紅楼伊賀木曽谷紀行


<概要>
 イベントのために旅行したのか、旅行のついでにイベントに行ったのか。恐らく後者
 自動車での移動が基本だったために道中での写真とかに乏しいですが・・・
 あと、全体の1/3は4日目に集約されているかと思われます

<2011/10/15>

 3時半起床。4時出発。クソみたいに雨が降っている
 湯倉さんちに行き、前夜から泊り込みのARCさんとも合流。4時半過ぎに出発。5時には中央道国立府中ICからおりんりん。早朝とはいえ、道は空いている。昨年は3連休中日、その前は、三連休初日だった。早朝とはいえ交通量はもっともっと多かったのだが・・・
 まぁ、今回はただの土日の連休だしね。先週の3連休でみんな出かけて金はないはずなので、この土日はそれほどの混乱はないでしょう。もっとも、東名道は集中工事期間なので油断は出来ぬ
 まだ明けやらぬ中央道を西進。甲府盆地を越えて、長野県境。お腹も空いてきたので、いつも通りに「すわっこ」でおりんりん。五平餅を喰いつつ、小休止。

 土砂降りだわん。なんだか一番酷いタイミングで車を降りたかも知れぬ
 道が空いているので、完全になめきっている。のんびり休んでから出発。当初は国立府中から小黒川PAまでノンストップでローメン試食の予定だったが、天候の状況で、諏訪湖でストップし、小黒川は通過することに。そもそもこんな早朝にローメン屋が開いている可能性はかなり低い
 恵那山を越えたら少しくらいは回復するかと思えば、全くその兆しは見せず。雨の中、内津峠PAに滑り込む。まだ余裕はあったが、給油。それだけで出発。まだまだ雨だが、若干明るくなったかな?
 小牧から名神。大概ここは掴まるんだが、一切渋滞なし。こんなに飛ばして流れている名神は久々だなぁ・・・
 瀬田あたりの車線広がったあたりで黄色のFDにきゃっきゃウフフしてみたり、京滋バイパス初めて走ってみたりして、久御山淀ICにて高速おりんりん
 すぐに八幡市の街中に入り。最初の目的地は

 飛行神社である

 いきなりジェットエンジンが置いてある。J79(正式にはJ79-IHI-11A 石川島播磨重工でのライセンス生産品)である。専門時代に実習で弄繰り回したエンジンだ。懐かしいv

 ゴム動力プロペラ式飛行機・・・世界に誇る・・・・・・。まぁ、僕も航空従事者のはしくれ(だった)なので、参拝しないわけには行かないよな。今後、携わる可能性は極限まで低いけれども。人生なにがあるかわからんからね

 全日空から寄贈された住友ハミルトン・・・おk把握。DC−3のプロペラね

 岸和田の沖で網に引っかかった零戦のエンジン。シリンダーが欠けてピストンが剥き出しに。生々しい。栄エンジンのようだが・・・この状態だとなんともいえん

 お参りして、300円払って資料館に

 おほっ!スピードバードのB747!!童友社の1/100シリーズだな

 うひぃ!BOACのB707だ。これも童友社のキットだね。エンジンはこれRRじゃないよね
 と、ここで電車でやってきていた北庄内さん合流。本日の宿組集合完了
 写真には撮ってないけど、陸軍機の計器とか、特攻機の尾翼(97戦のラダーと思われる)とかあって一見の価値アリ。図書室にはスケールモデルが大量にあってこれ見てるだけで面白いよ。マニアックな機種とかあったしね。フライングパンケーキとかwww

 飛行神社を楽しんだ後はもう宿に向けて舵を取る。概ね京阪電車に添う形で
 途中で事故見物渋滞にちょろっとはまったけど、概ね予想通りに宿到着。玄関ロビー前一等地に駐車場を確保。本日は大阪、桜ノ宮の大阪リバーサイドホテル様にお世話になります。25台とはいえ、都市部のホテルには珍しい駐車場無料の宿なのだ

 大阪環状線の電車が見えるので、湯倉さんはカメラ片手に窓に張り付いていた

 今回はきちんとした3人部屋。3人部屋を2つ取った。僕が寝たのは画面右側のベッド
 ぶつぶつ言い出したんだよ
「おかしいなぁおかしいなぁこのベッド・・・」
「おかしいよ湯倉くん このベッドおかしいよぉ」
 おかしいなぁ

 毎度見る光景が展開されているねぇ

 大阪城も見える。大阪環状線で言うとだね。大阪→天満→桜ノ宮→京橋→大阪城公園→ という按配に至近である

 おや、隣部屋の組は出かけたのだね
 僕はごろごろとサークルチェックなぞしながら夜を待つよ・・・

 買い物に行っていたようだ。どうでしょうフィギュア大人買いw

 御柱羊羹。昨年の「あの宿に忘れた」羊羹である。1年前の代物である

 そして対決が始まった。湯倉さんvsMiri@さん
 勝ったのはMiri@さん

 敗因は珈琲だった・・・

 飛行機も見れた。非常にきっついけれども・・・

 やっぱり1年前の羊羹は駄目だったかなぁ・・・

 さて、今夜は北新地のアリゾナだかコロラドだかで飲み会が予定されていたのだが、僕は風邪ひきさんだったので、参加を辞退して部屋に引きこもっていたわけです
 あ、ミネソタ・・・・・・・だっけか? →正解「モンタナ」

 ライトアップされた大阪城を眺めながら、一杯やっていたわけです。そとすげぇ雨だけどwww
  
 そんなわけで、チューハイ片手に明日頒布する色紙を描いていたのでした〜♪このレベルなら一枚30分てところか・・・

 どうでしょう始まったw30時間テレビ第2夜
 
 地方局はどうでしょうやっているから良い!
 ゲラゲラ笑って、酔いも回ってきたし、連中も帰ってきたので就寝・・・・・・明日が本番なんだぜ?


<10/16>

 おはようございます。晴れました!
 ちと、朝ごはん買いにコンビニへ

 しっぱい

 手前の電線が駄目だねぇ・・・。しかしセンスを疑うデザインだなぁ
 近くからは撮れそうもないので、

 入場券120円払ってホームに上がってみた

 ホームの先からでもこのくらいは撮れる。大和路快速の221系

 成果もあったような気もしますし、朝ごはん買いに行きますか〜

<即売会>
 ここんとこ、紅楼夢はあんまり売行きが芳しくなくてねぇ
 いろいろテコ入れしてみたものの、どうでるか?と言う感じで
 今回は4、5、6号館と3館開催なので、来場者が分散されるとまた頒布数は未知数になりますな。もともと、うちみたいなピコ手は昼過ぎからが勝負なわけです。大手や人気サークル回った後にみんな来るからね
 なもんで、開会後2時間くらいはボケーっとしてるつもりだったんだけど。開始30分後くらいから早くもスペースに皆様お立ち寄り始めましてですね。シャレで描いてきたRX−7色紙3枚セットは瞬殺だったしね。色紙はアリスちゃん以外12時までに消滅しました。なんぞこれ?
 新刊はボチボチ、既刊もボチボチ、湯倉さんからの戦利品もボチボチ。眠気もボチボチ・・・ああ、タバコ吸いてぇなぁ
 そんなこんなで、珍しく全般にわたってお立ち寄りいただいて、近年珍しく、駐車場代とサークル参加費くらいは回収できた感じに・・・多分そんな感じに・・・・・・・・
 珍しく女性の方が来るとか前代未聞の出来事もありましたが、風邪引いてるとなかなかアクティブにいけないところがツライよねぇ
 15時終了。終了少し前に混雑回避のために撤退
 ああ、インテックスで一枚も写真撮ってないわぁ

 15時半過ぎに会場出発。本日の宿に向けて

 なにを撮りたかったのかはよくわからないが、大阪の風景を一枚くらい・・・って車しか写っとらんわ!!森ノ宮駅前

 さて、ナビは京阪本線に沿って北上する、概ね昨日のルートを表示している。国道1号線バイパスなので、きっと走りやすいのだろう
 きっと・・・・・・・きっと・・・・・・・・・・・・・・
「昨日と同じルートとかおもしろくねぇなぁ」
 と呟き、ハンドルを左に切ったのは言うまでもない。淀川を渡って茨木市方面へ

 ケツの上に直接付いているような・・・・・・・

 ジャパン!関西圏に150店舗を展開するディスカウントストア。ほんとあちこちにあった。さわやか親父が目印。つうかそんなプッシュすべきキャラだろうか?
 さわやかというか

 どうみてもドヤ顔である

 どやぁ!!

 どやぁぁぁぁぁ!!!

 大山崎のGSで二回目の給油。まだ暫くは大丈夫だったが、大事をとって。子供がうちの車見て飛び跳ねてた。最近こうゆう車少ないからねぇ・・・
 紆余曲折あったが、京都の宿に到着
 本日は京都駅前の「ハトヤ瑞鳳閣」さまにお世話になります

 かなり広い。5人で使用したが、あと2人くらいは余裕。

 京都タワー・・・なんで毎回同じ構図で同じような時間帯に撮るんだろうねぇ・・・
 飯喰って、同人誌読んで、ダイハード2見て就寝


<10/17>

 朝から大浴場でひとっ風呂です。快適快調!
 10時チェックアウト。それぞれ違う道に旅立つのです!うきはと湯倉さんはもう少し旅を続けますが・・・

 京都駅前を通り越して、河原町塩小路を右へ、河原町通りに入って南下。そういえば京都に泊まっておきながら、京都の街も史跡もなんも見てねぇ

 ばぁさんそんなところ渡ったら危ないぜよ
 10時も過ぎて、朝のラッシュは終わっているものの、それに比しても車は少ない。京都の街中の交通量なんてこんなものだっけ?
木津で国道24号線から左へ入り国道163号線に。進行方向は変わったけど、沿う河川は木津川のまま

 銭ゲバっぽい感じはするな。まぁ、ある種関西チックwww
月ヶ瀬口の駅の真下を潜り抜けて県道753号線へ入り南下。宇治茶畑の中を・・・・・
ちょっと待て、どうみても隣のバス通りがメインルートでしょう?確かにルートはまっすぐだけど!

なにこれ、両脇茶畑
どうみてもナンバーついてないようなトラクターしか通らない道でしょう?
ほら・・・・・・・同じ道に出た。相変わらず、厄いナビね。土地勘ない人間にはとことん優しくない。これ、俺だから突っ込んで行くけど、真っ当な旅行者だったら遭難だぞ?
 
で、南山城の諏訪神社到着

つくりがおもしろい

 二礼二拍一礼。五円落とした・・・・・・・orz御利益もおっことしたかもしれない

なんだか人がたくさんいると思ったら例祭の日大当り
出店が出るとかそういうのではないけど、氏子の方々がたくさん詰めてた
 
 神社は北側斜面中ほどに鎮座。眼下には田山の集落が広がる。周辺殆ど茶畑や山野で、街道沿いに民家がポツポツあるのみだが、ここだけまとまって人の営みがある。500m四方位に田山、堂山、川端、西尾、ヨシノ下、上フケ、下フケ、中シヨジとたくさんの地名が点在している
隣のお寺の住職だろうか、SAをまじまじて見ていたな

 神社隣の祠郡
 一発目から当たりを引いて気をよく次に。出発停めたときに鋭角でちょっとどうかな?と思ったが、やはり神社駐車場は鋭角できつかった。わりとなんも考えないでハンドル切ったが、左前が舗装はずれて落っこちた。落っこちた側は柵のない崖である。バックで切り返そうとしたが、完全に左前輪は落ち込んでいたので、こともあろうか「前進」して普通に曲がった。崖下にひっくり返っていてもおかしくない。素直にお寺の境内で転回しておけばよかっただけの話なのに

 そのままさらに南下。名張川に沿って、今度は東へ。県道だったり、国道の成れの果てだったり、どう見ても農道を通って、久々に文明圏に到着
 佐那具駅の南で国道422号線に到達。422号線をお次は南下してゆく。
 ふと左を見ると、踏切が鳴りだした。伊賀線の電車が走っていって丸山の駅にゆるゆると滑り込んでゆく。次は上林、その次は比土。狙いは比土に定めた。丸山で電車を追い越し。交通量の少ない国道を疾走。途中で道路工事のために対面通行区間があったが、直前で優先になったので難なく通過。比土駅南側の踏切が見えたときにはまだ踏切は鳴動前。チャンス有り!!と判断してナビルートを逸脱。左折して北側に進路を取ると、近くの踏切が鳴動を始めた。湯倉さん慌てて降車。うきははもう運転席からシートベルトも締めたまま、

 そのままの体勢で撮影敢行。まぁ、ボチボチかなぁ。元東急1000の200。日中は3運用で済むし、200は既に3編成以上あるので、元近鉄の860はあんまり走らないのよね。出来れば撮りたかったね


 ここまで来るとわりと近い大村神社に参拝

 ここはいつ来ても雰囲気良いよね
 
 さすがに真昼間だけあって、前回のように灯篭に灯は入っていないけど。人気のなさは変わりないな

 主祭神は「大村の神」。今年は大変は天災があったからね。お参りしておきましょうかね
  
 鯰と要石社。地震の神様なんですよ〜。地震というか、地鎮・・・かな?世の中そのものを少し鎮めていただきたい。
 なお、近くには名居神社があるが、今回は訪れていない。あそこはあそこで雰囲気良い神社で好きだが
 
 湯倉さんが写真撮り終えるまで、ボケラーっと神域の空気に触れていましたとさ

 この時点で行き先は消化済みなので、新たなポイント策定中。いちおう、宿泊地である大垣方面に向かうとして、大きく方法は2つ。東に出て伊勢湾側から北上するルート。いったん北に抜けて名神で東に出るルート。
 湯倉さんが探してきた諏訪神社と、ナビが勝手に弾き出したルートが奇跡的にぴたりと一致して、

 つまりはこんな道を走らされている・・・まったくこのナビは良い仕事をしてくれる。国道ですよ?

 伊賀上野の駅を越えたとたんにこんな道だよ。

<一般国道422号線の旅>
 一般国道422号線は滋賀県大津を起点として、三重県北牟婁郡紀北町にいたる路線である。途中に2区間未通部分が存在するほか、一部では狭隘区間が連続するいわゆる「酷道」である。
 この先に存在するのは三田坂。「みったざか」とか「みたざか」と呼ばれる峠である。1.2〜1.6車線幅の峠道で、この峠がこの路線のネックとなっている。大型車や長胴車は通過不可であり、流通の妨げになっていることから、現在新線のバイパスが建設されている
 峠を越えると真っ白な二車線の路盤が姿を現した。新規建設が進むバイパスだろう。一気にトンネルで抜けるようだ。そうなれば現在の峠道は廃棄されるか、周辺に人家もないことから廃道化するのは明白である。この一番おいしい区間を楽しめるのもあと僅かであるといえよう

 三田坂を越えて到着。本日二つ目の諏訪社。三重県伊賀市そのものずばり諏訪

 一の鳥居をくぐると、橋を渡ってすぐに二の鳥居
 
 砂利敷きの参道を進む。20段ほどの石段をあがると境内

 お、わりと立派だ

 
 梶じゃない。五三の桐だ

 駐車場がなかったので無理矢理突っ込んだ。轍があるということは、定期的に交通があるということだが、当然のようにこの状況では通行できない。南無三

<国道422号線の旅 その2>

 ←あっちらしい

 ・・・・・・・・・・あっち・・・・・・・・・・・・またこれかよ

 諏訪の集落で一旦広くなったのもつかの間。直ぐにまた最狭区間発生。諏訪から丸柱地区への隘路を抜けて行く。小山を一つ越えたら丸柱地区で、

 T字路のどんつきが目指す丸柱の諏訪神社だった。躊躇なく左の路地に車突っ込んで停めたが、よくみりゃ後に広い駐車スペースがあった。一日中狭いところばかり走っていたのでだんだん感覚が麻痺してきているのかもしれぬ

 ここも良い感じの参道

 二の鳥居

 社殿はさして特徴ないなぁ

 力石があった。いやいや、普通持ち上がらないから

 うん。良いね。空気感が良い

 参道にはどんぐりがたくさん落ちていた。秋だねぇ。アラカシかシラカシの実だろう

<国道422号線の旅 その3>
 丸柱地区を抜けると「桜峠」にさしかかる。峠道だが、今までの狭隘路ではなく、二車線の幅広の道路である。丸柱側から登るとコーナーの連続するいかにもな峠だが、ピークを過ぎると長い直線の下り道になり信楽至る
 信楽といえば有名なアレで。そこいらじゅうアレだらけである

 マミゾウさんいっぱいいたよ(違
 ここのお店はそれほどでもないけど、中心部の店舗はこれでもかと言うくらいにブラ○ンの狸の置物が陳列されていた
。ここなんかライオンとか熊いるもんな
 期せずして信楽高原鉄道事故の現場を通り過ぎ、貴生川、日野、八日市と通過。豊郷越えて彦根辺りまで下道行こうかと思ったけど、めんどくさくなったので八日市から名神おりんりん

 伊吹で小休止。いろいろ薬物投与してから本日最後の行程。大垣ICで降りて大垣駅前へ。大垣駅北口にホテルには17時半くらいに到着。概ね予想通り
 部屋で休憩してから目の前のAPITAに飯喰いに。中京圏に来るとこの人たちは必ず「みそかつ」喰うよなぁ・・・
 まだ宵の口なのでちとお散歩。今回電車全然乗ってないので、赤坂支線に乗ってくることに
 19時21分発の電車で美濃赤坂へ。本線を走って、大垣電車区の先でゆるゆると上り線を渡り、分岐すると荒尾。直線を2分ほど走って、大垣から7分くらいで終点美濃赤坂
 
 いまさらながら、これで東海道本線完乗。もっと閑散としているのかと思いきや、夕方のラッシュということもあってそこそこ乗っていた

 車輌はなんの変哲もない313系2連だった

 結構味のある木造駅舎なんだと思う。暗くてよくわからんが

 駅の周りには住宅が広がっているが、乗客たちはすぐに散ってしまい、あたりは静寂に包まれる
 乗ってゆく客は殆どいない。時間帯で完全に旅客の流れが分離されている

 旅客ホームは単式一面一線のみだが、構内は広い。同駅から北へ貨物鉄道が延びており、この美濃赤坂を通じてJRと貨物の受け渡しをしているのだ。水銀灯に照らされたヤードのレール。踏面が光っていることが、ここが現役の貨物扱いヤードであることの証左である

 その貨物輸送を行っているのが西濃鉄道である。貨物専業の鉄道であるが、昭和一桁の時代にガソリンカーで旅客輸送を行っていた時期が極僅かに存在する
 美濃赤坂を起点に2つの路線を有していたが、現在は真北に伸びる市橋線の一部のみで運行を行っており、西へ伸びる昼飯(ひるい)線は長期間の休止の後、2006年に廃止となっている
 残る市橋線も全長2.6キロの美濃赤坂〜市橋間のうち、赤坂から1.3キロの乙女坂駅までの間で石灰石列車が運行されており、2キロ地点の猿岩駅から市橋駅間は既に廃止されている。猿岩駅についても二硫化炭素輸送が2008年を以って終了しており、事実上の休止状態である
 列車は一日2往復運転されているが、この時間は運転もなくヤードは閑散としている。機関車は3両あるそうだが、いずれも姿は見受けられない
 なお、「西濃運輸」とこの西濃鉄道は資本的にも人的にもまったく無関係である。また、岐阜県東部には東濃鉄道というローカル私鉄が存在したが、こちらも名前は似ているが全く無関係

 駅を出て左回りに南へ下ると、その昼飯線の廃線跡がある。市橋線は赤坂駅の北端からJR線上の延長を取る形で伸びているが、この昼飯線は赤坂駅の手前から分岐する形になっている
 赤坂から美濃大久保でスイッチバックして昼飯まで1.9キロ。こちらも石灰石が主な輸送品目だったが、1990年ごろから列車の設定はされていない

 レールは完全に残っているが、踏切から軌道には侵入できないように工事用フェンスが張られている

 踏切から昼飯側に入り、鉄橋を渡って振り返る。JR線との合流点方面を見ているわけだが、廃止になっている筈なのに、不思議なことに信号機は「赤」を現示している。しかも、来るはずがない昼飯からの列車に向けての信号である

 鉄橋と封鎖された踏切。そして無意味な信号機。廃止されているのか、活きているのか。まさに混沌とした風景
 そう。踏切のフェンスさえなければ列車が走ってきても不思議はないくらいの路盤状況なのだが、あのフェンスがあるがゆえにここに不自然な風景が展開されることになる

 枕木で塞がれた鉄路。間違いなくココは廃線となっており、今後列車が走ることは二度とない。しかし、信号機は灯を点し続け来るはずのない列車を待ち続けるのだ・・・
 このあと、直感から潜り込んだ路地の先でボロボロのDE10の幻を見た気がするが、まぁ幻はマボロシと割り切って・・・
 我々は満足感に浸りつつ、30分後の電車で大垣へと戻ったのだった


<10/18>
 最終日でこざいます〜

 どうみてもonである

 となりのなんだかわかんねー1BOXに比べるとえらい低いよねwwwSA2台重ねても隣の貨物用自動車の屋根より低いよwwwwwwwwwwwwwww

 10時のチェックアウトぎりぎりまで粘り出発。給油後、大垣ICから名神高速にあがり、東へ。小牧JCT手前で飛行するKC767を発見した僕は時速110キロおりんりん状態で空を眺め続け・・・すなわち脇見運転し続けていた。リンリン♪
 中央道恵那まで行って下へ。国道を北上

 中央道との交差道路が車幅ギリギリだったけど臆せず突っ込んで「ナビの指示通り」に目的地に到着
 中津川市内の神社に

 車は鳥居の右奥に停めたけど、ナビは鳥居の下の道をずっとおくまで進むように指示していた
 
 ちょっと笠の形が変わっている灯篭。舗装はされていて、確かに車でその先まで進めそうな参道を徒歩で進む

 静かだし、天気は良いし、長閑だし・・・もうね、言うことはないね
 
 石柱は「坂本天満宮」だが、坂本神社諏訪社とも呼ばれる式内社。つまりそうゆうこと

 砂利敷きの参道を奥へ奥へと進む

 お!?こりゃぁ・・・かなりでかいぞ!!?
 というのは地図がオーバースケールで描いてあるだけであったが、
 
 でも結構大きい部類に入るかと思う

 境内が三段構成になっていた

 梶は4本足・・・・・・・に見える
 美濃国式内社の坂本神社は、この諏訪神社の他に八幡神社とされている。坂本神社という神社は諏訪神社なのか、それとも八幡神社かということは明治時代初期に論争されたそうだが、はっきりとした決着はされず、以後は両社とも坂本神社の名前は使用しないで、「諏訪神社」「八幡神社」を正式名とすることにはなったそうだ。現在は、通称として諏訪神社は坂本神社諏訪社、八幡神社は坂本神社八幡宮を名乗っている。だが石柱は「天満宮」だったよね。写真は撮ってないけど、「天満宮」を名乗るだけあって牛の石像があったね
 元々は八幡神社の地に坂本神社が鎮座していたのがに焼失。移転遷座したのが諏訪神社、元の坂本神社の地に再建されたのが八幡神社という

 4月以来久々に中津川の街を通りぬけ。昨年訪れた妻籠宿を掠めて中山道を北上。いよいよ上松の町に差し掛かる。期待を込めてハンドルを左へ
 木曽と言えば山に囲まれた狭い谷間のイメージがあるが、このあたりは割合に開けている。もっとも、これからその奥地に赴くのだが
 ナビの画面を見ても「いかにも」な感じの道が描かれていて、いやがおうにも気分は高揚する。上松を基点とした林鉄、小川森林鉄道その転用道路と思しき道が付かず離れず描かれている県道473号を西へ進む。焼笹で左へ、いよいよ山峡に分け入ってゆく。小川を渡ってすぐに焼笹停車場跡付近を通過。貯木場を越えた先、再び小川を渡るところで
 
 煉瓦積みの橋台。小川森林鉄道の遺構初撮影である。この辺りから林鉄路盤がそのまま道路となっている

 先の橋の跡から直ぐ上流側にあるのが、スイッチバック配線で有名だった小中尾停車場跡である。列車は上松から手前の舗装路を通ってきて、一旦画面左に。正面の鉄橋跡に左から右へバックして、右奥の突っ込み線へ。さらに転進して左奥へと進んでゆく

 鉄橋部分のアップ。なんにも使い道はないのによくもそのまま残っているものである

 鉄橋の上から上松方突っ込み線方向を見る。鉄橋の上は板敷きになっていて歩行してもなんら問題はなかった。まぁ、でも相応にガタはきているけどねw

 林鉄終点の小川方面を見る。右の草むらがスイッチバック後の本線で、舗装路が上松から来た一回目の突っ込み線であろう。一旦舗装路奥に入った列車はバックして写真後の方へ。先ほどの鉄橋を渡り反対側の突っ込みに。向きを変えて、今度は写真後ろ側から奥に向かって行く
 僕らも奥に向かって車を走らす。途中、黒沢線の分岐とか、牛ヶ渕橋梁とかいろいろ見所はあるが、とりあえず目的地に。黒沢線は奥のほう黒沢停車場にそのまま線路が放置されているとのことなので、機会をみて訪ねてみたい
 いよいよ道路は狭く、荒れてきた。集中豪雨だの台風だのの影響で、このアクセス道路は10月1日に仮復旧するまで通行止めだったようだ。それまでは休養林にはいけなかったということだね。開通から2週間経っているけど、来訪時の僕らは「通行止めだった」事実なんてのは露知らずw

 ・・・・・・・・読めねぇ!!!
 というわけで、赤沢自然休養林に到着。日本の森林浴発祥の地。樹齢300年を越える木曽ヒノキの天然林を擁する自然公園である。元々は伊勢神宮のご神木、建築用材(式年遷宮による建替えに定期的に木材が必要となる)の生産地。つまりは御用林であった。それをそのまま遊歩道等を整備して自然公園としたものである
 これだけ書くと、我々のようなマニアにはまったく無縁の地のように思える。個人的には森林浴というか、山歩きは好きだし。紅葉シーズンなのでもってこいなのだが・・・
 さんざ、上のほうで書いている森林鉄道の目的地がこの赤沢自然休養林なのである。もちろん、林鉄現役時代は植林地としての赤沢だったのであるが、現在では廃止された林鉄の資料館が併設されているのである
 そんなわけで、マニアにとっては垂涎の地なのだが、いささか遠方であり、かつ自動車がないとアクセスに困難ということもあって中々に敷居が高かったのである。
 しかし、とうとうやってきたぞ。林鉄の聖地・赤沢。ボールドウィン見れるかな?外に出てないかな??もう拝めるだけでも良いや・・・良い・・・・・・・・ん?

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・森林鉄道

「運行日」

 って??はい??今日平日なのに??
 だって週末だけの運転て・・・・・・あれ?紅葉シーズンだから走るの?乗ろう。直ぐ行こう!!急げっ!!いやっほう!!
 ここには資料館建設のあと、保存線が併せて整備され。昭和62年から保存運転が行われている。夏休みなどの繁忙期には毎日運行されるが、基本的には土休、祝日のみの運転なのだ
 階段駆け上がり、乗車券購入し、ホームに上がるともうまもなく出発の様相。シーズンとはいえ、平日なので観光客は少ない。つくづくラッキーだ。みんな前の方からオープン客車に乗り込んでいるが
「一番後ろ乗っていいですか!!」
 と、おっちゃんに断りいれ最後尾の席につく。地方鉄道方に則って運行されている黒部峡谷鉄道は並んだ順に前から詰め込まれたので、「自由席」でありながら、「強制的」に座らされた感があった。なので、今回は断りを入れて最後尾に乗車してみたというわけ。声をかけたおっちゃんはそのまま一番後ろのデッキ(実際は台車の真)に立ってブレーキマンをやるようだ。もういよいよもって林鉄っぽい

 んで、とりあえず乗り込んで一番ケツから撮った木曽森記念すべき一発目。機関庫の前には北陸重機製の機関車。エンジン掛かっていたので走るのかな?

 ボールドウィンも外に出てた。感激すぎて、もう泣きそう

 紅葉の中でボールドウィンが撮れるなんて。それも運材台車連結のオマケつきなんて
 さて、あらためて「森林鉄道」とは。鉄道の分野でも産業鉄道になる「森林鉄道」。いわゆる「林鉄」は現在の林道が担う役割を担っていた鉄道である。厳密に言うと法規上は林鉄は林道の一種であるとされている
 林業が盛んだった昭和30年頃までは日本全国にこの運材用の軌道が敷かれていた。良質の木材を求めて山の奥地まで分け入っていたのだ
 最も林鉄が盛んに利用されたのが東北の青森県や秋田県、そして長野県である
 とりわけ、長野県木曽地方に総延長400キロを越す路線網を有した林鉄は「木曽森林鉄道」、「きそしん」と呼ばれ親しまれた
 昭和50年代初頭まで運行されていたので末期はマスコミにも取り上げられるようにもなり、それに連れて知名度も上がって行ったようだ
 さて、我々が通常「きそしん」といえば、中央西線の各駅から枝葉のように木曽谷一帯に伸びた森林鉄道のうち、上松駅を基点として運航された王滝森林鉄道、小川森林鉄道を言う。共に林鉄末期まで存続し、きそしんの代名詞ともなった路線である
 長野営林局王滝営林署の管轄する三浦本谷森林鉄道(俗に王滝本線)が中央本線上松駅から、大島、田島、滝越を経て三浦ダムの先、本谷までの48キロあまり。これにΩループやら長大木橋で有名な助六谷を擁するウグイ川線、開田高原への西野川線等が付随する。もう片方が小川森林鉄道で、王滝本線の鬼淵から南へ15.5キロ走り赤沢へ至る路線である。こちらも支線をいくつも有していたが、王滝本線に比べると若干規模は小さい
 年表には諸説あって定かでない部分があるが、小川森林鉄道が昭和41年3月に廃止。末端の支線部は数年残ったが、昭和44年の小中尾線廃止により小川系統の林鉄は消滅。王滝森林鉄道がきそしんとしては最後まで残ったが、昭和50年3月に廃止され。殆どの情報源としてはこれがきそしんの最後とされている。
 が、実は支線区では林道整備が追いつかず、さらに数年運行が行われた。昭和51年ごろまでウグイ川支線では運材列車が運行されており、その後砂防ダム建設の資材輸送を行い、昭和53年に最終運行がなされた。これをもって木曽の森林鉄道は全廃されたという
 ウグイ川線の最終運行と前後して、小川森林鉄道の末端赤沢に森林鉄道記念館と保存線が開設されている。それまで上松の庫の中に大事に仕舞われていたボールドウィン製の蒸気機関車もこのときに赤沢にやってきている
 以来、休日を中心に観光客を乗せて森林鉄道は赤沢の休養林を行ったり来たりしている

 思惑通り続行でもう一台の機関車も動き出した
 客車は赤沢の流れを眼下にゆっくりと進む。

■ 赤沢停車場発車 動画(別サイト You Tubeに飛びます)


 そのまま、付かず離れずして追いかけてくる。閉塞の概念のある普通鉄道ではこうゆうのはお目にかかれないね
 赤沢停車場までは小川森林鉄道。そこから先が赤沢線で、これを保存線として使用している。赤沢線は廃止後軌道が一旦撤去されたが、この保存線開設のために再敷設されている。路盤そのものは当時のものだが、現在の線路は後年復元されたものということだ

 目の覚めるような紅葉の中、機関車が行く

■ 続行機関車 動画


 機関車は途中までくると突然停止。そのまま踵を返すように引き返していった

 10分ほどで保存線終点の丸山渡に到着。現役時代はさらに奥へと軌道が続いていた

 機回し連結完了したDL。北陸重機製の8トン機で、1996年に製造された。それまでは旧林鉄時代からのサカイがこの保存線で使用されていたが、以降このDLに切り替えられている

■ 機回し入換、連結シーン 

 乗車は往復ベースで行われ、丸山渡から赤沢への片道乗車は出来ない。逆に言うと、赤沢から丸山渡まで乗ってきて、ここで降りてしまうのは可能だ。往復25分。片道10分に丸山渡りでの機回し5分を入れた所要時間で、これに赤沢での5分を入れると、30分ヘッドで一往復できる計算
 折り返してゆく列車を撮りたいがために、結局帰りは沿線を歩くことにした。距離は1キロ少々。ゆっくり歩いても20分ほどだろう。その間に紅葉を見ながら文字通り森林浴をし、時に林鉄を撮って赤沢を満喫しようではないか

 停車場から少しはなれて河原に下りる。まもなく赤沢行きの列車が鉄橋を通過していった

 赤沢方から丸山渡停車場構内を臨む。ポイントを右に渡ると直ぐに停車場で、その先で機回し線が設置されている
 左は現在廃線で使用されていない。左へ行くのが赤沢線の本線で、右へは別の丸山沢線となる。丸山沢線の入口一部を使用して丸山渡停車場が作られた

 上の写真でもちらっと写っている。赤沢線廃線部分には往年の車輌が幾両か展示されている。ほとんど放置状態だけども・・・。一番先頭にサカイの5tDL、No.131。林鉄といえばサカイだろう。何年か前の写真ではここには機関車は置かれていなかったようだ。北陸の機関車が入る前はこの機関車が保存線で客車を牽いていた

 別角度からもう一枚。さまざまな運材台車や貨車、客車を牽いていた上に、それぞれの台車の高さや構造が違うので、この機関車の連結器も3段階に高さを変えられたそうである。現在、連結器は真ん中のスリットにささっているが、連結相手によって上下に差し替えて運用していたのだろう

 デザインが少し違うが、これもサカイの5t機。No.93。これもかつては客車を牽いていた。最近まで動態だったようだが、この様子ではいまは動かないだろうなぁ

 機関車の後にもずらずらと車輌が連なっている。一種の「混合列車」然として展示されているのだろう

 この角度から見ると列車っぽい

 客車の向こうにも暫く線路は続いている。このあたりは散策路の冷沢コースの一部である
 そのまま進むと、簡易ゲート(木の棒を横に渡してあるだけ)で軌道が遮られているが、突破w

 だんだんと荒れてくる

 使用されていないので軌道状態も芳しくない。途中で線路がが浮いているのが解る

 50mくらい歩いて引き返す。この先ウルシ沢まで線路は続いているらしい。そんなに距離はないみたいなので行っておけば良かった。B型客車が放置されているらしいのだが
 このあたりも含めて、昭和60年の御用材搬出用に再敷設された区間である

 丸山渡に戻ってきた。沿線を辿って赤沢まで戻ろうと思う。なお、湯倉さんはうきはが沢に降りて列車を撮っている最中に赤沢方面に向かってしまった。まぁ、あとで会えるだろうくらいでw

 渓谷が綺麗ですなぁ

 ありのままの林鉄が撮りたい

 杉とかヒノキが多いのであたり一面紅葉という風にはならないんだな
 
 呑曇渕。木橋の上から撮影

 木橋を渡ったところで赤沢線の線路端に出た。丁度良いのでここで列車を撮影することに。汽笛が聞こえてきたので、まもなく通過するだろう
 というのを、動画で撮影していたので

■ 列車通過シーン

 
 少し、紅葉でもご覧ください

 桜の時期もそうだけど、紅葉の時期もよく写真を撮る。撮っておけばなんか資料として使えるかと毎年毎年撮るんだけど、資料として反映されたことはいまだかつて無いなぁ・・・

 さっき丸山渡に行った列車。それが15分もすれば戻ってくる。戻りの列車の撮影ポイントに選んだのは「あすなろ橋」

 橋の袂に踏切があり、別の周遊コース上から撮影が出来そう。そもそもこのコースも冷沢作業線の跡に作られたものである。写真は赤沢方面を向いたもので、左直ぐのところにあすなろ橋がある。背後は沢になっていて、作業線は赤沢方から写真右の方に分岐していたと思われる

 縦位置で攻めてみた。みんな片道乗って降りちゃうのか、戻りの列車には乗客は殆ど乗っていない
 
 去ってゆく列車を後追いで

 緑の中を往く列車。運材台車にカブース(車掌車)だと絵になるんだろうねぇ。そうゆうフォトラン的なものもやってくれると嬉しいなぁ

 ・・・・・・・・・おや

 川底にレールが。こうゆうモノばかり発見する能力が向上したらしい

 向山コースへの鉄橋。もう見るからにって感じね。中立沢作業線の橋台をそのまま利用している

 橋の上から撮ってみた。まんなかのちっこいのは湯倉さんwww

 橋の袂で飽きずにまた列車撮影
 実際の赤沢線はここで現在の保存線と合流していた。現在の駐車場等の広い部分が小川森林鉄道の赤沢停車場で、そこから木橋と勾配で駆け上がり、保存線のレベルに達している。同じところで、中立沢作業線も分岐していたと思われる

 改めて赤沢停車場に。さっきは急いで切符買って乗車しちゃったからね
 資料館でもゆっくり見ようかと階段を登っていると、妙なエンジン音が

■ サカイ No.86号


 ビニールシートが残念だけど、サカイが動いているところに遭遇。独特なエンジン音。稼動状態にあるとは思わなかった

 運材台車

 有名な木曽のカブース。運材列車の後にぶら下っていた

 乗り場改札前にはB型客車を再利用した待合室が置いてある。運材台車の上にこの客室を載せて客車としたものだ

 車内はロングシート。ビニールレザー張り。空調なんてものはもちろん、電灯すらない。冬季は同じようにストーブを搭載して走った。台車は運材台車のバネなんて利かない物で、この長椅子。これで上松から最奥の本谷まで3時間あまりは相当厳しいと思う
 似たような車体構造で、BOXシートのものもあったが、いずれにせよ足回りは同様なので乗り心地は良くなかったろう

 これも有名な理髪車。つまり移動床屋である。内部には鏡と床屋においてある椅子が接地されている。奥地では床屋なんてものは存在しないので、これも林鉄がその任を担った

 理髪車の横にはモーターカー。マニアの間では「冷蔵庫」と呼ばれた。これは比較的大型のもので、二人乗りの小型で屋根が付いただけの物からマイクロバス位の大きさの物まで各種のモーターカーが存在した。最後にきそしんを走り回ったのも、運材列車ではなくこの手のモーターカーであった

 モーターカーの運転席。客車よりも「すわり心地」は良さそう。乗り心地は変わらないような気がするw

 さっきサカイが引っ張ってきたのがこのフラットカー。なんかのってるくさいけど、ビニールシートでわからん。これも運材台車を流用したもので比較的大物を運搬できる

 ロータリーヘッド。機関車の前につけてこれで雪かきをする。山間部だけあって木曽は結構雪が降る

 ロータリーヘッドの隣には小型タンク車。機関車や発電機等の燃料なんかをこれで輸送した

 資料館内に入ってみる。林鉄関連の資料がたくさん。往時の写真もパネルで展示してある

 奥は機関庫兼、車輌展示室。写真のDLはボギー台車の大型機関車でNo.136。酒井製作所製の10tディーゼル機で同線最大のもの

 少数ずつながら各地で使われたもので、この136号は北海道の芦別からやってきた。他に秋田の仁別森林鉄道で使用された同系機が保存されている
 
 王滝、小川森林鉄道で主力機として働いたL型10トンDL No.122

 No.64モーターカー。先の冷蔵庫よりも小型で簡易なもの。屋根は幌だし、側面の雨よけも幌である。開放感はよさそうだ

 特製C型展望客車。貴賓車として使用された。貴賓車に比べて前のモーターカーの小ささw同じ線路上にのってんのよ?

 皇太子殿下もご乗車あそばされたのね

 午後の淡い日差しの中、ボールドウィンが佇む

 ボールドウィン製の10トンリアタンク機。きそしんの象徴とも言えるべき存在。木曽にて使用された10両のボールドウィン機の中でもトップナンバー機。現役時代から大切に保存されてきた。1915年製なので、まもなく100年経とうかという老兵である。これが見れれば今日はもうそれだけで良かったが、思いがけずに林鉄を堪能できて良い意味で予想を裏切られた結果になった
 最後にボールドウィンの雄姿を目に焼き付けて、赤沢の地を後にしたのだった。いろいろ見逃したものもありそうだし、また来ることにしよう

 元来た道を戻って、上松まで

 街の中に諏訪神社があるとのことで訪ねてみた

 というか、小学校のグランドを突っ切って参道・・・・・・・というか、小学校の敷地内に神社が同居しているような
 
 神紋はこれ立梶の葉?

 西日に照らされる。かすかに児童の嬌声が聞こえてくる境内


 道の駅「きそふくしま」

 御嶽山が見える

 見えたw

 謎神社。神社・・・・・・かな?新興宗教かなにかかもしれん。建物の上、木立が途切れて平らになった線が見える。あそこが王滝森林鉄道の跡かな

 電車の時間を調べようとすると、間髪いれずにやってくるいつものパターンw

 ぶぉーんポルシェ

 スーパーセブン

 ポルシェポルシェ

 またポルシェ

 これでもかというくらいにポルシェ

 たまにフェラーリ

 とどめもポルシェだった。なんだこの集団wwwwwwww

 狙ってたワイドビューしなの。ダンプが邪魔だがロケーション的に仕方ないね。手前を走ってたらもっとモロ被りだったし、良い方だ

 このあと中山道を北上。塩尻で給油して、中央道おりんりんして帰宅。今回も充実した旅行でした

 了

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