越中飛騨紀行


 2010年6月9日のことだった・・・

「立山カルデラ砂防体験学習会の係です。
この度は、立山カルデラ砂防体験学習会にお申し込みいただきありがとうございました。

お申し込みいただいておりました、

  実施日:7月7日(コース番号:05T)

の体験学習会について当選しましたことをご連絡いたします。」





うぉぉぉぉぉ!?あたったぁ!!?
倍率2.5倍とはいえ、2年越しの当選
秋口の会は5倍以上にもなるんだぜ?
これは行くっきゃない

ということで、7月6日に飛ぶ

<2010/7/6>
 早朝4時過ぎに出発。いろいろ考えたが、結局SAでゆくことに。早朝人気の無い街中を走り青梅ICに。時刻は4:45。圏央道も空いている。5時に鶴ヶ島JCT通過、関越道に。ラッシュとは無縁の時間
 藤岡から上信越道。碓氷を越えて

 最初に降りたのは松代。まだ7時前だけどね
 長野を越えると上信越道は対面通行になる。その上、工事やってて片側交互通行とか!?高速道路でこんなん初めてや!!5分待ちくらいで進めたけど、15分毎上下切替だってさ。最悪は15分も待ちぼうけするんだな
 上越JCTから北陸道。まだ余裕はあったけど名立で給油。ここまで320キロ程度。リッター12キロくらい走った。GSのおっさんに「コレ何キロくらい走るの?」って「高速なら10以上は行きますよぉ」と答えておいた。こいつが「ロータリー」だってことあの世代の人は知ってるんだな〜
 異様なつくりの親不知ICで北陸道おりんりん。国道を西進し

 8:30親不知、天険コミュニティ広場に到着。車を止めて崖を下りる

 おっと見えてきたvまだ良くわからないね〜。朝、一人目の来訪者なのだろう・・・夜のうちに張られた蜘蛛の巣にえらい勢いで引っ掛かる
 さらに下ってゆくと・・・
 
 どーん!!北陸本線旧線。親不知隧道と風波隧道。富山方面から来た列車は煉瓦積みの親不知トンネルを抜けて小川を渡り、シェッドのある風波トンネルに突入した。このトンネルの間の一瞬だけ、親不知の日本海が見えたというわけだ

 親不知トンネルの内部。長さは500m程で貫通している筈なのだが向こうの側の明かりが見えないなぁ・・・もしかして閉塞している??

 今回は懐中電灯持ってきてないので入り口からちょこっと。親不知トンネルから風波トンネルを見る。鉄道廃線跡を歩く(JTBキャンブックス)の記念すべき第一作表紙写真はこのアングル
 ここを越えた列車の機関士は、蒸気機関車のその小さな窓からこの光景を眺めて居たんだろうなぁ・・・
 この区間の新ルート切替は1966年。以来40年以上そのままの姿で佇んでいる

 よくよくみると、風波トンネルの坑口は半分埋もれている。トンネルそのものは大丈夫そうだが、周囲が崩落しているようだ。大量の土砂が流れ込んできている

 ヒスイ海岸から見上げる風波トンネル。海岸からは10mほど高いところを走っていた。現在線はずーっと奥の地中を通り抜けている

 親不知子不知。大昔はこの波打ち際を越えた。「ヒスイ海岸」という綺麗な名称とは裏腹な過酷な道だったのだ。というか、道ですらない。波の打ち引きの合間を縫って岩から岩へと飛び移り越えたという
 ここがヒスイ海岸ってんだから・・・あるんだろうなぁ・・・・・・・えーと、玉虫玉虫・・・チガウ。翡翠ヒスイ

 朝っぱらから汗だくになって海岸まで降りて戻ってきた。それでも9時前だ・・・暑い
 国道8号線を西進。天険トンネルを抜けるとまもなく、一転して穏やか平野が広がるようになる。朝日ICから再び北陸道に乗りスキップ。滑川ICでおりんりん
 9:40。滑川駅前に到着。「1回」300円とのことなので、ここに駐車してしばし電車で探索

 富山地鉄の滑川駅。改札も何もない。乗車駅証明発券機は壊れてて発券されない。到着直後にレッドアローが駆け抜けていって「やべぇ・・・電車ないか?」とか思ったがうまい具合に49分に電車があるらしい。おおむね30分おきの運転のようだ
 やってきたのは元京阪3000系の10030系。同時にJR北陸本線の列車も到着。富山に行くなら向こうに乗ったほうが相当速い

  滑川→稲荷町:10046 9:49発 普通「電鉄富山」

 ラッシュも終わっているので車内は閑散
<上市>
 スイッチバック&列車交換。このスイッチバックが速達化の妨げになっているね。北陸本線が蒸気機関車牽引の客車列車だったころは良かったが、現在の電車では太刀打ちできないね・・・
 交換の電鉄黒部行きは14760だった。アレに乗りたい
<越中泉>

 ちょうど良い位置に停まったので
<稲荷町>

 不二越・上滝線との分岐駅稲荷町に到着。乗ってきた10046

 10025。やっぱり地鉄はこのカラーだよな・・・と

 デキ12021。東芝製の30t機で関西電力が黒部川第四発電所(いわゆる黒四ダム)建設の資材輸送用に発注したもの。資材輸送完了と共に正式に富山地鉄入りしている。同線では現在唯一の電気機関車であるが、貨物列車廃止以後余り稼動することはないようだ

  稲荷町→南富山:10039 10:28発 普通「岩峅寺」

 まぁ、大方の予想通り、10030だったね

 南富山到着直前。富山の都市圏内だと思うけど、車窓には田んぼも・・・
 南富山まで乗車の10039。これで京阪特急色とかならもっとファンも来るんじゃなかろうかと・・・。ああ、大井川で走ってたなぁ

○ 南富山駅前→富山駅前:7012 10:41発 「富山駅前」

 女性の運転士さん。ツリカケ良いねぇ〜♪
<富山駅前>

 従来のツートンカラーは1両だけになったみたい。8000準拠のこの塗装が一般的

 初乗りの環状線目当てなのだが、少し歩いて時間を稼ぐことに。富山駅前から新富町を経て県庁前まで徒歩移動

 途中で一枚。7020。良い音してた

  県庁前→富山駅前:9001B 11:13発 「環状線」

 環状線は基本的にこの形式で運転されるようだ。まだまだ新車の匂い

 お城も見えるよ!
 新線部分は単線で、環状線は反時計回りの一方通行。いま、もっとも新しい路面電車だ。将来的には富山市内線とライトレールが直結して直通運転を始める予定である。富山駅高架化と併せて施工される予定で、富山港から富山都心部へのアクセスが格段に便利になる。おそらく、ライトレールの富山駅から新富町方面へ線路が連絡され、富山港から環状線をぐるっと回って現在の富山駅前まで運転されるようなルートになるんじゃないかと勝手に予想している

 再び富山駅前の9001。富山ライトレールと同規格の連接LRT

 こちらは地鉄市内線の新型T100。9000型と異なりこちらは3連接。今のところ1編成だが、この形式をもって7000を置き換えるという
 続いてはJRに。富山駅は工事中。3月まではまだ運用されていた旧駅舎が閉鎖され、仮駅舎になっていた

  富山→高岡:クモハ419−7 11:52発 544M 普通「高岡」

 狙い通り419系だった

 この広いボックスシートが良いのよ

 高岡に到着544Mのクモハ419−7。前後とも食パンタイプ

 駅からぽてぽて歩いて高岡城址へ
 
 城址内にある越中一宮「射水神社」に参拝
 祭神は瓊瓊杵尊であるが、歴史的には伊弥頭国造(いみづのくにのみやつこ)の祖神とされる二上神(ふたがみのかみ)であった。同じ高岡市内には伏木にも一宮を名乗る気多神社ある

 こちらでは二上神になっているね

 拝殿。二拝二拍一拝賽銭投下!

 帰りは歩くのたるくなったので広小路から万葉線。前に乗ったときはまだ加越能鉄道が運営していた。今みたいな低床車はなく、地鉄7000型と同系の車両群(7000、7060、7070といくつかの細形式に分かれていた)のみだった

  広小路→高岡駅前:MLRV1005A 13:03発 「高岡駅前」

 やってきたのは連接の新車だった。軌道の状態は前回乗ったときと余り変わっていないが、車両が良くなったので揺れや振動は少なくなったような気がする。相変わらず運用されている7070は昔ながらだろう
 「MLRV」とは「Manyosen Light Rail Vehicle」の頭文字をとって付けられたそうだ。導入当初は設備の問題等でいろいろあったそうだが、今では主力として動いているらしい。というのを、コレを書いてる今知った。平日は6運用中5運用が同車で旧型は1運用だけ。広小路で見かけた新湊へ行く7070がその1運用だったんだなぁ・・・。しらずにアレが戻ってくるの待ってたら大変なことになってたぞwww
 乗車したのはわずかな区間だが事業者が変わって設備もいろいろと更新されているらしい。新駅の末広町ができているし、各停留所も綺麗になっている
<高岡駅前>

 高岡駅前の1005編成。富山ライトレールがいろんなカラーの車輌を導入しているのでこちらもそうゆうイメージがあるが、カラーリングはこのレッド一色みたいだ

  高岡→富山:モハ418−7 13:22発 443M 普通「富山」

 これぇ・・・さっきの編成だよ・・・orz
 544Mで高岡まで来て、439Mで富山に行って、432Mで高岡までまた戻ってきて、コレだよ
 同じハコだと悔しいので中間の電動車に
<富山>

 富山に到着。これで入庫だって。クハ418−7とクハ412−6
 この先はまた乗り継ぎで滑川なわけなのだが、列車がないというね。次の列車は14時20分発・・・これは413系なので、その次、14時39分発の475系3連まで待つことに

 煙草吸ってたら突如現れたキハ58+28。平面窓のキハ28 2346

 高山方はキハ58 1114。秋田の1502が廃車になったのでこれが最後のパノラミックウィンドウ装備車ということになる。暖地型のパノラミックウィンドウ車としても本車が唯一である
 越中八尾からの871Dに充当されていたらしい。通常、朝晩しか定期仕業を持っていないので真昼間にお目にかかることは少ない。このまま運用就くのかと思ったらこれで入庫みたいだ

 跨線橋の上から斜めに
 
 1番線に移動して

 富山にはもう一編成、国鉄急行色のキハ58+28がおり、この高岡色と共通で運用されている。現状では「どちらが」というわけではなく、「どちらか調子の良いほうが」運用に就くようだ
 全体のコンディションはこの高岡色編成の方が良いように見受けられる。エンジンの調子なんかも含めてね。今年の3月に国鉄色編成を見たが、排気がなんか不完全燃焼っぽかったし
 いずれにせよ、確実なのはこの最後のキハ58定期運用が来年3月で終了するということだ。これからしばらく、富山通いが続きそうな予感・・・

■ キハ58富山発車動画


 通過するEF81 125号機を撮ってから6番線へ

 運用参考その1:高山本線。両数欄の「旧2」がキハ58

 運用参考その2:北陸本線上り

 運用参考その3:北陸本線下り
 いずれも富山駅のホームに貼ってあるよ

  富山→魚津:クモハ419−1 14:39発 353M 普通「黒部」

 トップナンバーだ・・・つうか475系って・・・↑書いてあるのに・・・
<水橋>
 パルスィの駅・・・そんだけ
<魚津>

 クモハ419−1。隣の黒部が終点だってのにここで特急通過待ちだってさ
 久々に降りた魚津。地鉄への構内通路は完全撤去されてた。目の前が地鉄の新魚津だけども、面白くないので隣の電鉄魚津まで歩いてみることに
 改札を出て左へ、北陸本線の低い地下通路を通って反対側へ抜けると

 おや、廃線跡がある!?正面が魚津駅。国鉄連絡の専用線だが、手前に地鉄が走っているので地鉄とは平面交差していたのだろう

 振り返る。緩曲線で海のほうへ向かうレールも枕木もしっかりと残っている。歩いて楽しい廃線跡だ

 辿ろうかどうしようか一瞬逡巡し、ぱっと眺めたら数百メートル先の工場に続いているっぽかったので辿ってみることに

 てくてく歩くことにした。暑いけど、しのげないほどではない。炎天下の街中の廃線跡巡りはほんとは避けたいところなんだけどねwww

 簡易な踏み切りだったのかな?

 終わりが見えてきた。踏切を越えて向こうの工場に入っていたようだ

 専用線の終わり。踏切に到達するところでレールは途切れる。進入禁止の文字と柵。真新しい鎖で厳重に鎖錠されている。とはいえ、脇からいくらでも入れるのだが

 上写真の位置から工場側を見る。踏み切りは完全に撤去され平面にならされている

 ここからは工場の中再びゆるーくカーブを描く。その先はヤードになっているようだ

 取り残された保線用のトロがポツン

 わりと広々としたヤードが広がっていたらしい。少なくとも、ここから見えるだけでも3箇所の転轍がある
 工場は日本カーバイドの魚津工場。日本カーバイドは化学薬品やフィルム、樹脂製品なんかを作っている会社で、この魚津工場が生産の拠点なのだそうだ。専用線のほうは1991年に廃止となっているから、使われなくなってかれこれもう20年近く経つわけだね
 うん、満喫満喫
 あらためて電鉄魚津へ。到着前に轟音と共に電鉄富山行の14760が立派な高架橋を駆け抜けていった・・・30分待ちか・・・・・・
<電鉄魚津>
 ゆっくり歩いてきたので、わりと待ち時間は少なくて済みそう。こちらのほうが街の中心なんだね
 電鉄魚津は富山県内初で現在のところ唯一の高架駅である。電鉄魚津ステーションビルの3階に駅が入っており、ここに線路とホームもある。1、2階は電鉄魚津ステーションデパートが入っていたが、1998年までに全テナントが撤退し閉鎖されている。いかにも寂れた地方のビルという感じ。というか廃墟みたい。こんなところにほんとに駅が営業しているのか??と疑いたくなる
 
 客もいない・・・
 隣には併走して北陸本線の高架線がある

○ 電鉄魚津→滑川:14768 15:40発 普通「電鉄富山」


 一番前に乗った〜
 線形が良いので割りと飛ばすんだよね。最高で90キロ近くまで出していた

 滑川に到着。最後に乗れた!

 再び車に戻り、富山市内へと。途中でライトレールと併走したり、市内電車と併走したりでホテルに17時頃に到着。本日の行程は終了
 晩飯買いに富山駅行ったら蟹系全滅。というか、ますのすし系以外の駅弁全滅。ますのすしも良いけどさ、あれってほんとに寿司しか入ってないからコストパフォーマンス的にはちょっとねぇ・・・

 早起きしたのでさっさと寝ましょう


7/7 七夕・・・は、良いとして

 昨日、昼過ぎに確認したところ「明日の体験学習は荒天が予想されるので中止といたします」とのことだ・・・。まぁ、来た意味はなんにもなくなったのだが・・・
 とりあえずお出かけしましょう
 車で走ること30分ほど・・・

 水田の中をキハ120が駆けてゆく

 西富山〜婦中鵜坂間にある井田川鉄橋にやってきた
 少々早めについたので練習もかねて

 富山行851Dはキハ120単行。築堤を軽々と駆け上がっていった

 待つ事20分ほど。お目当ての852Dキハ58+28がやってきた。昨日も見た高岡色2連だ

 後追いで一発
 このあとキハ58はしばらく戻ってこないので、58が目当てであればこれで撮影は終了・・・なのだが

 852Dに続行で10分程間を置いて、「速星貨物」こと1090レがやってくる。DE10単機牽引だが、高山本線唯一の貨物は相応に立派に見える。せっかくなので抑えておきたい列車だ

 後追いで。わずか10キロ程度だがDE10が本務機で本線を走る貨物は貴重。以前は神岡への貨物列車もあったが、神岡鉱山の輸送がトラックに変更された上に神岡鉄道そのものが無くなってしまったので、必然神岡貨物も無くなってしまった。北陸地区にはDD51の配置がないので、神岡貨物はDE10が重連で牽引していたそうだ

 ところどころコンテナに歯抜けがあるね。今日は水曜日だし、荷主によっては輸送がないのか?

 キハ58も貨物も撮れたので満足して引き上げる
 富山西ICから北陸道に乗り

 すぐの呉羽PAで飲み物補給。井田川鉄橋周辺はコンビニもなければ自動販売機もない。脱水症状になっちゃうよ〜・・・ということで
 さらに北陸道を西進し砺波JCTから東海北陸自動車道に。ここを走るのは初めて。対面通行なんだね。そこそこ交通量もあるので、遅い車に引っ付くと車群が出来てなかなか思うように進めない。自分のペースで走れない部分はあるね
 それでもICのあたりは追い越し車線もあるので、ここを効率的に使ってパスしてゆくしかない。五箇山辺りからはトンネルも多くなり山岳区間に。飛騨トンネルは関越トンネルに次いで国内二番目に長いトンネルだそうだ。というか、トンネルの中・・・携帯通じるんですがwwwこないだ東海道新幹線乗ったときも気づいたんだけど、最近の長大トンネルでは携帯通じるようになってるのね。災害とかそうゆうのに対処するのが第一目的なんだろうけど。有難いことです
 対面で片側1車線だけど概ね100キロ超くらいで走行して

 飛騨白川PAでおりんりん

 いやー・・・良い眺めなのでデカイ写真でひとつ。青々とした山。冬はどんな姿を見せてくれるのか・・・まぁ、SAでは来れないな・・・orz

 白川郷・・・合掌造りは見えないねぇ・・・・・・
 時間があればゆっくり見たいものだが、この先の時間が読めないので白川郷はまた今度。出来れば冬に来てみたいなぁ

 飛騨清美ICから中部縦貫自動車道に。中部〜区間は無料。高規格幹線道路・・・つまりは一般国道である。高山西で降りて普通の国道に。高山に来るのも久々だねぇ〜
 
 昼前に飛騨一ノ宮、水無神社に到着。たいてい農耕には「水」は必要だが、「水無し」ってのが面白いね。裏を返せば災害を治める目的ならこれもありかぁ

 細かい・・・けどこの大きさなら読めないことはないね
 祭神は御歳大神・天火明命・応神天皇・神武天皇などあわせて16柱で、総称して水無大神としている。終戦直後の1945年8月から1月ほど、熱田神宮の神体(天叢雲剣)が一時避難していたそうだ。おそらくGHQの接収を恐れてのことかと
 「生ひな祭」が気になるね。生雛・・・雛が生かぁ・・・・・・・・雛ちゃんがねぇ・・・・・・・・・・・

 広々〜・・・しかし人がいねぇなぁ。今日は35円投下。3重にご縁がありますように・・・欲張りすぎw

 白山神社

 白川村の一部が御母衣ダム建設で湖底に沈むため、その地区にあった白山神社を集合の上こちらに移転させたというわけだな

 高山を後に朝日町方面へと走らせる。車は少なく快適である。段々と山がせばまってゆき、山中に入り込んだな?と思うと出現するのが秋神ダム。秋の神様でも静葉おねーちゃんはたぶん関係ない。トンネル内で後方からフラット4のエンジンが接近してくるなぁ・・・と思っていたらGC8。上りだし退避して先に行かせたらすぐその先の道の駅に入ってやがる・・・
 高根第二ダムを越え、高根第一ダムへ。ダム湖上の道路は幹線とは思えないほど脆弱で・・・。トンネルは狭く対向は出来ない。今日は交通量少ないから良いけど、これでは休日はどうなるのか
 「開田」とか「木曽福島」とか書いてあって、「あっちも良いなぁ・・・」と思ったが、予定通り野麦街道へ

 渓流が良い感じねぇ

 緑しか見えない

 さっきあそこ通ってきた〜。順調に登っているね

 野麦峠に到着

 展望台より遠望。おお!?まだ残雪がある!

 こちらは松本側。こっちの方が開けて見える。相当な標高なところがわかるだろうか?かつてはここを徒歩で越えていたわけだから・・・
 こっちはいっきに駆け下りるけどね

 ヒャッハー!!

 松本側の方がタイトだった・・・

<例のヤツwww>

 奈川で見つけた。行き過ぎて、転回してわざわざ戻ってきた。目つきと髪型が・・・分け方が・・・

 て・・・手がぁ〜!!
 本来、旗を収納しておくべきところではないはずだ・・・手・・・あったんだよね??

 ぎゃーっ!!
 脱皮した後だったか!?しかし見事に「まっぷたつ」向こうが透けて見えてるぜ

 奈川渡から突然交通量が増えて延々、島々まで鈍足を強いられる。松本電鉄を横目にまた山裾を駆けあがる。せっかくだから松本空港見て行くかと立ち寄ったものの、30分ほど前に定期便は離陸してしまい空振り
 塩尻駅前までやってきて小休止。時間調整と休憩兼ねて電車でお出かけしてこよう
 右回り左回りどちらでいっても結局同じ位の時間にしか戻ってこれないので、先にある上りの普通に乗ることに

 こあ!こぁ!!こあぁぁぁぁぁぁ
 正式には「こあしおじり」という名の複合施設。裏にはこあ駐車場

  塩尻→岡谷:モハ114−1164 15:19発 1534M 普通「上諏訪」


 岡谷からは久々に119系。クモハ119−5329

  岡谷→辰野:クモハ119−5329 15:37発 234M 普通「天竜峡」

<辰野>
 塩尻行きまで1時間程の待ち合わせ。時間ありすぎるので少し散策を

 飯田線との分岐駅で、かつては要衝だったために広い構内。塩嶺トンネルが出来るまではこちらが本線だったために構内の有効長もかなりある

 さっき列車の窓から見ていて気づいた。構内外れに神社があった。構内側線の車止めの向こうはもう神社の柵。本線は右側を掠めてゆく
 
 三輪神社というそうだ。茅の輪がぶら下がっている

 砲弾!!

 その名前からしても、「三輪信仰」が中心の神社・・・なのだが、土地柄からかタケミナカタを祀っている。祭神、は大己貴命・建御名方命・少彦名命とある

 拝殿。あ・・・御柱あんだな・・・・・・・
  盛大に御柱祭りが行われる神社でもあるそうだ

 「東郷平八郎」謹書の額。日露戦争。日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を破った、「あの」東郷平八郎提督である。ふわぁ・・・すげぇ

 拝殿側から鳥居、茅の輪を見る。電車が来れば面白い絵になるのだが、残念なことに発想をすぐにものに出来る程列車密度は高くない・・・
 駅へと戻るがまだ時間がある。今度は神社とは逆方向へ進んでみる

 駅前の商家

 こんなモルタル造りの建物も残っている

 にゃー発見!!

 にゃーん。しばしジャレる。ナデナデナデナデ

 古い建物が多いな

 いい感じ。こうゆうところでお茶したい

 駅の西側。かつてはプラントがあってタンク車が停まっていた。EF64善知鳥峠を越えてやってきていたのだが、自動車輸送に切り替わり現在は線路だけが残っている

 中央本線の踏み切りにやってきた。塩尻からの列車を撮影しようかと

 線路の部分だけ板を渡した踏み切り。警報機はあるが遮断棹は無い。車は進入禁止

 さくらまち踏み切りっていうんだ

 カーブミラーが二本・・・なんか・・・・・・

 見よ反射鏡

 鏡付いてねぇっ!!

 だから見えねぇっての!!

 きーたぁー♪クモハ123−1


 これで塩尻戻るよ

 銘盤多いなぁ

  辰野→塩尻:クモハ123−1 17:01発 165M 普通「塩尻」

 久々にクモハ123乗ったなぁ
 2時間ぶりくらいに塩尻に戻ってきた。たいした距離じゃないのに一周二時間以上とか・・・


 某所で日没まで待機

 零さんと合流。さらにきりぃさんと合流し晩飯。松本市内にあるZUN八・・・・・・寸八にラーメン喰いに

 21時過ぎに松本離脱

 すわっこで給油して東へ。クソみたいに雨降っててちとスピード出せなかったが、松本から概ね2時間で帰ってきた


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