秋彩三都紀行〜古の紅き楼閣編〜


2008/11/1

 ・・・・・・中央快速線は、四ッ谷駅におきまして、お客様のお荷物が電車に接触したため〜

     ただいま、安全確認のため抑止中です。ご利用のお客様には・・・・・・・

や り や が っ た ・ ・ ・ orz

 とまぁいきなり、こんな惨事で出鼻をくじかれそうになったものの、新宿で湯倉さんと合流。運転再開した中央線で東京駅へ

 18:30発の700系のぞみで広島へ・・・・・・ではなくて、京都へ
 腹へって死にそうなので、駅弁をば

 穣子満載。むしろ静葉おねーちゃん満載。きのこきのこ
 静葉おねーちゃんいただきまーすvvv

 ところで、新幹線は通路とかにバケージスペースは無いのね・・・orz
 デッキに放置プレイでも良いのだが、さすがに釣銭準備金まではいっているとなぁ・・・。本だけならまだしも

 むりやり足元にキャリアとサークル用具、本を詰め込んだのでこの有様だ。ちなみにテーブルは使えないぜ
 まぁいい、とりあえず呑むよ呑む呑む!!

 酒も入って、ヲタ話してりゃ京都なんて一瞬さ。早番でも苦じゃないさ・・・ごめん。結構、眠い

 車内で東京行きの500系が〜とか話してたら、まさに同時に到着。最後尾の喫煙車選んでて正解。湯倉さんとダッシュでホーム先端へ

 長いノーズが良いよね。やっぱり500系が一番カッコイイ!!

■ 500系のぞみ 京都発車

 期せずして500系も見れたので、満足して宿へ。東本願寺の側。京都駅から徒歩10分程度の立地。観光旅館ホテルって・・・・・・旅館なのか、ホテルなのか・・・
 そんなわけで、今回は近江屋さんにお世話になります

 ・・・エレベータ降りた瞬間。目の前に自分が映っていた・・・。湯倉さんが必要以上にビビってたw

 部屋にはお茶請けが。やっぱり京都に来たら八つ橋だよね〜。堅いほうのやつだけどさ

 駅に至近なので、ホテルの窓からも京都タワーが見える

 7.5畳の和室が僕らの砦。絶対載せるなって言われてた気もするけど、載せちゃったwいいじゃん別にwww

 結構残念なクオリティだと思うよwww

 酒を飲みつつ、サークルチェック、鉄ヲタ話で夜は更けてゆく


11/2


 うぉはようございまーす・・・
 天気は良くなるそうです
 もっとも我々は同人誌即売会という日の目を見ないイベントに、しかも最深部で挑もうというわけです。はい

 重たいカートを引き摺って朝から地下鉄駅を目指すのです。
 さしずめ、「九一式航空魚雷を抱いたままの一式陸攻並の機動力」って言ったら怪訝そうな顔してたなぁ・・・五条から烏丸御池を経由して東山へ。車内からしてすでにオタどもの集団が跋扈していたが、東山駅を出た瞬間一面オタだらけ
 朝飯とか全く確保していないので、コンビニでも・・・とか思ったが、すでに店内が行列なので会場に入ることに
 最終的に飲み物のみ調達で、後は持久戦・・・。イベント中に咲夜さんの絶対領域さんと、うさ丼さんにもらった差し入れが大変貴重な非常食料となりましたとさ
 いや、ほんとにありがとうございました
 ここは旅行記なのでイベントの中身は簡潔に、地下1配置なのでさっさと入場。設営始めたらいきなり同じ地下1配置のひろりんさん登場。いつも先を越されるwww設営しつつ、ヲタ話とネタ投下。
 ある程度スペースの準備したところで、湯倉さんの挨拶周りに付き合うことに。ってもあまり時間ないぜ
 3階会場にスペース出してる天剣さんにご挨拶し新刊を押し付ける。湯倉さんに便乗して、ClearBookのヤマグチさんにも新刊押し付け。「むしろ鉄子さんに期待してます!!」とかコメント残して撤退・・・
 11時開場時点では地下は余裕があって、こんな長閑なイベント久々やな〜・・・とか思っていたが、上は惨事らしい。直に下も密度が増してきた
 湯倉さんに買い物代行してもらったので、スペースに居ながらアタリをつけていたサークルさんは殆ど確保。ホントは直接自分で買いにいきたいんだけどね。午後からは追加で自身で買い物とか取り置き頼んであるとことか・・・
 14時半ごろに撤収作業開始し、イベント終了と共に撤退。会場で宅配頼むとエライ順番待ちさせられるので、カートで引き摺って河原町二条へ。コンビニで発送。これが一番手早い
 そのまま集合場所の四条河原町のゲセンヘ。天剣さん、萃風さん、北庄内さんと登場し、いつものようにバトギオフ
 宿にチェックインの関係もあるので、うきはは先に撤収。ちなみに湯倉さんは飲み会に行ったので後ほど合流と・・・。あたいも行こうかと思ったが疲れたし、宿のチェックインもあるので辞退

 河原町から大宮まで阪急で移動。大宮からは京福嵐電。ホームに上がると・・・

 いきなり「ゆかりちゃん号」停まってるし。なにこの引きの良さは〜♪

 「紫のゆかりちゃん号」ご覧の通り、源氏物語のデモトレイン。これで車体も紫なら言うことなかったのになぁ・・・。妖怪少女紫お嬢様号・・・・・・orz

 ちなみに2001はVVVFインバータ制御なので走りのほうは微妙・・・

 四条大宮から二つ目。西大路三条で降りたのはうきは一人きりだった。ゆかりちゃんを見送ってから、本日の宿「大一イン」へと。
 なんだか一般宿泊は不可みたいな事書いてあるんだけど大丈夫。一昨年も泊まったしwww

 晩飯購入がてら定点観測。624がやってきた。ハコのデザインはあたらしくなってしまったが、足回りは依然旧性能の釣り掛け駆動。イコライザー台車がイカス!!

 道路上の安全地帯に停まる2001ゆかりちゃん号。西大路三条は嵐山方が専用軌道との境界部分に専用ホームを設けているのに対して、大宮方は道路上の安全地帯から乗り降りをする。上下の乗り場はざっと100mくらいは離れているだろうか?

 さっきから同じのばかりだが、600が多数派なので概ねコレが来る。嵐山へ向け発車する622

■ モボ624 西大路三条発車

 ローソンで晩飯買ってだらだら戦利品漁ってたら湯倉さんが帰ってきた

 沈黙・・・・・・このあと生死の境を三回ほど彷徨っていた

 典型的なイベント帰りの姿ですね。一晩で全ての戦利品を賞味しますた


11/3

 件の安全地帯から301に乗り込む。釣り掛けだワーイ!!
 解体予定だったものの、先日車籍復活した301号でござい

 四条大宮のコインロッカーに荷物放り込んで、阪急で大阪方面へ

 桂まで乗車した準急梅田行8300。大宮は特急が停まらないので、準急や各停で桂へ出て乗り換える。桂で緩急接続が行われるわけだが、以前は大宮にも特急が停車した。いつからだ?停まらなくなったのは・・・
 阪急もここ何年か種別の統廃合、停車駅の改廃が激しい。快速特急が出来たんだ、なんて思っていたら、すでに京都線には走っていないし・・・
 初めて乗った頃の阪急(昭和50年代末から60年くらい)は梅田を出ると十三に停まり、以降京都の大宮、烏丸、河原町だけの停車だった。それに高槻市が加わり、桂が加わり、反面大宮には停まらなくなった。挙句、本日のような土休日ダイヤでは茨木市や淡路にまで停まるように・・・。すでに特急の「優等感」はない。河原町から特急、急行を続行で出して、桂で急行と各停を連絡させたほうが特急のアイデンティティを保てるのではないかと思うのだが・・・。その場合の特急はもちろん大阪までノンストップだ
 というわけで、やってきた9300の特急に淡路まで乗車。6300が良かったなぁ・・・・・・。
 梅田まで行って地下鉄乗り継いでも、最終的に余り変わらんのだが。淡路で大阪市交の車両に乗り継ぎ、日本橋へ。地下鉄で難波へと。予定通り
 相変わらず難波の地下街は良く解らんが、なんとなく見覚えのあるところを通り、なんとなく見覚えがあるところに出たなと思ったら南海の改札前だった

 乗車列車はすでに入線済み。こちらは後部に連結される11000系4連の「りんかん」。11000系は4連1本のみの形式で、「りんかん」の専用車という位置づけ。これの前には4連の30000系が連結され、こちらが極楽橋までのこうやとして運転される。現在では多くが「こうや・りんかん」併結での運転だが、一部には「こうや」、「りんかん」、それぞれの単独列車が設定されている。

 泉北高速の5505。ご覧のようなラッピングトレイン。車体全体に漫画家、松本零士氏のイラストが貼り付けられている。泉北高速も前々から乗車したいなと思いつつ、中々機会のない鉄道である。今回も乗れない・・・

 快速急行・極楽橋行の2194以下8連。特急と同様に後ろに20mの6000系4連を併結し橋本まで行く。橋本からは前の4両だけが極楽橋へ
 2000は現行の「ズームカー」俗に「ステンレスズームカー」と呼ばれるらしいが、そんなふうに言っている人見たこと無いよ?「ズームカー」自体が結構死後かとwww
 ズームカーは高野線の平坦区間と山岳区間に跨いで広範囲に運用できる17m車の俗称。広角から望遠まで兼ね揃えた「ズームレンズ」からその名前がついたようだ・・・ようだってのは、正式にそれとする資料がないからね。ズームカーというのはこうした高野線全線直通運用が出来る車両郡を指した呼び名で、実際該当する系列は通勤型の21001系、22001系、2000系、2300系、特急用の20001系、30000系、31000系となる。なお、実際高野線での運用には就かないが、22001系改造の2200、2230、2270系もズームカーと言えよう
 通常、「ズームカー」と言えば最初期登場の21001系を指すが、後に22001系等が増備されてくると21001系を「丸ズーム」、22001を「角ズーム」と呼んだりした。22001は正面貫通型であったことなどから、「通勤ズームカー」とも呼ばれる。うきは的にはこちらのほうが通りが良い。さらに、特急用の20001系と「デラックスズームカー」と呼んでいた。2000に至っては「ステンレスズームカー」に加えて「ハイテクズームカー」とか「VVVFズームカー」とか、もうなんじゃそりゃ?ってくらい呼称が多いが、最近では個々の形式を指して呼ぶことは少ないのだそうだ。

 ひろーいターミナル。関西私鉄はさすがだね。左奥から50000「ラピート」、7000、9000、2000

 そして我々が乗るのが30000「こうや」5号。うしろに概出の「りんかん」が併結されている
 南海線の「サザン」は良く乗るのに、「こうや」は初めて。つまり30000に乗るのも初めて。10時丁度発の「こうや」5号でしゅっぱーつ

 シャンハーイ・・・ちがった。ホラーイ!!湯倉さんが美味いよっていうので買った。豚饅一個160円なり〜

 河内長野からは初乗り区間。東大阪や泉南地域の昔からの住宅街がだんだんと新興住宅に変わり、やがて山岳区間へと変わる。旧線付け替え跡がちらほらしだし、まもなく紀見峠を越えて橋本に到着。ここで後部4両「りんかん」を切り離し「こうや」単独運転となる
 橋本からはいよいよ線路も狭隘となる。紀ノ川を渡って高野下まではまだ余裕があるが、それを過ぎると一気に山中に。急勾配急曲線の連続で速度もがっくり落ちる。難波〜橋本間を45分で走破した列車が、橋本〜極楽橋間に32分を要していることからもその急峻さが伺える

 極楽橋に到着。左が乗ってきた「こうや」5号。30000系の並び。30000系は4連2本だけの世帯なのでこれが全て。先代の20001系も4連1本しかなかったし、高野線系統の特急車は必要ぎりぎりしかない。南海線の特急車群に比べて、高野線は4連4本で全列車を回しているんだから凄いよね
 ケーブルカーにはすぐの連絡だが、思いのほか乗り継ぎ客が多いので一本待つことに。幸い頻発しているし

 極楽橋駅舎。右側の坂道を上がったところ。あれが改札で自動改札機が2台だけ。改札はあそこだけで、周囲に人家は無し。高野線は正面の建物に向かって頭端式のホームを形成。左の通路を画面左方に行くと、直角にケーブルの乗り場がある。
 ここは完全に高野山への乗換えしか考慮してない駅なんだ。もう少し駅前に人家とか商店とかあるのかと思っていた。ここまでしか通常の鉄道線路は敷けません。なので、ここからはケーブルカーにしました。ご面倒ですが、お乗換えください・・・・・・って、感じなのね

 一つ上の写真にあった通路部分。佇まいが良いね

 ケーブルカーはまだいない・・・ん?

 あの脚立は・・・・・・。なにすんだ?っていうか、片付けておきなさい

 ケーブルカーが下りてきた。乗客はいない・・・。「こうや」と同様に白と赤のツートンカラーになっているが、どことなく古めかしいデザイン

 車体横に銘盤を発見。「コ21」型。製造はなんと昭和39年。東京オリンピックの年だ!!1964年だから・・・ああ、もう44年も走り続けているんだ。そろそろ更新されてもおかしくないな

 ケーブルカーなので車内も当然階段状。最急勾配で水平になるように設計されているのか、若干床が前傾している。平衡感覚が少々おかしい

 運転台ではなく、扉扱いと非常ブレーキ操作だけのためにある。ここに座るのは運転士さんではなく車掌さんということになる

 出発進行・・・信号はないので「進行」は言わないけど・・・。杉の名所だけあって、あまり広葉樹はない。故に紅葉もあまり・・・

 結構曲がっているね〜

 くだりのケーブルカーと交換

 交換所ってそんなに有効長ないのに、走りながら交換できるんだから良く出来たシステムだよなぁ・・・上下の駅の関係。交換所の位置。ケーブルの長さ。計算し尽しての構造なんだよなぁ
 
 高野山駅に到着。思いのほか大型の車体なんだな〜とか思ったら、連結してた
 ここまで乗車したことで、南海電鉄は鋼索線も含めて全線完乗。貴志川線は「和歌山電鉄」になっちゃってるのでこれには含まれない・・・と注記しておこうか
 大手私鉄としては、去年の西日本鉄道全線完乗以来かな?これで、東の東武、西武、京急、京王、相鉄、東急、東京メトロ、西の阪急、阪神、西鉄についで11社目ということで

 高野山駅の有人ラッチは昔懐かしい楕円形のもの。左には自動改札もみえている。磁気カードやICカードはこちらを利用する形となる。なお、全国の鋼索線でICカードが使えるのは現在のところこの高野山ケーブルだけである

 高野山駅。ここからはバスで連絡。高野山の中枢。金剛峰寺なんかがあるエリアまではバスで20分くらいを要する
 続行のケーブルの乗客を拾ってバスは発車。発車後はしばらくバス専用道路を行く。山沿い、崖上のヘアピンを大型バスが進む。最高!!
 十分ほど山道を走って、ちょっと開けてきたなぁ・・・と思ったら道の左右に寺院が点在し始め、高野山上の町へ入ったことが解る。地図を見たところ、金剛峰寺を中心にざっと30くらいの寺院が点在している。金剛峰寺だけがぽつんとあるようなイメージだったが、かなり大きな町を形成しているようだ。小、中、高、大学まであり、各種役場もある。インフラ関係も整備されており、当然、警察や消防も。ここで生まれて、小学校から大学まで過ごして、そのまま高野山に入門でもしたら、人生の全てがこの高野山上で終わるなぁ・・・とか思ってしまった
 
 奥の院口でバスを下車。目の前では真っ赤な紅葉が出迎えてくれた

 清浄心院沿いの水路は椛で溢れていた。高度があるので紅葉も進んでいるようだ

 いや〜。バックの杉の緑とのコントラストが凄いのよ

 奥の院入り口となるのが、この一の橋
 弘法大師こと、最澄の墓所までやってきた


 ここから奥の院までは約2キロ。その参道の両側には無数の墓所が立ち並ぶ

 高野杉の立ち並ぶ参道を進む

 立ち並ぶ墓石群。こうした墓所が延々続くのだが・・・。お分かりだろうか?墓というのは「仏教」系のならわしであり、実際ここも寺院なわけである。だが、多くの墓所に「鳥居」が構えられている。鳥居は「神道」で用いられる様式であるので、この折衷はなんとも奇妙

 こうした旧軍関係墓所も多数見掛ける。高野山での教練もされていたということで、関係はあながち薄いわけではない。なんで落下傘部隊なのかって?趣味だよ趣味

 落下傘部隊の墓所前には真っ赤な椛

 企業の墓所ってのも結構ありまして。これは新明和の墓所。新明和は関西の企業。かつての川西航空機で、いまも世界一優秀な飛行艇の一つを造っている

 また違和感に気付いた。墓石の後ろに立つものといえば、卒塔婆なのだが、コレを見てもらいたい。明らかに卒塔婆なのだが、およそ通常イメージできるそれとはいささか形が違う。角柱でかつ天辺部分に彫刻がされたものなのだ。宗派の違いか、高野山独特のものなのか・・・

 島津家の墓所前、鳥居。笠木の上に、さらに屋根が乗っかっている。しかも良い塩梅に朽ちているし・・・

 俺は私鉄王になるーっ!!・・・では無くて。さすが南海の営業エリアというか・・・。でも確かに手広く各地の鉄道敷設に関わっているとか、私鉄王の肩書きも頷ける。・・・・・・なんだけどね、どうも関西私鉄王っていわれると「小林十三」氏をイメージしてしまう?

 平坦なようで、結構アップダウンがある
 
 休憩所の傍らから。まもなく奥の院御廟

 御供所。お供物とか、お札とか売ってるのだが・・・

 うっはー。電報打てるのかな!?

 



 御廟橋を渡ると、この先は聖域となるので、写真撮影は禁止とのこと

 灯篭堂は修繕工事中とのことで・・・・・・。なお、これは撮影可能エリアから望遠で撮ってます。違反じゃないモンwww



 湯倉さんがなんかすげーすげーと言いながら写真撮ってたので、つられて撮ってみたが・・・どうも気になるなぁ、と思って見てみるに、やはり無縁仏だった。供養塔とか無茶苦茶書いてあるし

 境内・・・というのだろうか?件の供養塔の向かいにある池と水路。緑の絨毯は苔だろうか?林立する杉と冬目前なのに青々とした光景が、それもまた神秘といえようか

 ぐるっとまわってきて、奥に見えるのが御廟橋

 行きとは違うルートで、公園墓地の中を戻る。先のルートは歴史上の偉人、有名人の墓所が目立ったが、こちらは現在もある企業の墓所が多い

 ロケーット!!新明和工業再び。昔、ロケットプリンセスっていう漫画があってさ・・・もう良いか、そのネタは。もちろん、このロケットは模造品でそのまま宇宙までぶっ飛んでいける代物ではないだろうけど・・・
 局地戦闘機・秋水とか置いてあったら狂喜乱舞して一日中張り付いて帰らなかっただろうなぁ・・・とか言って、よく考えたら秋水は三菱製・・・
 で、あのロケットは住吉三神が宿っていて、月まで・・・無理矢理東方に絡めるのは止めましょう。だが、ここに来ている時点で無理矢理東方ネタに絡めていたりするわけで

 そういえば、「金剛峰寺には行ってないよね」ってことで、奥の院前から千手院橋までバスで移動。エリア内でも2キロくらいあるし、どうせスル関フリーで乗り降り自由なのでバスに乗る

 というわけで、金剛峰寺前に到着

 ここが俗に言う「高野山・金剛峰寺」である。奥の院も含めてそうなのだと思うが、本堂やなんかの施設はこちらにあると考えて妥当だろう

 高野山の本坊ということなので、やはり見ないわけにはいかないよね

 主殿。でかすぎて斜めからしか撮れない・・・

 拝観料500円、払って中を見てみる。基本、撮影禁止なので写真は無いけど・・・

 お、石庭だな!!とか思って喜んで写真撮ったが、こんなの序の口だった

 廊下を通り抜けてゆくと・・・

 こんな光景が展開された。くっ・・・天気が・・・・・・

 石と、整えられた砂利。そこに点在する椛のコントラスト。良いでしょ?良いよね〜
 
 枯山水。こうした「機械では再現できない」技術、かつ自然によっていとも簡単に変えられてしまい、それを「人の手で復元できる」技術ってのは心底凄いと思うのですよ

 

 このうちのどれか一つは要石です。ひっこ抜くと地震が発生しますwwwロシアンルーレットみたいにね

 拝観できる内部施設の図。 主殿の中には由緒ある襖絵や、秀次切腹の間とかあるのだが、「一番面白かったのは台所ですね」という湯倉さんの一言に激しく同意www
 二石一度に炊ける大釜とか。すでに単位のイメージがつきません

 極楽橋に戻ってきました

 15時半の「こうや」は満席だし。なんば直通の快急はご覧のような↑ロングシート車2000系なので、30分待って次の各停で橋本に行きましょうと・・・

 極楽橋のホームの様子。3面4線で17m車が4両でいっぱいの有効長。左から1番線で4番線まである。3、4番は特急専用

 余り使ってないようだが、電留線も2本ある。山の中でスペースが無いのでポイントも多機能型を設置。ダブルスリップスイッチってポイントの最高峰だと思うんだwww
 今度の各停は狙い通りクロスシートの2300だった。閑散期は2連でワンマン運転だが、シーズンでは4両で運行される。その場合はツーマン運転となる

 乗車したのは2301。車体横には「さくら」のステッカーが貼られていた。
 大人気なく。一番前を確保。橋本まで前面展望・・・居眠りしてたけどね

 橋本で目撃。和歌山線王寺行の105系

 パンタぺったんこ過ぎるだろう。ちょっと揺れたら畳んじゃうぜ?しかも良く見たら架線直接吊下方式だし
 相変わらず特急は満席のようなので、急行で境東へ

 堺東で各停に乗換え。6321F以下4連
 帝塚山まで乗車。テヅカヤマってなんか響きが良いよね

 歩いて帝塚山三丁目電停へ。阪堺電軌上町線に。もうだいぶ暗いよ〜
 我孫子道行、大阪市電スタイルの500何号だかに乗って(今回、ことごとくメモを取っていない)、住吉鳥居前へ。上町線もそうだが、阪堺電軌道自体も一年くらい乗ってないんだな〜

 秋の夕日はキスメ落とし・・・釣瓶落とし。光量ががががg・・・

 補正かけたらそれっぽく見えてるけど、実際肉眼で見てるともう少し暗い・・・ってゆうか、あれ?閉まってね?
 開放、17時だって・・・いま?もうすぐ17時半・・・・・・orz

 しょうがねぇ。てゐちゃん撮って帰るか・・・スゴスゴ

 見れてもこの暗さじゃ消化不良気味だし。湯倉氏には悪いが、実は一度全て見ているので・・・
 じゃぁ、帰る方向で・・・ってことで、南海住吉駅へ。直前に電車一本行っちゃって、次の電車まで15分待ちかよって。なにこれでも都市部の本線??
 やっときた7100の4連に乗ってなんばへ。地下鉄四ツ橋線で肥後橋へ出る

 肥後橋駅から直結の地下街である。・・・・・・・この寂れっぷりは・・・。すでに「地下街」ではない。時刻表か地図をお持ちなら、肥後橋の立地を調べてみて欲しい。城東線・・・失礼、大阪環状線の内側。難波と梅田の中間である。時刻は18時半頃。早朝や深夜ではない。祝日とはいえ、夕方の混雑時間帯である

 いったい・・・この地下街に何が起きたのか?準備されたテナントはことごとくシャッターを閉め、長く営業された形跡は無い。この人気のなさが原因か?人通りが少ないから商店は店を閉めたのか、店を閉めたので人通りが減少したのか。おそらくその両方だとは思うのだが・・・
 しばらく進むと、突然真新しい横道が出現する。出現したそれに進入すると、まもなく暖色系の照明に彩られた地下街に行き着いた。ファーストフード店が幾つか軒を連ねている。開業したばかりの京阪中之島線、渡辺橋に駅に付随する施設だ。人通りはこちらも少ない、それでもこちらには確かな営みがある
 思うに、中之島との連絡を見越して、四つ橋線開業時に準備された地下街だが、長らくの単独営業では地下街は維持できなかったのではないだろうか?開業後にしても、この人気ではなかなか隆盛を得るのは難しいのではないかと思われる。乗換駅とはなっているが、実際地下街を10分程度移動しての徒歩連絡である。梅田方面にしても、難波方面にしても京都や東大阪からきた旅客は淀屋橋で乗り換えたほうが遥かに便利なのだ。京阪本線は東から京橋、天満橋、北浜、淀屋橋と4駅連続で南北方向の鉄道路線に接続をしている実情もある。現実を見据えると、ここに再び多数のテナントを迎え入れるにはただの連絡駅としての機能だけでは難しいと言わざるをえないだろう。そう、例えば地上に多数の企業ビルや、劇場、ホール等の施設の誘致。つまり、この駅が始終点となるような旅客のながれ、そうした施策が必要となろう

 そんなわけで、開業後半月ばかり経過した中之島線に急遽乗ることに・・・どちらかといえば、回顧主義で新線とか新車に「わざわざ」乗りに行くほどの人間ではない。だが「ついで」があれば積極的に活用するのもまた事実だ

 さすがに開業半月なのでピッカピカ〜・・・・・・あ、写ってら・・・・・・なんて、言わなきゃ解らないものをwww

 とりあえず、やってきた準急の6000で終点の中之島へ。湯倉さんが「3000に乗りたい」って言うので、「中之島で快速急行狙ってれば直に来るでしょう」とか言いつつ、終点中之島入線・・・

 いきなり居るしwww今回もいろいろ引きの良さが・・・

 開業記念ヘッドマークも付いているよ



 車内は扉間1−2列配置の転換クロス。床のクロスが特徴的、瀟洒なビルのフロアパネルみたい

 9000の集団離反型固定クロスはやはり不評だったんだな〜と、思わざるを得ない

 まだまだ新車の匂い、3002に乗って京都へ

 大江橋。大江山とは関係ないと思われ

 枚方市で連絡した普通は2222、ゾロ目だった
 3002に四条まで乗車。いつものように人ごみに辟易しながら鴨川を渡り、河原町へ。宿は五条だが、大宮で預けた荷物を回収してこなければならない
 特急は先述の通り停まらないので、各停は・・・桂行きがあるな。入庫かな?とか思ってホームへ降りると6300だった。ラッキー!!6300系最終増備の6330F、6380に乗車。二駅だけだけど、ちょっと豪華な各駅停車
 特急の運用見直しで、6300にも廃車が発生しているというし、近い将来淘汰されていくのは紛れも無い事実かと思われる。乗れるうちに乗っておいたほうが・・・。ところで、2ドア転換クロスの18m車って、観光要素の高い地方私鉄には丁度良い大きさじゃないかと。例えば、富山地方鉄道。京阪の3000とか入っているしね。6300ならハイグレードな車両として期待できそうだ。かつては2800の導入計画もあったことだし。電装の問題さえクリアできれば・・・

 大宮で荷物確保してからまた河原町に戻るとか、結構無駄なことしてるけど、だって荷物重いんだから仕方ないじゃん。俺も重いけど、湯倉さんなんてアレ持ったまま移動してたら逝ってるZE☆
 宿は五条なのだが、川を渡って、京阪で一駅乗って、また川を渡って・・・アホらしいので河原町からそのまま歩いて南下する。徒歩距離はそれほど変わらないし、河原町の駅周辺さえ逃げちゃえば人通りが少ないのは知っている。だって先月も全く同じルート歩いてるもん


11/4

 最終日〜。余裕ぶっこいてたら、起きたの10時前だったよw
 軽く朝飯食べて・・・

 朝飯だよ。朝飯。↑誰がなんと言おうと、この組み合わせが朝飯だよ・・・。奥のコーラは湯倉さんの。湯倉さんと長期旅行に行くことがあったら数えてみて欲しい。コーラの消費量を・・・

 本日は五条からスタート。ガイドブックもなしに京都を縦横に歩き回る奴ら

 三条までは2614で。ここで特急に抜かれるので、特急に乗り換える。だいぶ少なくなったが、写真のハコが現状もっともオリジナルの状態を保持しているだろうか?開閉可能な正面窓。ガイコツテール・・・

 一駅だけど、ダブルデッカーで出町柳へ。8801、トップナンバー編成だったんだね

 河合橋から。高野川を渡り下鴨地区へ。この背後で賀茂川と合流し、鴨川となる

 視線にて川を遡ると、その先には五山送り火、「妙法焼き」の「法」の字を臨むことが出来た。そういえば、大文字焼きも暫く見ていない・・・

 下鴨神社の表参道。漆喰と木塀、白い蔵が素敵。こうゆう家に住みたいが維持するのは大変だろうなぁ・・・。蔵はもちろん貯蔵の目的ではなく、趣味の空間に

 石柱と鳥居が出現。この辺りから神域かと思いきや、本当の意味での境内はまだまだずーっと先である

 両側が木立になって雰囲気も出てきたが・・・・・・・・・境内はまだまだずーっと先である

 やっと、それっぽい砂利敷きの参道に変わったが・・・しつこいようだが、境内はまだまだずーっと先である。だが、ここからは神域と捉えて相違なかろう。ものども下乗!!

 読めるかなぁ?というわけで、下鴨神社は通称、正式には賀茂御祖神社という。カモミソ神社ではない。カニミソみたいだwww「カモミオヤ」神社。山城の国の一の宮であり、全国賀茂神社の総本社として・・・・・・あれ?「鴨」神社の総本社は高鴨神社の筈だが・・・

 さすがにでかいな〜

 いくつも御由緒書とか説明看板があるのは、時代や製作者によって考証が違う為である。一方にあって、こちらになかったり、言い回しや表現が微妙に違ったり。凄いものになると、二つの説明でまったく間逆のことが書かれていたり・・・
 まぁ、大体は同じなんだけどね。いくつもあるのは、ほら、あれだよ。大人の事情www

 いきなりだが、脇道に逸れろとの指示のようだ

 参道から外れて鳥居が見える。手前が瀬見の小川と紅葉橋か・・・

 石川や 瀬見の小川の 清ければ つきもながれを たづねてぞすむ・・・・・・

 鳥居の中に鳥居が見える。緑と赤のコントラストが良いね
 
 河合社に行く前に、反対側正面の三井社をちらりと
 
 楼門をくぐり

 まず正面に鼓殿

 そして本殿を構える

 神徳多いな〜

 なにやら合祀している感じ・・・中身は、さぁ!!なに!?

 お、良くお見かけする名前が・・・

 あるんだなぁ・・・
 
 任部社。祭神は八咫烏である。つまり、お空。うにゅほ・・・あれ?
 
 隣には貴布禰神社がある。字の当て方が違うが、同じく京都の貴船神社と同列のものだろう

 境内にはおよそ神域には似つかわしくない庵が佇んでいた

 鴨長明の方丈だそうだ
 
 紅葉すれば綺麗なんだろうなぁ・・・っていうコメントをこの先たくさん残すと思う
 
 烏の縄手。説明の通り、「縄手」は細道の意。八咫烏様への参道というわけだ・・・書いてあることそのまんまのコメントだなぁ(汗
 
 下鴨神社は広大。故に、そのままでは左右の町の往来を妨げてしまう。自動車は通れないが、歩行者は参道を横切れるように幾つか参道と直角に交差する脇道が作られている。そんな一つがこの橋。車止めの柵も配置されているが物理的に車は通れない。というか、このあたりは神域内なので、乗り物に乗ってちゃいけないのが原則。だから、ほんとは自転車もダメなんだよ。カブでバウンドしながらこの橋を超えてった住民も居たけど・・・

 瀬見の小川の源泉・・・と思いきや、それっぽく作ってあるだけで、隣の水路から水を引いているくさいね。あと、とても人工的なのでちょっと・・・

 ここまでが長々と参道。ここから神社の境内である。やっと
 
 手水が船なんだ〜 

 舟形磐座石・・・


 
ではでは、あらためて賀茂御祖神社へと・・・・・・いや、まだ手前にあるね・・・
 
 ここにもあったか、さざれ石。漢字に変換すると「細石」となるように、本来は「小さな石」だが、年月を経て多くの石がくっつき、大きな岩になる・・・
 ちなみに、ここ数ヶ月で、諏訪大社と皇大神社でも見ている。探すと、それこそ星の数ほどあるんじゃなかろうか?
 ある種、神石、神様の宿る石なので神社ならあって不思議はないのだが

 大小の鳥居が並ぶ。ひとつは社で、ひとつは御神木

 相生社。縁結びの神様だ。御神木は「連理の賢木」。以下に解説↓

 植物学的には「榊」・・・で良いのだろうか?ちなみに貴船には連理の杉があったな

 社の周りに小道がある。榊の周りを左右に分かれて回って、出会ったところで声を掛け合って・・・   伝説のことだね
 湯倉さんとやってもただの自虐ネタにしかならないので次に

 この御由緒がきは長いぞ

 なので、

 分割でw

 入ってど真ん中に神楽殿・・・概ね、大きな神社はこの様式だねぇ

 本殿・・・なかは別料金・・・次、次

 なんかやってるらしい・・・だが、別料金

 あかい太鼓橋〜。なにかな〜

 ここが「みたらし団子」の発祥か!?梅の木はこーりん・・・・・尾形光琳か・・・・・・
 
 御手洗川の水源。あの御社の下かな?後ろの水路に繋がってる、とか野暮なこといっちゃ嫌。ちなみに、赤い欄干の石橋を渡った先は別料金・・・しつこい

 別料金エリア。しつこいにも程がある。あかい平安装束の女性が良いですね。なんだかやらせくさいけど、まぁイベントです。

 良く見たらちゃんと3本足だった、八咫烏さん

 下鴨神社から市営バスで上賀茂神社へ。歩いていったら大変なことに・・・
 20分ばかりバスに揺られて上賀茂神社へ

 下鴨よりも小ぶり。でも参道の開放感はこちらのほうが

 読めないよ

 賀茂別雷神社。五穀豊穣ライスシャワーはきっと関係ない

 鼓殿・・・あの蟻塚みたいなのは・・・

 良いよねぇ・・・








 
 片山御子神社。

 あの橋は通行禁止なんだ





 小川の周りにも摂社、末社が並ぶ

 住吉社だった。住吉三神が祀られている。昨日、御参り出来なかったし、良かったねぇ・・・。ロケットの神様なので、石川島さんも祀るといいかもよ。あとは人形くくりつけてサクリファイすれば飛び上がる・・・スマソ
 
 渋渓園。ここで  やるんですよ
 
 賀茂山口神社

 稲荷さんがある・・・・・・山登るのか・・・キャンセル

 渋渓園。別角度から。こっちのほうがそうゆう感じかな?
 
 紅ければなお・・・・・・・

 上鴨神社を辞して、次は・・・と

 とりあえず、上賀茂御薗橋まで移動してバスに乗る。直通がないので、北大路バスターミナル経由で。北部は大概北大路を経由すれば行くことが出来る。京都駅、河原町、京阪三条辺りと上手く活用すると、京都市内は至る所にバス路線があるので移動は容易
 
 叡山電車にのりまーす

 元田中は上下ホームが踏み切り挟んで対角状に。かつてはここで市電と平面交差しており、ここから京都市電が叡電に乗り入れていた

 721で八瀬へ。アーチ屋根が特徴的

 八瀬・比叡山口駅。八瀬が正式名称で、比叡山口は付け足しというか・・・そもそも、「八瀬遊園」の時代にしか来たことないよ。上の写真の700がまだ釣り掛けだった〜

 歩いて5分。ケーブル乗り場へ

 その名も「ケーブル八瀬」駅。電車の到着と、ケーブルの発車が同時刻って・・・どうなの?つまり、30分待ちだよん

 ケーブル降りてきた。でも発車は20分後・・・

 部分部分色づき始めた山中を進み、ケーブル比叡へ。ここでロープウェイに乗り継いで、さらに高度を稼ぐ

 連絡がタイトで、すぐにロープウェイ出るというので、撮れたのはワンカットだけ。昔はこうゆう楕円形車体のゴンドラがあちこちで活躍したもんだが・・・

 時間無いって言ってるのに、撮影

 だから時間無いって言ってるでしょう

 眼下には京都北部の町並みが広がる。京都の市中心部は左手の方向で、車窓からは眺められない

 比叡山頂に到着〜。840mかぁ、結構高いなぁ

 ちょっと、掘っ立て小屋チックなロープウェイ乗り場
 ここからバスで移動なのだが、バス乗り場は少々離れている。概ね平行移動なのだが、やはり山上だけあって起伏はある。つまり舗装された山道だ

 ススキの揺れる京都の山中。眼下には京都北部の町並みと、丹後へと続く山並みが一望

 たった5分で真反対の眺望。琵琶湖と大津市街が広がる

■ 比叡山頂パノラマ

 比叡山頂から延暦寺へはバスで移動。ところで、次のバスまで30分待ちとは如何なものかwww
 しかも、時刻は16時を回っている。実は、延暦寺の公開は一番遅いエリアでも16時半までなのだ・・・。最初から東塔エリアに絞って参拝することに
 ぎりぎりでゲート通過。しかも団体料金扱いにしてもらってラッキー。二人の団体

 根本中堂へ。中堂自体は少し下に

 参道、長いくだり坂。終了間近でもまだ参拝客の姿はちらほら

 こんな風にいくつかのエリアに分かれている。所要時間は「お車」での時間です・・・って

 だ、そうです
 というわけで、伝教大師の御膝元・・・。ちなみに伝教大師は「最澄」って・・・

 ご自由に御参りください・・・でも撮影禁止です

 牛だ・・・

 うひぃ、階段ばっかり

 紅いねぇ〜

 紅、黄、碧、コントラストが良い。ちなみに鐘楼、一突き100円





 まぢ階段ばっかりやwww

 阿弥陀堂



 ここがあの女のハウスね・・・じゃなくて、ここが東塔エリアの由来である、東塔



 紅葉と東塔

 戒壇院

 そんなわけで、駆け足で比叡山、延暦寺の一部をまわってきた。延暦寺は「最澄」、昨日行った金剛峰寺は「空海」。つまり、併せると「最も澄みわたる空と海」ってことになるんやなぁ・・・
 時間が時間なので、下山の方向に。来た道戻るのはポリシーに反するので、今度は大津側に出るよ

 さぁ!!下山するよ。いや〜登山道だねぇ!!

 ではなく・・・坂本ケーブル。乗り場まで300m
 
 坂本ケーブル、延暦寺駅。モダンながらシックなかんじで

 暮れなずむ琵琶湖を望む

 待つことしばし、ケーブルカーが登ってきた。架線がないのにパンタグラフ上がってるぜwww

 運転台〜

 1円です・・・

 一番前に乗ったよ。ケーブルもロープウェイも基本的に下側に乗るの。架線柱の土台とか残ってるね
 鉄橋あり、トンネルあり、切通しに急カーブ、途中駅まで盛りだくさんの坂本ケーブル

 終点に到着

 ケーブル坂本駅。もうすぐ完全に光が無くなる・・・

 徒歩で、京阪の坂本駅へ。少々距離がある。近道とか書いてあるので行って見たら、なんだか学校のプールの下とか通されてなんだこりゃ?

 坂本で発車待ちをする石山寺行き601。これで浜大津まで。
 石坂線も大津以西は駅間距離も長いし、アップダウンも多い。釣り掛け電車が走っている頃に乗っておけば良かったなぁ・・・260とか・・・・・・惜しいなぁ
 浜大津から800で三条へ、五条で荷物引き上げて、東福寺へ。東福寺で都区内までの切符買って後はJR。103系乗れるかな?とか思ったら、やってきたのは221系だった。各停運用も入ってるんだな〜
 京都で土産と晩飯買って、一路のぞみで東京へ

 ご飯ご飯〜♪

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