甲信佐久平遊星紀行(結)


2009/8/27

 前回果たせなかった星との邂逅・・・・・・は今回も果たしてるわけじゃないんだけどさw
 リベンジするぜ!!って感じに湯倉さんと中央道に乗ったのは11時前位か?今回は平日なのでわりと空いている。おりんりんしながらひたすら西へ西へ
 一ノ宮で工事渋滞に捕まったけど概ね順調に行程を消化し甲府盆地を通過した。今日は天気も良さそうでなによりだ
 いままで須玉を「すだま」だと思っていたが、「すたま」なんだなーとか思いつつ。ここで降りて北上すれば野辺山なんて直ぐなんだけど、今回は敢えて次の長坂まで行かなきゃならない。それでも須玉は通過、須玉は通過なんて念じていると、かえって須玉で降りそうになったりして・・・・・・
 大丈夫、ちゃんと長坂で降りましたwww
 「国道はイヤ」って言いながら県道に入った前回。同じところを曲がったつもりなのだが、どうにも道に見覚えが無い。なんとなく違う・・・・・・違うんだなぁ
 こんな角曲がってないしなぁ・・・とか思っていたら見覚えのある道と交差した。左折・・・
 どうやら一本手前で曲がったらしい。それでもルート修正できるのだが「ヤマカン航法」は素晴らしい

 車からの視線だとイマイチ実感のつかめない長い橋を渡って直ぐの駐車場に停める

 展望台より西を見る。こんもりとした森が続いている
 
 この橋を渡ってきた。八ヶ岳高原大橋というそうだ。すこし上流にある「東沢大橋」が赤い橋と呼ばれているのに対して、こちらは「黄色い橋」と呼ばれている
 現在は無料だが、元々は清里高原有料道路として運営されていた。1998年に供用開始され、この八ヶ岳高原大橋からの眺望を売りにしていたようだが、利用台数は少なく2005年には無料開放されている。架橋からおおよそ10年が経っている勘定だが、橋の建設費等、減価償却には30年の有料利用が設定されていたようだ

 橋の真ん中から西(上流)側を見る。窪んでいる所が川の流れているところ。奥に見える山は八ヶ岳に連なる峰でそこまでは比較的平らな高原地帯を形成している。平らな部分を川が浸食して谷を作っていったようで、両岸はまっ平である

 真下をみると蛇行する川俣川が見える。大きな流れのある川ではないのだが、長い年月をかけて高原を削っていったのだろう
 比較対照物がないので高度が解りづらいが、最高所で地表まで110メートルある・・・・・・高いよなぁ??

 下流側を見る。天気が良いと富士山が良く見えるそうだ。今日は霞んじゃってダメだね

 橋を渡ると道路は左へ90度曲がり連続急勾配で清里を目指す
 キャブ仕様でグロス130psしかないSAにはキツイ坂だなぁ・・・周りの車が飛ばしすぎなのだし
 
 JR鉄道最高地点にやってきた。「JR」のとなっているが、標高1375mは実質国内「普通」鉄道の最高所である。普通じゃない鉄道はなんなのか?というと、索道とかがそう。ケーブルカーはわかる気がすると思うけど、ロープウェイもある種鉄道だし、ガイドウェイバスも鉄道の仲間
 なので、日本最高地点にある駅は2611.5mにある駒ケ岳ロープウェイの千畳敷駅。索道を鉄道に含めるか否かはいろいろと微妙な部分もあるので、これを含めないとすると室堂駅が2450mで国内最高所となる。え?何線かって?立山黒部貫光無軌条電車線・・・つまり立山トンネルトロリーバス。トロバスも鉄道なんだよね
 
 甲州街道の踏切なんだ。現在の甲州街道はもっとずっと下のほうを走っている。奥に見えるのが最高所地点の碑。売店もあるので、ちょっと車を停めさせてもらった。1986年の夏休み期間。1ヶ月と少しだけ開設された幻の臨時駅、「フォトデッキ駅」は丁度この辺りにあった。当時は「国鉄最高地点」にある駅だった
 
 碑の横にあるのは「鉄道神社」。ぽっぽやだから参拝しないわけにはいかない。鈴は犬釘。車輪はC56の先従輪。これが御神体なのかと思ったら、御神体は岩に埋め込まれたレールなのだそうで。断面を見ると「I」文字。つまり「愛」に通ずるのだとか・・・
 建立は物凄く最近の2005年4月26日・・・・・・・・・そう、あの尼崎事故の翌日なのであった。なんの因果か、曰くか・・・・・・
 鉄道運行の安全を祈願するには皮肉な日かもしれないし、だからこそ重要な意味を持つのかもしれない。真摯な心構えで二拝ニ拍手一拝。開宴!!避ける方向間違えるんだよなぁ・・・・・・orz

 夫婦円満に縁結びか・・・・・・ご縁がありますように・・・むにゃむにゃ

 折角なので走行写真撮影。携帯で調べると野辺山で上下交換する列車が具合よくあるようだ。まずは小淵沢から上がってくる229D小諸行を待った

 踏切警報機が鳴り出し、木々の合間から顔を出したのはキハE200の2連。3両が先行試作され、ここ小海線で営業運転しながらデータ収集をしている。3両という小世帯なので2007年から運行されているわりには見るのも撮るのも初めてである。まったく運用なんて調べてこなかったのに、一発目にモノに出来るなんて引きが良すぎるw
 実は現在の運用ではここで撮影できるのは一日一回だけ。228Dで小淵沢に下って、229Dで戻ってくる。小淵沢に姿を現すのはこの1回きりなのだ。言うまでもなくワンチャンスをモノにしたということだ。高原地帯の低排出ガス効果を狙った車両のわりには、当該区間には一日一往復しかやってこないという不思議運用なのでした〜

 交換の小淵沢行230Dはキハ112+111の2連。キハE200の実績試験が良好で大量生産されるに至った暁には、この車両も見られなくなるのかな?
 野辺山で交換するという最も効率の良い撮影を敢行した我々は次なる目的地へ

 野辺山宇宙電波観測所再訪!!

 ゲートで記帳し、見学コースに躍り出る。でっかいパラボラが見え隠れ

 林立するアンテナ。直径10mのミリ派干渉計。6台があり、6台をリンクして観測することで直径600m相当の大型電波望遠鏡並の観測能力を発揮する
 
 この観測計は位置を移動することによって最適な観測が行えるように設計されている。移動するには専用の台車とレールを使用する

 移動用の線路は2線あり、交点にはターンテーブルが設置されている。ご覧のように超広軌の線路で軌間は4064mmらしい

 裏側はこんな感じ

 あっちゃこっちゃ向いてるね

 こちらは現役の観測機器ではなく展示されているだけ。三鷹の天文台にあった機器のようだ

 あちゃーピントあってねぇな。対照が遠すぎたし数ありすぎた。無数にあるあれは、電波ヘリオグラフで84台も設置されている。太陽専用の電波望遠鏡

 ではいよいよお待ちかね。巨大電波望遠鏡に行こうかね

 45M電波望遠鏡。望遠鏡といえば筒にレンズが付いていて、直接肉眼で覗きこむ・・・そういうイメージがあるね?近くの星なんかを見るにはそれで良い、でも何万光年と離れた銀河や星雲を観測するには、すでに光学式の望遠鏡なんかでは役にたたないというわけだ
 いってみれば巨大なパラボラアンテナ。電波を使って目標を観測し、光像化するという感じか?専門家で無いのでよくわからんがwこいつはミリ波とよばれる電波を観測できる世界最大級の電波望遠鏡なのだ
 
 アンテナ直径が45mだ。つまり、うちの競馬場線ワンマン運転の6000系2両編成がすっぽり入る・・・。アンテナ下の建物と比較すれば大きさ、高さもわかろうものか

 真下から見上げると圧巻
   
 今日は補修作業中。パネルを運んで・・・吊り上げる
 
 吊り上げて行く先には・・・ぽっかり穴。あそこに嵌めこむんだなぁ〜。人力なんだw

 天文台を堪能した我々は次なる目的地へ・・・・・・・
 まぁ、決まってないんだけどさ、決まってないなりに「こないだの信濃境の神社にさぁ」とか言っておきながら、車中で話した「サマーウォーズ」に「上田電鉄が」とか、「丸窓電車って真円」とか・・・・・・・
 結論

「上田なんか直ぐそこだぜ!?」

 今日も泥沼だ・・・

 そんなわけで、さらに北を目指すことに決まった。大まかな指針は小海線沿いに北上し、丸子町を経由して別所に至る。そんな感じ
 国道141号線を北へと辿る。ときおり大型ダンプとかトレーラーが走るが、基本的に近所の軽トラなんかが往来している。信号も少なく快適だが、空気の読めないドライバーも散見される・・・・・・・なんだ椛マークか
 北上を続けるとやがて佐久平に、淡々とした農村の風景が広がるようになる。途中で国道142号線に入れば丸子まですぐ・・・・・・ってところで華麗にオーバーシュート。だって参考にしているの20年以上前の地図だモノ。結局、岩村田までいって旧中仙道を辿ることに。これはこれで面白い。長野新幹線見えるし・・・走ってこなかったけどさ
 古い地図でもなんとかなる。無事に丸子町を抜け、この丘陵を越えたらもう別所だぜ?ってところで突然

 ???なんでこんなところにあるんだよ!?
 県道169号線沿いに突如として現れた一両の電車。それが・・・

 丸窓電車だった・・・。中塩田に留置してたハコを持ってきてたんだなぁ。知らなかったよ。別所温泉に保存されているのは知っていたのだが・・・

 綺麗に化粧直しされて保存されているモハ5253。架線柱の位置がちょっと残念だけど・・・。こうして整備されて後世に遺してもらえる、幸福な車両の一つではありましょう
 上田交通の全身、上田温泉電軌が別所線向けに昭和2年に発注した電車がこの5253、5250型である。一族3両が日本車輌にて製作され、3両ともが別所線で生涯を過した。別所線の生え抜きの同車だが、すべて残っているのは奇跡であるともいえる。いかにこの電車が電鉄に、地域に愛されていたか・・・

 戸袋窓の楕円の意匠が「丸窓電車」の謂れ

 台枠補強のためのトラスバー。ドア横の手すりは磨かれた真鍮。窓の保護棒も真鍮。地方の小私鉄が発注した電車にしては、随所に凝った意匠が光る

 台車も日本車輌製のD16。このクラスの電車には多数が採用されたので見かける機会も多いか・・・・・・・とか思ったが、昨今ツリカケ電車自体が絶滅危惧種なのでそうでもないか?先行き不透明な保留車ながら、一畑のデハニ50がD−16を履いているね。生き残っているのはこれくらいかな?
 思わぬところで丸窓を堪能出来たが、まだまだ丸窓は終らない

 別所温泉駅にやってきた〜♪これが現在の丸窓電車
 見ての通りの東急7200。750Vから1500Vへの昇圧と共に丸窓電車を置き換えた東急5000「青がえる」の姿は既に無く、その蛙を駆逐したのがこの7200。最近、これになったような気もするが、初めて上田を訪れたときは既にこの電車だったんだな・・・中学の頃だから15年も前だよ!?暫くこの電車を使い続けるのかと思ったら、VVVFインバータ制御の東急1000を導入しているし、上田の車輌はまたもや変革期を迎えつつあるのかもしれない
 つうか、東急1000もう譲渡されるやつが出てきたのか!?と・・・確かに、東急では18m車の活躍の場は狭くなってきているのかもしれない。日比谷線への直通運用も削減されているし。まだまだ本線で活躍できる新しい電車でも使い勝手が悪いのかもね?
 さて、この7255だが、近年「まるまどりーむ号」として往年のカラーへの変更、戸袋窓の楕円形への改装を行っている。いずれもラッピングシートによって行われているので構造的な改造部分はないようだ。調べたところによると、この7255Fと7253Fが同様の改装を施されており、かつ、残っている7200はこの2本だけになっているようだ。残りは廃車となり、一部は豊橋鉄道に既に譲渡されているという

 元祖丸窓の脇を抜け、塩田平へと下ってゆく7255F。こうしてみると悪くない配色だと思う。なお、映画「サマーウォーズ」に出てきたのはこの編成、7555だそうだ。映画見て無いから知らんけどもw

 別所温泉駅。昔から変らない佇まいにもかかわらず、なにか違和感があるのは、駅舎がリフォームされたからと、北側のホーム1線が無くなったからか・・・
 大正10年、上田温泉電軌による開業時からの建物。当時としては非常にモダンな駅舎だったのだろう

 木製のラッチが良い感じ。やはりここにはシルヘッダーのついた旧型電車が似合うよな〜

 別所温泉にはこんなにかわいい駅長さんがいます・・・・・・・・ウチにもいます・・・・・・・・
 やっぱあるんだなぁw鉄むす4弾初登場では一番好きな八木沢まいちゃん。隣の八木沢駅とさらにその隣の舞田駅から命名されている
 え?袴っ娘好きなんだよ。良いじゃん?馬車道とかな・・・
 ちなみに、現在の別所温泉駅は簡易委託駅で別所温泉観光協会が窓口業務を行っている。窓口業務を担当する女性職員は本当に「袴」姿で出札改札業務を行っている
 
 最後に保存されている5251と5252を見に・・・

 何年か前にお色直しはされているということだが、現在はその塗装も色褪せて来ている。以前は博物館として内部も公開されていたが、現在は公開されていない。

 連結面。左が5252、右が5251。外に置きっぱなしのわりには綺麗なのは適宜補修されているからだろう

 上田方に連結されるモハ5251。こちらにはサボが付いていない
 1986年9月30日、昇圧前夜、上田21:35発の別所温泉行きが最終列車となった。別所温泉に到着後、最終列車はそのまま留置線に入り、現在もそのままここに置かれている。10数年前の秋の夜、その歩みを止めてからそのままの姿で現在に至っているのだ。ここがそのまま終の棲家になるのかどうか・・・・・・
 上田電鉄では丸窓電車を復活させ動態保存させる計画をしているが、資金的に難しいようでもある。なにより、今となっては部品も少ないので望みは僅かだろうか?いつの日か、再び塩田平をこの電車が走る日にまた訪れるとしようか・・・

Ads by TOK2