「上を向いて歩こう」
☆
忘れもしない…あの冬の日…。
気にもしていなかった彼のことを意識し始めた日…。
降り積もる雪の中、捨てられている子犬をそっと抱き上げコートの中に包み込むと、そのまま行ってしまった彼。
気がつくとそれ以来彼を目で追っている私がいた…。
でも…普段の彼を見てると、あの時の話なんて…できなかった。
見ていて分かったことがあるんだ。
彼は人に近づかないし近づけない…。
何が彼をそうさせてるのかまでは分からなかったけど…。
でも…彼のことが気になる…。
☆
中学校に入ってから、でしゃばらない様にしてきた。
わたし―――
片山優子(かたやま ゆうこ)。
今年の春に中学二年生になった、14歳。
背は高くもないし低くもない、真ん中くらい。
髪もこれといって特徴のない肩までのストレート。
胸は…言いたくないから、やめておく。
勉強も運動もできるけど、すごくできるわけじゃない。
これといって特徴のない、みんなから普通だねって言われる…そんなコ。
そんな風にしたくてしてるんだけど……なんか、つまんない。
友達だっておんなじクラスで、クラス委員をしてる相田姫美(あいだ きみ)―――姫美ちゃんくらいだし。
これでも私、私立の中学校に通ってるから小学校からの友達って姫美ちゃんしかいなんだよね。
小学校の頃のことを話すのは苦手、思い出したくないことを思い出すから…。
私が思い出したくないこと…そのせいでこんな風になってる自分が嫌い。
自分が嫌いで人も好きになれなかった私。
でもそんな私が彼のことを気になりだしたのはあの日のことだった。
あの日のことは今でもしっかりと覚えてる。
3月10日、今から思えば今年最後の雪が降った日…。
あの日、学校の帰り道のこと。
私は傘をさしてバス停に向かって歩いてた時、偶然見ちゃったんだ。
彼―――新城蒼一(しんじょう そういち)くんを。
彼のことはウワサで聞いていた。
ウワサの中の彼は私にそっくりだった。いつも一人でいる、無口、無愛想、そして…。
影がある―――これは私とは違う部分だと思うけど…。
彼は公園の中にぽつんと立っていた。
何してるんだろう? こんな雪の中で…。
その姿がなんだか気になって、私は公園の外からじっと見てた。
よく見ると彼の足元にはダンボール箱に入った子犬がくんくんと鳴いていた。
それからどれくらいの時間がたったのか分からない。
けど次に見た時、彼は子犬を抱き上げてコートの中に包み込んでそのまま行ってしまった。
あれから私は彼に何度も話しかけようとした。
「あの子犬どうしてるの? 元気にしてる?」って。
でも…あの時の彼と学校の中での彼が別人に見えて、無視されるのが恐くてずっと話しかけれなかった。
ずっと勇気が出ずに見ているだけのまま…。
あれからもう半年が過ぎた…。
☆
9月が終わろうとしている…そんなある日のこと。
私はいつものように窓際の席で外の景色をぼ〜っと見てた。
「ねぇ、優。おんなじ景色見てて何が楽しい?」
「えっ?」
気がついて前を見ると姫美ちゃんがいつのまにか前の席に座ってる。
「だから、おんなじ景色を毎日見てて、楽しい?」
「え? 同じ? 同じじゃないよ」
「どこが違うのよ」
「だって、校門の前を歩いてる人は違うし、木の葉だって落ち葉だって毎日変わるよ」
「ふぅ、まぁいいわ。ところで…」
そう言って姫美ちゃんは意地の悪そうな顔をしながらこっちを見てる。
うう、なんかヤな予感がする…。
「また今年もあるらしいわよ」
「…なにが?」
「合唱コンクールが11月の3日に」
「だから…なに?」
「今年は楽しみよね、アイツがいるし」
「アイツ? 誰?」
「持田君よ。我が二年D組の、名物お祭り男」
「ふーん、姫美ちゃんってああいうのがタイプなんだ」
話の方向を変えようとしてみる。
「ん? なに話ずらそうとしてるの?」
ばれてたらしい…。
姫美ちゃんにはかなわないな。
「そんなことしてないよ。タイプじゃないの?」
「あたりまえ、違うわよ。そんなことじゃなくて、アイツ、きっとまたリーダーやるんでしょうね」
「う、うん。たぶん、そうだろうね」
「ふ〜ん…、それだけぇ?」
「それ以外に何があるって言うのよ?」
「アイツ見てると、思い出すなぁ、私」
うう、やっぱりぃ、その話なのね…。
私が困った顔をしてると、姫美ちゃんはそのまま話しつづけた。
「ねぇ、小学校の時の優みたいよね」
「うん、そうだね……」
やっぱり、この話……まだダメだ。
私が答えることができずに黙ったまま下を向いてると姫美ちゃんがため息と一緒にしゃべりだした。
「はぁ、優……まだ、この話ダメ?」
言葉にできなくて私はただ頷くだけ……。
「ま、ダメなら仕方ない。分かった。もう、この話は終わりにするから。ね?」
「………うん、ごめん」
「いいのよ、無理は言わないから」
「ありがと、姫美ちゃん」
そう言いながら私は顔を上げて姫美ちゃんを見た。
「別にいいのよ、友達じゃない」
そう言って、姫美ちゃんは笑ってくれた。
でも、ほんの一瞬だけど姫美ちゃんの顔に笑顔とは別の表情が見えた………気がした。
なんだろう? と思ってるとチャイムが鳴った。
「じゃ、私戻るから」
そう言って姫美ちゃんは自分の席に戻っていった。
☆
十月に入って始めてのホームルーム、そこで合唱コンクールの話が始まった。
先生の話によると、クラス委員の姫美ちゃん達は他の仕事で忙しいから他の人達で代表を決めることになったんだけど……。
もちろん男子は早く決まった。
アイツ、持田勝平(もちだ しょうへい)―――持田君が立候補したから……。
そのおかげで女子がなかなか決まらないんだよね。
持田君の事、好きなコ多いしファンのコも多いから…。
だから誰も立候補しないし、推薦もしない。
代表になったら持田君ファンに目付けられるの分かりきってるし。
男子はそんなことも分かんないみたい、早く決めろってわめいてる。
残り時間も少なくなってきた、もうすぐホームルームが終わっちゃう。
クラス委員の高橋光太(たかはし こうた)―――高橋君がしびれを切らしたように言い出した。
「勝平、おまえが決めろ。それなら女子も文句はないだろ?」
その言葉に女子はそれぞれに頷いてる。
でも、持田君だけが反対してた。
「イヤだ! 第一、女子のこと誰がいいかなんて決められるわけないだろ」
「だけどなぁ、勝平…」
「光太、イヤだって言ったら、イヤだね」
「そう言っても、どうやって決めるんだよ?」
「そうだな…相田さんに決めてもらえば? それなら女子も文句ないんじゃないか?」
「えっ? 私が? みんなが良ければそれでもいいけど?」
そう言って姫美ちゃんはみんなの方を見た。
持田君ファンの子達は姫美ちゃんならファンの子から選ぶことはないと思ったんだと思う、それぞれに頷いてたから。
そうじゃない子も早く決まれば問題ないといった感じで頷いてた。
私も、早く終わってほしくて姫美ちゃんのほうを見て頷いた……その瞬間、姫美ちゃんと目が合った。
姫美ちゃんの顔が悪巧みをしてる時の顔になっていく。
他の人は気づかなかったみたい、たぶん長年の付き合いの私だから気がついたんだと思う。
あの顔してる時って、私が被害に遭うことが多いんだよね。
今回はそうじゃありませんように…、ただ願うだけだった。
「じゃあ、私が決めさせてもらうわ………」
姫美ちゃんが教室中を左から右へと一眺めすると…。
「ゆ〜う〜。あんたやるのよ。いいわね」
うう、やっぱりぃ………。
私の願いは聞き入れられなかったみたい。
ふと気がつくと数人の子が姫美ちゃんに抗議してる。
“友達だからひいきしたんでしょう”とか“自分勝手”とか。
ああ、みんなダメだよう、姫美ちゃんが本気で怒ったら恐いんだから………。
「うるさいわね、あんた達! 私が決めるって言ったとき誰も文句言わなかったじゃない! いまさら文句なんか言うんじゃないわよ!」
ああ、始まっちゃった…。
お願い謝って…ここで謝ればまだ収まるから。
でも、その願いも届かずに女の子達は抗議を続けた。
「片山さんを選ぶなんてひいきよ」
「ええ、そうよ。なんか文句ある?」
「あるに決まってるじゃない。片山さんが持田君の事好きだから協力してるんでしょう?」
え? 違う〜なんで話がそんな方に行くのよ〜。
姫美ちゃん、お願いだから否定してよ…。
「はぁ? なにバカなこと言ってるの? 私が優を選んだのは私が委員の仕事で遅くなる時一緒に帰れないじゃない、でも優もなにかしてれば一緒に帰れると思ったからそれだけよ。とんだ勘違いね、あんた達」
え? そうだったの……私も知らなかった……。
女の子達は自分の勘違いが恥ずかしくなったのか、持田君の視線から逃げるように自分の席に戻って大人しくなった。
「さ、これで問題ないわね。じゃあ、二人に決定ね」
もう、姫美ちゃんに逆らう人はいなかった。
放課になるとみんな騒ぎ出す。
そして私はぼ〜っと外を見てる。
そんないつもの光景……でも、この時間はそうじゃなかった。
私の周りには姫美ちゃんだけじゃなく高橋君と持田君がいた。
「さて二人とも頑張ってくれよ、頑張ってくれないと俺達クラス委員の仕事が増えちまうからな」
「光太、そんな言い方ねぇだろ」
「事実だからな、なっ相田さん」
「まったくその通りね」
「ひでぇな二人とも、それでもクラス委員かよ」
「クラスの雑用係やらされてるこっちの身にもなってみろよ、なんならクラス委員と代表を交代するか? 俺はそれでもいいけど?」
「わっ、悪かったよ。俺の負けだ。ま、もとから頑張るつもりだしな。目指すは優勝あるのみだぜ!」
「勝平、燃えてるところ悪いが合唱コンクールに優勝はないぞ」
「は? なんでだよ? どこが一番うまいか決めるだろ?」
「優勝じゃなくて、優秀賞だ」
「おんなじよーなもんだろ? だったら別に優勝でもいいじゃねぇか。俺は優勝って響きの方が好きだし」
「勝平、お前ってそういうヤツだよな。改めて実感するよ」
「なんだそれ?」
二人のやり取りを見てると分かるなぁ、本当に仲が良いんだね。
昔の私と姫美ちゃんを見てるみたい………見てるのがちょっと苦しいくらいだよ。
「片山」
「えっ? なに?」
急に話し掛けられて、ちょっと驚いちゃった。
それに男の子と話すのって、ちょっと緊張しちゃうんだよね。
「あんな形で決まっちゃったけどさ、これからよろしくな」
「うん、こちらこそ」
「頑張って、優勝しようぜ」
そう言って照れたように笑ってる。
「も、ち、だ、くん。あんな形で悪かったわねぇ」
姫美ちゃん、顔が笑ってるのに声が笑ってない……恐いよ。
「い、いや、そんなこと全然ないよ。なぁ、光太」
「えっ? あっ、ああ、そうだな」
「いいわよ、別に。気にしてないし、自分の都合で優を選んだのは事実だしね」
「いや、カッコ良かったぜ。あん時の相田。なっ? 光太」
「ああ、少しびっくりしたけど…カッコ良かったよ」
「光太、惚れ直しただろう」
「ああ!」
え? 今なんて言ったの?
高橋君は顔が真っ赤になってるし、姫美ちゃんはどうするんだろう?
「やべぇ。片山、相田、俺逃げるから」
そう言うと持田君は廊下へとすごいスピードで走っていった。
「しょ〜へ〜、おまえ、言いやがったな。許さないからなぁ」
高橋君も照れ隠しなのか持田君を追いかけて行ってしまった。
姫美ちゃんは………何事もなかったみたいな顔してる。
なんで? 私だったら男の子に好きなんて言われたら、どうなっちゃうかわかんないのに……。
「姫美ちゃん? どうするの?」
「なにが?」
「高橋君のことに決まってるじゃない」
「どうもしないわよ、私に直接言ってきたわけじゃないし」
「でも、あれ聞いたら分かっちゃうじゃない」
「直接言ってこないような男はオコトワリ」
「ふ〜ん、ところでさぁ」
「今度はなによ?」
「さっきの本当?」
「さっきって何の事よ」
「だから、私と一緒に帰りたいって言ってたじゃない」
「ああ、あれ。そうねぇ……半分は本当よ」
「半分? もう半分は?」
「それは………だめ、ナイショ」
急にどうしたんだろう? 姫美ちゃん、元気ないみたい。
私がそれ以上なにも聞けないでいるとチャイムが鳴った。
「じゃ、あとでね」
それだけ言うと姫美ちゃんは自分の席に戻っていった。
☆
放課後―――
合唱コンクールの為の練習時間が学校から決められて練習が始まった。
机やイスを並べて即席の合唱台を作る。
そして、指揮者から見て左から順にソプラノ、アルト、テノール、バスと、パート別に並んで行く。
そして、練習が始まる……はずだった。
でも、準備がなかなか進まずに並び終わる頃にはもう練習時間はほとんど残ってなかった。
「よし、とりあえず一回通して歌ってみるか」
持田君の指示で練習は始まったんだけど……。
ひどいなんてもんじゃない、みんなバラバラだし歌ってない男子もたくさんいる。
「おまえら! まじめにやれよ!」
うわ、ケンカにならなきゃいいけど……。
「だってよ〜、しょうへ〜、かったるいじゃん」
一人がそんなことを言い始めると、他の男子もそれに続き始めた。
「合唱コンクール、優勝したくないのかよ!」
“持田君VS数人の男子”になってきた。
体育祭の時はあの男子達も協力してたのに何でだろう?
そういえば、去年のクラスも男子で歌っていない人がいて、女子はみんな歌わせようと苦労してたっけ……。
「優勝する為には頑張って練習するしかないだろうが!」
持田君がいくら言ってもその日はそれ以上練習が進まなかった。
練習をほとんどしないまま練習時間は終わりになった。
後片付けも終わったし、いつものように帰ろうとしている時。
「片山、ちょっと残ってくれるかな?」
持田君が真剣な顔で話しかけてきた。
本当はこれから行きたいところがあるんだけど……その様子を見てるととても断れなかった。
「うん、いいけど。なに?」
「合唱コンクール、どうしたら優勝できると思う?」
「みんなで歌わないと無理だよ………」
「やっぱりそうだよな……」
「持田君、聞いてもいい? 男子って何で歌うの嫌がるの? 去年の男子もそうだったし。カラオケとかなら歌うんでしょ?」
「たぶんだけど……恥ずかしいんだよ、合唱曲ってまじめな歌ばかりだから」
男の子がそんなこと思ってるなんて、思いつきもしなかった。
「持田君もそうなの?」
私がそう言って顔を覗き込むと持田君は照れたように顔を横に向けた。
「少しは恥ずかしいさ、でも優勝したいからな」
「前から思ってたんだけど、なんでそんなに優勝にこだわるの?」
なんでだろう? 私……持田君と話してると口数が増えてる。
「別に優勝にこだわってるわけじゃないんだぜ、こういうイベントは楽しまなきゃ面白くないものばかりだろ。だから、優勝ってのはホントは口実なんだ………って、何でこんな話しちゃったんだろ。光太にも言ったことないのに……」
そう言って横を向いた持田君の顔は少し赤かった。
持田君と分かれた後、私はいつものように最近日課になってるあの場所へ向かった。
最近知った彼の秘密の場所―――ウサギ小屋。
学校のみんなが部活をしてるか、家に帰ったくらいの時間に彼はやってきてウサギの世話をしてる。
あれは私が姫美ちゃんを待ってる時間をつぶす為に校内を歩いてる時だった。
歩いていたらなにか物音が聞こえたから、そっちの方に行ってみた。
そこで私が見たのはウサギにエサをやっている彼の姿だった。
それから私は放課後にここへ来るのが日課になった。
彼は毎日来るわけじゃなかったけど、彼が、彼の優しいところが見れるかもしれない、
そう思うと毎日彼がいないか確認せずにはいられなかった。
でも、今日はいなかった。
もう帰ったか、今日は来なかったのかもしれない。
仕方なく私はそのまま帰ることにした。