筑西上野紀行


<2009/12/22>

 昼前にブーブで国立府中からおりんりんだよ!!
 いきなりわけわかんない書き出しだね。今回は基本的に車で移動。中央道を都心方面へ。高井戸やら永福やら混んでるのはいつものこと。都心環状線が混んでるのもいつものこと。平日の首都高なんかどこもかしこも混んでるのは日常茶飯事と・・・
 今日は走ったことない中央環状線を経由して向島へ。新宿から池袋までは開通したてのあたらしい道。殆ど地下なので眺望はきかない上に、地下にあるくせにわりとタイトなつくり

 ほーらもう飛鳥山トンネルで渋滞に嵌まったよ
 当初の目論見では三郷から常磐道入って谷和原まで行くつもりだった。だが三郷まで延々混んでるくさいので、川口線に入って東北道を目指すことに
 途中、蓮田で小休止。東北道を120キロでおりんりんして佐野藤岡までやってきた。ここから一般道。まだ12時過ぎ
 渡瀬遊水地の脇を走って間々田市街へ

 なんだか可愛らしい交差点w
 持っている地図が20年前のもので、縮尺も大きめなのでわりと役に立たない。正確なようで、正確でない。新しい道は全然描いて無いし。新4号バイパスは描いてあるけど、県道レベルになるともう絶望的
 多分これが地図の道だろう?って感じに適当にトレースしてゆく。大体、県道54号→20号→23号と辿ったようだ

 20号線に入った直後に突然見つけた結城諏訪神社。予定よりも全然早く目的地に着けそうだったので、立ち寄ることに

 なんか駐車場じゃなさそうなところだけど、まぁ良いです。いつものことです
 
 拝殿の裏に本殿。その裏に県道20号が走る。拝殿右に小さく見える紅い鳥居がSAの後ろに写っている鳥居。つまり、道路からコの字に廻ってお参りするという変則っぷり。拝殿、本殿と参道鳥居が並んでいるってのは中々・・・
 で、よーく地図を見てみると、昔からの街道筋は現在の街道よりも西側にあったようで、そちらからならまっすぐな表参道になるようだ。交通の流れが変わってしまったがゆえの変則的な形態というわけだね
 人気は無かったけど、社務所も拝殿も開いていて管理者の気配はある。公式のホームページが運用されていることだし、地域としては有名な社なんだろう

 神紋は5つ足の明神梶だった。下社から勧進したということかな?神社の公式サイトには書かれていないけど

 小休止の後、諏訪神社を辞して県道を辿る。「筑西」の文字が出てきたのでそちらに舵取り。ヤマカン航法も良好に機能しているようだ
 関本まで来てローソンで小休止。400Γが隣に停まった。RG400Γ、85年式かな?ウォルターウルフかっこいいなぁ・・・つうか、わざと隣おいたでしょwwwwww
 ローソン出てすぐに久々に鉄路に当たる。関東鉄道常総線だ。ロケーションが良さそうだったので、いっちょ撮ってみるかと思いつつロケハン。時刻はポイント着いてから調べるか・・・と、大田郷駅直ぐ北の踏切に到達。車を停めた瞬間に鳴りやがるんだ。踏切が

 絶妙すぎていろいろポジション決めることも出来ずに、カメラ任せで撮った2406下館行き。やはり露出の調整とか出来なかったから白っちゃけちゃったよ。トホホ
 40分ぐらい待てば下館からコレ↑が戻ってくるけど、キハ30じゃないと食指も動かないし、今回はもう良いや。諦めも肝心w

 もう二度ときそうもない大田郷駅を撮っておく。下館方より取手方を望む。かつて、ここから鬼怒川の河川敷に砂利線が延びていた。一時期は旅客営業も行っていたが、旅客駅が集落から離れていたため殆ど収益に寄与せずに旅客営業は廃止。その後、残った貨物営業も鬼怒川河川敷の砂利枯渇と、採取禁止により廃止され、そのまま路線も廃止された。この後辿ってみたけど、それとわかる痕跡は皆無だった

 明日のために下館駅偵察。駅前に公営駐車場があることは確認できた

 ローカル線での列車とのエンカウト率はわりと高い。水戸線も415系ばっかりになっちまったなぁ・・・。E501も走っているようだが、今回は2日間で一回も見なかったわ
 そのまま国道51号線を走らせ、本日の宿となる川島に到着。ホテルの場所、駐車場は確認。だが、その前に一つだけやっておきたいことがある
 入っていいのかよ?って感じの砂利道を走って鬼怒川河川敷に降りる

 みーえたっとv
 なんとか、あの架線柱の袂に辿り着きたい。河川敷だからというわけではないが、目の前は泥湿地。慎重に歩を進めるが、どうしても渡りきれない
 ズブリと沈み込む・・・・・・・アチャー
 ダメダ転進!!

 それでも来ちゃった

 川島駅は1997年まで貨物営業をしていた。その貨物を扱っていたのが、この専用線で、太平洋セメント関連の貨物列車が発着していた。行き先は同じ太平洋セメントのプラントがある秩父鉄道武州原谷。正確には秩父からセメントを持ってきて、川島でコンクリートに加工していた
 1997年3月にトラック輸送に切り替えられ廃止。以来、ここを列車が走ることは無く、線路は土に還りつつあるかのようだ。このあたりはレールも架線も残っているが、川島駅付近では線路が剥がされてしまっているので、ここを列車が走ることはこの先も二度とないだろうね
 架線が張ってある割には、貨物の出し入れはディーゼルのスイッチャーが行っていたようだ。もっとも、用が無いものはそもそも造るわけが無いので電機が入っていた時期もあるんじゃないのかな?EF80とかがゴロゴロと転がっていたのかもしれないねぇ。いつもながら、生きている時代に来たかった所だな

 鬼怒川橋梁をわたる415系小山行。どうせまともに撮れないので逆光でシルエットにしてみる
 わりと変化に乏しい水戸線内にあって一番の撮影ポイントかと思う。ここをEF80牽引の旧型雑客車が渡ったり、455系の急行つくばねが渡ったりしていた・・・そういう時代に・・・・・・・もう、良いか
 満足したのでホテルに。川島の駅前にあるホテル。セメント工場関連の来客相手の宿みたいだね。ほかに需要は見出せない小さな街なんだ

 日没

 富士山も見える。雲ひとつ無く、筑波からもくっきりと富士の形が見えるんだなぁ

<2009/12/23>
 祝日でござい。おはようございます

 朝陽を浴びて鬼怒川橋梁を渡る。ホテルの窓からこんな風に見える。電車が415みたいなのだけでよかったよ。客レとか走ってたら眠れなかったぜwww
 そのまま左下に視線を動かすと・・・

 SAが見える・・・・・・・・白っぽいなぁ。いやな予感しかしねぇ

 凍ってやがる・・・orz

 完璧にこおってるー。昨夜は氷点下まで下がったくさいし。仕方ないね・・・・・・・・あったまらないなぁ

 10分の暖機の後出発。時間が早いので真岡まで車で行って見ることにする。下見して無いけど、まぁ大丈夫。停める所くらいあるさ!!
 祝日の朝なんて道もガラガラ。途中で小動物のイヤンな現場に出くわしたけど・・・30分ほどで到着。駅傍の百貨店の駐車場が「開いて」いたのでそこに停めて駅まで徒歩。テクテク・・・

 にゃー!!!!にゃーと戯れていたら踏切が鳴った

 茂木行のディーゼルカーが駆け抜けていった

 真岡機関区と共にターンテーブルが見えてきた。跨線橋の向こうでは白煙モクモク

 いやぁ、良いねぇ。小型タンク機と言っても、活きてる蒸機は迫力が違うねぇ♪

 今日のカマはC12 66。国鉄色のDE10と並んでるところなんか撮ると、昭和30〜40年代の地方ローカル線の駅みたいね

 DE10 1535号機牽引の50系客車。50系の色がアレだが、これもまた一昔前の地方交通線の客レ然としていて好印象。むかしはこんなのがそこらじゅうに走っていたのになぁ

 缶圧上げてる真っ最中。そろそろウォーミングアップも完了かな?こんなタンク機でも走行状態に持っていくまで2〜3時間掛かる

 2エンド側からだけど、全体を。デフがないので前部がすっきり。まもなく入れ換え開始。一旦、茂木側に単機で引き上げて、推進で戻ってくる
 
 誘導合図で50系に連結

 茂木方に連結されたC12。ヘッドマーク付いてるなぁ・・・・・・・

 さらに一番線に転線。下館への回送を前に物干し竿をX字状に取り付け。国旗掲揚するんだとか・・・天皇誕生日だからなぁ

 少し離れてバランス確認・・・どうでしょう?

 先頭ではDE10が心地よいアイドル音を奏でている。晴天の青に臙脂のボディが映える。DLはこれでなきゃ
 
 
 9時半頃に下館に向けて回送発車。下館にはターンテーブルはおろか、機回し線すらないので、C12は下館からの運用に備えて逆向きぶら下がりで回送されてゆく。・・・・・・国旗ないじゃん・・・・・・
 下館ではなく、真岡直行は功を奏したといえよう。この後の下館では見物人の多さに撮影などまともに出来なかった

 0番線?にはキハ20が留置されている。オリジナルの首都圏色。真岡で走っていた車輌かどうかは不明

 駅の隅には車輌が展示されている。キハ20、DE10、ヨ8000に5000・・・

 こうゆうのも動態保存してくれねぇかなぁ・・・毎週撮影に来てやるのに

  真岡→下館:モオカ14−5 9:42発 「下館」

 日車製の軽量気動車。−1、−2は富士重工製で、同重工が最後に造った鉄道車両である。そっちに乗りたかったなぁ・・・
 
 久下田でプチ下車。交換待ちの合間に一枚パチリ

 沿線は年内最後の休日SL運転日とあってファンが多数。あっちこっちに三脚が立っている。これは一波乱ありそうだなぁ・・・
 案の定、下館駅は人たくさん。急いで改札出て、茂木までの切符を買いなおしてホームへ。2号車の乗車口に並ぶ。思いのほか並んでねぇなぁ・・・
 列車は側線に入っている。DE10は切り離し済みで、これは夕方までここに留置されるのだろう。見物の人たちはホーム先端でC12に向けてカメラを構えている
 乗ってきた気動車が茂木に向けて発車してゆくと、まもなくSL列車の入れ換えが始まる

 わりと労せず安置確保www

 車内にはいちごの飾りつけ、煌びやかなモール・・・・・・・コレの日だった・・・・・・・そりゃぁ、人も多いわなぁ
 この列車自体がイベント会場だったか・・・おう、寅さん乗ってきたよwww源公もいるよwwwwww

  下館→茂木:オハ50 22 10:37発 SLもおか号/いちごSL列車 「茂木」 2号車

 真岡〜茂木間が「いちごSL列車」となるようだ。沿線の芳賀町主催の特産品PRイベントだね
 10時37分汽笛一声定刻に発車。滑り出しはスムーズだが、スピード乗ってくると前後にがっくんがっくん揺れるね、こりゃ
■ 下館発車時の動画 常総線の気動車と同時発車。最新のDCは加速良いなぁ・・・
 ハイケンス久々に聞いたよ。良いねぇ・・・ハイケンスのセレナーデ♪

 下館発車時点では危惧していたほど乗客は多くなく、各BOXが埋まる程度。適宜イベントが行われており、静かに汽車旅を楽しみたい方には不向き。つまり、個人的には「しくじった」という感じ。まぁ、イベント列車もたまには・・・と自分を慰めてみる。ショボーン
 真岡で結構乗ってくる。真岡からが「いちごSL列車」であり、真岡鉄道の公式サイトでも運転は「真岡〜茂木」となっていた
 
 いちごを貰った。時期ものだけあって甘かったよー。あと、石炭やなんかも貰いましたが・・・

 若干騒々しかったが終点の茂木に到着。さすがに終着駅、割合大きな駅だ。もっとも国鉄真岡線時代はこの先に更に延伸が予定されていた。それも一つだけではなく幾つかの計画があったが、大まかに纏めると水戸方面、ないしは宝積寺や黒磯方面への計画がなされていた。
 そのうちの一つは、国鉄長倉線として茂木から延長する形で建設が進められたが、途中河井までの路盤が完成したところで工事は凍結され列車が走ることはなかった。完成した路盤の一部は現在もそのまま放置されているという。長倉線は茂木から長倉までを結び。当時、水戸と御前山を結んでいた茨城交通と連絡する計画でもあった。茨城交通は御前山から長倉までを延伸する計画だったが、どちらも工事は中断し、茨城交通にいたっては御前山〜水戸間の路線そのものを廃止してしまった
 茂木や、益子、真岡から県都の水戸へ出るには長倉〜御前山ルートが最短距離となるが、物流は水戸ではなく小山や宇都宮方面が主流なのでそもそも計画に必要性も必然性もなかった可能性が高い。真岡から栃木県都の宇都宮は驚くほど近い。こうした路線は日本各地で建設が計画されたが、実際に開業にこぎつけたのはほんの僅かである

 程なくして、列車は入れ換えを開始する。転車台がホーム向かいの側線上にあるため、列車は一旦推進で本線上に引き上げ、その後転線する。 ■ C12入れ換え動画

 さて、これだけ人が多いと撮影やらも満足に出来ないので、早々に引き上げることに

  茂木→真岡:モオカ14−4 12:41発 「下館」

 SLに乗ってきて戻る人々で単行気動車は混雑。まぁ、座れているので我慢しよう

 真岡に到着。これで真岡鉄道詣で終わり

 車にてさらに北上。宇都宮に。1時間程度で着いてしまう。ね?近いでしょ?
 
 宇都宮市街北部の丘の上に浅間神社がある。栃木県神社庁の真横だ。非常に解り辛いところにあった
 神社庁の横ってのがなんとなく意味深だなぁ

 拝殿は近年(といっても昭和50年だけど)改築されたので、実は「コンクリ」製。風情もへったくれもないね
 浅間神社を名乗るわけだし、高台にあるので富士山見えるのかな?とか思ったら、拝殿の正面は社務所。その向こうにも小高い丘があって実際には富士は見えない。昔は見えたのかもね?

 咲耶姫が主祭神なのは言わずもがな。磐裂、根裂も祀っているのね

 浅間神社で兄ィと合流。そのままもう一箇所行って見る

 すでに光量が厳しい中、富士山神社に到着。先の浅間神社からは車で5〜10分程度?東北本線挟んで反対側にある。「富士山」なので当然祭神は・・・

 咲耶姫。他にも何柱かの神様を祀っている。この辺りの小社を纏めてここに鎮座しているような気がする
 ここでは咲耶姫は「雨乞い」つまり、水の神様となっている。火を司る神様ってのが有名だが、その反面火を「鎮める」神様でもある。だから、富士山信仰=浅間信仰では「富士火山」を鎮める「水の神様」とされている部分もあるんだな

 きちんとした社があるわけでもなく、石作りの簡易的な「祠」があるだけの神社
 裏に廻ってみると・・・

 ちょwww場違いにも程がある!!

 この佇まい、雰囲気は嫌いじゃない
 何はともあれ、これだけ至近に意味するものは同じなのに、名前の全然違う神社があるってのは非常に興味深いところだなぁ・・


 馬車道へ移動して夜更けまで駄弁り

 レガシーといっしょ!!やっぱりレガシーは大人のセダンだよなぁ〜

 21時半過ぎに馬車道出て、忍さんエスコートで鹿沼方面へ。給油後鹿沼IC乗ったのが22時半。45分で浦和料金所。首都高もすっ飛ばして、国立府中には鹿沼から80分で到達した。過去最速だ!!

 以上をもちまして、2009年最後の紀行完了

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