四国八十八ヶ所おへんろ旅
2003.3.18〜2003.3.27
 サンピア高知の朝食
| 四国八十八ヶ所おへんろ旅・高知編
第二十九話「牧野植物園」
3月26日(水)。4時起床。軽く朝風呂に入り、7時に朝食。サンピア高知の朝食は和食と洋食を選択できる。和食に飽きていたので洋食を選択。これが大正解。洋食の方が断然美味しそうに見えた。
7:40出立。今日は距離を短くして18キロ程度に宿を取っている。地図を見ながらてくてく歩く。ところがしっかり確認していたはずなのに、気がつくと道に迷っていた。これだから街中の道は嫌いだ。いろんな人に道を確認しながら、今日もやっぱり500メートルほど回り道。やっと正しいルートに出たと思ったら、今度は行き止まりにぶち当たる。これって地図の方が問題ありじゃないのかなぁ・・・と思いながら、強引に家と家の間の細い路地をくぐり抜けて32号線に出た。32号線を渡った所で、やっと遍路シールを発見。ホッとして先に進んでいく。
道なりに歩いて民家の裏から山道に突入。梅の花が美しく咲く急な坂道を抜け、うっそうとした木々の中を息を切らせながら登っていくと、「ここは牧野植物園の敷地です」と書かれてあるプレートが目に飛び込んできた。「牧野植物園」といえば高知で有名な観光地の一つだ。しかしいいのか?お金も払わずに裏から植物園の敷地に入っちゃって・・・。敷地内に遍路道の表示も出ているので、植物園と遍路道はこっそり共存しているらしい。頂上の植物園の建物がある場所に出ると、掃除をしていたおばさんが私を見つけて手招きをした。
掃除のおばさん「遍路道を行くよりも、このまままっすぐ南園の門から出なさい。門を出たらすぐ前が竹林寺だから。遍路道はぐるっと回り込まないといけないからねぇ〜。」
植物園で働く人が忠告してくれるなら、きっとそちらの方が近いのだろう。ありがたく礼を言って南園の門に向かう。チケット売場のお姉さんににこやかに挨拶をしつつ堂々と門から出ると、目の前に31番竹林寺はあった。
ところで少し話はそれるが、実は私は過去にこの牧野植物園を訪れたことがある。私の小学校の修学旅行の行き先が高知だったのだ。私の記憶が正しければ、桂浜・龍河洞・牧野植物園は巡ったはずである。ただし桂浜の龍馬の像、龍河洞の内部に関しては微かに印象は残っているが、牧野植物園はその名称しか記憶に残っていない。今回ちらっと通り抜けるだけではあったが、予期せず牧野植物園を訪れることが出来たことは無性に感慨深かった。ちなみに私の小学校時代にはまだ瀬戸大橋は出来ていなかった。私の弟が小学六年生の頃にやっと瀬戸大橋は完成し、弟の修学旅行からは岡山に行き先が変更されてしまった。時代の流れとはいえ、少しばかり切なさを感じたことを覚えている。今、私の母校の修学旅行は、いったいどこに行っているのだろう・・・。
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 31番竹林寺

32番禅師峰寺
| 四国八十八ヶ所おへんろ旅・高知編
第三十話「出会いと別れとすれ違い」
31番竹林寺は階段の一段一段がやたら高い寺だった。どっこいしょ、どっこいしょと声を出して上っていく。お参りと納経を済ませ、しばし境内で休憩。竹林寺はなかなか趣のある寺だった。のんびり境内を眺めていると、旅行用カートにバッグを乗せて引っ張っている母娘づれを発見。娘の方は高校生ぐらいか。一見ただの旅行者の格好だったが、どうやら遍路をやっているらしい。納経所で「バスの時刻は?」と聞いていたのでバス遍路とみた。いくらカートで押しているとはいえ、八十八箇所の寺は山の上にあるところが多いので、あの大荷物を持って上がるのは大変だろうと思いながら、そろそろ行くかと腰を上げて寺を後にした。
竹林寺から下りの道は、岩がごろごろする荒れた坂道だった。なんだかものすごく歩きにくい。転ばないように杖でバランスを取りながら、ゆっくりゆっくり下っていく。車道に出て川沿いを直進。これが結構長い道のり。日差しも暑く、のども渇くが、周囲を見回しても人家が多いのになかなか自動販売機が出てこない。そういえば今日はまだ一度も飲み物を買ってないということに気づき、「ジュース〜、ジュース〜」と考えながら歩いていた。なんとか自動販売機を見つけた時にはのどがカラカラ。リアルゴールドを一気飲みしてやっと人心地をついた。
二人ほど逆打ちの遍路とすれ違った後、また自動販売機を見つけてジュース休憩。こまめに水分補給をしないとすぐにのどが渇く。今日は結構蒸し暑い。汗だくで32番禅師峰寺(ぜんじぶじ)を目指していると、32番手前の坂道で寺から下ってきた男性遍路が私の顔を見て「昨日どこかで会わなかったっけ?」と聞いてきた。記憶を巡らせてみるが思い出さない。毎日何人もの歩き遍路とすれ違うのだから、よほどインパクトがないと記憶に残らないのだ。「思い出せない」というと、彼は「どこだったかなぁ〜」とつぶやきつつ去っていった。おそらく私と会ったというのは彼の思い違いであろう。私以上に遅く歩いている遍路など未だ見たことがないのだ。特に足の速い男性遍路とは打ち戻りか同宿が続かない限り、まず再会することは無い。「昨日」という時間の中で会ったのなら尚更である。
32番禅師峰寺に到着。お参りをして納経を済ませてベンチで休憩。禅師峰寺には団体遍路がたくさんいた。バスで回っている団体遍路には必ず「先達」という指導役がいる。大抵はどこかのお坊さんで、般若心経の読み方や寺の作法、歴史やいわれなどをいろいろと親切に教えてくれるそうだ。団体遍路の参加者はほとんどがお年寄りで、先達の指揮の元に般若心経を合唱する。その般若心経だが、じっくり聞いていると先達ごとに微妙にリズムの取り方が違う。それが個々の先達のクセなのか、それとも真言宗の宗派(※八十八箇所は真言宗だが、空海死後、弟子は分裂し派閥がいくつもできた。)によってタイミングが違うのか、その辺りを一度ぜひ質問してみたいものである。
12:30、禅師峰寺を出立。坂道を下っていくと、前方からやってくる女性二人連れが目に入った。なんと31番竹林寺で見たカートを押している母娘づれだった。バスで移動している彼女たちより、のろのろ歩いている私の方が早いってなんでだ(笑)。軽く挨拶をしてすれ違う。母娘づれは重いカートに四苦八苦しながら、険しい坂道を上っていった。
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 種崎の渡し船
| 四国八十八ヶ所おへんろ旅・高知編
第三十一話「母親と娘」
禅師峰寺を下るとそこからはずーーーっと直進が続く。5.9キロ直進だ。お昼を回りそろそろお腹が空いたなぁと思いつつも、周辺には食べ物屋が見あたらない。地図上にも食べ物屋は書いてない。仕方なく昨日ホテルの部屋に置いてあった煎餅を持っていたので食べたのだが、あまり腹の足しにはならなかった。こまめに休憩を挟みながら進んでいき、種崎郵便局を見つけてまたしても荷物を送る。明日で遍路は打ち止めなので、残り一日分の下着だけ残して雑用品は全て実家へ郵送。はぁ〜、すっきりした!と気分も軽くなる。残り一日なのだから我慢すればよかったかもしれないが、歩き遍路にとっては1グラムでも余計な物は背負っていたくないのである。
種崎郵便局をしばらく進むと渡し船の乗り場がある。歩き遍路の行程の中で唯一の乗り物の区間だ。「渡しは本来のへんろみちである」とへんろ道保存協力会の本に書いてある事を受けて、現在の歩き遍路の世界では「渡し船は歩いたことと同等」と考えられている。ちなみにこの種崎の渡し船は無料だ。時刻表を見ると一時間に一本。40分ほど待ち時間が出来たので、待合所で時間をつぶすことにした。実は私が郵便局に入っている間に、32番手前の坂ですれ違った母娘づれが私を追い抜いて船着き場に到着していた。とりあえずお腹が空いていたので近くの果物屋で巨大なデコポンを購入。130円を100円にまけてもらって、美味しくデコポンをいただきながら、母娘づれの母親の方と少しばかり会話をした。
母親「長野から来ました。20番までは息子が回ったんですよ。その納経帳があったので、私たちは20番から出発しました。バスや列車で寺の麓まで行って、そこから遍路道を歩いています。宿は夕方ギリギリに決めています。いざとなれば乗り物に乗ってどこかのホテルに入ればいいし。遍路は明日で終えるつもりです。明日中に高知全部を回ることが出来れば良いんだけど・・・。」
「家族で分割して回っているんですねぇ〜」と私が相づちを打つと、母親は一瞬複雑そうな表情を浮かべ、「息子と同じ行動をすれば気持ちもわかると思って・・・」と小さくつぶやいた。なんだか意味深な言葉だったので、もうそれ以上は聞かなかった。しかしそんな母親を尻目に、娘の方はずっとゲームボーイに熱中していた。この家族にどんな事情があるのかは知らないが、お遍路にゲームボーイを持ってきている人間は初めて見た。この母親にとっては遍路であっても、娘にとってはタダの観光旅行に過ぎないようだ。いや、単なる観光旅行であっても、そもそも旅先にゲームボーイを持ってくる人間は私は嫌いだ。ゲームをやり出すと画面しか見えない。集中力がゲームに奪われるので、他のことに感動する心のゆとりの幅が狭くなってしまうのだ。旅というものは連続した景色の中に感動を見いだす。また感動に至るまでの旅の行程が大事なのだ。ずっとゲーム画面を見ていて、観光地に着いてからやっと目を上げても真実感動できるものではない。暇つぶしに小説を持っていくという辺りまでは妥協できるが、旅先でゲームボーイをやるぐらいなら初めから旅など出るな!というのが私の正直な気持ちである。まして遍路旅をやっている身でゲームボーイをずっとピコピコやっている態度はよろしくない。母親は重い気持ちを背負い、娘はおざなりに付き合っている。見ているほどに私とは波長が合いそうになかったので、適当に話を濁しつつ時間をつぶしたのであった。
そうこうしているうちに渡し船が到着。対岸まで約4分。吹き抜ける潮風がよどんだ気分を吹き飛ばしていく。このほんの一瞬のささやかな感動が、旅の醍醐味だと私は思うのである。
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 33番雪蹊寺

高知屋の夕食
| 四国八十八ヶ所おへんろ旅・高知編
第三十二話「高知屋に到着」
渡し船を下りてしばらく進むと薬局があった。ここでオロナインを購入。足のすり傷にこのオロナインはよく効いた。20分ほど歩いて33番雪蹊寺に到着。まず思ったことは雪蹊寺は平地で助かったぁ〜ということ。本堂の前で手を合わせてしみじみと今日一日の無事の礼を祈っていると、団体遍路がやってきて私の周囲をうろうろうろうろ。やたらと体があたって目障りでうっとおしい。こっちは真剣にお参りしているっていうのにぃ〜!イライラしてきたのでお参りは後回しで納経へ。団体が消えてから改めてゆっくりとお参りをしたのであった。
さて本日の宿はこの雪蹊寺の目の前の「高知屋」。15:40頃に入り口を叩くと、奥さんが出てきて部屋に案内してくれた。高知屋は古い木造の民宿だったが、いろいろと心配りが行き届いていて、気持ちが優しい宿といった感じであった。一番乗りだったので一番風呂に入らせていただく。風呂に入っている間に奥さんが洗濯機を回してくださり、干すところまでやってくれたのには恐縮した。洗濯代も浴衣代もタダなのが遍路にはうれしい。夕食は本来全員で取るそうだが、今日は到着が遅い人が多いという理由で部屋食になった。ここのカツオのタタキがものすごく新鮮でぶ厚く切っていて美味かった。何度か玄関から客が到着した音が聞こえていたが、この日は顔を見合わすことはなかった。つらつらと日記を書いているうちにいつの間にか23時。本日はこれにて。おやすみなさい。
本日の歩いた距離 17.9キロ
本日の万歩計 33269
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続く→
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