2001年12月11日(火)

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第五回 算数・数学むかし物語の旅 高木貞治ツアー3

講演(岐阜聖徳学園大学 高橋彰太郎先生)

 「高木貞治博士記念室」見学のあと、岐阜聖徳学園大学の高橋彰太郎先生による講演があった。高橋先生の奥さまが高木家の親戚でもあり、高木貞治の生い立ちと、隣の家の野上先生についてのお話をいただいた。

 講演のあと、すぐ近くにある糸貫中学校へ向かう。糸貫中学校にへ高木貞治の胸像がある。高橋彰太郎先生の案内で高木貞治の胸像を見学する。




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高木貞治の生家

 その後バスで貞治の通った一色学校(一色小学校)のあった場所に行く。現在は講演になっているが、貞治のころからあった大きな銀杏の木は今の残っていた。そしてその後貞治の生家と向かった。大きな敷地である。敷地の周りを水路が囲んでいる。その水路で囲まれた敷地の中に隣家の野上先生の家があった場所もある。今ではガレージになっていた。写真の中の人物は本日の講師である上垣渉先生である。


 そして、同じ敷地の一角にある「離れ」があり、終戦後貞治がここに戻ってきて住んでいたのだそうだ。



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貞治の家に上がり込む!

 総勢40人近くの人間が、高木貞治家におじゃましてしまった。講演をいただいたあともガイドをしてくれる高橋先生が、高木家に残された掛け軸を見せてくれた。掛け軸の人物は高木貞治の養父である第3代勘助である。その隣の墨絵の掛け軸は野上先生のものである。「貞治君が学士を得たお祝いに・・・」のような文字が書かれている・・・のだそうだ・・・。



 そして、こんな大勢の珍客のために、温かい甘酒と柿が用意されていた。この地方は岐阜でも有数の柿の産地なのだそうだ。この柿は高木家の畑でとれた柿なのだそうだ。ひょっとすると貞治も同じ柿を食べたかもしれないと思って、畏まって食べた。おいしかった。

 突然の迷惑な私たちを温かく迎えてくれた高木家当主と奥様、息子さんです。

 この後、高木貞治のお墓にお参りする予定であったが、もう日も暮れようとしていたため、墓参りは断念して一行は宿泊先である郡上八幡へと向かった。


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