確率の授業99

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生徒感想集


 僕は賭けはけっこう好きな方なので、最初にやったコインの表裏の実験も楽しくできました。でも確率が1/2なのに僕がやるとなぜか表ばかり出てしまって損をする一方だったのに、みんながやった合計をみると、少しのずれはあるけれど、ほぼ1/2になったので実験は成功だったのではないかと思います。
 確率の勉強をしてさまざまな場合の確率を出せるようになったので、次の賭けでは負けないように自分で確率を出して勝ちたいと思います。


 確率の授業に入って、賭けをやって、はじめはみんな同じ程度で裏表がでるんだろうなあと思っていたけれど、実際にはみんなバラバラになっていて、これでは意味がないのではと思っていた。
 けれど、実際には、1回投げるときの確率が1/2でしかも独立なので何度投げても裏表の両方とも同じように期待されて、うまくいけば無限に儲けることができるので、思っていたよりも奥の深い賭けだったんだなあと思った。
 この賭けでは、親の方が得すると思っていたけれど、実際にはその逆で、親はものすごい損をすることがわかって、賭けって恐ろしいなあと思った。けれど、またやってみたい。


 実験をやったときは、ほとんど負けてて気付かなかったけど、終わってみんなのを合わせて考えてみると、勉強したのとすごく近くなっていて、ちょっと感動!(笑)。ほんとうに偶然の積み重ねなのに、そのことが数字で表せるなんてスゴイ! 勉強してみて、いつかは勝つんだってことがわかったけど、一人でやるとあんまり勝てません。期待値が無限っていうのはよくわかりました。でもそうしてみると、運って何?って感じです。考えてると分けわかんなくなるけど面白いです。でも確率1/2でもすごい当たる人とぜんぜんあたらない人とかいたりして、あんまり現実には当てはまらない気がするけど。


 僕、競馬好きなんですけど、なんで好きかって聞かれたら、やっぱり当たる要素がたくさんあって、自分なりに解釈できることだと思うんですよ。(もちろん馬券は買ってませんが)だから、今まで宝くじなんぞ何が面白いのか不思議だったんですよ。で、最初の賭けのときも同じで、コインは血統もないですし、そんな運命にまかせてお金をかけてたまるかと思ってました。
 だから、あの賭けは必ず勝つと知ったとき、けっこう驚きでした。というか、すごく驚きでした。
 でも今はそれほどすごいとも思いません。
 なぜなら、この世界には奇跡が山ほどあるからです。地球に生命が誕生したことはとてつもない確率で、東京で外国人二人がであるのも奇跡だし、松井のホームランボールがその1点に落ちることもすごい奇跡です。そう考えると、確率というのは常に世界にちりばめられていて、一つ一つがとんでもない確率だなと。そんこと計算で出す人間ってゆうのは、いつか人間が10年いないに滅びる確率でも出して落胆するんじゃないかと。


この単元に入る前に、ペテルスブルグの悪魔の賭けを実際にやってみた時は、コインを投げるのに夢中になっていたこともありましたが、「裏が出るのは1/2の確率。じゃあ2回に1回裏が出る?」といったちょっと勘違いを起こしてしまいました。
 今でも確率については「だいたい」といえるくらいしか理解できていませんが、このペテルスブルグの悪魔の賭けの期待値が無限大であることや、賭けに参加する前にだいたいの結果が予測できてしまうことにはとても興味がもてました。
 今後は、これを生かし、賭け事には真剣にかつほどほどに取り組んでいきたいと思います。


はじめにあの賭けをしたときは、2円なら賭けると言っていたけど、今はいくらでもかける。理由は、最後の授業でやったように、あのかけはやり通すと絶対勝つようだし、あの賭けに限らず、宝くじとかは当たらない確率の方が高い機がするけど、当たるかもしれないと思うとやっぱり買ってみたいと思った。
 確率の勉強をしていて先生が言ったように、降水確率の50%はずるいと思った。それなら仕事になっていないと思うし、50%とか1/2というのは、全ての場合において、あまり参考にはならない気がする。
 日常的にもっと確率の計算を使うことができるようになれば人生についてもっと損得を分けて得がたくさんできるようになると思った。


 期待値を勉強してから、賭けの損か得かが分かり面白いと思ったし、賭けをやる時、もちょっと真剣に考えてからやろうと思った。


 「確率」というものを最初は物事が起きる割合みたいにしかとらえてなくて、「賭け」というのは、賭けた方が絶対に負けるものだ。そうでないと成り立たない。と思っていました。しかし、この確率の勉強を終えて、よく考えてみると、賭ける側にも有利な賭けはあるのだということが理解できました。無限に続く賭けは親が気付くまではできるので、確かに無限だけど、ある意味で限りがあると思うので、相手を選んで、相手がそれに見合った人ならしようと思います。
 数学の勉強以外の日常でも「確率」はいろいろ使われているので、数学の時間に習ったことをもとに対処していきたいと思いました。
 今回の学習で数学が少し好きになったような気がするので、これからは今以上にがんばりたいと思います。
※でも、やっぱり賭け事はあまりよくないと思いました。


 中学の時は、けっこう確率大好き人間だったんだけど〜、やっぱ高校は違うね・・・。むずかしいし、ややっこしい!う〜ん・・・でもね、なんか得した気分!(期待値はよ〜わからんけど。勉強しなくては・・・)
 あとね〜、宝くじ買おうかなって思う。でも、アタシ、当たったトキの想像ばっかして、はずれたときの事なん考えないのね〜。はずれたらショックが大っき〜いから、やめとこっかな。一枚300円ならいっか。1枚くらい買ってみよっと。
 クジ運最っっ悪なのね。だから席替えでクジひいても教室の真ん前になっちゃうの。。。このまんまじゃ、前の席、制覇しちゃうよ〜・・・!(笑)
 一番はじめにやった「賭け」、あれは、やろうと思った。だって、ずーっとやってれば勝つんでしょう〜!んじゃあ、一日1回、アタシが卒業できるまで、あの「賭け」しよう。お手軽な価格でね。
 っていうか〜・・・、関係ない話だけど〜、先日、パソコン購入しました。やった、やった! 教室にも欲しい! でも、そのまえにクーラーつけてください。マジで。


 最初は「確率」といわれても特にどうとは思いませんでした。サイコロの各面がでる確率がそれぞれ1/6なのも、「6つの面があるから」のようなひどくあいまいな感覚だったのが、今回数学でちゃんと学び、自分自身で考えるうちに、きちんとした理論で私の中に存在するようになりました。
 「確率」や、前章の「個数の処理」は、普段の生活でも役立てていけることだし、とても身近な「数学」であると思います。学んだことを生かしていくことこそが、勉強することの本当の意義であると思うので、これからの自分の暮らしに大きく利用していきたいと思います。


 確率は他の章よりも面白かった。
 他の章は、いまいち身近に感じることができなかったけど、確率は最初にやった賭けのこととか、いろんな身近で考えれたりして、おもしろかったです。(ゲームとかもできたし)
 あの日本人の年収の話を聞いて、日本人ってしがないなあと思った。
 それと、1×1/2 + 2×1/4 + 4×1/8 + ・・・ をずっとやって平均を出すと「無限大」っていうのは、まだ納得が・・・。
 教科書の演習問題Aに出てきた6の問題は、家出実行してみようかなと思った。


 コインを投げてやるあのゲーム(賭け)をしているとき、確立とか気にしていないで、親だった私が勝ちまくったので、子は不利なんだと思って、だったら、この賭けはしない方がいいなあと思っていた。(賭けはイケナイ)
 確率を勉強したら「期待値」というものがでてきた。そして、最初のゲームの期待値を計算してみると、1/2 + 1/2 + 1/2 + ・・・ と無限になった。「賭け」はあまりよくないけど、このゲームなら1回目に表が出たら終わりだけど、裏が出続けると損はしないから、もし知らないで一緒にやってくれる人がいたら、是非やりたい。
 中学校のとき、確率の意味を間違って理解していたけど、今回勉強してわかってよかった。でも宝くじだけは、私もやりたい!だって3億だもん。


 最初にやった賭けは、ある程度少ない金額、例えば、2、3円ぐらいの掛金じゃないと、はじめは絶対に子が損をしていると思った。しかし、確率を勉強して、その中で期待値を学んだが、先生も言ったとおり、子が何回も続けてやると絶対勝つということがわかった。それもいくらかけても一生やればかてるというのに非常に驚いた。確率を学んだことにより今まで思っていたことや、見方が変わってくるだろうと思った。

 確率を勉強して、はじめの賭けは絶対自分が損をすると思っていたが、当たればどこまでも賞金が上がるので、賭けの素晴らしさを知った。テレビとかでも、よく賭けで負けて家を失った・・・などと悪い事ばかり聞いて、バカだなあと思っていたが、当たれば一生遊べるかもしれない賭けだったら、自分はやってしまうかもしれない。宝くじを買ってみたくなった。なんか勝ちそうな感じが今あるが、買ったら結局負けてしまいそうだ。
 この確率で勉強したことを生かして、自分が勝つ確率を計算し、自分の人生に生かしていきたいと思う。今まで数学なんて役にタタネェ、と思っていたが、今日数学の素晴らしさを知った。数学が得意な人は賭けに勝つ確率も高いのかなあと思った。
 この確率の授業をきっかけに、数学が好きになれるかもしれない、と思ってしまった。


 確率の一番最初の授業でやった賭けは、そのときは、1回に10円も支払ってしまったのでは親の方が有利になってしまうのではないのかなあと思っていた。でも確率を勉強していって期待値などをやっていくと、この賭けは期待値が無限大だということが分かった。ということは、やっていけばやっていくほど子どもが勝ちやすくなるということだ。だから、1回に10円支払っても不利とは限らないということが分かった。また、確率を勉強していくと、普段の生活のいろいろなところにも確率がひそんでいて、なんとなく見方も変わった気がする。特に賭けをするときは期待値を求めることで、その賭けは有利か振りか判断できるので、自分にとって新たな発見となった。


 最初にコインをなげたのを集計したのを見て、当然だけどやっぱり一定の法則があるんだなあと、あらためて思った。それと同時になんだか少しむかついた。まるで何かに操られているように一定の確率になるということに腹が立つように感じた。当たり前のことだけれど、なぜそれが当たり前のことなのだろうかと思った。
 確率の勉強が終わり、いろいろな法則や定義を学ぶと、今度は自分が何かを操っているように感じて、何かいい気分になったが、やはり、自分があやつられている気がしてきて、むかついた。法則や定義を発見した人は、なぜその法則のようになるのかわかっていたのだろうか?という疑問が浮かんだ。バカみたいなことだが、確率を勉強して、われわれは何かにあやつられているのか?という考えが残った。当たり前という概念がわからなくなった。


 確率で最初にやった実験で、最初はやればやるほど損するんじゃないかと思っていたけど、確率をちゃんとやって期待値の所をやると、やればやるほど得することがわかった。
 単純に考えると、損しているように思えても、確率を使って考えてみると、実は得だったり、そのまったく逆だったりすることがあるので、よく考えて賭けをしようと思った。
 クジを引く順番によって当たる確率が変わらないというのは、今まで知らなかったことだ。クジは今まで引く順番によって当たる確率が決まる、不公平なものだと思っていたけど、実は公平だった。これは、これから生かせることだと思った。
 何かをやるときに、その確率がわかるのは、とても役立つことで、便利だと思った。でも、ゲームの賭けなどでは、確率を考えずに楽しんでやりたい。
 確率は今までの数学の中で、足し算、引き算、割り算を除いて、一番実用的だと思った。やっぱり自分でちょっと知りたいと思うところは、ふだんよりやる気がでるなあと思った。


 自分たちがコインを使ってやった実験では、結果が各班ごとちがっていて、裏と表がでる確率はどうしても違うように感じた。でも勉強していくうちに、自分たちの実験もちゃんと確率があり、面白い結果を知ることができた。
 でも、いくら当たる確率が高くても、もしかしたら確率が低いはずれを引くかもしれない。確率を勉強してというか数学を勉強して、答えが出ても実際のくじなどはやっぱり自分の運の方が大きいと思った。
 確率は1つの大きな目安だと思う。


 確率を勉強して、前まで確率という意味があまりよくわかっていなかったが、今はわかるようになることができました。
 確率に入る前にやった実験の結果が1/2に近くなっていて「おお」と思いました。
 まだ、確率の問題を曖昧にしか理解していない部分があるから、2期の期末考査に向けて勉強しなければと思います。
 それから、実験をしてみて、自分の班はほとんどが表しか出なかったから、裏がいっぱい出たらもっとゲームが面白くなっていたかもしれないと思いました。このゲームの実験のおかげで、楽しく、分かりやすく確率を勉強できました。
 他の単元のときも、実験や、2次関数のときの模型とかのようなものを使って、楽しく分かりやすく勉強したいと思いました。


 期待値を勉強したので、目安はわかるようになりましたが、考えてみれば、こちら側に有利な賭けはそうそうないと思うので、「ふ〜ん」と横目で通りすぎると思われます。
 でも、何も情報がないようりはましな状況になったので、賭けを「やる」にしても「やらない」にしても、思い切りが着くようになったでしょう。
 でもやっぱり賭けはダメです!


 期待値なるものが無限大とはすごい。夢がふくらみますな。ただ、やっぱり高い金払ってやるゲームではない。自分の所持金は無限じゃないし、あくまで確率だから、何百回とやって、ほんとうに確実に勝てるのか疑わしい。


 最初の賭けについては、「確率」をやる前と後とでは考え方が全く変わった。最初はそれまでの知識で「1/2くらいで裏が・表が出るんなら2〜3円ぐらいでかけるのがいいのかな?」のように考えていた。勉強後は・・・わからなくなった。教科書の問題ならば計算すれば期待値とかわかって有利だとか不利だとかいえていたから。この賭けについてはよく考えるまでは「どうにすればいくらで賭ければいいとわかる」のかと思っていたけど、実際はそうでもなかった。期待値が無限大?「半分の半分の半分の・・・」と続けていくから、どんな大きな金額でもそれの起こる確率は絶対0にはならないっていう理屈はわかるんだけど、本当はどうなんだ?って思った。偶然とは恐ろしいものだ。5円でかけたら32000円以上になってかえってくるかも。それこそ、1/70000くらいの確率だけどゼロではない・・・。でもそんなことは起こらないような気もするし。分からなくなる。


 最初にやったかけのことで、僕は、確率とかがあっても実際に出るのは、そのときによって変わると思ってたけど、実験の結果は、表と裏の出る確率はほぼ1/2だったので驚きました。


 賭けは勝負で、いつも勝つか負けるか、もうかるかもうからないか、うれしいかくやしいか、などをふまえ、それに感情が左右され結果的にまたしたくなる。そう、僕は「賭け」が好きだ。人間を魅惑のどん底におとすことはあるけど。
 確率を勉強した。いにしえの人々は、なんとかこれで自分が有利になるように事が運ばないかと思ったらしい。確かにいかさまではない。頭を使って事を進める合法的なことだ。でもそんなことをしたら賭けは賭けでなくなると思った。僕は賭けが好きだ。
 無常にも勝者・敗者それぞれ相応の「利」「不利」がつきまとうからだ。1/2の確率だ。ある意味では公平で、人の士気をあおる。だれだって得したいし、いい思いをして自慢したくなる。負けても立ち直れる。またしたくなるのもそのせいだろう。僕は賭けがすきだ
 そえは人生みたいなものではないだろうか。すべて勝負ではないという人もいるけど、僕はそう思う。授業でペテルスブルグの賭けをしたが、どのグループも真剣だった。やっぱり、人生全て勝負、人生すべて賭けであったほしい。
 最後に先生にペテルスブルグの賭けの期待値を教えてもらった。とても簡単な答えであった。
   「期待値は無限である。」
確率を勉強して、僕たちの人生にも無限の期待値があってほしいと思った。章末問題は難しいと思ったが気合で解けました。考査も1期のように地雷を踏まないようにばんばります。
   おれを勝負運は 1.5/2 さ。


 最初に賭けをしてみたときは、本当に楽しんでいただけだった。何円だったら賭けるかという質問にだって、安ければいいじゃないかと非常に安易な考えだった。
 そんな考えだっただけに、期待値の授業で、本当は何円払って参加しても得をするということに驚きも下が、いまいちピンとこなかった。賭けでもなんでも常に「もしかしたら」がついてくる。 絶対にではない。こんなことを考えていると、頭では得をすると分かっているのに、どうしてもその「もしかしたら」損をするかもということを考えてしまう。どうやらこれは家系らしい。だから結局のところ、隔離を勉強しようがどうしようが賭けには参加したくないのである。


 最初にやった賭けに関しては、たかが賭けじゃんよと、思っていたんですが、この賭けは、今は興味深いなと。実際私は賭けは損することのほうがおおいのであまりすきではないのですが、1/2 + 1/2 + 1/2 + ・・・ というのを聞いて、やってみてもいーかなーと心がぐらついております。
 確率を勉強して一つ決心。これからクジを引いたりするときは、その確率を計算してからくじをひこう!


 授業で先生が書いた図を見てみると、1回10円でゲームをすると、15/16は損をするので危険だ。
 どうして先生は、近頃、ズックをはいたり、スリッパをはいたりして、サンダルではないんだろうか。規則性があるのかもしれない・・・
 クジを引いたり、ゲームをするとき、確率がわかると少しうれしいが、実際には確率がわかってもわからなくても確率自体はわからないので残念だ。数学を実用的に利用するのはむずかしいと思う。確率の勉強は、たぶんおもしろかった。


 最初の賭けは、勉強する前は、ただ単にそれは当てのないことはやらない方がよいと思っていたけれど、勉強した後は、いくら当たる確率が高くても偶然に左右されてすごく少ない「はずれ」という確率の方にあたってしまうこともあるから、やらない方が良いと思った。確率はあくまでも多数買いやったうえでのことなので、99/100が当たる確率でも、例えば10回やってその10回に、1/100のはずれが当たるかもしれないな、と思うとやっぱり賭けは金持ちの道楽が一番良いと思う。偶然に左右されないで99/100は、絶対に100回やったら99回あたるんだったら、やるんだけど・・・(それは賭けとはいわないけど・・・)
 それから期待値もあてにしない方がよいなあと思った。


 最初、あの賭けの意味がわからなかったけど、今やっとわかった。コインの裏、表の出る確率が本当に1/2になった。当たり前のことだけど、すごい!1000回ぐらいでだいたい1/2にはなったけど、ぴったり1/2になるにはあと何回ぐらいやればいいのだろう?


 一番はじめに確率に入ったとき、コインの裏表のゲームをしましたが、まさかこうゆう賭けに、ちゃんとしした規則性というかルールというものがあったなんて、すごいなあと思いました。あと先生の話の中に、宝くじの話がありましたよね。たしかに宝くじを1枚も残さず全て買い占めたら、かららずあたるんでしょうけど、あれって、その時に当たり番号が出なかったりする時あるんじゃないですか?そういうときはどうするんですか?(当たりクジを出すとき、ルーレットみたいなので番号を出すから)それとも、当たりくじはうれてなくて宝くじのお店に入ったままだだから・・・そういう場合にはお店おおばちゃんのもの?っていうか、先生の話&答えを聞いてると分かるけど、問題見ただけでは、どうもよくわかんないですよね。・・・確率って・・・う〜ん・・・


コインゲームを実際にやってみることで、どれくらいのお金をかけたら得するか損するかがよく分かった。最初にやったコインゲームは面白かったし、実際にやったから問題をただ解くよりもよく理解できた。
 確率は日常でもけっこう役に立ちそうだなあと思った。でも、私は宝くじなどは、損する方が多いと思うのであまりやりたくないなあと思う。


 一番はじめの授業のときのゲームは、始める前は確率と本当に関係があるの?って思ったけれど、授業をやっていくうちに、いろいろな部分に関係しているんだなあということが分かりました。
 中学の時に確率をやったときは、いまいち意味がわからなかったけれど、今は分かるようになったのでよかったと思います。でも、すぐ忘れちゃったりすると思うので、一番初めにやったゲームを思い出しながら、しっかりと復習したいと思います。
 今はまだ、全事象に限りがあるけれど、数学Bでは、もっと広い範囲の事象についての確率を求めなければいけなくなるので心配です。数学1の確率をしっかり身につけて何かのときに役立てたいです。
 確率に入る前にゲームなどをやってから入ると、ゲームが結構役にたつのでいいと思いました。ゲームは楽しかったけれど、賭けはやっぱりよくないと思いました。


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