「上を向いて歩こう」
☆
あれから何日も過ぎた。
男子の一部はちっとも歌おうとしない、そのたびに持田君が説得しようとしたけど、ぜんぜん効果はないみたいだった。
そんなある日のこと。
とうとう、持田君が怒り出した。
「もういい! こんなんじゃ優勝なんてできるわけない、練習なんてやっても無駄だ。この時間好きにしたらいいだろ! 行こう片山さん、先生に優勝は無理だって言いに」
そう言うと持田君は教室の外へ私の手を引っ張って出て行った。
「優!」
「勝平!」
最後に聞こえたのは姫美ちゃんと高橋君の声だった……。
持田君は私の手を引っ張ったまま歩きつづけて立ち止まったのは渡り廊下を渡れば職員室という所だった。
「ごめん、連れ出しちゃって」
「ううん、別にかまわないけど」
彼に見られてなければいいけど……そう思った部分もあってそんな自分勝手な考えがイヤになった。
「なんだかさ、自信無くなっちまった」
「どうして?」
私が無くしたのも自信かもしれない。
持田君は昔の私と同じ状況にいるのかも…。
「自分が頑張ってたらさ、他のヤツもそのうち協力してくれるって思ってたんだけど、無理な時もあるんだなって、そう考えたら自分のやってることが迷惑なヤツもいるんだろうなって思って、そしたら俺のやってることは他のヤツにとって全部迷惑なんじゃないかって思えてきたんだ」
やっぱりそうだ、あの時の私と同じなんだ。
あの時、私もそうだった。
私の場合は決定的な言葉で言われたんだけど、そのセリフが今でも頭から離れないでいる。
あのセリフがきっかけだっただけで、他にもそう思ってる人が何人もいた。
このままじゃ持田君が私みたいになっちゃうかも……。
もう、私みたいな人増やしちゃダメ……。
「持田君、戻ろうよ。もう一度頑張ってみようよ、私も協力するから」
「そうだな、あきらめたらそこで終わりだもんな。……サンキュ、片山」
私達は教室に戻ることにした。
教室に近づいてくるとだんだんウチのクラスの騒ぎが聞こえてきた。
きっとみんな練習してないのを良いことに遊んでるんだろうなぁ、なんて思ってると誰かが扉からこっちを見て、私達を見つけ教室に戻った。
今のは……なんだったんだろう?
そう思ってると急に教室が静かになった。
ふと、横を見ると持田君も不思議そうな顔をしてる。
そして次の瞬間……私には何が起こってるのか分からなかった。
ただ聞こえてくるのは自分の教室からの歌声。
今までの練習では聞いたことの無いモノだった。
みんな、やればできるのに……。
「片山、何があったのかは分からないけど、とりあえず入るか」
「うん、そうだね」
「じゃ、俺が先に行くから」
そう言うと、持田君は教室の扉を開けた。
そこで見たのは私達が望んでいたモノだった。
みんなが合唱台の上に並んでる。
今まで歌ってなかった男子が歌ってる。
理由はまったく分からないけど、でも嬉しかった。
「待ってたぜ、“優勝コンビ”」
誰かがそう言った。
優勝コンビ? なにそれ? 誰と誰がコンビなの?
「優勝コンビ? 何だそれ?」
私が思ってたことを持田君が言った。
「優、わからない?」
「勝平も分からないか?」
姫美ちゃんと高橋君が意味ありげに笑いながらそう言った。
「分かんねぇから聞いてるんじゃないか」
「しょうがないわね、いい? 片山優子の優と」
「持田勝平の勝を足して優勝になるだろ? 優勝だ、優勝だって言ってる勝平にはぴったりの名前だろ?」
あ、そういう事ね。
でも、コンビって持田君にはぴったりでも私はそうじゃないと思うけど…。
みんなはどう思ってるんだろう?
「なるほどな、気に入ったぜ! 片山も気に入っただろ?」
やめて、私には似合わないよ……。
でも、そんな本当のこと言えるわけ無いじゃない。
「う、うん。そうだね……」
私の今の気持ちなんて誰にも分からないだろうな……。
気がつくとみんなはどうしてこの名前がついたのかって話題で盛り上がってた。
私は話に加わる気分にはとてもなれなかった。
一人外で、ぼーっとしてると姫美ちゃんがこっちを見てた。
姫美ちゃんはとても心配そうな顔をしてた。
私……姫美ちゃんに心配かけてるのかな……。
姫美ちゃんは私と目が合うと私に微笑んでくれた。
私………いつまでもこのままじゃいけないのかもしれない。
☆
それからは練習も順調に進んだ。
私と持田君の新しい仕事はどうやったら上手くなれるかを考えることに変わった。
でも……私の気持ちは一向に晴れなかった。
「まだ歌詞覚えてないヤツがいるだろ、どうしたらいいと思う?」
「歌詞もだけど、注意点も覚えておかないとダメなんだから」
「注意点って?」
「音の強弱とかどんな感じで歌うのか、これも統一して覚えておかないとバラバラになっちゃうから」
「そっか、色々あるんだな。で、どうすればいい?」
「大きな模造紙に歌詞を書いて、その横に強弱記号とか書いて行けばいいんじゃない? って少しは持田君も考えたら?」
「わりぃ、俺こういうの苦手でさ」
「じゃあ、代表になんかならなきゃいいじゃない」
「ん? まぁそうかもしれないけどさ。運動が得意だからって体育祭だけやってるんじゃ不公平じゃないか。苦手でも挑戦したかったんだよ」
そう言う持田君はすごく照れていた。
なんか………こういうのって、かわいいかも。
そんなこと言ったらきっと怒り出すだろうな。
その光景を想像してたら、自然と顔が笑ってた……らしい。
「なにニヤついてるんだよ、へんなやつ」
……ほっといて。
でも、最近気づいたことがある。
持田君と代表をするようになってから、私はよく話すようになった。
これって、良いことだよね………きっと。
「片山、ひとつ聞いてもいいか?」
なんだろう? 急に、しかも改まって。
「うん、なに?」
「あのさ、小6の運動会で応援団の団長やってたか?」
!! なんで!? 持田君がどうして知ってるの?
「うん……やってたけど………」
「あそこの学校に従兄弟が通っててさ、俺もいたんだ。あの頃の俺ってさ、今みたいに明るくなかったんだよ。そこでおまえを見たんだけど、はっきり言ってショックをうけたよ」
「え? どうして?」
「あのコはああしてみんなを引っ張って頑張ってる。なのに俺は何をやってるんだろう? ってね、思ったんだよ。それから俺はあの時のおまえみたいになりたくて、あの時のお前を目指して色々と頑張ってきた」
「………うん」
「この学校にきた時におまえを見てびっくりしたよ。まさかいるなんて思ってなかったから、でもすっげぇ嬉しかった。自分がどれくらいあのコに近づけたのか分かるって思ってたんだけど……」
「がっかりした? こんなのになった私を見て」
「ああ、最初はがっかりしたよ。でもすぐに思った。何かあったに違いない。おまえをこんなに変えてしまった何かがって」
「……うん、確かにあったわ」
「良かったら話してくれないか? 俺じゃ力になれないかな?」
「………なんで?」
「なんでってどういう意味だ?」
「なんで持田君がそこまで私に熱心になってくれるのかな? ってそういう意味よ。私のことを目標にしてたから?」
「それもあるよ。でも……」
「でも、なに?」
「俺は………おまえの事が好きなんだよ!!」
「えっ?」
そんな事、急に言われても……。
私、どうしたらいいか分かんないよ。
「あ、俺……先生の所に言って模造紙貰ってくるから」
そう言って持田君は走って教室を出て行った。
私は……どうすればいいんだろ?
分かんないよ、どうすればいいかなんて。
ダメだ、持田君と顔合わせられない。
ゴメンネ、私……。
今日は帰ろう。
“ごめんなさい、今日は帰ります”そうメモを残して私は帰ることにした。
☆
いつもだったらウサギ小屋に寄ってから帰るのにその日はまっすぐ家に帰った。
その間中、頭の中はさっきのセリフでいっぱいだった。
告白なんてされたの始めてだったし。
姫美ちゃんはなんであんなに落ち着いてられるのよ。
私……どうすればいいんだろう?
そういえば…姫美ちゃんと高橋君はあれからどうなったんだろう?
断ったのかな?
聞いてみようかな……。
私が頼れるのは姫美ちゃんしかいないし…うん決めた、相談してみよう。
うん、早い方がいいよね、今日は走って帰ろう。
家に着くと私は着替えもせずに姫美ちゃんに電話した。
「もしもし、相田です」
「あの、片山ですけど姫美ちゃんいますか?」
「あら、優子ちゃん。久しぶりね、今呼ぶからちょっと待ってね」
「はい」
姫美ちゃんのお母さんの声を久しぶりに聞いたような気がする。
とっても、やさしそうな声…。
「もしもし、優? どうしたの?」
「うん、あのね………」
相談しようって決めたのに、なかなか言い出せない。
でも、私が何も言わないでいると姫美ちゃんが何も無かったかのように言い出した。
「ねぇ、久しぶりにウチに泊まりに来ない?」
「えっ? どうして?」
「なんとなくよ、たまにはいいじゃない。最近ウチに来てないでしょ?」
「あ、うん。そうだね、うん、行くよ」
「そうこなくっちゃ、じゃ待ってるからね」
「うん、また後で」
私はお母さんに泊まりに行くことを言って、準備を始めた。
「ごめんねぇ、ウチの親、優が来たからってはしゃいじちゃって」
「ううん、私も楽しかったし」
私達は夕飯を食べて、おじさんやおばさんとおしゃべりして、お風呂に入って、今は姫美ちゃんの部屋に二人でいる。
ちなみに、もう寝れるようにパジャマでふとんも敷いてある。
「さてと、優。話って何?」
姫美ちゃんがふとんに入りながら言い出した。
「あ、うん、あのね………」
私もふとんに入りながら言おうとしたけど、なかなか言い出せないでいる。
「そんなに言いにくいことなの?」
「あ、うん、なんて言うか……その……」
「もしかして、持田君に告白でもされた?」
「えっ!? 何で知ってるの?」
「当たっちゃった? そうか〜、とうとう言っちゃったか〜」
姫美ちゃん……なんか楽しそう。
「姫美ちゃん知ってたの? その…持田君が…私のこと…」
「え? 告白したことは知らなかったわよ。持田君が優のこと好きだってのは……まぁ、なんとなくね」
「え? もしかして…気づいてなかったの私だけ?」
「たぶん、みんな気づいてないよ。分かったのは私だけだと思うし」
「なんで姫美ちゃんには分かったの?」
「そ、それは………」
ん? なんだろう? 姫美ちゃんが私の顔をじっと見てる。
「……ダメ、ナイショ」
「え〜、いいじゃない教えてよ〜」
「だーめ、そんなこと話に来たんじゃないでしょ。持田君はなんて?」
「うん、あのね……」
私はそれから時間がかかったけど、姫美ちゃんにあの時のことを話した。
持田君が小学校の時の私を知っていることも。
どうしたらいいか、分からないでいる私の気持ちも。
ただ、彼のことだけは言えなかった。
「なるほどね〜。ところで優は好きな人っていないの?」
「いないわよ。……たぶん」
「はぁ? たぶんってなに? どうゆうこと?」
「気になってる人ならいるの。でも、持田君とは違う人」
「だれ? 私の知ってる人? 教えてよ」
「……ダメ、これだけは教えてあげない」
だって、彼のあの姿は私だけの秘密にしたい……。
「ま、無理には聞かないよ。それで、持田君はどうするつもり?」
「わかんない、だから相談してるのに……」
「そっか、ごめん。で、優はどうしたい?」
「え? どうって?」
「その彼のことをあきらめて、持田君と付き合うか、持田君にごめんなさいして、その彼のことを思いつづけるのか」
「うん、でも彼のこと別に付き合いたいとかそういうんじゃなくて…ただ、なんとなく気になってるだけなんだけど……」
「気になるって、それが恋って言うんじゃない? 違うかな?」
「分かんないよ」
「そっか、でも自分の気持ちにウソついちゃダメだからね」
「うん、ありがと」
「………私、なんにもしてあげられないね」
「えっ? そんなことないよ、いろいろ相談にのってもらってるし。いろいろ助けられてるよ、いつも」
「そう? ならいいんだけど」
「うん、持田君に明日話してみる」
「頑張れ。応援しかできないけど応援してる」
「本当に、ありがとう。私、姫美ちゃんが友達で良かったな」
「そんなこと言っておだてても何も出ないわよ」
そう言った姫美ちゃんの顔は少し紅かった。
「ところで姫美ちゃん」
「なに? ってなによ、その顔」
「あのさぁ、高橋君とはどうなったのぉ?」
「優、人のことは楽しそうに話すわね」
「えっ? 姫美ちゃんだって人の事言えないでしょう」
「ま、そりゃそうだけど」
「って、ごまかさないでよ〜。高橋君ちゃんと言ってきた?」
「ああ、うん、言ってきたわよ」
「で、なんて答えたの?」
「ごめんなさい、他に好きな人がいるのってね」
「あ〜あ、高橋君はふられちゃったか……って、姫美ちゃん好きな人いるの!?」
「私にだっているわよ、それくらい」
「ねぇ、だれ? 私の知ってる人?」
「だ〜め、教えない。優も、その気になってる人のこと教えてくれたら考えてあげてもいいけどね」
「それは……だめ、言えない」
「じゃあ、私も言えない」
そう言って姫美ちゃんは私のほうをじっと見てた。
「さ、明日も学校があるし寝よっか」
「うん、そうだね」
明日、持田君になんて言おう………。