+++ シャシン日記(仮看板)+++
ダブルコンソメ 1+10+11鶏

【 茜 】
タオル(小)と石けん(小)、リンスインシャンプー(小)を持って
まだ陽の高い午後2時半頃、あてどなく自転車に二人乗りして出かける。
・
お腹は空いていない、なぜならば先ほど食べたばかりだから
電子レンジもインスタント食品も使っていない
手作り順度の極めて高いアキコお手製のロールキャベツ(トマト煮込み)を食べたから。
だからお腹は空いていない
なぜならば、余裕でおかわりをかましたから
つまり、おいしかったから沢山食べた、おいしいんだよ、これが。
意表をつかれたよ、今までの系譜を辿っても旨いはずがないはずなのに、、、、
だって「灰汁取りした?」って訊いたら「あくってなに?」と訊くアキコだよ
「鶏肉って何の肉?」「にわとり」「へぇ、にわとりなんだー」と詠嘆するアキコだよ
でも、まぁ、結果オーライ
旨いんだからしようがねぇ、ハフハフと食い、これを機にもっと料理するようになれと祈り
下手なことを言って臍を曲げられたら、またややこしいので、あまりとやかく言わないようにした
「ダブルコンソメでキャベツを下茹でしてたら、もっとコクがでただろうね」程度で抑えた
・
ぶらぶらと自転車に乗りながら、校庭でサッカーをする学生を眺めてから商店街をうろつく
惣菜屋に入る、パン屋に入る、文房具屋に入る、ペットショップのウサギを見る、
ゲーセンでギターを弾く、コンビニでおでんを見る、陽はまだ暮れていない。
4時頃、銭湯に着いて入浴をする
休日だからか?やけに人が多い
だが、そんなこといちいち気にせず湯船につかる
やたらと高温の湯にぶるぶると震えて浸かりながら
湯煙の向こうにある、枯れた白樺みたいな老人達の裸体を眺めていると
昔はこんなんじゃなかったんだろうなと思え
何かいいようのない虚無感におそわれる
人は老いる、それは世の常、生き物の常
購うことはできないのね、出来ないんですね、骨と皮じゃ。
何のためなんだろう?
何のために生まれて生きるのか?と
湯に浸かり茹であがった脳で人生最大のテーマにさしかかり
あらら、だめだめ、暗くなったらだめよ、生まれたから生きてんじゃん、
生まれてなかったら生きてないもの生きてるから考えるのだ・・・
とにかく「今がんばんなきゃな」と漠然と思ってから湯殿をあとにする
・
下駄箱でアキコと合流するとお腹が空きだしたので
帰りにパンを買って、ビールを買って、鶏を油で揚げたモノを買って、切り株を模したチョコレート菓子を買って家路につく
茜色
遠くの向こうに陽が沈むのが見える。
・
晩食は俺がつくる
余った材料でベーコンオムレツを作り、残ったロールキャベツとパンを食べビールを飲む
まだ夕方5時37分
ゆったりと時間が流れる雰囲気を感じる今日
こういうのが好きなのさ
今日から俺は 1+9移

【 陰明 】
「微妙」「〜な感じ」「うざい」って言葉がむかつくな、なんか知らんけどむかつくわ、
どこがむかつくんだろ?曖昧なトコかしら?響きかしら?
とにもかくにもなんかむかつく・・・
平然と意味も希薄な今言葉/現代語を使っている自分が恥ずかしい
と、アルバイトの帰り道にふと思ったのはかれこれ2週間前で
その日以来、
「微妙」を「幽か」
「〜な感じ」を「〜な風合い・雰囲気」
「うざい」を「鬱陶しい」と置き換えて
「微妙」「〜な感じ」「うざい」を使わぬように心がける“日常語変換運動”をひっそりと執り行う
誰にも気づかれぬようにひっそりと。
で、
その結果、約2週間後、今現在、努力の甲斐もあり難なく日常語変換を成功
思いの外、さほど苦労もなく変換でき歯ごたえがないなと少しく不快に思うが
これを機にばんばんとムカツク現代語を俺語にしていき
ゆくゆくは何いってんだかわからねぇ男になりたい。なりたくない。
−追記−
携帯式移動小型電話機を「ケイタイ」と略すのはおかしい
携帯式ポケットトイレだって「ケイタイ」だし
携帯式自動小銃だって携帯式対戦車砲だって「ケイタイ」だ。
だのに、なぜに携帯式移動小型電話機だけを「ケイタイ」と略すのか? おかしいやん。むかつくやん。
むかつくので今日から俺は、携帯式移動小型電話機の『移動電話』の部分に着目して
移動電話を略してイドデンと呼ぶ
「ちょっとイドデン貸してぇ」と言う。
急いでるときはドデンと呼ぶ。
もしくは“小型”と呼ぶ。
良い風合い
ミクロブタニルを知る 1+8界

【 ポリゴナム 】
自分が見たり触れたり感じたり読みとったりした事で構成されたものが世界で
それらから自分に都合のイイモノだけを抽出して再編したのが理想だと思う
だから「ここまででいい」「これはいらない」「これがあるから必要ない」とかの判断を
何も手にしないうちに決めつけるのは早計で、結果として世界を狭めていると思う
とりあえず全部を丸飲みする
花を飲み込んだのは世界に彩りを加えたかったから
そう思う
そう思ってきた
知らないことが多すぎる
知りたいことが多すぎる
知ったことが少し増えた
ひとつづつ塗りつぶす
まだ23歳だけど、もう24歳になる
ご丁寧なことに来年は25でその次は26。
一般的にはあと5,60年しか生きられない。足りねぇよ。
世界を作るには全然時間がたりやしねぇ
400年くらい生きれたらいい感じになるなぁと思える
色々取り込んで、色々吸い込んで、シャシンなりなんなりして吐きだしたい
でも吐けてねぇ、ちくとも吐けてねぇ、全然駄目じゃん
そう感じますねポリゴナム
ポリゴナムは世界にいます
今朝、草花とセックスする夢を見た。
俺はどんどん気持ちの悪い男になってるなと思った。
人生は 1+6ぺ

【 簪 】
花屋とか仕事とか、水曜とか世間とか、優しさとか情とか、常識とか義務だとかに挟まれ
なんともやりにくい、生きにくい、世知辛いですね、世の中は。
つまり、その、休日があわないのよ、アキコとよ。
今月は、今週の土曜日しか同じ休みの日がない。
今までなら、漫画喫茶だし、俺中心にシフトが組めてこんなことなく万々歳だったのですが
今度の花屋さん+エロスビデオ屋は完全固定シフトってやつで
なんとも融通がきかねぇきかねぇ、って、きかねぇことはないけど
「この日を休みにしてください」って云ったら、その日が休日になるのと引き替えに
1日分の稼ぎがなくなり、給金が減る
それはまずい、それは避けたい、月賦が払えない。
・
そういった理由があり、それを正直にアキコに伝えるとどうだろう?
十中八九「じゃぁ あなたは私よりお金を取るの?」とやり玉にあげてくるはず
んでもって「先月はシフトを変更してもらってたのにねぇ」とちくちく云われて
あとはいつものようになし崩し・・・
ほら、生きづらい
俺の当面の目標は昨年より引き続いての「お金を集めよう」であり
その目標にたいしてアキコも賛同してくれたじゃないですか?
それなのにそんなこと云うの?まじで?女心?
「でもさ、休みが同じじゃなくったってよ、俺が行くもの、アキコん家行くし、余裕で会えますよ」と云ったところで
言葉は中空を彷徨うのみ
だからといって半ば自棄になり、じゃぁわかった!と、だったらシフト減らすと吐き散らし
「店長!俺!この日とこの日とこの日と・・・休ませてください、否! 休む!」と、
エゴ丸出しで休日を強奪すると
俺の開けた穴を他の従業員が休日出勤までかまし補わなければいけなくなり
次第次第にそんないい加減な俺への恨みがつのり
自然自然と俺への接し方も冷ややかになりかつ陰口をたたかれる
そして俺は俺で、そういう仕打ちに極めて弱いモノだから、
だんだんと居づらくなり、言葉数もへり、孤立、そして逃走
部屋の片隅で丸くなり絨毯に付着したホコリを見ながら
「ホコリってどうして出来るんだろう?」と漠然と考える日々に逆戻り
ね? 生きづらい
だから俺はその両面にいい顔をしなくてはならないし
どちらかを切り捨てることも出来ない
鬱陶しい
あっちに集中するとこっちが疎かになり
こっちに集中すると、今度ぁそっちが疎かになる
まったく鬱陶しい
ペッティングかっつーの? 人生は。
とりそり 1+5

【 ガーベラ 】
「1月、2月は花屋泣かせ」と云うだけあって物凄く暇、客がこねぇ
多分、花屋に限らず物販を生業としている大体のお店も同じはず
年末年始とカネを派手に使い散らかした世間の消費者に
人生の余興あるいは彩りの花を買うなんて余裕は持ち合わせていねぇが主たる理由だと思う
したがって客がこない→接客ができない→時間があまる→暇、と相成って
どうにかその隙間を埋めようと努力するがため着席して
「NHK趣味の園芸12月号」
「盆栽の世界」
「土と道具」
「図解で簡単 ガーデニングのススメ」
「観葉植物100」
などなど、多種多様の専門書を熟読
盆栽の世界を読んで、盆栽の奥の深さ、わびさびの盆景に、日本人の魂に古からある美について考えたり
ペットボトルで出来る簡単野菜作りという特集ページを見て、春に向けての野菜作りに活用しようと思ったり、
各種お花のお手入れの方法を学び、今後の俺の接客にこの知識をとりいれよう、と思ったりしたが
特に感銘を受けたのは“お花 影分身の術”をしるしたページで
なんのことかってぇと、つまり、お花の増やし方っていう裏テク
花や木は、ただ種を蒔いて増やすだけにあらず
ものによっては、たとえばセントポーリアなどは葉っぱを半分に切って巧いこと土に植えると
葉より根がはりだし、あれよあれよと立派な苗になり、もちろん花も咲く。
葉だけではなく、ものによっては、根っこ、茎、からも同じように増やす方法があり
俺はこの術に魅せられ、こうしちゃいらんねぇ、何のほほんと読書をしているんだ!と勢いよく立ち上がり
まず、店内の一角を占領して「タクロウ花工場」を設けたあと
店中をうろつき、種や枝や根を探す。
“万両”の赤い実(種子)を採取し
多肉植物の新芽を少し拝借
“花月(金のなる木)”を入念にチェク、
さすがに売り物なので好き勝手切り取ることは出来ないので
切ってもいい箇所、切り取らざるえない箇所を探し
ようやく見つけた弱りかけた枝を発見するや
花屋歴9年のパートの岡本さんに「この枝弱ってます! 挿し木で増やしたいんですが貰っても平気ですか?」と訪ねると
1も2もなくオッケイを頂き、「お前の分身を作らせていただきます」と心で祈りその枝を切り取り
タクロウ花工場に戻って採取した素材を今一度確かめ、くくくと一つほくそ笑んでから
養殖用の土を手頃な植木鉢に入れて、マニュアル通りこれらを植える
ゆくゆくはこれらから根が張り、いっぱしの株となる
タクロウ花工場
↓
タクロウガーデン
流通ルートを確保した。
名前 1+3+4雲

【 U/az 】
道ばたに咲く花の名前をだいたい言える。
だから、いちいち口に出して名前を云う。
だから、前より、俺と花との関係が親密になっていると思える。
名前・・名前・・
物体の名称、存在の名称、
電柱、コンクリート、自動販売機、墓、ユニオプスデージー、煙突
目に見えるモノをとりあえず云う
三脚を担いで
アキコと手をつないで
名前を云いながら歩む夜
夜ジャシンを撮りまして
薄汚れたぼろぼろのアパートの前でシャシンを撮る
約何ヶ月ぶりに心にカツーンと来るシャシンが撮れた
嬉しくて角度を変えて撮る
さっきより1秒露光時間を増やしてみる
シャッターを押す
5秒間待つ
いいのが撮れた
スノーストームも揺れている
新しいデジカメには、まだまだ馴染めない
性能もレンズも前のより格段に上だが、どうもまだ馴染めない
「その理由はなんなのか?」
「その理由は名前がないからだ。」
今日はそういう流れだ。
君の存在をもっと力強いモノにしよう
だから名付けた
『花』と名付けた
イメージとしては、カメラから薄緑色のツタがぐりぐりと伸び、
そのツタが俺の腕に巻き付き一体化する
そしてツタの所々から雲間草みたいな花が咲く
な、かんじ、な、イメージ。
『花』いいじゃん。花。
俺、花屋だし
どうせこのカメラの購入費も花屋で得た給料で払うし
はは、いいね、はは、花。
やっとこ決まった。
おかゆ 1+2反

【 パキラ 】
2003年の中盤あたりからシャシン日記の更新がおざなりになり始めたことに薄々感ずいていたものの
薄々感ずいていただけでこれといって対処してきませんでした、ごめんなさい。
2003年の始めのあたりからちくとも三脚を担いでの夜撮影をしてないなとそこはかとなく察していたものの
そこはかとなく察していただけでこれといって行動しませんでした、ごめんなさい。
2003年の後半に購入した新デジカメ、買ったらそれで気持ちが完結してしまい色々試していません。
ごめんなさいそしてごめんなさい。
お正月、三が日、晴れ。
1月2日の日記を3日の朝に書いています、ごめんなさい。
でも、早起きをしました、まだ10時前なんです。褒めてください。
今日は丸々自由なので、おもむろにクソ暇なので何かをしたいです、でもそれが何か分かりません。
昨年の暮れに書くべき一年の反省を今更書いてます
写真整理も滞っています
もう、ひとつひとつ消化するしかないです
夜出かけます
夜を待ちます
夜までまだまだです
おかゆを食べよう
胃をいたわろう
あけましたよ。1+1新

【 雑煮 】
年が明けようが、年号が変わろうが、綺麗さっぱり生まれ変わった気持ちなど微塵もなく
色々なモノを引きずったまま新年を迎えた感一杯でお送りいたします2004年1発目のタクロウジャシンシャシン日記
バラエティーにとんだ太さ長さの手製饂飩を食べ
かまぼこかまぼこかまぼこと、ほぼかまぼこなお節を食い
買い為した駄菓子をほおばりつつ、じゃこじゃことアルコールを昨年の29日あたりから胃袋に流し込んだおかげで
元旦初等から早速内臓系列が痛み軋み、体に優しい雑煮を食べたところで、もはや体調が改善する兆しすらなく
どうしようもなく、屁ばかりが出て「酒は百薬の長なり」と割り切り
目覚めの一番からお酒を召し上がってはへらへらとお正月特番をアキコと見ながら過ごしています
新年あけましておめでとうございます
開けてしまいましたね、新年が。
去年まではアレだったけど、さすがに23回目となると、こう、慣れてくるね、こ慣れてきますね正月の空気に。
幼少の頃のように無邪気にはしゃげれないね
どっちかっつぅと「嗚呼また新しい年になってしまった」と云いようのない圧迫感
緊張感、罪悪感、焦燥感、倦怠感、焦燥感。に追われる感じがする
安楽と楽しめない、だからお酒を召し上がるの。だからなの。
何もかも忘れたいの、酒で、酒によって、年忘れ、年始早々。
・・・いいのか?こんな愚痴っぽい日記でよ
「1年の計は元旦にあり」
何事もでだしが大切じゃないですか
もっと、こう、サンバに、リズミカルに、ウキワクでテンションガチ上がりなことを書いて盛り上げようぜ、俺を!
じゃなきゃ、また今年も陰鬱にねちねちと過ごすことになっちゃうよ・・・
そりゃいたたまれませんな
いたたまれない
忘れよう んで笑おう! 笑いながら酒を飲もう!
新年になった瞬間、アキコの携帯には続々と新年おめでとうメールが来ていたけど
俺の携帯は沈黙を守っていた
それは朝になっても、昼になっても、夜になっても、ing、現在進行形で今も尚沈黙を守っている
そのことも全部ひっくるめて忘れよう
・・・忘れよう
ではでは皆々様がたがた
2004年
今年もひとつよろしく、温かい目で、ひいき目で見守ってくださいまし
いいかげん、展覧会でもやろうと思います。
元旦 タクロウ