0.ある少年の独白―日常という虚像の投影


 僕は銃を持って路地を走っていた。
 二つ先の煉瓦の端に、白い布がちらりと舞って消える。
(──もう少しだ)
 まがったところは行き止まりだった。
 計画通り。
 計画と違うことは、

「あら、行き止まり。ねぇもう逃げなくてもイイ?」

 追いつめられた目の前の女性が、アルカイックスマイルを浮かべているということだった。
 彼女はまったく疲れを見せずに僕にそう言った。
 ぎりりという鈍い歯の音が、頭に響いた。
(ちくしょう、なんでこんなことになったんだ……)


 僕はさっき、池袋の町中で、銃を発砲して、おびえるコギャルの2,3人でも殺してやるつもりだったのだ。
 理由は──とくにない。なんだか日常にむしゃくしゃしていただけだ。
 昨日もカツアゲをされ、叩き込まれた西池袋のゴミ溜めで、べとべとの布に包まれた銃を見つけた。ただ、それだけのことだ。
 その単なる重みだけではなく重い代物を僕はジャケットの内側に突っ込み、這うように家に帰った。
 誰にも会わずに部屋に戻ると、包みを開けた。
 そしれはそれは予想通り銃だった。
 弾もあった。空砲にしたまま、撃鉄をあげて、撃ち下ろしてみた。悪くない。
 そうして今日僕は、めがねをかけ、帽子をかぶり、目立たない暗い通行人を装って、西口のロータリーに出た。
 奇妙に高鳴る胸を押さえながらディバックから銃を取り出したところで、
「ねぇ、どうせなら私殺さない?」

 笑みを含んだ声をかけられ、僕は銃を取り落としそうになった。
「あら、危ない。獲物は大事にしなきゃ。……ね、私死にたいの」
 余程僕は唖然としていたのだろう。
 女性は困ったように微笑んだ。考えられないくらいの美人だ。が、どこかおかしい。
 焦点の定まっていない目だろうか。いやもっと全体がおかしかった。
 第一、獲物、なんていう言葉がその口から出ることが……。

「逃げた方が雰囲気出る? ね、追いかけてね。ほら、私目撃者だし」
 そういうと女は僕の反応など構わず、からかうように逃げ始めた。
 しょうがなく僕も追い始めた。
 銃を持っていることを言いふらされては困る。ターゲットは誰でもよかった。
 そして、からかうような仕草に、僅かな殺意も抱いた。
 が、追っているうちにこみあげてきたものは、違和感、だった。
 目の前に現れては消える女は、このどぶネズミ色の街から浮き立っている。装飾のない白いドレス。白いハイヒール。軽く波打った長い髪と共に、全てが揺れる。
 夢のようだ。ここは水中か?
 ここは……どこなんだ……。


「さ、撃って」
 女は微笑ったまま、僕を見つめた。
 銃を構えた。
 両手で持つ。反動がすごいと、どこかの本で読んだ。
 人が死ぬとはどういうことだろうか。
 それがいま目の前でわかるのだ。
 すごいことだ。

──けれど、覚えるはずだった高揚は一向に僕にやって来ない。

 頭を振って、もう一度引き金に指をかけ直した。
 汗がやけに手にたまる。
「どうしたの? 叫んだりした方が雰囲気出る?」
「黙れ!」
 僕が声を絞り出すと、女性は嬉しそうに笑った。
「やっぱり、そうよね。ごめんなさい」
 そして静かに両手を広げる。
 その仕草からは、本当に死にたいのか、僕が撃てないとたかをくくっているのか、さっぱりわからなかった。
 ただ無性に苛立ちが募る。
「はい、どうぞ」
 無邪気な催促。
 その言葉に動かされたように、僕は下がりかけていた銃口を引き上げた。
 狙いを定める。
 向かって右の胸。どうせなら一撃がいい。血がよく流れるだろう。
 リアルっていうのはそうでなければいけない。
 生々しくて、グロテスクで、だから僕らは生きてるとわかる。
(撃て、撃つんだ……!!)

 そして僕は叫んだ。

「わぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!」



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