遠野・日本原風景紀行
(弾塗れHレポ包括)


2009/2/7

 サンクリともバッティングしてるし、当初は行く気が無かったのだが、(金銭的&休日の関係もある)
 先日、自宅で行われた新年会で、湯倉さん外魔さんに「弾塗れ行くよ」って言っちゃったので、行く事に
 行く、行かないの決断なんてそんなもんです

 9時半に勤務明けて、そのまま新宿へ。良く乗る10:28発の湘南新宿ライン4610E、快速宇都宮行きで北へと向かう

 当然、グリーンですよ。だって休日料金で安いんだもの。平日料金なら乗らないのか?と問われれば、平日でも乗ると答える。E231はクロスの割合が非常に少ないうえに、ロングは固くて長距離移動は苦痛。かつ、午前中の北行きとはいえ座れる可能性は高くない
 高崎線、宇都宮線では概ね二等車利用で安定。上野発着は211が充当される列車もあるので、こちらならすわり心地の良いクロスシートに当たる可能性も・・・。でも絶対数が少ないのだけどね
 大宮でEF65 1118号機の工臨みて、東大宮で583系秋田車を見てたら

 すぐに小金井。ここまで15両で来て、前5両を切り離すので4分停車。ちょっと降りて日を浴びる
 
 自治医大、石橋と停車して雀宮で下車。通常、北へ行くときは宇都宮まで乗って、黒磯、郡山、福島と乗り継いで行くのだが、本日はここで下車。なぜなら

 仲間が待っているからだ
 同じ電車に外魔さんと、神立萃風さんが乗ってたらしいが、下車後ホームの喫煙所でモクモクしてたら最後尾に。電車組みでは一番最後の到着
 雀宮駅前からは車2台に分乗して東北を目指す。楠木忍さんのレガシィと、寝起さんのスイフトにて
 忍兄ィのレガシィに東雲さん、萃風さん、うきはが便乗。寝起さんのスイフトに外魔さん、湯倉さんが便乗で出発〜♪

 東北道に乗り、北を目指す。適度に入れ替えして乗ってけば良いんじゃね?とか良いつつ、うきはは2日間この位置安定
 うわ〜ぃ。レガシィはぢめて〜♪

 北関東から南東北は比較的安定傾向

 ファーストストップ那須高原

 湯倉さん餃子買ってた・・・・・・・まぁ、宇都宮は餃子が名物だしね・・・・・・あ、ここもう那須だぜ??

 他愛もない話(別名をネタトークと言う)をしつつ

 セカンドストップは国見SA。那須高原ともども、良くお世話になるSAだ

 降りた途端に発見した。芭蕉の歌碑だが・・・・・・

 むしろ、ここだけに釘付けになった・・・・・・・・
 某風はふりさんとは関係ありませんwww


 山影には雪が見え隠れしてくる。宮城県の山中。いよいよ東北に来たことを実感。天気も東北独特などんより感

 サードストップ長者原。あとは現地までノンストップ
 この辺りからは東北道は未踏ゾーン。寝起さんカーは湯倉さんにドライバーチェンジしたようだ。「車内を戦々恐々とさせてやる」とコメントを残しドライバーシートに潜り込む・・・つうか、まだ、みんな揃ってねぇってばwww
 脱兎のごとくSAを出てゆくスイフトを追いかけ、長者原を後にする・・・・・・スイフト見失った

 花巻南で東北道おりんりん。交差点で右折待ち中に正面を過ぎる痛車を目撃。岩手でもいるんだな〜とか思いつつ、後々弾塗れ参加者であることが発覚。そうだよなぁ
「そういや、タオルって借りられるんでしたっけ?」
「いや、ないよ」
「・・・・・・・コンビニお願いします」
 手前の志度平温泉でローソンに立ち寄り、参加者一同タオルを買い占める。湯倉さんなんか何度も来てるのに、なんでタオル用意してこないのさ?
 ローソンではスピードくじやってて、600円購入ごとにチャレンジできる。アタリが出ればその場で商品くれるらしい。うきはは2枚分外れた。東雲さんは2枚当たった。この差はなんだ?でも当たったのが1リッターペットボトルのお茶と、ジャンボアイスモナカって・・・お茶は良いけど、真冬にアイスモナカって・・・


 駐車場に車停めて、荷物かついで川沿いの温泉旅館に。本日は大沢温泉さまに御世話になります

 予約名が「東方交遊会」恒例らしいが、なるほど!!ところで、そのまま「弾塗れH」とかじゃ、ダメなのかな??

 思いのほか大きな宿で、幾つかの建物が連結して一つの宿を形成している。上り下りが結構あって面白い構造。というか、迷うw
 大体、毎回恒例の部屋とかスペースが決まっているらしく。宿泊費も安価な「自炊部」というところに泊まるらしい。そのなのとおり、食事は出ないので自炊。つまり自分らで作る。台所だけならともかく、自炊専用の売店が旅館内に設置されている。売店というものの、個人商店並の規模で、各種食材やアルコール類を取り揃えている。今回、料理には全く参加してないが、あのくらいいろいろあればかなりのバリエーションの料理も作れると料理長はおもいまーす

 部屋には既に多数の参加者さん。我々はほぼ最後尾組み。和室の温泉旅館にこれだけたくさんのノートPCが稼動しているのって、かなり異様よwww
 すでに麻雀も一局うったって言うし。後ほどやろう

 個人を特定できないように、一番小さいサイズで・・・こんなカオスな空間

 改めて参加者を・・・過不足あったらごめんなさい。だって初体験で顔見知り少ないんだもの
 通称とか、略称とか、正式名称とか、さっぱり解らないから、掲示板の参加表明の名前で行くよ。勘弁してね。あたい初体験だから

外魔さん、無月葵さん、月影狐魔さん、神立萃風さん、楠木忍さん、しげつさん、ARCさん、寝起さん、
>東雲さん、WAIさん、すがさん、wiznekoさん、Rさん、ひろさとさん、kiさん、七川楼塚さん、斗沢さん、
>あんけんさん、湯倉さん、てるてぃあさん、氷夷さん、kiriuさん、げんずむさん、むつきさん、あたい


で、25人か?良いのかこれで。まぁ良いや
ちなみに。上の>3行作るのに、1時間掛かった!!サイトの方は間違えとか漏れとかあったら連絡ヨロ。なんだかワカンネェとこからリンク貼られてるって思ったら、そりゃウチです。スマソ
 麻雀やったり酒呑んで鍋囲って、おっぱいと神様の話して就寝・・・。詳しくはみんながレポ上げてくれるw
 
 ネタを上げとく〜


2/8

 外魔さんカレーは食べ損ねました
 二度寝したら・・・・・・orz

 取敢えず、一服つけてから寝起さんと朝風呂へ

 雪見の露天風呂は最高だねぇ・・・
 
 部屋の目の前は川。雪化粧が良い感じ
 
 いかにもな構えが素敵な大沢温泉
 10時過ぎにチェックアウト。門前で締めて、それぞれ帰宅へと・・・・・・我々は・・・・・・・

 ここから紀行の真骨頂か!?

 宿の正面に大沢温泉神社がある

 大沢温泉金勢神社。巻堀神社からの分社・・・金勢大明神を祀っている事から、縁結び、子宝、安産、下の病気などに効験あるということで

 社の中には・・・・・・・・

 中にはアレが・・・あれというか、ナニが
 一同、あーやっぱり・・・ということで満足(?)して駐車場へ

 咲夜・・・昨夜車に降り積もった雪をみんな必死に掻き落としている最中、私はというと

 県道12号線の写真を熱心に撮っていたりする。大沢温泉の駐車場、県道12号花巻駅方を望む。なんの変哲もない道路のスナップだが、意図は別にある
 写真の正面、道路本線と、左の駐車場。その間の拡幅スペースに「駅があった」と言ったら信じられるだろうか?痕跡はなにもない。痕跡といえば、不必要に道路が広くなっている点だけだ。
 ここには昭和44年9月1日まで岩手中央バス大沢温泉駅があった。もっとも、この鉄道が「岩手中央バス」を名乗った期間は末期の極僅かだけである
 「花巻電鉄」といった方がとおりは良いのではないだろうか?国鉄花巻駅近傍から県道に沿って鉛温泉まで延びていた花巻電鉄軌道線(鉛線とも言った)の大沢温泉駅跡が写真の地点である

 鉛温泉方を望む。バスの奥の建物は軌道線現役当時からそのまま建っているようだ。ここには交換設備があったので、駅跡が大きく膨らんでいる

 県道、花巻方を遠望する。軌道線は終始この県道の左端(北側)を走った

 出立準備も済んだようなので、本日も忍さんカーに御世話になる。このまま恒例(らしい?)遠野観光だそうだ。昨日の関東からのメンバーに、七川先生も加えて8人2台で出発
 遠野への途上
「馬面電車見たいんですが」
 とわがまま言って、花巻駅の側、材木町公園に立ち寄ってもらう

 うわ〜い!あったよぉ〜!!花巻電鉄デハ3俗に「馬面電車」と呼ばれる車両だ。花巻の車両で保存されているのはこの1両だけ。たった一両の貴重な遺品である。フェンスで完全に囲まれちゃっているが、屋根つきなのでその分保存状態も良好
 このデハ3は昭和6年雨宮製作所製の半鋼製ボギー車。一族4両が製造された
  
 側面、社紋と車号。右は台車。台枠がプレス構造でシンプル。軌間は762mmという軽便標準のものだが、その割には大径の車輪を装備している。雪の影響から主電動機を守るためだとされている
  
 軌道線は西公園付近から道路併用となったが、この区間は道路が狭隘で大型電車の通行が困難であった。その影響から、こんな細面の電車が登場することとなったのだ。その容貌から「馬面電車」とか、「ハーモニカ電車」なんて呼ばれた
 正面は3枚窓で中央が大きく配置されている。お椀型の前照灯が珍しい。ドアから最前部まで余裕がなく、運転手は立ったまま電車を運転していた。路面電車にありがちな客室部との境の衝立はない。もちろん椅子も最初から付いていない
 車内はロングシートで、向かい合わせに座ると、前の人と膝が当たるくらいだったとか。それでも車内には2列分のつり革が配されている

 軌間は国内の軽便鉄道が多く採用したニブロクゲージ(2フィート6インチ)。つまり762mm軌間。国内あちこちにあった赴きある軽便鉄道が、モータリーゼーションの発達と共に廃止され、それに伴いこのニブロクゲージも過去のものに・・・
 連結器はこれまた軽便鉄道の代名詞のような「朝顔型」連結器。ラッシュ時などはサハを引っ張って走ったそうだ。なお、この電車は直接制御方式で、総括制御が出来ないので、デハ同士の連結の場合は各車に運転士が乗り、それぞれ電車の運転をしなければならない

 集電装置はポール。鉄道線の大型(軌道線の車両に比較しての話)車両は晩年ポール集電からビューゲルやZパンタに交換されたが、この馬面は最後までポール集電で残った

 旧花巻町役場だそうだ。デハ3と共に公園内に置かれている。というか、未だに現役なのかな?

 町役場も見て満足〜♪って戻ってきたら、滑り台の上で必死に写真撮る湯倉さんが・・・マニアめw

 最後に、花巻電鉄とデハ3の説明看板を


 横の写真はどうも鉄道線のほうだね。判別しづらいけど、デハ55か56。シルヘッダーつきの鉄道線用電車
 花巻電鉄について捕捉して置こう。花巻電鉄は花巻電気軌道として1915年に開業(開業時は花巻電気に権利譲渡されていた)し、数度の社名変更やオーナー変更を経て1972年に全廃となるまで走った。花巻電鉄時代が長く、晩年の極僅かだけ岩手中央バスの傘下に入っていた。現在は岩手県交通に統合されている
 国鉄花巻駅を起点として、西へ路線を延ばしている。北西方向に延びていたのが花巻温泉線で、こちらは専用軌道の鉄道線だった。7.4キロの道のりを約20分で結んだ。現在廃線跡はほぼ全線が自転車道となっている。
 花巻から真西に延びていたのが軌道線の鉛線でこちらは花巻駅周辺を除いて殆どが県道との併用軌道であった。先述したとおり、一部道路幅の影響で大型の電車が導入出来ず、結果としてああいった形の細面の電車が登場することとなった。全線18.6キロを1時間余り掛けてのんびりと走った。晩年、すでに並行してバスが運行されていたが、こちらは同区間を40分程度で走行している
 また、花巻方の起点は中央花巻で、こちらは国鉄花巻駅をはさんで東側にあった。中央花巻から南へ進路をとり、Ω上に東北本線を超えると、丁度中央花巻と国鉄花巻駅を挟んで対照的な位置に花巻駅が設置されていた。末期には電車は乗換えが便利な花巻駅を基点として運行され、中央花巻へは鉄道線の電車が5往復程度運転されるにとどまっていたそうだ。もともとの起点が中央花巻で、途中西花巻で二俣にわかれて西鉛温泉と、花巻温泉に直行できる線形だったため、西花巻から花巻温泉方にある花巻駅に運転の拠点が移った以降は軌道線の電車は西花巻でスイッチバックして西鉛温泉に向かう必要があった。
 40年代に入ると、自動車に旅客を奪われ、他の多くの中小私鉄と同様に経営が悪化する。手始めに、西花巻〜中央花巻間が廃止される。しばらくは軌道線の電車も西花巻でスイッチバックして運転していたが、のちにこれは直通出来る様に改良されている
 昭和44年にはとうとう軌道線が全線廃止される。県道が拡張され、大型の電車が入線できるようなっていた軌道線では馬面電車の運転は久しくされていなかったが、営業最終日に保存されているデハ3がお別れ花電車として2往復運転されたという
 残った鉄道線も、昭和47年についに息絶える。昭和47年2月16日をもって、花巻の温泉街を結んだちいさな電化私鉄は、その営みを止めた
 軌道線はもとより、鉄道線に関しても路面電車に毛が生えたような施設しか持たなかったため、その痕跡は殆ど残っていない。その唯一の痕跡が「デハ3」という電車なのである

 んでは、紀行の方へと戻りまして・・・

 釜石線のキハ100と併走しながら東へ東へ。本数は殆どないのに、エンカウントしちゃうこの引きの良さは最高www

 風車がぐるんぐるん廻る「道の駅・遠野風の丘」で休憩。風の丘って名前が付くくらい、風の強いところだった。つうか、強すぎ強すぎ!!行き先の相談をして出発
 遠野の市街地を抜けてやってきたのは
 
 山崎金勢神社。つまり・・・・・・・

 またですよ、あれです。ナニですwww撮影したときは気付かなかったのだが、手前のキューピーちゃんが良いね♪
 
 賽銭箱にもこれでもかとwww
 
 境内あちこちにあるしね

 凡そ、大沢温泉のコンセイサマと同義の事が書いてあるね

 おや?トンネルか??とか思ったのだが

 東北大の地震観測所だった。ナルホド。まさに宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」状態だね。ところで、衛星観測点・・・て。え?だって地面のなか・・・・・・でしょ?これ
 みなさまいろいろ興味あるところは違えど・・・。湯倉さん、七川先生、東雲くんは何かを追い求めて雪山に登ってゆく。元気いっぱいだ。行けるところまで行ってきたらしい
 私はというと、

 雪景色が撮れればそれで満足という

 雪の中に佇む金勢神社
 
 木が立て込んだ斜面は余程の雪でないと完全に地面が隠れることはない

 除雪機械の入ってこない山裾の小道は圧雪路。これが雪国なんだと

 来る際に見かけたので気になっていたバスの廃車体。トヨタのコースターだった。もっと正面まで廻ろうと思ったが、思いのほか雪が深くて断念
 境内に戻るも、山中へ突入した3人はまだ戻ってきてないようだ

 あらされまくった境内駐車場・・・・・・・

 皆様お戻りになられたところで次のスポットへ

 水車小屋。水車はまわってない。というのは当然で、水路が凍結していた。水車へ至る小道は完全に雪の下。踏み跡は全くないので、降ってからこのかた、人は水車小屋に踏み込んでないということだろう。この直後に湯倉さんが突撃したが


 雪中を走り

 やってきたのはデンデラ野

 蓮台野が訛ると、デンデラ野になるってなことは東方紀行の蓮台野でも述べたことがあるのだが、遠野の「蓮台野」がここである。個人的には今回はここにこれればそれだけで良かった

 その名が表すとおり、ここも姨捨の地だった。今でこそ、近くに集落があるが、姨捨の行われていた時代には何里も歩かなければ人里はなかったのだろう

 まぁ、わたしゃ雪景が撮れればそれで良いんだけどね。では、しばらくは

 デンデラ野からの景色なぞ

 お楽しみください

 デンデラ野には以前は写真のような庵はなかったそうで

 興味深げに中を覗き込む七川先生。近付く湯倉氏・・・

 移動に移動して、今度は伝承園

 自販機の中には河童が・・・つ・・・潰れてる!?

 河童も売ってりゃ、捕獲許可証も売ってんだぜ


 そして、とうとう、やつらが・・・・・・・・

 なんか一箇所にごちゃっとやられちゃってますが・・・。おっぱい大好きですが、手前の河童のはちょっと・・・。世界的なねずみな人もいますが、見なかったことに。白戸家のお父さんもいらっしゃいますね・・・

 目がイッちゃってるアレだが・・・ペットボトル無くなってますね・・・お燐ちゃんに連れて行かれる寸前状態。お兄さんの死体も運んであげるよ!!

 昼食にジンギスカン喰って、

 さいごにネタ一発

 15時頃に遠野を出て、東北道を南下。途中、吹雪だったり強風横風注意だったり、最後の最後で事故渋滞だったけど、無事に宇都宮到着
 新幹線で東京までスキップした上に東京駅でダッシュして中央線に、国分寺で目の前の扉で荷物挟まり緊急停止したけど、なんとか最終のモノレールには間に合ったよん・・・
 また遠野行くべぇ。林鉄跡も見てみたいし、次は雪の無い季節かな?

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