午後から行ける、ちょこっと日高探訪

2008/3/8

 なにも北海道へ行って来たわけではない・・・
 埼玉県の日高のことである。突然、思い立ってネタ拾いに行ってきただけの話だ

 府中周りで国分寺へ。国分寺から東村山、所沢と乗り継いで、やってきたのは入間市。駅を出て北へ進むと・・・

 雛姐キタコレ!!

 鍵山交差点
 厄いわね〜・・・・・・・・・気が済んだ。これだけのために入間市まで来た。おっけ、本望だ!!

 帰ろう・・・・・・で、終われば良かったんだけどねぇ


 こうゆう建物大好き。鍵山交差点から入間市駅までの間にて

 倉と直結

 こうゆう、昭和の匂いがする家屋は大好きである。埼玉でも外郭部に赴くとこうした建物がまだまだ残っている

 入間市から西武池袋線で・・・・・・

 やってきたのは飯能ですよ?あれ??家と反対だしwww

 ちょっとお遊び。わりかし普通、「快速急行・飯能」

 怪しくなってきたwww
 飯能発「快速・入間市」。各駅停車の入間市行で良いじゃん。どうせ全駅停まるんだから
 というか、こんな区間列車存在しないし

 これは酷い。だから各駅停車で良いじゃんよwww
 つうか、あれだ、西所沢で一端駅を通り越して、本線上でバックしてから狭山線に入らないと西武球場前には行けないぜwww


 4000系乗るのも久し振りだ。東飯能に

 JRの東飯能である
 このまま拝島へ出て、立川へ出て・・・・・・ああ、そうすれば家に帰れたんだ。最後のルート分岐だったんだな

 東京臨海流れの209系3100番台に乗った。つうか、おいおい、左側になんだか見えちゃ行けないもんが見えてるぜ?

 あい〜。高麗川まで来ちゃいました〜。確実に家から遠くなっていますwww

 高麗川駅遠景。広い構内

 後追い厳しい・・・川越へ向けて去る、先ほど乗った209系

 踏切のど真ん中で。背後は高麗川駅。右の架線柱の列が川越線。左の架線柱のあるのが八高線。真ん中は日本セメント専用線跡・・・
 行っちゃおうぜ、日本セメント(現・太平洋セメント)埼玉工場・・・

 つうわけで、行き掛けの駄賃で廃線探訪・・・さすがにこの踏切から侵入すると怒られそうなので、アプローチは八高線沿いに進んで一つ目の踏切からとする

 アップで専用線を撮ってみる。見た感じ、まだ線路は残っていそうだ。シメシメ

 畑の中を築堤で進む専用線跡。レールも残っている。というか・・・・・・明後日の方向向いてる信号機類が笑える

 八高線の踏切を越えて、いよいよ日本セメント専用線へと・・・奥に見える踏切が専用線

 畑の中を進んで・・・・・・うわぁい、わくわくしてきた〜♪

 なんだか現役そのものに見えるね

  踏切の部分は線路は剥がされていた

 高麗川方を見る。つい最近まで(・・・といっても1999年だけど)使用されていたので、比較的綺麗に残っている

 一種の、理想的な廃線跡の風景だと思うんだ

 さて、では埼玉工場の方へと進んでみようか

 利用頻度の高い道路はやはり線路を撤去している模様だ。踏み切り警報機が無いので、もともと横断部分しかないような踏切だったのだろう

 高麗川方を見る。かなり建てこんでいる。そう遠くない将来、道路化されてしまっても不思議は無い

 線路内歩行禁止・・・現役時代から通行する人がいたのだろう。今だってほら、ちょうど良い散歩道だよ。これもまた、正しい廃線跡の風景かと・・・

 もっと畑のど真ん中を走っているかと思っていたが、思いのほかギリギリまで民家があるね。ここをDD51牽引の貨物列車がつい最近まで走っていたなんてね?

 制限は15キロだったようだ。もちろん、列車の。こんな遮断器も満足に無い踏切が連続してちゃね

 バッテン・・・・・・なんの標識だったっけなぁ・・・

 しかしまぁ、気分良く残ってますなぁ

 沿線中、唯一完全な姿で残る踏み切り。農道との交差部分で、そもそも往来は殆ど無いのでそのまま放置されているのだろう

 最高ですよ、これ

 現役時代となんら変わりない、小踏切

 あまりにも気分が良いので色んな角度から撮影

 なんだか、レールだけ突然外されている部分に遭遇。枕木はそのまま残る

 高麗川方を臨む。ここがレールの最終点。これより先は一切のレールは無かった

 道路と交差し、その先にも路盤は続いているが、レールはおろか枕木すら皆無となった

 この先はすでに日本セメントの敷地内

 傍らの看板には専用線の線路が描かれたままだった

 ぐるっと周って工場のすぐ脇までやってきた。路盤は半分道路と化している。立ち木の列の向こう側にかけて、まっすぐに線路は敷かれていた

 工場内を。このさきにヤードが広がっていた。工場内のほうが痕跡が消滅するのは速かった様だ

 さて、この先は入れないので、廃線探訪も終わりかと思いきや・・・・・・実はこの工場に入っていた専用線は高麗川からの路線だけではなかった
 全くおなじヤードに直結する形で、東武越生線からも専用線が連絡していたのだ。もっとも、こちらの廃止は早く1984年であり、すでに廃止後四半世紀近くが経ってしまっている。どれほどの痕跡が見受けられるか解らないが、折角なのでそちらも当たってみようと思う
 とりあえず、工場に沿って、北東側にアクセスすべく小道を行く
 相当広い工場なのが良く解る

 反対側にやってきた。中央、奥の盛り土の部分が実は廃線跡の築堤なのだが、帰宅後の調査でこれは本線ではなく、引き上げ線の築堤であることがわかった。写真は築堤と交差する形だった道路から工場側を撮影しているのだが、実はこの道路は引き上げ線をくぐる形で交差しており、写真背後側にもう少し行ったところで引き上げ線は終わっていたようだ。ご覧の通り、築堤は殆どが削り取られ、その痕跡は殆ど無い

 一個上の写真の背後側。この砂利敷きの平場の部分まで築堤が伸びていたはずだ

 さて、問題は、ここで廃線跡を完全にロストしたことだ。ここから越生線の西大家まで専用線が伸びていたのは間違いない。だが、その痕跡が判然としない。そもそもだ、こちら側の下調べを全くしてこない状況で訪れているので、たちが悪い
 これも帰宅後の調査だが、写真奥に微かに見える右に向か築堤が専用線そのものであるのだが、このときはそんな事は露知らず・・・・・・・・

 地図は携帯でアクセスして取得した地図のみ

 とりあえず廃線跡に沿っていそうな道を進んでみるが、まったく廃線跡っぽいものには出くわさない。そりゃそうだ、廃線跡はどんどん左の奥のほうに遠ざかっているんだからwww

 全くもって予想が出来ないので、ただ西大家を目指して歩くのみに

 途中で、何かの調査の足しになるかと思って・・・

 撮影してみたりもしたが、結果としてまったくもって見当違いという・・・

 大分、陽も傾いてきた・・・こんなとこで何やってんだ、俺

 あ〜なんとなく鉄道線っぽいカーブだよなぁ・・・・・・なんて思いながら撮ってるけど、全く見当違いだからwww

 ちいさな社の鳥居、木立の向こうには川・・・悪くは無い風景だ。まだまだ、武蔵野の情景は残っている

 この道をまっすぐ行けば西大家の駅。先は見えてきた・・・だけど、横道に逸れちゃうのはいつものことだ

 越生線の小さな踏切にやってきた・・・・・・なんか変?

 あやややや・・・踏切が二股に!?しかも、どうみてもこの先は畦道です。こんな立派な踏切作る必要ないと思う

 不思議な踏切でした・・・

 道なき道を歩いていたら、坂戸行の電車が走っていってしまった・・・次、何分だろう???

 西大家に到着。高麗川から実に1時間半歩き詰め。都合、6キロ踏破。久々に歩いたなぁ〜。ところで、貨物線が分岐していたとは思えないほど小さな駅だ・・・・・・
 それもそのはず、専用線は西大家を通っていなかったのだから・・・

 結論と敗因

敗因1:事前調査を全くしていなかったこと
敗因2:引き上げ線を本線と誤認し、その進行方向に沿って道を選んだこと
敗因3:西大家よりも東側で分岐していたものを、西側で分岐していたものと誤認したこと

結論:次回は西大家側から探索を開始すべし


 こんなことでも無い限り、訪れそうも無い武蔵野の小駅、西大家

 意外と頻繁に電車は出ていてホッとした、やってきた8000系で坂戸へ、乗り継いで川越市へ

 川越市まで乗車した急行の9102F。LED表示化されてたり、ヘッドライトはHIDだったり、車内もリニューアルされてた。地下鉄副都心線向けの修繕工事を施行したようだ

 川越市から本川越へ歩き、ゲセンに立ち寄ってバトギの鍵を作成、本川越から何を思ったか新宿まで小江戸に乗っちゃうのはまた別の話・・・・・・・・・

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