紅楼北丹伊奈木曽紀行

 相変わらずすげぇタイトルwww

<2010/10/9>
 土砂降りの中、福生の印刷所へ赴き新刊引き取り完了
 表紙の画像データ差し替えミスってて、イベントは咲夜さん島なのに、新刊表紙はフランちゃんという失態。そもそもは2冊体制で今回の新刊は2冊目のイラスト本。他にこぁ咲まりみょんというわけのわからんカップリングの本が出る予定で、そっちの表紙用に咲夜さんを描いていた。ところが、その本の発刊を延期したので、咲夜さんをイラスト本の表紙にしようということで、データの差し替えをしたはずだった・・・・・・・はずだったんだがなぁ・・・

 その足で湯倉さん宅へ。明日以降の打ち合わせ。
「とりあえず、アイロン買いにコーナン行きましょう」
 ここから今回の旅は始まったのだった・・・


<10/10>
 明けて10日。昨夜は21時には就寝したが、目覚ましよりも30分も早く起床。まだ2時台だっての!時間に余裕が出来たのでPC立ち上げて、たまたまメッセにインしていたうさ丼さんを爆撃してから湯倉邸へ
 なお、昨日の夕方から車のオーディオが不調。「音が出ない」というトラブルに見舞われていたが、荒天時には割とよくあること。湿気と電圧の関係でスピーカーが機能しなくなるのだ。対策は考えてあるし、明日以降は天気が良くなるのでさして気にしてはいない。
 4時に湯倉さんを収容。4時半に小平でARCさん収容。どう見ても寝巻き姿の外魔さんの見送りをもって、我々は東京を出発した!

 5時前に国立府中ICから中央道へ。ひたすら西へ向かう。天気は相変わらず雨だし。ガラスは曇って前は見えないし・・・ステレオから音は出ないしw
 昨年や、昨今の連休の状況を鑑みての早朝出発だが、昨年に比して車は少ないようである。昨日、今日と天気が悪いので出控えているのかもしれないし、3連休中日だからというのもあるのかもしれない

 ファーストストップすわっこ!
 いつものすわっこに6時半過ぎに到着。曇ってはいるが幸い雨は降っていない。岡谷のミュージアムでイベントでもあるのかスカGが大量に。あんなにたくさんのスカイライン・ジャパンを見たのは初めてだ!!

 諏訪湖には深く雲が垂れ込めていた。これはこれで幻想的じゃない?

 諏訪湖を後にさらに西へ。天気は急速に回復に向かいつつある。ほぼ雨の心配はなくなり。恵那山を越えて木曽側に降りると青空が広がっていた。
 本日の行程上、最大のネックになるのが名神合流後の一宮付近である。今回もご多分に漏れず「渋滞2キロ」の表示があるが、2キロなんてあってないようなものである

 掴まった。つうか、やっぱり事故渋滞かよ!!
 とはいえ、ものの15分程度で渋滞を抜ける。最終的に本日の渋滞はここだけだった。一般道の渋滞のほうがひどかったが、よくよく考えたら一般道も吹田付近で掴まっただけだ

 ネクストストップ「養老」。400キロ走行。ここで給油。ここまでリッターあたり14キロ。問題なし!
 養老でシートスイッチ。前席がARCさんに、後席が湯倉さんに。SAを出るや否や、湯倉さんは寝る。さすがに連休中は交通量多いが、それほどの密度でもなく。中京圏越えて先が見えたので、走行車線を100キロに届かない程度のスピードで流す。それでもナビの到着予想は11時過ぎと出ている
 天気の回復した湖東路を快走。瀬田〜大津間で2キロ程度の渋滞が発生したが、これもさして詰まることなく通過。今回は本当に恵まれている
 逢坂の関を越えて京都へ。高速降りる手前、

 桂川で小休止。ここ、もう京都なんだけど、あんまり京都に来た気がしないねぇ・・・

 大山崎のジャンクションは凄いねぇ・・・という感じで乱立する道路を眺めて一般道へ。天気が回復してチェンジャーも暖まった。湿度も抜けてきたのだろう。ステレオ復活www
 ナビはと言うと、こんなところを通すのかよ!?という山道でどんどん高度を稼ぐ。細いワインディングに鬱蒼と茂る竹林。見通しの良くない山道だが、生活道路となっているらしく対向車がわりとバンバンくる。躊躇せずに路肩に突っ込む自分もどうかと思うが、レンタカーを借りて来るような外地の人間はこんなところに来ちゃぁいけない・・・。満載状態のSAでも普通は来るもんじゃないよなぁ

 よじ登った高度を一気に駆け下りてやってきたのが、高槻市の山中、川久保地区である
 
 集落への道路をまたぐように大きな鳥居。「霊峰」へ我々を誘う
 実は、写真撮る前に鳥居の下を潜ってかなり奥まで車で突進した。すぐに目的地から外れそうなことは理解できたが、なんせくそ狭い林道である。転回出来る場所もなく延々奥に進んでから戻ってきて、写真の鳥居の手前に駐車したのだった。「倒木のため通行止め」みたいな雰囲気の道路だったが・・・
 改めて、徒歩で散策

 明らかにこの小さな集落には似つかわしくない集団
 
 山裾に身を寄せ合うように家が建っている

 この集落が峠道最後の集落で、20件程が軒を連ねている感じだろうか?駅から来たバスもここで折り返してゆく
 
 やってきたのは諏訪神社

 ビニールシートで囲われちゃって修繕工事中の様相。ちと残念

 と、いうことで・・・。関係ないけど、関西には「垣内」という地名が多い。いずれも山間部に多いようだが、「何を意味するのか」、多く名づけられている由というか、気になるところではある

 社殿の端に・・・これはもしや!!この桃は!!!

 ここに学校があったんだね。山に張り付いているので、境内はそんなに大きくない。今の社務所がなかったとしても、それほど大きな学校ではなかったはずだ。だが、小学校をここに置くくらいだから、かつてはもっと人の営みがあったのかもしれない
 尋常小学校とは戦前に存在した制度の学校で、ほぼ今の小学校と捉えていただいて問題ない。当初3年制、それが4年になり明治40年には6年制となった。同時に高等小学校というものがあり、尋常小学校を卒業すると、就職するか高等小学校に進学した。戦中にこれらは「国民学校」となり、戦後になって小学校の名前が復活している
 尋常小学校の存在した当時は大阪ももっと市街地は小さく。高槻の町も非常に小さかっただろう。山ももっと深く、山中の各集落からこの川久保に児童は通っていたのだろうね。川久保という集落が、この山間部では一番の中心地だったことが解る
 
 この川久保までやってくるバスは2時間〜3時間に1本というところだ。高槻市内だぜ?7時に始発。20時には最終・・・

 川久保を後に次のポイントに。一気に山を下り、見覚えのある道を西へ向かって走る。昨年はなかったでかい橋を越え、トンネルを潜ると茨木市の生保地区

 昨年は来ることが出来なかった生保の諏訪神社に到着。前回の紀行ではついぞ発見できなかった生保の諏訪神社。帰宅後の調査で山の上に移転され新築されたとあった。昨年探索した神社跡地から500mと離れていないところだった

 ついに到着!茨木市生保地区の諏訪神社

 一部を建て替えたわけではない。まるまるそっくり移転しているので全てが新しい

 ガラス戸に仕切られていて、「これじゃ賽銭いれられないじゃん!」とか思ったが、しっかり格子の一部がはずされていて、賽銭箱に一直線の斜路が設けてあった。5円・・・・・・・は無かったので10円投下!!

 神社は新集落でも一番の高台に据えられていた。いい眺めだ

 来るときは新しく出来たバイパスを抜けてきたので、帰りは旧道の方へ。見覚えのあるグランドの横を通り抜けて下る。前回車を突っ込んだ藪には廃棄された自動車が一台。当時は営業していたガソリンスタンドはさすがに営業をやめたらしい。少しずつ、湖底に沈む準備が整いつつあるようだ。もう一度、この旧道からの安威川の流れを見ることが出来るだろうか・・・

 万博記念公園にやってきました。駐車場1200円に驚き、公園に入るのにさらに金がかかる。でも太陽の塔見たかったんだもの

 大阪モノレールからは見たことがあるんだけどね。間近で見るのは初めて。万博当時は中に入れたんだねぇ

 真下から見上げるとこんな迫力だ。夜になると「目からビーム!!」を発しているそうだ。湯倉談

 これは背中側

 なんかステージでイベントやってたけど、華麗にスルーして撤退。当初はここで別働隊と合流予定だったが、別働隊が少し時間がかかるのと、1200円も駐車場代払わせるのも馬鹿らしいので宿にて合流することに。宿は石橋なのですぐ近くなのだ
 というわけで、16時ころには1日目の宿、ビジネスホテル石橋様に到着。チェックインして後続を待つ

 今回、3人部屋を2つ取った。見てのとおり、三人部屋を謳っているが、2段ベッドがあるので4人で使える

 ただし、2段ベッドの梁は弱々なのであまりここでは寝たくない・・・

 湯倉さん沈黙。枕は頭に載せる物ではない

 窓の外は国道が横切っている。はっきり言って眺めは良くない。向かい側のマンションが丸見えだが、向こうからはこちらが丸見えなのでおあいこだ

 左が箕面市。右が池田市・・・部屋のど真ん中を両市の境界がぶった切っている。ちなみに2段ベッドは箕面市側に属し、シングルベッドは池田市側に属している

 そうこうしているうちに別働隊到着!!


 いしばしー
 夕方からみんなでお出かけ。大阪難波へGO!

 箕面線は3158Fだった。方向板付きもだんだんと少なくなってきている。残りはここと今津線、伊丹線、甲陽線くらいだね

 梅田までは急行で1本
 当初はね。早めに出て、宝塚〜西宮北口〜今津〜尼崎〜大阪難波と大回りしようかと思ったんだけど、メンドクサクなって直行ルートに
 難波まで地下鉄で移動。呑みの会場を取っていただいたにょーさん、熊野詣でから帰還したばかりのヤマグチさん、そしてうさ丼さんと合流。呑み会場へ・・・
 魚民なんだけどね、大阪の中心的繁華街の難波にありながらも直前に個室が取れる好立地。22時頃まで呑んで食って騒いできた。明日・・・イベント本番だぞ!?大丈夫かこいつら・・・だって、にょーさんまだ作業終わってないんでしょう??

 帰りは中津まで地下鉄で行って、中津から阪急に。もちろん乗り継いだことなんてないので道なんて知らんw適当に回って、なんだかうら寂しい阪急中津駅に到達。ホーム狭い。優等列車はことごとく通過してゆく梅田から数百メートルの位置の小駅。京都線に至ってはホームすらないので各駅停車も見向きもしない
 梅田の繁華街歩いて乗り換えするの嫌だから。とかもっともらしい理由をのたまう私ですが、ただ単に中津駅に来てみたかっただけだ、この人
<おまけ>

 撃沈!!


<10/11>

 もそもそ起き出して準備完了。大阪空港から高速乗って福島まで。下道でベイエリアを目指す。8時半過ぎにインテックス大阪に到着。昨年と同じ立体駐車場に入れる。1日1回1000円は破格だと思う
 というわけで、第6回 東方紅楼夢にサークル参加

 すげぇ。この規模の島が他に3つ形成されていた
 もっとすげぇのは「サークル入場列」。なんでサークル入場で並ぶのん?蛇行しまくって相当伸びてたよ

 中はこんな感じ。今回から4号館、5号館の2館体制で開催。2000サークルくらい参加してんだって
 売れ行きはさっぱりだったけど、両隣のサークルさんが良い方々で退屈しなかったのが幸いだったわ
 島の内側も余裕があって良いね。酷い所だと後ろ側のサークルさんと椅子が当たるからね。空調も聞いているし、全然汗もかかずに快適なイベントだった
 時間の都合により、ARCさんは途中で撤退。午後から挨拶回りだなんだでうろうろ。あんまり買い物しなかったなぁ・・・

 14時半閉会。混むのでさっさと撤収。屋上駐車場へ・・・

 和歌山からいらしていた幣さん。お声をかけてくださった。デミオに乗っているそうで、マツダ好きなら目に留まらないわけがないということか・・・
 サークル参加している弟さんのお付き添いでいらっしゃったそうだ

 さっそく車を見せてもらう

 うぉーう、咲夜さーん!!
 しばらく車談義をし、ぼちぼち良い時間なので本格的に撤収を・・・
 幣さんには弟さんの分も新刊既刊を押し付けてインテックスを離れる。またお会いしましょうと手を振りつつ・・・

 インテックス出たすぐのところで湯倉さんを落っことす。駅から地下鉄で石橋のホテルに戻るのだ。なぜか?昨日すわっこで買った御柱羊羹を宿の冷蔵庫に置きっぱなしにしてきたからだw
 こちらは茨木市まで車で先行。道路事情が読めないので、別行動することにした
 後続車には天剣Zさんを追加収容。というか、湯倉さん落っことしたらこちらは単独なんだから、一人こっち乗れば・・・
 高速で一気に茨木方面へ

 東方茨歌仙に絡めて茨木童子ネタを拾いつつ、湯倉さんと合流すべく茨木市駅へとぞろぞろ向かう

 湯倉さん合流後に茨木童子貌見橋へ。もう真っ暗
 水面に移る自分の姿が「鬼そのものに」なっていたことに驚いたとされる橋。その後、茨木童子は丹後の大江山へと向かい、酒呑童子の仲間になったとされる

 橋は存在しておらず、現在は石碑のみが建っている

 ちかくに祠があった

 うお!?こわぁ

 さて、茨木童子にはそのもの茨木周辺を舞台にした摂津説と、新潟県の「越後説」がある。ストーリーの大筋は似たり寄ったりだが、ネタ拾いをするなら越後説が面白いかな?とも思っている
 諸説はあるが、茨木童子は「女性説」もあり、その辺りが華仙の大本になっているのかな?と

 茨木ネタをあっさり切り上げて京都へ。いやぁ、京都っぽいね!

 並べたw光源が全然ないから画質荒いなぁ

 天剣さんと別れ、東山の宿へと向かう

 河原町!

 四条!
 いやぁ、京都観光したねぇ〜♪

 ホテル東山閣に到着。今日は仲居さんが案内してくれるような良い宿だ。
 少なくとも
 イベント帰りの野郎が5人で泊まる宿ではない
 それで一人3500円なんだから破格だよなぁ。しかも駐車場タダ

 部屋はこんなふうにギュウ詰めだけどね

 浴場で一風呂浴びて、戦利品を読みつつ、酒を飲む。ふと、湯倉さんがカタログのひとつを指差す「弟さんのサークル」だという
 ・・・・・・・おい、待て、その人知ってんぞ。知ってるというか、Pixivで相互お気に入りの人だぞ!なぜ早く言わない!うきはがデミオ見てキャッキャウフフしている間に、しっかり湯倉さんは情報収集していたのだった・・・

 もう寝る!


<10/12>

 今日も良い天気!
 暖機していると、駐車場整理の宿のおっちゃんに絡まれ、この後、給油中にGSのおっちゃんに絡まれる。関西だとSAはそんなに走ってないかねぇ・・・。うちの近所には他に2台おるぞw
 ここからは湯倉さんと二人で。夢見勢とは離脱。まだまだこちらは旅の空
 五条通を西へ西へ。京都縦貫道方面には入らずに、旧道を登る。老ノ坂峠バス停付近を左に細道へ入ってずんどこ進んでゆく。

狭いということは知っていたが、これはSAじゃなければ進入したくないな。SAで車幅わりとぎりぎり。狭いところを走り回るのが好きな人(あんまりいないと思うが)でもないとちょっと進入したくない。しかも、進入したら通り抜けるまで転回できないときた
 
 京都大枝山の山中にひっそりと佇む首塚大明神

 酒呑童子の首を埋めたとされる首塚。それを祀って首塚大明神とした

 つまり、神聖な都に「いくら証拠物件」でも鬼の首なんて不浄なものを持ち込むのは許さん!ということで、ここに祀ったのが首塚というわけだ

 さすがに酒呑童子ゆかりの地なので酒が多いのかと思いきや・・・。どうやら心霊スポットらしく、夜な夜な若者が来て散らかしてくんだと。不届き者の置き土産ということだ

 むしろこっちの方が心霊スポットっぽい

 ちいさな建物が連なる。この構造でおおよその予想は付く

 廃材や家具がそこらかしこに散らされている。あのドアの向こうに広がる景色は・・・

「モーテル サンリバー」はい。予想通りでしたね。廃モーテル

 9号線に戻り峠を越える。山城の国を抜けて丹波に
 篠インターより京都丹波道路に乗る。無料化社会実験のために無料区間

 高速もまもなく終わりの辺りにある南丹PAで小休止。自販機とトイレしかないPAだった
 丹波インターまでしか高速は開通していないので、ここから再び一般国道9号線。一般道路だが、交通量は少なく快適に北上。途中、和田交差点でより国道173号線、綾部街道へと

 綾部の市街を抜け、やってきたのは綾部市北部の「物部町」その名のとおりにここの周辺には3社程諏訪神社がある

 まずはその1社目に参拝

 信州上田から丹波綾部とはなかなか飛ばされてますなぁ・・・。そんな経緯(敬意)でこの地に諏訪神社が祀られる事に

 この辺りの総社のようで、相応に立派で綺麗である

 神紋は諏訪梶5本足

 天気も空気感も最高潮

 ケロちゃんいたよ
 近辺には3箇所諏訪神社がある。せっかくなので、その全て回ってみようと思う。一番綾部よりにある諏訪社は住宅地の中で1回掠ったが、場所が掴めなかったので先に上記の諏訪社に来た。次は一番遠いところに行ってみる。遠いといっても3キロほど離れた程度

 概ね、こんな田園風景の中を飛ばして数分

 畦道の傍らに車を止めて歩く。ナビでは直接神社まで続く道が描かれていない。神社は左手、

 この森の中、どこかにあるはずだ

 畦を歩くこと数分。森へ分け入る小径を発見。躊躇することなく突撃する

 なんか見えてきたw

 クリーンヒットォ!大当たり。諏訪神社到着。横道から直接境内入っちゃったけど

 なんで「諏訪神社」なのかはわからんねぇ・・・

 柿はこれ・・・・・・・か?いや、なんか柿の木とは違うような・・・
 
 スタンプまで。まだ新しい。というか、あまり使われた形跡がない・・・。それにしてもそんなに七不思議に入れ込みますか?

 帰りは参道を辿って

 普通に県道からの道があったし。神社の前に車止められたし・・・orz
 また畦道を辿って車に戻る

 さて、最後は三叉路にある諏訪神社なの・・・だが
 影も形もない。ナビでは実際の住宅の中にあるように描かれているが、そこに至る道は無い

 確かに近いが、位置が微妙に違う。この社には名称の類がまったく記されていなかった。結果として、諏訪社3社中2社をめぐり、1社は不明というかたち

 交差点の脇に立っていた。愛らぶH・・・チルノではない・・・・・・・

 気を取り直して大江山へ向かう

 鬼が・・・

 鬼がね・・・もう少しこう・・・デザイン的に何とかならんかったものか・・・
 まぁ、一般的にはこんな感じだもんなぁ。ここでフランちゃんがウフフフでも引くものなぁ・・・ああ、ほら吸血鬼・・・

 やってない(廃業した?)茶屋をスルーして、鬼の交流博物館に。日帰り浴場も併設している。それにしても人気のなさが気になるのう・・・

 存在をアピールしすぎな大鬼

 匠の技だな。うん

 頼光ご一行様。みんな同じ顔に見えるw

 坂田公時はあの「金太郎」である。足柄山の。先に行った首塚でもその名前が出てきたね

 交流博物館全景。二本の角をイメージしたような外観になっているのね

 どうやら展示は日本の鬼に限ったことではなさそうだが・・・

 はじゃーん・・・orz
 どうりで人気が無いわけだ。いくら観光客がいなくても、やってれば施設の人の往来はあるだろうし、自動車なんかも止めてあるよね。まったくないんだもの!

 うすうす勘付いてはいたんだよ・・・今日は何日何曜日だい?火曜日だ。だが、昨日は祝日三連休・・・書いてあるじゃないか「祝祭日の翌日」休館日って・・・

 すごすごと撤退し、先ほど横目で見てきた「鬼の足跡」を見に行くことに

 無料の町営駐車場の土手には彼岸花が咲き乱れていた

 えらい急斜面を登りまくって、足腰ガクガクしてきたところで振り返る

 ああ〜良い眺めだ

 やっと平坦な道になる。石畳もあり歩きやすくなった。ここが旧宮津街道だという。宮津の海産物を都へ運んだ旧街道なのだろう

 足跡・・・看板の右っかわの窪みが足跡?他に見受けられないしね
 まあ、えてしてこうゆうものは「そう見える」という物だけれど

 すぐ横にある「頼光の腰掛岩」もうでか過ぎてどこに腰掛けていたのやら・・・

 もうひとつの鬼退治伝説と来たか

 御多良志荒神はこの上。「俺はもう上るのやだぞ」と言い張ってこの上には行かなかったw

 吊り橋キター
 
 左上流側。右下流側。結構、高い
 ワイヤーに電飾が巻きつけられていたので、夜はライトアップとかすのかもしれん

 吊り橋から見た大江の里方面
 野焼きの煙が山々を巡る。こんな険しく山深いところでも人の営みはしっかりあるんだ

 もう、あれが大江山でいいやw
 標高は800m強。高尾山よりも200mくらい高い程度。ハイキングするにはちょうど良いんじゃなかろうか?
 そもそも地学的には「大江山」という個別の山があるわけではなく。いくつかの峰々を総称して「大江山連峰」という。鍋塚、鳩ヶ峰、千丈ヶ嶽、赤石ヶ岳という峰があり、地元の地図では連峰で最高峰の千丈ヶ嶽を「大江山」としていた。もっとも三角点上の「大江山」は鍋塚のほうにありややこしい
 吊り橋から見ると遥か下にもう一本橋が架かっており、ぐるっとまわって駐車場まで回遊できるようだが、あの高度まで下がると、また駐車場まで上りになるので、素直にもと来た道を戻ることに

 大江山を後に宮津方面へと走る。丹後地方でも標高の高いところで、大江山スキー場等がある。冬場は積雪もあるのだろう
 スキー場の向かい、大江山バンガローで飲み物補給をしようとしたら、自販機の電源が入っていなかった。管理人さんがすぐに入れてくれたが、ジュースの自販機なんてスイッチ入れたらすぐに買える様になるのね。というか、「誰も買いに来ないから電源入れておくと電気の無駄」だということらしい。我々が去った後にはすぐに電源が切られたことだろう
 スキー場を越えるとすぐにくだり。木々の隙間から日本海が見える・・・厳密には宮津湾、ないしは若狭湾だが
 下ってゆくと、「良いロケーションじゃね?」ってことで小休止。もちろん「鉄」的に
 宮福線の築堤が山に沿って緩いカーブで続いている。路肩に車を停めて、時刻の確認。15分後くらいに宮津方面への普通列車があるようだ。併せて通過列車となる優等列車の時刻も確認しようかな?と携帯を弄くっていると、小刻みなジョイント音が響いてくる
「うぉ!?やべぇ、来ちまった!!」

 慌ててセッティングしたので高架橋の処理がまったく出来なかった
 183系4連の3072M特急「文殊2号」新大阪行。後ろの高速道路の桁が無ければもっと良いのに

 単行の2421D普通列車宮津行。普通列車だが「大江山悠遊1号」という愛称があるようだ。そういえばヘッドマークを付けている

 列車を待っている間に撮ったケロちゃん。青蛙。緑色の蛙ってほんとに見なくなったよね。ニホナマガエルは比較的どこでも見られるけど、やはりヒキガエルなんかに比べて都市部では生息しにくいようだ

 木漏れ日の差し込む山峡の集落。丹後にはこうした集落が点在している。まだまだ日本の古き良き風情を伝えてくれているのだ

 なんかさっきから湯倉さん見あたらねぇなぁ、と思っていたら随分下の方で撮っていたらしい


 日も落ちてきた頃に天橋立に到着。天橋立観光は明日を予定している。とりあえず投宿
 本日の宿は「オーベルジュ天橋立」隣にある天橋立ホテルの別館&廉価版みたいな感じで、ツイン一部屋6000円に届かず利用できる。隣の天橋立ホテルの浴場や付随施設が利用できるのも嬉しい

 まぁ、いたって普通のツインルームだが

 なにやら梯子が・・・

 そう、ロフトが付いていて、3人でも泊まれるみたいなのだ

 時刻は16時過ぎ。まだ宿に引っ込むには時間も早いので散策。最近の列車の時刻を調べるのも抜かりなく。まもなく列車が来る見たいなのでまずは近くの踏切へ

 街道沿いの民家の中。ガラス越しで「展示」してあるかのよう。「京 5」というナンバープレートに歴史を感じる。
 知識をフル動員しても導き出されるのは「トヨペット・コロナ」なのだが、ちとグリルデザインが違うんだなぁ。後期型の4ドアセダンだと思われる。フロントコーナーの処理は紛いも無く3代目コロナなんだ

 野郎調査中

 調査完了

 結論。1969年もしくは70年式のRT40。3代目コロナとしては最終型のもの。フロントマスクに70年代を先取りした匂いが感じられる!


 天橋立駅西方の踏切で狙ったのがタンゴエクスプローラー。ほぼ正面がちになるね。もう少し画面を右に寄せたいところだけど、そうすると踏切警報機が邪魔をする。縦位置でやれば良かったかも?

 ちょっとKTR乗ってみることにした。京王帝都電鉄・・・・・・・・・・・じゃないですぅ

 閑散・・・

 宮津にて。交換&接続列車待ちにてプチ下車。KTR709は「丹後ゆめ列車 U」というラッピング車両。ちなみに701が「T」である。
 車内はドア間オールロングシートなので通学輸送には適している。でも、KTR700って0系新幹線と同系の転換クロスシートを装備していたはずだが・・・

 というわけで、丹後由良にやってきた。ハクレイさん!!

 実際は白嶺酒造なんだけどね。「サッポロ」ビールみたいにカタカナ表記にしたんだって
 蔵スイーツオープンですってよ?奥さん

 17時を過ぎちゃって、酒造の見学とかは出来なかったんだけど、酒蔵の雰囲気なんかは・・・
 酒蔵が狭い通りを挟んでいくつかあってね。こう蔵と蔵を結ぶ手押し軌道とかあると凄い模型的で嬉しいんだけど
 
 列車が少ない(1時間1本程度)ので30分ほどの滞在で丹後由良駅に戻ってきた

 ホームの灯り点いてないんですけど(汗

 対抗側のホームで17:56発の福知山行を待つ。ほんとに列車が来るんだろうか?という位に他に客はいないし、電気は点かないし・・・
 そんな心配もよそに、列車は時刻どおりに現れた。煌々と前照灯を照らしつつ・・・
「あれ?腰にヘッドライト??」
 KTR700、800、MF100、200共に一般車はおでこ1灯か腰部も含めて3灯が点灯なので・・・
 腰2灯だけはおかしい?
「うぉあ!?ディスカバリーきたぁ!!?」
 まったく予想外
 つうわけで、タンゴディスカバリー初乗り。普通列車運用もあるんだねぇ・・・。まぁ、宮津からは福知山まで快速列車なんだけど
 優等列車用のオール転換クロスシートが並んだ豪華な普通列車。そして乗客はパラパラ。丹後由良は券売機も乗車証明発券機もなく、列車の整理券を・・・と考えていたが、特急用のこの系列には整理券発行機なんてものは搭載されていなかった
 すぐに検札にきた車掌さんに車補を切ってもらう・・・車補ったって冊子のヤツじゃなくて携帯端末のレシートだけどさ

 前部は展望スペースになっている。KTR8015

 期せずして特急車に乗ることが出来た。ラッキー♪
 でもWikiを見たら運用全部乗ってるし。この車両、2連5本もあるんだねぇ・・・

 行きがけの駄賃に西舞鶴行き単行気動車を撮る。700か800だ。便所が付いていれば700だが、写真からはわからんねぇ

 天橋立は飯食えるようなところが見受けられなかったので宮津で食べることに。もっとも、宮津もあんまり変わらんかった・・・

 結局、駅前の大衆食堂「富田屋」さんで食うことに。食堂というよりは飲み屋。でも凄く安かった〜

 630円の焼き魚定食を平らげ、再び単行気動車で天橋立へ。列車は通学の高校生で混みあっていたが、天橋立で降りたのは僕ら二人だけだった
 宿に戻り、風呂へと・・・
 風呂は隣の天橋立ホテルの大浴場が使える。天橋立温泉ということで、温泉を引いている。だからあの宿選んだんだけどね。露天風呂で天橋立を眺めながら一風呂。口元をなめるとしょっぱい。泉質は「含弱放射能・鉄(II)−ナトリウム−塩化物泉(高張性中性低温泉)」とのことだ。塩分あるわなぁ・・・
 露天の手すりにもたれかかって下を見る。下は阿蘇海(宮津湾から天橋立で遮られた内海)の海面
「おおぅ!?」
 こっちに向かって鯉が大量にバクバク口を開けていた・・・。鯉・・・餌でもやってんだろうなぁ・・・というか、ここって淡水?外海とは小さな水路で繋がっているだけで、阿蘇海には常に野田川の水が流れ込んでいるので、ほとんど淡水なんだろう
 一応、汽水湖となっているようだ。大きいものでは宍道湖や有明海が汽水だが、天橋立によって特殊な地形を形成している阿蘇海も汽水なんだろうね。だが、完全な淡水に生息するコイ科の魚が汽水に出ることはほぼ無いはずなのだが・・・汽水とはいえ、限りなく淡水に近いのだろう。でも、外海に繋がるすぐそばなんだが・・・
 不思議な現象に首を傾げつつ、浴場を後にしたのだった・・・
<おまけ>

 前日、茨木市の市役所裏の自販機で買った。後日、同じものが瀬戸でも売られていた。なお、関東では見たことが無い

 あぁ、未知の味〜!・・・・・・・・蜂蜜??


<10/13>
 ういー。4日目ー
 朝食軽く食って、隣のホテルへ

 の、前に・・・昨日洗濯した湯倉さんの洗濯物。生渇きなので「SAのリアゲートにでも入れとけば、午後には乾いてるでしょう?」ということで・・・

 整然と並べられた列線

 今日のマシンはこれだ!!     ・・・ド逆光・・・・・・・・orz
 ギアなんて付いてないママチャリだよん♪
 聞くところによると、天橋立を走破するのには徒歩で45分程かかるらしい。では、1日400円のコストのレンタサイクルなぞいかがだろうか?ということである。なお、天橋立は原付(125cc以下)までは通行可能である。実際、釣竿を片手にカブでおっさんが疾走していた。カブで砂浜に突っ込んで行き、そのままキャストしている姿は豪快というか、ユーモラスというか・・・

 最初に渡る廻旋橋。その名の通り、「廻る」

 ここを軸にして回転。嵩のある船の通行を確保するものだ。橋を回転させて空間を確保する

 お!おあつらえ向きに船が出てきましたね〜

 スーパーシーガルU。カッコイイ!!。ガルウイングと兼ねているのか?ドア・・・(窓?)をパタンパタンと閉じて出航

 残念!船は普通に橋の下を潜れたのだった!!いや、船を見た瞬間に、これは下潜れるなぁ・・・とは思ったんだけどもね

 いつ動くんだかわからん橋は置いておいて、まずは橋立見てしまおうと。天橋立は砂嘴(地学的には砂州)なので、構成される地面は当然砂。とはいえ、その上に土が堆積しているのか、そもそも堆積しているのが砂だけではないのだろうけど、自転車でも快適に走れる

 天橋立神社に参拝

 元々、ここに建立されたわけではなく、智恩寺と呼ばれる寺の境内にあったものだそうで。南北朝時代の絵巻には書かれているそうだから、移設されてから700〜800年ほどは経過していると思われる

 橋立明神の横には名水百選のひとつ「磯清水」がある

 周囲が海水なのに全然、塩分を含んでいない。飲用ではないので「飲むな」と注意書きがしてあったが、少しだけなめてみた。たしかに真水だ。橋立に沿って水脈があるというよりは、阿蘇海を突っ切って水脈があるんだろうね。先に書いたように、阿蘇海は汽水で、おそらく汽水のうちでも塩分は非常に少ない部類なのだろう。野田川からの流れが非常に強くこの辺りまで作用しているとしたら、地下では真水のままの水脈が保たれているのかもしれない

 何に見えますか?

 こっちにまわると解る

 そう。大砲なのです。アームストロング砲なのです
 咲夜さんの「何だかさっぱりわからないものは私なんですね。強腕?・・・」のあれ
 これを書き出すために永夜抄1回通してやった。1時間ここで停滞しているが、まぁ紀行の本筋とは関係ない。ちなみに船長のほうだけどね

 1900年。100年以上前のものだねぇ
 海軍思想ってのが時代を感じさせる。大正12年、1923年といえば、海軍大臣は「アドミラル・ステイツマン(一流の政治センスをもった提督)」こと加藤友三郎氏である。軍縮に対し非常に前向きに取り組んだ。対外的には「好戦国」とされていた日本のイメージを少なからず払拭した偉人でもある
 搭載されていた「春日」は春日型装甲巡洋艦の1番艦である。日露戦争で活躍し、日本海海戦にも参加している。昭和期には練習艦になり、昭和20年横須賀で米艦載機の襲撃を受けて大破着底。ほぼ太平洋戦争までも生き抜いた息の長い軍艦だった

 砂州の中ほどまで来ると左右の海が大分近づいてくる。砂州の幅は20mくらいだろうか?

 30分ほどかけて天橋立を通過。内陸より阿蘇海越しに天橋立駅方面を臨む。やはり結構距離がある。全長でおおよそ2.5キロくらいだ

 そのまま元伊勢籠神社へとやってきた
 

 「元伊勢」ってのは現在三重県に伊勢神宮が、ここに遷座されるまでに一時的でも「伊勢」として置かれた神社のことを指している。近畿圏を中心に結構な数がある。この籠神社もその一つだが、すぐ近く大江にも元伊勢がある

 今回の旅では初めてきちんと管理されて、常に人がいるような大きな神社に来た気がする。ここは丹後国一宮でもある

 まだ午前中早い時間なので参拝者も殆どいない。相変わらず5円を切らしているので、10円投下

 摂社群。元々由緒ある社なので摂社もどれも立派w

 なんだか観光バスがわんさと到着して「日本語をしゃべっていない」一団を吐き出し始めた。韓国系の旅行者かな?韓国の人も神社に興味あるのかな?と、思ったが、天橋立のビューポイント「傘松公園」へは神社を通り抜けてケーブルカー、リフトに乗り込むんだね

 戻る!!

 見るべきものは行きに見たので、帰りは早い。チャリの機動力を活かして、15分ほどで走破

 文殊の交差点。ゼブラゾーンが全部横断歩道。広い!何コレwww

 天橋立駅裏手のモノレール、リフト乗り場に到着。自転車を置いて、リフトで上がる。宿で割引券をもらっておいたので50円引き。なお、「往復券」しか売っていないのは「片道徒歩」とかを考慮していないということか

 登りはリフトで。天気も良いので気分も良い

 振り返ると天橋立が・・・ちと体勢的に厳しい・・・・・・orz

 リフト降りたー

 ここがビューポイントの一つ。天橋立ビューランド。文殊山のてっぺんが遊園地になっている

 天に龍が昇る様から、ここからの眺めは「飛龍観」という

 それでは飛龍観からの眺めをどうぞ
 ここは「股のぞき」で有名。橋立が天にかかっているように見えるという

 カメラをひっくり返して撮ってみた・・・・・・・
 よく考えたら、普通に撮った写真を、180度回転させれば良いだけだったね・・・

 うん・・・まぁ、ロシアは・・・どうだろう?樺太は・・・・・・・むりだろうねぇ

 帰りはモノレールで

 乗り場がすっごい華奢なんだけど・・・

 モノレールがキター。連結車体だ。あの箱1つに20人乗れる。併せて40人いっぺんに運べるわけだ

 橋立を見ながらゆっくりと下ってゆく

 なんといいますか・・・エレベーターだよね

 天橋立駅を上から。おりしも特急電車が

 降りてきた
 日本三景が天橋立、コレにて終了。宮島、松島と今回の天橋立をもって日本三景制覇。他の2つに行ったのがもう20年近く昔だから、ここに至るまでに相当の時間が掛かったことになる。いやはや、これでやっと念願かなった。高速交通機関が発達して、いろいろ便利になって、日本国内の「時間的距離」は飛躍的に短縮されたけれど、まだまだ遠いところも数多くある。そんな一つが天橋立でした

 ちょっとおみやげ買いに

 ここで購入

 海産物を干していた。いずれ干物になるのだろう

 お土産というかwほんとに抹茶の生八ツ橋食ってる味はするwww
 では、パンツも無事に乾いたことだし、天橋立を出発しますよ〜

 宮津天橋立ICから高速。高速ひたすらおりんりん。綾部宮津道路から舞鶴若狭自動車道、中国自動車道に入って

 赤松PAで小休止。小腹も減った

 蓬莱

 豚饅!これ・・・230円もするんだっけ?一個150円位じゃなかったっけ???

 この辺りは高速道路が入り乱れているね。中国自動車道から見覚えのある池田を通過、太陽の塔を横目に吹田からは名神高速。あっというまに京都を通り越して、瀬田からは新名神を経由することに
 新名神は空いてて走りやすい

 土山SAで給油兼ねてストップ。お土産屋さんたくさん。セブンイレブンがあるのは助かる。アメリカンドッグが相場の半値以下(105円。高速の出店だと250円位が普通)。さすがコンビニ!!
 ガソリンは少々高いがな・・・。えてして、関西圏は関東圏に比べて5円程度高い気がする
 亀山からは東名阪。四日市で伊勢湾岸自動車道に

 名古屋の港湾地区を縦断する伊勢湾岸自動車道はでかい&高い橋梁が連発してて凄い。高速の高架橋そのものがかなり高い位置を通っている
 豊田jctまでいって東名というルートを想定していたが、東名は集中工事で渋滞中。それでも渋滞しているのは上り東京方面なので、下り名古屋方面に行く我々は関係ないだろう?と思っていたのだが・・・
 JCT手前から東京方面へ行く車が渋滞している。すでに東名に入りきれない車が伊勢湾岸上にも溢れ返っている事態だ。一度は渋滞列に並んだものの、まったく動く気配が無いので、そのまま伊勢湾岸で豊田を通過することに方針転換
 まっすぐ、せと赤津ICまで。結果として、瀬戸市ぎりぎりまで高速を使おうとするとこちらのほうが近いような?インター降りてから15分程度で新瀬戸駅前の宿に入れたわけだし

 宿に入り、荷物を置いて、再度おでかけ。新瀬戸ステーションホテルの名の通り、新瀬戸駅まで徒歩1分の立地。瀬戸電に乗って、名古屋に晩飯喰いに出る!
 一発目に来たのが何の変哲もない6000だったので見送り、二本目の4000に乗車
 尾張旭の車庫には6650、6750共にいないことを確認。かなりの確率で運用に就いている確信を得る
 喜多山の電留線にもいない。可能性としては瀬戸の電留線もありうるが、おそらく平気だろう

 栄町まで乗ってきた4004

 テレビ塔はグリーンにライトアップされていた
 地下鉄で名古屋へ。名古屋の地下街でとんかつ食う。値段はそこそこ、わりとボリュームあってお腹いっぱい。満足♪
 んで、地下鉄で再び栄へ
 瀬戸線の栄町に下りると

 おっと!!いたよ、一発で引いたよ!6650
 そのまま飛び乗って新瀬戸へ。釣り掛け良い音してるなぁ・・・・・・・もう何度も乗ってるけど、乗れるうちに何度でも乗っておかねば
<おまけ>

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(o_n)か!? 


<10/14>
 概ね、帰る方向で〜

 ステレオが使えないときは外部スピーカーを直接つないで出力する方式w

 県道75号線を西進中

 通りすがりに何気なく見つけて引き返してきた古山田の諏訪神社。マッピングしてなかったが、偶然目に留まった

 この辺にはいくつか諏訪社がある

 元々はこっちに最初に来るはずだった。中志段味(なかしだみ)の諏訪神社

 参道横が保育園になっており、幼女の黄色い声が響いていた・・・他意はない

 おもいっきり住宅街なんですが・・・まむし出るんすか?

 拝殿

 刈ったばかりだろう?穂がつるされていた。なんだか長閑ねぇ。竹で櫓を組んでるのがまた良いよね。奥側はアルミの脚立だけど

 塚がたくさんある

 中志段味の諏訪神社を後に北へ。県道15号を辿り、高蔵寺、定光寺と越えて、古虎渓の駅下をくぐる。ここから一気に山の中へ

 多治見市諏訪町天ヶ峯地区へ。この辺りはみんな「諏訪町」で、その下に北ノ洞、柳、日影、神田と字名がつく。天ヶ峯地区がおそらく中心部になろう

 町名の由来となった諏訪神社もここに鎮座する

 岐阜県下では唯一のものとなっているようだ。古武術とはいうが、奉納されるに当たってはいわゆる剣舞みたいなものになるのだろうか?

 拝殿。本殿は奥の石段上がってさらに上にある。三角コーンが置かれていて奥には「入るな」という暗黙が・・・
 なお、拝殿の軒先には雀蜂の巣があるようで、でっかい黄色と黒の物体がホバリングしながら我々を威嚇していた。のぉう、こいつはちょぉやべぇぶんぶんだ!
 いや、湯倉さん?そんなに近付いたらあぶねぇって!ほら、2匹もホバリングしてんじゃんよ??

 あのブンブンどもがいなければもっといろいろ撮ったんだけどな。どこからやつらのテリトリー・・・絶対防衛圏に入るのか解らないので迂闊に近寄れないという。一歩でも領空に侵入しようものなら大挙してインターセプターが上がってくるに違いない・・・クワバラクワバラ

 シルエットで落としてみた。こんなに良い雰囲気なのになぁ・・・

<参考1>

 最寄のバス停
<参考にならない参考2>

 うわーいなんだこれ。平日朝に1本だけどか
 行こうと思ったら、古虎渓駅から20分ぐらい歩けば行けるけども。もっとも古虎渓そのものが30分に1本くらいしか列車がこないけれども・・・

 そうだねぇ・・・。心の中で「ぷっぷっー♪」って・・・・・・・心の中で思っていてもなぁ、かといって口に出してもらってもなぁ

 大規模な砕石場があった。古虎渓駅はもはやここへ通勤するためだけの駅なんじゃ・・・

 ここから一気に伊那まで飛ぶよ!多治見ICから中央道乗って北上

 恵那山越えて、阿智PAで給油兼昼食。きしめん喰った。なんで名古屋で食わないのか!?

 直ぐの飯田山本ICでおりんりんして、不謹慎はばからず他所様のお墓の前に駐車。水路を渡って
 
 七久里神社へとやってまいりました〜

 二の鳥居。詰まれた枯れ穂がなんとも・・・

 実りの秋。秋の味覚。おいしそう・・・・・・・いや、食べちゃいないですよ?

 鬱蒼と茂っているね

 木漏れ日射し込む参道を上がってゆく

 社が見えてきたね〜

 高々と聳える御柱が2本!

 そう!2本だけ!!
 この社には御柱は2本しかない!諏訪の常識からすると御柱は4本。拝殿、本殿を取り囲むように4隅に1本ずつの4本がデフォルト。4本の柱で持って社を守る結界を構成している!なんて思っていたのだが、ここの御柱はそれを根底から覆される
 ちょっと脱線。4つの御柱で結界。諏訪湖を取り囲むように4つの大社でさらに大きな結界。社そのものを4本の御柱に見立ててなんて仮説を思い付いたりしたもんだが・・・
 これを見せられるとねぇ・・・。ただし、そもそも御柱は「2本」だったという説もあるようなので、これが正しい姿なのやもしれぬ

 他にもこの社には面白い造詣がたくさん。これは鬼だろうか?

 これは象だね

 獅子・・・か?これは左側

 対になって右側にもある

 細かすぎて読めないね・・・orz
 裸まつりとか一種の奇祭として有名らしいんだけどね。祭神は誉田別八幡神で、相殿が健御名方諏訪神と健速素戔男津島神

 ここもまたいろいろと調べ甲斐のある神社なのかもしれないよ?

 七久里神社を後に、再び木曽に。木曽からせっかく山越えして伊那に来たのに、もう木曽に戻るよ。今度は国道だけどね
 ナビ見てたら清内路でたまたま諏訪神社を見つけたので立ち寄る

 山峡の集落の中、細い路地を潜り抜けた先に神社はあった

 下清内路諏訪神社。近くに上清内路諏訪神社もある。確認はしたけど、「上」の方は今回は訪れていない
 読んでみるに・・・神社の御由緒ではなく、花火の話なのね・・・


 神紋は諏訪梶なのだが、どうもアレンジされているようだ

 手水。柄杓が自然の素材そのもので非常に好感

 おいおい、これほんとに通り抜けできんのかよ!?っていう細い崖っぷちの小道を進んで国道に復帰。いやーあれは危なかったwww
 256号線を辿り清内路村から南木曽町へ
 やってきたのは妻籠宿。手っ取り早く、国道沿いにあった中央駐車場に車を突っ込む

 妻籠宿中央駐車場から中山道を挟んで見る。駐車場に入れる前から気付いていた「いかにも」な築堤(左側の)。木曽でよく見られる電信柱もある

 カーブして中山道を渡る。林鉄のカーブそのもの

 今度は逆にカーブして妻籠発電所の敷地内に入ってゆく
 木曽森林鉄道「きそしん」といえば、有名なのは上松営林署の小川森林鉄道や王滝森林鉄道だ。だが、実際には木曽谷には最盛期には10もの営林署がおかれ、各々が各地へ運搬用の森林鉄道を持っていた
 上松や王滝の他にも福島、薮原、野尻、南木曽等に営林署がおかれている。妻籠宿にもっとも近いのは南木曽駅前のヤードから伸びていた蘭(あららぎ)線でこの路線は妻籠宿の東側上方を通過していたようだ
 今回の築堤は蘭線からは川を挟んで反対側に位置する。とはいえ、ほぼ林鉄跡に間違いは無いのではないかと踏んでいる。もしくは、発電所への資材運搬用軌道とも取れる。実際に王滝本線系統では関西電力による資材、人員輸送列車が運行されている。これらの機関車や人車、貨車は関電が保有していた

 では橋を渡って妻籠宿へ

 もっとこじんまりとしたものかと思っていたが、割合広域

 早速飛び込んでくる重厚な建築物群

 こうしてみると、全然人気が無いように見えるけど、上手く入らないように写しているだけ

 実際のところは平日にも関わらず非常に観光客は多い。観光バスもたくさん停まっていたし
 
 それでは、しばらくは

 旧き良き時代の
 
 宿場町の情景なぞ

 お楽しみください

 お楽しみいただけましたでしょうか?にゃぁ・・・
 むちゃくちゃなれててモフモフしまくってきた

 しょっちゅう高速バスのポスターで木曽路や妻籠宿の写真を見せられていてね。悔しいから今回無理矢理でも立ち寄りたかった。人気のあるスポットだから観光客だらけかと思ったけど、さすがに平日なのでそれほどでもなかった。まぁ、多いといえば多いんだけど
 うむ、満足満足

 そして帰途につく。19号線は一般道ながら速度も速い水準なのでストレス無く通行できるね
 突如、道路端に木曽森のモーターカーが見えたけど、引き返すのがもはや面倒になったのでスルー。そのうち時間をかけて木曽谷は巡りたい
 塩尻まで一般道で抜けて、塩尻から中央道。後は家まで一直線。慣れた道だ

 暮れなずむ諏訪湖で一休みして。ろくな食い物がねぇなぁ・・・と呟き

 すぐの八ヶ岳にもよってみたけど、ここにもろくな食い物がない
 頭にきたので、以降自宅まで飲まず喰わずでノンストップで帰ってきましたとさ


 了

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