三陸陸奥半島紀行


10/17

 珍しく東京駅からのスタート。

  東京→仙台:E255−1205 9:56発 はやて15号「八戸」
                            4号車7A 禁煙車指定席

 グリーンにしてやろうかと思ったのに、満席だった・・・

 とりあえず、東京駅で買った鳥めしを喰う。
 新白河から郡山、福島にかけては雨。中通は曇天模様だ。でも宮城は晴れてんだなぁ?
<仙台>

 常磐線山下行240Mの717系を見る。なんだ、走ってんじゃん。10月で運用離脱とか言ってなかったっけ?

○ 仙台→小牛田:クモハ701−105 12:45発 1545M 普通「小牛田」

 すでにシートは8割埋まっている。乗り換え時間も余り無かったし仕方ない。下手に座るよりも立っていた方が眺めが良いので一番前に。
<仙台運転所>
 455系3+3が出区準備していた。使ってんじゃん・・・。磐越西線で走っていた455系「赤べぇ」はこちらに疎開してきているようだ。
<陸前山王>

 側線には運用離脱した417系の群れが・・・。これだってまだそんなに古い電車じゃないのに・・・。もっと古い電車たくさん走ってんだから・・・
 とか言ってるとさ、これ、JR西とかに持って行って419系なんかの置き換え用になっちゃうんだぜ?なんせ交直両用だしね。
<小牛田>
 
 小牛田に到着したクモハ701−105。
 階段を駆け上がり隣のホームへ。

 お、居たよ。キハ28。3月に運用離脱してるからもう残ってないかと思ってた。

 ちょっとUPで。中央が28 2380で後方が2318。使用されて無いようだが、外板等に痛みは無くそのまま運用に就けそうだ。

 キハ28 2380を真横から。方向幕は「盛」。晩年は完全に気仙沼線での使用だった。

 2318もUPで撮っておこうか。一応ね。判り辛いが、方向幕は「急行・山形」になっていてほほえましい。愛称も入っていればなお良かったが・・・。でもこの塗装になって以降、小牛田受け持ちの急行列車は存在していないのだよね・・・

 小牛田で発車待ちをするキハ408 538。

  小牛田→気仙沼:キハ48 538 13:41発 2943D 普通「気仙沼」

<御岳堂〜柳津>

 北上川を渡る。いつ見てもこの流量には圧倒される。
<柳津>
 
 小牛田行2940Dと交換。プチ下車。

 交換待ち、小休止するキハ48 538。

 周囲は畑、田んぼ動くものがなく、静寂。背後で気動車のエンジン音だけが小さく響いている。
<陸前戸倉〜志津川>

 うみーうみー!!

 トンネルから出た瞬間に開けた視界。その紺碧の風景に思わず絶叫してもうた・・・
<清水浜〜歌津>

 岬と岬の間に密集する人家。歌津の港町。これが南三陸の港町か・・・
<歌津>

<本吉〜小金沢>

 淡々と海沿いを走る・・・小さな漁港が視界を過ぎった・・・
<小金沢>

 目の前が松の並木。向こうは海。波打ち際。波の音しか聞こえない・・・
<陸前階上>
 喜劇急行列車という作品をご存知だろうか?故渥美清氏が演じる国鉄車掌の物語だが・・・。その作中で、渥美清演じる青木車掌の駅員時代、初勤務駅が出てくる。作中では「りくぜんはすかみ」としか聞こえないが・・・
 まったく知らなければ「階上」を「はしかみ」とは読めないしね。しばらく、物語の中の架空の駅だと思っていたんだけどね・・・。後年、それと思しき駅があることを発見して、恐らくそこなんだろうなと漠然と思っていた。
 でも実際、気仙沼線に乗るまで忘れていた。
 車内のアナウンスで「りくぜんはしかみ」という言葉を聴いた瞬間に電流が走ったように・・・
<気仙沼>
 
 気仙沼に到着した2943Dのキハ48 1535。

 跨線橋の上から、左はキハ110×3の快速南三陸4号。乗って来た2943Dと入れ替わりに気仙沼線を辿る。右は大船渡線、一ノ関行。

 大船渡線338D一ノ関行キハ100−40。一見、全て同じに見えるキハ100系列だが、この基本形式は16m級の中型車体。

  気仙沼→盛:キハ100−36 16:03発 3335D 普通「盛」

 一ノ関から気仙沼までは快速「スーパードラゴン」。気仙沼からは各駅停車。
<鹿折唐桑>

 気仙沼の隣の駅。なんだかド凄い名前だよね?
<盛>

 辛うじて光の残る夕刻の盛に到着。JRはここまで、ここからは三陸鉄道に。

 ホームは共有しているものの、改札や駅舎はJRと三陸鉄道と別々にある。写真はJR盛駅。左隣に三陸鉄道盛駅がある。

 改札から構内を臨むと、DD13相当のディーゼル機が入れ替えに勤しんでいた。人気の無い構内甲高いホイッスルだけが響く。

  盛→釜石:36−205 17:32発 223D 普通「釜石」

 最初は乗っていた乗客も、2駅、3駅と進むうちに減少し、釜石まで乗り通したのは僅かであった。
 以前は黒字経営で三セク転換路線の優等生だった三陸鉄道も最近はやはり厳しいようだ・・・
<釜石>

 乗って来た36−205。形式の「36」は「三陸」をもじって付けられたというのは有名な話。この気動車も大分ぼろくなったなぁ・・・

 三陸鉄道ホームの駅名票。

 こちらはJR。もう真っ暗。寒いし・・・

 乗車する657Dは4連でやってきた。時間的に丁度良いのか、釜石を越して宮古まで直通するのが良いのか、車内は学生で程よく混雑していた。

  釜石→宮古:キハ100−9 18:33発 657D 普通「宮古」

 なんだか夜しか通らない山田海線・・・
 鵜住居、大槌と学生が大量に降りて、通勤通学の流れとも逆になった車内はあっという間に閑散と・・・
<宮古>

 となりのホームには川内行最終列車の661D、キハ52 151が客待ち中だった。ちなみに、すでに盛岡まで行く列車はない。

 構内、側線には急行色のキハ58の2連が佇む。

 もう少し寄って撮ってみた。とても綺麗なキハ52 151。最近塗り替えたばかりのようだ。本当に、引退するのか・・・

 跨線橋上から。同じくキハ52 151。

 止めて撮るのは無理なのは解り切った事。だったら最初から流しちゃおうよ?という感じで。それでも標準色、そしてキハ52であることは良く解る。こうゆう写真も好きなんだ。
 川内行661Dを見送って、本日の宿へ。明日に備える。


     そして、翌朝、奇跡は起こる・・・・・・・

10/18

 4時半に起床。5時発の盛岡行きに乗るにはこの時間には活動を始めなければならない・・・
 昨晩、宿に断りは入れておいたので、鍵だけカウンターに残して出発。宮古駅を目指す。
 さて、「何」がいるか・・・・・


 お?おお??ゴハチキター!!国鉄急行色キター!!
 というわけで、58 1504。何度か乗ったことがある車両。もはや稼働状態のキハ58はこれだけとか・・・
 興奮しつつ、改札をくぐる。

 ホームからキハ58 1504を。
 つうか・・・・・・長くね?何つながってんのよ?

 ちょ・・・52もついてたー!!しかも3両も!!
 この631Dは川内始発の宮古行638Dの送り込みもかねているので、当然増結運用は予想していたのだが、まさか3両も余計についているとは!?
 しかも全部国鉄標準色車かよっ!?
 凄いね。5両全部が国鉄色だよっ!!

宮古←キハ52 145+52 149+52 151+58 1528+58 1504→盛岡

 こんな陣容である。52の3両が朱色とクリームの国鉄標準色、58は急行色。

  宮古→盛岡:キハ58 1528 5:03発 631D 普通「盛岡」

 後ろのキハ52は3両とも締め切り扱い。
 まだまだ真っ暗闇の中を進む。花原市、蟇目、茂市と停まるうちに少しずつ明るくなってきた。

<箱石>

 朝の冷気を浴びつつ、後ろの様子を撮ってみた。
<川内>

 後ろ3両、切り離しのために6分停車。

 こんな山間の小駅で、通勤通学列車を仕立てるための作業がひっそりと行われている。

 到着すると直ぐに解結作業が開始された。左はキハ52 151、右は58 1528。

 58側から後ろを見る。52 151の外板、塗装のコンディションに比べて、58のなんと酷いことか・・・タッチアップするにも、もう少し何とかならないものか・・・廃車前提の補修なので手間暇掛けないと言う事か?

 今度は52側から。こんな光景、朝から目撃しちゃって・・・まさしく天佑!!

 149(手前側)と151。149も車体のコンディションはすこぶる良好。

 作業が完了し、52の3連は少し後退。ジャンパ栓やらホース類の整理中。

 う〜ん・・・綺麗だね〜。

 この光景が見れただけでも、この旅行は成功したと、成果はあったと言っても過言では無いだろう。

 キハ52の3連を残し、631Dは静かに川内を離れた。
<区界>
 大分朝陽が高くなってきて、車内も幾分寒さが和らいだ感じ。
<大志田>

 秘境駅。降りてみたいが、降りちゃうと、盛岡行きは20時過ぎまで無い。13時間の空白。秘境駅の称号は伊達じゃない!!
 ちなみに、宮古行きは19:39発の1本だけだ。
 区間運転も設定されている上米内からは各駅毎に通勤通学客が乗り込んでくる。すでに盛岡の都市勢力圏に入っている。だが、風景は鄙びたまま・・・
<盛岡>

 盛岡に到着した631Dのキハ58 1528。

 5分の停車で折り返し上米内行きとなる。早々にサボが替えられ、キハ58は慌しく今しがた走ってきた道を引き返していった。

 さて、少し時間があるので新幹線と乗り継ぎの特急列車の指定券を確保の上、朝食を確保。朝から幸先良く、意気揚々と新幹線ホームへと上がる。

 今日も天気は良さそうだ〜

 乗車するはやて・こまち95号が到着。解結作業が始まる。こちらは指定車両へ・・・

 ・・・・・・指定車両・・・・・・・

 グリーンにしちゃったぜ!!

 さっそく、買って来た「前沢牛めし」を食べる。

 うしうしウマー。ちょっと・・・肉は少なめだよね?

  盛岡→八戸:E215−5 7:59発 はやて95「八戸」
                              9号車5D グリーン

<盛岡機関区>
 眼下に気動車基地が見えてくる。キハ58は全然いない。反面、キハ52は多数が留置されており、まだ2桁近くの数が居るようだ。国鉄標準色は1両。赤鬼カラー多数で、盛岡色のほうが多いのは変わりない。全てが稼働状態にあるかは疑わしいが、やはり今朝の5連は天佑であると言わざるを得ない。
<八戸>

 久々に八戸の地を踏む。新幹線が出来てからは初めてだが、在来線ホームは以前と殆ど変わりは無いね。

 目の当たりにしてから気付いたが、JR北海道の車両ということもありうるんだと・・・
 期せずして乗車することになった789系。

 ヘッドマーク。スーパー白鳥。かつての大阪〜青森間の「白鳥」ヘッドマークにも通ずるものがあるデザイン。

 前頭部のロゴを

  八戸→野辺地:クハ789−203 8:52発 4095M スーパー白鳥95号「函館」
                    6号車7D 指定席禁煙車
 
<八戸〜陸奥市川>
 飛行点検隊のYS−11が離陸してゆく。久々にYS見たな・・・

 暫くは新幹線高架橋が続く。工事は順調に進捗しているようだ。ここを特急列車が走らなくなる日もそう遠くないのかもしれない・・・
<三沢>
 十和田観光の電車はいない。
 古牧温泉の脇にあった十和田への短絡線はすでに線路が繋がっていないのだけど・・・
 もう新しい電車はいらないから、線路を繋いでおく必要も無いというわけか?在来車置き換えで、いつの間にか十和田は地方私鉄の中では屈指のハイテク電車が走る路線になってしまった。なんせVVVFインバータ制御だし。
 ちょっと前まで釣り掛け電車しか走ってなかったのに・・・もっとたくさん来れば良かったなぁ・・・
<三沢〜小川原>

 789系は貫通路部分から前面展望が出来る。青函トンネル通過を考慮しての設計だが、併せて観光客の展望も確保させたようだ。

 小川原を一瞬で通過。
<野辺地>

 野辺地に到着。小休止。

 大湊線の列車まで時間があるので外に出てみた。タクシーの数に反比例するように、人数は少ない・・・

 通過するEH500−22牽引の高速貨物や、航過する8SQのF−4EJ改を見ていたらまもなく列車到着の時刻に。

 やってきた大湊行きは単行だった。危惧していたことが現実に・・・クロスシートは埋まってるし、仕方ないので一番後ろに立つことに。その方が気楽にアレコレできる。

× 野辺地→大湊:キハ100−202 10:06発3725D 快速しもきた「大湊」

 野辺地を出ると、陸奥横浜、下北、大湊しか停まらない。過疎地帯を走るとはいえ、思い切った設定だと思う。
<北野辺地〜有戸>
 野辺地を出てすぐに北へ進路をとると、北野辺地。

 北野辺地からは下北半島の付け根をほぼ一直線に進む。いやーほんとまっすぐやー!!
<有戸〜吹越>

 天を貫く風車群。この辺りは風の強い土地柄。

 まだまだ風車群。下に居るとそんなに風は感じないのに、奴らはぐるんぐるん周っている。不思議だ・・・

 海沿いに飛び出る。陸奥湾だ。なんというか、波打ち際、砂浜、そしてもう線路という。高潮どころか、ちょっと海が時化たらもう線路にまで波が来そうだ。
<陸奥横浜>

 野辺地を出てから最初のまとまった街。ある程度の乗降客があるので快速停車駅なのだろうけど、客はほとんどいなかった・・・

 淡々とした風景で樹林のスキマを走っているので方向感覚が麻痺してくるが、大分半島を回りこんで方位は西向きになりつつある。
 下北に停車すると、次は終点大湊。
<大湊>
 写真店でやっとフィルムを入手し、駅横のフォルクローロでレンタカーを借り受ける。
 車はトヨタ・プラッツ。しかも宮城ナンバーかよっ!?っていう・・・
 取り敢えず、恐山をナビにマークして出発。このレンタカーのためだけに東方のCDも持ってきた。舞風さんのCD垂れ流しで進む・・・

うきは「運命に背くは誰がため〜♪」
ナビ 「・・・300m先、右方向です・・・」
うきは「・・・・・・つうかさ、今のとこ曲がるんじゃないの?」
ナビ 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
うきは「??」
ナビ 「まもなく、右に・・・・・・・」
うきは「は?」
ナビ 「新たなルートを検索中です」

 ちょ、何これ。このナビ、厄いわね〜車の動きと同調して無いじゃないの!!
 この時点で、ナビはただの電子地図に成り下がった・・・

 まーそんなこんなで恐山への道を。一応、ナビが選び出したルートに沿って進む。というか、下北初心者をこんな林道チックな道を走らせるのか?このナビ様は!!
 しかし、なかなか良いワインディングだ。県道4号線。恐山へ向かう道が「4」号線だというのは何かの因果だろうか?死への誘いか??
 ああ、でも、なんか良いね〜アップダウンあり、ヘアピンあり。ちょっとサイド引いちゃおうかな〜????
 全然滑らなかった・・・・・orz
 かる〜く攻めながら恐山へ。まずは三途の川。ほとりに車を停めて・・・

 今日の相棒。プラッツくん。非力なエンジンの割には小気味よく快適に走ってくれた。

 では、三途の川を渡って彼岸へと逝って来ましょうか。なお、「逝って来ない」と駄目よ?逝きっぱなしじゃね・・・・・・・・
 この辺、BGMは彼岸帰航でよろしく。

 取り敢えず、小町は見当たらないから、どっかでサボってんだな〜。天気良いし、お昼寝にはもってこい。じゃ、渡ろうか・・・

 太鼓橋の上から宇曽利湖を臨む。透明度が凄い。湖底が白っぽいのは湧出する温泉成分がそうさせているに違いない。地獄の業火で焼かれた亡者の骨で無いことを願う。
 あと、まっすぐ伸びる桟橋の跡みたいな木の杭の列がとても気になる・・・。三途の川の渡し舟の桟橋だろうか?

 渡りきったところで、もう一枚。ところで、何も無いのにずっと鈴の音が近く・・・ほんとに至近で時折聞こえていたのは気のせいだということにしておこう・・・

 総門に到着。ここより恐山。BGMは六十年目の東方裁判あたりでよろしく。週どまんなかの平日にもかかわらず、やはり有名なスポットだけあって参拝客は多い。とはいえ、シーズンの休日はこの何倍も来るのだろうけど・・・


 さぁ、いざ参ろうか。

 山門。ああ、いよいよなんか出てきそうな雰囲気だよ?

 本尊安置地蔵殿から左に逸れて、いよいよ恐山・地獄めぐりの本番へ。

 石畳を外れると、途端に荒涼、殺伐とした風景に。人工物が殆ど見えない。風車の音だけが寂しげにからからと・・・

 地面が黄土色、黄色なのはこの辺りはいたるところで温泉ガスが湧出しており、その主成分が硫黄であるから。来るときも、車の中が一瞬で硫黄臭くなり、到着が間もないことを匂わせてくれた。

 一応、立て札とかあって「順路」とか書かれているけれど、実際どこ歩いて良いか良く解らない。どこでも歩けそうだし、歩いちゃいけないことはないだろうけど、迂闊に変なところに入り込むと怪我しそうだ。

 ときおり、小さな祠や石塔が立っている。そして動くものは風車だという・・・。やはり人ならざるものの気配が充満している。
 もっとも、不調をきたしたのはうきは本人ではなく、携行していたEOS7の方であった。
「うぼぁ!?シャッター切れねぇ!?」
 しかも、フィルムが巻き上がらないし・・・
 うんともすんとも言わなくなった。さっきまで全然普通に使えてたのに??やばいなぁ・・・このままダメだったらどうしよう・・・
 仕方ないので、フィルムカバーあけてリセット。ここで電源ON/OFFしたら取り敢えず元に戻った。こんなこと初めてだ・・・。写真見るのが怖いぜ・・・まだ現像して無いけど。

 岩山の上から湖を望む。あそこまでは行って見よう・・・

 賽の河原に到着。こうした塚がなければそれとは解らない。

 続いて血の池地獄へ。

 ご覧の通り真っ赤。もっとも、水が赤いのではなく、池の底が赤いのだけれど・・・。科学的に物申すと、おそらく酸化した鉄分の影響でこうなるのだろうけど。しかし、それにしても赤すぎるのは、やはり彼岸のなせる業なのだろうか?それとも亡者の業か・・・・・・

 宇曽利湖のほとりまで来て一息つく。結構、ハード。下はずっと砂利道だしね。

 今来た方向を撮ってみたが、自分がどこを歩いてきたのか、すでに解らない。道が判別できない。後戻りは出来ないということか!?

 色づいた草木に少しほっとする。しかし、足元は白い砂、小石・・・砕かれた骨・・・・・・・・じゃないよね?

 ガスが吹き出ている。直接吸ったら、きっと文字通り命に関わるだろうなぁ・・・

 戻ってきた・・・これが現世へと続く道・・・

 車に戻り、恐山を後にする。
 次なる目的地は更に奥地の奥薬研温泉。
 再び、県道4号線を進むが、恐山からさきはバリバリの林道状態に。おじいちゃん、おばあちゃんがそこらに車止めてキノコ採りに入っちゃいそうなくらい林道。
 ヘアピンをたくさん抜けて、峠を越えたところで小休止。

 清流を眺めて一服。

 1車線に減った道が2車線に復活。薬研まではもう少し。

 大畑からの4号線と合流して、まもなく薬研温泉。この道路は大畑から薬研を経て更に奥地を目指した大畑林鉄本線の跡である。薬研の温泉街を通り抜け、当該のポイントに到着。

 来た。ついに来た。ほんとにあった・・・・・・・・立ち入り禁止がくやしい。大畑川に掛かる何の変哲も無い細い鉄橋。これを目指して下北までやってきた。この鉄橋の先に未知のゾーンが広がっている。それは後の楽しみにとっておいて、今はこの鉄橋を堪能する。

 コンディションは抜群。十分使用に耐えられると判断できる。立ち入り禁止だが、実際に人道橋として使用されていたのだろう。

 木のスキマから鉄橋を。殆ど見えないね・・・、

 こちらのほうが解りやすい。結構、長い鉄橋である。さて、こちらからはこれ以上手出ししようがないので、車でもう少し奥に進む。

 奥薬研温泉に到着。夫婦かっぱの湯に車を停める。ここをベースとして散策する。

 大畑ヒバ施業実験林。もともとこのあたりは植林、伐採の盛んな地域である。すでに切り出しは行われていないが、こうした実権林は資料的な観点から残され公開されている。今日はこの実験林の中に足を踏み入れる。

 奥薬研橋の上から大畑川をみる。川岸の樹木も仄かに色づき始めている。

 橋を渡って右へ折れると木橋に差し掛かる。心地よい靴音と共に渡り進んでゆくと砂利道へ。

 この辺りからが実験林となる。程なくして・・・

 レールキター!!林鉄キター!!!!
 大畑林鉄の西之股支線の一部である。

 ヒバ杉の林に残る二条のか細いレール。大畑林鉄の遺構である。

 見てくれ!このへろへろと進む軌道を。これが見たかった。永年の夢だったんだ。これを見に来るのが・・・やっと果たせたよ。やっと・・・

 「残っている」とは聞いていたが、驚くべきコンディションで、確かにそれは存在した。湧き上がる興奮を抑え抑え、ゆっくりと枕木を踏みしめて細道を辿る。

 なんだか、今にも向こうから酒井や協三のDLが走ってきそうな気がしないかい?

 人気がないのもまた良い。いちおう「遊歩道」という名目である。

 枯れ葉に覆われる線路。現役時代となんら変わることの無い風景が展開されている。

 小さな橋が現れた。橋そのものは架け替えられているようで、その部分は線路も撤去されている。橋の先にまた線路が続いているのを確認して、少し安堵。

 架け替えかと思ったら下回りは鉄道用のデッキガーターをそのまま使用していた。横に渡してる角材も当時の枕木なのかもしれない。踏み板だけ新製したのだろうか?

 橋の下、沢には打ち捨てられた二条のレールが・・・きっと、橋の上に敷設されていたレールだろう。

 かつては木橋だったことが窺い知れる。

 橋の先からは再び綺麗な軌道が現れる。

 このカーブがたまらん。
 あんまりたまらんので動画で撮ってみた・・・
 →これ 

 歩いてきたところを振り返り・・・

 線路の上に携帯置いて撮って見たり。

 対岸に渡るつり橋のところで線路は再び分断されていた。

 立派なつり橋。普段なら喜んで渡るところだが、今日は目もくれない。

 つり橋の先にもまだまだ線路は続く。

 なんでこんなに綺麗に残っているんだろう?と不思議にすらなってくる。とりわけ、風雪の被害の多い地域なのに。

 そして、線路に終わりが来た。唐突にプツリと途切れる。

 ここからは渓谷沿いのただの遊歩道に・・・

 二つ目の橋が出現。

 この橋はスパンも全て木材で作りかえられていた。だが、傍らにはかつての木橋の橋脚が朽ちてなお残っていた。
 隧道キター!!しかも素彫り!トンネル開削以前は右側に軌道があって、川沿いをぐるりと巻いていたというが、線路敷けるようなスペースは右側には無いぞ??桟橋で越えていたのかな?

 コンクリートは一切使われていません・・・・・・・・

 平然と・・・そんな・・・

 入口に立ち、中を撮影。確かに素彫りだ。このごつごつ感。ぶつかったら痛そうだな・・・

 中から入口側を。もちろん、電灯なんてあるわけなく。内部は真っ暗。しかも途中で曲がっているため、両方の坑口からも光が届かないポイントが僅かながらある。

 出口である。

 反対側の坑口。まさにポッカリと口をあけている。坑口付近は後年、補修が施されているように思えるね。

 そして3つ目の橋。こちらは周囲に遺構はなし。橋自体も林鉄のものは使われていない。

 遊歩道の脇に無造作に捨てられたレールを発見。トンネルを越えてからは唯一のレールである。

 鉄橋が見えてくる。先程、一番最初に遭遇した鉄橋である。林鉄はここで大畑川を渡っていた。
 しかし、遊歩道はまだ川沿いに続いている。とりあえず、遊歩道を辿る。

 これは鉄橋も袂からトンネル方面を見た写真である。正面遊歩道が左へ曲がっている辺りから、画面奥を横切るように左から右へ軌道敷きらしきものが見受けられる。
 遊歩道としての役割は与えられなかったようだが、どうやら軌道が分岐していたようだ。この先で再び遊歩道となって復活するのだが。

 しばらく進むとまた橋がある。橋脚は新しいが、下に降りるとやはり川床には林鉄時代の橋脚が川面から頭を覗かせていた。
 なお、手前の丸木の木橋は別の用途で掛けられた物だろう。

 斜面を河原まで下りてみた。目の前には大畑川を越える林鉄の鉄橋が構えている。

 色づき始めた木々を。こんな景色の中林鉄は走っていたんだな・・・

 鉄橋の全体像を。まったく現役そのもの・・・

 本線級だけあってかなりの高規格で作られている。

 良いね。良いよ。うん。サイコー

 再び橋の袂に戻る・・・というか、下から見上げてたらさ・・・・・・どうにも渡ってみたくなっちゃって・・・つうか、すでに渡り始めてるんだけどさwww

 だって、扉開いちゃうんだもの〜

 橋の上から渓谷美を。

 結局向こう岸まで渡っちゃった。良い子は真似しちゃだめだ。立ち入り禁止だから!!
 橋の袂から遊歩道に戻り進んでみる。程なくして遊歩道は松川林道に吸収されて消滅した。この林道も林鉄跡だとは思うのだが、痕跡は無い。さきほどの分岐の地点。遊歩道化されていない軌道跡の確認をすることにした。

 分岐である。木の踏み板のあるのが鉄橋へ向かう遊歩道。分岐した軌道は写真中央を貫いて、鉄橋の次の木橋付近で遊歩道と合流する。この間の部分だけ自然に還りつつあるようだ。

 だが進んでみる。ということで、見付けたのが木橋の跡。それまでは多分そうだろうと思っていたものの、確証はなかった。だが、これの発見でここが軌道跡で線路の分岐、配線も概ね確立することが出来た。
 なお、大畑林鉄に関してはJTBキャンブックスの「鉄道廃線跡を歩くW」に詳しいので一読あれ。
 痕跡の残る区間を一通り探索し、もと来た道を戻る。再び現れたか細い軌道をゆっくりと辿り、奥薬研橋まで戻る。この辺りの林道は四方八方が林鉄跡なので何れゆっくり探索したいと思う。
 なお、奥薬研よりも奥地。近藤沢支線、太兵衛沢支線にはほぼ完全な形で巨大木橋が残っているそうだが、今回は時間の都合により探訪は見送り。冬を越え、また夏が来たら探索してみようと思う。毛細血管のように伸びる小さな支線も含めて。もしかしたら、まだまだ発見があるのかもしれない・・・

 心地よい疲労感と収穫に大いに満足し、車に戻る。来た道を途中まで引き返し、ちらりと先程の鉄橋を眺めてからハンドルを大畑の町に向けた。
 あすなろラインを突っ走り日も傾き始めた大畑へ。街の中をぐるぐる回り、そのまま下北交通沿いに大湊へと戻る。

 大湊駅には腕木信号機と転轍機のテコが展示されていた。

 大湊のホーム。現在の列車の運行状況から鑑みると、分不相応なくらい広い構内を持つ駅だった。
 大畑と同時に、この駅もまた川内や脇野沢から搬出される木材の積み出しで賑わったのだろう。

 大湊駅、駅舎入口。JR東日本てっぺんの終着駅。確かに、地図で緯度を確認してみると対岸、津軽半島の三厩よりも北にあるようだ。但し、「最北端」とすると、1駅手前の下北の方が北になる。
 野辺地行の列車まではまだ暫く時間があるので、職場の先輩お勧めの「吉田ベーカリー」さんの「あんバターサンド」を買い求めに・・・
 行ったが、既に売り切れ、しかし、腹は減っているので揚げパン(チーズとあんの2種)と揚げもちを購入。駅へ戻って待合室でパクつく。
 揚げパンウマー!!

 八戸からやってきた3731D快速しもきたはキハ100の2連で到着。しかし、折り返しは1両のようで、解結作業と車内清掃が始まる。夕方の混雑時間なので2両でも良いと思うのだが・・・
 
  大湊→野辺地:キハ100−204 16:54発 736D 普通「野辺地」

 赤川辺りまでは覚えているのだが、外も暗くなってくるし、うつらうつらしてたらもう野辺地であった。
<野辺地>

 野辺地に到着した736Dキハ100−204。

 4分の連絡で青森行577Mがあり、青森でも4分の連絡で弘前行668Mがあって、これに乗ってゆけば19:31には弘前に到着する。待ち時間も少なく、無駄の無いルート選定なのだが、青森行は良いとして、ラッシュ時に掛かる弘前行は混んでいると嫌だなぁ・・・
 と、目に付いたのが「特急つがる23号弘前行」の文字。
 コレダ!!
 みどりの窓口へ赴き、
「きっぷけ」
 弘前まで指定席特急券ゲット

 乗り換えに余裕が出来たので、構内の様子を撮ったり・・・

 売り切れ後免の野辺地名物とりめしを買ってみたり・・・

 陽も完全に落ちちゃってクソ寒いのホームに出てうろうろしたり・・・

  野辺地→弘前:モハE751−1 18:45発 23M 特急つがる23号「弘前」
                           5号車18A 指定席禁煙車

 一番前の壁のところだった・・・
 取り敢えず、垣間見える陸奥湾を眺めつつ、さっき買った「とりめし」を・・・もぐもぐ
<青森>
 進行方向が変わるのでシートをくるりと一回転・・・・・・・・しちゃだめだ。半回転。

 隣のホームには4004レ大阪行寝台特急日本海4号が入線していた。

 青森ほど夜行列車の姿が似合う駅は無いと思うんだ・・・。
 日本海4号は秋田まで指定席特急券で乗車できるので、乗ってみても良かったのだが、弘前到着は20時を過ぎるし、さすがに馬鹿らしいのでその案は却下。
<浪岡>
 
 なんだか他の列車に比べて時間掛かりすぎるなぁ・・・と思ったら浪岡で交換待ちだそうで・・・
 かもしか5号と交換。あちらは停車駅でないのでわき目も降らず青森目指して突っ走っていった。
<弘前>

 本日の最終目的地。いつのまにか橋上駅舎になっているし・・・
 最近、弘前は乗り換えでの利用ばかりだったから気付かなかったよ・・・

 今夜は駅至近のホテルに宿泊。部屋に風呂は付いていたものの、大浴場があるとのことなのでそちらでのびのび・・・
 しかも一番風呂くさいし、貸し切り状態だし。
 そして明日はいつもの列車・・・

 10/19

 弘前→大館:キハ110−112 7:00発 1634D 普通「鷹ノ巣」

 永らく、キハ58の2連が使用されていた奥羽のD行だが、ここも例によってキハ110化。弘前発の1634D、鷹ノ巣折り返しの1637D、夜の677Dと良く乗ったスジ。でも、もう乗ることも無くなるんだろうな・・・

 弘前で発車待ちのキハ111−112。
 弘南の電車と同時に発車するのは変わらない。
<石川>
 近くに高校があるので、ここで学生が大量に降りるのも変わらないな・・・
<大館>

 久々に来たー。2年ぶりなんだな。昨冬は来れなかったし。

 待つこと十数分。秋田行き快速3936Dがやってきた。取り敢えず、最前部のキハ58 23に席を取る。23は国内最若番のキハ58だ。
 本日の編成は←秋田/十和田南:58 23+28 2047+58 1502の3連。やはりキハ58は平面窓が一番しっくりくるな。

  大館→森岳:キハ58 23 8:09発 3936D 快速「秋田」


 もイッパツ煽り気味に撮影してから車内で落ち着くことに・・・

 あ〜やっぱデッキ付きは暖かくて良いわぁ〜
 二ツ井で降りようか、追分から男鹿線に乗り継ごうか・・・それとも秋田まで行っちゃうか、思案しながら、結局、森岳で下車。大館から小1時間の旅。また冬に乗りに来るぜ。
<森岳>

 良い天気だが、やはり空気はどこか冷たい。さすが秋田だ。良い時間に日本海3号が通過するので、撮影でもと思ったがよさげなポイントを発見できず、撮影は未実施。途中で、ちらりと見るにとどまった。
 さて、「よねしろ」が行っちゃうと11時まで2時間程秋田方面行きの列車はない。11時の普通の後は12時前に特急かもしかがある。男鹿線に乗るには後者のかもしかで問題ない。そう、つまり701には極力乗りたくないということなんだ。
 そんなわけで2時間半程時間を捻出出来たので森岳温泉に行って見ることに。バスは全然無いので当然徒歩だ。だが、素直にタクシー乗っておけば良かったと後悔する事に・・・
 駅前の看板で位置関係を大まかに把握。河を渡って左に進めば良いんだな?
 ということで駅前通を南へ。
 地図の通り、河があって、橋がある。河に沿っていそうなほうに分岐。森岳の街はこちら側に広がっているようだ。

 どうやら辿ってきた道は「羽州街道」だったようだ。昔からの街道なのかね?
 写真の庚申塚のところで左折。だが、「森岳温泉」の標識は全く出てこない。さすがに不審になるね・・・

 丘陵沿いの街道を進む。柿木と田んぼと・・・
 そろそろ30分くらい経つんですけど・・・

 やっと明確な目印が現れたよ。ああ、じゅんさいでも有名なのか・・・ところで「じゅんさい」って何?喰えるの??おいしい???
 なんか、日帰り施設の駐車場を発見したので、隣接の公園に入ってゆくと・・・

 お?なんか見える!?

 T−33だー。若鷹ハケーン!・・・・・・・若鷹とか知ってる人間どれくらい居るんだろう??
 シルバー無塗装だけど、いろいろステッカーが貼ってあって、機番とかは確認できない。

 う〜ん・・・・・・・・・写真だとちょっと解らないかぁ?尻尾に菱形3つの総飛マークを剥がした跡が残っていて。取り敢えず、所属だけは判明したんだけど。調べたところ51-5637号機のようだよ?

 ステアが付いてて、コックピットが見れる。キャノピー開けてみようかと思って、アクセスパネルをまず開けてみたが、開けて閉められなくなると困るのでキャノピー開けるのは辞めておいた。なんで開け方知ってるとか、そこはツッコンじゃイヤ。

 T−33はもともとP−80という戦闘機を改造したもの。機体に拠ってはブローニングの12.7mmを搭載していた名残で、銃口が残っている。もちろんパッチをあてて埋めてあるけど。

 入間川への墜落事故後飛行停止になって、入間でそのまま退役した機体を持ってきたんだって。つい最近まで家の上を普通に飛んでて・・・新鋭のT−4が総飛に入ってきても当たり前のように飛んでて・・・でも、あの一件以来ぱったりと姿を見なくなっちゃったんだな。こいつの・・・ウチの上を何度も飛んでたんだろうな〜・・・
 思わず懐かしい飛行機に遭遇しちゃって足止め喰らったけど、あらためて温泉へ・・・・・
 温泉ないし・・・
 結局、公園の最奥まで行って引き返し・・・
 公園には入らずに、道をそのまま辿れば温泉だった・・・。結局、駅から1時間位掛かった。

 町営施設の「ゆうぱる」で一風呂。

 一時間ばかり滞在して、再び駅へ。今度も歩く!!途中からはルートを変えて。

 田んぼの中をテクテクと・・・
 帰りは道もわかっていたので、40分程度で。つまり、歩いてもこれくらいで行けると言う事だな。もう行かないけど・・・

 かもしかには十分すぎる余裕をもって駅に到着。しばし、閑散とした待合室で時間を潰す。

 到着が近くなったのでホームへ。駅名票を撮る。

 使われなくなった側線を・・・

  森岳→秋田:モハ484−1079 11:50発 2042M 特急かもしか2号「秋田」
                           2号車12D 自由席禁煙車

 結構、混んでる。特急も普通も含めて、列車の選択肢が無い時間帯だもんなぁ・・・
 うい、オルゴールは鉄道唱歌だ。
<秋田>

 秋田に到着。かもしか2号のクロハ481−1002。

 新潟行いなほ10号のクロハ481−3026。

  男鹿線1133Dはキハ40の2連だった。キハ40 2089。

 秋田→男鹿:キハ40 544 12:53発 1133D 普通「男鹿」

 ←男鹿:40 2089+40 544の2連。

 なまはげステッカー青。2089。

 544のサボ。男鹿線は「男鹿なまはげライン」の愛称が付けられている。

 秋田方のキハ40 544。こっちに乗った。

 良い時間帯に普通列車が無い為か、結構な乗車率。だが、それも概ね追分までで、男鹿線内に入ると乗客はひたすら減少を続けてゆく。
 ロングシートに乗っちゃったので、行きの印象は余り無し・・・
<男鹿>

 機会は結構あったと思うのに、なかなかこれなかった男鹿。

 駅前へ出てみたが、寒いし何も無いので直ぐに駅舎内に。商店は殆ど店を閉ざし、駅前ロータリーに面したビジネスホテルも廃業している。
 ここから、さらに先の船川港まで貨物線が伸びていたが廃止されて久しい。港自体は未だに拡張が続き、石油備蓄基地等が活発に活動しているため、物流の動きは激しいが、その殆どは自動車輸送に取って代わられてしまっているのも、男鹿駅の寂れ具合に拍車をかけている要因かと・・・
 なお、男鹿温泉は同じ「男鹿」を名乗っていても、男鹿駅からはバスで40分近くかかるため行くのは諦めた。もっと近くにあるのかと思っていたが・・・

 停車中の折り返し秋田行1138D。

 島式ホーム一本のみで、駅舎へは構内踏切を渡って赴く。ホームは長く、長編成にも対応しているが、現状では列車に拠っては単行だし、最大4連程度なので必要のない設備規模ともいえる。かつてはDD51牽引の客レが運行されていたこともあり、その名残が今も男鹿駅ホームには残っているといえよう。

 船川港関連の荷物を捌く必要性から構内は思いのほか広い。貨物営業廃止が2002年と比較的近年のため、施設もまだ大半はそのまま存置されているようだ。

 入れ替えようのスイッチャーでも格納していたのだろう。側線の奥に小さな庫が残っていた。貨物営業廃止と共に、庫の主はいずこへと去って行ったに違いない。

 改札が開いて、待合室に居た乗客たちが乗車してしまうと、再びホームは森閑と・・・
 ただ発車の時を静かに待つ・・・

 キハ40 2089側の赤鬼を撮っていなかったので、それだけ撮って車内へ。

  男鹿→秋田:キハ40 2089 14:20発 1138D  普通「秋田」

<羽立>
 ここから男鹿林鉄が延びていたのは知っているのだが、男鹿線に沿った遊歩道もどうも「クサイ」んだよなぁ・・・。男鹿線に頼らずに、林鉄は自分の足で船川港を目指していたのではないかと思っているんだ。
<土崎工場>

 工場内の側線には運用離脱した盛岡区のキハ58が数両留置されていた。廃車解体かもしれないが、もしかしたら整備の上、海外売却されるのかもしれない。

 秋田駅西口→秋田空港 15:50発 秋田中央交通「秋田空港」

 こないだは空港からのバスが東口に着いたのでそっちに行ってみたら、日中は全て西口から出るんだそうで・・・。とんだ無駄足だった・・・
 バスは混んでて、続行便を出す始末。しかも夕方で車が多く、空港まで一般道なので必要以上に時間が掛かった気がする。
 空港では味噌ラーメンと比内鶏、きりたんぽで腹ごなし。秋田に来たらやはりこれをくわにゃぁ。

 秋田→羽田:NH878 18:00 B767−300 JA8289 31C

 満席だそうで、スーパーにアップグレードも出来ないって・・・
 羽田は羽田で、一番遠い69番にスポットインとなった・・・ 

Ads by TOK2