残冬北陸三都紀行


2006/3/29

<東京>
23時43分発のながらに乗る予定のところ、早く着き過ぎたので、食料購入かねがね大阪行き寝台急行銀河を眺める。
 

24系としては貴重な開放寝台タイプのロネ。今ではこの銀河と日本海にしか連結されていない。
 
やっぱり夜行列車って良いよね。

  東京→名古屋:サハ373−13 23:43発 391M 快速ムーンライトながら 「大垣」
                                2号車11A 指定席喫煙車

 いつものことながら、本日の391Mは指定席完売。
<品川>
到着手前、緊急信号受信のため緊急停止。なんだか嫌な予感がするぞ?

ここから日付変更。
2006/3/30

<小田原>
予感的中。後続の各駅停車小田原行きが遅れているため、接続待ちでこちらも遅延。1時6分発のところ1時30分頃の発車とのこと。山手線人身事故の影響で遅れているようだ。
<浜松>
うつらうつら。サンライズ出雲、瀬戸。EF210牽引の高速貨物なぞ見る。
<豊橋>
腰が痛くなってきた。そして寒い・・・
<幸田〜岡崎>
だいぶ明るくなってきた。ぼんやりと外の景色が判別できるようになる。
<東刈谷>
上り寝台特急はやぶさ・富士とすれ違う。
<名古屋>
到着直前、併走して進入する、あおなみ線電車を初めて見る。チラリと見えた近鉄の車庫にはスナックカー、伊勢志摩ライナー23000、アーバンライナー21000が。近鉄もしばらく乗っていないけど、ここは夏に乗る予定なので。

名古屋に到着した373系ムーンライトながら。ここから全車自由席になる上に、後ろの7〜9号車は切り離しになる。このまま乗っていっても良かったが、大垣での乗換えが嫌なので新幹線でスキップすることに。
しかし・・・なんだか停まっている313系とか、入線してくる117系とか屋根に雪のっけているのは何故だろう?

  名古屋→米原:329−3004 6:26発 593A こだま593号 「新大阪」
                                 3号車2A 自由席喫煙車  

 朝イチの新幹線は空いていて気分が良い。3月改正から4号車は禁煙車になったみたいだ。愛煙家はますます肩身が狭くなる・・・
<岐阜羽島>
廃止になった名鉄竹鼻線は未だにレールが残っている。
お!雨どころか雪降ってるよ雪!!
<関が原>

雪景色の関が原なんて久々に見た。

滋賀県側も一面雪。ちなみに、中央の電柱下、左右に伸びる道路は大阪セメント専用線の廃線跡。もう少し前でシャッター切ると、左側にデッキガーターが写ったのだが、新幹線は早過ぎた。
<米原>

タッチの差で6時53分発福井行き131Mを逃した。475系だったのに・・・。
当初は近江鉄道に乗る予定だったが、この雪で福井方面にいけなくなると困るので先に北陸方面に取り敢えず向かうことに。と言っても9時過ぎまで敦賀方面への列車はないのだが・・・

  米原→長浜:クハ222−2081 6:58発 904M新快速「長浜」 1号車1D

 12両でやってきて米原で後ろ4両を切り離す。一番後ろの車輌の一番後ろのシートに。

<長浜>

長浜に到着した904Mの223系。折り返し播州赤穂行きとなる。
 長浜からは敦賀方面へ抜ける列車はしばらくない。接続するのは手前までの木ノ本行きの普通列車のみ。暇なので木ノ本まで行って見る事に。上手くいけば、木ノ本から柳ヶ瀬方面のバスに乗り継いで近江塩津や敦賀に抜けられるかも?でも、柳ヶ瀬方面のバスは廃止になったとか、分割運行になったとかって話を聞いた記憶もあるな・・・あれば旧北陸本線沿いなので楽しいのだが・・・

切り欠きの2番ホームに停車中の木ノ本行き419系。

  長浜→木ノ本:クモハ419−14 7:10発 133M 普通「木ノ本」

 583系近郊改造の419系3連。長浜方先頭車はオリジナル、木ノ本方は切妻の食パン車。
<長浜〜虎姫>

交直デッドセクション。室内灯は非常灯だけに。この区間は完全に惰性で走る。
<木ノ本>

木ノ本に到着した133M。乗ってきたクモハ419−14を跨線橋の上から。

こちらは反対側の先頭車、クハ419−4。
 
木ノ本駅舎と駅名票。
さて、駅前に出てバスを探す。柳ヶ瀬方面のバスは見つかったものの、なんだか途中までしかいかなそう。辺鄙なところで放り出されても困るので、素直に長浜に戻ることに。
 後で調べてみたら、木ノ本駅からは湖国バス柳ヶ瀬線で柳ヶ瀬の先の雁ヶ谷まで。敦賀からはコミュニティバス杉著行で刀根まで行ける。しかし、雁ヶ谷と刀根の間、柳ヶ瀬トンネルを越えるバス路線が無い。国鉄バス、JRバスが全線を走行していたはずだが、それは無くなってしまったようだ。2キロ程度だから歩けないことは無いが・・・。ちなみに、木ノ本駅から湖国バスは湖西線の永原駅やマキノ駅、塩津方面にバスを運行しているようだ。

  木ノ本→長浜:クハ418−3 7:47発 4841M 普通「米原」

 湖西線の近江今津発の列車、近江塩津でスイッチバックしてやってくる。これは前も後ろも食パン型先頭車。通学客でそこそこ混んでいる。
<高月>
逆を見ていたのでさっきは気付かなかったが、ここは石油の積み出し施設がある。タキが何両か停まっていた。
<長浜>
 
長浜に到着した4841M。写真がクハ418−3。


さっきは乗り継ぎ時間が無かったので、今回あらためて長浜駅を見てみる。改装工事中で、この駅舎は今年の秋までの使用。

8:11発の木ノ本行135M。さっき木ノ本まで乗っていった編成だ。米原まで行って帰ってきた。

  長浜→武生:クモハ683−3521 8:43発 5051M 特急しらさぎ51号「金沢」
                                    5号車5A 自由席喫煙車

 次の普通列車は敦賀行。敦賀で直ぐに富山行に接続するけど、武生に着くのは10時過ぎなので特急で行くことに。5両編成の最後尾5号車に乗車。
<木ノ本>
木ノ本過ぎたらますます雪が深くなってきた。考えてみたら、雪の北陸路は「きたぐに」に乗車して以来だな。もう10年近く昔だ。数年前に同じ時期に来たときは全然雪のかけらもなかった。あの時も三月末だった気がするが・・・
<近江塩津>
湖西線とのジャンクション。山の中で線路が上へ下へ・・・。10センチくらいの積雪だ。
<新疋田>
福井県に入った。こっち側は雪が少ない。
<新疋田〜敦賀>

ループ線になっている上り線と交差。下り線のこちら側はまっすぐに敦賀まで下るので面白くない。
<敦賀>
雪は完全に無く、雨が降っている。

隣のホームには大阪行寝台特急日本海2号が停車中。

機関車交換の真っ最中だ。牽引してきたのはEF81 45号機。手前に止まっていたトワイライトカラーのEF81と交代するのだろう。なお、所定なら5時10分着、23分発なので、4時間近く遅れている。
<南今庄>
北陸トンネルを抜けたら再び雪。ここで撮影したら良い写真撮れるだろうな?2時間くらいしたら日本海4号が来るのだが・・・
<武生>

武生に到着した5051Mしらさぎ51号。写真が乗車したクモハ683−3521。


 JR駅を出て、右に曲がり大型スーパーに沿って5分程度歩くと、福井鉄道武生新駅がある。
 今回の旅行の目的の一つが、福井鉄道の旧型車を記録すること。なぜなら、明後日の4月1日から使用車輌が名鉄岐阜市内線で使用されていた低床車に置き換えられるからだ。当初、名古屋、浜松に行く予定だった今回の旅行の目的地変更した最大の理由がこの福井鉄道にある。
 すでに、新車輌は搬入済みで武生新構内にも何編成か留置されている。
<武生新>
側線には元静岡の300と奥のほうに140が見える。

ホームで発車を待つ田原町行普通電車。元名古屋市交の600型だ。不満はあるものの、取り敢えずこれに乗って隣の西武生まで行くことにする。

客待ち中のクハ610。

福井鉄道の車輌の最大の特徴がこのドア下のステップ。ドアの開閉に連動して展開する。福井市内の路面区間での乗降用の設備だったが、低床車の運行開始を前にホーム高さが下げられた影響で鉄道線区間でも使わざるを得なくなったのだろう。
 
後ろより車輌、モハ610の車内と運転台。

  武生新→西武生:モハ610 9:40発 普通「田原町」

<西武生>
確か、以前は「社武生」と言ったはずだ。いつの間にか名前が変わっている。

駅名票と、隣接する工場を。オリジナル車の200型と次世代の主役低床車が並ぶ。

駅舎裏の側線で待機する連接車体の元名鉄770。

ブリルタイプだろうか?いずれにせよ、現有車輌にも、低床車輌にもマッチングしない古い台車だ。

工場を拡大。奥に止まるのが202F。手前は連接車体のところを見ると770だろう。

いかにもローカルな西武生駅舎。福井鉄道はこうゆう古い木造駅舎が多数現役だ。北側起点の田原町もそうだし、以前訪れた福井新もこんな味のある木造駅舎だった。
 
4つ上の写真の770の奥に留置される120型モハ122。なりは旧型だけど、足回りはカルダン駆動化されている。

クハ122。770にかぶられて綺麗に写せなかった。貫通路が設置されていて、Mcとは印象が違う。こちらはDT11に近似したイコライザータイプの古い台車を履いている。
Mcは昭和25年製、自社発注の日車製運輸省規格型、Tcは昭和4年製元名鉄の3002。全然関係無い車輌同士なのに、今は同じ形式で編成を組んでいる。昨今撮影のし辛い形式の一つとしてファンには有名。

西武生駅舎内。無人化されて久しいのだろう。カーテンが牽かれたままの出札口が寂しい。良く考えると、隣の武生新までは歩いてでもそう遠くない距離。あまり利用者のいない駅のようだ。福井方面への利用者もどれほどいるか。武生新まで行って始発から座って行ったほうが良さそうだし・・・

工場横の側線に留置されるデキ3。車体塗装といい、足回りといい、ピカピカの新車のようだ。
もう少し撮影していたかったが、雪が激しくなってきたのと、丁度武生新への電車がやってきたので戻ることに。

  西武生→武生新:モハ303−1 9:49発 「武生新」

元静岡鉄道の車輌。
<武生新>
再び、武生新に戻ってきた。

武生新に到着した303F。奥は留置される単行の600型。見ての通り名古屋市交の車輌。
さっさと改札を出て、雪の中歩いて西武生よりの留置線へ。

洗車線の奥に留置されている140型モハ141−1。いつの間にか福鉄唯一の釣り掛け車になってしまっていた。名古屋市交車導入以後は完全に予備車で、朝の田原町行き急行に極稀に使用される程度。日中はほとんど走行しない。

逆側のモハ141−2。パンタグラフは載せていないけど、こちらも電動車。
  
141−2先頭部と両車の車体番号を。
この電車も−1と−2で素性の違う電車。−1は汽車会社製の長野電鉄301、−2は日本車両製の名鉄902。いまどき、汽車会社製の電車自体が珍しい。
もう、最後の最後なので運用に就いてないかな?と思って来たものの、こんな状況なので仕方なし。雪が激しくてかなりきついので駅へ戻ることに。

最後に141−1のサイドビューを撮影して退散。

戻りしな、踏切が鳴り始めたので構えていると、200型がやってきた。201−1。

反対側の201−2。銀色ぎらぎら。

自社発注の200型最大の特徴はこの連接構造。近すぎる上、引きが取れなかったので両端が切れてしまったけど、特徴はおおよそつかめるはず。ちなみに、この辺りの写真に写りこんでいる白っぽい細い線は全て雪だ。画質が悪いわけではないので悪しからず。

旧型車には乗れなかったが、予定していた形式の写真は撮影出来たので満足。取り敢えず、JR武生駅へと向かう。
<武生>

下りたときは急ぎで撮影していなかったので、改めて駅名票を。

  武生→福井:クモハ413−2 10:22発 235M 普通「金沢」

 BOXシートは埋まっているので、運転台後ろのロングシートに。福井までは直ぐなので問題なし。富山・和倉温泉行サンダーバード7号の通過を待って発車。
<大土呂>
日本海4号とすれ違った。どう考えても3時間は遅れている。そんなに雪が激しかったのか??大阪に着く頃にはお昼も越えて1時過ぎてるだろう・・・
<福井運転所>
庫内に国鉄色のキハ58、表には高岡色の58がいた。
<福井>

乗ってきた235M。写真がクモハ413−2。

ホームの今庄そばで腹ごしらえ。福井のほか、武生、高岡にも出店している。もっとも、高岡駅は駅の外にあるのだが・・・

 ところで、二年くらいこないうちに福井駅は立派な効果駅へと変貌を遂げていた。前回来た時も工事はしていたが、いつのまにやら完全に移行していて、旧駅は更地になっていた。新駅と、えちぜん鉄道福井駅の間に広がる旧駅の更地。ここに恐らく北陸新幹線の福井駅を建設すると思われる。というか、ここにしか場所がない。
<えちぜん・福井>

今度の三国港行は6101形。面白くないので、パスして予定通り、勝山行を待つ。程なくして、2101ないしは2201が回送で到着。時間的に見てもこれが折り返し勝山行か?と思いきや、ホームの奥の留置線にそのまま入線してしまった。
 
回送でやってきてそのまま留置線に入った2113以下2連。でも前サボは「福井⇔勝山」に差し替えられている。右写真は2113の台車、D−16。以前は名鉄の3300から流れてきたFS107に換装された車輌だったので、今回はこれに乗りたいなぁ・・・。
まもなく、勝山からの6101形が到着。客を降ろしたらさっさと回送になって引き上げていった。ということで、思惑通り車輌交換して2101の2連が運用に入るようだ。いきなり釣り掛け車に出会えて超ラッキー。

改めてホームに横付けされた2113。前は2116。どちらも台車はK−16のようだ。というか、K−16とFS107の組み合わせはあるのか?2101は単行運転も出来るが、正面衝突したデハ251と同じブレーキシステムのため、保安のため2連での運用に限定されている。したがって、輸送力過剰になるので日中はあまり出てこない印象があるのだが・・・。ちなみに、両数的には2101形はえちぜん鉄道の最多形式。それが全車釣り掛けだなんて嬉しい限りだ。

2113の運転台。
2101形は設備の差異によってA、B1、B2、C、Dの各型に分類できるが、今回はこれらの解説ページではないので詳細は省略する。なお、2113はC型、2116はD型になる。

2113の車内。2ドアでドア間に長いロングシートが並ぶ。これでクロスシートなら言うことは無いが、本来の阪神時代もロングシートなのでこれが当然の設備か・・・

× 福井→勝山:モハ2113 11:17発 普通「勝山」

 この列車にはアテンダントさんが乗っている。アテンダントは「車掌」ではないのだが、車内の案内や無人駅での出改札を車内で行っている。えちぜん鉄道移行後に開始されたサービスだ。
<福井口>
車庫や工場がある、えちぜん鉄道の中枢となる駅。ホームは2面3線。ここで勝山永平寺線と三国芦原線が分岐する。三国芦原線はここから単線。勝山永平寺線は次の越前開発までが複線だ。
勝山線側の留置線、奥に1101が停まっている。イコライザータイプの台車を履いており、えちぜん鉄道の塗装になっているが、どう見ても休車状態だ。
<永平寺口>
かつては東古市と言った。ここから永平寺線が分岐し、永平寺の前まで行っていたが、えちぜん鉄道に移行時には永平寺線は廃止、それに伴って駅名も変更された。
ちょっと前までは永平寺線の線路が残っていて、駅構内外れたところに新会社に引き継がれなかった元南海のズームカーが留置してあったそうだが、今は跡形もない。
<勝山>

雪が深くなってくると、約50分で終点勝山に。現在でこそ、ここが終点だが。かつてはこの先に線路が続いていて、越美北線の越前大野まで連絡していた。全国のローカル私鉄と同様にモータリーゼーションの進展に伴い、利用客の減少から廃止されて久しい。
到着すると、直ぐに隣のホームにいた6101形が福井に向けて発車していった。そのまま折り返しても良かったが、少しくらいゆっくりしたい。なにより、帰りも釣り掛けの2101に乗りたい。

勝山付近は恐竜化石の発見でも有名。駅前にも恐竜の実物大(?)模型が展示されている。市内には恐竜博物館もあり、駅からバスが出ている。

勝山駅駅舎内。最近では地方私鉄でも駅舎の新築建て替えが盛んで、旧来からの木造駅舎がどんどん姿を消している。福井鉄道もそうだが、このえちぜん鉄道にも木造駅舎が多く残り、良い雰囲気を醸し出している。そんなところもまた来たいな、と思わせるところなのかもしれない。

× 勝山→福井:モハ2116 12:40発 普通「福井」

さっきと同じ編成だが、今度は2116の方に乗車してみる。無人駅では前の車輌しかドア扱いしないので、必然前の車輌のほうが乗客が多くなる。福井駅の改札が最前部にしかないという事も影響している。つまり、後ろのほうが客は少ないし、走行音を録音するにはもってこいというわけだ。


福井に到着した2116。

まだ14時前だが、前後の行程の都合上、先にホテルにチェックインしておくことにする。その前にちょっと寄り道して、福井鉄道の福井駅前に。

おりしも202Fが到着。

 
ホテルは県庁のある福井城址のお堀沿い。福井駅から徒歩5分程度の好立地。本来であれば16時からチェックインということだったが、昨晩使用していない部屋をあてがってもらい早めに入室させてもらう。
ホテルの窓からは丁度北陸本線の高架橋が良く見える。鉄道ファンにとっては電車が見えるか見えないかというのは宿を選ぶ上での重要な選考基準。その上で、鉄道側の部屋か否かで気分も変わってくる。仮に見えない側でも無理に変えてくれとは言わないけどさ。

一休みして荷解き。最低限の荷物だけもって15時過ぎにホテルを出る。再び、えちぜん鉄道福井駅へ。
<えちぜん・福井>

今度は三国芦原線に乗車。ホームで客待ち中の最新鋭6107。本当に最新鋭らしく、ピカピカでまだ導入されたばかりのようだ。

  福井→三国港:モハ6107 15:35発 普通「三国港」

 見ての通り、6101形は愛知環状鉄道からの譲渡車。車内はえちぜん鉄道唯一のセミクロスシート仕様。

<福井口>
2101の2連が出区準備をしている。ヘッドライトを点灯させて、側扉を開閉している。これから運用に就くようだ。
<三国〜三国港>
鉄道用の橋脚、橋台が残っている。国鉄三国線の跡だろうか?
<三国港>

三国港に到着した6107。ここまで乗車した客は私を含めて2名。これでえちぜん鉄道全線完乗。線路は3本もあり、かつての終着駅の栄華を思わせる。一番海よりの一本にもホームがあったようで、ホームの側壁だけが半ば朽ちつつ残っていた。


駅舎と電車。無人駅となってしまったため電車に乗るのに駅舎を通る必要が無くなった。駅舎は完全に待合室の状態。しかし、折り返し福井行電車を待つ乗客はいなかった。

人気のない三国港駅舎内。

ホームからもかすかに海が臨める。写真だとわからないが、正面倉庫らしき建物の向こうは港である。

6107運転台と車内の様子。
三国方面を眺める。

  三国港〜あわら湯のまち:6107 16:33発 普通「福井」

 結局、客は私1人きり・・・

<三国港〜三国>
今回も注意してみてみる。北側に橋台、えちぜん鉄道をオーバークロスする形で、線路の直ぐ北横に橋脚が一本。しかし、線路の南側に橋脚はおろか、橋台からそれに続くであろう築堤らしきものは存在していない。線路北側は丘になっており、その斜面に橋台が残っているのだが、線路南側は平地でここに線路があったとすると、築堤で上ってこなければならない。宅地開発で消されたのか?
後で調べたところ、国鉄三国線の線路敷きを利用して、現あわら湯のまちから三国港までのえちぜん鉄道があるそうだ。現三国駅の東側(あわら湯のまちより)に国鉄三国駅のホームが遺構として残っているそうだ。残念ながら、それに気付くことはできなかったけれども。しかし、ということは、三国線だとすると現三国芦原線をオーバークロスする鉄道線は不自然かつ不可解。で、さらに突っ込んで調べた結果、どうやら京福三国線の「電車三国」から「東尋坊口」までの廃線跡ではなかろうかという結論に達した。
京福三国線は戦中の不要不急路線として電車三国〜東尋坊口を廃止し、国鉄三国線の三国駅を統合の上、三国〜三国港間への乗り入れを行っている。国鉄側は金津(現芦原温泉)から三国港間を休止、運行を京福に移管している。終戦後に国鉄三国線は金津から芦原間が運行再開したがこれも廃止され、同時に芦原は芦原湯町に改称された。その後、国鉄三国線は完全に京福電鉄に移管され現在の形となるわけだ。地図をみると、確かに三国から東尋坊へは橋脚のあるルートのほうがすんなりしている。
という予想通り、なんと福井県観光連盟の公式HPにテーマ別ナビとして掲載されている廃線跡紹介に載っていた。大体上記のとおり。通称「海岸線」と言ったそうだ。
<あわら湯のまち>
上下列車の交換。2201形の2連が三国港へ。

駅舎の中のストーブの上には猫が寝ていた。


あわら湯のまち駅全景。


駅から徒歩5分程度の共同浴場「セントピアあわら」へ。
新型の公衆浴場で内装、外装共に綺麗。浴場は天の湯、地の湯があり、男女で入れ替えて使う。本日は天の湯が男湯だ。入浴は一回500円。平均的な価格設定。設備は良いので、これなら安いほうに入るだろう。内湯と露天風呂、サウナと一通りの設備は整っている。
ちょっと熱めの湯につかり、しばし休憩・・・

帰りは気分を換えて、バスでJR芦原温泉駅まで出ようかと思ったが、あわら湯のまち駅前に着いたとたん芦原温泉駅行きのバスが行ってしまった。見事に乗れず終い。とはいえ、結果的にこれが良い方向に。

  あわら湯のまち→福井:2115 17:43発 普通「福井」

 やってきたのはなんと2101形の2連だった。期待してなかっただけに喜びもひとしお。芦原温泉駅行きバスに乗れなかったお陰で、期せずして釣り掛け電車に再び乗ることが出来た。
 三国方に2114を連結した2両連結。さっき、福井口で出区点検していた編成だろう。今回は前よりの車輌に乗車する。
 台車はK−16だが、なんとなく、さっき乗ったやつよりも音がマイルドな感じがする・・・

夕闇迫る福井に到着した2114+2115。本日の行程は全て完了。

ホテルに戻る際にかにめしを買って行く。今夜の晩飯だ。
  
かにめし、かにめし、かにめし。


3/31

 6時少し前に起きてコーヒーを飲みつつ、今日の予定を練る。というか、ある程度決めているのでとっかかりの列車だけをきめて支度する。

宿泊した「アネックスホテル福井」。
<福井>

クハ683−703。7時丁度発の富山行き21M、特急「おはようEXP」は683系の3連。これに乗っていっても良かったな。金沢か、手前の小松辺りまで。

  福井→西金沢:クモハ413−101 7:03発 223M 普通「富山」


クモハ413−101。敦賀からの電車。
<福井〜森田>
丁度、えちぜんの6101と交差。
<芦原温泉>

名前とは裏腹に、ここから芦原温泉へは少し遠い。温泉に直接アクセスしたいのならば、福井駅からえちぜん鉄道が便利だろう。もっとも、ここは特急も停まるので特急利用客ならここで下車してバスに乗っても変わらないか・・・
<芦原温泉〜細呂木>
到着直前、475系国鉄急行色車とすれ違った。
<小松>
発車直後、日本海4号とすれ違う。4号だと思うが、それでも1時間余り遅れている。昨日も大幅に遅れていたので、もしかしたら2号かも?
<美川>
10分余り停車して後続のはくたか5号を退避する。外に出て一服したいところだが、すでに金沢の通勤圏。車内は混雑していて抜け出せなかった・・・
<西金沢>
後で見たら、最後尾の一両だけは475系だった。

JR西金沢駅。反対側には北陸鉄道の新西金沢駅がある。浅野川線は金沢駅でJRと接続しているが、石川線はここ西金沢でしかJRとは接続していない。
<新西金沢>




× 新西金沢→鶴来:7101 8:41発 準急「鶴来」

 元東急の7000系。

<鶴来>

ここも木造で立派な駅舎だ。
電車区工場も併設されており、北陸鉄道石川線の中枢。

乗ってきた7101。

入れ違いに、隣のホームから野町行電車が発車してゆく。こちらは中間車から改造された非貫通型の前面。

西金沢よりに車庫と工場がある。側線にはラッセル装備のED301が佇む。

これが鶴来で下車した最大の目的。旧型車三両がからくも残っている。廃車や休車ではなく、あくまで予備車であるので、7000でのやりくりがつかなくなると運用に就くことが稀にある。写真は3752。後ろに連結されているのは3751。

3752+3751と貨車をはさんで留置されている3761。こちらは車番、社紋が付いておらず廃車か休車留置と思われる。

3761を別角度から。

歩道橋上から留置されている旧型車群を見る。

更に反対側を。3751より3761の方が電車としては好ましいスタイルかな?

3751。

3751(左)と3752(右)の連結面。あまり走らないので足回りも綺麗なままだ。

3752、サイドビューから先頭方面。

3751の車番、社紋。床下機器も綺麗で解りやすい。

車輌工場横の側線にはもう一両の機関車、ED201がラッセル装着で留置されていた。

はずされ放置されたパンタグラフ。

ビニールシートの下には釣り掛けの電動機。3つばかり並べて置いてあった。

駅へ戻る。野町行電車が据え付けられている。

折り返し時間を利用して足回りの点検中。キンコンカンコンと心地よいハンマーの音が響く。

さっき乗って来た7101Fは引き上げて車庫に入ってしまった。ラッシュも終わり、日中は使用編成も減る。

○ 鶴来→加賀一の宮:7011 9:34発 普通「加賀一の宮」

 オリジナルの前面。

<加賀一の宮>

加賀一の宮に到着した7011。これで北陸鉄道も全線完乗かと思いきや、良く考えたらまだ新西金沢から野町の間乗っていない・・・

かつて、線路はこの先「白山下」まで続いていた。更にその先、名古屋まで延長する壮大な計画があったそうだが、霊峰白山に阻まれ夢は幻と終わった。加賀一の宮〜白山下間の路線名「金名線」にその計画の名残がある。しかし、利用客の落ち込みと、手取川に架かる鉄橋の橋台部分に致命的な亀裂が発見された影響で加賀一の宮から白山下間は1984年に休止、87年には正式に廃止へと追い込まれた。かつては鶴来から寺井へ伸びていた能美線と石川線、金名線を合わせて石川総線と呼んでいた。石川県各地に点在した北陸鉄道の中核になる路線群だったのだ。

駅名のさすとおり、近くに大きな神社がある。

加賀一の宮に停車する7001。折返しまで20分程度の小休止。さっきの電車で乗って来た客は私1人きりだった。

ここも立派な木造駅舎。駅名に合わせて寺社風の建築様式になっている。
ちょっと余裕があるので、鶴来よりに行ったところで折り返し電車の撮影をしようと思う。

途中で手取川にかかる橋を見つけた。自動車は通行禁止の狭い橋。

橋の上から手取川上流、白山の山並みを遠景。金名線はあの山脈を越えて名古屋を目指そうとした・・・。そして、山はおろか、この川にまで行く手を遮られたのだ。

しかし、この橋はつくりが鉄道橋にそっくりだ。こんなところに鉄道があったというデータはないので鉄道橋ではないはずだが・・・。しかし、橋脚の形状とか、橋のトラスの形状とか、廃線の鉄橋をそのまま人道橋にしました、と言っても通じる。想像の域を出ないが、この下流で鶴来から美川を結んでいた北陸鉄道能美線が川を渡っていた。廃止されて久しいが、そのトラスを転用したものでないか?と考える。引き続き、調査してみよう。

ここで撮影。加賀一の宮からゆっくり歩いても5分。後ろは手取川。

良く見たら、いつの間にか架線がシンプルカテナリになっている。これでは離線を考えると高速走行は出来ないな。そもそも、電車自体一時間に一本しか来ないけど。

野町行7011を振り向きざまに撮影。ちなみに反対側はさっきの構図でEOSで撮影している。


駅前にある町名板。「神主町」がなんとも不思議な風情を醸し出していて。東方やっている人間にはピクリとくるキーワードなのだ。

さて、駅へ戻って、ちょっと廃線跡を辿ってみる。最初は線路の終端部を見に行くだけだったのだが、魔がさした・・・

さすがに普段人が通らないだけあって雪が深い。枕木の上の雪の少ないところを歩いて何とか辿り着いた現在の終点。途中に小川があって2〜3mの高さのデッキガーターがかけてあった。夏なら躊躇せずに渡るのだが、雪が積もっていて滑りそう・・・しかも、雪のせいで枕木の状態がわからないときた。線路があるとはいえ、使われない部分なので保線はされていないだろうし、踏み抜きが怖かったものの、それでも枕木を踏みしめて越えてきた。

終点より加賀一の宮側を見る。件の鉄橋も見える。転々と残る足跡が私のもの。

終点の先、木立の中に続いてゆく廃線跡。これを見ていたら、魔がさした。
気付いたら、雪の上から熊笹を踏みながら廃線跡に踏み込んでいた。

木立を抜けた先。いやに開けて見えていたので、最初はこの先は鉄橋になっていて路盤は続いていないと思っていた。ここまでくれば良いと思っていたが、道が続いている限りは進まないと気がすまなくなる。緩くカーブした築堤はトンネル、鉄橋と並んで廃線跡の真骨頂だと思うのだ。

築堤上から加賀一の宮側を望む。この先で町道と交差したのでそこから戻ることに。

廃線跡から左折した町道。その突き当たり県道との交差部に地蔵尊がある。

「かたがり地蔵」というそうだ。

県道を駅方面に進む。少し高度が上がって、先ほど歩いてきた廃線跡の築堤が臨めた。中央の木立と奥の白い建物の間が築堤。落っこちたら結構しゃれにならないところを歩いてきていた・・・。

神主町公民館。洋風だけど、どことなく日本風。地方に出かけると見かける和洋折衷の様式。こうゆう建物はどんどん減ってきて、地方にでも行かないとお目にかかることも少なくなってきた。

加賀一の宮の由来ともなった、白山比盗_社。

雪の表参道。人気はないが、それでも誰か歩いて参道を向かった人がいたんだな。

雪の回廊。だんだんと高度が上がってきて、息が少し切れた頃、

二つ目の鳥居と手水舎が見えてきた。手を洗い清めてから、石段を登る。

左手が山門。

白山比盗_社の拝殿。ここは全国に約3000社もある「白山神社」の総本山。菊理媛(くくりひめ)、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)を奉っている。

まだ午前中も早いほうなので人気はないが、写真右手のところでは写真撮影用のひな壇を作っていたので、参拝客はそれなり来るようだ。
5円玉が無かったので10円玉で参拝。奥を巫女さんが神主さんと連れ立って歩いていった。ただ「ある」だけの神社ではなく、営みのある神社はやはり嬉しいものだ。神主不在で廃れてゆく神社も多いので、ここを守る人達がいるということはとても素晴らしい。まぁ、それに見合うだけの由緒のある神社なのだが。

神馬舎。その名の通り、神様の馬だ。

こちらは境内にある霊峰白山を望む礼拝所。残念ながら雲が多くて白山は望めなかったが、ここにくれば白山に登頂して白山奥宮に行ったことになる?ならないか??

社務所の横を通り表へ出ると広々した駐車場が・・・。そうだよな、みんな車で来ちゃうよな。加賀一の宮の駅がひっそりしているのも、表参道を人が歩いていないのも・・・
<加賀一の宮>

今度の電車は改造先頭車7202。

  加賀一の宮→野町:7202 10:59発 普通「野町」

 発車間際には盛大に雪が舞ってきた。
<中鶴来〜鶴来>
来るときは気付かなかったが、廃止された能美線のデッキガーターがそのまま残っていた。
<鶴来>
一番最初に乗って来た7101は洗車をしていた。
<日御子>

こうゆう名前をみるとついつい反応してしまう。
<野町>

野町駅舎。バスターミナルも併設されているがいまいち活気がない。かつてはここから市内線が金沢駅前方面へ伸びていたが既に40年前に全廃されている。何で残しておかなかったかな?と思うもんだが、金沢は特に道路が狭く交通事情が悪い都市。路面電車は走行する余地がないと、この後バスの車窓から見ていて痛感した。

○ 野町駅→金沢駅西口:ほくてつバス 11:35発 「畝田住宅」

<金沢>
なんだか、いつもここは早足で通り過ぎる気がする。今回もおあつらえ向きに富山行列車があった。

サンダーバード連結作業中。これを撮る位の時間しか滞在できていない・・・
 金沢駅の新幹線高架橋工事はほぼ終わっているようだ。あとは線路敷いて、駅施設の建設か。

  金沢→高岡:モハ474−52 12:05発 439M 普通「富山」

 今回の旅でははじめての475系。
<金沢運転所>
485系ボンネット車何両かいる。うち一編成は能登用か。寝台特急北陸は機関車連結で留置。ヘッドマークがピカピカだ。
<倶利伽羅>

いつか降りてみたい駅の一つ。
<高岡>

クハ455−51。乗って来た富山行き。大目玉は嬉しいが、方向幕埋められているのがちょっと・・・

側線で整備中のDE10 1035。
 注目のキハ58は機関区に入ってる、運用に就いていないようだ。やはり朝のほうが遭遇率高そうだな。

  高岡→城端:キハ47 1015 13:00発 335D 普通「城端」

 城)47 1015+47 42(高

 昼下がり、うとうとしてたら城端着いてた。
<城端>


到着したキハ47 1015以下2連。1015も42もリニューアル車だった。

城端駅。世界遺産、白川郷五箇山へのアクセス駅。当初の予定では名古屋から五箇山抜けてここに来る予定だった。時間かかりすぎるので一泊二日の旅程では厳しいということで、次回に。できれば真冬に行きたいなぁ・・・。

335D折り返し338D高岡行キハ47 42。まぁ、乗って来た列車だけど。

  城端→高岡:キハ47 42 14:04発 338D 普通「高岡」

 気分を換えて、さっきとは別の車輌で。雪が降ったりやんだり。今回の旅行では、メインルートの北陸本線沿いを外れると、途端に雪が激しくなる。勝山、白山、城端しかり。
<城端〜越中山田>

さすがに4月目前とあって完全な雪原と言うわけにはいかなかったか・・・奥の山は標高939mの医王山だと思われる。
<福光>

特になにかあったわけではないけど、ちょうど良いところに停まったので。駅名票2つも写せたし。
<福野>
加越能鉄道の廃線跡とクロスする。加越能鉄道加越線は北陸本線石動から福野を経て庄川町までの路線。全線非電化路線でここで使用されていた気動車は現在鹿島鉄道で乗ることが出来る。しかし、不思議なのは線路の敷設方法で、いくら城端線を跨いで庄川町方面へ行くとしても、福野駅南方で北を向くようにオーバークロスするのは解せない。最初から北から進入すればよいものの・・・。まぁ、市街地形成の影響でこんな不自然なルートにせざるを得なかったのだろうけどね。
<砺波>

列車交換。この時間帯は同じ2列車が行ったり来たりしている。さっきも見たキハ40の2連。城端方はピンク地の「忍者ハットリくん」。
<二塚>
田んぼの真ん中に交換可能、側線完備でしかもコンテナ列車の留置付。こんなところになんで?と思ったら、中越パルプ二塚工場というのがあって、ここまで貨物輸送が行われているとのこと。二塚から南方へ分岐している専用線があったらしいが、行きも帰りも気づかなかったなぁ・・・
<高岡>

到着すると、隣のホームにはDE10 1541の牽引するコンテナ列車が。この出で立ちは二塚への貨物列車では??

まさしく、城端線に進入してゆくコキ車。10数両連結していてかなり長編成。わずか一駅間とはいえ、DE10には精一杯の荷ではなかろうか?

目の前の留置線にはキハ40、忍者ハットリくん色が。原作者の藤子不二雄A氏が氷見出身と言うことで、氷見線運用のあるキハ40を特別色にしたそうだ。ちなみに、マイクロエースからNゲージも出ている。

反対側も。

ぽつんと停まるEF81 20。おそらく、さっきのコキ車をここまで牽いてきたものと思われる。んでもって、二塚においてあったコキをDE10が牽いてきて、それを引き継ぐんじゃないかな?

そういえば、駅名票を撮っていなかったのを思い出す。

機関区全景。気動車たくさんで嬉しい。とはいえ、40系列ばかりだけど。実は、中央にちらっと国鉄急行色のキハ58が見える。

クハ455−51。さっき金沢から乗ってきたやつ。富山で行って、折り返し438M小松行きになってやってきた。

  高岡→富山:クハ455−61 15:19発 355M 普通「富山」


富山に到着した355M、クハ455−61。

クハ455−59。


ライトレール化を前に休止された富山港線。富山駅の専用ホームはホームのみが残っている。すでに、ホーム屋根、線路、架線は撤去されてしまっていた。

<富山駅前>
 
南富山駅前行7020。南富山からやってきて、ここで転線して再び南富山へ。ここで折り返す電車があるため、この先大学前へ行く電車はおよそ半減する。

× 富山駅前→大学前:8001 16:03発 「大学前」

VVVFインバータ制御の新型車。と言ってもデビューからだいぶ経つけど。

8001の運転台。一見ツーハンドルだけど、左右が一緒に動くだけで機能はワンハンドル。
<安野屋>
ここから単線。

すれ違い電車を。神通川にかかる富山大橋のたもと。
<新富山>
ここから射水線が分かれていたはずだが・・・痕跡は皆無。おそらく、土手下の駐車場が新富山駅跡ではないかと?
ここは大学前方に交換設備が設置されている。
<大学前>
 
大学前に到着した8001。単線行き止まりでここでの電車入れ替えは出来ない。ホームは二両分あるので続行運転や、後続の電車を入れることは可能。

○ 大学前→富山駅前:7017 16:30発 「南富山駅前」

 一本待って電車を換える。釣り掛けの7000に乗りたかったんだ。
<富山駅前>

富山駅前に到着した7017。当初は南富山まで行くつもりだったが、バスの時間、飛行機の時間を勘案して富山駅前で降りることに。残りはまた今度。7000型も8000型に準じた塗装になっているようだ。昔のツートンカラーの方が好きだったなぁ・・・

  富山駅前→富山空港:地鉄バス 17:00発 直行「富山空港」

 空港までは20分強。
<富山空港>
19:10発の892便に乗る予定だったけど、一便前の890便に乗れそうだったのでチェックイン。

X線検査場の入口が一つしかないので混雑。山形空港もそうだったんだが、ここも出発便ごとに検査場を開放するようだ。最初は1箇所だけだったけど、途中から2箇所目でも検査を開始して少し流れが良くなった。

出発ロビーからJALのB767−300をみる。河川敷空港なので手前に土手がある。

  富山→羽田:B767−300/JA8289 18:10発 NH890 46A

 17:55にボーディング開始。
搭乗したB6、JA8289。

機内から隣のスポットを見る。ボーディングブリッジが土手を跨いでいるのが解る。
 18:10、出発時刻だが、お客さんがまだ来ないとかで出発待ち。

ちなみに、46Aは一番後ろだ・・・
 18:12にドアクローズ、隣のスポットには東京行892便になるB767−300、JA8285が到着した。面白いことに、スターボード、機体右側にブリッジを付けている。
 隣のスポットに飛行機が入った後にプッシュバック。ランウェイへの出口は一箇所しかないので順番に。
 18:18、タグ車が外れて自走滑走開始。富山空港は並行誘導路がないため、滑走路を終点まで走っていって、ターニングパッドを使って向きを変える。
 18:23、北から南に向かって、スタンディングテイクオフ。

富山湾上空で。18時も過ぎているのでさすがに陽は完全に没してしまっていた。
 18:40、キャプテンスピーキング。
 18:48、降下開始。

外、撮って見た。ああ、全然解らんね。肉眼には敵わないな〜。
 18:51、ベルトサイン点灯。なんだか飛行機が一杯並んで飛んでるなぁ、と思ったら成田だった。新潟のほうを回って飛んできたみたいだ。
 19:05、R/W34Lに着陸。
 19:11、56番スポットに到着。富山〜東京は近過ぎる・・・

■ 旅行記TOPへ戻る

2006/4/5 UP DATE

Ads by TOK2