「上を向いて歩こう」

 

                    ☆
  その日は姫美ちゃんと二人で姫美ちゃんの家から学校へ行った。
 学校に向かう途中、彼を見かけた。
 彼への気持ち……私にとってどんな物なの……?
 彼のこと好きなのかな、そういうのとは違う気もする。
 好きだって気持ちと、恋する気持ちの違いなんて分からないよ……。
 持田君のことは嫌いじゃないけど………。
 でも、そういう対象として見たことなんてなかったし。
 ああ、もう! 何がなんだか分からないよ。
 とにかく持田君には今の気持ち話してみよう。
 それで分かってくれるといいんだけど………。
 とにかく、話してみよう。

 学校に着いてみてびっくりした。
 昨日言ってた、歌詞と注意点が書いた大きな紙が教室の窓に張ってあったから。
 これ、昨日あれから持田君一人でやったんだ………。
 私、帰っちゃったのに……。
 その日、持田君はまるで何もなかったかのような顔をしてた。
 けど、私には話しかけてこなかった。
 歌詞の紙のお礼が言いたかったのにな。
 そして、放課後………。
 勇気を出して、私から持田君に話しかけた。
「も、持田君、ちょっといいかな?」
「あ、ああ。なに?」
「あの、昨日のことなんだけど……」
「ああ、あれね……」
 そう言いながら持田君は私の前のイスに座った。
「あの、私ね」
 私も近くのイスに座りながら言った。
「ちょっと待った! 片山は俺のことなんにも知らないだろ? だから返事は今じゃなくていいからさ、俺に時間をくれよ。せめて合唱コンクールが終わるまで、な? それまでは友達でいよう、ダメかな?」
「え? でも、それって私に都合良すぎない? だってこういうのって…よくわかんないけど、知られちゃった後に友達だなんて……」
「片山が俺なんか嫌いで友達もイヤだって言うんなら、仕方ないけどさ」
「えっ? そんな、イヤじゃないよ。……うん、とりあえず友達ね」
「ああ、うじうじ考えるのは得意じゃないからな。とりあえずは合唱コンクール頑張ろうぜ」
「うん」
「ところでさ、ひとつだけ聞いてもいい?」
「なに? 答えられることなら…」
「片山は好きなヤツいるの? 俺って望みナシ?」
「えっ? 好きな人なんて……」
 そう言いながらも私は自分の顔が熱くなるのがわかった。
「はぁ〜、いるのかぁ」
「えっ、えっ…なんでそう思うの?」
「そんなに真っ赤な顔してたら誰だって分かっちまうよ」
「あ、でもね。好きとかそういうんじゃなくて、気になってる人がいるの。それだけなの」
「いいよ、別に。でも、見てろよ。絶対に俺のこと好きにさせてみせるから」
 わ、持田君すごいこと言ってる。
「あ、あれ…ありがとうね」
「ん? ああ、歌詞の紙? 別いいよ、そんなの」
「でもね、あれ間違ってる所がある…」
「え? マジで?」

 それから私と持田君でその間違いを直して帰ることにした。
 作業が終わった後、持田君が一緒に帰ろうと言ったけど私は寄る所があるからって断った。
 私がその後、寄ったのはもちろんウサギ小屋だった。
 そして……今日は彼がいた。
 私はいつものように茂みの中から彼を見つめていた。
 けど、今までとは何か違う気がした。
 私の気持ち……それが違うのかもしれない。
 彼はウサギにエサをあげると、そのまま帰っていった。

                   ☆
 それからは練習も順調に進んだ。
 でも、本番まであと一週間という日……。
 それはその日の練習の時、一人の男子が言い出したことから始まった。
「しょ〜へ〜。お前達っていつまで苗字で呼び合ってるわけ? せっかく「優勝コンビ」って盛り上がってるのに、本人達が名前で呼んでたらしらけちゃうじゃんか」
 これを聞いた持田君ファンが騒ぎ出す。
 ただでさえ、「優勝コンビ」なんて呼ばれてることを良くは思ってないはずなのに、そんなこと言ったら怒り出しちゃうよ。
 それに、あのことがばれたりしたら……私、恐くて学校来れないかも…。
 持田君はどうするんだろう?
 そう思ってたら、その男子と持田君が言い合いを始めてた。
“なんで言えないんだよ”“ほんとは好きなんじゃないか?”“図星かよ”
 そんな感じで話は進み………気がついた時には最悪の事態になっていた。
 みんなの視線が私と持田君に集中してる。
 特に持田君ファンの視線が恐いよ。
 これ以上耐えられない、そう思うと私は教室を飛び出していた。
 どうしよう、明日から………。
 きっと持田君ファンからいじめられるんだろうな……。
 
 その日の夕方姫美ちゃんがかばんを持ってきてくれた。
 私は家に帰ると夕飯まで寝ちゃったから、その間に持ってきてくれたらしい。

 次の日、私はお母さんに言われて仕方なく学校へ行くことにした。
 あーあ、どんなことされるんだろう?
 こういう時マンガだと靴に画鋲とか入れられたりするんだろうけど。
 そんなことを考えながら歩いていると、学校に着いた。
 下駄箱、机、用心して見てみたけど、特に変わった所も無い……。
 それに、持田君ファンからの恐い視線も感じないし、一体どうなっているんだろう?
 私は不思議に思いながらも教室に入り席に着いた。
「優、おはよう」
 ちょうどそこへ姫美ちゃんが来たから、思わず聞いていた。
「姫美ちゃん、これどうなってるの?」
「なにが?」
 姫美ちゃんが席に着きながら聞き返してきた。
「なにがって、あの子達のことに決まってるじゃない。私、今日学校に来たら靴の中に画鋲が入ってたり、机に落書きがされてると思ってたのに」
「優、マンガの読みすぎ。私も何があったかは知らないわよ。当の本人に聞いてみたら? ちょうどこっちに来るし」
「優ちゃん、相田、おはよう」
 声のほうを見ると持田君がすぐ横まで来てた。
「おはよう、持田君」
 そう言って姫美ちゃんが答えた。
 ………って、今…持田君なんて呼んだ?
 私が混乱してると持田君は続けて話しかけてきた。
「なぁ、挨拶くらいしてくれよ。無視しなくてもいいじゃんか」
 私は混乱してたけど、なんとか返事した。
「あ、うん。ごめんね。おはよう、持田君」
「なぁ、昨日も言ってたけど、しらけちゃうからさ、俺のことも名前で呼んでくれよ。勝平君って、あっ、呼び捨てでもいいよ。勝平ってさ」
「えっ? あの、でも…あの子達が………」
 そんなことしたら持田君ファンの子達の視線が恐い………ってあれ?
 あの子達、こっち見てるけど視線が恐くない……なんで?
「大丈夫、クラスの全員が望んでることだから。気にしないでもいいよ。だからさ、名前で呼んでくれよ」
 そんな私を見ながら持田君はそう言った。
「持田君、なにしたの?」
「別に、なんにもしてないよ。そんなことよりも……っと、やべぇ。チャイムだ、じゃあ、また後でな」
 結局、持田君はなんにも話してくれなかった。

                   ☆
 合唱コンクール当日。
 とうとう、この日がやってきたって感じがする。
 今まで、大きいのから小さいのまでいろんな事があったから、やっとこの日が来たって感じがする。
 会場は学校の近くのホールを借りてやることになってたから、私達も今日は学校じゃなくて会場に集合することになってた。
 会場のホールに入ると緊張感が出てきた。
 いつもいる場所じゃないから余計に緊張感が増えてくる。
 クラスの席に行くとみんな緊張してるんだと思う、お互いに“頑張ろうね”って言ってる子が多かった。
 緊張してる時って、時間が早く感じる。
 あっという間に私達の順番まであと2組になった。
 先生から順番だから移動するように言われて、私達はホールを出て舞台の横に移動を始めた。
 舞台の横で順番を待っている時に持田君が話しかけてきた。
「優ちゃん、いよいよだな」
「うん、そうだね」
「頑張ろうな」
 そう言うと今度はみんなに向かって同じ事を言った。
 みんなも小さな声で“おーっ”と答えてた。
 そして、いよいよ出番になった。
 舞台に出るとライトが眩しくて客席にいる人達の顔が見えないことが分かって少し緊張が取れた。
 私は一生懸命に歌った。
 いろんな思いを胸にしながら………。



 終わると今度は時間が過ぎるのが遅く感じた。
 クラスの中には寝ちゃった人もいて先生に起こされてたりした。
 そして………いよいよ、結果発表の時間が来た。
 優良賞、優秀賞、最優秀賞の順番に発表される。
 優良賞、優秀賞の中には入ってなかった。
 後は、最優秀賞になれるか、なれないかのどちらかになった。
 舞台の上の校長先生が話し始める。
「では、最優秀賞の発表をします」
 会場がしんと静かになる。
「最優秀賞は……3年D組」
 三年生の方から大きな声が上がる。
 あーあ、賞…取れなかった………。
「はい、三年生そろそろ静かにしなさい。私からもう一つ審査員特別賞を発表します」
 え? 去年はそんなの無かったのに……。
 でも、まだ望みはあるんだ。
「審査員特別賞は2年D組」
「よっしゃー!! やったぜ!!」
 持田君がそう叫んだのをきっかけにみんなはしゃぎだした。
 私も、はしゃがずにはいられなかった。
「やったな! 優ちゃん」
「うん! やったね、勝平君」
「おう! って優ちゃん、今始めて名前で呼んでくれたよな?」
「あっ、そういえば……」
「やったぁ! やっと名前で呼んでくれた!」
 勝平君はみんなと違うことで喜んでた。
 そこで先生から、そろそろ静かにしなさいと注意されて、みんなおとなしく席に座った。
 でも、私達は小さな声で喜びあってた。


 そして、その日の帰り道。
 勝平君が声をかけてきた。
 姫美ちゃんが一緒にいたんだけど、邪魔しちゃ悪いからと先に帰っちゃった。
「終わっちまったな」
「うん、そうだね」
 私達は歩きながら話してた。
「ありがとうな、一緒に代表やってくれて」
「ううん、私なんにもしてないし」
「そんなことねぇよ、優ちゃんが一緒じゃなかったら途中で放り出してたと思うし」
「そんな、私のほうこそ」
「今だから言うけどさ、代表決める時に相田に選んでもらえばって言ったの覚えてる?」
「うん」
「あれさ、実は優ちゃんを選んでくれるんじゃないかって期待して言ったんだ」
「えっ? どうして? って、あっそうか」
「あ、いや…そうじゃなくて、それもあったけど…」
「じゃあ、なんで?」
「優ちゃんが普段下ばっかり向いてたから、小学校の時みたいになって欲しくて」
「あっ、うん。ありがと」
「ちょっとでも役に立ちたかったから」
「うん、もう大丈夫。いつまでも後悔してても仕方ないもんね」
「だろ? それにさ、下ばっかり見てたら分からないこといっぱいあるんだし。誰かが手を出してても気がつかないだろ。だから下を向いてちゃダメなんだよ」
「うん、私も今はそう思う」
「過ぎた時間よりもこの先の時間の方が何倍も長いんだしさ。ほら、俺達の歌った歌も言ってたじゃないか“上を向いて歩こう”って」

 

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