新小岩のラブホテルでセックスしてる、とラジオで告白!

夢香名言集

「今日はほかのことはいっさい考えないで、みんな忘れてわたしと2人だけの時間をすごして・・・」
「日記“極愛宣言”どうもありがとう。男性にここまでしてもらえる女性が他にいるでしょうか。私は本当に幸運な人間です。
 あなたに愛されていることを、何よりも誇りに思っています」
「春はわたしのものよ。パステルカラーはわたしのためにあるのよ・・・」
「山本さんって黄色が最も似合うね」
「この私を知ったら、会社の人たちはみんな卒倒して、ぶっ倒れるだろうね」
「わたしは今、出産した時の気分よ。自分のそばに生まれてきたばかりの子どもを抱いてこのまま寝るわ・・・」
「私は一に文章、二に仕事、三が愛。愛は3番目でいい。愛はいらない。本当のことだけ言って。真実だけ言って。今のわたしには、
 それが一番必要なことだから。一体、わたしのどこがだめなのかを・・・」
「もうわたしは限界。もういい」
「じゃあ、わたしのこと殴って!」
「金曜日の夜なのになぜ、わたしたちいっしょにいないの?」
「私は孤独が輝くような女になってみせる。孤独は私の恋人よ」
「ターザン山本!と会うのに手ぶらで行くな。単に刺激だけ求めていて、本人は何も変わっていない。変わろうともしていない。そんなの許せない」
「男は結果を出すしかない。形あるもので自分を証明してみろ!」
「わたしを好きになったんだったら、いい男になるしかないでしょう」
「わたしを好きになるのなら、わたしにいくらの値をつけてくれるの?」
「あなたの愛と才能をお金に変えて!」
「貧乏は大嫌い。だからわたしの前でその言葉は禁句よ」
「私はもっとバカになりたい。もっと私は狂いたい」
「心配しないで。なぜかまわりの人はみんな私に優しいから・・・」
「あなたはたしかに才能がある。しかしその才能があるせいで、人生にいつも退屈している。 退屈するから刺激しか求めない。
 退屈と刺激の弁証法があなたの人生よ。つまるところ“ひまつぶし”と“退屈しのぎ”で生きているよね」
「私のことを好きだと言っているのも“ひまつぶし”なんでしょう。そうでしょう」
「愛さえもひまつぶしのためなんでしょう」
「あなたは私の作品だから・・・」
「どうせ私たちのことを、あなたはキチガイと思っているんでしょ」
「私はあなたの才能が欲しい。でも、その才能を私に対して出し惜しみしているでしょう。こんなもんでいいだろうと思っているでしょう。
 本気になった才能を私に見せてよ。あなたは世の中をなめてるのよ!」
「ターザン山本!の前では、どんな女性もなぜかみんなひとりの女になってしまうのよね。でしょう!」
「今日から私の“ひとこと塾”が発動。私の人生をかけて創っていくのだ。7時35分になっても谷賢しかこない。DVD撮影は中止。雑談。
 8時過ぎて湊君登場。その後、遅れて人見君がようやく現れる。湊君は8枚。今までになく自分を表現していたね。谷賢は5枚。
 主婦もびっくりする日常生活ネタ。人見君はナンパ一揆塾15枚。3人ともすごい迫力。真剣に取り組んでいた。圧倒的というか、
 3人の作品のひとつひとつに感動した。このレベルはなんとしても守っていかなければ! 上海飯店で初めて自分で注文した分だけ
 払うシステムに。みんな自由に好きなことを話していた。人見君と谷賢は、向田邦子さんの本を読んでいるという。最後は谷賢が
 幸せそうな顔をして、機関銃のようにしゃべりまくっていた。そうして共に愛した短い夜が終わった。3人ともイキイキしていて、
 とても色っぽい、いい男たちだ。これからのみんなの成長が楽しみ。それを守っていくのが私の仕事なのだあああああ」
「ねえ、わたしあのモデルの人に嫉妬したの。だからもっとあなたも深く私のことを愛して」
「先週、湊君が書いた文章はある? あったら持ってきて」
「女は、なまけ者でずぼらな男たちをいかにしてその尻を叩き、やる気を起こさせるか? その才能を開花させるのか? 
 それが女の価値を決めるのよ・・・」
「ねえ、どうしてあなたは今ここにいないの? 私のこと好きなくせに、どうして近くにいないの?」
「もしかして何か後ろめたいことがあるの? ねえ、私を奪いにきて、天才でしょ」
「これ、女のコとデートしてみる映画? やめてよ。もっと楽しい気分になる映画にしてよ。これからは、映画は私が選ぶからね。いいわね・・・」
「あなたといっしょに見に行く映画はみんな“ラスト・コーション”や“アメリカン・ギャングスター”にしろ、人が無残に死んでいくものばかりよ。
 もう家に帰って、私は“プリティーウーマン”を見て気分転換するしかないわ」
「あなたはわざとそれをやったのよ・・・」
「仕事が退屈でつまらない。気が狂いそうだ」
「私はあなたを本当に愛している。あなたが思うよりずっとずっと深く。この2日間で一番それを感じた。すごく大きな収穫だわ。信じてね。
 大丈夫だから。いつもありがとう・・・」
「あんたバカね。わたしがキラキラのを着ていったら面白くもおかしくもないわよ。マジメなOLがターザン山本!の彼女だからいいんじゃないの?」
「あなたって時々、私の意思をまったく無視して一方的に物事を決めてしまうことがあるよね。そういうあなたって素敵よ」




「マイバースデーレボリューション」 夢香

 

 今日、2月13日は私の誕生日です。34才になります。今年はこれまでとはひと味違った特別な1日になりそう。なぜなら、私が自分自身を冷静に淡々と見つめているからです。

 私のこれまでの人生は、常に両親からの強い思いとの闘いでした。

 私は4人兄弟の長女として生まれました。父が30才、母が25才の時です。母は23才で結婚してすぐに卵巣のう腫という病気になり、片方の卵巣を切除したため、子どもができにくいだろうと医者から言われていました。

 そのため、私の誕生を両親はもちろん祖母2人もそれはそれはとても喜んでくれたと言います。

 当然、両親は私に多くの愛情と期待を抱いていました。それゆえ、両親は私にとても厳しく接していました。

 中学校に入った頃からでしょうか、私の我の強さが表面に出てくるようになると母は私を叱り、おとなしくて控えめな目立たない女性にしようとしてきました。それが当時の社会の常識なのか、理想的な姿だと考えていたようです。

 しかし、そんな母の思いとは裏腹に、私はますます我を通すようになっていきます。

 さらに、この頃からよく父が外出するのにくっついていくようになりました。父が出かけるのは仲間とお酒を飲むのがほとんどでしたので、私も中学生のくせに居酒屋やスナックに行っていました。

 大人に混じってその場にいることで、大人の会話や大人の考え方に触れていましたので、当然同級生とは合わなくなっていきます。

 この頃同時に、周囲の人の目を引きつける方法を学んでいったと思います。年輩と同僚の男性からチヤホヤされる快感を知りました。

 そして20才の誕生日。

 短大生だった私は、お小遣い稼ぎのために、両親が経営する居酒屋でアルバイトをしていると、お店の常連のお客様のひとりがカウンター越しにダイヤの指輪とネックレスをプレゼントしてくれました。8才年上の、自分で工務店を経営する大工さんです。

 それを機に私たちは恋人としてお付き合いを始めました。毎日、彼の仕事が終わると会いに行き、食事に行ったり、ゴルフの練習に行ったりして、とても楽しかったです。私は彼のことが大好きでした。

 ゴールデンウィークが近づいて来た頃、ふたりでどこかへ出かけようと相談していたのですが、なんと両親は自分たちの家族旅行に彼を同行させようと考え、私を通さずに、勝手に直接彼を誘っていました。彼はもともと私の父と仲がよかったので、断ることもできず2泊3日で軽井沢に行くことに。

 正直言って、私はかなりショックでした。せっかく彼の仕事がお休みなんだから、ふたりで過ごしたかったのに・・・。

 実際に旅行に行っても全然おもしろくない。いちいち両親や弟妹を気にしなければならない。私は旅先でふてくされてスネていました。

 そんな私の態度が気に入らなかったらしく、母は「もっと気を使いなさい」と言ってくる始末。ストレスが溜まります。

その後しばらく付き合いは続きましたが、半年が過ぎた頃から次第に、その彼とは合わないなと感じるようになりました。それを母に話すと

 「あんなにいい人はいないのに、どこが不満なんだ。お前のわがままを抑えればいいんだ」

と言われ、話しにならないなと感じたことがありました。

 ある時、彼と食事に行く約束をしていたにもかかわらず、気が乗らなかった私は、その約束をキャンセルして、別の友人と食事に行きました。家に帰ると母がすごい剣幕で、

 「お前なんか死んでしまえ。帰ってくるな」

と、私を怒鳴りつけました。私には恋人を選ぶ自由もないのか。このひとことは私の心に大きな傷を残したのと同時に異性に対して自分の気持ちを表現することがイヤになりました。

 彼との恋愛がうまくいかなくなったのは私のせいだと母は言うのです。私が好き勝手にするからだと。それをやめればうまくいくのでしょうか。今でもこれがトラウマになっていると思います。

 その彼とはその後まもなく別れることになりましたが、そのとき受けた傷と、それによってできあがった習慣は、今でもはっきりと私の中に残っています。彼のことが好きだったからなおさらです。

 それ以来、私は両親に自分の気持ちを話さなくなった気がします。相談にもならない、意味がないと知ったからです。

 母は悪気があったのではないということはわかっています。その彼のことを気に入っていたのでしょう。私たちが結婚することを望んでいました。まだ20才だというのに。

 

 私は感性が人一倍豊かだということは中学生の頃から自分でも何となく気づいていました。

 しかし、私はそれを表現するのが苦手です。自分の個性をそのまま出すことは悪いことだと教えられてきたからです。

 自分の個性を表現しなくてもそれなりに生きてきました。32才までは。

 ただ、32才でくも膜下出血により生死をさまよう体験をしたときに痛烈に感じました。

(何のために生きているんだろう?)

 退院後、療養している時に山本さんと出会い、文章講座に通うようになりました。私のやることに両親は相変わらずいちいちケチをつけたがります。

 体調を気にしながら、文章を書くにつれて自分自身がいかに両親に引っぱられ、苦しんできたのかを知りました。その闘いの大きさには、自分のことながら圧倒されるものがあります。

 それでも、私の中で、自分を表現したいと言う気持ちが強くなっていくのです。あんなにツラい思いをしてきたのに、私の感情はちゃんと生き残っていて、出番を求めていました。

 山本さんは、私のことを、

 「ブキッチョ、ブキッチョ」

と言って、よく笑っています。

 たしかに、私はものすごく不器用です。自分の感情を自由に伝えることに抵抗がありますし、今までやってこなかったので、どうしていいのかもわかりません。

 そんな私そのものを、山本さんは深く愛してくれています。私にわかるように、直接私が感じられるように、愛情を惜しみなく表してくれます。とても丁寧に、純粋に、そして当たり前のように。

 そんな経験は初めてです。それがどんなに心強いものか。

 そして、山本さんは愛情を言葉で伝えてくれます。

 「キレイだよ」

 「愛してるよ」

 「大丈夫だから安心して」

と、何度も何度も、繰り返し繰り返し言ってくれます。それによって、私は少しずつ自信を取り戻し、自分自身を外に出せるようになっているのでしょう。

 さらに、彼は私に表現の仕方まで教えてくれます。

 「自分だけで解決しないで、僕に共有させて」

と言われた時に、私に欠けていたものが何かを知り、自分でも驚きました。

 このようなやり取りの中で、私は表現する喜びを味わうようになりました。自分の感情を言葉にするということは、人を幸せにすることなんだ、ということも体得しました。

 ひとこと塾は療養中のリハビリだと思っていましたが、気がつけば、実は私のオリジナルな人生を生きるためのリハビリになっています。

 

 今日の誕生日パーティーに参加してくれた西田さんが、私を「B型水瓶座」と定義してくれました。存在そのものが個性だから、どんどん自分を出して欲しいと。そのほうがおもしろいと。

 そして、彼女はさらに言いました。

 「私にはできないから、できる人にはどんどんやってほしい」

34才を迎えるにあたって、私はひとつ大きな決断をしたくなりました。

 「B型水瓶座」を貫いてみたい。

 何よりも自分の感情に忠実に生きる。自分の感情だけを道しるべに行動する。しかも、その感情が個性的で、一般的なものとは大きく異なっている。

 だからこそ存在する価値がある。1度死ぬ体験をした私に最もふさわしい。

 これからは私自身を表現していこう。堂々と自由に。それが今一番夢中になれることなのです。

  

ターザン山本の恋人、古関夢香さん34歳バツイチ。実家は新小岩にある居酒屋こせ喜
好きな歌手は長渕剛(笑) 好きな映画はプリティ・ウーマン(笑)

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