるものになりつつあるので、無闇やたらと
着れないというところが辛いところではあるけど・・・
2004年7月5日(月)
ユーロの決勝戦を見た。
ギリシャの優勝は確かにこの大会の出来栄えを考えれば衝撃というほどの驚きでも
なかったのだが、あの守備をどのチームも打ち破れなかったのは残念でもあった。
まさに鉄壁の守備という言葉がふさわしい戦術だったし、ギリシャの決勝トーナメントの試合を
全て見たのだが、危ない場面というのがほとんどなく、完全にギリシャの守備が相手の
攻撃を余裕を持って迎撃していた感じだった。
最近のトレンドとして攻撃重視と言われていた割には、古典的とも言えるマンツーマン
ディフェンスに対抗できなかったということになる。
一種の古典回帰と言えるかもしれない。
2004年7月4日(日)
夕方から大阪でフットサル。
今回は気分を変えて阪急で行く。
昔大阪に住んでいたときは阪急沿線だったこともあり、特別の感慨を抱いて乗ったのだが、
昔と停まる駅が変わってしまっていてビックリしてしまった。
プレーの方はなかなかのものだった。
3得点も出来たし、1度だけとはいえ、フェイントで相手を置き去りにすることも出来た。
来週の初大会出場に向けて良い準備が出来た。
ただ、このレベルになると、ほんとシュートしか出来ないというのはいかがなものかと
思う。
まぁ、フットサル=シュートというのは決して悪いことではないし、放った4本の全てが
枠を捉え、3つが得点になったのだからそこそこ評価しても良いのだが、前線でためを作る
ようなプレーだとか、パス、ドリブルなんかがさっぱり出来ないのは、やっぱり
いただけない。
もう少し改善しなければ。
いつも通りフットサルの後に温泉に入り、晩飯を食べるために難波へ立ち寄ったのだが、
時間も遅かったこともあり、閉まっている店が続出。(^^;
しかも、Tシャツに短パンといういでたちにもかかわらず、呼び込みの声が次々にかかって、
さすがミナミは違うなぁと妙に感心する。
ただ、夜遅い時間に1人で歩く場所じゃないかな。
危険というほどのレベルじゃないし、バルセロナなんかと比べたら比較にならないんだけど、
それでもそこそこ危ない雰囲気があって、知っている人がいないとちょっと歩けない感じ。
2004年7月3日(土)
引越して以来、初めて寝坊して遅刻した。
目覚ましをかけるのを忘れたらしい。
それにしても、うかつだった。
別に休日と勘違いした訳じゃないんだけど・・・
いささか出だしは悪かったけど、その後は快調だった。
昼過ぎに仕事が終ったのだが、あまりに暑すぎたので、夕方まで昼寝をしてから
河原町まで出て買い物をする。
これといってお目当てがあった訳じゃないんだけど、久しぶりにブラブラする。
もうボチボチ帰ろうかと思った頃、この前ジャスコで買った甚平より安いものが
あったので、思わず買ってしまう。
これで2着目。
サッカーのユニフォームも随分集まって欲しいものがなくなりつつある中、
新たなコレクションが始まりそう。
良い買い物も出来たので、その後大好きな鴨川でボーッとしていたら、隣に座った
外人さんが日本語でメールを送ろうとしているのを見かけたので、思わず声をかける。
話をしたら、フランスとスイスの国籍を持つ筑波大学の特別交換留学生ということで、
京都まではバスで来ていたらしい。
なんか、まだ1月に行った海外旅行の続きをしているみたいで、ベラベラと話続けて
しまった。
やっぱり、話相手を求めていたのかな。
嬉しかったのか、思わず宿泊している京都駅付近のホテルまでに行くバス停まで
教えてしまった。
まぁ、知らない外国に行ったときにこんなことをされたことがなかったので(^^;、
いささかおせっかいだったかもしれないけど、楽しい時間を過ごせて、しかも
少しは役に立てたんだから、気分良く部屋へ戻る。
2004年7月1日(木)
今日ものんびり仕事が終った後は部屋でゆっくりする。
ビールと晩飯をいただきながら阪神VS巨人の試合を見た。
結果は11-0で阪神が圧勝したんだけど、その中でプロの厳しさをまざまざと見せ付けられる
場面に遭遇した。
終盤、勝負はある程度決していたので、巨人が高卒ルーキーを登板させたのだが、
これがまさに洗礼を浴びせるという表現がピッタリするほど打ちのめされていた。
画面で見る限り、最初の数人には良い球が行っているにもかかわらず、痛打され、
リズムを崩したその後は手加減することなく、阪神の打線がまさに襲い掛かる姿を見て、
勝負の世界の厳しさみたいなものを垣間見させてもらった。
格が違うといってしまえばそれまでなんだけど、プロフェッショナルの世界に於いては
本当に弱肉強食なんだなぁと改めて痛感させられた。
2004年6月30日(水)
危険物取扱乙4種に合格した翌日。
早速京都府庁まで手続きをしに行った。
堀川通りを二条城をちょっと過ぎた丸太町通りを右折し、府庁前という交差点で
左折するとあったのだが、意外に敷地が広く、証紙を買ったり、合格の手続きをする
部署に行くのにも難儀してしまった。
まぁ、なんとか無事に終らせることが出来たけど。
仕事の後は相変らずゆったり過ごす。
買い物などしなくちゃならないことは多々あったのだが、最低限必要な洗濯だけやって
終わりにする。
その後、ぼちぼち寝ようかと思ったらバルサの気になるニュースをいろいろ調べていたら
遅くなっちゃったんだけど・・・
2004年6月29日(火)
本日は1ヶ月前に受験した危険物取扱乙4種の合格発表。
昨日、叔父の社長からいわれたこともあり、意識をせざるを得なかった。
あまりに気になって昼休み部屋のポストにまで見に行ったほど。
まだ来ていなかったんだけど・・・
仕事帰り、急いでポストを確認し、急いで送られたハガキを見た。
なんと、合格!!
あまりに嬉しくて思わずその場で小躍りしてしまった(^^;
仕事中はどのような結果になってもクールに振る舞うつもりだったんだけど、
実際に合格の報せを知ると、やっぱり感極まってしまった。
その嬉しさを伝えようと母親、お守りまで作って心配してくれたメル友Iちゃん、その他
キレゴンザレス、コスタ狂太、トナカイ、土浦のリバウド、てっちゃんなど
電話をしまくってしまった。
明らかに調子に乗り過ぎたんだけど、これぐらいしないと気が済まないほど嬉しかった。
正直、合格する自信は半々ぐらいだったこともあり、喜びもひとしおだった。
もちろん、これはあくまでも通過点。
さらにいろんな勉強をして自分を伸ばしていく必要がある。
ただ、今日は合格した喜びに浸らせてもらった。
来月の請求額がちょっと怖いけど・・・
2004年6月28日(月)
今日は仕事の後のんびりした。
サクラがいた4日間は楽しかったんだけど、やっぱり疲れていたらしい。
何もする気が起きずにボーッとしてしまった。
TVやラジオもつけず、また何も読むことなくひたすらゆっくりすることに専念した。
まぁ、今週は久しぶりにちゃんと1週間働かなくちゃならないので、身体を休めることは
確かに重要なんだけど・・・
2004年6月27日(日)
サクラが帰京。
昼ぐらいまでユーロのビデオを見たりして、お昼にメル友のIちゃんに教えてもらった
場所に連れていったことぐらいしか出来なかった。
ほんと、せっかく遠路遥遥来てくれたのに、何にも出来なかったのが無念。
もっと真面目に遊ばないといけないということを痛感させられた。
サクラを送った後は大阪でフットサル。
先週何も出来ずに終ったことを反省して今回は周りを見るという課題を持ってプレーした
のだが、そこそこ改善されたらしい。
しかし、高速を使ったら早く着き過ぎると考えて地道を使ったことが裏目に出て
遅刻してしまったのはまずかった。
やっぱり、変なところでケチっちゃ駄目だね。
ただ、新御堂筋に出るまで道に迷ってもなんとか行く場所まで辿り着けたのは
自信になった。
帰りもわざわざ奈良を経由して帰るというちょっと無謀なルートをとることが
できたので、少しは関西に慣れてきたのかなぁという感じ。
2004年6月26日(土)
午前中は仕事をしていたので、サクラとは午後から観光。
相変らず行く場所のアイデアが浮かばず、本当に適当な場所にしか行けなかった。
嵐山、船岡山、比叡山や琵琶湖と脈略のない場所を転々とした。
まぁ、サクラ曰く京都の核心を突いている場所を巡ったのだから悪くはないかもしれないけど・・・
夜も結局食べる場所に困って近くの全く知らない焼肉屋になったし・・・
お腹もいっぱいになったし、味もそこそこだったから悪くはなかったけど(^^;
2004年6月25日(金)
今日は普通に仕事。
サクラも大阪で会社勤めしていた頃の友人と会ったらしい。
ボチボチ夕食を作ろうかという時間に京都駅まで迎えに行ったため、致し方なく
今日も外食になってしまった。
今週はずっと外で食べているから、そろそろ自分で作らないと癖になりそうなので、
今日ぐらいは自分で作りたかったんだけど・・・
2004年6月24日(木)
サクラがやってきた。
午前中に来るものだと思っていたら、昼過ぎになったので、会社での遅い昼休みの後に
迎えに行く。
午後は気を使ってもらい、休みにしてもらったのだが、ユーロのビデオを見たりしていたら
出掛ける時間がなくなって祇園や上賀茂神社などいくつかを回っただけで終了して
しまった。
ほんま、どこに案内すれば良いのかわからへんなぁというのが正直なところ。
不勉強のつけがここで出た感じ。
2004年6月23日(水)
月曜日に引き続き、部屋に戻ってからのんびりできた。
週末から外食続きだったので、ようやく自分で料理もできたし、明日来訪するサクラを
迎えるための必要最低限の片づけもできたし。
明日からサクラが滞在する日曜日までの4日間はいろいろ慌ただしくなりそうだけど、
いちおう、フレッシュな状態で迎えられそう。
2004年6月22日(火)
社長の叔父に連れられ、生まれて初めてタニマチの世界を覗かせてもらった。
二条城に近いホテルで行われたパーティに行ったのだが、こういう世界もあるのかと
驚かされた。
話には聞いていたけど、本当に大きな会社の社長などが力士や部屋を金銭面で援助しているとは
知らなかった。
江戸時代(もっと昔?)からの風習なんだろうが、こういう制度というか、仕組みを考えた
人って素直にすごいと思う。
ただ、パーティ自体は内輪で盛り上がるだけの騒がしいものだったのにはちょっと
まいったけど・・・
その後、同席していた取引先の社長が力士を連れて祇園に繰り出した。
けっこう高級そうな店だったんだけど、どうもこういうのは苦手。(^^;
一度見てみたい世界ではあったことは確かなのだが、どうも雰囲気に馴染めない。
男の甲斐性と言う人もいるけど、オーナーとしては?がついてしまう。
まぁ、単なるわがままなんだけど・・・
2004年6月21日(月)
今日は久しぶりに部屋でゆっくりできた。
部屋でのんびり本を読めるなんて、もしかしたら引越して以来初めてかもしれない。
いつもこんな感じでウィークデーを過ごせればどんなにハッピーだろうか、と
思わず考えてしまう。
ただ、あまりにのんびり本を読んでしまったので、寝るのが1時半になってしまったのは、
ちょっとまずかったかな。
台風はまぁ思ったほどではなかった。
確かに、雨も降ったし、風も強かったけど、驚くほどではなかった。
今回の台風6号は勢力も強いということだったので、ちょっと肩透かしだった。
まぁ、電車を使っている人たちは大変だったみたいだけど。
母上も心配で部屋に戻った直後に電話をしてきたのだが、こちらとしても心配して頂くのが
恐縮なほど何もなかった。
結局傘もほとんど使わなかったし・・・
2004年6月20日(日)
うかつにも深夜に放送したオランダVSチェコを少し見てしまったために、大幅な
時差ぼけ状態になってしまった。
試合自体はビデオで見たのだが、ほんまにすっばらしい試合やった。
まさかの大逆転という劇的な結果ももちろんだけど、内容も抜群だった。
レベルも高かったし、見所も多くて、一度じゃ満喫できそうにない。
たっぷり何度も見させてもらおう。
時差ぼけ状態だったこともあり、昼寝をしてから夕方フットサルをするために
大阪へ行く。
本来だったら、バイクで出掛ける予定だったのだが、台風が来るという予報が
出ていたので、急遽参加することになった。
結果的には雨なんて降らなかったんだけど・・・
プレー自体はあまりよろしくなかった。
気温も湿度も高かったこともあり、全然頭が働かなかった。
無駄に動き回って疲れ果てるし、次のプレーをどうすれば良いのか浮かんでこなかった。
先週はそこそこできただけに、ちょっとガッカリ。
2004年6月19日(土)
生まれて初めて落語を生で見た。
京都駅前にある百貨店の一番上の階で行われた落語は予想以上に面白かった。
適度に大きいホールには立ち見が出るほどの盛況ぶりで、これも予想外だった。
適度な大きさのため、落語や漫才が手の届くところでやっていて、生の感覚が
すごく良かったし、観客も入っていたので、なかなかの盛り上がりだった。
てっきり、会社の人たちと一緒に行くことになっていたので、大したことないものだと
思っていたのから、良い意味で裏切られた。
ただ、メインの人よりその前にやった漫才と落語の方が面白かったというのは、
問題ありだと思うんだけど・・・
落語を見た後は会社の人たちとフグを食べに行った。
京都駅からタクシーで行ったのだが、猛烈な雨が降ってきていてビックリしてしまった。
台風が近づいているのはわかっていたんだけど、まさかこんなに早く降ってくるとは
予想できず、チャリで行ってしまった。
どうしよう・・・
2004年6月16日(水)
先週末から梅雨と思えないほどすっばらしい天気が続いている。
日曜日、フットサルに行く途中聞いていたラジオでカリフォルニアみたいな天気と
言っていたけど、ほんとにそんな感じなのかもしれない。
もちろん、行ったことがないからわかんないんだけど・・・
この前教えてもらったサイトがやっぱり奴だったということが判明。
仕事の後に電話をして確認を取れた。
本人の希望により、あまり名前を出して欲しくないということで、昨日の日記を
一部書き換えることにした。
まさか、昨日の活動日誌を読んだ人はいないだろうなぁ・・・
紆余曲折を経て、メル友のIちゃんとは金曜日に会うことになった。
約1ヶ月ほど会っていないから、いろいろ案を出したんだけど、ようやく
擦りあわせることが出来た。
これで今週末の予定もやっと立つことになった。
今のところ、日曜日は天気が悪くならない限り、この前行ったバイク屋のツーリングに
参加する予定。
雨天中止の場合はフットサルだけど。
2004年6月15日(火)
仕事後、部屋に戻ってからデンマークVSイタリアの試合を観戦。
う〜ん、あんまり面白い試合じゃなかった。(^^;
前半こそデンマークの細かいパスワークと大きなサイドチェンジを織り交ぜた攻撃に
目を見張ったのだが、イタリアがアジャストした後半からはゲームが膠着して
つまんなくなった。
寝転びながら見ていたんだけど、あまりにゲームが動かなかったためか、途中で
寝てしまった。
まぁ、これこそがイタリアの術中なんだろうが、単なる観戦者としては興味をそそる
ものではなかった。
そもそも、イタリアの試合で楽しもうというのが間違いなのかもしれないけど・・・
この日記を書いているときにふと気がついて、この前008から教えてもらった
サイト
(http://gufguf.cocolog-nifty.com/gufguf/)
をもう1度見てみた。
よ〜く読んでみたら、身に覚えのある話がいくつも書いてある。
まさか・・・
こんなことにも気づかないオーナーは相当に愚か者だわ。
5日にあんな辛辣なことを言っちゃダメだったね。(^^;
な〜んにも考えずに立て板に水の如く喋りまくってしまった。
うわ、なんだか冷や汗が出てきた・・・
2004年6月14日(月)
録画していたイングランドVSフランスの試合を朝と仕事後に分けて見る。
う〜ん、確かに衝撃的な結末だったし、ベッカムのPK失敗やジダンのロスタイムでの
プレーなど書くネタならいっぱいあるんだけど、全体的にはあんまり面白い試合では
なかった。
イングランドは1点を先制してからがっちり自陣ゴール前で守りを固めて全然攻撃しようという
意志が見えなかったし、対するフランスもその術中にはまりかけていて、チャンスらしい
チャンスすら作れずにいた。
ベッカムのPKがもし(スポーツにもしという言葉は禁句ではあるけど)成功していたら、
間違いなくイングランドの思い描いた通りの結末になっていただろう。
確かに、あのPK失敗は試合の流れを大きく左右したのかもしれないけど、オーナーから
言わせれば、2失点とも防ごうと思えば防げた失点だっただけに、な〜んだかなぁという
気分になった。
1点目のフリーキックは壁の建て方が明らかに不自然だったし(もちろんその隙を突いた
ジダンがすごい訳だけど)、逆転されたPKの場面は明らかにジェラードのミス。
それを見逃さないアンリも大した物だけど、ジェラードはその10分ぐらい前から
イージーなパスミスを3回も犯していたことを考えれば、選手交代などの対応策で
いくらでも防げたものだといえる。
よくサッカーはミスのスポーツと言われるらしいけど、ある種の必然を伴った失敗は
ミスとは言えない。
厳しい表現になるけど、現場を取り仕切る監督がその芽を摘むべきだった。
いちおう、日本サッカー協会公認のコーチの資格を持っているとはいえ、ど素人の
オーナーでもなにか嫌な感じがしたのだから、経験豊富なエリクソンにそれが
わからないはずがないと思われる。
1度のミスで引き分けたのならまだ傷は浅かっただろうけど、2回も致命的なミスで
負けてしまっては取り返しのつかない事態になるかもしれない。
まぁ、別にイングランドに肩入れしている訳じゃないから別に構わないんだけど・・・
2004年6月13日(日)
朝、録画したユーロの開幕戦、ポルトガルVSギリシャの試合を見る。
一般的に見れば、2-1というギリシャの番狂わせだったのだが、90分を見た感想では、
この結果は決して番狂わせではなく、必然的な結果のように思われる。
ギリシャの方がボールホルダーへきちんとプレスをかけ、奪ったボールを手早く
ゴール前まで運び、シュートを放つという、現代サッカーの基本に忠実にプレー
していた。
試合の後半では運動量が落ちたためか、ポルトガルにボールを自由に回されたけど、
それでもロスタイムでの1失点に抑えたのは、決して偶然ではない。
ここ数年、オリンピアコスやパナシナイコスといったクラブがCLの常連になっている
ことを考えれば、番狂わせという言葉を使うこと自体、失礼なのかもしれない。
正直、あまり今回のユーロにはあまり期待していなかったんだけど、こういう素晴らしい
内容を見せてくれるなら、中継する試合はすべて見る価値がありそう。
午後は、大阪までフットサル。
1ヶ月半ぶりぐらいだったんだけど、ゴールも決められたし、スルーで得点を演出したりと、
そこそこの内容でプレーできた。
ほんと、初めて参加したときと比べてだいぶマシなプレーが出来るようになった。
確かに、プレーのスピードに適応し始めているのかもしれない。
また、こういうレベルの高いところでやっているおかげで、確実にうまくなっている
らしい。
今日のゴールも、左サイドに開いてDFの裏で受けて、そのままシュートを狙ったのだが、
味方がゴール前に突っ込んできたのでGKが完全にパスを出すと思っていたところの
逆を突いてシュートを叩き込むなど以前では考えられなかった。
また、シュートも正確にゴール左上を狙って、ちゃんとそこに蹴り込むことが出来た。
しかも、シュートを打つ前にパスを出すぞという素振りで一度走り込んだ味方へ
目線を送るという芸の細かさ。(^^;
これらのプレーを自然に出来るようになったのだから、自画自賛したくなる。
来週はメル友のIちゃんと会うことになっているので、フットサルが出来ないのが
ちょっと残念。
2004年6月12日(土)
早めに仕事が終った後は部屋でダラダラしてしまった。
確かに、1週間の疲れを取るという面を考えれば、これでもなにも問題ないのだが、
今日受信したメル友のIちゃんからのメールに夢とというか目標が見つかった
というようなことをを読んだら、そんなことをしてはいけないような気がした。
京都へ来たときには夢と希望を持って移ってきたはずなのに、どうも日常生活に
忙殺されている間にそんなことを考える余裕がなくなってしまった。
もう少し、普段の日常から意識を変えていかないと、そのままズルズル行ってしまいそうな
気がする。
反省せねば。
そのメル友のIちゃんと来週の日曜日、会うことになりそう。
な〜んか、こんなことでハッピーな気分になってしまうなんて、男って単純だなぁと
心底痛感する。
こんなことで心が揺さ振られてしまうなんて、ちょっとだけ自己嫌悪に陥る。
2004年6月10日(木)
久しぶりにメル友のIちゃんからメールが来た。
なんか、めちゃくちゃ忙しくて、メールも送る暇がないらしい。
何をしているのか具体的にはさっぱりわかんないけど、こういう頑張っている人を見ると、
自分はな〜にをやっているのかと考えてしまう。
コスタ狂太からメールが届いて、仕事の帰り際に大河原さんと会ったらしい。
2人の家が近いという話は知っていたけど、まさかこんな形で会うことがあるとは
知らなかった。
そこでいろいろ話をしたらしいのだが、その中でたまにはうちにも参加しなくちゃ
ということが書いてあった。
オーナーの経験から考えると、自分のチームだけでやってしまうと、視野が狭くなってしまう
嫌いがある。
所沢にいたときならオーナーと話をしていればある程度の情報はわかるだろうけど、
京都に引越した今となっては、コスタ狂太自身が経験を重ねていくしかないだろう。
それに気がついたことで、コスタ狂太のフットサルに対する考え方などが
変われば良いと思う。
トナカイからもメールが届いて、メルアドを変更したとのこと。
やっぱり、ウィルス騒動の影響なのだろうか?
返信で、フットサルの修行を重ねてどんどん上手くなると強気なコメントをする。
日曜日、久しぶりに大阪でフットサルをやるから、どれぐらい成長したのか確認しなくちゃ。
2004年6月9日(水)
どうやら、ウィルス騒動も終息したらしい。
誰からも連絡がなかったし、オーナーにもそれらしきメールは来なかった。
やれやれっていう感じ。
久しぶりにたくさんのメンバーと話が出来たのはある意味収穫だったけど、
こんなことで話が出来ても嬉しくないような・・・
とりあえず、ヨッシーもこれには随分懲りたみたいだから、今後はこのようなことは
起こらないだろう。
今月末遊びに来るサクラと集合する日時が正式に決定。
24日の午後2時、サクラのいる場所に車で行くことになった。
勤務明けに直接新幹線に乗り込むとのことで、しばらく京都観光をしてから
合流することになった。
社長の叔父が気を利かせてくれて午後休みにしてくれたので、本当にありがたかった。
GWに戻ったときに話をしたときは随分先の話だと思っていたけど、気がつけばあと
2週間になった。
ほんと、時間が経つのが早く感じる。
W杯1次予選の日本VSインドの試合を見た。
試合自体は7対0の圧勝で別にコメントすることもないのだが、この試合を実況していた
アナウンサーの酷さには辟易した。
サッカーのことなど全然知らないみたいだし、交代してピッチにいない選手の名前を
いってみたり、鸚鵡返しのように同じことしか叫ばなかったりと酷いにもほどがある。
こんなアナウンサーが実況をがやっていたら、試合自体がつまんなくなるということに
放送局の人は気づいているだろうか?
ほんと、テレ朝系列のスポーツ放送はほんと、聞くに耐えない放送が多すぎる。
衛星放送が見れないから無理矢理見ていたんだけど、あまりに酷すぎて音声を
消してしまった。
ほんと、良識を疑いたくなる。
2004年6月8日(火)
ようやくウィルス騒動も収束に向かいそう。
昼休みには大河原さんからも電話がかかってくるほど被害が広がったけど、どうにか
ヨッシーも感染に気がついたらしく、対処をしてくれた。
オーナーは事前にプロバイダーのチェックでわかっていたのに教えていなかったのだが、
008がわざわざメールでウィルスの種類に対処方法まで伝えてくれたらしい。
まったくもって、オーナーの不足分を補ってくれる友人に事欠かないというのは
本当にありがたい。
夜008からメールが届いたので、感謝の返信をする。
まだ心配みたいだけど・・・
それにしても、今回のウィルス騒動で2人がメルアドを変えたのだが、そのアドレスに
2人とも彼女の名前を入れているのには驚いた。
まぁ、好きにしてとしか言いようがないけど(^^;、女の子が彼氏の名前をアドレスに
入れるという話を聞いたことがないのに、なんで男はそんなことをするのか不思議。
入れてないと怒る人もいるみたいだし・・・
2004年6月6日(日)
午前中に叔父の夫婦と出掛けてから、京都で初のフットサルをやる。
場所は上賀茂神社からちょっと北に行ったMKタクシーが経営するボーリング場の
建物の中にあった。
場所はいちおう、昨日下見をしてたのでわかっていたのだが、実際にコートのある
ところへ行ってもどこで個人参加の受付をやっているのかさっぱりわからず、右往左往。
ようやくそれらしき場所を見つけたときには開始時間を10分以上経過していた。
今回参加したFFC京都の練習試合はチーム単位での参加と個人参加のチーム(今回は1つだけ)を
募集してリーグ戦形式でやるというもの。
受付で説明を受けてから最初の試合まで試合を見ていたら、あまりのレベルの高さに呆然。
スピードは速いし、テクニックもすごい。
とてもじゃないけど、まとも太刀打ちできるレベルではなかった。
ただ、実際何試合かやってみると、3試合目あたりから徐々に慣れてきたらしく、最終的には
3つもゴールを入れることが出来た。
どれも左サイドから抜け出し、GKの股抜き、オーナーのシュートがこぼれたところを自分で
押し込んだシュートにキックインを裏に抜けながら受けてサイドネットに突き刺した左足の
シュートと内容も悪くなかった。
特に3点目などは自分でやったプレーとは思えないほどうまく行き過ぎた。
いちおう、イメージ通りではあったのだが、まさか本当にそうなるとは自分でも
予想していなかった。
ただ、これに大きく貢献したのが昨日買った靴。
初代のトップサラよりも更に使いやすくなっていて、1段階上のレベルになったんじゃないかと
錯覚するぐらい上手く扱える。
いや〜、良い買い物をした。
もちろん、周りのメンバーが非常に良くて、やるやすい面もあったけど・・・
2004年6月5日(土)
本日はオーナーの誕生日。
だ〜れも祝ってくれる人がいないので、仕事が終った後、フットサルの靴を買いに行く。
直接行くのもなんだったから、新しく探したバイク屋などにも立ち寄る。
本当なら日本海で夕日を見るという案もあったんだけど、これだとあまりに疲れるし、
ちょっと虚しいのでやめにした。(^^;
雰囲気の良さそうなお店で1時間ほどゆっくりしてから烏丸御池周辺で靴を探す。
何件か捜し歩いて見つけたのはトップサラの最新版。
初代を持っていて気に入っていたので、欲しいと思ったんだけど、定価だったから
思わず考え込んでしまった。
しかし、水色というのが非常に気に入ったこともあり、思い切って購入。
まさか、定価で買うとは思わなかったけど、自分への誕生日プレゼントということで
奮発する。
とりあえず、明日これをはいてフットサルをやるのが楽しみ。
部屋に戻って遅い夕食を食べていたら、008からメールが届いたのだが、これには
思いっきり笑わせてもらった。
浦和にベッカムにW杯予選で暴言を吐いてイングランドから追い出されたトルコ代表のアルバイが
正式に入団するという話にひっかけて教えてくれたサイト
(http://gufguf.cocolog-nifty.com/gufguf)が世界の中心でへやちょこを叫ぶという
なんともまぁ、時流に反抗しつつ、つい抗い切れず乗ってしまったタイトルで、
もうオーナー的にはそれだけで大満足だった。
なんだか予期せぬ誕生日プレゼントを頂いたみたいで、とっても楽しませてもらった。
これをついつい人に勧めてしまう008のちょっと屈折した好みが出ていて、それだけで
腹を抱えてわらってしまった。
1人で寂しい誕生日になるのかと思っていたら、とんでもないハッピーエンドになった。
素直に008へ感謝したくなった。
2004年6月4日(金)
出張で東京にいる北の住人に電話をかける。
今までなら簡単に駆けつけられたのに、今となっては不可能となってしまったというのは、
ちょっと寂しい限り。
うだうだとお話をする。
コスタ狂太から昨日の朝送付したGWに会った時の写真が届いたとの連絡が入ったので、
こちらにも電話をする。
こちらもダラダラ話をついついしてしまう。
しばらく長電話を封印していたのに、結局またやってしまうとは・・・
話は変わるけど、現像した写真を見て、随分と営業スマイルが上手くなったと
妙に感心してしまった。
今までは写真を撮るのは好きだけど、被写体になるのは大嫌いだったのに、
集合写真なんかでは、ちゃんと笑顔を作っていたのにビックリした。
いつの間にこんなことが出来るようになったのだろうかとちょっと苦笑い。
コスタ狂太との電話をしているときから京都のチームをネットでず〜っと探していた。
知っているサイトをいろいろ当たってみても全然見つからずに困っていたら、
たまたま見つけたフットサルコートのサイトの掲示板にメンバー募集と個人参加できる
練習試合があることが判明。
早速2つメールを送る。
これで、うまくいけば今週末もフットサルが出来るかも。
来週と月末には大阪で予定が入っているので、どうやら京都でのフットサルライフも
本格化しそう。
まだ返信が来ていないので、なんとも言えないんだけど・・・
2004年6月3日(木)
妹に頼んでいたスペインリーグのビデオが届いた。
心待ちにしていただけに、早速バルセロナの試合を見たのだが、途中で寝てしまった。(^^;
やっぱり、あまりに疲れていたらしい。
おかげで妹にお礼の電話もし忘れたし・・・
ビデオ以外にもやりたいことは山ほどあったのに、居眠りで全てが狂ってしまった。
ついつい普段からの癖でビールを飲んでしまったのがまずかったのだろうか?
2004年6月2日(水)
仕事は早く終ったんだけど、銭湯に行ったり、買い物、洗濯をしていたらあっという間に
遅くなってしまった。
食事が終ってもコスタ狂太へ送る写真を送ったりするなどいくらあっても時間が足りない
ぐらい。
今日ぐらいは体力的に余裕があったので、本を読んだり、たまっている新聞や雑誌を
片づけたかったんだけど、な〜んにも出来なかった。
あまりに用事が片付かないので、イライラが募った。
ほんと、こっちに来てから自分の時間を自分で管理できないことが多すぎる。
こればっかりはなんとかしたい。
2004年6月1日(火)
今日から6月。
京都での生活も5ヶ月目に突入。
なんか、あっという間だったような、長かったような複雑な気分。
ただ、1ついえるのは、相変らず疲れているということ。(^^;
今日も部屋に戻って食事をしたらな〜んにも出来なくなってしまった。
いつまでこんな生活が続くのだろうか?
もう少し部屋に戻ってから自分の時間を作りたいんだけど、なかなか厳しいみたい。
2004年5月31日(月)
いや〜、両極端に振れた天気だった。
午前中は昨日に引き続き高温多湿でちょっと身体を動かしただけで汗が噴き出すほどだったのに、
午後は一変して雨になり、半袖のTシャツでは寒いぐらいにまで気温が下がった。
ほんと、こんなにがらっと午前と午後で天候が変わってしまっては身体がついていけないと
思ったのだが、実際のところ休養十分だったこともあり、持ちこたえることが出来た。
さすがに3日も身体を動かさなければ疲れも取れるらしい。
まぁ、エアコンをつけてちゃんと寝れたという面もあるけど。
仕事から戻って1人で部屋にいると、な〜んだかやることもなくて寂しいなという
感じ。
昨日までしばらく試験のことで頭がいっぱいだったから、急に解放されて感覚が
おかしくなってしまった。
まぁ、GWあけから集中してやっていたため、たまりにたまった本、雑誌類に
目を通していたらそんな気分もすっかり忘れたけど・・・
ただ、TVもPS2もやらずに生活していたので、余った時間を読書に充てられる習慣が
できたのはありがたい。
どうしても独りで暮らしていると、好きなことが出来るためについつい遊びに流れて
しまうけど、勉強をしていたおかげで別に娯楽へ流れようという気分にならなくなった。
もちろん、疲れていたら何もしないで寝るんだろうけど。
2004年5月30日(日)
ついに危険物取扱乙4種の試験当日。
烏丸鞍馬口の試験会場まで電車で行き、試験を受ける。
実際にやってみた感想としては、五分五分ぐらいかな。
1ヶ月後に結果が出るけど、いちおうやることはやったので、結果がどちらでも
悔いはない。
とりあえず、今出来ることはメル友のIちゃんからもらったお守りの御利益に
すがることぐらいなので、何も考えないことにする。
テストが終った後は烏丸通を下がって御所などをぶらぶらしながら歩き回る。
ただ、湿度がすっごく高くて歩いているだけで肌にまとわりつくほどだった。
昼過ぎに部屋に戻ってしばらくゆっくりしてから鴨川で夕涼みをする。
なんだかとっても贅沢な時間を過ごす。
もう1度部屋に戻ってから銭湯に行って汗を流したら、あまりの部屋に湿度に
耐え切れずついにエアコンのスイッチを入れた。
もう、いったんつけてしまうと、もう戻れそうにない。(^^;
まだ5月だというのに先が思いやられてしまう。
先が思いやられるといえば、また体重が減っていた。
銭湯に行っていつも通り体重を量ったらたったの56KGしかなかった。
確かに空腹だったし、今日はあまりちゃんと食べていないとはいえ、今週は今日以外
ちゃんと食べていたので、まさか減っているとは思わなかった。
まだ梅雨にも入っていない段階なのにこんなに体重が減ってしまっては
夏を乗り越えられるのか心配になる。
このことは京都発のニュースとしてキレゴンザレスにも報告。
何度かメールをやり取りしていたら、途中から面倒くさくなって電話をかけてしまった。
ほんと、このままなら夏にストロー級になってしまうかも。
2004年5月29日(土)
いよいよ試験を明日に備え、今日は真面目に勉強をする。
どうにか、合格できるレベルにまで仕上がったとは思うけど、まだまだ万全とは
言い難い。
本来ならもっと完璧な状態にしないと本番で何が起こるかわからないだけに、
もっとやっておきたかったのだが、時間的な制約もあり、今回はこれぐらいで
納得することにする。
メル友のIちゃんと話をしてオーナーなら大丈夫と妙に安心した訳じゃなんだけど・・・
まぁ、今回が駄目でも10月にもあることだし、そのときはまた1からやり直せば
良いと腹を括る。
それにしても、京都は暑い。
夜、あまりの暑さのためにまだ5月だというのに我慢できずにエアコンのスイッチを
入れようとしたらリモコンの電池がなくて諦めざるを得なかった。(^^;
試験を前にしてちゃんと寝たかったのだが・・・
2004年5月28日(金)
めちゃくちゃ天気が良かったので、午前中は勉強をほったらかしにして家事に専念。
布団を干し、洗濯をする。
そんなことをしていたら、勉強をする気分じゃなくなってしまった。(^^;
昼過ぎに用事があって会社に立ち寄ったのだが、たったそれだけでも疲れてしまうし・・・
どうやら、相当消耗しているらしい。
部屋に戻って少しだけ横になったつもりが完全な昼寝になってしまうなど、日の上がっている
間は勉強にほとんど手がつけられなかった。
夕方からはある程度やることは出来たんだけど、それでもあまりにロスが多かった。
このまま試験を迎えてしまうのはものすごく不安。
2004年5月27日(木)
早く仕事も終ったので、銭湯に行き、食事を作ったらな〜んにも出来なくなってしまった。
もう、疲れが次々吹き出してくるみたいで、起き上がれなくなった。
いやはや、今週は比較的早く終ったのに、こんなに疲れが溜まっているとは・・・
こんな状態ではとても勉強できないので、寝てしまう。
テストの直前だというのになにをやっているんだか・・・
2004年5月26日(水)
コスタ狂太からGW中の飲み会でで撮影したデジカメの画像がどうなったのかという
突っ込みが来た。
PCに取り込めばあっという間に終るのに、わたくしの8年前のPCにはUSBなどという
素晴らしいものが影も形もなかった頃のものだから、やりたくても出来ない。
デジカメ映像を現像するのもどこでやれば良いのかわかんないし・・・
とりあえず、今はテストのことで頭がいっぱいなので、日曜日の午後以降にまで
我慢してもらうようにする。
ほんと、デジカメの1件だけでもパソコンを買い直す価値はあると思うんだけど、
どうも踏ん切りがつかない。
社長の叔父から金曜日と土曜日は試験に備えて休めと命令された。
個人的にはそこまでしてもらう必要はないと思っていたんだけど、少しでも失敗する
リスクを減らしたいらしい。
これで失敗することが許されなくなった。
プレッシャーが重くのしかかってきた・・・
2004年5月25日(火)
久しぶりにすっきりとしたお目覚め。
どうやら最近気がつかない間に食事の量を減らしていたみたいで、空腹が原因で夜中に
目が覚めるということに気がついた。(^^;
別にダイエットをするつもりはなかったんだけど・・・
疲れて部屋に戻ってきたら簡単なもので済ませてしまっていたのが悪かったらしい。
これからどんどん暑くなってくるから、少しでも体重を維持できるようにするためにも
たっぷり食事は摂らないといけないと反省。
今日も早めに仕事が終ったので、ちゃんとお勉強。
相変らずわからない箇所も多くて不安だらけだけど、まぁやるしかないというのが
正直なところ。
やることをやりもしないで神頼みをする訳にもいかないし・・・
2004年5月24日(月)
仕事が早く終ったので、真面目に勉強する。
さすがにテストまで1週間を切って真剣に取り組めるようになった。
しかし、出遅れは否めないので、果たして取り返せるのやら・・・
勉強の合間に受信したメールの返信をする。
やっぱり、PCでのやり取りは携帯に比べてずっとやりやすい。
煩わしい携帯での文字入力よりパソコン用のキーボードの方が比較にならないぐらい
速く打てるし、時間を気にしなくて良い。
やっと自分の生活が取り戻せた感じ。
2004年5月23日(日)
今日は1日勉強三昧。
ソフトボールもフットサルもすべてお断りして部屋に閉じこもった。
ただ、ずっと勉強している訳にもいかず、掃除、洗濯と休みの日にしか出来ないことは
きっちりと消化したけど・・・
午前中から夕方までず〜っと教科書と問題集にかじりついた。
間近に迫っているのにちっとも終っていないで焦っていたとはいえ、こんな長時間真面目に
勉強したなんていつ以来だろうか?
夕方までいつになく頭を働かせたため、処理能力の限界に達してしまった。
気分を変えるために銭湯へ行き、合格祈願にと作ってくれた手作りのお守りをもらいに
メル友のIちゃんにも会った。
それでも用事が済んだらすぐに部屋に戻って勉強を続行。
時間の割には量をこなせなかったような気はするんだけど(^^;、少しはマシになったかな。
2004年5月22日(土)
午前中、仕事をしているときは疲れていたのか、それともメールが来ないからなのか、
理由はよくわかんないんだけど、不機嫌だったのが、部屋に戻って光ファイバーの
工事をした途端、いきなり上機嫌になった。
いやはや、なんて気分屋さんなんでございましょう、と自分で突っ込みたくなるほど
ネットに接続できるのが嬉しかった。
昨日講習会の帰りに買うのをすっかり忘れていたルーターとLANケーブルを新しく出来た
やまだ電気までチャリを走らせた。
先週オープンしたばかりなのだが、今までチャリで行けるというのは本当にありがたい。
徐々にではあるけど、このあたりの生活も快適になりつつあるのかもしれない。
実家で1度設定をしたこともあり、部屋に戻ってからはあっさりネットに接続できた。
たまたま同じルータもあったので、余計に手間がかからなかった。
つないでいつも見ていたサイトなどを見ていると、思わずこの喜びを何人かに
共有させたくなり、北の住人とコスタ狂太に電話してしまった。
これからはわざわざ電話で話をしなくてもメールでやり取り出来るというのに・・・
それぐらい、嬉しかった。
ようやくこれで今まで通りの生活スタイルを取り戻せたと実感する。
2004年5月21日(金)
今日は危険物取扱の講習会。
いやはや、すごい内容だった。
洗濯をきっちり済ませたためにちょっと時間ギリギリになったんだけど、落ち着く間もなく
ものすごいスピードでテキストの説明をされたので、あっぷあっぷになってしまった。
そのボリュームの多さに圧倒される。
いやはや、ある程度量が多いことはわかっていたし、少しは勉強していたつもりだったけど、
ここまで覚えなくちゃならないことが多いとは知らなかった。
この資格を取得したキレゴンザレスやトナカイのことを素直に尊敬したくなった。
4時半に講習は終ったので、少し買い物してから勉強にとりかかったのだが、焦ってばかりで
ちっともはかどらない(^^;
気を取り直して早めに夕食を作って再度勉強を始めたんだけど、先には進まないし、
わかんないことだらけで、叫びたくなってしまった。
自分でため込むのも嫌だったので、メル友のIちゃんにも送ってしまう。
相手としてはいい迷惑だっただろうけど・・・
どちらにしても、来週日曜日の試験まで集中しなくちゃならないから、逆に10年ぶりの
浪人生活だと思って満喫することにしよう。
2004年5月20日(木)
台風が来るという話だったのだが、ごく普通の雨降りの1日だった。
別に暴風雨になるのを期待していた訳じゃないんだけど・・・
明日の朝には関東へ抜けるみたいだから、やっと洗濯できそう(^^)v
なんだかうれしくなって思わずメル友のIちゃんにもメールを送ってしまった。
明日はいよいよ講習会で時間に余裕が出来そうだから、しっかりやらねば。
2004年5月19日(水)
5月だというのに台風が接近しているらしい。
いやはや、この1週間ほぼ休みなく雨が降っているのに、また大雨かと思うと気が重くなる。
まぁ、明日は危険物取扱試験の講習会だから仕事中に水浸しになることはないとは
思うんだけど、それでも気が重いことにはなんら変わらない。
こんな天気が梅雨明けまでの約2ヶ月続くのかと考えるだけで憂鬱になりそう。
ただ、職場の人の話によると、祇園祭をはさんで梅雨と真夏がくっきり分かれるみたいだから、
それを楽しみにする。
寝る直前、講習会の受講票を見たら、講習会が明日ではなく、金曜日であることが判明。
社長の叔父から言われていたのを鵜呑みにしてしまっていた。
講習会は9時半から始まるので、それに合わせてゆっくりしていたら、とんでもない
目に遭ってしまった。(^^;
台風も近づいているのにあんまり仕事したくないんだけど・・・
2004年5月18日(火)
今日はすっきりとした体調で過ごした。
天気予報ではもっとすかっと晴れるはずだったけど、これは思いっきりはずれた。
ただ、日差しがない分、過ごしやすかったことは確かだけど・・・
夜中に目が覚めたとはいえ、そこそこ睡眠時間を確保できたのも大きかった。
とりあえず、昨日のような悪夢が再現されず、ちょっと安心。
2004年5月17日(月)
いや〜、1日中眠かった。
朝の目覚め自体は悪くなかったんだけど、昼前ぐらいから急に頭がぼーっとしてきて、
あくびが止まらなくなった。
昼食後、昼寝をしようとしたのだが、こんな時に限って寝れないし・・・
ずっとまともに仕事が出来る状態ではなかった。
昨日、遅くまで遊んでしまったのが直接の原因なのかもしれないが、それ以上に
慢性的な寝不足と睡眠の浅さがさらに事態を悪くしている。
不眠症という程ではないと思うんだけど、ここ最近まともに朝まで目覚めずに寝るという
ことがない。
やっぱり、ちょっと無意識にストレスとか疲れをため込んでいるのかなぁ・・・
2004年5月16日(日)
朝、土砂降りの中社長の叔父とその奥さんとの3人で神社に参拝する。
毎月商売の神様である伏見稲荷の系列の神社に商売繁盛のために参拝しているらしいのだが、
今年の初めに祖母が亡くなったこともあり、自粛していたとのこと。
そんなことをやるような叔父のようには見えなかったので、少々意外ではあったんだけど、
代々奉っていることもあり、ほぼ欠かさず行っているらしい。
ただ、今日に関してはものすごい雨でお参りをするのも一苦労。
叔母さんに至っては濡れた階段に足を滑らせて転倒してしまうほどだった。
これから毎月最初の日曜日に参拝することになるみたいなので、予定をあけておかなければ
ならないらしい。
昼食を叔父と京都駅近くのホテルで済ませた後、いったん部屋に戻ってからメル友の
Iちゃんとデートをする。
一緒に買い物をしたり、食事をするという、まぁ至極普通のものだったんだけど、
何年もそんなことをしていないオーナーには鼻血が出そうなぐらいドギマギして
しまった。(^^;
ついついお酒も入ったので、河原町から部屋に戻るのが非常に大変だった。
助けが欲しくても携帯の電池はなくなるし、散々だった。
まぁ無事に戻れてなにより。
2004年5月15日(土)
土曜日だというのに2週連続で夕方近くまで仕事をした。
先週ほどではないにしろ、やっぱり疲れが溜まっているので、土曜日はなるべく早く
終って欲しいというのが正直なところ。
部屋に戻って銭湯に行き、さっぱりしてからの〜んびり過ごす。
勉強をしなくちゃならないのはわかっていたんだけど、やる気になれず10時からやっている
スポーツニュースで阪神と浦和の結果をチェックしたら寝てしまった。
1週間に最低1度は早い時間に寝ないと体が持たないことは事実だけど、勉強もしておけば
良かったのではないかと少しだけ後悔。
まぁ、明日取り返そう。
2004年5月14日(金)
昨日送られてきた妹からの荷物が届いた。
ビデオだけなら良いのに、お菓子や麦茶などいろんなものを入れてくれた。
ほんと、すっかり母親みたいになってしまった。
こちらから兄としてなんとかしなければ・・・
2004年5月13日(木)
ビデオの録画を頼んでいた妹からメールが届いて、明日届くと書かれていた。
ほんと、BSさえ入っていればそんなことをしなくても良いのに、わざわざ平塚から
送ってもらうのも気が引けるんだけど、まぁ今回は関東ローカルだから仕方なし
とする。
それにしても、今日の雨はすごかった。
梅雨の走りにしてはものすごい大雨で、ちょっと屋外で作業しようものならずぶ濡れに
なってしまった。
かれこれ3ヶ月ちょっとになるけど、今日ほどの雨は初めて。
これから梅雨本番ということを考えると、ちょっと憂鬱。
夜さくらからいきなり電話がかかってきた。
3月に1度埼玉へ戻ったとき京都に行くという話をしていたんだけど、その日取りを6月末に
したいとのこと。
梅雨どきで観光客が少ない時期を狙ったらしい。
さくららしいと思ったのだが、1年中観光客の途絶えない京都でそれが可能かどうかは
まだ京都に住み始めて日の浅いオーナーにはわからないんだけど・・・
ただ、関東に住んでいる友達がはるばる京都を訪ねてくれるのは本当に嬉しい。
以前、九州に赴任した友達が送別会などで行くと言っておきながら実際に来たのは
オーナーだけだったとこぼされたことがあったのだが、確かに新幹線で2時間半とはいえ、
費用の面からもそう簡単に来れるものではない。
ホテル代がもったいないから部屋も使ってもらえれば良いし、どんどん来てくれればと
京都で少し寂しく過ごしているオーナーからすれば思う次第。
ただ、わたくしの部屋が滞在に値するかどうかは評価が分かれるところだろうけど・・・
テストへの勉強をしていてボチボチ終りにしようかなという時間に大阪のチームから
今度の日曜日に試合が急遽入ったというメールが届いた。
次の日曜日ならテストまで3週間あるし、行っても良いと思ったのだが、もうすでに
予定を入れてしまっていた。(^^;
どちらかといえばフットサルの方がやりたかっただけに、ちょっとがっかり。
2004年5月12日(水)
メル友のIちゃんと会ってきた。
GWあけに会う約束をしていたんだけど、ずっと今日まで延期していた。
行く前は正直疲れていたし、あまり気が進まなかったんだけど、実際に会って話をすると
そんな気分も吹き飛んだ。
次の日曜日にも会うことになったから、ちょっとハッピーな気分。
こんなことは随分御無沙汰だったので、たまには悪くないかな。
2004年5月11日(火)
やっと光ファイバーの工事の日程が決まった。
GWをあけてもNTTからいっこうに連絡が入らないので、昼休みに痺れを切らして苦情の
電話をしたらその日の夕方に決まりましたという電話がかかってきた。
なんや、事務手続きが止まっていただけやんけ!と突っ込みたくなったのだが、まぁ
仕方がない。
とりあえず、来週の土曜日午後になったので、ようやく10日後にはネット環境が
復活することになりそう。
久しぶりに駅前留学に行く。
今日はある程度仕事が早く終ったので、食事もシャワーもしっかり終りにしてから
出掛けられた。
遅刻しないでレッスンに行けたのは何回ぶりだろうか?
レッスンの方は久しぶりの割にはちゃんと喋れた。
確かに喋ってはいなかったけど、なるべく英語と触れ合った効果があったのかもしれない。
今月はテストがあるので、あんまり行けないけど、なんとか銚子を維持しなければ。
2004年5月10日(月)
月曜日から遅くまで仕事をしてしまった。
ある程度疲れが取れたとは思うんだけど、さすがに週の初めからは少々きつかった。
今週ずっとこんな感じなのかな?
2004年5月9日(日)
今日は1日ゆっくり部屋で静養。
ちょうど雨も降っていたし、出掛ける理由もなかった。
これでようやくGWの疲れが取れるかな。
2004年5月8日(土)
土曜日だというのに普通に夕方まで仕事をしたので、またまたぐったり。
確かに今週は3日だけだったけど、めちゃくちゃきつかった。
な〜んにも出来ずにまたまた部屋に戻ってから何もせずに過ごす。
メル友のIちゃんにも誘われたんだけど、とてもそんな気分になれなかった。
2004年5月7日(金)
久しぶりに大阪のフットサルのチームからメールが届いた。
携帯のサイトで出欠の登録をしなくちゃならないんだけど、このところずっとバタバタしていて
すっかり忘れていた。
慌ててアクセスして登録したんだけど、今月末にある危険物取扱のテストがあるので、
今月は諦めることにする。
せっかくこの連休で調子が良かったのに、ちょっと残念ではあるけど・・・
2004年5月6日(木)
連休明け初日。
これが5月かというぐらいの暑さになってぐったり。
部屋に戻ったら何も出来ずに動けなくなってしまった。(^^;
初日からこんな調子でどうなっちゃうんだろうか?
2004年5月5日(水)
夜11時、京都に到着。
朝9時半に出発したんだけど、都内で寄り道をしたりしていたり、早めに高速を降りて
一般道を使いまくったら予想以上に遅くなってしまった。
ただ、アルテッツァはそんな長時間のドライブでもそれを感じさせないほど疲れない
車だった。
以前のプリメーラならとてもこんなに快適に走ることが出来なかっただろうから、
改めて良い車を買ったと実感する。
いよいよGWも終わり。
明日から仕事が再開。
たっぷり英気を養ったので、頑張らなければ。
2004年5月4日(火)
昼に北の住人と会って話をした。
北の住人はこの後前の会社での同僚であるなりたさんと会うということであまり長い時間
話が出来なかったんだけど、久しぶりに実りのある話が出来た。
北の住人にとっても昨日の試合はオーバーヘッドを決めてご機嫌だったこともあり、
話も盛り上がった。
人生の選択でこうやって話をすること自体貴重な時間になったけど、なるべくこういう
時間をお金を使ってでも作るようにしなくちゃいけないと痛感。
本来なら今日、京都へ戻るつもりだったんだけど、北の住人と別れた後に髪を切ったり
(10分1000円の店で大失敗だったんだけど・・・)、たまたま来ていた母親がコンビニで
パートをしていた頃の薬剤師の仲間の人が突然訪ねてきたこともあり、帰るタイミングを
逃してしまった。
まぁ、西日本は雨だというし、もう1日滞在しても悪くないかなとは思ったけど、明後日
以降の仕事を考えると、今日帰った方が良かったような・・・
そうとは思いながらも滞在することを選択したので、夜コスタ狂太と会うことにした。
ほんと、喋れるときにたっぷり喋っておかないともったいないとばかりに、今回の
帰省では話まくってしまった。
北の住人にも言われたが、オーナーの場合、最大のストレス発散は単純に喋ること
なんだなぁということがよ〜くわかった。
2004年5月3日(月)
今日のフットサルは最高だった。
もう、何も思い残すことはないぐらい完全燃焼したし、プレーも良かった。
ちょっと遊び気分でやったシザースがあれよあれよという間に上達して1対1でほとんど
抜けるようになったし、今まででは考えられなかったようなプレーも出来るように
なっていた。
いつもの試合レポートならその1つのプレーだけで1つのレポートが作れるようなのが
いたるところで出せたのには我ながらビックリ。
レベルの高い大阪でのフットサルがここまで実力を向上させているとは思いもしなかった。
確かに自分のプレーが良くて楽しかったのは事実だけど、それ以上に仲間と充実した
時間を過ごせたのが嬉しかった。
普段は顔を出さないまんぐれまで参加してくれたし、大河原さん、仙台から戻ってきた
ドールヘアーさんなど本当にたくさんの人が来てくれてめちゃくちゃ幸せだった。
試合後のいつも行くラーメン屋でほぼ全員残って食べたり、北の住人とキレゴンザレスと
一緒にふじみ野にある温泉にも行ったりと幸せとしか言いようがない時間を過ごせた。
3人で温泉に行った後にはまだ話をしたいというトナカイとかずまさと合流して
さらに話が出来たのも嬉しかった。
こんな幸せな時間をほぼ毎週末過ごしていたんだなぁ、とちょっと感慨深くなった。
2004年5月2日(日)
夜、久しぶりに中学3年時代のメンバーと飲み会を開く。
いや〜、飲み過ぎてしまった。(^^;
どうも、気の許せる仲間とお酒を飲むと箍が外れてしまう。
ただ、4時半の開店から12時の閉店までお酒を飲んでいたら飲み過ぎにも当然なる訳
だけど・・・
まぁ、飲み過ぎたのはいただけなかったけど、久しぶりにたっぷり話が出来たというのは
嬉しかった。
やっぱり、京都での新生活で喋る相手がいないんだなぁと改めて痛感。
2004年5月1日(土)
愛車アルテッツァで実家に戻る。
2時か3時には目覚めてなるべく多く下道で行こうとしたんだけど、寝付きが悪く、なかなか
寝れなかったこともあり、4時に起床。
4時半に出発となった。
普通ならこれでも問題なかったはずなんだけど、今回は午後1時にコスタ狂太と会う予定が
入っていたので、京都南ICから諏訪ICまで高速を使わなければならなくなった。
まぁ、自業自得なんだけど・・・
諏訪からはR20で甲府まで出て、塩山から柳沢峠を越えるという走り慣れたコースで
戻ってきた。
いや〜、楽しく走らせて貰った。
走り慣れていない京都の道ではなかなか思い切って走ることもできなかったんだけど、
こっちなら思う存分走ることが出来た。
道路もずっと空いていたし、実にそう快なドライブだった。
途中、何度も心配した親から電話がかかってきたのには少々困ったけど・・・
所沢には午後1時ちょうどに到着。
約束していた時間ギリギリになった。
コスタ狂太の家で頼まれていたPCの復旧をカトペといっしょにやり、そのあと
昨日事前に作成したメニューを使って明後日の初試合に備えての練習をする。
いちおう、コーチの資格を持っているので(^^;、それに沿った形で指導をする。
軽く1時間足らずの予定だったんだけど、あれこれしていたら日が暮れるまで
やってしまった。
カトペとはここで別れ、コスタ狂太とゲームや話をしてから008と会う。
なんだか、まるでいつもと変わらない週末のような気がしてきた。(^^;
あまりに違和感なく遊べているので、ビックリしてしまった。
2004年4月30日(金)
今日も1日ゆっくりする。
本来なら今日あたりから埼玉に戻って良いはずなんだけど、なんだか昨日より余計に
疲れていたので、とても出掛ける気分ではなかった。
やったことといえば、メル友のIちゃんと何通かやり取りしたぐらい。
まぁ、2日間ゆっくり過ごせたことで初めて休日らしい休日を2日連続で過ごせたのも
事実。
明日は夜明け前には出発しなければならないので、早めに寝ることにする。
2004年4月29日(木)
今日からGW。
京都に来て初めて本当の意味でゆっくりできた。
朝は2度寝して気分良く目覚めることができたし、部屋も掃除できたし、洗面所や台所なども
きれいに出来た。
これだけのんびり家事が出来たのは引越して以来初めて。
なんだかとっても贅沢な時間を過ごしたような気がする。
やっとやりたいことが出来た感じ。
一通り家事が終ったら、最高の天気だったので、出掛けることにした。
最初は温泉にでも行こうと思ったのだが、メル友のIちゃんが教えてくれた烏丸御池の
新風館に行くことにした。
ときどき建物の中にある広場でライブなんかもやっているという話だったんだけど、
たまたまオーナーが行ったときにもKBSのイベントがあったらしく、公開生放送を
収録していた。
ストリートで活動しているらしいバンドが曲をやっていたり、憂歌団の元ボーカルが
ステージに立ったりしていた。
それらを見ながらとっても豊かな気分になった。
ひょんな偶然から知り合った人から今まで全然知らなかったことを教わり、それを
楽しませてもらっているその事実だけでも思わず笑顔になってしまう。
間違いなく確実にメル友のIちゃんと会っていなかったらこんな普段とは違うイベントも
見れなかっただろうし、気分も味わえなかっただろう。
ほんと、メル友のIちゃんのおかげで生活に潤いが出てきたのを実感する。
そう考えると、出会いを与えてくれた偶然に感謝したくなった。
2004年4月28日(水)
いよいよGW前最終日。
このところちょっと仕事が終るのが遅かったんだけど、今日は普段通りの時間で終る。
チャリのカギをなくしたので、新しいものと近くのジャスコで交換したりと雑用を
済ませた後、食事をしてから日曜日の店に行くことにした。
今日もメールが届いたので、素面の状態で話を聞きたくなった。
ちょうど給料も出たことだし、無駄遣いになるのはわかっていたけど、行くことにした。
改めて顔を合わせて話をしても擦れたところもないし、商売を意識している感じも
しない(全くないとは言わないけど・・・)から、逆に不思議になってしまった。
まぁ単なるメル友の間柄だから別に構わないんだけど、なんでこんなに相手に
してくれるのかわかんない。
ただ、これ以上詮索しても仕方がないかな。
とりあえず、今週に入ってから少なくともこの子とメールをしているおかげで
生活の味気無さは解消されているんだから。
それだけで充分だろう。
2004年4月27日(火)
昨日の子からまたメールが届いた。
なんだか素直に嬉しい自分に驚いてしまう。
まぁ、いちおうオーナーも男なんだなと再認識する。
文面を見てもこれといって具体的なことなんてな〜んにも書いてないのに、勝手にこっちが
良い気分にさせられちゃうんだから、男って単純なんだなぁと痛感する。
もちろん、メールをする相手が欲しいから、そんなことがわかっていても送ってしまうという
事情はあるんだけど・・・
仕事が終ってから駅前留学に行ったらなんと、予約を取り忘れていたことが判明。
そういえば、最近受付の姉ちゃんがちょっとしつこいぐらいに予約の確認をしていたのは、
オーナーが入れていなかったからかと今ごろになって気がついた。(^^;
とはいっても、もう手後れなので、さっさと食材を調達してから部屋に戻って料理をする。
それが終ったらドライブにでも行くつもりだったんだけど、コスタ狂太と北の住人の
2人と電話をしていたら行く暇がなくなってしまった。(^^;
まぁ、ドライブに行こうとしたのも気分を紛らわせるためだったから、十分電話で
代用できたけど。
ただ、北の住人には日曜日に電話したときのことを随分怒られた。
お酒が回っていた状態で電話をしていたので、だいぶ迷惑をかけたらしい。(^^;
反省せねば。
この北の住人との会話でオーナーの頭が相当弱っていることが判明した。
語彙も少ないし、話題も陳腐なことしか出てこない。
話をしていても頭が回っていないのがわかるだけにとても歯がゆい感じがした。
ちょっと日常に追われ過ぎて余分なことを考えることができなくなっているのだろう。
ある程度仕方のないこととはいえ、何らかの対策を取らないとせっかくGWのお楽しみで
会う北の住人との会話もつまんないものになってしまう。
2004年4月26日(月)
昨日最後に行ったお店の女の子からメールが来たのでビックリしてしまった。
確かに楽しくお話はしたけど、まさかメールが来るとは思ってもみなかった。
これが商売なのか定かじゃないけど、話相手が極度に不足しているオーナーとしては、
ちょうど良かったので、送り返したら何回も送ってきた。
こんな感じではまるのかなと思いつつもニーチェのツァラトゥストラじゃないけど、
堕落するところまで堕落して新しい人間である超人になるのも悪くないと(^^;
思ったりする。
まぁ、こんな人にしか京都でコミュニケーションが取れないというのは、いかに京都の
生活で誰かとの接点を渇望しているのかを思い知らされる。
だからといってその人を偏見で見るようなことはしないけど。
2004年4月25日(日)
目が回るほど忙しい1日だった。
朝8時からBMWの叔父と宇治、瀬田、琵琶湖と水辺の快走道路を気持ち良く走り、
正午からは(ちょっと遅刻したんだけど・・・)フットサルをやり、その後は
社長の叔父が急に呼び出した政治家のパーティーに呼び出された。
その後は叔父の趣味で女の子のいる店でお酒を飲んだりととても書き切れないほどの
スケジュールをこなした。
ひとつずつ振り返ることにする。
朝8時からのツーリングは本当に素晴らしい道だった。
こんな近い場所に車の量が少なくて走り応えのある道が至る所にあるとは知らなかった。
景色も抜群だったし、ほんと言うことなかった。
時間の都合で半日という限られた枠内でこれだけのボリュームをこなせるんだから、
もっと研究しなくちゃ。
正午からのフットサルは、まぁすごい場所だった。
先週教えられた通りの場所に行ったらほんとに単なる河川敷のグラウンドだった。
仙台のスケートリンクもひどかったけど、あそこの方が遥かにマシなぐらい
ひどいコートだった。
とてもコートやグラウンドという言葉が使えないぐらい。(^^;
限りなく畑に近いところでフットサルをやるなんて初めての経験だった。
確かにレベル的には72ndsよりも低くて楽しくやれたんだけど、あのあまりに酷すぎる
場所では正直やる気がしない。
確かに1人200円ちょっとで出来るのは魅力なのかもしれないけど、遊びにはあまり
ケチケチしないオーナーとしては、もう少しお金を出しても気分良くプレーの出来る
環境でやりたい。
政治家のパーティーにはフットサルコートに向かうとき、いきなり叔父から電話が
かかって急遽行くことになった。
どうやら、仕事の関係でこういう場には社長としてちょこちょこ顔を出しているらしい。
こんな機会は滅多にないと思って承諾したのだが、いやはやビックリさせられっぱなし。
会場である馬鹿でかい高級ホテルに度肝を抜かれ、広間を借り切って行われた講演会は
よくもまぁこんなに集まるなと感心するほど人がいたし、最近政界を引退した某政党の
幹事長を勤めた大物政治家の40分ぐらいの話は原稿を全くもたずに淀みなく、そして
観客の反応を見ながら飽きさせない巧みな話術に目を丸くした。
会場に来ている人も普段普通に生活しているのではまずお目にかかれないような人たち
ばっかりで、こんな世界もあるのかとひたすらに驚かされた。
いやはや、世の中には知らないことばっかりなんだなぁと思い知らされた。
政治家のパーティーでも目を丸くさせられたけど、次に行った女の子のいる店も
驚かされた。
そういう店には全く興味のなかったため、行ったことがなかったのだが、確かに
男がはまるうまいシステムを敷いていることに感心させられた。
男の心理なんて単純なんだな。
疑似恋愛みたいな気分を経験させてしまえば女の子は相槌を打つだけでお金を
巻き上げられるんだから。
女の子が隣にいるだけであんなに楽しそうにするのを見ていたら興味深かったと
同時に動物的本能の切なさみたいなものを感じてしまった。
まぁ、確信犯的にその世界に浸るのも悪くはないと思ったりしたけど(^^;
2004年4月24日(土)
少し早めに終ったので、BMWに乗っている叔父の家にお邪魔する。
先日、職場にひょこっと現れたとき、引越してからご挨拶に行っていないことを
京都風の言い回しで突っ込まれたので、買い物など他のことを後回しにして
行くことにした。
夜寒くなるという予報だったので敢えて車で行ったのだが、今日と独特の細〜い路地に
悩まされたら場所が分かっているのにメチャクチャ時間がかかってしまった。
今まではバイクでしか行ったことがなかったので、全然気づいていなかった。
叔父の家では結局夕食を頂き、阪神戦の中継も全て見て、しかもお風呂にまで入れさせてもらう
という、どこまでも厚かましいことをしてしまった。
さすがに、どこかでお断りするべきだったのだが、勢いに押されてしまった。
おまけに、明日朝から叔父のBMWで近場のツーリングに行くことにもなった。
正午からフットサルもあるというのに・・・
2004年4月21日(水)
いきなりGWが29日から始まることになった。
社長である叔父と話をしていたら、ゆっくり過ごせやということを言われてしまった。
オーナーがいてもいなくても同じという一種の戦力外通告かなと思えなくてもなかったのだが(^^;、
まぁせっかくのお言葉だし、逆らう理由もないので従うことにする。
いちおう、このことは両親にも連絡する。
急に決まったことなので、いつ帰るか決めていないけど・・・
2004年4月20日(火)
いや〜、めちゃくちゃ体力的に辛い1日だった。
朝からずっと眠かったし、頭も全然働かないし、身体もまったく言うことを聞かない
有様だった。
こんな状態でよく駅前留学に行ったものだと感心する。
こんなきついのは3ヶ月で初めて。
な〜んか、ちゃんとした対策を立てないとまずい事態になるような気がする。
2004年4月18日(日)
午前中はソフトボール。
練習試合を2つやったのだが、良いところがほとんどなし。
見せ場は最初の試合でキャッチャーをやっていたときに盗塁を刺したのと、情けないぐらいに
泳がされながらもタイムリーヒットを打ったことぐらい。
打つ方は散々だったし、守っては小学3年生以来約20年ぶりにやったサードで強烈なゴロを
さばいたところまでは良かったのに悪送球をしたりと醜態をさらしてしまった。
ただ、サードでの悪送球は投げようとしたときにファーストがベースにいなかったのが
原因だったんだけど。
その試合が終る直前にヨッシーから電話がかかってきた。
何事かと思ったら心理カウンセラーをやっている人を知らないかという話だった。(^^;
オーナーから以前聞いたことがあるという話だったんだけど、全く記憶もないし、
そんな知人のいないオーナーにはな〜んにもお答えできなかった。
ただ、いろいろそれ以外に話をして、ヨッシーが自分の将来について少しは動こうと
しているところがわかってほっとした。
昼過ぎに部屋に戻り、ラーメンを作ってから洗濯、干していた衣類の整理などをしてから
いよいよ夏物の衣類を片づけることにした。
手始めにDIYの店で4段の引き出しを購入し、トランクに眠っていた衣類を片づけた。
危うく追加した4段では足りなくなりそうだったのだが、なんとか無理矢理押し込むことに
成功。
その他同時に購入した電源タップで電化製品の配線と配置を再構築したり、S字状のフックで
リュックやポーチを引っ掛けるようにしてスペースの有功活用をしたりと有意義な時間を
過ごす。
これらの改善でそこそこ人の住めるスペースになってきた。
まだ、本が横向きになっていたり、TV、コンポ周辺が未着手だったり、CDが相変わらず
適当に板の上に置いたまんまになっているなど問題は少なからずあることは事実では
あるけど、父上が来た頃よりはだいぶマシになった。
ダンボールも整理できたし、不要品は次回の帰郷の際に持って帰るために車に積み込んだ
おかげでだいぶすっきりしたし。
あとはCD用の棚の作成と本の整理。
これさえ終ればまぁ人が住む部屋といえるんだけど、実行に移せるのはいつになることやら。
2004年4月17日(土)
やっと部屋の片づけに着手できた。
高さを変えたかったメタルラックを組み直し、未だにダンボールに眠っていた本を取り出したら
ちょっとだけではあるけど、広々してきた。
気のせいか、生活感も出たような感じがする。
明日車のトランクに眠ったままの夏物衣類を片づけたら、もっとすっきりするだろう。
部屋の整理をしている合間に「少林サッカー」を見た。
実にくっだらなくて、面白かった。
あそこまでくだらなさに徹することの出来る香港映画の素晴らしさを見た気がする。
ながらでしか見ていなかったけど、十分楽しませてくれた。
2004年4月16日(金)
久しぶりにキレゴンザレスとお話をした。
1週間前に市議会議員選挙に野球部で一緒だった奴が立候補するという大笑いなメールが
届いていたので、こちらとしてもフォークリフトの免許を取ったという他愛のない話題を
送信したら電話がかかってきた。
立候補した同級生は見事に落選したことなどを楽しく話をする。
ちょうど駅前留学から帰ってきて食事を作り終えたあたりにかかってきたのには
ちょっとまいったけど。
2004年4月15日(木)
めでたくフォークリフトの免許を取得。
3日間も拘束されて合格できないようだったらどうしようかと本気で考えたけど、
さすがに同じコースを3日間、少なくとも20回以上走っていれば合格しない方が
どうかしている。
まぁ、それでも受かるというのはうれしいもの。
仕事をする上でもフォークリフトの免許があるかどうかは問題になるだけに、
ほっとしている。
これでまた明日から仕事に復帰。
はたしてちゃんと仕事できんのかな?
2004年4月14日(水)
フォークリフトの講習も2日目。
昼過ぎまで雨が降るというあいにくの条件だった。
おかげで電車で行かなくちゃならないし、靴もずぶ濡れになった。
そんな状態だったけど、なんとか講習は無事にこなせた。
いちおう、合格ラインの時間内で作業も出来るようになったので、このまま行けば
明日免許はもらえそう。
あと1日、しっかりやらねば。
講習が終った後は京都駅まで足を伸ばし、ちょっと買い物をした。
京都駅の烏丸口を出たところにあるGAPでチノパンを買い、同じ建物にある本屋で中沢新一の本と
ヘーゲルの本を買ったら5000円以上の出費になってしまった。
まぁ確かにチノパンはセールで安くなっていて1900円だったからまだ良かったのだが、
2冊の本が3000円を超えるとは思ってもみなかった。
普通の文庫本の感覚だったので、レジで金額を聞いたとき我が耳を疑ってしまった。
本への投資は惜しむべきじゃないと思っているから後悔はしていないんだけど、
ちょっと使う時期を誤ったという感じ。
残り半月を少し生活費を抑制する必要がありそう。
2004年4月13日(火)
今日から3日間、フォークリフトの実技。
長岡京にある施設だったので、バイクで出掛ける。
久しぶりにバイクに乗って無事に時間前についたのだが、出来栄えは最低。
簡単な操作なのに規定時間内で終らせることも出来ず、手順も難しくないのに
フォークリフトに乗ると頭が真っ白になってしまった。
まぁ、残り2日あることだし、それまでにはなんとかなるだろうと今のところは
楽観視しているけど、こんな調子だとちょっとまずいような気がする。
駅前留学のあと、久しぶりにバイクで走りに行った。
このところちっとも走らせていなかったので、気分が良かった。
ただ、この前アルテッツァで走った峠はあまりに真暗なため恐怖感を覚えたけど・・・
これからは夜でもある程度暖かいはずなので、ちょっとでも暇があればまた
走りに行きたいな。
2004年4月12日(月)
早くもGWの予定が2つも決まった。
まずは5月2日にコスタ狂太とクラスメートと会うことが決まったこと。
そして、3日の試合はコスタ狂太のチームとやることも。
ちょっと早すぎるような気はするけど、よく考えてみればGWまであと3週間。
今のうちから押さえておかないとこなしたい予定も消化できなくなってしまう。
このところ時間の経過がやけに早く感じるので、これぐらいがちょうど良いのかもしれない。
2004年4月11日(日)
今日は会社の人と西京極で行われたJFLの試合を見る。
取引先の会社がチームを持っているので、先週突然行かされることになった。
そのため、フットサルの予定もキャンセルせざるを得ず、ちょっぴり不満はあったのだが、
そのかわり、春の暖かい日差しを浴びながら少し早めに部屋を出て桂川沿いをサイクリング
するなど、普段出来ないこともできたので、まぁ悪くはなかった。
試合観戦後には叔父行きつけの焼肉屋でたっぷり肉を食べ、同じビルにあるお風呂で
のんびり過ごすことも出来た。
おまけに休憩所にあった、大学時代好きで読んでいた東京大学物語の最後の2冊を読み、
あまりにすごい終わり方に思わず笑い転げてしまったりと予想以上に楽しい時間を過ごせた。
正直いって気の向かない話ではあったけど、結果的にそこそこ充実していたのだから
良しとしよう。
2004年4月10日(土)
な〜んか歯車が合わない1日だった。
仕事はそこそこ早く終ったんだけど、疲れを取るために昼寝をしたら予定していた
アルテッツァの1ヶ月点検も散髪もすべて消化できなくなってしまった。
天気も良かったし、どこかへバイクで出掛けたり、洗濯もしたりとやりたいことは
山ほどあったのに、疲れを取ることを優先したばっかりに全部ぱーになってしまった。
なんか、土曜日はこういう日が多いような気がする。
根本的に時間がないということは確かなんだけど、まだそれを上手く使いこなせることが
できていない。
そのうち慣れるものなんだろうけど・・・
2004年4月9日(金)
仕事をちょっと抜け出してもらい、給付金の手続きをする。
本来なら先週の初めに行くつもりだったのだが、雇用保険のカードが見つからず、
延期していた。
ついでに免許の住所変更手続きも済ませてしまう。
これまでずっと一時的に会社の住所を使わせてもらっていたのだが、これだと
身分を証明する際になにかと困ってしまうので、ずっと変えたいと思っていた。
ハローワークでも身分を証明するのに運転免許証が必要だったので、ちょうど良い
機会になった。
お気に入りの駅前留学の受付お姉ちゃんに聞いたところ、給付金が振込まれるのは
だいたい1〜2週間ほどとのこと。
一時的とはいえ、これで少しリッチになれる。(^^)v
なんだか、ちょっぴり嬉しい気分。
駅前留学の後、ドライブに出掛けた。
受付の姉ちゃんでも誘って夜桜見物でも行こうかと思ったんだけど、路上駐車していたので、
そっちが心配になって結局1人で行くことにした。
行き先はこれといって決めていなかったのだが、適当に走っていたら三条通りから琵琶湖
方面へ抜ける峠道にたまたまぶつかったので、そこを走ることにした。
めちゃくちゃ速いハイエースにやっとの思いでついていきながら走っていたら
気分もすっきりしてきた。
このところ鬱積したものがあっただけに、良い気分転換になった。
まぁ、いつも1人で行動しているので、たまには誰かと出掛けたい気分にはなるんだけど・・・
2004年4月8日(木)
どうやら光ファイバーが設置できるようになるらしい。
仕事中、NTTから電話がかかってきて、工事をするに当たって問題がないことを
伝えてきてくれた。
ただ、実際の工事に着手するまでには1ヶ月ほどかかるらしく、ネットが使えない状態は
まだまだ当分続くらしい。
まぁ、それでも大きな一歩を踏み出したことは確か。
ようやく光が射し込んできた感じ。
2004年4月7日(水)
やっと勉強する時間が作れた。
先週、突然受験するようにいわれた危険物取扱乙4種のテキストを最初の方だけざっと
目を通すことができた。
目を通したのは基礎的な物理学という章だったのだが、久しぶりに学術的な文章を
読んでいると、なんだか学生時代に戻った気分になった。
とはいえ、これはテストの範囲のごく一部に過ぎないことを考えると、先が思いやられて
しまう。
覚えなきゃならないことが山積みなので、10年ぶりぐらいに暗記用のカードを買って
覚える必要がありそう。
それにしても、わずか2時間ほどの勉強時間を作るだけでも一苦労させられる生活というのも
なかなか辛い。
仕事から帰ってシャワーを浴び、阪神戦の中継を見ながら料理をし、食べた後は
NHKの歴史番組を見ながら洗濯ものを干すのと整理をしていたらあっという間に
10時になってしまう。
途中、確かに疲れを取るために30分ほど布団に横になったけど、これをしなければ
とても何か出来る状態ではなかったので、無駄な時間ともいえない。
危険物取扱の勉強だけでなく、今日初めて届いたNewsWeekも読まなきゃならないし、
それ以外にもいろいろ経済や経営の本にも目を通さなければいけないし、頭が痛い。
これらをやった上で更に趣味や人間関係などの構築もしなくちゃならないなんて、
ちょっと頭がおかしくなりそう。(^^;
まぁ、大変大変と言っておきながら、これを楽しんでいる部分もあるんだけど・・・
2004年4月6日(火)
駅前留学の後、丸山公園へ桜を見に行った。
たまたま母上からレッスン中にメールが来て、ライトアップしている桜を写した映像を
テレビで見たらしい。
あんまり行く気はなかったんだけど、京都でまともに桜を見ていなかったこともあり、
疲れてはいたのだが、見に行くことにした。
京都駅からゆっくり自転車を走らせて20分ほどで到着したのだが、あまりの花見客の多さに
ビックリしてしまった。
京都では非常に有名なお花見スポットだとは聞いていたけど、ここまでとは予想
していなかった。
なんか、そんなところで一人で花見をしていたら、京都に未だ居場所を見つけていない
という事実を痛感させられた。
と同時にずっと続いている旅行をしている気分になった。
丸山公園にも多くの国内外の観光客が来ていたけど、その中の1人のような気がして
ならなかった。
沢木耕太郎は深夜特急の中でローマという舞台装置の中で辛うじて役を得たような
気分になったらしいけど、2ヶ月以上も生活している自分にはその居場所すら
確保できていないということを目の当たりにしてちょっと複雑な気分。
20年近く前、所沢に引越した直後、周りにコミュニティが作れなくて困ったもんだけど、
久しぶりにその気分を思い出させてくれる。
まさか、20年後に同じような感情を抱くようになるとは夢にも思わなかったけど・・・
2004年4月5日(月)
西大路五条にある中小企業会館でフォークリフトの講習を受けてきた。
朝9時からテストを含めて夕方5時半までみっちり勉強させられた。
久しぶりに長時間暖かい部屋で座っていたため、睡魔に幾度となく襲われたけど、なんとか
テストまで終了。
このテストの結果は明後日に判明し、不合格者のみ連絡があるらしい。
正直いってちょっと自信のない部分もあるので、ちょっとだけ心配。
2004年4月4日(日)
久しぶりにソフトがなかったので、昼すぎまでゆっくりしてから大阪までフットサルに
出掛ける。
開始時間が夕方の5時半からということもあり、1時半には部屋を出て梅田界隈をウロウロ
してから現地に向かう。
今回は練習時間をやけに長く取り、試合の方は1時間ほどだけだった。
得点こそ入れられなかったけど、3回ほど決定的なシュートも打てたし、われながら
惚れ惚れするようなポストプレーも出来たので、満足はしているんだけど、なんだか
物足りなさを感じる。
まだ加入して日が浅いということもあるんだろうけど、なんだかチームの輪に入っていけない。
雰囲気も悪くないし、メンバーの人も良いのだが、どうもしっくりしない。
ちょっと身の振り方を考えなくちゃいけないのかな。
2004年4月3日(土)
今日こそ部屋の片づけをしようと固く決意していたのに、仕事が予想以上に長引いて
あえなく断念。
まさか夕方まで仕事をするとは思いもしなかった。(^^;
この時間まで仕事をしてしまうと、もう疲れてしまってな〜んにもできない。
いろいろ買い物もしたかったのに、何も買えなかったし・・・
なんか、いつまでたってもこういう感じでいってしまうのではないかと本当に心配に
なってくる。
2004年4月1日(木)
4月に突入。
京都での生活も2ヶ月経過したことになる。
なんだか最近余計に余裕がないような気がする。
毎日の生活に追われている感じが日増しに増している。
ここ2週間ほどはあっという間に日にちが過ぎているし・・・
ただ、今日は珍しくのんびり部屋で過ごすことが出来た。
何気なくつけた1ヶ月1万円生活の番組が予想外に面白くて途中、食器を洗ったり
シャワーを浴びたりと中断しながらも最後まで見ることが出来た。
こんな能天気にテレビを見ながら笑えたのは久しぶり。
普段使っていない頬骨周辺の筋肉が使い過ぎて筋肉痛になってしまいそう(^^;
1人暮らしを始めたらこういう日ばっかりだと思っていたのに、なかなか厳しい。
2004年3月31日(水)
東京ドームでやっていたメジャーリーグのヤンキースVSデビルレイズの試合とW杯1次予選の
シンガポールVS日本の間にシャワーを浴び、布団に寝転びながら見ていたらいつの間にか
寝てしまった。
いくら疲れているとはいえ、こんな感じで寝てしまうとは思いもしなかった。
まぁ、寝不足気味な生活をしているので、これはこれで悪くないんだけど、
ここまで疲れているとは・・・
もう少し余力のある生活を模索しなければ。
2004年3月30日(火)
いや〜、今日も何も出来なかった。
昨日の寝不足が思いっきり影響して仕事中も頭が全然働かなかったし、部屋に戻ってからも
な〜んにも出来なかった。
ほんと、こういう日が多すぎる。
無理に何かをする必要はないとは思うけど、だからといって何も出来ないほど消耗して
しまっては仕方がない。
慣れない環境で過ごすというのは一筋縄で行かないのは重々承知の上ではあるが、
もう少し有意義な1日を過ごさないと時間の無駄になってしまう。
2004年3月29日(月)
なんと、仕事で買おうと思っていたメタルのラックと机が出てきた。
そろそろ揃えないといけないなと思っていた矢先だっただけに、ちょっとびっくり。
早速家に持ち帰り、組み立てるとあっという間に時間が過ぎてしまった。
組み立ててみると、置き場所がないことに気がついた。(^^;
なんとか寝る場所だけは確保することが出来たんだけど、それぐらい場所に苦労しているのに
3個もラックを持ってくるなんてどうかしている。
ただ、それでも片づけなければならないものはいっぱいあるだけに、きちんと整理して
人が来ても大丈夫なようにしなければ。
そんなことをしていたために1時半近くまで起きていたのだが、たまたま巨人とデビルレイズとの
試合で大幅に遅れていた日テレ(こっちでは読売テレビ)のスポーツ番組がやっていた。
今夜で松岡修造の最終回ということで特集をやっていたんだけど、そのエンディングで
相方の女性アナウンサーが涙ぐんでいた。
普通、こういうときはビジネスライクにあっさり終るものなのに、感情を揺さぶられるというのは
珍しい。
一緒に仕事をしていてこう思わせられるような終わり方というのはちょっと見ていて
良かった。
自分が仕事をしているとき、また遊びのときでもこんな風に人の心を動かすようなことを
ちゃんと出来ていたのだろうかと思わず考えさせられた。
2004年3月28日(日)
朝からソフト。
今日は初のリーグ戦に参加した。
試合の方は2勝したんだけど、プレーの方はさっぱりだった。
2試合ともレフトとライトをやったのだが、守備機会はゼロ。
バッティングは6打数2安打と数字的にはまあまあだったものの、内容的にはタイミングが
全然合わずに結果的にヒットになったというだけだった。
あまりに遅いボールに待ち切れず形が崩されてしまっていた。
今年は下のリーグに落ちたということで、こういうピッチャーばっかりらしい。
抜本的に打ち方を変えないといけないのかもしれない。
夕方は大阪でフットサル。
ソフトとは違い、こちらは京都に引越して以来初めての得点を挙げることが出来た。
しかも2点。
特に1点目は会心の得点だった。
いったんボールを受けようとして中に入ったのだが、サイドにパスが出たので、
そのままウェーブの動きでファーサイドからゴール前に突入したところをどんぴしゃの
タイミングでパスを出してくれた。
中に入ろうとしてパスが出なかった時点で次のイメージが出来ていたところを
他の人が感じてパスを出してくれたことがとっても嬉しかった。
シュートもゴール前1MとはいえGKもDFもいたので簡単じゃなかったのだが、
イメージ通り打つことが出来た。
得点を取れるときはいつもシュートコースが見えるんだけど、今回もくっきりシュートを
打つ前からしっかり見えていた。
こういうプレーを見ると、やっぱりFWが一番得意なのかなと思ったりする。
ただ、今回の相手が今までで一番低いレベルだったことも事実。
マークも全然きつくなかったし、自由に動き回ることが出来たことが大きい。
やっぱり、楽しくやるにはこれぐらいのレベルの方がオーナーには都合が良いらしい。(^^;
2004年3月26日(金)
1年前に始めた給付金コースの駅前留学が今日のレッスンで終了。
継続の手続きもしているし、これといって感慨といったものはなかったんだけど、
ちょっと1年前を振り返ると今こうやって京都で終了の手続きを待っていることが
とっても不思議なことに思えてきた。
もし去年の今ごろ神様が現れてこの状況を予言してくれたとしても絶対に信じなかった
と断言できるぐらい激変した1年だった。
まさか、京都にいるなんて夢にも思っていなかっただけに、未だに京都に住んでいる
こと自体が非現実的な感じがする。
2004年3月25日(木)
仕事が終った後今夜の肉がないので、十条大宮に新しく出来た食料品のスーパーに
行ったのだが、恐ろしく値段が高いことが判明。
さすがに1.5倍から2倍近いお金は払えない。
諦めざるを得ないと思いつつ、2ヶ月生活をしている中で少しは物価についての理解が
進んでいることがわかり、ちょっと嬉しくなる。
2004年3月24日(水)
やっと普通の生活リズムを取り戻しつつある。
それに伴って体力もだいぶ回復してきた。
仕事が終った後寄り道をして本屋に立ち寄ろうと考えるだけでも回復してきた
なによりの証拠だろう。
そんな気分が乗り移ったのか、今週末所沢に行くという北の住人に電話をする。
本来なら安くないお金を払ってでも行きたいところなんだけど、未だ生活基盤を
築けていないオーナーとしてはさすがに2週連続の出費は避けなければならない。
5月まではじっと我慢するしかない。
その代わり、いつもより大目に話をする。
こうやって気兼ねなく話が出来る友人を京都でも作らなくてはと改めて思う。
2004年3月23日(火)
相変らず疲れが取れず。
そんな中駅前留学に行く。
正直いって行く気になれなかったのだが、講師とマンツーマンで話をしていたら
気分も少し晴れてきた。
ただ、講師がわたくしのことを買いかぶっているのか、ほとんど手加減しないで
話されたのには少々困ったけど・・・
さすがに喋るスピードについていけずに何度も聞き返さないと会話が成り立たないということが
しばしばだった。
会話の文脈からだいたいの意味は掴んでいたんだけど、それでも1つの会話で何個も
聞き取れない単語が出てくると推量を通り越して当てずっぽうになってしまう。
最近、NewsWeekなどで英語の情報を仕入れていないので、表現も単調になるし、
言い回しも拙くなるなど、このところの勉強不足を痛感。
河原町まで行かないと手に入らないことを考えると、定期購読も本気で考えなければ。
2004年3月22日(月)
ふ〜、なんとか1日乗り切った。
京都に帰って早々雨に降られるし(^^;、週末の疲れが全然取れていない状況で
よく耐えしのいだと密かに自分を誉めたくなった。
まぁ、寝坊して危うく遅刻しそうになったけど・・・
2004年3月21日(日)
厭味なほどに晴れ上がった。
昨日がこの天気だったらと悔やまずにはいられなかった。
10時半に家を出て、008に昨日行くと約束した浦和VSセレッソの試合のチケットを返し、
バイク屋に挨拶をしてから妹の家に向かう。
思った以上に早く着いたのだが、平塚の家でダラダラしてしまったために出発が
遅くなってしまった。
ちょうど夕方の混雑する時間になったために高速に乗るにも苦労するありさまだった。
まぁ、箱根を走りたいという自分のわがままのためにそうなった部分もあるんだけど・・・
部屋に辿り着いたのは12時半。
途中、長良川を超えたすぐのSAで1時間ほど車で寝たりなど、遅くなる要素がいろいろ
あったにしろ、それにしても遅すぎた。
疲れ切っているし、明日からの仕事がとっても心配。
2004年3月20日(土)
いやはや、マイッタ。
本当に雨が降ってきた。
おまけに昼からは雪になっていた。(^^;
当然、フットサルは中止。
仕方なくサクラと会い、キレゴンザレスとかずまさ、その3人と軽い食事をしてから
サクラを家に連れて行き、送った後008と話をしていたらあっという間に深夜に
なってしまった。
なんか、雪のおかげで全てが狂ってしまった感じ。
このまま大事な連休が終ってしまうのだろうか?
2004年3月19日(金)
昼休み、珍しくお土産を買いに行った。
職場から少し遠かったので、車で行ったのだが、これが裏目。
道路は混んでいたし、買おうと思った漬物屋に入る道は一方通行で入れなくて細〜い路地を
走る破目になるなど散々だった。
まぁ、なんとか昼休み中に帰ることが出来たけど・・・
仕事後、シャワーを浴び、簡単な夕食を食べてから出発。
としたかったのだが、ここで職場にせっかく買ったお土産を忘れたことが判明。(^^;
こんなことはしたくなかったのだが、おじを呼び出し、職場を開けてもらってから
すぐさま京都南ICに飛び乗る。
それが7時45分。
慌てて走り出したものの、所沢までは遠かった。
浜名湖まではノンストップで走ったものの、それからは走ることに疲れてしまい、
富士川SAで休んだり、御殿場を過ぎたあたりでパトカーに追尾されかかったり
したために余計に時間がかかってしまった。
それでも6時間半で到着。
まぁ、悪くはなかったけど、時間が遅すぎた。
両親も寝ていたのだが、風呂だけは入らせてもらい、さっさと寝る。
2004年3月18日(木)
所沢へ戻る前日、もう少し車に慣れていたかったこともあり、またまた仕事が終ったら
ドライブに出掛ける。
今回の行き先は高雄。
周山街道と呼ばれるルートは京都では有名な道らしく、もう少し暖かくなると
走り屋が大挙押し寄せるらしい。
アパートから20分ほどでこんな気持ちの良い山道があるなんてちょっと幸せな気分。
ただ、今日は気温が1度や2度しかなく、路面が凍結する心配が出てちょっと
ヒヤヒヤだったけど・・・
走っている最中、母上から電話があり、週末関東では雨が降るらしいとの情報を入手。
え〜、ほんまかいな、と思わず絶句するも、行ってみなくちゃわからないと
開き直るしかなかった。
2004年3月17日(水)
今日は駅前留学もなかったので、車でぶらぶらする。
MDを使いたいからカーステを葛野大路のスーパーオートバックスへ見に行ったのだが、
どうもイマイチ。
以前見に行ったときにはもっと品揃えがあったような気がしたんだけど、売れてしまった
のだろうか?と思えるほどだった
今週末帰るときには装着したいと考えているのだが、どうなることやら。
いったん部屋に戻って夕食を食べてから再度ドライブに出掛ける。
行き先は神戸にしたかったのだが、時間があまりに遅すぎたので、行き先を大幅に
切り替えて新堀川を通って宇治に行った。
広〜い道路を気持ち良く走ると、それだけで気分が晴れてきた。
それまで溜まっていた鬱憤を晴らす手段がなかったんだけど、アルテッツァを手に入れたことで
ようやくその方法を得たことになる。
これからもいろいろお世話になりそう。
2004年3月16日(火)
アルテッツァが来た。
いや〜、嬉しい。
本来なら保険やお金の関係で明日になるはずだったのだが、営業の人が配慮してくれた。
そのまま車で出掛ける。
とはいっても、駅前留学があったので、ドライブに行く訳にはいかなかった。
京都駅前で駐車違反が心配だったんだけど、なんとか無事に止められたらしく、
違反の切符は切られていなかった。
レッスンの後は三千院経由で琵琶湖を目指した。
休憩中にコスタ狂太と電話をしたために帰りが遅くなり過ぎたんだけど、それでも
全然気にならなかった。
デビューした直後から6年を経てやっと手に入れた車に乗れるんだから、疲れなんか
感じなかった。
2004年3月14日(日)
朝からソフト。
今日は試合ではなく、練習だった。
次の週からリーグ戦が始まるとのことで、別にやる必要はなかったらしいんだけど(^^;、
やることになったらしい。
まだ脇腹がちょっと痛かったのだが、ついつい実際の練習になってしまうと
本気になってしまった。
ただ、守備では集中を欠いたらしく、ポロポロボールをこぼしてしまった。
今まででは考えられないようなエラーが続出して自分でもちょっと信じられなかった。
練習だからといって手を抜いたつもりはなかったんだけど、結果的にはそうなって
しまったことになる。
しっかりしなければ。
家に帰ってフットサルに出掛けるまで昼寝をする。
もうこれがないとやってられなくなってしまった。
ソフトボールがあるのでゆっくり寝れなかったので、疲れを取るにはこれが一番良い。
もちろん、寝過ごしてしまうリスクはあるけど・・・
案の定、少し寝過ごしてしまい(^^;、大阪へ出掛けるのが遅くなってしまった。
それでも生まれ故郷である箕面を通れたのは感激。
バイクで走りながら言葉にならない感情がほとばしってきた。
こういう気分が味わえるだけでも充分だった。
2回目のフットサルは同じ敷地内のインドアコートだった。
開始時間には間に合ったものの、集合時間である30分前には間に合わずギリギリになって
しまった。
試合の方は相変らずレベルが高すぎて(^^;、自分のプレーを全くさせてくれなかった。
いやはや、とんでもないところに入ってしまったと改めて痛感する。
来週は所沢でフットサルが出来るので、そのときはたっぷりエンジョイしたい。
2004年3月13日(土)
仕事が終った後、また昼寝をする。
早めに終ったからJリーグの開幕なので、西京極までサンガの試合を見に行っても
良かったのだが、やっぱり疲れていたらしい。
北の住人からも昼寝の最中電話がかかってきたんだけど、出ることが出来なかった。
とはいえ、全然外出しないのは気に食わなかったので、昨日からやっているという
花灯路という、清水寺から平安神宮や知恩院あたりまでライトアップされるイベントに
チャリで出掛ける。
出発した直後、疲れがどっと出てきて行くのを後悔したんだけど、実際にその場へ行くと
その疲れも吹っ飛んだ。
そのエリアは何度も行った訳じゃないけど、今までの記憶とは違う雰囲気でなかなか
良かった。
京都へ引越して1ヶ月以上になるんだけど、こんな感じで京都らしいものを見れたのは
初めて。
なんか、やっと京都にいるんだなと実感できた。
2004年3月12日(金)
今日から清水寺から平安神宮あたりまでライトアップされるという情報が「京都PIA」に
出ていたので、駅前留学の終った後に出掛けようと思ったら、9時半までしかやっていないことが
わかり、なくなく諦める。
京都に来て1ヶ月以上になるけど、まだ1度もそれらしい観光をしていないので、
早いうちに行きたかったんだけど、まぁ仕方ない。
明日からは土日になるから人出も多そうなので、平日で駅前留学のない日に行こうと思う。
2004年3月11日(木)
今週は日にちが経つのが早い。
なんかあっという間に木曜日になってしまった感じ。
まぁそのおかげで納車までの日数も短く感じるんだから一概に悪いとは言えないけど、
こんな感じでずっと過ぎてしまうのも考え物。
1日1日をじっくり過ごしていかねば。
2004年3月10日(水)
久しぶりに仕事から帰って部屋でのんびり過ごす。
とはいってもな〜んにもしないという訳にもいかないところが辛いところ。
溜まった洗濯をしなくちゃならないし、当然料理もしなくちゃならない。
その洗濯もちょっと間隔を置いたためにすごい量になってしまったために2回に分ける
必要があったほど。
いやはや、な〜んにもせずに過ごすことなんて実質不可能であることを思い知らされる。
それでもある程度自由な時間が作れたので、両親へのお手紙を書くことにする。
これが友人関係を作れない現状ではなかなか有効であることが判明。
手紙を書くことで自分の考えを述べることでおしゃべりをするのと同じ効果が出るらしい
というのがわかってきた。
まぁ、ネットが使えるようになってしまえば手紙なんて書かなくなるだろうけど、
普段パソコン相手に書くのとはまた違う感触があって心地よい。
なかなか良いストレス解消になっている。
本来ならばバイクでも走らせて解消したいんだけど、今日は春のような気候だったとは言え
まだ気温も低いし、体力的余裕も残されていないことを考えれば悪くないのかもしれない。
2004年3月9日(火)
妹から手紙が届いた。
わたくしからの手紙が来たことがよっぽど驚いたらしく(^^;、その返事を送ったらしい。
引越から1ヶ月以上たった今でも電話線がなく、ネットが出来ない以上、古典的な手紙でしか
文章を送ることが出来ないという理由でしか手紙を使っていないんだけど、妹としたら
それが驚きだったらしい。
まぁ、喜んでくれたらしいので、こちらとしても嬉しいんだけど。
夜は駅前留学。
行くまでの間に夕食の準備をしていたらまたまたギリギリになってしまった。
どうもこれが1つのリズムになっているみたい。
時間を有効活用したいというのはわかるんだけど、少し慌ただし過ぎるような気はする。
その夕食は初のほうれん草を使った料理がものの見事に失敗し(^^;、結局廃棄処分に
してしまう。
そもそも2勝間以上経ったほうれん草を使おうということ自体失敗だったんだけど・・・
まぁ、新しいものにチャレンジしようという心構えだけでも評価することにしよう。
2004年3月8日(月)
久しぶりに仕事が遅くなったので、3日連続で夜は外食。
さすがに帰る時間が9時半を過ぎてからお米を炊いて味噌汁を作るのはちょっと
不可能だった。
そろそろ家で料理を作らないとズルズルと外食に染まってしまいそうな恐れがあると
思って無理してでも部屋で作りたかったんだけど、さすがにそこまでの気力が残って
いなかった。
明日は駅前留学だし、ちょっとマズイ展開かも。
2004年3月7日(日)
いや〜、寒い1日だった。
そんな中引越後初めてのフットサルを大阪でやってきた。
これが本当に大阪かと思ってしまうような雪の中で2時間楽しくやらせてもらった。
チームの雰囲気もなかなか良かったし、みんな1時間近くかけて来ていることがわかって、
このチームでも良いかなという気になってきた。
雪が降ってきたために電車で行ったのだが、1時間20分ほどでついた。
まぁ、都内へ通うような感じなので、これからも行くつもり。
ただ、わたくしのプレーはお粗末だったし(^^;、レベルも予想以上に高かったのは
ちょっと問題だった。
正直いってもうちょっと低いレベルの方が良かったんだけど・・・
そんなこともあったけど、今日に関して言えば単純にフットサルが出来たということを
素直に喜ぶことにする。
フットサルコートに隣接したところに温泉があったので、そこに入ってから京都へ戻る。
部屋に戻ったら休む間もなく会社の人に誘われたテニスに向かう。
葛野大路を高辻通りで右折したところにあるテニスコートで久しぶりにやったのだが、
練習ではそこそこ出来たのに、1試合だけやったダブルスの試合ではメロメロに
なってしまった。
やっぱり、テニスの練習はやっていても試合を全然やっていない影響は大きかったみたい。
フットサルと同様、思ったより良いプレーが出来なかったのはガッカリ。
それにしても、痛めた肋骨はいつまで経っても治ってくれない。
フットサルのときでも接触プレーを避けざるを得なかったし、テニスではサーブが怖くて
打てなかった。
別に腫れてきている訳じゃないので、骨折やひびが入っているとは思わないんだけど、
けっこうひどい打撲なのかもしれない。
とりあえず湿布を巻いたので、それでも回復しないようでは病院に行くべきなのかも。
2004年3月6日(土)
仕事が昼過ぎに終ったので、帰り道に中古車のディーラーに行く。
現物を見るためだったのだが、思いがけず営業の人の計らいで試乗することが出来た。
予想より全然良い印象だった。
パワーも思った以上にあったし、ハンドリングも実に自然だった。
こりゃ、すぐにでも出掛けたくなってしまうほど。
ほんと、改めて納車までが待ち切れなくなってしまった。
部屋に戻ると疲れがどっと出てきてな〜んにもやる気になれなくなった。
雪が降ったりやんだりという天気では車がない以上、どこにも出掛けられないし、
その余力も残っていなかった。
阪神のオープン戦を見ながら昼寝をしたらもっと何にも出来なくなってしまった。
買い物にも行かず、料理もレトルトカレーで済ませた。
おかげでゆったりした時間を過ごすことが出来た。
まぁ、今日何もしなかった分、明日はたっぷりフットサルやテニスをやるので、
そのスタミナを養うという面も結果的にはなったんだけど。
こういう過ごし方も悪くないかな。
2004年3月5日(金)
アルテッツァ買ってしまった。\(^o^)/
いや〜、本当に嬉しいし、これを書いていても信じられない。
中古とはいえ、長年欲しいと思っていたものが手に入るというのは格別のものがある。
納車までは2週間近くかかるらしいのだが、今からほんとに待ち切れない。
早く来ないかなぁ。
うきうきした気分のまま駅前留学に行く。
気分の良さが影響したのか、レッスンの調子も良く、講師とマンツーマンであっという間に
40分のレッスンが終ってしまった。
昨日のレッスンが酷かっただけに安心もしたし。
駅前留学からの帰路、コスタ狂太から電話がかかってきた。
どうやら仕事のことで悩み事があったらしく、相談に乗ることになった。
こういう電話が来たら今までだったら家まで直接出向くんだけど、さすがに京都から
行く訳にもいかない。
ちょっと悩ましいような気がする。
電話ではなにかと不便なので、今度所沢に戻るときに会う予定。
2004年3月4日(木)
いや〜、散々な日だった。
仕事では失敗が多いし、おまけに仕事中誤ってカゴを支えていたときに落下してフォークリフトの
爪に右の肋骨を直撃するという痛い目にもあった。
これはちょっとシャレにならないぐらい痛くて、大きく息を吸い込むだけで肋骨が圧迫される
らしく、痛い。
恐らく打撲なんだろうけど、力は入れられないし、ちょっと困っている。
オーナーにとっては今日こそが33(さんざん)の日のように思われた。
散々だったのは駅前留学もそうだった。
仕事が異様に早く終ったこともあり、しかも中古車ディーラーが定休日ということもあって
葛野大路にある他の店を見たり、そのついでに西院にも行ってTSUTAYAに立ち寄ったり
している間にレッスンの時間ギリギリになってしまった。
大急ぎで自転車をかっ飛ばしなんとか間に合わせたのだが、頭が全然働いてくれず
散々の出来栄えだった。
いやはや、悪いことは続くものだと痛感させられる。
今日なんかは占いをやったらどういう運勢だったのだろうか?
2004年3月3日(水)
やっと早く寝ることが出来た。
京都に来て1ヶ月になるけど、1人暮らしなのに寝る時間すら思うに任せられなかった。
食事と片付け、風呂と最低限のことさえすれば早い時間に寝れるということがわかり、
ちょっとほっとする。
母親から座布団が贈られてきた。
父から所沢へ戻ったときに座布団がなくて客をくつろがせることも出来ないということを
言ったらしい。
これは正直助かった。
今までこの日記を書くにもマット式に畳に座るか、布団を敷くしか方法がなかっただけに
気軽に座れる座布団があるのはありがたい。
遠くに離れて母親の優しさに触れられたようでちょっと嬉しかった。
その半面、引越す前からそれを出して欲しかったというところもあるけど(^^;
2004年3月2日(火)
昨日見たアルテッツァが気になって仕事が終った後また中古車ディーラーに行く。
う〜ん、真剣に欲しくなってしまった。
お金の面など気になることはあるけど、それ以上に車のない生活に困り果てている現状を
考えれば少々の困難があっても車は欲しい。
しかも、デビューした直後から欲しいと思っていたアルテッツァだけになおさら。
駅前留学の時間もあったので、あんまり長く話は出来なかったけど、前向きに
検討するつもり。
日曜日に参加する大阪のフットサルチームからメールが届いた。
どうやら試合開始が11時なのだが、10時半には現地に集合して欲しいとのこと。
随分としっかりしたチームなんだなと感心する。
72ndsでそんなことを言おうものなら一部のメンバーを除いて大変なことになるのは
火を見るより明らかなのに・・・
まぁ、そのメールがなくても初めて行く場所だし、早目に行くつもりではあったけど。
時間がどれぐらいかかるかわかんないし・・・
2004年3月1日(月)
今週も仕事が始まった。
当初は休みが1日しかないのにアジャストできなかったけど、ようやく身体の方も
慣れてきたらしい。
さすがに1ヶ月も経てば慣れてもらわないと困るんだけど・・・
仕事がちょっと早く終ったので、近くにたくさんある中古車のディーラーを巡る。
トヨタ、日産、マツダ、スバル各社の中古車センターが自転車で2〜3分のところにあるので、
いろいろ回ったのだが、全然気に入った車がなかった。
とにかくクラウンやセルシオなどの超高級車か、ミニバンや1ボックスばかりでスポーツ系の
車など全くといって良いほどなかった。
見回っていて違う国に来たんじゃないかと勘違いしてしまいたくなるほど所沢の店とは
置いている車の割合が違った。
特に顕著なのが超高級車。
クラウンやセルシオが所せましと陳列してある。
京都には確かに中小企業が多数あってその社長なんかが乗っているんだろうけど、
それにしてもその数には驚かされる。
会社の人に言わせると、これでも減った方だというのだから呆れてしまう。
いろいろ回って期待外れのまま視察も終了すると思ったのだが、最後に一番部屋に近い
トヨタの中古車屋でビックリするぐらい安いアルテッツァがあった。
フロントガラスに張り紙がしてあって前側のフェンダーを交換しているということが
書いてあったのだが、それにしても今まで埼玉でも見てきた価格と比べても安くなっている。
まぁ、最近はあんまりチェックしていなかったから参考にはならないけど・・・
あまりに値頃だったので、ついつい営業と話をしてしまった。
最近特に車がなくて困っていることもあって、ちょっと真剣に話をした。
果たしてどうなることやら・・・
2004年2月29日(日)
朝から祖母の納骨式。
早めにお寺に行き、準備をしていたりしたら瞬く間に式が始まり、終ってしまった。
納骨式の後は菅原道真ゆかりの神社に面した店で昼食。
近くには池坊の学校もあるし、京都ってこんなところにこんなものがあるんだなと
改めて痛感する。
昼食をおいしく食べてから父はそのまま京都駅へ向かい、新幹線でお帰りになった。
待ち時間が30分ぐらいあったので、少し話をする。
京都へ来ているから当たり前なんだけど、それまで日常的に出来たことが非日常になる
んだなと改めて思う。
父と別れてから何気なくフットサルの掲示板を携帯で覗く。
いい加減フットサルがやりたくて仕方がないので、少々遠くても大阪ぐらいまでなら
行ってしまえという気分になっていた。
早速いくつかチームを調べ、大阪市内で活動しているチームにメールを送ってみた。
何度かメールをやり取りしてわかったのだが、そのチームは確かに大阪市内ではあるのだが、
限りなく堺であることが判明。(^^;
さすがにこれには少々困ったのだが、出来ないよりはマシ。
次の日曜日に行くことにした。
ふう、やっとフットサルが出来るって感じ。
ちょうどほぼ同じタイミングでソフトボールのチームの人から14日にフットサルを誘われた。
これでどうにか京都でフットサルが出来る環境ができそう。
もちろん、場所や環境によってさらにチームを探すことになるかもしれないけど、まぁ
プレーする機会が出来ただけでも大きな進歩といえる。
2004年2月28日(土)
父が来た。
祖母の納骨のために京都まで来たのだが、部屋の視察も兼ねていたらしい。
その印象は相当悪かったらしい。(^^;
確かに引越の荷物が至る所に散逸していたし、洗濯物も干していたので、ある程度
仕方がない面はあるにしろ、引越して初めての客を迎えるような状態ではなかった
ことは事実だった。
次は誰が来るのかわからないけど、それまでにはなんとかしなくちゃならないだろう。
夕方からは父の4人の兄弟とともに島原にあるスーパー銭湯に出掛けた。
このところ湯船に入っていないオーナーとしては、これは助かった。
ユニットバスだとついつい湯船に入るのが面倒でシャワーで済ませてしまうので、
この1ヶ月ほとんどちゃんとした風呂に入っていなかった。
今までならごく普通のことがこんなに贅沢なのかと痛感させられる。
そのスーパー銭湯で食事も済ませたので、あとは部屋に戻るだけだった。
印象が悪いのに父を泊まらせるのは申し訳ないとともにいかがなものかと思ったのだが、
部屋を見る前から決めていたことなので仕方がない。
久しぶりに気兼ねなく話が出来る相手が出来たこともあって思いっきり話させてもらった。
いろいろこれから付き合いを広げていく中で時期に解決してくれる問題ではあっても、
今現在現実的には話が出来る相手が京都にいない訳で、その面では非常に助かった。
2004年2月26日(木)
もう〜、疲れた!
なんだかずっと緊張感が取れない感じがして、肉体的にも精神的にもきつい状態が
続いている。
しかも、今週も仕事が終ってから駅前留学などで部屋でゆっくり過ごすことが出来ない
ままにいるので、余計に消耗している感じ。
今週末は祖母の納骨があって、それに伴って親も来るので、またまた休む暇がない。
このまま休めない状態が続くとどうなってしまうのか、ちょっと心配。
2004年2月25日(水)
今日こそ部屋の片づけをするつもりだったのに、こんな日に限って仕事が遅くなり、
結局手付かずのままになってしまった。
いったい、いつになったら部屋の整理が完了するのだろうか?
個人的には今のままでも生活するには支障がないのでOKなんだけど(^^;、さすがに
父親が来るとなるときちんとした形でお出迎えをしなければならない。
残るは明日と明後日だけ。
明日は駅前留学だし、どうしたものか・・・
2004年2月24日(火)
昨日あまりに遅くまで起きていたので、今日はな〜んにもしないで、なるべく早く寝るつもり
だった。
しかし、駅前留学はあるし、実際には普段より30分早いだけだった。
食事はとっても簡単に済ませたし、余計なことをしないために食器洗いも省いたんだけど、
やっぱり無理があったらしい。
その駅前留学では延長の手続きをした。
今月で給付金のコースが満了してしまうので、そのまま辞めるか、継続するのか
差し迫った判断が必要だった。
母上にも続けた方が良いと言われていたし、今のまま辞めてしまっては中途半端に
なってしまうので、継続することにした。
週2時間通って1年半ぐらいかかるコースにしたので、まぁその頃までにはだいぶ
英語も上達しているだろう。
これをどこで使うのかは定かじゃないけど・・・
2004年2月23日(月)
叔父から父の手紙をもらう。
相変らず我が家の住所が分からないらしく、会社宛に送ってきた。
この前のイベントで問題になったことに触れていたこともあり、即座に返事を書くことにした。
駅前留学もあったので、けっこう遅い時間まで書いていたのだが、この日に書いてしまわないと
父上が京都へ来てしまうことを考慮して今日中に書き上げた。
おかげで寝るのが1時半近くになったけど・・・
週末の昼寝のおかげか、眠くなるということはなかったけど、明日ちゃんと仕事が
できるかちょっと心配。
2004年2月22日(日)
朝8時からソフトボール。
雨が降るという予報が出ていたので、会社の人に迎えに来てもらったのだが、予想以上に
早く来てしまったので、朝飯もそこそこに出掛けなければならなかった。
今回は初の練習試合。
3チームで2試合をやったのだが、最初の試合は途中出場。
いきなり最初の大きなフライを目測を誤って後ろのそらすという大きなミスを仕出かすが、
2試合目にいきなり起用されたキャッチャーで盗塁を4つも刺したり、中継プレーで
走者をホームでアウトにしたり、難しいキャッチャーフライを捕球したりと
目立つことが出来た。
打つ方も5打数3安打2打点とそこそこの成績も残せた。
ただ、内容的にはポップフライを上げるなどイマイチだった。
まぁ、最初の試合で目立つことが出来たことだけで良しとしなくてはならないかもしれない。
昼をチームの人たちと食事をした後2日連続で昼寝をする。
夜6時からこれまた会社の人とテニスをする約束をしたのだが、目が覚めたのは5時20分だった。
昼寝の間にいったん雨が降ったみたいだったんだけど、起きたときにはあがっていたので、
大急ぎで宝ヶ池のテニスコートに向かう。
事前に分かりにくい場所と聞いていたにもかかわらず、なんとか10分ほどの遅れで
到着できたんだけど、雨で中止になっていた。(^^;
ありゃりゃ、せっかく出掛けたのにという思いもあったけど、途中で雨に降られるより
マシだという方が大きかった。
実際、走り出して四条を過ぎたあたりから急激に雨が降ってきた。
土砂降りに近い雨だったのですぐにずぶ濡れになってしまった。
このまま部屋に戻るべきだったのだが、京都南ICに近いフットサルコートに行く。
今日もなんらかの手を打たないと来月もフットサルが出来ない事態になってしまうのだけは
避けたかった。
クラブハウスの中にメンバー募集のコーナーがなかったのだが、たまたま終ったばっかりの
チームの人に携帯でアクセスできる掲示板のURLを教えてもらう。
早速自宅に戻ってアクセスし、書き込むをする。
今のところな〜んにも連絡が来ていないけど、気長に待つことにする。
2004年2月21日(土)
仕事が昼過ぎに終ったので、比較的時間が出来た。
この貴重な時間を使っていろいろやろうと思ったんだけど、やっぱり疲れていて
昼寝してしまった。
結果としてこの2時間の昼寝が全ての予定が遅れてしまう。
駅前留学の継続手続きも遅くなったし、河原町のロフトでクレジットカードを再発行するのも
遅くなった。
まぁ、昼寝のおかげで疲れが取れたので、一概に悪いとは言い切れないんだけど、それでも
やりたいと思っていたことが少なからず出来なかったのはちょっと痛かった。
こういうことはトレードオフの関係ではあるけど、やっぱり昼寝のおかげで失うものも
多かった。
食事も遅くなったし、それにともなって寝る時間も遅くなって結局睡眠時間が変わらなく
なってしまった。(^^;
もうちょっと計画的に時間を過ごせば良かったと反省する。
2004年2月20日(金)
今週3日目の駅前留学。
毎回仕事が終って部屋にいったん帰ってから夕食の準備をして出掛けるのだが、
これを3日もやるのはちょっときつい。
京都駅までは15〜20分程度で行けるから体力的にはあまり問題じゃないんだけど、やっぱり
身体を使った仕事の後にもう1度外に出るというのは精神的に辛いものがある。
まぁ、これも今週と来週だけだから我慢することにする。
レッスンの最後の方に心配性の母親から電話がかかってきたので、レッスンが終った後
少しだけ話をしていた後、ノバから電話がかかってきた。
まったく、こんな時に限って電話が何度もかかってくるとは、と思わず舌打ちする。
まだ学校のすぐ側にいたので、戻ろうと思ったのだがそのまま話を聞いたところ、
どうやらレベルアップしたらしい。
電話をしながら教室を出たので伝えそこなったみたい。
京都に来てわずか3回のレッスンでレベルが上がるとは思ってもみなかった。
確かに、2回目のレッスンで話をした講師がオーナーの英語に強い印象を受けたらしいけど、
まさかこんなに早いとは思わなかった。
まぁ、レベルが上がるに越したことはないんだけど。
2004年2月19日(木)
コスタ狂太から昨日の日本代表の試合についてメールが届いた。
けっこう真剣な内容で書かれていたんだけど、日本代表には覚めてしまっているオーナーには
そんなに熱心に見ていていること自体に感心してしまった。
仕事が終った後は駅前留学。
今回は他の生徒がおらず、講師との1対1でのレッスンになった。
本来ならラッキーな状況なんだけど、知らない世界でいろんな人とお話をしたいオーナー
としては、ちょっとアンラッキー。
もちろん、その分たっぷり英語でお話が出来たのでそれはそれで満足なんだけど。
2004年2月18日(水)
ヨッシーからCREDENZAの連絡先を教えて欲しいと言うメールが来た。
対戦相手探しにけっこう苦労しているのかな。
いつまでもオーナーの資産を食いつぶすようなことはして欲しくないんだけど、まぁ
まだ始まったばかりだし、しばらくは静観することにする。
そろそろ自分達で営業活動をするべきだとは思うけど。
仕事がちょっと早く終ったので、W杯1次予選の日本VSオマーンを見た。
新聞を購読していないから全然知らなかったんだけど、まぁあんまり見る価値がなかった。
プレーヤーは別に悪くないのにチームとして全く機能していないということは、やはり
監督の責任のような気がする。
ただ、正直いってあんまり日本代表の試合には関心がない。
レベルの高い試合ならヨーロッパのクラブの試合を見れば良いし、ひいきのサッカーチームを
応援するならJリーグの方が良い。
そう考えると、今の日本代表というのはなんだか中途半端なポジションになっている。
応援の対象にするには馴染みがないし、レベルもたいして高くない。
なんだか試合を見る価値が急激に下がってきている。
おそらくTVを見る時間があれば見るんだろうけど、それのために時間を割くようなことは
しないだろう。
2004年2月17日(火)
玄関前の部屋がとっても広くなった。
仕事中だったんだけど、会社の取引先から帰ってくる途中に部屋に立ち寄ってもらい、
不要なダンボールを引き取ってもらった。
公私混同も甚だしいのだが(^^;、あまりに大きいパソコンやラックのダンボールを
持ち込むのは現実的に無理なのでやらせてもらった。
それにしても、ダンボールがあんなにスペースを取っているとは思わなかった。
引き取ってもらった後の部屋を見ると、これが同じ部屋かと思うほど広くなっていた。
まぁ、空いたスペースには収納用のラックなどを置く予定なので結局は同じぐらいの
広さになっちゃうんだけど・・・
仕事後、転校して初めての駅前留学に行く。
いったん部屋に戻ってお米と味噌汁の準備をしてから出掛けたのだが、京都駅までの
道のりはなかなか気分が良かった。
やっぱり、ロードレーサーで大通りを思いっきり走らせるのは気持ちいい。
レッスンの方もとっても楽しかった。
生徒も2人だけだったし、ブランクの影響はあったけど、たっぷり話をすることも出来た。
なんだかやっと自分だけの世界を作るための第一歩を踏み出した感じ。
それまでは職場内で完結していただけにちょっと世界が狭すぎだ。
未だにネットも出来ない状況ではフットサルのチームも探せないし、駅前留学はちょうど良い
機会になった。
レッスンを受ける前は疲れていたし、行く気がしなかったんだけど、これからは
楽しみになりそう。
2004年2月16日(月)
朝からとんでもないことをしでかしてしまった。
毎週月曜日このあたりではゴミを出す日になっているのだが、寝ぼけた頭で何も持たずに
ゴミを出したら自動で入口が閉まってしまうことをすっかり忘れていた。(^^;
その前には日曜日と勘違いして1度目が覚めてから2度寝をしちゃうし、大きなミスが2つも
重なってしまう。
しばらく入口で待っていたのだが、いつまで経っても人が出てくる気配がないので、
仕方なく職場まで行って事情を説明する。
叔父が合鍵を持っていたので中には入ることが出来たんだけど、お金も携帯も、もちろん
カギがないとこんなにも不便だということに今更ながら気づかされた。
仕事が終った後に日用雑貨店により、洗濯機の上にあるスペースに物を置くための
棚を購入。
引っ掛ける場所がないので、つっぱり棒状になっているものを選ぶ。
早速自宅に戻って設置。
やり方がイマイチわからず若干取り付けには苦労したけど、棚をつけたおかげでだいぶ
物が置けるようになった。
これでだいぶ台所のある玄関前のスペースがすっきりした。
あとはメインの部屋を残すだけになった。
ちょっと時間は遅かったのだが、疲れていることを理由にするといつまで経っても
手をつけないので、要らない箱を整理し、少しだけ余分なスペースを作ることが出来た。
まだ抜本的な改善には至っていないけど、少し部屋が広々した感じになった。
それにしても、いつになったらちゃんとした部屋になるのだろうか?
2004年2月15日(日)
先週に引き続き、朝からソフトボール。
場所もわかっていたので、もらったチャリで桂川を走る。
自転車専用道路ということもあり、走っていてとっても気持ちが良い。
これなら休みの日にチャリでのツーリングに出掛けても良さそうだ。
天気予報では晴れて暖かくなるはずだったのだが、曇っていて風も冷たかった中での
ソフトボールはちょっときつかった。
やっぱり、ソフトボールは冬にやるものじゃないことを痛感する。
バッティング練習で守っていても身体が動かせないので、冷え切ってしまった。
時折時雨れてくるし、次はもうちょっと良いコンディションでやりたい。
練習後は電気屋に立ち寄る。
そこでアイロンとアイロン台を購入。
今のところ厚手のシャツを着ているので、アイロンは要らないのだが、これから暖かくなって
薄手のシャツになるとアイロンがけが必要になる。
そのために早めに買うことにした。
しかし、買ったのは良いのだが、ロードレーサーで来てしまったために荷物が持ち帰れない
ことが判明。(^^;
仕方なくいったん家に戻ってバイクで取りに行く。
このまま預けた荷物をもらって帰れば良いものを思わずMD付きのコンポを買ってしまった。
これは家事をしている間、隣の部屋でCDやラジオをかけていてもな〜んにも聞こえないため、
とっても静かになるのを防ぐためだった。
やっぱり、ちょっと寂しさを感じているのかもしれない。
そんなこともあり、1度で済ませるはずの輸送を2度もやらなければならなくなった。
それが終ったら次は京都駅前のノバに行く。
やっと転校の手続きを済ませる。
本来なら昨日行く予定だったのだが、出掛けようと思った時間に雨が降ってそのまま
忘れてしまった。
いろんな説明を聞いていたらすっかり遅くなってしまい、ほとんど日が暮れる時間になる。
このまま自宅に戻りたいところだったのだが、せっかくなので、河原町まで足を伸ばし、
本とCDを買う。
本はNewsWeekと京都の地名に関する文庫。
CDは以前から欲しいと思っていたNoraJonesの「Come Away From Me」とOutcastの2枚組。
他にもいろいろぶらぶらしていたら更に時間は遅くなり、家に戻ったのが9時近くに
なってしまった。
そこから夕食を作るのは正直つらかったけど、簡単な料理(しか作れないんだけど・・・)で
手短に作る。
おいしく自分で作った夕食を召し上がり、さっさとシャワーを浴びても結局普段より
遅くなってしまった。
明日から仕事だというのに、疲れを残したくなかったのだが・・・
2004年2月14日(土)
仕事が早く終ったというのに、結局部屋でPS2をやるだけで寝てしまった。
月末に父親が来るので、それまでには部屋を片づけないといけないというのに、無駄な時間の
使い方をしてしまった。
しかも、寝る時間まで遅くなってしまう。
これじゃ、何のために早い時間に仕事が終ったメリットが何にもない。
ゲーム自体やることは悪くも何ともないけど、生活に影響が出るほどやってはいけない。
30を過ぎてもこんなことをやっていては、とちょっと反省する。
2004年2月13日(金)
仕事中、たまたまトイレに入っている間に電話がかかってきた。
何事だと思ったら郵便局だった。
008からの荷物はゆうぱっくで送られているのは知っていたのだが、まさか直接かかってくるとは
思わなかった。
仕事中だと作業場の音にかき消せらて聞こえなかったはずなので、ちょうど良いタイミング
だった。
夜、自宅に帰ってしばらくしたら無事に届けてくれた。
たった荷物を届けるだけなのに、結局1週間近くかかってしまった。
まぁ、初めのうちだけなんだろうけど、なんでも最初のことはなにもわからず
手間取ってしまう。
こういうことを1つ1つつぶしていくことによって慣れていくのだろう。
2004年2月12日(木)
週末に008が送ってくれたはずの荷物がまだ来ていないことに気がついた。
慌てて朝メールを送る。
どこに行ってのかわからないので、とりあえず伝票番号を控えているはずだと考えて
メールに書いたのだが、008は捨ててしまったらしい。
ただ、その返信で郵便ポストに不在通知が来ているんじゃないかと送ってきた。
そういえば、引越をして以来、見たこともないし、開け方も知らないことに気がついた。(^^;
部屋に戻ってポストの開け方を調べて開けたら、008の言う通り不在通知のハガキが
入ってあった。
それとともに、なんでこんなのもというのも入っていたけど・・・
妹からのハガキも入っていたので、その2つだけを取ってみる。
とりあえず、16日までなら保管してくれているらしいので、明日連絡することにしよう。
2004年2月11日(水)
今日は建国記念日。
こっちに来て初めてぐっすり寝た。
疲れが溜まっているこの時期にやっとゆっくり休めるというのはありがたい。
確信犯で寝坊できる幸せを噛締めた。
しかし、あまりゆっくり1日を過ごす訳にはいかなかった。
午後には洗濯機が来るし、その後にはすぐ洗濯をしなければならない。
しかも、その前には洗濯物を干す竿を買わなくちゃならないし、うかうかしていられなかった。
午前中は物干し竿や生活用品の下見をする。
会社の人に教えてもらったDIYのお店を2件ほど回る。
2つの店を見たんだけど、正直いって値段が安いのかどうかは全然わからなかった。
なにせ、この手の店に行ったことがほとんどないので、比較のしようがなかった。(^^;
本来ならここで物干し竿などを買うつもりだったのだが、どれぐらいのサイズのものが
良いのかわからなかったこともあり、後回しにする。
いったん自宅に戻ってから洗濯機が来るまで少し時間があったので、自転車屋に
行くことにした。
ちょっとだけ乗ってみてグリップが布製で固く、手が痛くなることがわかり、
もう少し柔らかい素材のものに付け替えてもらった。
これでほんのちょっとだけだけど、自分用にアレンジできた。
これから少しずつ手を加えて自分の好みに近づけていきたい。
軽く昼食を食べてから洗濯機が来た。
さっそく配送してきた兄ちゃんが設置した後、洗濯機を回す。
10日以上も溜まった洗濯物は予想以上に多く、とても1回ではまかないきれず、2回回しても
結局全てを洗うことが出来なかった。
やっぱり、もうちょっと早く買うべきだったと後悔する。
その洗濯をしている間に両親へお手紙を書く。
ネットさえ出来ていればわざわざこんなことをする必要もないのだが、現実にない以上、
消息を伝える手紙でしか文章を送れない。
ちょっと面倒ではあったけど、ちょうど良い暇つぶしにはなった。
洗濯が終り、暫定的にベランダにある物干しで干した後、もう1本の物干し竿を買いに行く。
何を買うのか行く前は迷ったのだが、洗濯した量を見たら中途半端なものを買っても
仕方のないことに気がつき、部屋を横断する長〜い物干し竿にする。
部屋には引っ掛ける部分がないので、伸縮自在で壁に押し付けるようにすることで
止められるものを購入。
これでどうにか2回分の洗濯を干すことが出来た。
あともう1つ、小物を干すハンガーも購入。
10日分の靴下やタオルを干すにはとても1つでは足りなかったからだった。
なんとか洗濯物を干し終えた後、目の前のスーパーで豆腐など食材を追加してから
四条へ向かう。
部屋はものすごいことになったけど・・・
お目当てはフットサルのボール。
昼休み、どうしようもなくつまんない昼ドラを見なければいけないので、それから
逃れるためにリフティングの練習用に買うことにした。
以前、フェイエノールトのトレーナや年末かずまさ(だったかな)にあげたフットサルのボールを
買ったKAMOにて購入。
またまた迷子になって閉店時間ギリギリになってしまったのだが、どうにか間に合った
それにしても、中心街である四条河原町や烏丸のエリアまでチャリで30分以内で行ける
というのは本当にありがたい。
東京ほど品数は確かに少ないかもしれないけど、欲しいものはほとんど揃うことを
考えればこれで十分と言える。
北の住人が地方の都市が良いという理由も分かるような気がする。
KAMOでの買い物をさっさと済ませて今度は駅前留学の転向手続きをするために
京都駅前へ向かう。
本来ならこっちへ来た直後に行くべきだったのだが、結局この日まで延び延びに
なってしまった。
振替えたレッスンが明後日に迫っているので、さすがにこれ以上遅らせる訳にもいかず、
8時過ぎというちょっと遅い時間にもかかわらず出掛けることにした。
手続き自体は転向する旨を伝えて書類を書くだけなのだが、これをするだけの
暇と余裕がなかった。
自宅に戻ったのは8時半。
それから夕食を作る。
今晩のメニューはお得意の親子丼。
というより、これじゃないと早く作れないので(^^;、選択の余地がなかった。
狭〜いキッチンも少しは慣れてきたらしく、作業は滞りなく終了。
可もなく不可もない出来栄えだったけど、やっぱり自分で作った飯はおいしく感じる。
帰る途中、何度か外食をすることも考えたのだが、自宅で食べた方が断然良い。
味はともかく、満足度が全然違う。
この気分が味わえるだけでも自分で作る価値がある。
もうちょっとレパートリーを増やさないとそのうち手詰まりになる可能性があるけど・・・
食事が終った後、キレゴンザレスとお話をする。
夕方買い物に出ているときにメールが来たので、てっきり仕事が休みだと思ったら、
どうやら仕事中だったらしい。(^^;
京都での暮らしぶりなどを話して終了。
来月の春分の日の週末に帰るつもりだから、そのときに詳細は話す予定。
2004年2月10日(火)
日差しがだいぶ強くなっていることを実感する。
車で取引先に移動するときにも作業中に窓を閉め切っていると室内が暖かくなっているし、
年末に来ているときとは明らかに眩しくなっている。
こういう日差しを見ると、1月に行ったヨーロッパを思い出す。
スペインやモナコ、イタリアで見た日差しはこれぐらいだった。
ちょうど1ヶ月ぐらい季節が進んでいたということになる。
そう考えると、地中海地方はよっぽど暖かいということだろう。
今の季節はどれぐらいになっているのだろうか、と思わず考えてしまう。
日本もどうやら春に向けて着々と準備が進んでいるようだし、これからはもう少し
通勤にもお出かけにも行きやすい季節になりそうだ。
夕食も終り、皿洗いをしているときにいきなり実家から電話がかかってきた。
用件は、どうやら土曜日の行動に問題があったらしい。
いやはや、早くもこの手の話題が出てくるとは思わなかったけど、まぁ早い段階で
こういうのは出しておいた方が良かったと考えることにする。
ほんと、こういうことがあると、自分の知らない土地に来ているんだなと実感する。
ある程度このようなことが起こることは予測できたけど、京都という独特の文化が
息づいているところではもう少し身の処し方を考えるべきだったと反省する。
2004年2月9日(月)
だいぶ疲れているらしい。
昨日もゆっくり休めば良いのに朝も早くからソフトボールをやったし、その後は休む暇もなく
チャリを取りに行ったり、電化製品を買いに行くなど慌ただしい1日を過ごしてしまった。
こんなことをしていては疲れなんて取れる訳がない。
そういうのが顔にも現れたらしく、会社にいる親類の人にも何度も指摘され、帰った方が
良いのではないかと言われたほど。
個人的にはまだ許容範囲内だったんだけど、他人から見れば疲れているとはっきり
わかるほどだったということだろう。
身体が資本の仕事をしているだけに、こんなことではいけない。
もうちょっと真剣に身体のことを考える必要があるだろう。
とはいっても、なかなかうまくいかないのが現実。
仕事が予想以上に遅くまでやっていたために、食事を作る時間も遅くなってしまった。
急いで米を炊き、味噌汁を作ったり、その合間にビールを飲みながら過ごしていたら
あっという間に時間が過ぎてしまった。
本日のおかずは豚肉を焼いたものと、プチトマトに肉を焼いた後にえのきをさっと炒めた
ものに、ワカメの味噌汁というシンプルなもの。
だけど、自分で作ったものだけにおいしさも格別。
すっかり幸せな気分に浸る。
その幸せな気分に乗じてコスタ狂太へ思わず電話してしまった。
ちょっと調子に乗り過ぎたけど・・・
ただ、ちょっと気になったのは先週末にひいた風邪が未だに治っていないということ。
職場でも風邪が大流行りなので、気をつけなければ。
ましてや、風邪を引く条件なら充分に揃っているのだから。
2004年2月8日(日)
会社の人に誘われて朝8時からソフトボールをやる。
ソフトボールなんて大阪にいるとき以来約20年ぶりだったので、どうなるかと心配
していたんだけど、予想以上にうまくいった。
守備はほとんどミスがなかったし、バッティングもそこそこできた。
やっぱり、フットサルよりセンスがあるらしい。(^^;
今回は練習だったんだけど、そのうちに練習試合もあるみたいなので、そのとき
どうなるのか楽しみ。
練習後に会社の人と昼食をしてからいとこの旦那さんからチャリを貰う。
昨日お会いしたときに1台余っているという話をしていたので、頂くことにしたのだが、
ボロボロと言っていた本人の話とは全く違い、放置していたとは思えないほどピカピカ
だった。
いやはや、こんな良いチャリを貰って良いのかと申し訳なくなったほど。
ただ、約10年ぶりにロードレーサーに乗れるというのは、嬉しい限り。
そのままどっかに走って行きたくなってしまった。
実際にはロードレーサーで出掛けることはしないで一緒に働いているいとこ人と
電化製品を買いに行く。
職場の別の人からもらったチラシの情報を元に店と商品を選んだのだが、肝心のチラシを
出掛けるときに忘れてしまった。(^^;
まぁ、それでもある程度絞っていたので、なんとかなったけど。
1つ誤算だったのは洗濯機が持ち帰れなかったこと。
てっきり店に在庫があってそのまま持ち帰って設置できるものだと思っていただけに、
これには困ってしまった。
引越して以来、全く洗濯していないので、早く処分してしまいたいだけに、後3日は
ちょっと長すぎる。
幸いにして、その日まではなんとか服の在庫があるので、コインランドリーに
行く必要がないのが不幸中の幸い。
1日も早く来て欲しいのはやまやまだけど、こればっかりは仕方がない。
それ以外に買ったビデオ、掃除機、電子レンジ、ポットは持ち帰れたので、早速箱を開ける。
まずはビデオから。
前回実家でやったときに苦労した分、今回は簡単に出来た。
やっぱり、経験というのは必要らしい。
後のものはただ開けるだけ。
電子レンジとポットを開けたついでに台所を整理する。
とりあえず、全ての皿を開梱して取り出す。
あまりの食器の数に改めて唖然。
一人暮らしをするには全く必要がないぐらいたくさん食器がある。
コップは余裕で4〜5人分はあるし、お椀に至っては6〜7人分ある。(^^;
母上の過剰なまでの気の使いようにはまいってしまう。
当然、全てを収納することは不可能なので、必須のものだけ置いて、それ以外はまた
箱詰めする。
食器が整理されると、ようやく調理をしようという気分になってきた。
引越をして以来、1週間も外食をしているのにいい加減ウンザリしていたところなので、
レトルトなんだけど、カレーを作ることにする。
レトルトはカレーだけでなく、非常食用として持ってきたお米もそう。
これを料理というには疑問の余地があるのだが(^^;、まぁ、外食をしないということで
いちおう料理とすることにする。
初めて電気のコンロを使い、なんとか無事に作る。
やっぱり、自分で作ったものはレトルトでもおいしく感じてしまう。
とっても満足な気分で食事をする。
食事が済んだらもう9時を過ぎてしまった。
パソコンを立ち上げ、日記などを書いているとすっかり10時半。
慌てて風呂に入る。
朝から身体を動かして疲れているのに、またまた寝るのが遅くなってしまう。
こんな生活をしていては体が持たない。
さっさとこの悪循環から抜け出さなければ。
2004年2月7日(土)
今の会社は土曜日もお仕事。
昨日電話をしてきたまんぐれ曰く、それが当たり前だと言われたけど、確かに今までの
職場環境は甘やかされてたといわれても仕方がないのかもしれない。
まぁ、一般的なサラリーマンは週休2日といってもだいたいはどちらかの日に働いている
訳だから余計にまんぐれの言い分に説得力が出てしまう。
サラリーマンというよりダラリーマンだったから、文句も言えないんだけど・・・
とはいっても、今日は仕事量が少なかったらしく、2時には仕事終了。
昼食を食べてしばらく会社の人と話をしてから帰宅。
3時についに冷蔵庫が到着。
なんかやっと生活感が出てきた。
お気に入りの色の物を買えて満足だし、淡い青がなんだか殺風景な部屋に彩りを添えたみたいで
なんだかうれしい。
自分で好きなものを買って、それを自分の部屋に入れられるというのは予想以上に
楽しいものだということに初めて気がついた。
明日に他の電化製品も買うことだし、どんな部屋に変わるのかとっても楽しみ。
予想以上に早く冷蔵庫の配達が終ったので、昼寝することにした。
やっぱり、この1週間で相当お疲れたが溜まっていたらしい。
すっかりぐっすり寝てしまった。
そのため、6時から始まるイベントに危うく遅刻するところだった。
まぁ、思った以上に家から時間がかからなかったので、そんな心配するような事態には
ならなかったけど。
今日のイベントはどうやら祖母の49日までにお坊さんが毎週来るのに合わせて
親戚が集まるというものだったらしい。
親戚の人から父親にそっくりな喋り方をするといわれたり、意外な話が聞けて
なかなか面白かった。
食事はその時に済ませたので、家に帰ったらすぐに寝てしまう。
明日も朝からソフトボールだし、次の日が休みだからと言ってあんまりのんびりしてられない。
少しはゆっくりしたいような気はするけど、まぁ仕方がない。
疲れをなるべくとって明日を迎えることにする。
2004年2月6日(金)
もうボチボチ寝ようかなという時間にまんぐれから電話がかかってきた。
まさかまんぐれからかかってくるとは思わなかったので、嬉しくなってしまった。
ほんと、いろんな人に気にかけてもらっているんだなと実感。
なんだか、こんなに気に留めてもらっていると、京都に来たことが悪いことのような
気がしてしまう。(^^;
こういう電話などを受けると、本当に幸せな人間なんだと改めて思う。
明日の夜は叔父の家にいくことになった。
黒の背広とネクタイを着用するようにと言われたので、一体何なのかと両親に話を聞いても
わからなかった。
祖母の49日にはまだ日にちがあるし、ちょっとよくわからない。
親戚一同も来るというのだが、一体何があるのだろうか?
2004年2月5日(木)
なんか、頭の中がかゆいというか、知的刺激が欲しくなった。
仕事自体は比較的単純な作業のため、頭を使うようなことはしない。
もちろん、だからといって仕事自体を軽蔑している訳じゃないのだが・・・
とはいっても、頭を回転させないでもなんとかなってしまうというのは、個人的な趣向としては
そぐわないので、物理、数学の本とニーチェの本をダンボールから引っ張り出す。
こんなことをしたからといって、あまり意味があるとは思えないんだけど、とにかく
何かしないとおかしくなってしまいそうだった。
そういえば、以前も何度か似たような感情を抱いたことがある。
無性に勉強したいなとか、難解な本を読んでみたいとか、頭の中をかきむしるような刺激が
欲しくなるときがある。
所沢に住んでいるときなら誰かと話をすることによってある程度解消されることがあったけど、
さすがに京都に引越したばかりで、しかもネットが使えない状態ではいかんともしがたい。
まぁ、とりあえず欲求の赴くまま空き時間を過ごすことにしよう。
それが一人暮らしの最大の特権なのだから。
夜、外で夕食を食べていたらヨッシーからメールが届いた。
以前頼んだフットサルチームを探すことのできる掲示板の情報を送ってきてくれた。
もう頼んでからしばらく経っていたので、来ないと諦めていたんだけど、ちゃんと
覚えてくれたらしい。
早速調べてみたのだが、どうも書き込み件数が非常に少ないので、あんまり有用じゃ
ないらしい。(^^;
う〜ん、やっぱりどこかでネットの出来る場所を見つけてそこで書き込んだ方が
良いのかもしれない。
しかし、そんなの一体どこにあるんだろう?
こういうことを考えると、まだまだ京都のことについて全く知らないんだなと実感する。
2004年2月4日(水)
やっとPCの電源を入れられた。
昨日まではいろいろバタバタしていてとてもPCに向かう気持ちになれなかったのだが、
やっとここで一段落つけた。
とりあえず思い出せる範囲内で記憶を呼び起こしながら1週間前から書き始める。
この1週間いろいろあったので、記憶がよみがえるのか不安があったけど、骨子となる
部分はだいたい思い出せた。
もちろん、ディテールは無理だったけど・・・
日記を書くのが予想以上に時間がかかったので、途中風呂に入る。
しかし、どうもユニットバスの使い方が分からず、風呂を出た後北の住人がどう使っているのかを
知りたくて電話をする。
ところが、話をしている間に話したいことが次々と飛び出して最初の話題とは全く関係ない
方向へあちこち飛び火してしまった。
おかげで日記は途中で終了。
今日のところまで書くことが出来なかった。
仕事帰り、冷蔵庫を買いに行く。
いくつかの店を回ったのだが、気に入ったものが近くのジャスコにあったので、
それを買うことにする。
今日買えば土曜日に配達してくれるので、どうしても今日買う必要があった。
冷蔵庫を買った後、なぜかMISIAのCDが欲しくなり、ついでに買ってしまう。
北の住人にその話をしたら、無意識のうちにさびしくなってるんじゃないのと言われたのだが、
そういう心境の変化もあるのかもしれない。
ただ、自分がMISIAのCDを買うなんてちょっと年を取ったなと思った。
それまでならこういうのに目もくれなかったのに、良いと思ってしまうということは
それなりに年輪を重ねて守備範囲が広くなったのだろう。
尖がった部分がなくなってしまったのではないかと密かに危惧する。
2004年2月3日(火)
お湯の問題はようやく解決。
原因は現在時刻をちゃんと設定していなかったからだったらしい。
それはともかく、お湯がちゃんと出てさえくれれば問題はない。
これでやっと自分の部屋でお風呂に浸かることが出来ることになった。
今日からちゃんとした仕事。
年末に2週間行っていたこともあり、作業自体はだいたいわかっていたのだが、感覚みたいな
ものがきれいさっぱり消え去っていて右往左往してしまった。
わずか1ヶ月ちょっとだけなのに、人間の記憶力なんてあてにならないと改めて痛感。
仕事中、携帯の電源を落としたままであることに気がついて携帯の電源を入れて
メール確認をしたら、日曜日に怪我をしたヨッシーが今度は左足を剥離骨折した
というメールが届いていることがわかり、ビックリしてしまった。
まったく、こんなことで両足揃い踏みだなんてどうかしている。(^^;
2つのケースとも自分の目で見ている訳じゃないから何とも言えないけど、少なくとも
遊びで生活に支障をきたすようなことはあってはならない。
ヨッシーはまだ学生だから許されるかもしれないけど、社会人だと了見を疑われてしまう。
まぁ、ウィンストン・チャーチルも言っていたけど、若いときの失敗は金を出しても
するべきなんだろうから、この2回の失敗に懲りて今後に生かしてもらえれば良いと思う。
開梱はほぼ終了。
母上と妹が気を使ってもらい、いろんなものをダンボールに入れてくれたのだが、
ただのワンルームマンションについている台所の収納スペースにはとうてい入り切らず、
溢れかえってしまった。
仕事帰りか週末に収納道具を買い揃えなければ。
2004年2月2日(月)
今日から仕事、のはずだった。
しかし、区役所への転入届、アパートの契約のため必要だった印鑑証明と住民票、警察への
免許証書き換え、バイクを京都ナンバーへ変える手続きなどなどをしていたら、仕事どころじゃ
なくなってしまった。
要領が悪くてこれらの手続き全てに住民票が必要だったこともあり、3度も区役所へ足を
運ばなければならなかったのだが、もし1度で済んだとしても、やっぱりそれなりに
時間がかかっただろう。
引越をしたことで住所を変更しなければならないのはこれらだけでなく、クレジットカードや
駅前留学、準指導員などなどざっと思い出しただけでも3つもあるから細かく考えれば
もっとあるだろう。
まぁ、1つ1つ焦らずじっくりやっていけば良いと考えている。
ここに来て困ったことがひとつ起こった。
どうやら部屋の契約がこじれてきたらしい。
ひとつ上の階に移る必要があるかもしれないらしい。
今更荷物を動かすのも面倒だし、別に上の階の方が良いとも思わないんだけど、契約上
1つ上の階となっている以上、それを履行する必要があるかもしれない。
まぁ、これは明日以降に持ち越し。
もう1つの問題であるお湯の問題はまたしても延期。
いちおう、アパートまで管理会社の人が来て対処をしてくれたんだけど、実家で使っているような
ガス給湯機じゃなく、深夜にボイラーで沸かしたお湯を使う方式のため、夜にならないと
ちゃんと作動するかどうかわからないとのこと。
仕方なく、会社の人に教えてもらった銭湯へ行くことにする。
少しは土地勘のようなものが出来上がりつつあるらしく、引越した当初迷いまくっていた道にも
なれて1度も迷わず辿り着くことが出来た。
ところが、阪神大震災のボランティア以来銭湯に行っていないこともあり、銭湯には
備え付けのシャンプーや石鹸がないことをすっかり忘れていた。(^^;
そのため、3日ぶりの風呂にもかかわらず、湯船に入るだけで終了してしまった。
まぁ、生活用品のダンボールを開けていなかったからどこにあるのかわからないままだったけど。
2004年2月1日(日)
今日は開梱だけにせず、近所の散策をする。
最初に行ったのはバイクのお店とフットサルのコート。
この2つはたまたま京都南ICの近くにあることがわかっていたので、昨日の夜に家に向かう
途中に行ったのでどこにあるかわかっていた。
バイクの店に関しては、まぁ普通のお店だった。
可もなく不可もなくって感じ。
まぁ、所沢の店のように近くないので、あまり行かないかもしれない。
フットサルのコートについてはよくわからなかった。
人工芝はちょっと長いかなと感じたけど、肝心のメンバー募集の張り紙がなくて結局
収穫なし。
やっぱり、ネットで探すしかないのだろうか?
まだPCも開梱してないし、電話線もまだ引く予定がない。
携帯でアクセスできるサイトは知らないし、どうすれば良いのだろうか?
フットサルコートの後はバイク用品店であるRS TAICHIに行く。
バイク屋がある道をそのまま南下するだけなので、行ってみたのだが、予想外に安い
オフロード用のシャツがあったので思わず買ってしまう。
ありゃりゃ、いろいろ買わなきゃならないものがいっぱいあるのに、こんなところで
無駄遣いしても良いのだろうかと思わず自問自答してしまう。
その後に立ち寄った電気屋で賞品を物色しているときに所沢でフットサルをやっている
ことに気がついてメンバーに電話してみる。
そうしたら、11人も集まって大盛況だったらしい。
まぁ、これでオーナーがいなくても十分にやれることがわかり、ほっとする。
ただ、またまたヨッシーが怪我をしたということでそれに関してはちょっと心配。
家に着いたらとりあえず開梱。
一気に全部やってしまっても無理があるので、身の回りに必要なものだけにする。
金曜日に叔父の家から貰ったTVや長年使い慣れているコンポ、暇つぶし用のPS2など
本当に生活するには何も役に立たないものばかりを先に揃える。
まぁ、自炊するのは当分先にして精神衛生上必要なものを優先する。
これだけ揃えれば部屋で時間を持て余すことはないだろう。
それ以外のものは洋服や小物などを適当に箱から出しただけで終了。
こんな状態で明日からちゃんと仕事が出来るのだろうか?
ボチボチ風呂にでも入って寝ようかと思ったら、なんとお湯が出ない。(^^;
いくら蛇口をひねっても水しか出ない。
管理会社に電話をしたんだけど、日曜日の深夜に営業しているはずもなく、虚しく
留守番電話の案内が聞こえてきた。
仕方なくそのまま寝ることにする。
2004年1月31日(土)
いよいよバイクで京都へ移動。
これで所沢ともお別れ。
ちょいとばかり感傷的になるかと思ったら、ほとんどツーリングの感覚で出発。
おととい積み忘れた荷物を載せて家を出る。
そのまま京都へ行くつもりだったのだが、長年使ってボロボロになっている穴明きグローブから
入る風に耐え切れずバイク屋に行く。
長年お世話になってきたこの店とももうお別れになる。
その記念も兼ねてグローブを補修してもらう。
とはいってもビニールテープで簡単に止めただけなんだけど・・・
京都には夜8時に到着。
途中、浜名湖の手前あたりで強風に煽られて怖い思いをしたり、日が暮れた岐阜から滋賀にかけての
エリアでめちゃくちゃ寒い思いをしたけど、なんとか無事に到着。
無事に到着したことを両親をはじめ何人もの人に連絡しようとしたんだけど、電池がなくなって
しまった。(^^;
慌てて荷物をあけたんだけど、どこにあるかわからず1時間近くおたおたしてしまう。
ふう、最初から波乱含みの展開。
先が思いやられてしまう。
一通り連絡が住んだ後は、とりあえず最低限の道具だけ揃えて、すぐ寝てしまう。
さすがに3日で埼玉→京都を1.5往復しては何もする気になれなかった。
2004年1月30日(金)
ハイエースで所沢へ戻る。
いちおう、朝会社へ行き、ちょっとだけ挨拶をしてから荷物を降ろす。
昨日の夜に叔父に場所だけは教えてもらっていたので、すんなり新居へ行くことが出来た。
その新居のロケーションは非常に良い。
まず、職場までチャリで10分ほどだし、目の前にはスーパー、すぐ近くにお好み焼き屋と
ラーメン屋、もう数10M歩くと酒屋があるという申し分のない住環境。
京都市街は小売店が多く、郊外型の大型店がないんだけど、対面にスーパーがあるというのは
嬉しい誤算だった。
これなら買い物に困ることはなさそう。
ただ、気になることが1つだけあった。
それは、どうやらこの案内された部屋と契約した部屋が違うらしいということ。
仲介業者が紹介したのはこの部屋らしいのだが、実際には1つ上の階の部屋らしい。
まぁ、これは今日だけでは解決しない問題なので、そのまま京都を後にする。
京都を出発したのは2時半。
午前中に出発することも出来たのだが、疲れが溜まっていたし、これといって急ぐ理由も
ないので、荷物を入れただけの部屋でのんびりする。
自宅についたのは夜の10時半。
京都南ICから厚木まで全て高速道路を使った割には時間がかかってしまった。
やっぱり、おっそいハイエースでは限界があったらしい。
母上の料理を食べてさっさと寝ることにする。
すっかり荷物がなくなって閑散とした部屋を見て、本当に引越をしたんだなと実感。
まさか自分の部屋で来客用の布団で寝ることになるとは夢にも思わなかった。
2004年1月29日(木)
いよいよ京都への引越当日。
朝7時半過ぎに起きてレンタカーを借りに行く。
ここまでは予定通りだった。
しかし、予定通りだったのはここまでだった。(^^;
まずつまずいたのが積み込み。
予定では1時間ほどで終るつもりだったのに、実際には昼までかかってしまった。
おかげで全ての予定が2〜3時間ずつずれ込んでしまった。
平塚に住んでいる妹の家に行って遅い昼食と何年も前にオーナーがガソリンスタンドの
抽選会で当たった折り畳み自転車などを積み込んで出発する。
借りたハイエースはほぼ満載でルームミラーは全く役に立たないし、関ヶ原近辺の行きに備えて
わざわざ1日1500円を出して装着したスタッドレスはグリップが弱くてちょっとしたことで
すぐぐらぐらするし、ワンボックスのためにトラックに簡単に追い抜かれて、その風圧で
車が左右に振れるなど、散々の移動になった。
おかげで京都に到着したのは夜の10時半。
こんな遅い時間では荷物を降ろす訳にもいかず、叔父の家に泊めてもらう破目になった。
怖い思いはするし、昨日の夜遅くまで喋っていたことなどで寝不足がたたって疲労困憊だし、
とても穏やかとは言えない引越になった。
これで明日埼玉へ引き返し、もう1度バイクで京都に来るなんて考えたくない・・・
2004年1月28日(水)
今日が所沢最終日。
なんだか未だに実感が湧いてこない。
荷造りしていても、とても明日引越すという感じにはなれない。
ちょっとした旅行にでも行く気分。
全然シリアスさがない。(^^;
現実にはこれから京都へ住むという事実は動かないんだけど、海外に移住するならともかく、
国内でしかも新幹線ならわずか2時間半という距離を考えると、あんまり深刻に考える必要なんて
ないように思える。
そんな頻繁じゃないけど、所沢に戻るつもりだし。
まぁ、そういう面じゃ北の住人と何ら変わらない。
とはいっても、周辺の人間はそうではないらしく、母上は随分と豪勢な牡蠣鍋を用意してくれたし、
キレゴンザレス、008、かずまさはわざわざ近くのデニーズにまで駆けつけてくれた。
くしくもこのデニーズに集まったメンバーは72ndsの結成メンバー。
さすがに仙台に住んでいる北の住人は呼ぶ訳にはいかなかったけど、もしいれば5人揃って
創設メンバーで最後の夜を過ごしたかもしれない。
そう考えると、半ば偶然とは言え、このメンバーで過ごせたのは非常に良かった。
ただ、ちょっと遅くなり過ぎて、仕事のある008に迷惑をかけたし、わたくしもまだ
荷造りが完全に終っていないため、追加のダンボールを近くの24時間開いている西友まで
行って取りに行かなければならなかった。
緊迫感がないというか、呑気というか・・・
2004年1月26日(月)
荷造りはさっぱり終っていないけど、夜コスタ狂太と会う。
昨日預けた大河原さんからもらった旗を取りに行くためだった。
コスタ狂太も昨日のフットサルはすっごく楽しかったらしく、1日経っても興奮が抑え切れない
様子だった。
そのコスタ狂太から試合前の練習が非常に効果があったという話を聞いた。
確かに考えてみると、ボールを3個使ったパス回しで視野を確保する訓練になったし、
DFを背負う形でボールを受けてシュートを打つという練習でトラップを意識できるよう
になった。
もう1つ簡単なワンツーも含めて準指導員の講習会で受けた練習だったんだけど、自分で
やってみてこんなに効果があると思わなかった。(^^;
いくらなんでも練習試合の前に3つも練習メニューをこなすのは不可能だから、最初にやった
ボール3個のパス回しぐらいは毎回やっても良いのかもしれない。
まぁ、オーナーには関係ない話だけど・・・
2004年1月25日(日)
今日はオーナーとしては最後のフットサル。
いや〜、ほんとに楽しかった。
あんなに楽しいフットサルは久しぶり。
人数もなんだかんだいって11人も来たし、参加した全員が自分の持ち味を出して
プレーの内容も良かった。
オーナーも自分の思い通りのプレーが出来て大満足。
しかも、最後に参加する予定じゃなかった大河原さんが急遽駆けつけてサポーターズクラブで
もらった浦和レッズの旗をわざわざオーナー用に模様をあしらって作ってくれた。
これにはとっても感激した。
キレゴンザレスからもらったバルサのシャツは年末の忘年会で話が出たから事前に
わかっていたんだけど、この大河原さんからのプレゼントは全く想定外だったので、
ビックリした。
こういうプレゼントを貰い慣れていないオーナーは予想外の事態にまごついてしまった。
サポーターズクラブを作るときに1回だけ貰う旗をナビスコ杯決勝戦のチケットを取るときに
たまたま隣にいたことで知り合った人から貰うとは非常に光栄だし、こんな素晴らしいものを
もらっちゃって良いのかなと思ってしまった。
参加してくれたメンバーの寄せ書きまでつけてくれたから、なおさら嬉しかった。
ほんと、72ndsというチームを作って本当に本当に良かったと心から思えた。
これで72ndsのオーナーとしては思い残すことはなくなったと断言できる。
オーナーがいなくなっても、いつまでもこういう楽しい時間を過ごせるチームであることを
願いたい。
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