「現実逃避「沼忘れ」」12月8日

【 雷打 】

 

 

 

これといった具体的な理由はないけど

日々お送りする生活において体内で精製された幾多の小さな不幸および

小さな不安と小さな猜疑心と小さな空虚感と小さな喪失感が肺臓を満たし

黒紫の煙りとなって口の中からどしどし溢れ

空気中の塵や窒素やなんかと結合し増殖し寄り合って、互いを高めあって結句肥大

自分1人を軽く包み込めるっくらい大きくなってしまい

案の定黒紫煙包まれていたくやれん気持ちになった、ひどくめげてしまった

今年を乗り切れる自信がなくなるほどメッコリと気分が沈み込んでしまった

嗚呼また俺ちゃんヘコんどるわって、己を顧みる心はあるけど

俺ちゃんヘコんでいるという現実を受け入れても対応策がないから立ち直れない、リカバーできない

ダムダムダムと地下室に続く階段を降りてゆき、煙りが自然と消えるのを待つかんじ。

 

最近の日記はこんなんばっかだな、鬱鬱精神暗黒日記

ほぼ鬱鬱精神暗黒日記、1日置きに鬱鬱精神暗黒日記

読んでるヒトもきつかろうに、すんません

俺だっておもしろおかしいことを書きたいさ、そりゃ書きたいさ

んでも最近は「おもしろ」よりも「陰鬱」をキャッチするアンテナが大活躍しているし

シノプシスが負のイメージと直結している為

ありのままを書くと鬱鬱精神暗黒日記となる

だからといって心配して!とか慰めて!といったメッセージ性は0です

うっわぁこのヒトまたへこんではるわぁ

もっとおもしろおかしく生きれば良いのにねー 不器用なのね

あっ そだそだ洗濯物とりこまなくっちゃ。っくらいのノリで十分です

自分を確認する手段として書いてる所もあるし。

 

 

でも確かにひどく落ち込んだのは確か

落ち込む要因が明確ならまだしも

要因は小さく無数にあるので対応がわからない

小さいソレが空気のように自分を包むので、一生このままなのかもしれんとさえ錯覚してしまい

自殺に走るヒトの気持ちがうっすらわかった

まぁ死なないけど、死なないけど、でもこの「やりきれなさ」はキツイね

もがけばもがくほど沼に沈んでいくのに似てる

てっとりばやい解決策ってか、現実逃避「沼忘れ」としてお酒を飲むことにした

女の子を呼んでいっしょにお酒を飲んだ

人といれば沼を忘れられるのです

酒を飲めば気持ちが昂るのです

誰もいない深夜の神社で、自転車のサドルにカメラを置きタイマー撮影

シャッターが落ちる5秒間

指先の先まで神経の張り詰めたライダーポーズをキープできるくらい昂るのです

「まだまだ自分はやってゆける。」

確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「純情商店街で肉を買う」12月7日

【 純情商店街で肉を買う 】

 

 

 

風邪っぽいといえば風邪っぽい

喉に意識を集中すれば"痛い"って感覚もあるし、無理しなくても咳はでる

鼻を嚼めばそこそこ鼻水だってとれるので、風邪っぽいといえば風邪っぽい

頭だって顎だって痛いじゃん

それに昨日は職場で「どうしたんですかハヤシダさん、死人のように顔が真っ白ですよ」と言われたので

俺が体調を崩しつつあるってことを世間にアピールもできてるしね

無理して仕事に行かなくてよいかって言えば行かなくてよいだろう、風邪だもの

そのまま2度寝して結局13時間睡眠

目を覚ますと15時前で、乾燥した室内が口の中の湿度を奪ってカラカラ

そのせいかひどく喉の奥が痛くて、咳をすると肺が痛い

でも風邪っぽいこの感じがちょっと嬉しい、大義名分が果たされたかんじみたいなかんじ

んまーとどのつまり、また仕事を休んでしまった

 

駄目だ俺、ここのところ休みがちだ俺

去年は38度の高熱の体でも仕事行ってたのにな

今は緊張や責任や義務の糸がぽっつり切れてしまった凧のようです

満たされない生活がやる気を削ぐ

混沌とした部屋が精気を吸う

愛情の対象がいないことがこんなに味気ないとは露とも知らなかった

お金がたくさんあれば幸せなのか

遊んで暮らせたら幸せなのか

異国を彷徨って沢山の刺激を受ければ幸せなのか

とか考えるけどさ、独りだと多分おもしろくないなぁと思った

アキコはもう戻ってこないだろうし

自分は純情商店街で肉を買う

 

 

 

 

 

 

 

 

「みすぼらしい素饂飩に貶めて高笑い」12月6日

【 うどん 】

 

 

顎関節症の疑いがあって、口を開けると左の顎の付根がギリギリ痛むのを我慢しながら

出社前に自宅で作成した、ソフトボール大のおにぎりをムシャムシャ頬張り

インスタントの饂飩をチュルチュルやってると

不意にとてつもなく空しくなってきて、腹立たしくなってきて

俺の人生なんだこれ? 職場のPCの前でチュルチュル饂飩吸う昼食

痛む顎を押してまで貪る握り飯、こんなはずじゃなかった

けっこう頑張ってきたのに、一生懸命やってきたのに、なんでこんなんなんだ

くー 腹たっつー カンボジアに行きたい

率直に己を鑑みるに、今何が必要ってか、足りていないの?と問われれば「愛」であって

愛されたいのではなく愛したいのいだなと考え至る

愛情は日々体内に積み重なり、定期的に発散せな腐ってしまうのに

もうかれこれ半年以上発散していないこの現状

自分の中の愛情はどんどん精製されて、ナマモノの愛は精製される端から腐ってゆき

自分の体の中は腐敗して異臭の立ち篭める「かつては愛」であった汚物でぱんぱんとなり

心身共に清らかな日常をお送りすることが困難となりて

饂飩食ったり、おにぎり食ってるだけで陰々滅々と精神汚泥にずぶずぶ落ち込み

挙げ句、愛情の対象を失った自分は「仕事をする意義」だのそこから発展して「生きていく意味」とか、

思春期少年がジャストナウ考え込むことを26才にして考え込んでしまうのです

腹いせに饂飩のお揚げを底に沈ませ、上に麺を覆いかぶせ

「いい気になるなよこのお揚げめ!」と呟く

お揚げがあるからこそ成立するキツネ饂飩のアイデンティティを奪い取り

みすぼらしい素饂飩に貶めて高笑い

そうやって心のバランスを調整する26才、恐い。

 

 

 

 

 

 

「岡本太郎美術館に行こう」12月3日

【 黒太陽 】

 

 

 

今日はダリ展に行く予定でしたが、一緒に行く人が急用で来れなくなり

じゃぁ ダリは来週にいきまっしょい・・・ということで落ち着くも

この連絡を受けたのは身支度をバッチリ整えて、まさに家をでる一歩手前

家から高円寺の駅まで何分かかり、電車に乗って何分後には上野に到着する

13時待ち合わせだから・・・よし、今出発すれば10分前には到着する!と考えて行動していた時だから

一瞬にして自分の計画は宙ぶらりん、少しく呆然とする

もしかして俺は嫌われているのではないだろうか?とも考える

俺のことを嫌っているから土壇場でキャンセル?

いやいやそれはない、あの人はそういう人間では決してない

仮に俺のことを嫌ってたら「ダリ行こうぜ」って誘った時に断るだろうし

それ以前に電話にでることもない、よなぁ・・・だよな

ダイジョブダイジョブ嫌われてはいない、嫌われることもしていない、ポジティブに。

 

すぐ落ち込んで、すぐ己で心のケアー、平常心に戻る

そしてここからが真骨頂

今までの自分は予定が崩れるとこの世の終りとまではいかんが、そこそこ落ち込んで

開きかけた家のドアーを閉じ、心を閉じ、身支度を解除して、畳にごろりと横たわり

有り余る時間を無為に消化、そのまま人生を棒に振っていましたが

今日の自分は違った、厳密には昨今の自分はそこそこ変わった

こういう事態が発生してもまず「めげない」、めげたとしても直ぐ立ち直る

そして「充実」する方法を考え、行動に移せるようになりました、立派です、誉めて。

よって本日も、まぁ嫌われているのではなかろうか?と少し心を腐らせたりもしましたが

立ち直って今日を有意義に過す方法を思案

結論:来週行こうって思ってた岡本太郎美術館に行こう

ネットで美術館への道のりを調べ、家のドアをあけて世間へ

途中酒屋で今週号のジャンプを買い、電車に乗ってワンピを読みながら美術館へ、至福。

 

 

で、なんやかんやあって美術館に到着し

岡本太郎氏の絵画を、彫刻を、芸術精神を観た。

衝動で創られた作品達は嫉妬するくらいエネルギーに満ち溢れているた

巨大なモノを創る人間はやっぱ凄ぇなと純粋に思えた

素っ裸の芸術論や、モチーフへのアプローチ、執拗なまでの自我の追求

”受け入れられようが、受け入れられなかろうが、

自分の中に沸いた感情をカタチにすることが芸術であり、表現だ”

このシンプルな言葉に自分の心は千々に乱れました

太郎さんの謂わんとすることが理解できるだけに相当悔しかったです

 

 

 

 

 

 

【 俺と大根と大根の上で歓ぶ人たち 】

 

 

自分は自分に対してアレコレ考え過ぎなのよね

それが良いことか悪いことかはわからないけれど

「今は考える時期だ」と割り切っているのに、なんか焦る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「足の親指と人さし指の間に溜まった糸屑を食べてみたいんです」12月2日

【 阿佐ヶ谷ラピュタ 】

 

 

上映開始とともになんの予告もなく

早口でぺらぺらぺらと異国語で捲し立てられると

その言葉が何国で使われる言語かもわからず

雰囲気で読み取るとアニメーションが、なんか、ドイツっぽかったので、ドイツ語。

出鼻からくじかれる、そしてノー字幕、ストーリーが全く解りません。

英語もロクにわからんのに、ドイツ語なんてもっとわからん

ダンケシエンと叫びながらカイゼル髭のオッサンがブーツの形を模したカップで黒ビールを飲んでいる=俺のドイツ像

けどな、入場料を払ったからには元をとらんといけんという貧乏精神にのっとり

わけわかんねぇドイツ語に望みを捨て、映像だけを見てストーリーを解釈しようと思って頑張った

頑張ること10分

あっ これドイツ語じゃない、英語じゃん!! ははは英語だ! でも英語もわからねー

約90分の上映時間の中で聴き取れた単語は下記3つのみ

「ホップ・ステップ・ジャンプ」

「オフコース」

「ポール」

これしか聴き取れなかったから、もちろん内容なんて闇の彼方

「ホップ・ステップ・ジャンプ」は三段跳びする選手のアニメーションが写し出されていたから

聴き取れても意味がないし

「オフコース(もちろん)」っつわれても、前後の文脈が解らないから何がオフコースなのかわからん

「ポール」に至っては人名

 

結局ドイツ語にしろ英語にしろわかんねぇなら変わりなく

どうせなら名前も聞いたことない異国の言語だったほうが、まだ救われる

けれど、しようがない

悪いのはこの映像を作成した作者でも、上映するこの映画館でもなく

人生において英語リスニングをないがしろにしてきた自分の責任

こんな授業で英語が身につくもんか、英語をマスターさせたいなら1年くらい渡米させれ。という観念の元

中学・高校の英語授業を初手から見限り努力しなかった俺の責任

洋画のDVDを借りても、字幕版で観たら字幕を読むことに専念してしまい映画を観れない

それに字幕読みは映画を観るという当初の目論見がねじ曲がって小説を読んでるのと同じじゃねぇか!という理由から

日本語吹き替えでしか観ないようにしていた俺の責任

はぁぁ まさかこんな目に合うとは思いもよらなかった

そして映画館で見るノー字幕の英語がこんなにも俺を不安にさせるとは思いもよらなかったよ・・良い経験をした

 

 

もう、ストーリーが完璧に解らないので

自分は全神経を集中させて映像を観ながらストーリーを想像させた

ポールが喋る台詞にも、いかにもポールが言いそうなことをアテレコしながら見ることにした

するとどうだろう、さっきまで雲を掴むような状態だったのに内容がどんどんわかる

それと同時にこのポールって男がとんだクソ野郎の最低男であることが判明

恋人と2人きりのロマンティックな場面にもかかわらず

ボソっ「おまえの股を嘗めたい」と言うし、それをしつこく何回も言うし

公園のベンチに座ってぼんやりしていると思いきや、眼前の見知らぬ女性に

「足の親指と人さし指の間に溜まった糸屑を食べてみたいんです」と衝撃かつ最低な告白を急にする

まー これがシュールっていう世界なのかも知らんけど

正直僕はついていけませんでした、指間の糸屑って・・・

 

短編が3本あって、残りの2本はほぼ無声映画だったので楽しく観れた

けっこうよかった

色使いとか、灰色の配色とか、シュールとか。

 

 

ひさびさに充実した1人の休日

出口で係員のお姉さんに聴こえないくらい小さい声で

ダンケシエンと言って逃げるように帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あと56分」11月30日

【 銀杏玉 】

 

 

 

 

喉がうずうずするのでせき払いをすると幾分か楽になる

鼻孔がべったり不快なので鼻をかむと楽になる

微熱で頭がぼんやりするので、冷たい冬風にあたると気持ちよくなる

唇にヘルペスができたら体調不良の証

うずうず、けほけほ、またまた風邪をこじらせたらしい

脇の下と腹の一部が痒い、掻くと楽になる

またまたダニに喰われました

そのうち自分は無くなってしまいます

背中に責務と人生を。

 

 

週末は北欧のショートフィルムを阿佐ヶ谷の小劇場で観ます

上野で生ダリの生絵も観にゆきます

来週は岡本太郎美術館に行こうと企ててます

クリムトやモネや第九や円遊を生で感じたい

そろそろそういう外的な刺激を積極的に取り入れても良い頃だと思います

 

月末のカレー部員お誕生日大会は、副部長の自分が幹事になりました

新宿付近でこましたお店を探しているのですが、知ってる店がひとつもないので不安です

ワンピースの世界観を中実に再現したお店を探しているのですが見つかりません

もう少し視野をひろげた方がいいのかも、と薄々勘付いています

もうちょい視野をひろげて、バラティエみたいなレストランを探します

バラティエならあってもおかしくない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あと56分で12月だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アメリカはずっと闇、一日中夜。」11月28日

 

 

 

 

今年の12月は、月と太陽が1ヵ月間重なり合うため

アメリカはずっと闇、一日中夜になります、というニュースをテレビでやってた

へぇ、そういうこともあるんだと思い

日本で良かったとも思う

なにかと物入りの年末なのに、朝も昼も夜だったら電気代がかかって大変だな・・・

そもそもずっと夜ってことに人間の体は対応できるのか?

皆既日食ならぬ怪奇日食だ。

なんてなこと考えていると目が覚めた

世間は13時を回っていて、窓の外は灰色だった

 

ひさびさにじっくり眠ったお陰で、引きかけていた風邪も治り

折れた心も若干回復

カメラをもって湿った外に出ると、だらだら歩いて自転車を引き取りに向かった

途中お気に入りの寺に寄ると、本堂いっぱいに人がいて、南無阿弥陀仏を大合唱していた

みなさん阿弥陀仏の救済を願っているんだね

 

海軍第18支部に到着してメリーを奪還

メリーにカラカラ乗って、高円寺を巡っていると寒さと風と孤独に負けなさそうなコートを発見・購入

あたたかい

そのまま阿佐ヶ谷にいってモヤシとか買った

 

 

明日は仕事に行きたい気分デス

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は傘を買えません、もやしも買えません。」11月27日

 

 

油断していたらタクロウジャシン内にまた広告が蔓延っている

1年間のノー広告期間が切れるなら切れるで

「そろそろ契約が切れるよっ もう1年延長しなくていいのかい?」って通知くらいしてくれてもいいのに

さすれば俺も「じゃぁ もう1年延長しやす、速攻お金を振り込みやす」つって円満

お互いギブアンドテイクで誰も損しない

その辺のケアーがイマイチなんだよな、客商売なのにサービスがなってない、あとは一切文句なし

まっうじうじしててもしょうがない、取り合えずはお金を振り込まねば、出社途中のATMで振り込もう、ってって

いつもより5分早く家を出るが、くっ、世間は雨が降ってやがる

慌ててお家に戻って適当な傘を携えて愛チャリ”メリー号”にまたがり

バッと傘を広げると、傘の小骨が数本折れていてなんとも不格好

今一度部屋に戻り違う傘と取り替えようか?と一瞬頭を過るも

時間がない、こんな所でまごついているわけにはいかないので

雨対策に手早く手ぬぐいをカメラに巻き、ぐずぐずになった傘を掲げて出社

途中ATMでお金を振り込む、各種引き落としで薄くなった残高をみて愕然とした

なんでこんなにも金がないんだ?

来月は年末だし、再来月は年始だ

必然と出社日も少ない、イコール、収入が途絶えるってのにコレっぽちの金子でどう生きていけっつーんだよ

はぁぁぁ今月も節約せな

朝っぱらから金のコトでへこむなんて最低の1日だな