豪雪信州中越紀行


 ぎりぎりまでプランが決まらないのはいつものこと。出かける日だけ決めておいて・・・一泊二日ででかけるつもりが勢い二泊に

<2011/1/29>
 仕事終了、いったん帰宅後、新宿へ。みどりの窓口で乗車券だけ購入。時間と空席状況を確認し自由席特急券も買っておく。混んでいそうなら指定席を確保するつもりだったが、わりと近い時間に列車が密集しているのと、指定席は○印がついていたので飛び込みでも自由席も問題ないとの判断
 中央線で東京駅へ

  東京→長野:E223−11 11:24発 あさま519号「長野」 1号車5D

 ちょうど良く「あさま」があったので、弁当だけ買って最後尾の自由席に飛び込む。時間はぎりぎりだったけど、ガラガラで難なく座れた
 それもそのはず、停車駅は上野、大宮、軽井沢(!)、長野(!!)である。だけである。一日に3本だけある最速達タイプの列車を引き当てたようだ
 大宮でたら軽井沢まで停まらない上に、佐久平や上田に行く客は使い勝手が悪いのでこの乗車率か・・・

 大宮から1時間で長野に到着。今年は雪が多いと言うが、長野も雪景色だった
 いったん下車して切符を買いなおし、在来線ホームへ

 到着したワイドビューしなの7号(左)と名古屋に向けて出発するワイドビューしなの14号(右)

○ 長野→屋代:クモハ115−1004 13:19発 2648M 普通「軽井沢」

 軽井沢まで戻るわけではないwww
 篠ノ井までは割合輸送密度濃いねぇ

 乗り換え時間は2分。停車中の須坂行きに飛び乗る

  屋代→須坂:3525 13:40発 普通「須坂」

 ひさびさにマッコウ乗った。乗客は少なくこの路線の末路を如実に現している。帰宅後、数日後であるが長野電鉄は屋代線の廃止を正式に表明した。木島線に続いてのバス転換である。このときは露知らずであったが、この輸送密度では存続は危ないな、とは確かに感じていた
<須坂>

 まだいたんだ!10系新OSカー。2003年の3月に現役引退。まだ製造後20年程度なのにもったいない

 さて、乗り継ぎが1時間以上という・・・そもそも須坂に到着5分前に湯田中行きが出ていると言う乗り継ぎの悪さ。中野、湯田中方面への乗り継ぎはまったく考慮されていない

 おや、NEX・・・じゃなくてスノーモンキー。JR東の残存車が「アレ」で「微妙」な塗装にやらかされちゃったので、これはこのままの姿で残ってほしいなぁ

 3500ばっかりいるよな・・・そりゃそうだよね

 ホームの端にずらりと・・・展示してある・・・んだよね?

 庫内にて憩う3500、8500、2000A編成

 時間持て余しすぎなので降りることに・・・

 跨線橋からモハ11を見る。放置されている割には「外観」は綺麗に見える
 橋渡って西側の車両基地を見に行く

 ED5001。手前の鋼材が邪魔。すでに除籍されていて本線運転は出来ないが、機械扱いと言うことで須坂構内の入れ換え等に使用されている。長電生え抜きだし、是非ともいつまでも使って欲しい

 この8500中間車は部品取り用だろうか?

 暗くて判りにくいが、台車が・・・。どう見ても仮台車

 駅に戻ってきた。8501は殆ど東急時代と変わらない。いちおう、長野電鉄の社紋は付いているが、使っているのかあやしい状態だ

 OSカー長野方を見てみる。ユニット窓が並ぶ3ドア。戸袋窓がない等独特のデザイン。1980年製造なのでそこいらの大手私鉄の通勤車よりも若年である。たとえば西武の2000系なんてのは1977年デビューで改修されながらまだ初期の車が走っている。事故廃車になった車両以外は全てが健在だ
 すでに廃車されて現存しないが、1966年製造の0系がOSカーの元祖。Officemen & Students Carの頭文字をとってOSカーと命名された。その名の通り、長野近郊区間の通勤輸送に重きを置いた車両である。0系は2連2本が製造されたが、当時としても、現在としても地方私鉄には珍しい20m4ドアロングシートの純然たる通勤車だった
 その後に1980年に増備されたのが10系で、俗に新OSカーと呼ばれた。長野駅周辺が地下化されるに伴ってA−A基準準拠で製作された。通勤に特化した設計とはいえ、地方線区で4ドアはやはり使い勝手が悪かったようで、この車両では3ドアに変更されている(もっとも現在は4ドアの東急8500を使用しているが)。当初は旧型在来車の置き換えを本系列で行う予定だったが、コストの関係で置き換えは旧東急5000で行われることになり、結局2連1本が製造されただけに終わった。赤ガエルこと2500/2600が営団の3000によって置き換えられた上に、木島線廃止で余剰が出たことから在来車運用を3500/3600で賄えることから製造後20年足らずで廃車されてしまった。もし、東急5000の導入と平行してもう幾らか製造されていたならば、まだまだ使われていたかもしれない不遇の形式であろう

 モハ11がはいているNA-36台車。基本的に自社の車は日車系が強い

 長野からやってきた8515。8500が本線の主力になりつつあり、いずれ3500を置き換える。やってきた電車はここから長野へ折り返す。須坂と長野の間は結構高頻度で運行されている。上りの特急に接続し、特急の後を追いかけるように走るスジ
 ここで上下の特急が交換する。通常この時間帯は速達型のA特急で「ゆけむり」こと元小田急のHiSE車が充当されているが、現在は1本が長期検査に入っているために、2000系が日中も特急運用に入っている
 そこに茶色のA編成がいるということは、走っているのはD編成である。そんでもって今度の下りにそれが充当されているので東方としてはまことに都合が良い
 果たしてやってきたのは朱色とクリームの通称「りんご塗装」の2007Fであった。土曜日の午後ではあるが、温泉地に向かう観光特急は乗車率も高い。入れ替わりにあいた席に体よく収まる

  須坂→湯田中:モハ2008 15:16発 A特急「湯田中」


 結構雪があるねぇ
 信州中野で木島線跡が分かれてゆくと、初乗り区間の山之内線。右へ左へと急曲線で高度を稼いで行く。2000ももうまもなくの引退。沿線にはカメラを向けるファンが多い

 湯田中に到着した2008。茶色の塗装はオリジナルの時代を見たことないし、前回乗ったときは新塗装になっていた。でも2000といえば、この塗装が一番しっくりくるかな

 次、いつ乗れるかわからないから車内も撮っておこうね

 ヘッドマークのアップ。志賀高原開発を一手に背負って走り続けた車両なんだ

 いったん下車。湯田中まで乗車したのでこれで長野電鉄は全線完乗でございます

 旧駅舎と2007。現在はそのままホームに入れるが、かつては有効長と傾斜の関係でスイッチバックして入線していた

 旧ホーム側から折り返し準備中の2008を撮る。雪塊の上から・・・
 せっかくなのでちょっと歩いて走行写真を撮ってみようかな?と。発車時間までまだあるので少し長野方に下ってみる

 画角が厳しい・・・。開けたところがなくて踏切から一枚。それも左右が建て込んでいてカメラを振れない

 後追い・・・駄目だこりゃw

 雪の中で電車待ってて冷えたので、駅裏手の公衆浴場へ
 湯田中駅前温泉「楓の湯」2003年に出来たばかりのまだまだ新しい日帰り施設。駅から至近で駐車場も完備、料金も300円と手頃なこともあり人気は高いようだ。休日の午後ということを差し引いても、やはり湯治客は多かった
 内風呂、洗い場ともにこの客の入り様に比較したらちと小さいなぁ・・・。もともと湯田中温泉は九つの共同浴場があったが、マナーの悪さなどから利用は地元民か宿泊客に限られている。そんな中で、この楓の湯は広く一般に開放されているのも人気の一つだろう
 雪見の露天風呂でしっかり温まった後は再び湯田中駅へ

 楓の湯の隣に保存されている旧湯田中駅舎

 昭和31年まで使用されていた

 こうゆうのはまず最初に撮っておくべきだよねぇwwwこの先が温泉街の中心

 現湯田中駅舎内。こちらにしても昭和31年から使用されているのだから、じゅうぶん年代ものの造りだ

 もちろん自動改札機なんてものは無縁の世界。いかにも地方私鉄の終点駅という感じで好印象。とはいえ、時代の流れでLEDの発車案内板なんてのも追加されている。これは一般の観光客からのニーズに対するものだろうね

 ほどなく長野から特急電車がやってきた。暖簾も2000系。2000系という電車がいかに電鉄にとって、沿線住民にとって大事にされているかが判る。やはり長野電鉄といえば看板列車は2000電車なのだ

 TOPナンバー2001。この編成から、長野電鉄の観光特急の歴史は始まった

 転換クロスシートがずらりと並ぶ車内は特急車の証。昭和30年代初頭の地方私鉄、それもはじめての高性能特急車でこのクオリティを実現した長野電鉄はやはり凄いと思う。大手私鉄の電車でもここまで高性能かつ高品質な電車は少なかった

 最前部は向かい合わせに固定されている。窓は大きく前面展望も望めるが、進行方向に着席状態だと窓まではやや遠い

 2001

 すでになくなってしまった日車東京支店製。さりげなく「東京」の文字も入る

  湯田中→長野:2001 17:02発 B特急「長野」

 A特急運用に1本入っていたために、効率よく現存する2編成に乗ることが出来た。今乗っている2001F、A編成は春には引退と言う。先ほどのD編成は8月まで。だがいずれにしても定期運用は2月の改正を越えてすぐ、2月中に終了となる
 暮れなずむ善光寺平を疾駆し小一時間、複線区間から地下へ潜るとまもなくアナウンスは終着を告げた

 長野に到着した2001F2002。残された時間ははっきりいって少ない。だが、その最後の瞬間まで元気に走って欲しい



<1/30>

 また降ったねぇ・・・

 踏み固められた雪道を辿り長野駅へ

 湘南色の169がやって来た。S52編成クハ169−19。169が撮れるのは判っていたが、湘南色車が綺麗に撮れるかは賭けだった

 久々に湘南色の急行電車見たね。雪塗れも良い。かつての急行「赤倉」とか「とがくし」「志賀」を髣髴とさせる

 窓がずらっと並ぶ2ドアの電車も少なくなったね。秩父鉄道の3000系(旧165系)亡き後、直流急行型電車に乗れるのもしなの鉄道だけになった。まぁ、厳密にいうと富士急行のフジサン特急も165系なので他にもあると言えばあるが・・・でもフジサン特急はなんか違うよね

 雪景色の中の国鉄型急行電車。こうゆう風景をもう何年も見ていない気がする。もう永遠に見れないと思っていた光景に再び出会えることが出来た奇跡。また見れることを切に願って

 後ろはしなの鉄道標準色の169。しなのとの並び。どうせだから3連3本共に湘南色にしてくれないものか

 本日最初の列車は妙高1号。クハ188−602

  長野→直江津:クハ188−602 8:12発 3321M 普通・妙高1号「直江津」 1号車7D 指定席

 いつにもましてガラガラの指定席

 長野工場には運用を外れた209系やら203系

 オハネフ14もいた
<北長野>

 ここにも疎開留置の209系。置き換えのペースに改造やら解体が追いつかないので東日本管内のあちこちの駅に留置されている通勤型車両郡。直流区間だけでなく東北にまで及んでいる

 EF64−1000番台重連。コンテナを牽いて待機中。国鉄色が1014号機、更新貨物色が1018号機
<豊野〜牟礼>

 北に向かうにつれて雪が深く

 深くなってゆくねぇ・・・
<牟礼>

 豊野からたった一駅で積雪量が倍増した
 交換の列車が遅れているため、発車も遅れる。そもそも牟礼では交換のダイヤではない。上りが遅れているのでここで交換になったのだろう。やってきた115系の3連は柿崎からやってくる342Mかと思われる。
 7分延発
<黒姫>
 この先、妙高高原でポイント故障のため抑止・・・・・・かと思ったらすぐに出るみたいだ
 8分延
<二本木>

 スイッチバック駅。待合室の屋根をみてくれ、メーター級の雪だ
 今度はこの先の新井でポイント故障。再び抑止。「ポイント故障」っていっているけど、ようは「不転換」でしょう?
 所定より17分遅れてのろのろとバックを開始
<新井>
 対向列車遅れ。プチ下車。直江津方のポイント故障で上りが入れず、こちらも出発できず
 結局、45分延発
<直江津>
 50分遅れて到着。乗り継ぎの北陸本線はちょうど一時間後になった。はくたかは上下運休、北越も走っていないらしい。動くのは普通列車だけだ

 クモハ419−6
 富山行の419系に乗り込む

  直江津→魚津:モハ418−6 10:41発 546M 普通「富山」

 419系ももうすぐ無くなるんだよな・・・少しでも乗っておかないとな
 ・・・・・・始発から「信号が変わらない」とかで3分延発。障害がないなら「変えてもらう」ように頼むんですよ
<谷浜〜有間川>

 日本海側も積もっているね・・・中央の雪の山っぽいのは旧線の築堤。かつては海側を走っていた。現在線は岬をトンネルで貫く

 波も荒いね
<梶屋敷〜糸魚川>

 うなりを上げるモーターが静かになった

 あ!大変だ!停電だ!!止まっちゃう!?

 点いた!!
 ・・・ただの交直デッドセクションである・・・・・・・
 ちなみに、「無電区間」で「停止」すると完全アウトだ
<糸魚川>
 13時12分発の大糸線430D南小谷行は本日運休。バス代行輸送だそうだ。代行でるだけまだ恵まれている
 5分遅れて発車
<泊>
 途中徐行していたお陰で13分の遅れ
<生地>
 真っ青な455とすれ違う。455系だからというわけでなく、あの青一色は鉄道車両としても違和感がありすぎる。今まで採用されていない「青」だしな
<魚津>

 駅前ロータリー。この地域でこれだけの積雪は珍しい。コンビニで傘を購入

 やめときゃ良いのに、30センチくらいの雪にずぼずぼ埋まりながら撮影に。EF510の14号機。夕方までここに止まってた

 猛然と雪煙を巻き上げて発車してゆく455系541M直江津行。この塗装は映えないなぁ・・・
 雪中撮影を敢行して富山地鉄の新魚津駅へ。地下道から改札への会談を上がって行くと・・・おや?なにやら見知った顔が・・・
 大阪からやってきた北庄内くんである。この人は金沢から大阪経由で魚津にやってきた・・・なんだそりゃ?「やぁ、奇遇だねぇ」なんて声を掛けるが、そもそも予定のうちであるw
 地鉄電車も若干遅れているらしく、乗るつもりのなかった宇奈月温泉行きの特急に乗れることに

  新魚津→宇奈月温泉:モハ14770 12:44発 特急うなづき5号「宇奈月温泉」

 特急料金は100円也
 乗客は少ない。この雪ではさすがに雪国の人々でも出歩かないと見た

 そしてこの靴である・・・革靴??
<電鉄黒部>

 雪の中でレッドアローとか撮りたいものだが・・・この積雪、降雪では・・・
 前を走る各駅停車が除雪しながら進んでいるという。この各駅停車が進まないとこの列車も進めない。黒部でしばし抑止

 がらーん

 運転台。暇なのであちこち写真撮る

 ようやく発車
 まぁ、別段急いでいないしね
<舌山>

 場内信号で停車。除雪してから到着

 視界は一面真っ白
<宇奈月温泉>

 倍ぐらいの時間がかかって宇奈月温泉に到着

 黒部峡谷鉄道のヤードは冬季運休のせいもあってか、完全に雪に埋もれている。留置されている客車や貨車も雪の下である

 いやぁ、雪国って感じだね!楽しいね!!嬉しくなっちゃうね!!!
 富山へ行く電車を見送って、共同浴場へ
 踏み切りを渡ってすぐ、駅から5分ほどの宇奈月町温泉会館へ
 入浴は1回250円。客はおらず貸切状態。脱衣所は寒く、早く湯船に浸かりたい所だが、お湯がクソ熱くて中々浸かれない。水を加えて温度を下げつつ、浸かる。お湯は無色透明。泉質を見ると単純温泉。7キロほど離れた黒薙から引湯しているようだ。源泉は91度で浴場では45度ほどに下がる
 最近流行の日帰り施設ではない。観光客向けではない地元の温泉銭湯という感じだ
 温まったところで、駅へと戻る

 雪の温泉街を行く。雪国の鉄道を見ると、「よくあんなに雪をこびり付けたままで走れるよな」といつも思う

 駅前の噴水も温泉
 待合室でしばし列車を待つ。遅れはどんどん酷くなっているようだ
 温泉に入ると指定列車に限り富山まで無料で乗れるチケットをくれるキャンペーンをしている。今度の指定列車は15時30分発の特急うなづき12号だが、列車は一向に来る気配はなく、やってきた列車はその後の普通列車に変わった。うなづき12号は運休となり、無料乗車はこの普通列車が臨時に適用となった

  宇奈月温泉→電鉄黒部:モハ14774 15:01発 普通「電鉄富山」(電鉄黒部打ち切り)

 無料指定列車待ちの乗客がかなりおり、2両の電車は混みあっている
<電鉄黒部>

 雪かきをしながら到着した電鉄黒部でとうとう運転打ち切り。列車は折り返し宇奈月温泉行きとなってしまった。代替の富山行きは隣のホームの列車。所定の16時30分に出すようだ。これは宇奈月温泉〜電鉄黒部を区間運休として所定の時刻に併せたもの

 黒部には地鉄オリジナル色の14770が3本も綺麗に並んだが、楽しむ余裕など既にない・・・

  電鉄黒部→新魚津:モハ14763 16:30発 普通「電鉄富山」

 無料で富山まで行けるもの、混んでいるし落ち着かないので新魚津で下車。JRで行くことに
 JRはJRで昼間よりもダイヤはむちゃくちゃで、今度の富山行16時29分発558Mは隣の黒部で除雪待ち抑止中。運転の目処は立っていないという。聞いてみると、おりしも到着した16じあ34分発の黒部行551Mが魚津で運転打ち切りになり、折り返し始発で金沢行560Mになるという
 3番線に到着した419系へと乗り込み待つ

  魚津→富山:モハ418−14 16:51発 560M 普通「金沢」


 途中徐行してたみたいだが、無事に富山に到着。金沢方の先頭車はオリジナルヘッドのクハ419−4だった
 富山駅で北庄内くんと別れ、宿へと・・・

 都バスだ!!

 例のアレwwwwww


<1/31>

 起きる。テレビをつける・・・大雪、全線運休・・・・・・・市内電車脱線・・・・・・・・・・・・・終わったな
 高山本線動かないのでは意味がないのでさっさと帰ることに

 富山駅にはラッセル車が

 北陸本線は結局始発から最終まで終日運休した。支線の氷見、城端、七尾、越美北線、高山本線のJR西管轄エリアも同様

 ライトレールも見合わせ中。路面区間は走れそうだが・・・

 雪に埋もれたライトレール富山駅。運宮中のため人気はない。右奥のロータリーから代行バスが発着していた
 北口でバスを待つが中々やってこない。15分ほど遅れてバスが現れた、交通状況は芳しくなさそうだ

  富山駅北口→富山空港 9:20(35)発 ちてつバス 直行「富山空港」


 雪に埋もれた富山城

 たまにはこうゆうのもね・・・

 空港に着いたのは出発30分前だった・・・チェックインして出発ロビーへ

 ・・・・・・・8674か・・・またか・・・・・・・・orz

 富山→羽田 NH886 B767−300 JA8674 10:50発 37K

 またこの機体だ・・・これで5度目?B6って日本で100機近く飛んでるんだぜ?なにこの引きは・・・

 いったん日本海側にオーバーシュートする

 地上は厚い雲に覆われているようにみえたけど、上からだと雲の切れ目もわかる
 富山便は離陸後日本海に沿って北上新潟から筑波へ向けて南下し、東から羽田に至るルートを飛ぶ

 関東に入ると雲ひとつない晴天。眼科には下総基地

 富士山までずーっと見渡せる

 習志野駐屯地
 木更津に出てCランにタッチダウン
<おまけ>
 早く帰ってきたので羽田で1時間程定点観測

 ランウェイ上の機体はちと遠い。ワンワールドカラーのJAL・B777−200

 まもなく退役するA300−622R

 コリアンのB747−400。JAL、ANAからB747が退役するとこうした外航の機体しか見れなくなる

 ガンダムジェット。B777−300そのものが仕様路線に偏りがあるので、わりと良く見る

 プッシュバック開始。モヒカンジェットB767−300・JA602A。これがいたのが見えたので定点観測することにしたのだ

 いやぁ、懐かしいねぇ。モヒカンストライプ、ダビンチマーク、社名のロゴ、字体。どれも今はないものねぇ

 B767は実際にはモヒカンルックで飛んだ時代はなかったんだけどね。B767−200を導入する前のイメージイラストではモヒカンルックだったが、実機が来たときはすでに現在のトリトンブルーになっていた
 最後にモヒカンジェットを見送って羽田を後にした

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