安曇野翡翠紀行


 最初は諏訪に行こうぜって話しだったんだが・・・紆余曲折あって「糸魚川に行きましょう」になった。つまり、うきははこう解釈したわけだ「姫川で翡翠を探してヒャッホーするんだな」・・・・・・と

2009/7/4

 勤務明け、午前中高尾駅に立った。基本的に車での移動だが、合流地点までは電車での移動となる。そもそも合流地点を設定したのはこの私だが・・・

 2番線には小淵沢行の山スカが停車中。まもなくの発車だ。個人的にはこれに乗りたいが、まだ同行者が揃っていないので見送る
 程なく、湯倉さん、続いて外魔さん登場。これで高尾駅集合組みは揃った。次の大月行E233で西へ向けて出発
 相模湖で特急に抜かれて、その次、

 高尾から数えて二つ目の藤野で下車。わりとこの界隈は行き来することが多いのに、改めて考えると藤野の駅で降りたことってないのね

 EH200がけたたましいブロワー音を轟かせて通過していった

 線路沿いにはアジサイが咲き乱れる
 さて、西へ向かう電車を早くも2駅目で捨てた我々は、高速道路上で待つドライバーの寝起さんと合流するべく線路沿いの小道を歩いている
 電車で来て、高速道路上で車に乗り込むという離れ業を思いついたのは先述した通りうきはである。まぁ、そんなに大したことじゃないんだけどさ・・・

 中央本線を越えて、住宅街の中に・・・。同行者の二人には一切話していないが、アクセスポイントは先ほど藤野到着直前に車内から確認していた
 左手やや上には中央道の防音壁。それを越えて、高速度で往来する自動車の走行音が響いてくる
 
 駅からゆっくり歩いても10分と掛からずに到達できる。「ぷらっとパーク・藤野」つまり何かというなれば、「中央自動車道・藤野PA」なのであった

 階段を上がればもう目の前は中央道。乗用車から大型バスやらトラックが時速100キロ以上でかっ飛ばしている

 経費と手間の削減で、藤野PAを合流地点に選択。こういったパターンでの合流は初の試みだが、例えば高速路線バスのバス停なども有効に活用できよう?
 というわけで無事に寝起さんと合流して、一向は一路西へ・・・・・・・

 ・・・・・・の前に着替え着替えw

 あらためて、出発!!中央道を西へ。いろいろ駄弁っていたら、

 あっという間に八ヶ岳。八ヶ岳でファーストおりんりん
 雲が多くて八ヶ岳は良く見えないし、アルプスも良く見えないけど、でもここ何日かと比べれば問題ないくらいに天気が良い

 あーうー☆
 セカンドおりんりんケロちゃん・・・あーうー。違う
 セカンドおりんりんすわこ
 おりんりんは諏訪子じゃない。何言ってんだ?

 つまり諏訪湖SAでおりんりんして「おやき」食べたんだよ。長野と言えばおやきでしょう?って言ってね
 岡谷JCTで長野線に入り、塩嶺越えて塩尻へ。豊科で中央道おりんりんして北上

 ここにも彼女の姿が!池田の街中にて・・・日本全国にある・・・・・・・筈だ
 界隈で三人くらい見かけたよ

 いやぁ、のどかで良いなぁ・・・・・・・・で、ここはどこかって?

 どこかってそりゃぁ・・・

 このお方のところだよwww
 突発的に零さんのお宅に御邪魔してきた。小一時間おしゃべりした後、我々はさらに北を目指す。本日の目的地は白馬である
 国道148号線を北上、木崎湖を眺め、海ノ口駅を見て「あ〜おねツイの駅だ・・・」とか思っても、同行者諸氏はきっと興味が無いので黙っている。「おねてぃ」でも良い
 どうでも良いけど・・・いや良くない。重要
 うきはは樺恋派だ・・・・・・・・みずほ先生おっぱいでかいよなぁ・・・・・・・本題に戻ろうか

 白馬のジャンプ台にやってきた。正式には「白馬ジャンプ競技場」というようだ。天辺まで行きたかったが、天候悪化のために断念。雨降ってるんだもの。リフトとエレベーターを乗り継いでタワーの天辺までいけるということだ。なお、手前がノーマルヒル。奥がラージヒル
 そんなわけで、これしか写真無し。上まで登っていればもっといろいろ撮ったろうに・・・
 宿は目前だが、時間もあるしもう一件、

 ということでやってきたのがこの社
 
 切久保諏訪神社。岩岳諏訪神社とも呼ばれているが、土地の人からは「霧降宮」と呼ばれているそうだ。この界隈には諏訪神社が多くあり、切久保の諏訪神社が「霧降宮諏訪神社」、嶺方が「雨降宮諏訪神社」、八方が「霜降宮諏訪神社」と呼ばれており、白馬村の諏訪三社とされている

 祭神は建御名方命、八坂刀売命、手力雄命、八縣宿祢命、天照皇大神。千国庄というのは現在の小谷のあたりのことだ

 鳥居をくぐると参道は小さな川を石積みの橋で越えて進む

 拝殿、本殿は一段高いところに座している

 参道を逆側から見る。中々趣きあって良いよ
 
 境内に流れがあるってのは良いなぁ。やはり
 
 拝殿。「諏方」になっているけど、諏訪地方も物によっては「諏方」地方と表記されるので間違いでもない

 拝殿前より境内を。左に見えるのは神楽殿
 
 ここも境内には紫陽花が咲誇っていた・・・・・・
 
 白馬まで来て、諏訪神社巡りをしたいという殊勝かつ信仰心篤い方への参考に・・・。この本数が多いと感じるか、少ないと感じるかは貴方次第だ・・・。少なくとも「洩矢神社前」よりは多い

 本日の宿は扇屋旅館さん。一泊二食付き6800円で他に入湯税がかかるが、まぁ7000円で晩飯、朝飯が付くんだから安いもんだ。温泉入れるしね〜♪

 で・・・こうなるとwww寝起さん爆調だった。ひぇぇぇぇ
 こうして夜は更けてゆく・・・・・・・


2009/7/5

 誕生日だ
 あははー
 全く関係ない
 さよなら20代。こんにちわ、30代

 もにょもにょ起き出して・・・寝ぼけたまま

 大浴場に。貸切だー♪
 
 アルカリ性単純温泉。咲夜・・・・・・昨夜、入浴時に調べてみたが、無味無臭だった・・・

 脱衣所の外、引き戸の隅にケロちゃん発見。部屋の前もそうだったけど、周りが田圃だらけなので、ケロちゃんだらけ
 さぁて、朝ごはん食べて行くよ〜
 本日も引き続き国道148号線を北上。南小谷でキハ52見てヒャッホー。今日は標準色だった
 
 小谷を過ぎた先のコンビニで小休止。駐車場の下は田圃。田圃の中にポツンと岩山が・・・天辺には石造りの祠が鎮座している。きっと氏神様でも祀っているのだろう。鎮守か産土かもしれない。珍しいな?と思ったのだが、同様の形式のものをこの先幾つか見ることが出来た。このあたりではわりとポピュラーなんだなぁ

 コンビニ脇、軒先には燕の巣があった。雛が顔を出していた。ごはんまだー?

 長閑だよ・・・長閑だけど、急速に日本離れした風景に近付いている
 小滝の集落を超えて、国道から分岐する。小滝川に沿った県道、それはやがて林道に変る。道路は高度を増し、川面からは10数メーターは比高もあろう。そして迫り来る岩山

 やぁ、凄いねぇ・・・・・・
 近付くにつれ

 すげぇな・・・・・・対象物がないので解り辛いが、目の前に迫る岩山にただただ圧倒される

 そんなに山ばっかり撮ってどうすんだって話だけど。だってすげぇんだもの。一回見てみる価値はあると思うよ。出来れば登ってみるといい。登るっていっても、いわゆる「登山」ではなく「クライミング」だけどねw
 
 というわけで、小滝ヒスイ峡にやってきた〜。土産屋っつうか、「石屋」が一軒だけある

■ 小滝ヒスイ峡・明星山 動画 

 
 「硬玉」っていうのが、いわゆる「翡翠」のこと。非常に微細な結晶が絡み合っているため壊れにくいという特徴を持っている。つまり「硬い」のである
 宝石ってのは通常原石から研磨して輝きを放つものであるが、ここで採れる翡翠(正確にはもっと下流かと思われる)は日本海に落ち込む急流によって自然に磨かれるために、人工的に研磨せずとも美しい輝きを持つものがあると言われている
 それが天然記念物としてのいわれであり、世界的に見ても翡翠の一大産地であると言われる証左であろう
 
 このヒスイ峡まできて、やっと先ほどの山が「明星山」という名前であることが判明した。見ての通りの岩山であるが、その殆どは石灰岩である
 ここまで来たら、河原に降りてみたい。ヒスイ峡売店付近からは河原まではかなり高低差があり、そのままアクセスは困難。聞くところによると、少し先に河原に降りられる広場があるとのこと。駐車場もあるそうなので、車で少し移動してみる

 河原ー。ここで翡翠が採れる・・・・・・筈。くどいようだが、採ったら罰則

 川面はおだやか。少々流れは速いが、岩が削れて宝石になっちゃうくらいの急流ではない。良い感じの清流よ♪

 跳ぶの好きなんだなぁ・・・この方はwこないだ山寺でも跳んでた

 上流側を臨む。背後には明星山。周囲はいたって普通の山林なのに、明星山だけぽつりとでかい岩山がある。不思議だねぇ・・・

 ヒスイ峡を堪能し、国道を北上。関東の人間は川の流れは「南下」すると「海」っていうイメージがあるのだが、日本海側は「北上」すると「海」なんだよな・・・頭でわかっているし、別段おかしなことではないのに、やっぱり違和感がある。川が「北に下る」っていうのはさ
 いよいよ小滝村から糸魚川市に入って・・・なんて書くと旅行記っぽいけど、糸魚川町と小滝村が町村合併したのは昨今の市町村合併ブームよりもはるかに遡ること1954年6月だったりする
 そんなわけで、糸魚川の中心部も近付き、姫川の流れも幾分緩やかになったような気もする。川幅は比較して増大。言ってしまえば、普通の川になった
 大糸線で言う所の、頸城大野と姫川の間で国道から分かれ、姫川東側の丘陵地帯に分け入る。やってきたのは「フォッサマグナミュージアム」
 車から降り、ミュージアムに向かう道すがら、うきはの視線は一点に釘付けになった




釘付けに

なった!




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ぽかーん

!!


「なんでここに東洋活性の2号機あるんだよ!!」
 いや、ここに保存されたの知らなかっただけだどw
 でも、普通一見しただけでわからねぇって話だwww

 うおあぁぁぁぁぁ・・・間違いない、東洋活性の2号機だ。実物は初めて見た。これが「国内最後の実用蒸気」だった

 1980年代まで奇跡的に残ったナローとして、有名だった東洋活性白土専用線の蒸気機関車、それがこの2号機。軌間は610mmで、現存する多くのナローが762mmであるので一回り線路は狭い。だが、762mm向けの車体設計なので比較的大柄な車体を持っているのが、この2号機の特徴である
 専用線自体は糸魚川駅からわずか800mほどの距離にある工場への荷扱いを行っていた。国道拡張に伴い廃止されたと聞くが、国道が改修されなければもっと後世まで残ったろうか?
 
 説明版には現役当時の写真が一緒に掲載されていた。こんな風景が80年代初頭まで展開されていた。国鉄最後の定期蒸気旅客列車がC57 135の牽引によって走ったのが1975年12月14日、その10日後にはD51 241号機による定期貨物の最終列車が走った。以降、7年間においては国内最後の「現役蒸気」だったのである

 小型機関車製作で有名な協三工業。昭和31年製造と言うのは実はそれほど古いわけではない。800mばかりの専用線を行ったり来たりする運用なので、車齢のわりには走行もかさんでいないと思われる

 リアビュー。後方視界は良さそう。でも丸窓だったりしたらもっと美人なのになぁ

 足回り。こんな小さな機関車でも動輪まわりは複雑怪奇な構造。見ての通りのB型機。シリンダーもロッドもとても華奢に見える

 連結器周り。いたって普通の朝顔型連結器。軽便なんだなぁ・・・って実感できるアイテムだね

 煙突。ボイラー。火室扉。こんなに小さな機関車でも、蒸気機関車の魅力はぎっしり
 レストアされて2年あまり。屋根つきの保存場所も幸いしてかとても綺麗な保存状態。見たところ部品の欠品もないようで、程度は極上だろう。末永くこの産業遺産を後世に伝えていってもらいたい。そして、願わくば、もう一度自らの力で線路の上を走ることを・・・

 一行に遅れをとったので、急ぎ後を追いかける

 まってー

 フォッサマグナミュージアム見学中・・・・・・
 この紀行で能書き垂れるよりも、ここは見えてもらったほうが良い。その価値がある。何かのついででも良いので、見てみるのが一番だ
 とはいえ、それだと紀行にならないので簡単に説明を・・・地学をやってたわけでもないし。鉱石に関する知識も余り無いので当を得ている自信は無いがw
「フォッサマグナ」とは別に「大地溝帯」とも呼ばれている。日本列島にはその土壌を形成する幾つかの構造線が存在する。構造線とは、列島を形成す大きな骨と考えてもらって良いかな?
 そのうちの一つ、本州中央部を南北に貫く「糸魚川静岡構造線」上にあるのがこのフォッサマグナミュージアムである。糸魚川から諏訪湖を通って静岡の安倍川へ・・・つまりそうゆうことである
 しばしば、この糸魚川静岡構造線、通称「糸静線」が「フォッサマグナ」と混同されるが、フォッサマグナはこの構造線の東部に一帯にひろがる「地帯」である。正確には、フォッサマグナの西辺に断層線である糸静線が走っているという按配。この糸静線にそって、日本アルプスが形成され、まさしく日本の尾根、その背骨となっている構造線である
 フォッサマグナの東辺は新発田小出構造線及び柏崎千葉構造線となっており、関東平野の西半分と甲信越、中部山地一帯がフォッサマグナということになる
 簡単に言えば、地殻変動で隆起した山岳地帯。なので、海洋生物なんかの化石や、件の翡翠に代表される珍しい鉱石なんかが分布している。なお「フォッサマグナ」はラテン語で「大きな窪み」という意味だそうだ
 




 ってなことに関する資料の展示と解説がなされているのが本ミュージアムである。また、フォッサマグナの発見者であり、近代地質学者の代表格であるハインリッヒ・エドムント・ナウマン博士の遺品等も展示されている。名前からも解るようにナウマンゾウの研究、報告をした人だ
>参考(フォッサマグナミュージアム)
 
 行き掛けの駄賃とばかりに、園内併設の「長者ヶ原考古館」を見学。地勢も気象も厳しい土地ながら、太古からの人の営みがあった土地なんだなぁ・・・

 市内中心部にある「天津神社」にやってきた

 御由緒書きは例によって・・・w
 主祭神は瓊々杵尊、天児屋根命、天太玉命。越後国一ノ宮とされる。今回は全然ノーマークだったけど、一ノ宮詣でwww

 拝殿。なんかね・・・写真が異様に少ないのはなんでやよ?そもそも天津神社の「本殿」を撮ってない・・・orz

 拝殿裏、本殿とならびに鎮座する「奴奈川神社」その名の通り、奴奈川姫命を祀る。古事記では「沼河比売」と表記されるようだ。大国主と沼河比売との間に生まれた子が建御名方神であるとされている。建御名方神は姫川を遡り諏訪に入って、諏訪大社の祭神になったという・・・繋がりましたか?まぁ、このへんの話ですね
 そのまま海望公園にある沼河比売と建御名方命の像を見に行ったのに、そっちは全然写真撮ってないというね

 柏木さんちですね。わかりま・・・・・・・・・最近の若い子は知らないかコレ・・・・・・・とか思ったら、リニューアル版出たのねwww
 作中は鶴来屋だけど・・・でも、舞台は北陸だし、まぁ近く近くwww

 にほんかーい!!

 人工リーフ。つまり護岸工事。中央下の写真を拡大してみる↓

 ほんの数年前まではこんな状況が当たり前だった。国道だぞ、ここ。直ぐ海岸べりまで民家が迫ってんだぞ?乗用車なんか押し流されちまうな

 冬の荒々しさを微塵も感じさせない、初夏の凪いだ日本海。夏の日本海は非常に平静で波らしい波もたたない。関東からも海水浴客が赴くだけの事はある

 玄G・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まぁ、いいや

 親不知キター

 高速道路がアレ↑だ。天下の険は伊達じゃないな

「親不知 子はこの浦の波まくら 越路の磯の あわと消えゆく」

 余りの険しさに、親は子を、子は親を顧みることも出来なかったことから付けられた名前である
 天険、親不知子不知は新潟、富山の県境付近に位置する日本海に面した断崖絶壁の連なる海岸線である。その昔から交通の難所として、現在も非常に地勢の険しい地帯に高速道路、一般国道、鉄道線路が犇き合っている。フォッサマグナの始終点としてそれまで連なってきた2000メーター級の山地がここで一気に海没する。海岸線沿いに陸地や浜辺は殆どなく、道路の整備されていない昔は波の満ち引きの合間を縫って難所を越えたと言う。大正、昭和と交通網が整備されてもその険しさは変らず、特に冬季は長年にわたって通行に支障をきたした
 難工事の末に開通した北陸本線も、土砂崩れ、落石多発で運行を確保することもままならなかったという。その後、海沿いの旧線を捨て、山中を突破する複線トンネルによって鉄道交通に関してはこの難所は克服されたと言える。しかし道路交通はすでに用地を確保するもままならず、最後発の北陸自動車道は苦肉の策に出た

 それが先ほどの写真と、この写真である。親不知ピアパークから市振方面を撮影したもので、海上橋によって日本海に突き出しているのがわかる。落石等の危険はなくなったが、高潮の影響を抑えるためにかなりの高所を走っている。高速道路の直ぐ際で落ち込む山地の様子も良く解るかと
 親不知に来るのは2度目である。北陸本線は上下共に良く通過するのだが、実際に自分の足で立つ機会には中々恵まれなかった。いつも通過する電車の車窓。長い長いトンネルの隙間からちらりと覗く日本海にその片鱗を垣間見ていた。ここに来るのは実に15年ぶりなのだ
 もっとも、前回はさらに先へ進んだ、丁度親不知駅と市振駅の間辺り、天険コミュニティー広場から海岸へと降りた。北陸本線の旧親不知トンネルと旧風波トンネルの間を縫って降りた先は「ヒスイ海岸」だった・・・

 被られた!!国道は交通量が多い。かつては海沿いすれすれを走っていた北陸本線も、国道と高速道路、自身の線路付け替えによって眺望は殆どなくなってしまった

 翡翠を探す寝起さんと湯倉さん。見つかりましたか??

 さて、昼飯食ったし、親不知も見れたことなので、もう一つのヒスイ峡へと・・・・・・・その前に給油。先日のウチの子みたいな危機感は全然ないwww
 だが、別の意味で危機感はある。付近にGSが全然ないのだ。結局、国道を糸魚川まで戻り、明星セメントのばかデカイ工場脇で給油し、さらに再び青海まで戻ると言うことに・・・
 青海駅近傍から南下。延々と続くデンカセメントの石灰石プラントに圧倒されつつ。いつしか道路は林道に

 車を置いて歩くこと数分。舗装路は唐突に車両通行禁止に

 がおー!!あーやっぱり出るんだなぁ。出るといっても、ツキノワグマだろうし。ツキノワグマは基本的に人は襲わないし、集団でワイワイやっていれば近寄ってくることは無い。単独で出くわすとかなり危険だけどね。子連れだと、母熊が子供を守るために・・・ってこともあるが。なお、北海道に多く棲息するヒグマは危険。ヤツラは人間を「食物」としてみているからだ

 二つ目のゲート。先ほどの虎ロープよりも頑丈な作りだ。これは車両では突破できない
九十九折れと言うほどではないが、林道はヘアピンカーブを繰り返し、高度を下げてゆく。結構距離がありそうだ。高低差もある。下りたら当然、帰りは上らなければならない

 周囲が開けてきた。しかし山深い

 川に出たー!!

 ここから下流数百メートルにかけてが橋立ヒスイ峡。ところで、結構高いところから俯瞰してるように見えるね?

 砂防ダムの突端から撮っていたのでした

 河原に降りてきた。幾層かのダムによって水の流れ、堆積物の流出が遮られている。左は魚道のようだ

 飛び石伝いに川を渡り、魚道の積み石の上を辿って、一番上の堰までやってきた。上に遡ること、2、3、4枚目の写真は、この写真の右隅、堰の上に出っ張った擁壁の上から撮影した

 堰の真下は流れも緩やかで、ある程度の深さもある。半天然、半人工のプールみたい

 帰りに魚道を。脇の塀の上を歩いて戻る。左側はわりと高さがあるし、踏み外して落下したら怪我するねwww

 帰りは北陸道から上信越道経由。妙高越えは雨〜
 
 松代PAで小休止。長野盆地も降ったようだが、天候は回復傾向

 ・・・・・・・・・・・おいおいおいwww
 いつのまに
 ご覧のキハ58「らしきもの」が置いてあるのは横川SAである。釜飯を食うべく立ち寄ったら、いきなり目の前にこいつが現れた。横軽対応のキハ57とされているが、種車はキハ58 624である。前頭部のみ実車で、側面はモックアップ。車内にはクロスシートが並んでおり、この中で釜飯を食えるという按配だ
 では、キハ58 624もさぞかし横軽になじみのあるハコなんだろうかと思いきや、JR九州から購入して設置したとのこと・・・いずれにせよ、絶滅危惧種のキハ58なだけに、いつまでもこの顔が拝めるのは有難い事だ
 
 釜飯釜飯ウマー
 まぁ、まさかこの十日後にまた喰いにくるとは思っていなかったが・・・・・・

 その後、高崎から八高線経由で帰りましたとさ
 また紅葉のシーズンにでも行きたいねぇ・・・。じつは水面下で画策はしてるんだけどねw

 了

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