信貴生駒伊勢志摩紀行


2007/7/27

 最近、勤務明けでソッコーがデフォルトになっている気がする・・・

  高幡不動→新宿:8858 9:42発 準特急「新宿」
  新宿→品川:モハE231−564 10:21発 「内回り」
  品川→京急蒲田:2138 10:41発 快特「三崎口」
  京急蒲田→羽田空港:9001 10:52発 急行「羽田空港」

 降りたらダッシュ。チェックインカウンターへ!!
 予約しているのは13時過ぎの107便。だけど、まだ、間に合う!!現在11:01。20分前に購入?知ったことか!!
「105便にしてください!!」
 ダダこねたら、105便にしてくれた。

羽田→神戸 SKY105 11:20発 B767−300ER JA767B 17A 22SPOT

 第一ターミナルから乗るのは久し振り。でも懐かしさに浸る暇もなく、検査場を突破し、ゲートまで走る。出発5分前。食料調達は失敗。

 スカイマークのB767はハイデンシティのコンフィギュレーションだとは理解していたが、スーパーシートに該当するシグナスはともかく、エコノミーはえらい狭い。場所に拠ってはANAなんかの2−3−2列のシート配列だが、ほとんどは2−4−2なので、まず通路が激狭。こんなんで、非常脱出の際に90秒は確保されているのだろうか?
 席につく。
 指定された17Aはエアコンのライザーダクト(床下のエアコンの機器から、天井まで冷気を送るダクト。ボディに沿って、内張りとの間に通してある)の真横・・・パネル一つ分、窓が無い。少し、上体を前に屈すれば一つ前の窓から外は良く見えるが、その体勢を維持するのは中々疲れる。
 スカイマークは初乗り。B6−300ERは久々。B767は乗る機会は多いけど、ERに乗る機会はさほど多くない。過去、東京・成田〜台北・蒋介石の往復しか乗ったことが無かったり。
 17Aは目の前パーテーション。座席がない分、足元は広いが荷物は置けないのでオーバーヘッドのストウェージに入れる必要がある。

11:25 機首を南に向けてプッシュバック&エンジンスタート
11:28 タキシー開始
11:33 ランウェイ16Lをテイクオフ

 ちなみに、ドリンクサービスはなし。実費100円で飲み物を販売していた。180mmのショート缶である。100円は高いか安いか微妙なところだなぁ・・・。でも上空で他に飲み物を確保する手だては無いし、それを考えると安いのかもしれない。なお、うきはは神戸までまんじりともせずに、飲まず喰わずでガマン。
 ボケボケーっとしてたら1時間なんてあっという間だ。

12:13 ベルトサインオン

 ここまでのコースは良く解らんが、恐らく、富士山北側ルートで琵琶湖から神戸の北を抜けて一旦、オーバーシュートしたようだ。真横に明石海峡大橋が見える。

12:20 ランディング
12:23 スポットイン


 神戸空港に到着したSKY105便JA767B。B767とは解るが、そのほかの情報は一切入ってない写真だな・・・。言われなきゃスカイマークだと解らんし、神戸だとわからん・・・orz
 開港したばかりなのでさすがに綺麗だが、他に面白みは無いのでさっさと駅へ。
<神戸空港>

 ポートライナーは10年以上昔に乗って以来。もちろん、当時は神戸空港までの路線は無いので、空港からは初乗りとなる。でも、前回、どこまで乗ったのか覚えてないんだよなぁ・・・

○ 神戸空港→三宮:8602 12:39発 「三宮」

 ポートライナーは平常時はATOによる全自動運転。運転士は乗っていない。多摩モノレールなんかは自動運転ながらドア扱いとかがあるので乗務員がいるが、こちらはそれすら自動なので完全に旅客しか乗っていない。
 もちろん、手動運転用の操作機器はついてるんだけどね。
<神戸空港〜ポートアイランド南>

 神戸空港は海上埋立空港なので、当然、海を渡る。アクセス道路に沿って線路は敷設されている。
<三宮>
 三宮に到着。結構、途中駅からの乗車があった。
 
 ガラス張りで、しかも縦線入ってるガラスなので撮影は困難・・・

 三宮からは大阪に出るわけだが、ルートは一般的に3つ考えられる。北よりから阪急、JR、阪神だ。どれも一長一短で、普段利用しないファンにとってはどれも魅力的である。さて、今回はどうするかと(5秒)思案した結果、最近乗っていない阪神をチョイス。

というわけで、阪神三宮に。切符買って、ホームへの階段を降り始めたら梅田行き特急が発車してしまった。しばし、待機。

○ 阪神三宮→阪神梅田:8215 13:12 特急「梅田」

 運転台背後の幕はボタン一つで上げ下げ出来るようだ。運転士は前方注視に集中できるので、そう言った観点では安全面でプラス。だけど、別に従来のスプリング巻き取り式でも問題ないと思う・・・。贅沢な装備といえよう。
 天気は良いし。久々の阪神を満喫。梅田まであっという間。
<梅田>

 梅田に到着した8215。

 梅田から地下鉄で難波へ出るつもりだったのだが、気付いたら外に。目の前にはJR大阪駅。そのまま歩道橋をまっすぐ渡って、大阪駅へ。
<大阪>
 イコカ購入。今回のJRは全てコレで済ますつもり。そもそも、そんなにJR乗る予定ないし。

○ 大阪→鶴橋:クハ103−65 13:53発 2506 「天王寺」

 103系が来るまで待つつもりだったが、いきなり一発目でヒットしたのでそのまま乗車。うきはくらいの年代だと、国鉄の通勤型電車はこのスタイル、というイメージの103系も大分減った・・・。
 大阪環状線なんか103系ばっかりだと思っていたのに、ここにも世代交代の波が・・・。いまや201系の方が主力なんだ。森之宮区で夥しい数のオレンジバーミリオンの201系見て、あらためてそう思う。
 車体が更新されているとはいえ、コイルバネのDT33の乗り心地は相変わらず。レールの継ぎ目を渡るたびにゴツンゴツンと下から突き上げるような振動がね・・・

<鶴橋>
 
 乗って来たクハ103−65を。戸袋窓を埋め、側窓はユニットのままの延命N40工事施行車。どうにも中途半端感は否めない。

 鶴橋で近鉄に乗り換え。一日フリーのクーポンは既に購入済みだが、乗車券への変更が必要・・・・・・かと思って、一旦JR鶴橋駅を出る。んで、駅の周りをぐるぐる廻りながら近鉄専用改札を探す。連絡改札は降りたホームの目の前にあって、そのまま乗り換えは出来るんだけどね・・・。
 近鉄高架下の雑然とした商店街を縫って進み、なんとか近鉄改札に到達。窓口でクーポン見せたら、「そのまま乗れますよ」だってさ・・・。だって、プリントしただけのA4用紙だよ?確かに、乗車券て書いてあるけどさ。もっと小さい、切符タイプに出来ませんか?わざわざコレ出して見せるのかよ!?
 と、ゴネタところで始まらないので、改札通ってホームへ。

  鶴橋→五位堂:1508 14:18発 急行「宇治山田」

 ロングシートで青山越えはしたくないなぁ・・・。なんとなく席が埋まっているので、先頭車の妻面、車椅子スペースに陣取る。実は外が良く見える。
 そもそも、特急に乗ろうかと思っていたのだが、丁度良い時間にないのと、次の特急は八木まで停まらないので急行に。この辺りを通勤車で通るのは凄く久々な気がするんだ。
<俊徳道〜長瀬>
 城東貨物線の旅客線化工事もたけなわのようだ。
<五位堂>
 

 ここからJR五位堂まで歩く。同じ「五位堂」を名乗っているわけだし、地図をざっと見たところそんなに遠くは無いようだ。

 とりあえず、南へ向かって、駅前通りを歩く。

 板塀とがっしりとした旧家が軒を連ねる。細い生活道路。こうゆう雰囲気は嫌いじゃない・・・・・だが、クソ暑い・・・・・・orz
 
 快晴で炎天下の道を20分強歩いて、田んぼの中のJR五位堂駅に到着。しかし、駅前に何も無い。朝から殆ど何も喰っていないので、なんか食料の確保を、と思ったがコンビニなんて影も形も無く。では、せめて飲み物くらいは・・・と思って見渡すが、自販機すらないと来た。

 五位堂のホームから。折角なので、大きめで。目の前は田んぼ。尺土、當麻方面を臨む。彼方の山影は葛城山地。

 ホームより高田方面を。ホームとか綺麗だし、わりかし最近出来た駅のようだ。

  JR五位堂→王寺:クモハ221−42 15:11発 1419T 区間快速「JR難波」

 うぼぁ・・・・・・・涼し

<王寺>
 
 乗って来た区間快速クモハ221−42。

 隣のホームにはクハ201−138以下6連。正面だけだと解り辛いけど、N30体質改善車。ウグイスの201系は登場後20年を経て大和路線投入によって初めて採用された。山手線に投入されていたら、こんな色の201系が首都圏でも見ることが出来たのかもしれない。

 王寺からは再び近鉄で。ま、乗るのは1駅だけど。

 王寺で発車待ちをする1123F生駒行き。生駒線自体は昨年全線乗車済み。

  王寺→信貴山下:1173 15:36発 普通「生駒」 

 信貴山下駅前から奈良交通バスで信貴山を目指す。

  信貴山下駅→信貴山:奈良交通バス 15:42 「信貴山」

 バス通りは広い直線の通り、そしてかなりの急勾配。駅前から直角に、まっすぐに信貴山へと伸びている。

 こんな風にまっすぐな登り道。何かに似てると思いませんか??
 うん。そうね。ケーブルカー。
 実はここ。近鉄東信貴鋼索線の線路跡を転用して道路としたもの。ケーブルカーはバス転換され、路盤の半分ほどが道路となった。途中から線路跡道路からは別れ、昔からの峠道を辿り、信貴山へ。
<信貴山>

 奈良交通の信貴山バス停。バス停、というか駅舎。この向こう側がバスの停留所。

 まさしく、鉄道の駅舎でしょ?これも、近鉄東信貴鋼索線の遺構。信貴山駅。現在、バス停留所となっているところからケーブルカーが発着していた。廃止は1983年と意外と最近で、廃線跡の上半分は当時の路盤をそのまま活用して遊歩道になっているとか。枕木とかそのまま埋まっているそうだが、今回は時間が無いので探索は割愛。同じ廃線でも目的はこの先にあるだ。

 信貴山は大阪東部、奈良西部にまたがる観光地でもある。山中に朝護孫子寺があり、一種の霊場ともなっている。
 とはいえ、信貴山バス停からはやや遠く、どちらかといえばこの後逆に辿る、大阪側からのアクセスの方がメインルートのようだ。
 そして、やはり曖昧なまま炎天下の山中を30分に渡りさ迷い歩く。
 なんでこんな山の上に深い湖があるの?とか思いながら、めがっさ高い橋の上から十数メートル下の水面を覗き込んだりして。橋の上から湖と、奥に掛かる橋の写真を撮ったら、なんだかヤバ気に一部だけぼやけて写っちゃったので、こりゃヤバイと思ってデータ消去したり・・・・・・
 この人気のなさと、吸い込まれそうな水面はとっても嫌な予感満載で・・・・・・
 とりあえず、後ろを見ないようにして、橋を渡って、なんとか次に乗るべき近鉄バスの信貴山門へ到着。到着したら丁度折り返しのバスも到着。そのまま乗車。遅れていたら30分待ち。危ないところだった。

○ 信貴山門→高安山:近鉄バス 16:10発 「高安山」

 大型の路線バスが走っていたはずなのに、小型のマイクロバスに変わっていた。ちなみに乗客は3人。うち一人は当然うきはだ。
 このバスも実は廃線跡を走る。戦中に不要不急として休止され、戦後も復活せずに廃止された信貴山急行電鉄の山上平坦線。その線路敷きを丸々道路転用したところを走っている。信貴山門側からはひたすら登り。曲線などは緩やかで鉄道の廃線敷きならではだが、意外と勾配はきつく、走行する電車に特殊な「カーボンランダムブレーキ」というシステムが採用されていたのも頷ける。
 線路は複線分あり、そのため複線分の線路敷きがそのまま二車線道路へと転換されている。ただし、実際は単線分しか敷設されていなかったそうだ。
 信貴山門を出ると、バスは直ぐに信貴生駒スカイラインに入る。すでに山上平坦線の線路跡で、大半は有料道路となっている。ゲートを過ぎて少しゆくと、複線分の広さのトンネルに出くわす。これも山上平坦線時代のトンネルそのもので、トンネル内に架線掛けの金具が残っていたそうだが、今回それは見ることが出来なかった。すでに撤去されてしまった後だろうか?
 バスは途中、高安山霊園に停まるが、こちらは戦後ずっと後になって出来たもので、山上平坦線とは全く関係ない。
 道路の脇にも敷地が広く取ってあり、信号や機器箱でも設置されていたのであろう、コンクリートの土台や、根元ですっぱり切られた木製電柱が埋まっていて鉄道廃線跡の雰囲気は随所に残っている。
 およそ10分強で高安山に到着。
<高安山>

 ケーブルカーで登ってきた旅客はここで再び「普通」の電車に乗り換えていた。

 現在の高安山バス停付近。バスの丁度裏側奥のところに。

 山上平坦線の高安山駅ホームがそのままの形で残っている。

 ホームの屋根等は撤去されてしまっているが、しっかりとホームは残る。

 途切れた柵から回り込んでホーム跡に入ることが出来る。半ば土に埋もれながらも、当時のままホームが残っているのは驚嘆に値する。こんな山奥で、開発とは無縁なために当時のままの姿を今に留める事が出来たのだろう。

 ホームの角に立つ。辛うじて、屋根を支えたであろう鉄柱の根元の部分が残っている。

 バス停の先から、線路跡を眺める。線路跡の道路はバス専用で歩行禁止の旨看板が掲出されていた。写真奥が信貴山門方面である。写真右側の部分が水平面だと思っていただくと、廃線跡の道路の傾斜が解ると思う。画面奥のほうで更に勾配はきつくなっている。「平坦線」とは名ばかりの「山岳路線」だったのだ。
 それでは、「現役」の高安山駅に戻る。

 山の上から電車はなくなったが、まだまだ大阪方面への連絡ルートとして維持されている。

 駅舎横の展望台から大阪方面を。霞んじゃって何が何やら・・・でも、それなりに高いことはわかるかな?信貴とか生駒って、平野が突然隆起して山になっている感じで、住宅地の終わりがいきなり山裾っていう独特な形状なんだよね・・・。
 とかやっている間に、ケーブルカー行っちゃったので、引き続きブラブラ。

 改札口。無いと思っていたけど、やっぱり自動改札なんて気のきいたものは無かった・・・

 一服して待っていると、山口からケーブルカーが上がってきた。まだ発車時刻までは時間があるけど、改札を通る。

 ホーム脇にはケーブルカーに連結して走行する貨物台車が置いてあった。

 発車待ちのコ8・しょううん。信貴山・朝護孫子寺にちなんでの虎の絵が描かれている。

 ケーブルと巻き上げ機側、操縦室を。

 車内。オーソドックスな階段状の客室配置。

 運転台・・・というか、監視台。緊急時に備えて乗務員もちゃんと乗る。真ん中のシャフトのところにハンドブレーキのハンドルを差し込む。

 一番前から下を撮ってみた。どうにも写真というものは傾斜感とかが掴み辛いんだよなぁ・・・
 待っている間に、おばちゃんに写真を撮ってもらい、そうこうしている内に乗務員さんがやってきた。

○ 高安山→信貴山口:8 16:50発「信貴山口」

 ゆっくりと下り始める。そういえばケーブルカー自体も久々に乗ったなぁ。

 途中、コ7・ずいうんと交換。こっち、あっちも乗客の姿は殆ど見えない。
 このケーブルカーは同じく近鉄が運行する生駒のケーブルと同様に、一般通行用の踏切がある。踏切のあるケーブルカーは国内で生駒と信貴だけなのである。
<信貴山口>

 麓の信貴山口にはケーブルカーの車輪が展示されていた。ご覧のように片方の車輪はフランジが両側にあり、片方は全く無い。片方の車輪だけでレールに追従するような機構がケーブルカーの基本なのだ。
 
 信貴山口駅。頭端式のホームで、線路の突き当たり、奥に直角にケーブルカー乗り場がある。かつては信貴山周遊の拠点駅だったこともあり、一支線としては立派な造りである。現在は2面1線であるが、片側に1線撤去された跡が残る。

 折り返しの河内山本行き電車がやってきた。かつては上本町まで直通の準急があったそうだが、現在は2両編成が行ったり来たりするだけのローカル線。

○ 信貴山口→河内山本:1531 17:03発 普通「河内山本」

 複線分の用地が残る。信貴生駒回遊の重要ルートとして整備される予定だったのだろう。
<河内山本>
 
 17:14発の普通「上本町」行き2538。これには乗っていないけど・・・

○ 河内山本→布施:1528 17:16発  準急「上本町」

<長瀬>

 ちょっと遠いけど、携帯カメラではこのくらいが限界。すれ違った鮮魚列車用の2784。
 鮮魚列車は伊勢志摩の海産物を大阪に輸送するための行商専用の団体列車で、伊勢の漁協だかと提携して運行しているそうだ。いまいちデータの乏しい列車なのだが、朝に上本町〜宇治山田間を走り、夕方、上本町と松阪間を走るそうだ。昔はあちこちの私鉄にこうした行商専用列車があったそうだが、いまでは近鉄に残るのみとなった。それもこれも自動車の普及と、そもそも行商をやるような若い人間がいなくなってきているからだそうだ。近鉄にしても最盛期100人以上の乗車があった鮮魚列車も今では半分以下。これもいつなくなってもおかしくない列車といえよう。
 今まで、車庫で寝ているのは見掛けたことがあるが、運用に就いているのは初めて見た。思わぬ収穫であった。一世代前のマルーン一色の頃を髣髴とさせる塗装であるのもポイントは高いと思うんだ。
<布施>
 
 乗って来た1528。布施は上下二段式の構造。大阪方面から複々線でやってきた大阪線と奈良線がここで上下に重なり、それぞれに別れて行く。写真の大阪線ホームが下で、奈良線ホームが上になる。

  布施→鶴橋:9032 17:30発 準急「難波」

 今度は奈良線の電車。写真無いけど、現在増備されているシリーズ21。鶴橋行くならそのまま準急上本町行きに乗っていけば良いじゃん?と思われるだろうが、当初は急行で奈良方面へ行くつもりだったんだ。だけど、もう夕方のラュッシュじゃん?混んでるよなぁ・・・とか思って・・・

  鶴橋→大和西大寺:12329 17:41発 阪奈特急「近鉄奈良」 5号車1番 右窓側 喫煙車

 特急乗っちゃおうかと思って、鶴橋に。
 列車は8連。奈良方、前4両は22000系ACE、後ろ4両は12200系2+2である。夕方の通勤輸送対応で比較的長編製の運用である。
 乗車した車輌はスナックカーの派生形12200形。俗に言われる新スナックカーだが、すでに製造時にはスナックコーナーは営業不振で、この車輌には当初からスナックコーナーの設備は施されていない。
<大和西大寺>
 
 西大寺に到着した12229。最後尾の車輌で、この一つ前が乗車した12239。
 すでに鶴橋で西大寺乗り継ぎ京都まで特急券を確保しているので、焦る必要は無い。座席は確保されているので、少し定点観測。

 18:09発急行「京都」行き5722。シリーズ21のL/Cカー。

 やっぱり近鉄といえばこの顔、というイメージが未だに強い。18:09発快速急行「近鉄奈良」行き8617。この8000系も大分減ってきたようだ。

 18:14発準急「近鉄奈良」行き3705。地下鉄直通用車3200系。あんまり乗ったことが無いんだよね。

  大和西大寺→京都:22428 18:20発 京橿特急「京都」 1号車9番 左窓側 喫煙車

 本日最後の行程。黄昏、そして夕闇迫るみやこ路をひた走り、薄暮の京都へ・・・
 
 京都に到着した22428。最後はACE車で締めということで。

 本日の行程は全て無事終了。非常に充実した一日。京都駅前のアパホテルに投宿して、明日に備える。


7/28

 二日目〜。今日も良い天気だ。とっかかりは決まっているので、まず京都駅へ。
<京都>
 もう、ビスタEX入線してんのかー・・・とか思って指定号車の方へ歩き出したら・・・
 イキナリ3000キター!!

 3番線ホームに1形式1編成の3000が到着。大急ぎで3番に回り込んで撮影、撮影。京都方先頭車3501、今日は各停運用に入っているようだ。
 3000系は近鉄で唯一のセミステンレス車であり、唯一の電機子チョッパ車である。1979年の登場で、当時各車が研究していたチョッパ制御の近鉄版試験車と言う位置づけとなる。他の多くの鉄道会社がそうであったように、近鉄でも高価な電機子チョッパ制御を採用せず、その後は界磁チョッパ、そして早期のVVVFインバータ制御へと移行してゆく。
 試験車的存在であり、量産化されなかったため上記の通り、4連、1編成しか存在しない。主に京都線系統で使用され、製造当初想定されていた京都市営地下鉄への乗り入れはなされていない。近鉄の全営業エリアから見れば極限られたエリアでの運用だが、一編成しかないので捕捉するのは中々難しい。京都から西大寺を経て橿原神宮前までと、天理線、西大寺〜奈良間の運用が基本である。なお、生駒線はワンマン非対応、田原本線は3連までという制限があるため入線しないようだ。他の京都線系統車と同様に生駒越えの為の抑速制動は装備されているものの、沿線の誘導障害対策がされていないので奈良線西大寺以西に入ることは滅多にない。滅多にないというだけで、車輌運用の都合やダイヤの都合で入ることがあるそうだ・・・今度はそっちも狙ってみたいが、普段の運用ですら捕まえ辛いのに、関東在住者では捕捉はそれこそ霞を掴むようなものだろうか?

 奈良方先頭車3502も一応撮っておく。逆光だけどね。
 見かけるものの、中々撮る機会は無く、当然乗ったことも無い。近鉄でも随一の異端車なのでどうにかものにしたかったのだが、これで取り敢えずは記録することが出来た。
 でもね、欲張りなもんで、見ちゃうと乗りたくなっちゃうのよ。現在、6:55。指定の特急は7:15発。3000の発車は7:02の西大寺行き・・・時間を確認。よし、行ってこれる!!

○ 京都→東寺:3502 7:02発 普通「大和西大寺」

 というわけで、一駅だけの3000初乗りに〜。次はいつになるか解らないので、少しくらい無理してもね・・・
<東寺>

 東寺まで乗車の3502。デザインは8000なんかと同じなのに、ステンレスというだけでこんなに印象が変わる。一回捕捉しちゃうと欲が出てくるのか、次回は優等運用に入るのを追っかけてみようか?とか考えるようになる・・・・・・また来るようだね。

 で、なんとなく来ちゃった東寺。時間があれば東寺そのものに行こうかとも思っていたが・・・結局、お寺は行かず終い。

○ 東寺→京都:8356 7:09発 普通「京都」

<京都>
 再び京都。

 乗って来た8356を。一応ね。

 あんまり時間は無いけど、終点の賢島ではもっと余裕がなさそうなので、今のウチに。中間車の30162。近鉄特急では唯一の中間ドア。ダブルデッカーぽいけど、どちらかというとハイデッカーだと思う。ドアの前後だけダブルデッキ構造になっている。

 VISTA CARのエンブレム。方向幕。

 乗車した先頭車、30262。

  京都→賢島:30262 7:15発 京伊特急「賢島」 1号車17番 右窓側 喫煙車

 ビスタカーってあんまり乗ったことがなくてねぇ・・・実は10年ぶり以上なんだ。当然、EX改修後は初乗り。
 ところで、進行方向右の窓側。すれ違う電車はとてもよく見えるけれども、西大寺の車庫も、青山町の車庫も、明星の車庫も、みんな左側なんだよなぁ・・・
<大久保>
 先程の3000を追い越し。まぁ、丹波橋まで3000乗って、そこから特急乗っても良かったなぁ。
<新の口〜大和八木>
 短絡線初乗り。途中に保線基地があるんやね〜。
<大和八木>
 名古屋行き名阪特急のアーバンライナーPLUSと接続。アーバンが先に発車し、続行で追いかける。
<桜井>
 鮮魚列車とすれ違う。いままで全然縁が無かったのに、なにこのエンカウント率の高さ。
<東青山>
 団体専用の20000系「楽」とすれ違う。そういえば、これも走ってるの見たことないなぁ・・・
<池の浦〜鳥羽>

 この辺りが一番海の近くを走る。

 一種のリアス式海岸なので、入り組んだ入り江が続く。水平線が全く見えないので、あまり海という感じがしない。

 鳥羽から先は初乗り区間。突然、鈍足になる。元々が地方私鉄規格なので線形がよくない。改善されてきたとはいえ、急曲線は随所に残る。
<白木〜五知>
 複線トンネル化され、ルート変更。単線の旧ルートは白木側が保線基地として活用されていた。トンネルを抜けた五知側から後ろを振り向くと、橋台と築堤が続いていた。架線柱も一本だけが残されている。
<鵜方〜志摩神明>

 フィルターをかけたわけじゃない。元々、こんな色のガラスなんだ。つまり、一応見えるけど、前面展望にはまったく不向きというわけだ。
<賢島>
 橋を渡って、賢島へ。直前の橋の下は川ではなく、海。
 
 賢島に到着した30262。京都から2時間半ばかり掛かって到着。さすがに遠いな・・・

 隣には名古屋行、名伊特急の22111と、これから乗車する阪伊・京伊併結の12334が並ぶ。

 賢島に並ぶ特急車達。観光路線だけあって、普通よりも特急のほうが遥かに運用数が多い。

 賢島から乗車した阪伊特急「難波」行きの12334。

  賢島→鳥羽:12334 10:05発 阪伊特急「難波」 1号車11番 右窓側 喫煙車

 12200系の8連。前4両が京都行き、後ろ4両が難波行き。乗車したのは一番後ろ。難波行き編成は1〜4号車、京都行き編成はA〜D号車となる。大和八木まで併結運転される。
 特急券は鳥羽を通り越して、宇治山田まで買っているけど、後の行程が上手く行かないので鳥羽で下車することに。
<志摩横山〜穴川>
 架線柱の林立する旧ルートが見える。結構、あちこちでルート変更されているようだ。
<船津〜志摩赤崎>

<鳥羽>

 あんまり時間ないので駅名票だけ撮って、急いでJR駅へ。伊勢市までの切符を買ってホームへと。
 
 広々とした参宮線鳥羽駅ホーム。人気のなさも相まって、一層がらんとして見える。

 長いホームにポツンと2両の気動車が停まる。快速みえ8号キハ75−4。

 同じく快速みえ8号、こちらは乗車したキハ75−104。一般型の気動車のくせに120キロ運転が出来る滅茶苦茶な車輌。スペック的には特急型のキハ85なんかとほぼ同一だという。

  鳥羽→伊勢市:キハ75−104 10:41発 2928D 快速みえ8号「名古屋」

 鳥羽〜名古屋間を2時間弱(みえ8号は1時間58分)で結ぶ。近鉄特急でも1時間半から40分だから、結構善戦してるよね。しかも気動車だし。
<鳥羽〜池の浦シーサイド>

 参宮線も海沿いを走るのは鳥羽の近辺だけである。
<池の浦シーサイド〜松下>

 結構、前面展望は良好。
<松下>

 田んぼの中の松下。快速みえもこの辺りは各駅停車なのである。
<松下〜二見浦>

 性懲りも無く、一番前に行ってまた写真を撮る。
<二見浦>

 キハ11のトップナンバーと交換する。ホームはそこそこ長く、構内も広い。側線が何本か併設されており、かつては海水浴客等で賑わったのだろう。
<伊勢市>
 ここから少し、鉄道とは離れるよ。
 折角来たので、「お伊勢参り」をしようと思う。かつては日本人なら一生に一度は参拝すべし、といわれた伊勢神宮。「不要不急の旅はやめませう」といわれた戦時中も、このお伊勢参りだけは大手を振って出かけられた、日本人の旅行先としては由緒ある大神宮である。
 もっとも、今回は時間の都合で伊勢市駅から歩いてゆける外宮だけに留めるが・・・

 駅前から伸びる参道を進む。徒歩10分程度で外宮に到達する。大通りなのでここを三重交通神都線が走っていたのかと思ったが、実は一本南側の細い参道の方を走っていたそうだ。
 しかし「神都線」とは思い切ったネーミング。さすが大神宮のお膝元である。そもそも、由緒ある神宮があるとはいえ、開業当初は今以上に人口は少ない都市だったであろう。そんな土地柄なので、よほど参拝客をターゲットにした路面電車だったのかと思いきや、創業のきっかけは電力が余ったので電車を走らせようという、参拝とは全く無縁の理由からである。

 外宮に到着。

 正面の橋を渡って境内へと進む。

 いつものように手抜きの説明。↑というわけだ。

 おおまかに、境内の配置を確認して参拝に赴こう。

 先ほどの橋の袂。「下乗」の標札が立つ。さり気無くも、圧倒的な存在感だった。余計なことが書かれていないせいだろう。すなわち、「ここからは神聖な区域、神域だから、馬から降りろ」というわけだ。

 橋を渡って、直ぐの手水舎で諸手を清める。

 さすがに大神宮だけあって、手水舎も大きい。柄杓もたくさん。

 式年遷宮の説明板。

 鳥居をくぐって、打ち水された参道を奥へと進んでゆく。

 木立の中を歩くこと数分。神楽殿に到着。

 ご祈祷もここで行われているようで、併せてお守りなども売られている。そんなことより巫女さん巫女さん。

 手前が九丈殿、奥が五丈殿。
 
 正宮前。鳥居から奥は撮影禁止。

 これも正宮。次期式年遷宮用地側から眺める。コレくらい人気が無いほうが良いんだけどなぁ・・・今日は人が多すぎる。

 第六十二回式年遷宮用地。次はここに正宮が建つ。

 上のコメントのことが書いてあるだけだね・・・

 式年遷宮ってのはつまり・・・・・・・↑こうゆうことだね。適当だなぁ。

 池を見て、
 
 風宮。別宮の一つ。級長津彦命と級長戸辺命を祀る。風雨の神様で、本来は農耕に適した風雨をもたらす神様であったが、元寇の際の「神風」により国難より救う神様として祈願されるようになったという。
 
 土宮。大土乃御祖神を祀る。

 奥の石段を上がってゆくと辿り着くのが多賀宮。
 
 豊受大御神荒魂を祀る多賀宮。外宮の中ではもっとも奥に当たる。
 伊勢神宮外宮の別宮にはこのほかに月夜見宮というものがあるが、こちらは外宮の敷地内から外れたところにあるため今回は参拝していない。

 最後に勾玉池を見て伊勢神宮参拝を終了。

 表参道の正面。伊勢市観光案内センターや郵便局の前にある国旗掲揚台。

 石碑には

 と、書かれているそうだ。
 そんなことこより、むしろこの真上を三重交通神都線が走っていたことのほうが、うきは的には重要なんだが・・・・・・
 
 来るときは伊勢市から来たが、今度はもう一の参拝玄関駅、宇治山田へ行ってみようと思う。歩いても10分くらいだし。

 というわけでやってきた近鉄宇治山田駅。この豪奢なつくりの駅は昭和6年に参宮急行電鉄が宇治山田まで全通したときに建築された。2001年には登録有形文化財にも選ばれている。

 ドアやサッシなどは現代のものに換装されているが、柱などの構造物そのものは昭和初期から変わっていない。

 広い吹き抜けのコンコース。2階には貴賓室もあり、天皇や皇族、正月恒例の内閣総理大臣神宮参拝の際の乗降駅としても機能している。
 少ない時間だが、硬券を購入してホームへ。直ぐに発車する電車があったので飛び乗る。

○ 宇治山田→伊勢市:2519 11:55発 急行「上本町」

 たった1駅。左へカーブして次の伊勢市へ・・・
 
 伊勢市まで乗車の2519。
 跨線橋を渡って再びのJR伊勢市駅へ。

 さっき撮れなかったので・・・
 次の快速みえは当然ながら鳥羽始発である。座れないと嫌なので、列車の状況を聞きに改札に行ってみた。お昼時なので座れないということは無いそうだ。
「松阪まで指定席は・・・」
 と尋ねると、
「勿体無い勿体無い。20分くらいだから・・・」
 と窓口氏は言う。
 ご親切にありがとう。では買うのはやめておこうか。でも、貴方方は切符を売るのが仕事でしょう?
 ま、そんな心配はよそにやってきた快速みえ10号は4両編成でガラガラだった・・・

  伊勢市→松阪:キハ75−303 12:05発 2930D 快速みえ10号「名古屋」 4号車3A

 4両編成だと、最後尾の1号車が丸々指定席となるようだ。そのほうが半室指定よりもゆったりと過ごせそうだね。自由席と一緒だと、混んでくると騒がしそうだし。
<外城田〜多気>
 大物輸送用車のシキが停めてあった。ダイヘンという企業の専用線が多気から参宮線沿いに伸びており、年に数回変圧器輸送の臨時貨物列車が走るそうだ。
 ここにいたシキが常駐なのか、輸送を前にした留置なのかは判らないが・・・
<松阪>
 たしかに、ちょっと一息ついたらもう松阪だった・・・
 
 松阪に到着。キハ75−303。
 ここで小休止。一時間少々待ち合わせがあるので、昼食でも・・・

 特選元祖牛肉弁当を買って、ホームのベンチで広げる。値段は1260円。かつては「松阪牛弁当」と称しており、紀勢本線全通を記念して造られた。当時は国内最高額の駅弁で、現在数ある同種牛肉駅弁の元祖ともなった由緒正しき駅弁である。なお、なぜ名前から「松阪」の文字が消えたかは大人の事情によるものと解釈してもらいたい。

 じゃ、ちょっと大きめで。駅弁の名前から「松阪」の文字は消えても、中のお肉は紛れも無い松阪牛。この値段で松阪牛が食えるんだから、それほど高いものではない。そもそも、駅弁なんてはなから割高である。
 ちなみに、松阪には同じく松阪牛を使用した「極上松阪牛ヒレ牛肉弁」、10500円なんて駅弁もある。要予約だが、日本一高額な駅弁としてしられる。というか、そんなのもう駅弁じゃないでしょ?ゼロ一個間違えてつけてんじゃないのか?と思うよ・・・。まったくもって、名松線のキハ11の中で喰おうなんて気にはなれない駅弁だね。

 さて、食事と前後して伊勢奥津から到着したキハ11−4は、ハンスコかけられて締切状態。エンジンも止まったまま留置である。これが折り返しの伊勢奥津行きになるようだが・・・茹で上がっちゃうのでさっさとエンジン掛けてクーラーも効かせて欲しいのだが。

 松阪駅全景。思ったより大きな駅なんだ。考えてみりゃ、ここに来たのって10年前だしなぁ・・・

 ぼけぼけタバコ吸ってたら、亀山からの935Cが到着した。なんの変哲も無いキハ11なんだけどさ。

 車番が超ゾロ目だった!!こうゆうの見ると無性に撮りたくなる。
 運転士さんが来てブンブンエンジンをふかし始めた。始業点検して、やっとこさ車内に入る。

  松阪→伊勢奥津:キハ11−4 13:35発 411C 普通「伊勢奥津」

 各BOXシートが埋まり、ロングシートがまばらに埋まるくらいの乗客を乗せて松阪を出発。もっと極端に乗客が少ないかと思ったが、そうでもなかった。
<一志>
 近鉄大阪線との接続駅らしい。地図をみたら確かに川合高岡まで200mくらいの距離だった。
<伊勢川口〜関ノ宮>

 淡々と田んぼの中を進む単行気動車。もっといきなり山の中に分け入ってゆくのかと思ったが、意外と平坦な風景が続くので拍子抜け。
<家城>
 列車交換する。駅員も配置されているようだ。タブレットのカバンキャリアーを受け渡ししているので、タブレット閉塞なのかと思ったら、スタフ閉塞のようだ。
 帰宅後の調査で名松線は全国でも稀有な票券閉塞式を採用している路線であることが判明した。松阪〜家城間がこの票券閉塞式で、家城より先、伊勢奥津までがスタフ閉塞であるようだ。閉塞に関してはややこしいのと、ここは旅行記なのでシステム的な解説を避けたいので詳しい説明は割愛する。簡単に言うと、スタフは区間内にその「スタフ」を持った列車しか入れないのに対し、票券は「続行」が可能である。ゆえに、名松線では運転本数の多い松阪〜家城間のみ票券閉塞式となっているのだ。でも、現状ダイヤ見ると、続行運転の必要性はないし、全線スタフ閉塞で問題ないと思うんだけどね。
<伊勢竹原〜伊勢鎌倉>

 家城を出ると地形が少しずつ険しくなってくる。ここからが名松線の真骨頂かと身構えるが、中々どうして、山峡へと入り込んでゆく気配が少ない。家城以東よりは山間に入ってきている実感はあるのだが・・・
 そうこうしている内に終点まであと三つ。二つと来て・・・終点の伊勢奥津に到着。
<伊勢奥津>

 終点、伊勢奥津に到着したキハ11−4。松阪から乗車した半数程度が伊勢奥津まで乗りとおしたようだ。でも20人くらいだけどね。

 降りたのは地元の人間か、乗り潰しの鉄ちゃん。うきはも後者に属するが、決定的に違うのは、乗って来た鉄の人々はそのまま折り返すのに、うきは一人だけが更に「先へ」進もうとしていることだった。

 ほとんど時間がないので、大慌てで車輌、駅名票、駅舎を撮って、やや離れたところに停車する三重交通バスに駆け込む。そう、列車はここまでだが「名松線」の旅は終わっていない。

○ 伊勢奥津駅→名張駅 14:50発 三重交通バス 「名張駅」

 土曜日のみの運行。今日が土曜日で無いと、成し得なかったルートである。時刻を調べた際には列車到着とバス発車が同時刻ということがわかり、連絡は厳しいかな?と考えていた。最悪はまた松阪に戻ることも考えていたが、駅前に停まっているバスが列車と接続取らない訳は無いだろう?ということで、まぁやるだけやってみようや?という意気込みでやってきた。当初は撮影も全て省いてバスまで突進しようかと考えていたが、乗客の皆さんが思った以上にノロノロなので、バスも少しくらいは待つだろうか?とか思い、撮影も敢行。無事に乗り継ぎ成功。
 だが、乗ったのはうきはと地元の老夫婦一組だけであった。名張まで一時間強のローカルバス旅である。乗客は列車以上に少なそうだとは思っていたが、予想以上の少なさである。
 奥津の集落を出ると直ぐに老夫婦は下車してしまい。結局、乗客はうきは一人きりに・・・。最前部に座っていたので初老の運転手さんと雑談しながらバス旅は続く。奥津から先が漸く急峻な山地に突入したようで、国道ながら狭い二車線道路をバスは左右に曲がりながら進む。対向車はゼロでは無いが多くは無い。ところどころで国道は新しいバイパスに移行しているが、バスのほうは集落の中を走る一車線の国道を忠実に辿ってゆく。
 奥津を出て30分。相変わらず乗客は無く。運転手さんとのとりとめも無いおしゃべりは続く。バスは崖沿いのヘアピンカーブをなめるように進む。おしゃべりするのはかまわないんだけど、コーナーでこっち見ながら話すのは止めて下さい。
 〜垣内(かいと)という地名が続く。珍しい読みだなと思いつつも、何か引っ掛かる。何かと思ったら、思い出した。近鉄の青山越えの途中にあった信号所がが垣内信号所という。現在はルート換え、複線化されて存在しないが、1971年に同信号所で特急電車同士が衝突し、大惨事を引き起こした。俗に言う「青山トンネル事故」の現場となったものだ。そんなに離れた距離ではないで、この辺りには同様の地名が多く存在するのかもしれない。
 後半、若干乗車があったものの、名張駅に到着してもその数は片手で数える程だった・・・

<名張>
 
 いろいろとめんどくさいので特急券を買ってホームに。指定列車到着までちょっと撮影。

 特急退避の急行「宇治山田」行2622

 名古屋行名阪特急の12514。

 同じく名阪特急の12224。

  名張→大和八木:12311 16:26発 阪伊特急「上本町」 5号車39番 右窓側 喫煙車

<大和八木>
 
 八木まで乗車の上本町行き特急。先頭車は12211。八木からの乗り継ぎも特急だが、始発は橿原神宮前なので階段下りて橿原線ホームへと。

  大和八木→大和西大寺:30257 17:01 京橿特急「京都」 1号車11番 右窓側 喫煙車

 またビスタEXだった。
<大和西大寺>

 乗って来た30257。今度は奈良行きに乗り換え。

× 大和西大寺→奈良:1239 17:17発 快速急行「奈良」

<奈良>

 1239。せわしない・・・あと、ブレてる・・・orz

 奈良で近鉄を降りて、徒歩でJR奈良へ。ちょっと、雨がパラついてきたよ?
<JR奈良>

 こないだも撮ったけど、旧奈良駅舎を撮って、構内へ。

 ちょうど入線してきた、折り返し快速京都行きに。写真は京都方先頭のクハ221−68。

  奈良→木津:クモハ221−68 17:39発 3606M 快速「京都」

 この時間帯は「みやこ路快速」ではない。何が違うかって、新田とJR小倉に停まるか停まらないかの差。みやこ路快速は両駅には停まらない。
<木津>
 
 乗って来たクモハ221−68。

 ここからは久々に乗る207系。既に全車が塗色変更されているようだ。

  木津→河内磐船:クモハ207−1006 17:52発 5515M 快速「新三田」

 福知山線の新三田まで行く。およそ二時間も掛かる。
<京田辺>
 前に3両増結。
<河内磐船>
 
 片町線完乗。徒歩で京阪の河内森へ。徒歩連絡は前にも一度やったことがある。前は京阪からJRだったけど。
<河内森>

 1900は来るかな〜?なんて思いきや、来る電車来る電車10000で。結局、本日の交野線は10000しか運用に就いてないようだ。
 現存するのが2編成では歩の悪い賭けである。
 折角、京阪乗るんだし、ついでに八幡市からの男山ケーブルにも乗ろうかな?と思ったが、券売機で切符が買えない。何でかと思ったら、今から行っても終車に間に合わないからだ・・・

  河内森→枚方市:10052 18:40発 普通「枚方市」

<枚方市>
 
 乗って来た10052を。

  枚方市→五条 9002 18:59発 急行「出町柳」

<五条>
 
 9002。


 五条大橋を渡って川向こうへ。
 本日は京都リッチホテルに宿泊。


7/29

 まずは京都観光から。朝の涼しいうちに歩き回ろうかと思ったが、朝から既にくそ暑かった・・・

 再び五条大橋を渡って東山方面へ。今回は東山界隈が探索エリア。

 路地をこちょこちょと縫って、まずは六道珍皇寺へ。

 六道珍皇寺は界隈では「六道さん」と呼ばれる、臨済宗建仁寺派の仏閣である。ちなみに、直ぐ近くに建仁寺そのものがある。かつては「鳥辺野」と呼ばれる大規模墓地の入口にあたることから、現世と幽世の境界、つまり「六道の辻」と考えられた。寺の前の通りには「六道の辻」の碑も存在する。

 この中に小野篁像と閻魔像が安置される。小野篁は平安初期の政治家でるが、それとともに閻魔の側近でもあったとされている。

 本堂。本堂脇の庭園には小野篁が黄泉との行き来に使用したとされる井戸が残る。
 まぁ、詳しくは東方紀行の六道珍皇寺に書いてあるので、そちらで。

 六道珍皇寺を後に、更に東へ。清水道バス停付近から東山の丘陵地帯へと足を踏み入れる。なんとなく、京都っぽい絵が撮れたね。夢見坂から八坂の塔を望む。

 夢見坂より下方を望む。

 夢見坂の石柱。

 逆光気味なので潰れちゃったなぁ・・・八坂の塔こと、法観寺の五重塔。

 聖徳太子が建立したそうだ。如意輪観音の夢告によって建立したとされるが、まぁ夢に見ただけでこんな立派なもの造っちゃうのだから大したものである。その発想というか・・・。何度か焼失するものの、そのつど再建されて、現在の塔は室町時代に足利義教によって再建されたものである。なお、中心の礎石は建立当時、すなわち飛鳥時代のものがそのまま現在に至るまで使用されている。
 ちょっと朝早すぎて中には入れず・・・さらりと周りを眺めて、下河原通りを北進、高台寺へ。

 高台寺も早朝過ぎて拝観には制限あり、写真右斜めの道に入り、早朝拝観順路へ。
 高台寺は先の六道珍皇寺と同様に臨済宗建仁寺派の寺院である。釈迦如来を本尊とする禅宗寺院であるとともに、秀吉と北政所(つまり、ねね)を祀る霊廟としての性格をもった寺院である。
 今回見れたのは方丈と方丈前庭、偃月池を中心とする庭園部分のみ。靴を脱いで方丈へ上がる。

 方丈前庭。

 同じく前庭を方丈の逆角から。正面左は勅使門。

 重要文化財の開山堂を囲むように偃月池と臥龍池を配した庭園。正面、池の上に掛かるのが観月台。奥が開山堂。庭園は江戸時代初期の茶人・小堀遠州作と伝わる。 
 朝7時を廻ったばかり、参拝客は皆無。まさしく静寂の中・・・セミの鳴き声さえ聞こえないのは不思議ですらある。

 高台寺より台所坂を下る。竹林に囲まれたここもまた静寂の中。

 再び下河原通りを北進、突き当りの八坂神社へ。

 祇園交差点側の西楼門からのルートが一般的かと思われるが、こちらの石鳥居からのルートが正調だと思われる。

 もしかして、八坂神社って来るの始めてかも?

 石鳥居をくぐって最初に現われるのが、朱塗りの南楼門。

 本殿の前には舞殿。その名の通り「舞」を行うための御殿。

 こちらが本殿。素戔嗚尊(スサノオノミコト)、櫛稲田姫命(クシナダヒメノミコト)、八柱御子神(ヤハシラノミコガミ)を主祭神として祀っている。他にも、天照、豊受、事代主、大国主、少彦名、磐長比売、猿田彦、宇受女等、日本神話の世界では聞き覚えのある多数の神様が祀られている。

 本殿を別の角度から・・・・・・・あ・・・・

 巫女さん!巫女さん!!
 半ば確信犯的に「コスプレじゃない」巫女さんが見れると思って、八坂神社まで来たようなもんである。突き詰めていうと、巫女さん見るために京都観光に来たようなもんだ。極論。

 巫女さん見て(何?)満足したので、四条方面へ。四条から京阪に。

  四条→七条:5602 8:55発 普通「淀」


 朝だが、日曜なので5000の車内は日中仕様。5ドアの同車だが、閑散時間帯は真ん中2枚を締め切って3ドアに。締切のドア部はご覧のように上から椅子が降りてくる。
 
 七条まで乗車の5602。日本初の片側5扉の電車。

 七条のマクドで朝マック。関西人はマクドナルドのことを「マクド」って言うけど、朝マックのことを「朝マクド」っていうんやろか??どうでも良いけど。

 七条→丹波橋:8057 9:21発 特急「淀屋橋」

<丹波橋>
 
 丹波橋まで乗車の8057。

 特急退避の淀行き各停5603。

 ホーム端より中書島方を臨む。丁度画面正面、白い車の停まっているところから先が近鉄への短絡線の跡。かつては奈良電の頃から京都線との乗り入れ輸送が行われていた。奈良から三条まで電車が直通したんだ。
<近鉄丹波橋>

 硬券入場券を購入。ついでに目に付いたスル関の絵柄が奈良線の800だったので、1000円と手ごろな価格だったので衝動買い。どうせあとで大阪市営や阪急乗るし。

  丹波橋→大和西大寺:12511 9:37発 京奈特急「奈良」 1号車23番 右窓側 喫煙車

<大和西大寺>

 西大寺に到着した12511以下の4連、奈良行き特急。12400系サニーカーの3連版として登場した12410系だが、結局、後年サニーカー同様4連化されている。今回、このシリーズは初乗りだね。

  大和西大寺→石切:5325 10:00発 急行「難波」

<石切>
 
 石切に到着した5325。

 石切を発車し、生駒越えに挑む8102F+9131Fの6連各停。奥に口をあけているのが、総延長3494mの新生駒トンネル。

 石切で途中下車。

 新生駒トンネルの坑口。写真奥にあるのは変電所。

 トンネル上、やや北側より、石切駅方を臨む。ここが廃線ルートかと思ったが、実際は写真の白い住宅よりも更に右側になるようだ。宅地開発で線路敷きが解らなくなっている。

 間もなく、奈良線、東大阪線関連の変電所が見えてくる。一見して、コンクリ作りの何の変哲も無い建物だが、良く見ると中々古風な造詣をしている。

 やっとのことで廃ルートに到達。写真真ん中のコンクリ敷きの道路が複線線路の路盤である。一個上の変電所はこの写真右側に位置する。現石切駅方より生駒方面を臨む。

 同地点より石切駅方面を。

 線路跡沿い、フェンスに囲まれた小道を進むと、まもなくコンクリの階段が現われる。これが廃止された孔舎衛坂駅のホームである。

 ホーム手前より線路敷きに入ることが出来る。こちらが生駒、奈良方面行きホームである。夏草に覆われているが、しっかりと当時のホームが残っている。

 こちらが対向の大阪方面行きホームである。上下ホームの関係から、現役当時は構内踏切があったと推測できる。

 孔舎衛坂駅の現状、全景である。上下ホームと架線柱が一本残る。

 大阪方面ホームの下にもう一つ階段を発見した。石積みのホームを後年延長してる模様で、旧ホームへのアクセスに使われた階段であろう。

 ホーム上から生駒方面を臨む。奥に見えるのが生駒トンネルである。

 続いて、生駒トンネルへと向かう。ご覧の通り、トンネルを出ると直ぐに孔舎衛坂駅があった。

 今も完全な姿で残る、生駒トンネルの坑口。重厚なレンガ積みのポータル。

 鉄板仕立ての扉の向こうにはもう一枚の扉。これほど厳重なのには訳がある。奈良線は新生駒トンネル開通で新ルートに移行。「一時的」に旧生駒トンネルは放棄されたが、実は現在もこのトンネルは大部分が使用されている。
 トンネル断面が小さく、大型車の通行が出来ないとして新トンネルが掘削されたが、ある方法なら大型車の通行が可能だったのである。
 すなわち、第三軌条方式。
 二本の線路の横に、もう一本レールがある電車を見たことが無いだろうか?地下鉄に良く見られる方式である。東京では銀座線や丸の内線で採用されている第三軌条方式。これであれば、トンネル断面を丸々使用しても差し支えない。通常の吊架式ではスペースが厳しい場合でも、第三軌条方式にすれば、このトンネルでも大型車の通行が可能なのである。
 つまりだ、東大阪線の生駒トンネルはこのトンネルの大部分を再使用しているということだ。であるからして、こんなに厳重に坑口は閉鎖されている。工事車輌の搬出入口であるとともに、緊急時の脱出口としても機能しているそうだ。

 蔦が絡まり、苔むしたトンネルポータル。建設当時、国内では中央線の笹子トンネルに次いで二番目に長いトンネルであった。難工事の末開通したトンネルだが、その建設は困難を極めた。建設中に落盤事故が発生して多数の人命が失われるという忌まわしい事故も発生している。そもそも生駒山は霊場でもあり、落盤事故と相まって負のイメージが付きまとい「呪われた」トンネルと囁かれた。
 そして、開通後も、多数の事故が発生している。
 1946年にトンネル内に停車中の電車に後続電車が衝突、死者者18名を出す事故が発生。翌47年には床下抵抗器から発火、死者28名を出す火災事故。悪いことは続くもので、更に翌48年にはトンネル内でブレーキが効かなくなった電車が暴走し、河内花園駅で発車直後の普通電車に追突死者49名を出す事故が発生している。戦後混乱期で、整備不良、粗製濫造の車輌を使用していたとはいえ、ちょっと考えられない件数である。その上、奈良線が新トンネルに移行し、旧トンネルの一部が東大阪線に転用された後の1987年にもトンネル内で火災が発生、電車が立ち往生し1人が死亡するという事故がおきている。
 ゆえに、現在では大阪近隣の心霊スポットとして広く知れ渡るようになった。だが、心霊スポットとして噂されるようになった背景には、これらの事故の事実があるだけではなかった。
 事故のあった後、まだこのトンネルが現役だった頃。奈良方面行最終電車に異変が起きたという。深夜、今ほど乗客もおらずまばらな車内の電車。トンネルに差し掛かるや、車内が「満員電車」に変わるという。窓という窓に無数の人影が映るというのだ。その様子は車外からも目撃されたそうだ。あまりに目撃談が多いため、電鉄は対策を余儀なくされた。
 その対策とは、最終電車の後に回送電車を走らすというものだった。しかし、怪現象は収まらない。今度は無人のはずの回送電車にぎっしりと乗客がいるという。以前のようにそれは車外からも確認できたという。やむを得ず、電鉄側は更にダイヤ改正を行った。信じられないことだが、電鉄はダイヤ上に架空の電車のスジを引いた。そして、石切の駅には決して走ることの無い「最終電車」の時刻が記されたという。その後、怪奇現象の目撃談は鳴りを潜めたが・・・
 そんな後日談もあってか、心霊スポットとして認知されるようになった模様である。

 トンネル坑口を背に、大阪方面を・・・

 今度はトンネルの上部に行ってみようと思うが、その前に隣の白龍神社にお参り。

 神社への石段の途中からホームを見る。

 緩くカーブした孔舎衛坂駅。トンネル上部から下を。

 変電所より石切駅方の線路敷きは完全に宅地化されていた。しかし、完全な姿で残るトンネルに廃駅。この小さな空間に凝縮された廃線風景に大満足で石切へと戻ることに。

 石切駅そばより大阪平野を臨む。非力なモーターしかなかった時代。ここまで登ってくるには、電車にとってもやはり相当な負担を強いられたことだろ。

 再び現・石切駅。硬券入場券を買ってホームへ。

 急行退避の8103を。

○ 石切→生駒:5323 10:51発 急行「奈良」

<生駒>
 
 乗って来た5323。
 行き掛けの駄賃で、出来たばかりのけいはんな線も乗っておこうと思う。

 で、乗り換えようと思ったら、構内なのに改札機が・・・。どうやら東大阪線、けいはんな線は別料金のようだ。これはフリーで乗っておかない手は無い。

 というわけで、生駒から大阪市交の2931に乗車。

  生駒→学研奈良登美ヶ丘:2931 11:00発 「学研奈良登美ヶ丘」

<学研奈良登美ヶ丘>
 
 客待ちの2904。向かいのホームの列車に飛び乗る。直ぐに折り返し。

  学研奈良登美ヶ丘→長田:2104 11:13発 「コスモスクウェア」

<長田>

 ここまで近鉄。ここか大阪市交中央線。一旦下車。

  長田→谷町4丁目:7201 11:43発 「コスモスクウェア」

 今度は近鉄車。写真は撮れず。
<谷町4丁目>

 中央線から谷町線に乗り換え。

  谷町4丁目→東梅田:22117 11:55発 「都島」

<東梅田>

 ここから阪急梅田まで歩く・・・
 いつまでたっても梅田と難波は位置関係が掴み辛い。

○ 梅田→石橋:5121 12:31発 普通「雲雀丘花屋敷」

<石橋>

 乗って来た5121。

× 石橋→箕面:3160 13:00発 普通「箕面」

 やってきたのは狙い通り、未更新車だった。
<桜井〜牧落>
 3108Fとすれ違った。こちらも未更新車。
<箕面>
 
 箕面まで乗車の3160。これを以って、阪急電鉄は全線完乗となった。おめでとう〜

 逆側先頭の3110。

 サボが良いね。
 せっかくなので、駅南側でちょこっと撮影。

× 箕面→石橋:3110 13:30発 普通「石橋」

<石橋>

 撮っていなかった駅名票を撮って、宝塚線に。

  石橋→蛍池:3000 13:38発 急行「梅田」

<蛍池>

 キリ番ゲット。

  蛍池→大阪空港:2612 13:46発 「大阪空港」

<大阪空港>
 
 この1駅ばかりやたらに乗車する大阪モノレール。乗って来た2612を。

 早速、チェックインカウンターに一席残っているのは解っているんだ。あとはど真ん中以外なら良い!!というわけで、スーパーシートにアップデート。5000円追加投資で無事に通路側を確保。

 ちょっと見学デッキへ。出発待ちのJ−Air、CRJを。

 昔はフィンガー部分まで入れたんだけどなぁ・・・。立ち入り禁止になったんだなぁ・・・。

 9番ゲートで出発準備中の、折り返し32便、JA8198。

大阪伊丹→羽田 NH032 16:00発 B777−200 JA8198 1G S−SEAT 9SPOT

 おかし喰って、珈琲飲んで一時間・・・

 羽田61番スポットに到着したJA8198号機。

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