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「取れたて」創刊10周年記念

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ハノイの塔の研究

3年理系 おおまつ


第壱章〜あの時すべてがはじまった!〜

 2000年夏、ある夕方のこと,私は友人A.Tからの電話を受けた。
A.T「アッ、大松。先生がさぁ〜お前に手伝って欲しいんだって。」
大松「はぁ!(疑問)何すんの?」
A.T「いいから、明日来いよ!」
今考えると、あの瞬間(とき)から私の研究が始まったのです。


第弐章〜そして研究がはじまった!〜

 私の研究は"ハノイの塔"というものです。研究については前のページを見てもらえればよいのですが、私はまったく何も"ハノイの塔"について知らないまま研究をはじめたのです。

大松「つうかさぁ〜、"ハノイの塔"って何よ?」
C.T「棒とドーナツ型のブロックを使ってするゲームだよ。」
大松「ふぅ〜ん。」

 こうしてルールについて理解した私は、ブロックの最小移動回数について着目し、はじめに3本棒のハノイの塔について、そして、その後に4本棒のハノイの塔について研究を行いました。研究と聞くと大それたことをしたように聞こえるかもしれませんが、私は毎日のようにホワイトボードに向かい、
「ブロックの数が8個になったらどうなるのかなぁ、いやっ、こうしたほうが早くできるぞ!」
というように試行を繰り返し前のページの研究結果を導きました。

 まとめ終わり自分の作ったレポートに目を通すと達成感と自分への驚きでなんとも言えない気持ちになりました。


第参章〜研究が発表された桜雲祭〜

 その後、私の研究が数学科展示の一部として桜雲祭に出品されることとなりました(もちろん数学愛好会みんなの研究も展示されましたが)。桜雲祭では、研究内容だけでなく、それを説明する上で必要となる用具などを友人が作ってくれました。

 話は変わりますが、桜雲祭というのは暇な人は、ものすごく暇なのですが、忙しい人はとてつもなく忙しいものだと痛感しました。事実、私は、数学愛好会の会員であるとともに、生徒会執行部の役員、そして、ある文化部の部長も兼任していました。部長として文化部展示の為、部内をしきり、生徒会執行部として桜雲祭の全体を見回し、そして、自分の研究発表の為準備をする。今となっては過去のことですが、改めて考え直すと実はかなり働いていたようで、私自身もびっくりしました。

 ある先生が言いました。
「努力は必ず報われるなんてありえない、でも、報われているやつは努力をした人だけだ。」
努力したかは分かりませんが、私は案外あっさりと報われたのではないかと思います。それは桜雲祭の閉会式での校長先生の講評のときでした。
「私のすばらしいと思った中に数学科展示のハノイの塔についての研究でした。」
その校長先生の一言が私にとっては何事にも変えがたい大変有りがたい一言であったのは、言うまでもありません。司会をしていた私は、心の中でガッツポーズをとりました。


第4章〜最後に…〜

 最後に、数学愛好会は私に研究の身近さと難しさ、楽しさと辛さ、そしてチームワークの大切さを教えてくれました。

 つまり、研究という道は未知でなく既知でも良いのですが、それが身近であればあるほど、研究という長距離走のゴールへは遠くなってしまうように感じました。

 でも、それを楽しんでできる人間に、人のために役立てることができる人間になる為に、研究を我の肥やしとし私自身を育てていきたいと思います。



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