早春鎮西縦貫紀行

<2012/3/26>

 エキスパートでもね、駅から時刻表でもね、
 品川から羽田空港に行くには「快特三崎口行ではなく次の直通急行に乗れ」と言うのよ。まぁ、待て待て、落ち着け。快特三崎口行は京急蒲田に28分に到着する。30分に「横浜方面から」エアポート急行がやってきて、これに乗り継げば、品川で直通急行を待つよりは「10分」は早く羽田空港に到着できる
 ただし、京急蒲田で階段ダッシュが必要だが・・・・・・・・・・・

 8時半仕事上がりだと、やはり12時前後の便で無いと厳しいね

 今日はJA801A。1号機の方、前回は2号機だった

東京羽田→大阪伊丹:JA801A B787−8 NH023 12:00発 16K

 初号機である。今回は主翼の真上

 一枚ものの主翼。コロガード塗装が無い
 天気は良いような悪いような?大阪はうす曇。風が強いのかアプローチはえらい揺さぶられてタッチダウン

 あっという間に伊丹に到着

  大阪空港→蛍池:2213 13:23発 「門真市」

 なんか東京より寒いぜ?
 蛍池から直ぐの連絡は雲雀丘花屋敷行。その先に行こうとすれば後続の急行だが、あえて先発の列車で先に進む

○ 蛍池→雲雀丘花屋敷:6106 13:31発 普通「雲雀丘花屋敷」


 雲雀に到着した6106。急行に乗り継ぐ

 今見て気付いた。6100は阪急初のアルミ車体編成なんだ

  雲雀丘花屋敷→宝塚:5761 13:43発 急行「宝塚」

 今回は阪急コレでおしまい。今津線の方向板つきを・・・なんて考えが過ぎったが、足早にJR宝塚駅へ。あ〜とうとう雨降ってきた

 こうのとり14号は183系だった。まだ走ってたんだな。てっきり全部287系になったものだと

 折り返し、14:12発となる快速大阪行3768M、クハ222−6106。やっぱり、223の方がカッコイイよな。225はなんかゴツくて好きになれない

○ 宝塚→三田:クハ206−1057 14:04発 1173C 普通「新三田」

 雨酷くなってきた。ロングシートなので一番前でカブリツキ。1173Cは高槻からの列車。大阪、尼崎を中心に東海道本線、福知山線、東西線、片町線からの乗り入れが複雑に絡み合う地帯。末端で電車を待っていると、どこから来た電車なのかよく解らない
 207系も久々に乗ったなぁ。雨は激しいし、旧線跡は見えないし・・・
 西宮生瀬は豪雨の中、トンネルの間の武田尾は晴れ間が覗いて、道場は快晴。三田は薄曇と目まぐるしく天気が変わる

<三田>
 JR改札を駆け抜けて新鉄乗り場に
 
 丁度入線してきた、折り返し新開地行の1116以下4連。幕はまだ三田のまま。やはり、これが神鉄の顔だよなと思う。2ドアの1100が現状一番好きだな。運転台後にも座席あるし

 乗るのは1150形1152。上記、1100の3ドア版で、この電車は運転台直後に座席は無い
 三田は1面2線で1番線を公園都市線、ウッディタウン中央行電車に、2番線を三田線、有馬口、新開地方面と分けて運用している

○ 三田→ウッディタウン中央:1152 14:35発 普通「ウッディタウン中央」

 列車は三田本町、横山と三田線を走り、横山から公園都市線へと入る。全て直通運用で三田が始終点となる。横山までは何度か乗車済み。公園都市線が初乗り区間だ
 掘割の横山を出ると、左へ曲がる三田線からわかれ、まっすぐに単線トンネルへと突入して行く。1991年の開業なので設備は新しく、高規格
 臨駅のフラワータウンからは新興住宅地の真っ只中を走る。複線分の用地は確保されているが、全線が単線である。反面、横山〜フラワータウン間は単線トンネルで、明かり区間も谷間やため池の脇で狭小。高架橋も単線規格で作られているので線増は難しいかと思う

 ウッディタウン中央に到着。そのまま同じ列車で折り返す
 ウッディタウン中央から先も路盤はすこしだけ伸びており、将来的な延長も考慮されている。運輸政策審議会答申第10号では「カルチャータウン方面」への延伸計画が示唆されているが、具体的な目的地は明示されていない

  ウッディタウン中央→横山:1251 15:00発 普通「三田」


 帰りは三田までは行かずに分岐駅の横山で下車する

○ 三田→谷上:3008 15:12発 普通「新開地」

 3000だったので一番前に立つ
 結構な山間部だが、福知山線沿線から神戸への短絡路線なので旅客は多いし、列車の本数も多い。しかし有馬口までは単線である
 つうか、雪舞ってるぞ!?

  谷上→三宮:3228 15:41発 「西神中央」

 くっそー地下鉄たっかいなぁ・・・

 三ノ宮からはちょこっとJR

 207系。目の前に来たので一枚

○ 三ノ宮→住吉:クモハ321−30 15:59発 210C 普通「京都」

 321系は初めてかな?乗ったことあるような気もするけど

 住吉到着。乗ってきたクモハ321−30を

  住吉→マリンパーク:1108 16:12発 「マリンパーク」

 取りこぼしをチマチマ拾ってゆく作業・・・

 無人運転の場合は最前部も客席になる。ATO運転やっている新交通システムはだいたいこの方式

 マリンパークに到着。同じ電車で直ぐに引き返すよ

  マリンパーク→魚崎:1508 16:27発 「住吉」

 今度は魚崎まで。連絡通路歩いて阪神電車に乗換。特急停まるんだな、ここ

○ 魚崎→尼崎:8229 16:40発 特急「梅田」

 選好みせずに来た電車に乗り込む

 尼崎まで乗った8229。そういえば春のセンバツやってた。甲子園はそんなに人居なかったけど・・・

 ここから伝法線・・・もとい、西大阪線・・・・・・・・あれ?難波線でいいの??電車は近鉄の9326

  尼崎→大阪難波:9326 16:56発 普通「東生駒」


 淀川渡って大阪都心部へ

 難波到着。12356、スナックカーが停まっていた。乗りたい衝動。暫くスナックカー乗って無いなぁ
 相変わらず迷路のような難波の地下街を徘徊して、今日は南海電車に

 6001。トップナンバーがいた。物持ち良いよなぁ・・・。大手私鉄で片開きなんか走っているのここくらいだものなぁ。しかも20m4ドアで

 乗るのはコレ。サザンプレミアム。サザンで座っていければそれで良かったんだけど、新型は嬉しい誤算

  難波→泉佐野:12802 17:40発 特急サザン39「和歌山港」 3号車57番

 ぷらずまくらすたー発生機も付いてるぞ。はっきり言って喫煙者には匂いとか空気の綺麗さとかそんなんどうでもいいっての

 そんなことより、俺はホラーイのブタマーン喰う
 30分ほどで泉佐野到着。そのままホテル直行。勤務明けだし、初日だから軽めにね

 暮れてきた

 夜景・・・寝よう


<3/27>

 6時過ぎなので人影まばら

 空港急行退避中の7908。片開きの初期の車を見るとついつい乗りたくなる。新型も増備されているし、まず淘汰されてゆくのはこのグループだろうな

  泉佐野→関西空港:9514 6:07発 関空急行「関西空港」


 100円だし、ラピートでもと思ったが。もうめんどくさいのでそのまま一般車で

 改札を出て、普段は左の旅客ターミナルに向かうのだが、今日は右のホテルの方へ・・・
 ってか、凄くアピールしてるね。販促というわけではなく、でないと解らないんだろうな
 とりあえず、カウンターに行って見る。前情報で「カウンター」は無いことは知っていたが、便宜上使わせてもらう

 こんな感じに、ビルのコンコースにチェックイン機、パソコンが直置きされている
 写真突き当たり、左に手荷物検査場がある。すでに列を成しているが、これは千歳便の旅客で、うきはの乗る便はもう少し後に検査場開放するようだ。手狭なので時間差でやっているんだね
 この間に下のローソンで朝食を買ってパクツク
 さて、そんなわけで、今回は話題のPeachを旅程に組み込んでみた。乗るのは関空〜福岡便。旅行の目的は九州であり、そこまでの行程をどうするか思案していたところ、話題のLCCがすでに就航しているじゃない?と思いたち予約してみたのだ
 予約は凡そ1ヶ月前。旅客運賃は変動するが、この時の関空〜福岡便の運賃は4380円。これにクレジット決済の手数料210円、事前座席指定手数料210円を加算して合計4800円である。大手早期購入よりも半額以下である。もっとも、これはタイミングが肝で、時期を見誤ると10000円を越えることもありうる。
 うきはは基本的にリュック一つで長期の旅行もこなすので手荷物料金の超過は無いが、荷物を預ける場合は別途料金が掛かる。単身軽装で出かけるん人間には確かに低コストに済ませられるけど、国内に1泊や2泊で出かけるのに、トランクやキャリーバックを持ち出すような人間にはかえって高くつくことも
 さらに、旅客の意志での払い戻しは出来ず、欠航等での他社便、他交通機関への振替はない。気にしたところはここで、もし万が一遅れたり、欠航した場合のその後の行程にどう影響が出るか?というところであった
 結果として、遅れなさそうな、朝一の便をチョイスし、その上で、遅延なしと1時間遅延の2パターンの行程を作成した
 では本当に九州に行くのに安く行けたか?というと、応えは「NO」である
 確かに、大阪〜福岡間の単純な移動コストはバカみたいに安い。高速バスよりも安のだから。しかし、うきはは東京から福岡に行くの、わざわざ関空至近に前泊し、なおかつ、羽田〜伊丹間をB787で移動している。総計すると、東京〜福岡間の移動コストは25000円ほどになり、朝一の福岡便に乗れば、Peachが福岡に着くのと変わらない時間に東京から福岡に移動できるのである。単純に考えると、スカイマークを福岡まで使ったほうが安い
 今回はマニア的見地から「乗ってみよう」と思って乗っているので、このコストになんら疑問を覚えることは無いし。これは折込済みの話である。しかし、一般の人が東京から九州に行こうとしたとき、果たしてこのLCCが使えるか?というと、まぁ、まず使えないだろうな・・・。東京〜関空〜九州というルートが出来て初めて選択枝に入ってくるんじゃないだろうか?でも、Peachが東京に進出するより先に、成田ベースのLCCが出来るし、こちらを使うだろうな。そういう意味でも、今後ますます使う機会がなさそうなので今回敢えて使ってみた節もある。この仮設のターミナルも今でなきゃ味わえないしね
 時間になったので手荷物検査場に。列に並ぶ人数を見るに、結構満席に近いんちゃう?エックス線検査機は3台、うち2台を使い、混んで来るともう1台使うという按配。その先に小規模のロビーと売店。一服つけて、階段下りてバスターミナルへ向かう
 一回ビルを出て、壁で完全に隔離された通路を通り、バスターミナルへ。ターミナルとは名ばかりのプレハブ掘っ立て小屋で、直ぐ目の前にバスが待機している。バスが前方席用、後方席用と2台用意されており、機内で着席する位置で乗るバスもここで分けられるという按配か

 普通の南海の路線バスなのだが・・・
 これって、フレームアレスター着いてんの??火気制限区域内、つまり空港の駐機場とかに入る車輌には防火装置つけないといけないんですけど。これ、普通の路線バスに見えるけど・・・

 え?ちょっと待て、一般道????ずっと空港敷地内走ってくんだと思ってた。バスターミナル出たらいきなり一般道だった

 こんな感じに普通に一般道走る。もちろん、空港制限区域内だって交通事故は起こるだろうが、一般道の方が遥かに可能性は高い。途中で事故ったりしたらどうすんだろう?
 実際、バカなワンボックスが突っ込んで来そうになったし
 連絡バスでゲートくぐるとか初めてだわwゲートは国際線ターミナルの脇にあるところ。国際線のフィンガー下を走ってゆく。エアチャイナのA340とか初めて見たわ。CAは他にA321、CIはA3R、PRのA330、VNのA320、SZはA321。エアバス機ばかりだな
 たどり着いたスポットは貨物地区の外れ。丁度、千歳行がプッシュバックしてゆくところだった

 エアボーンエクスプレスのB767−200SF。N744AXは元デルタの機体。ABXといえば国内にDC−9を飛ばし、国際にはDC−8というイメージがある。横田にもエイトが来ていたが、そうか、今は767も飛ばすんだな

 MD−11Fも綺麗に撮れる
 準備が済んだようで、バスのドアが開く

 ド・逆光だ。後のドア、つまりL2から搭乗

 じつは割とスケジュールがタイトでまともな写真撮れてないんだよね。802Pに乗るよ

  大阪関西→福岡:JA802P A320 MM151 7:30発 24F

 新造機なので機内はピカピカである

 シートカバーもピンク系。全日空のA320が166席仕様なのでPeachの180席は少しタイト。前回(2011年末)乗ったA320はスターフライヤーのJA06MC(当時国内最新鋭のA320だった)。これは150席仕様なので全日空のそれよりもさらにゆったりである。なお、06MC以外のスターフライヤーのA320は144席仕様だが、シートピッチは144席も150席も同じ様に配置されている

 そんな狭さだからさ。前に膝が着く。腰までぴたりとつけて深く座ると、膝と前席の間にはこぶし一個くらいの隙間ができるかな

 貨物用ドア・・・・・・・・・ん?

 後付で、「押」「引」という文字がレタリングされている。スターフライヤーは解らんが、少なくともANAのA320にはなかった表示である。英語が理解できない地上作業員も扱える・・・という配慮か。しかし、航空業界で働いていた自分としては、一抹の不安を覚えるな・・・
 余談だが、1974年にパリで起きたDC−10の墜落事故の原因は貨物室ドアの欠陥による急減圧だが。貨物室ドアの不適切な取扱によりロックが破損(というか半ドア状態)し圧力に耐えられなくなって脱落したもの。遠因だが、このドアを閉めた作業員は「トルコ語、ドイツ語、フランス語」を理解することは出来たが、機体に書かれていた「英語」の注意書きは理解することが出来なった。そのために、正しいドアの取扱をすることが出来なかったとされている
 こうした事故を知ってか知らずか・・・この機体には他社機にはない「日本語」表記がされている。というか、旅客が目にする場所、つまりトイレとか実際に使用する部分、それ以外の業務的な箇所に日本語のプラカードがあるというのは見たことがないね
 予想通り、客室は混雑。まぁ、安いしな。福岡までのフライトは50分程度だし、このくらいなら缶詰でもさして辛くはない
 予想に反して、機は定刻に出発

 六甲山地を掠めて西へ

 中国山地はまだ雪が残っている。昨日まで全国的に天気悪かったし、寒気入ってたものな
 いつもとおり、博多湾上から南に向かってアプローチ。志賀島、雁ノ巣が眼下に見える。まもなく福岡にタッチダウン。心配もなんのその、まったくの定刻であった
 早朝に飛行機で来ちゃうと、九州に来た実感は乏しい。足早に地下鉄へ。丁度唐津行きの電車あるのでコレに乗ろう

  福岡空港→唐津:クハ103−1515 8:47発 627C 普通「西唐津」

 ラッシュのピークは過ぎているし、そもそも流れとは逆なので比較的空いている。九大学研都市で学生も殆ど降りちゃって車内はがらがらに

 沿線の要衝、筑前前原到着直前にはごらんのように閑散と
<筑前深江〜大入>

 海が近い

 筑肥線の白眉はやはりこの辺りかな
<福吉〜鹿家>

 ここも海沿いだ
<唐津>
 
 1時間半ほどで唐津に到着。右が乗ってきたクハ103−1515。列車は西唐津まで行くが、西唐津へは昔行ったことがあるし、乗り継ぎ列車は唐津始発なのでここで下車

 唐津線5834D佐賀行キハ125−8

 同じく5834Dだが、前はキハ47−136だった。つうか、これ、2006年に唐津線乗ったときの車輌だ。わぁ偶然w

 1640C快速福岡空港行クハ103−1506

 駅西にある唐津市近代図書館。近代建築でそれなりに歴史あるのかと思ったが、建造そのものは1992年だそうだ。構内から出ないので、見えるものはコレくらい・・・
 
  唐津→伊万里:キハ125−6 10:55発 2529D 普通「伊万里」

 キハ125単行。BOXが全部埋まるくらいの乗車率
<山本>

 唐津線との分岐駅。2面3線で立派だが、単行ディーゼルカーが時々発着するだけ。立派な駅舎はあるが、無人駅である。5両の停目が使われることは滅多にないか?
<山本〜肥前久保>
 山本で唐津線と分かれるが、実際は暫く並行して走る。筑肥線は西側へ別れてゆくのに唐津線の東側を走る。複線のようだが、それぞれが独立した単線線路。そのため、完全に平行している唐津線には本牟田部駅があるが、こちらは駅がないので全く無視して走り去る

 4キロ近くも平行してやっと唐津線をオーバーパス。松浦川から離れて山の中へと分け入ってゆく
<駒鳴>

 ちいさなポンプつき井戸があった
<大川野>

 ほぼ中間点の大川野で、唐津行2528D、キハ125−3とすれ違う。交換があるくらいの列車密度だったか
<伊万里>
 
 伊万里に到着したキハ125−6。折り返し列車は「西唐津」まで行くようだ

 筑肥線はここまで。この先は松浦鉄道へと乗換になる
 かつての伊万里駅は国鉄時代はもちろんのこと、2002年まで駅は共用されていたが。同年以降道路を挟んでJR駅と松浦鉄道駅が分離された。それでも、どちらも「伊万里駅」である

 逆光だ・・・左がJR伊万里。右が松浦伊万里。連絡通路で繋がっている

 JR駅のほうには松浦の駅名は書いていないが、松浦駅の方にはJR側の隣駅「上伊万里」が記載されている。JRは松浦鉄道なんてどうでも良いと思っていて、松浦鉄道にしてみればJRへの乗換客も重要な旅客なので親切に。JRと三セクの力関係も垣間見える・・・実際は同一駅だった時代の駅名標を使っているだけだろうね

 松浦半島をぐるっとまわって、二時間半かけて佐世保からやってきたMR−501。新潟トランシス製のNDC。「宝くじ号」の愛称がある。シルヘッダーが付いててちょっとレトロだけど、1999年製。車内は転換クロスシートでグレードは高い

 MR−617他の2連。モオカの気動車をベースにした松浦の主力車
 伊万里は松浦鉄道の運転中枢でもあり、機関区も併設されている。JRが棒線でドンツキ駅なのに対して、2面3線の櫛形ホームを持つ
 
  伊万里→有田:MR−616 12:18発 626D 普通「有田」

 多数勢力なので当然のようにMR−600なんだろうけど・・・
 開業時のMR−100は2両が残存。正面非貫通の200、300はすでに600に置き換え完了している。松浦鉄道のイメージっていえばこれらの車輌だから、いかに情報を仕入れていないかよく解る
 だって、前回佐世保で見たときはまだMR200走っていたもの
 有田川に沿って南へ。金武、夫婦石、蔵宿とか縁起のよさそうな駅が多い。というか、列車は2〜3分おきに小駅に停車する。松浦鉄道転換時に駅をたくさん作ったそうだが、地方交通線としては異常に多い
 便利になったかと思えば、確かに駅至近に住んでた人には便利だろうけど、列車の所要時間はその分増加して、スピードという点でバスに旅客を持っていかれている現状だという
<有田>
 
 有田に到着したMR616
 ここまで来たらせっかくなので、ちょっと長崎県にも足を伸ばしておく。有田〜三河内間が県境だが、三河内で降りても何もなさそうだし、次は三河内に停まらない特急なので早岐まで行くことにする
 乗車券、特急券買って再び構内へ

 貨物側線の脇には真新しいコンテナが積み上げられ、壁になっていた
 現在、佐世保線は貨物列車の設定はなく。自動車輸送便のみ鍋島との間で1日6往復行われている。写真のところが有田のコンテナ基地で、有田オフレールステーションとなっている

  有田→早岐:クモハ783−8 12:57発 4009M 特急ハウステンボス・みどり9号「ハウステンボス・佐世保」 8号車14D(B室) 自由席

 2駅だが列車がないので、特急で。特急券は300円
<早岐>
 長崎上陸w
 
 10分ほどで早岐に到着。ハイパーサルーン久々に乗った。列車はここで分割し、乗ってきたみどり9号は進行方向を変えて佐世保へと向かう

 HTB!!
 1時間程あるので、窓口で博多方面の特急指定券を確保しておく。さっき三河内ですれ違った特急に乗れていればよかったんだが、ダイヤ上必ずあそこですれ違うように出来ているようだ。つまり、有田から素直に東に向かう分には待ち時間はそんなになかった訳だが・・・

 ちょっと駅の周りをぷらぷらしてみる

 駅前の県道222号線を越えるとすぐに水道。

 大村湾と佐世保湾を結ぶ2つの水道の一つで、早岐瀬戸と呼ばれる。川のようだが海である。対岸も普通の陸地のようだが、もう一つの水道、針尾瀬戸との間にある島である

 漁船がぽつんと・・・

 駅の裏に給水等が残ってた。手前のカラーコーンが未来を暗示しているってか・・・

 他意はない

 他意はないシリーズ2
 わざわざコレが見たくて駅の裏まで歩いてきたわけではない

 現役丸ポスト。珍しいなぁ・・・と思いつつも、よく考えたらウチの近所にもあったわ

 長崎行きシーサイドライナーキハ220を北側の踏切で

 交換の佐世保行を構内外れで。大村線も快速運用は殆どコレになったな

 早岐始発の長崎行普通241D、キハ66−8。諫早からは長与周りの旧線を通って行く

 さっきの給水塔を駅側から見る。早岐に車輌基地を作る計画らしく。周囲が騒がしくなってきている。この先何年も残らないだろうな

 佐世保からみどり18号が到着。貫通扉があけられ、併結の準備を開始

 ハウステンボスからHTB18号が到着。そろそろと近付く

 ここまでくるのよ〜♪
 連結作業を見てから、急ぎ自分の乗るべき車輌へ。なお、この列車。さっき有田から早岐まで乗ってきた列車である。それぞれ、佐世保とハウステンボスまで行って戻ってきたわけだ

  早岐→博多:モハ783−307 14:00発 4018M 特急ハウステンボス・みどり18号「博多」 2号車3D(A室) 指定席

 空いてるね・・・
 ぼぉーっとしたら佐賀県通り抜けて福岡に戻ってきてた

 博多に到着したハウステンボスのクロハ782−503

 クロハ884−9

 クモハ783−8。さっき乗ったのはこの車輌・・・

 クロハ884−9。入換して入線。乗車のソニック37号になった。ハウステンボスから直ぐの乗り継ぎで「きらめき」があったが、今回は少しずらしてソニックにした。885系に乗りたかっただけだ

  博多→小倉:モハ885−202 15:57発 3037M 特急ソニック37号「大分」 2号車6A 指定席

<折尾>

 おーう!?早岐まで行くの?この415系は。ロングシートで?今から??
 2945M門司港を15:36発、鹿児島本線長崎本線佐世保線を辿って、早岐到着は20:56。全駅に停まって延々5時間20分かかって九州の東から西まで走行する。今、僕が乗ってきたルートを逆に辿って行くわけだが、倍以上の時間が掛かっているぞ?恐ろしい・・・
 いやぁ、恐ろしいものを見た・・・・・・・
<スペースワールド>

 読めねえ
 ともかくとして、停まった。停まる駅ではないが、停まった
 先行列車が踏切支障で止まっているそうだが・・・

 運転再開
<小倉>

 新幹線ホームである。たったいま、博多から到着したが、さっそく博多まで戻るのである

 500系こだま!
 ひさびさに500系乗りたくなって、わざわざ小倉まで来た

  小倉→博多:521−7006 17:02発 こだま743号「博多」 1号車3A 自由席


 先頭部の苦心が窺える。前2列は2+2

 あんなに「く」って曲がっている鉄道車両もなかなか無いよな
 1時間半ほどで博多まで戻ってきた・・・

  博多→福岡空港:クハ303−3 17:36発 1652C 普通「福岡空港」


 久々に303乗った
<福岡空港>
 出発まで2時間以上あるので飛行機ウォッチング。まだ辛うじて明るい

 しかし逆光だな・・・ポケモンジェット

 今までで一番近くで見たエンブラエル。オレンジはJA05FJ、少し胴体の長いERJ175

 ブリッジが外れて出発

 キャプテン手を振くれてますwwwいってらっしゃーい

 プッシュバックしてゆくオレンジの目の前をグリーンのJA04FJがスポットイン。こちらはERJ170

 レインボーカラーを残すJACのQ400。まだ居たんだな。最後のレインボーカラーJA842C

 ライトブルーのJA02FJも降りてきた。福岡に居ればFDAの機材は簡単に全機撮影できそうなくらいにたくさん降りてくる。本拠地の静岡よりもずっと撮影しやすいと思う
 19時半くらいに出発ロビーへ。乗るのはちっこいヒコーキなので歩いて飛行機まで行くよ

 ぽてぽてランプを歩いて飛行機へ

 ブレてんな・・・。タラップも自前だよ

  福岡→鹿児島:JA8594 SAAB340B 20:10発 JL3659 「鹿児島」 10A

 サーブ初めて!!プロペラ機久々。前回Q400乗れなかったから、多分フォッカー以来だな。JACにいたってはYS以来だ
 36席なので機内はこじんまり。乗客は・・・10人くらい。かつてはたくさん飛んでた福岡〜鹿児島便も新幹線開業後にはごらんの有様で減便に次ぐ減便。博多駅から福岡空港〜鹿児島空港から鹿児島駅まで時間に入れると、新幹線で博多から鹿児島中央までの時間に匹敵する。単純に、飛行時間だけなら新幹線の半分。しかし、飛行時間と同じくらい、空港から中央駅までバスに乗らなければならないのがネック
 値段はトントン。というか、早期購入割引なので今回は6000円で乗っている。これは新幹線よりもかなり安い
 席は1+2の3アブレスト。一番後ろは職員のデッドヘッドだな・・・
 左側1人席を占領。夜の九州のフライトを楽しむ。プロップなので高度は低いが、はっきり言ってどこがどこやらわからん。土地勘無いからな・・・東京〜大阪なんて何度も乗っているから夜でもどこ飛んでるか解るのだが・・・
 明るい時間に又乗ってみよう。今度は宮崎便だな。宮崎はまだ結構便数あるから
 一旦鹿児島空港をオーバーシュート。錦江湾側からアプローチ。殆どフライトの終わった鹿児島空港に到着。離島便のサーブ、Q400の列線に並んでスポットイン。鹿児島はプロペラ機がわんさかいて楽しい

 鹿児島空港に到着したJA8594。バスの中から
 鹿児島ではバスで到着ロビーへ。鹿児島市内へのバスも最終便。乗せるだけ乗せてゆくみたいで出発時刻は過ぎてゆく・・・

  鹿児島空港→鹿児島中央駅:南国交通 9:10 「鴨池港」


 鹿児島中央駅着いた。もうホテル入って寝るだけだ・・・


<3/28>


 ホテルの窓からおはようございます。今日も天気は良さそうだ
 さっそくチェックアウトし、鹿児島中央駅へ

  鹿児島中央→隼人:キハ147−1025 9:25発 6022D 特急はやとの風2号「吉松」 2号車自由席

 平日の朝っぱらから混んでいる。運転台直後のロングシートに

 ベースがワンマン改造されたキハ47だからか、この部分はロングシート。木の窓枠が出っ張っていて、背をつけると突き刺さる。痛い・・・
 定員はそんなにかわらないのだから、ちょっと広めのボックスシートとかにしてくれないだろうか。真ん中に固定テーブルを置いた幅広ボックスとか
<鹿児島>

 鹿児島にはまだ485が留置されていた
<隼人>
 
 隼人で下車。このまま乗っていって、吉松から乗り継ぐ方法もあるが、列車が隼人始発なのでここで下車

  隼人→都城:キハ40−8056 10:32発 4224D/2928D 普通「都城」

 肥薩線から吉都線に入って都城まで直通する列車。隼人から都城へ「まっすぐ」行こうとする人間が乗ると大変なことになるw
 まっすぐ行けば普通列車でも50分で着く。一時間後に出る列車がこちらより30分は速く着く・・・
 キハ40単行はエンジンを唸らせながら峠目指して登ってゆく。鹿児島は開花宣言がされたが、まだそれほど多くの桜は見えない。しかし、日差しは完全に春だなぁ・・・
<栗野>
 
 交換待ちプチ下車。キハ40−8056を撮る

 長閑である
<吉松>
 
 ここから吉都線に入り、列車番号は2928Dに変わる。時間調整があるので一服
 かつての鹿児島本線の要衝で宮崎方面への分岐駅だった吉松。構内は広く、いまでも長いホームに往時が偲ばれる

 となりには「しんぺい」のキハ40.殆どの客はこちらに乗り換えた
 9分ほど停まって、11時53分、いよいよ吉都線にはいる。こちらも本線格なのだが、いっきに落ちぶれた感じがある。肥薩線は急行廃止後も観光特急が復活したりして明るい話題もあるが、こちらは完全にローカル線に転落して普通列車しか走っていない

 吉松〜都城間で街っぽいのは小林くらいだろうか?

 なんとなく停まったところにあったので撮影した日向前田
 もっと山の中を走るのかと思っていたが、比較的広々としたところを走る。つまり、刺激が少なく・・・眠気が・・・・・・・・・
 3時間かけて都城着。直ぐの乗り継ぎで宮崎行きに

  都城→南宮崎:クモハ817−16 13:23発 6878M 普通「宮崎」

 かつて水害不通で乗れなかった区間。青井岳とか田野とか見てみたかった区間だ。信号所があったり鉄橋トンネル目まぐるしい。吉都線での退屈が嘘のようだw
<南宮崎>
 
 南宮崎到着。これで日豊本線全線完乗。長い道のりだったw
 前回ここに来たときは寝台特急「彗星」で。彗星はなくなったけど、駅の雰囲気は変わってないなぁ
 ここから日南線だが、その前に宮崎空港に寄り道

 あ、まだこれ走ってんだwww
 見た目は国鉄が作った普通の近郊型電車である。2ドアで両開きドアで、仙台辺りで似たような電車がたくさん走っていた・・・
 むかし、九州が国鉄本社に泣きを入れて作ってもらった試作近郊型電車、713系900番台がその出自である

 !!?
 水戸岡やりやがった・・・かつては何の変哲もないBOXシートが並んでた。宮崎空港線開業時に、シャトル列車に仕立てるために、魔改造された・・・結果がこれである
 485系からかっぱらってきた「リクライニング」シートが付いてる。無駄に豪華。あと、こういうことすると必ず起きる、窓配置と座席の不一致は上写真でわかるとおりにしっかりと再現されている
 この車輌。900番台を名乗っていたが、近年、制御機器が更新されて0番台になったそうだ・・・

  南宮崎→宮崎空港:クモハ713−1 14:23発 737M 普通「宮崎空港」

 日南線を1駅。田吉まで走って、田吉から左へ分岐。高架を駆け上がると宮崎空港到着
 
 ハイパーサルーンと並んだ。一旦改札を出て直ぐにまた切符を購入して戻る

  宮崎空港→田吉:クモハ713−1 14:34発 736M 普通「延岡」

 同じ列車である。というか、同じハコである
 
 一つ目の田吉で降りて、今度は日南線の列車を待つ

 待合室だけの駅

 ホーム狭いぜwww

 望遠で宮崎空港を見る。こんな距離感。ランウェイエンドに行くなら田吉で降りて歩いたほうが近い。地方空港にしてはトラフィックが多いが、居るのはJALのMD−90だけだ

 福岡からのダッシュ8Q400が着陸。九州島内の高頻度運航路線の一つが福岡〜宮崎便。鹿児島便もそうだったが、新幹線開業で一気に半減した
 かつてはこの路線もANKとJAC、JASがプロップやジェットをばんばん飛ばしていた。今の主力はQ400。鹿児島線よりはまだまだ便数も多いが、高速道路の開通でバス利用への流出もある
 それでも、宮崎へは空路が最短最速である。鹿児島と異なり、市内中心部へは鉄道でアクセス容易なのも強味だ
 先ほど、宮崎空港で見た783系の回送列車を見送り、日南線列車の到着を待つ

  田吉→油津:キハ47−8052 14:55発 1941D 普通「油津」

 キハ47の2両連結。混んでいるわけではないが、BOXは全て埋まっている。学生連中はだんだん下車してゆくだろうから、とりあえずロングシートに横向きに座って海を眺める
 一昨年の年末に指宿枕崎線乗って以降、九州で一番難易度の高いのが日南線であろうかと。この路線に乗るだけで1日の大半を消費するのでプランニングが難しい。当初は宮崎に泊まり、朝の直通で志布志を目指そうと考えていた
 結果として午後に乗るハメになったけど。日南線はなんせ長距離なので全線を通しで走る列車が少ない。殆どが油津で止まり、その先に接続の無い列車もある

 運転台撮って見たり。ワンマン運転の後の車輌は乗客の動きが少ないのでやりたい放題であるw
<内海〜小内海>

 この辺りが「鬼の洗濯岩」である

 砂岩と泥岩の重なる層が波食により洗われ、軟らかい部分が削られて出来たもの。巨大な洗濯板のように見えるのでこの名がついた
 どうやら、宮崎県は2007年より「鬼の洗濯板」の名前で統一するようにしたらしい
<小内海>

 シーズンには海水浴客なんかで賑わうんだろうな
 かつては日南海岸、青島は新婚旅行のメッカだったんだ
<油津>
 
 1時間ちょっとで油津到着。フェニックスがいかにも宮崎、日南の趣

 乗ってきたキハ47−8052
 油津は沿線の中核都市。列車の大半がここで折り返すのは先述の通り。運転系統も輸送密度もここを境に変わる

 向かいには「単行」の志布志行。通学の学生ですでに満載

  油津→志布志:キハ40−8104 16:16発 1943D 普通「志布志」

 席は全く空いていない上に通路も混み合っているので運転席の後で前を眺める。しかし、正規運賃払っている客が座席にありつけず。破格な割引運賃の学生連中が我が物顔で座席を占有している事態には疑問を覚える。日南線に限った話ではないが・・・
<串間>
 殆ど下車して車内は閑散。ここが宮崎最南。つまり、通勤はともかく、通学輸送はここまでということになる
<福島高松>

 名前は立派そうだが。一日平均乗降客が4人というローカル駅。しかし、1人乗ってきた!
 駅としてはここが宮崎南端になる。もともとは仮乗降場だった
<福島高松〜大隅夏井>

 沈んで来ましたなぁ・・・
<大隅夏井>

 ここから鹿児島県再び。日南線末端の大隅夏井、志布志だけが鹿児島県内にある
<志布志>

 夕闇迫る志布志に到着

 ホームは片面1線行き止まり。留置線が1本。かつては交通の要衝で機関区まであったのだが・・・
 ここから大隈線が鹿屋を通って国分へ、志布志線が都城へと延びていた。鉄道で大隈半島を縦断したかったが、その夢を果たすことはもはや出来ない

 小奇麗だが、夕方でも人気のない志布志駅を後に、至近のホテルへと急ぐ。余り期待していなかったが、志布志にも何軒がビジネスホテルがあり、その一軒に泊まる事にした

 ホテルの窓、カーテンを開けると、丁度志布志線のキハ52が発車してゆくところだった
 17:33発の436D都城行だな・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘘だが

 ちなみに、手元にある1978年の時刻表だと、乗ってきた列車と全く同じ時間帯に宮崎発志布志行337Dがあり、17:21に志布志到着。そのまま列車番号を436Dに変えて33分発となり都城まで走る。都城到着は18:51だから、志布志線が存続してたらこのまま都城に出て泊まりだったかもね
 ちなみに、大隈線の方は1時間待ち合わせて18:25発637D垂水行。垂水から先へはもういけない。古江より先へは終列車になる。この後にあるのは古江行639D、最終鹿屋行641Dだけである
 637Dは垂水には20:25に着いているので、鹿児島への21:00発のフェリーに乗ることが出来る。しかし大隈線てのは全線乗ると3時間もかかるんやね
 とりあえず、まだ辛うじて日没まで時間ありそうだし、アレを見に行くか

 宿から歩いて10分ほど。鉄道記念公園に

 かつての志布志駅はこのあたりにあった
 
 C58 112号機
 九州地区ではもっとも最後まで蒸気列車が残った。このC58も日南線のC11と共に、最後まで志布志線の客貨牽引に活躍した

 西日を浴びて佇むキハ52 130

 このくらいに切り取ると、現役そのものに見える

 適度にお色直しもされて、とても綺麗な保存状態である
 新製から廃車まで、長年鹿児島地区で使用されてきた由縁で、志布志に保存されるに至った
 118とペアと組み、山野線水俣方面最終列車444Dに充当されたのがこの車輌である
 
 腕木信号機ばかり撮ってたw
 懲りずに・・・

 腕木信号機も撮り飽きたので、港にいってみることにした

 港到着

 丁度カーフェリーが出航していった。大阪〜志布志航路ダイヤモンドフェリー・さんふらわぁである

 大阪に向けて出航してゆくフェリーを見送り、宿へと帰る


<3/29>


 今日も天気は良さそうだ

 これからバスで大隈半島を横断する。バス停は宿の目の前である

 鉄道代替でもあるのだが、それにも増して本数はあると思う。朝6〜8時代の本数は地方の中小都市間バスとしては立派過ぎる
 で、後を振り返ると・・・

 Oh!!ケツァール!!?

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ただのオウムである
 
○ 志布志駅上→航空隊前:三州自動車 8:21発 「垂水」

 いわさきバスネットワークの一つだが。最近、「三州自動車」に会社名を変更したようだ。道理で聞きなれない名前だと思った
 左にちらちらと大隈線跡が見える。国道220号線を西へ。基本的に国道を走るが、すこし大きな町に入るとバイパスしている国道を離れて街中に入り込む。町を抜けると、再び広い国道への繰り返し
 串良とか笠之原とか地図でしか知らない名前の街がたくさん過ぎてゆく。起伏はあるが、元々大きな半島なので広々としている。地理の時間で習った「シラス台地」がこのあたりだ。火山灰土が堆積して出来た台地で水捌けがよすぎて、地中深くまで掘らないと井戸も水が出ない。なるほど、水田の類は皆無である
 9時少し前、鹿屋の町に入る。鉄道はなくなったが、かなり大きな町である。往来も激しい

 鹿屋の中心部を抜けてすぐ。航空隊前で下車。降りたのはうきは1人きりである。田舎のバスではよくあることだが

 今日、最初の目的地。海軍・・・じゃなかった、海上自衛隊鹿屋航空基地である
 門扉をくぐり、基地内へと続く道路を辿ると、まもなく・・・

 海軍二式大型飛行艇が見えてきた

 かつて、東京の船の科学館に展示されていた頃に一度見えた二式大艇

 大隈半島のど真ん中。鉄道はないし、そもそも鹿児島そのものが遠い

 再会するにはハードルは高かった

 二式大艇の特徴。波消し装置の「カツオブシ」も見れる。屋外展示だが保存状態は悪くない
 これだけの大型機だと屋内展示は難しいだろうが、でも米国なんかだとB−29が丸々入る展示室を用意したりしてるのだし、そのくらいの熱意は欲しいな
 世界に誇る高性能飛行艇なんだから、もう少し良好な保存状態にて展示してほしい。日本は工業遺産に対しては冷淡だからな・・・
 ああ、やはり無理して見に来てよかった。次はいつ来れるか解らないし。やはり屋外展示ゆえに老朽化してゆくだろうしな
 ひとしきり見て周り、海自の管理する資料館へと赴く
 資料館の周りにもいろいろ展示物があるので、まずはそれを

 魚雷など

 大戦中に製作された海軍の酸素魚雷は世界有数の高性能を誇っていた。航跡が見えない魚雷となれば、撃たれた方の心理は恐怖以外の何物でもない
 
 栄エンジンとペラ。ひん曲がっているのは海上不時着水か墜落したためだろう。漁師さんの網に引っかかってあがってきた

 天山艦攻のペラ

 やはり海中よりあがってきたので、ペラはひん曲がっている。高速回転しているプロペラも、水の抵抗をうけると簡単に曲がってしまう

 正直、ぱっとこれを見せられてもなんだか解らんw
 解説によると、川西・紫電改搭載の誉エンジンだという

 小型軽量高出力で、素晴らしくぶっ壊れやすいと現場から諸手の大絶賛だった誉エンジンである
 このサイズで2000馬力級エンジンを作った設計思想は世界を抜きん出ていたが、いかんせん基礎工業力の低水準、更にはこのエンジンを製造していた年次の工業力そのものの退化はいかんともしがたく、はっきり言ってまともに動く代物ではなかった・・・

 誉と桜

 逆光だ・・・
 海自の基地なので、展示機も海自機ばかり

 二式大艇の進化形がPS−1/US−1といえよう。これまた世界最高峰の対潜哨戒/救難飛行艇

 後から。大きすぎてまともに撮れないw海自は大型機が多いので、こうした展示物も外に置かざるをえない。だいぶ塗装もヤレてきてんな

 P−2J。これも退色がひどい。#83はP−2Jの最終号機で94年まで鹿屋航空隊で飛んでいたもの

 もう一機、#71も展示。こちらは2007年に再塗装作業がされているが、5年の歳月でやはり退色が進む
 使わない(飛ばない)、定期整備をしない航空機ってのはやはり傷むんだね

 翼端のサーチライト
 
 #71の尾翼。第7航空隊は2008年に解隊されている

 P2V−7。P−2Jの原型機で、こちらはレシプロエンジンである

 富士重工製KM−2。T−34メンターから派生する一連の練習機のうちの一種。 1998年に最後の2機が退役
 海上自衛隊向けに並列複座に改造されている。T−34を基本に、空自向けタンデムがT−3→T−7と進み。海自向け並列がKM−2→T−7へと進化している

 R4D−6。いわゆるDC−3だが、機上作業などを行う多用途機。展示機はレーダー妨害ECM訓練機で、機首のレーダーや背中のこぶが印象的
 国内にある唯一のDC−3とされている

 60〜70年代の主力艦載対潜哨戒機S2F−1トラッカー。60機が米軍から供与された
 派生型にでっかい甲羅を背負ったAEW機E−1トレイサー、輸送機型のC−1トレイダーというのがあった

 ツインビーチ。アメリカ本土なんかいくと、こいつでスカイダイバー輸送をやってたりする

 T−6テキサン。今でも現役機が世界中でたくさん飛んでいる
 尾輪式であることを除けば今でも十分練習機として使える・・・・・・と思うw
 ひとしきり展示機を撮ったので、資料館へ。あ、回転翼全然撮ってねぇなw

 鹿屋基地資料館へ
 前回の知覧と異なり無料。さすが「公営」であるwww記帳は求められたので、名前と住所だけ書く
「東京から!?」
 と驚かれた。時間的な問題だろうか?まだ朝九時で開館直後だし。それとも「東京」から来る様な人間は余りいないのだろうか・・・
「・・・『元』って」
 氏名を書いて突っ込まれた。ウチは「本」じゃなくて「元」なんだよ。これ、九州の特徴。つうか、うちの苗字は鹿児島に多い。というか、鹿児島出身であるw
「私は東京生まれですが、父親まで鹿児島です」
 と答えて入館
 知覧は「特攻隊」に特化した資料館だが、こちらは広く海軍から海上自衛隊までの資料が展示されている。その中にはもちろん特攻隊絡みの資料も多い
 特攻隊といえば知覧が有名だが、特攻に出て行った機数、人員共に、鹿屋が最大規模であった。そもそもが海軍が範疇の海上特攻であるから、海軍基地のほうが多いのは理にかなっている

 館内は基本的に撮影禁止だが、零式艦戦のみは撮影可能とのことだった

 なのでいっぱい撮ったw

 サークルが前方についているから九八式射爆照準器だな。ちゃんと光が入りそうである

 展示機は「五二甲型」とされているが、錦江湾と吹上浜(共に鹿児島県)から引き上げられた「二一型」と「五二型」を組み合わせて復元されている

 ペラはオリジナルだって。裏側黒くないんだな・・・

 HSS−2に乗ってみた

 HSS−2の操縦席
 海自の資料もたくさんあって楽しい。しかし、今日中に「久留米」まで行かなければならないので、1時間程の見学で撤収

 マクドがあったので、バス停一つ歩いた
 なんか馴染みのある名前だけど、こうゆう名前はきっと日本全国どこにでもあるwつか、前は違う名前だったでしょ?

 頭上をSH−60Kの編隊が過ぎる。今回、鹿屋では回転翼機しか飛んでる姿をみなかったな。あと、OH−6D見たけど、あれ、2011年6月に運用終了してるはずなんだけど?

  桜ヶ丘→垂水港:三州自動車 10:37発 「垂水中央病院」

 40分くらいで垂水港に到着。チケットを買って待つ
 けっこう乗船客多い。大隈半島南部から鹿児島市内へは最短、最速ルートなのである

 鴨池からのフェリーが車を吐き出している

 フェリーターミナル。待ち時間なく乗船

 フェリーターミナルから桜島はやや遠く見える。噴煙上がってるな・・・

  垂水港→鴨池港:おおすみ8 11:20発 「鴨池港」

 所要は約35分。陸路だとその3倍はかかる

 出航。さよなら大隈半島

 後部デッキで潮風に吹かれながらタバコ吹かすのよ。気分最高

 鴨池からの便とすれ違った

 海上から桜島をみる。うん、煙あがっちょる

 鹿児島が近付いてきました

 まもなく、鴨池港に到着、接岸。内海なので揺れも無く快適な船旅だった

  鴨池港→交通局:鹿児島交通 12:10発 「山形屋BC」

 鴨池港は鉄道各駅からは少し離れている。もちろん、歩いて行こうと思えば行ける距離だが、案牌のバス利用。そのまま鹿児島中央駅まで行くつもりだったが、市電の線路が見えたので衝動的に下車
<交通局>

 614が手前に居たのでまず1枚
 
 裏から605を

 主力車の面々
 あまり時間があるわけでもないので、この位で撤収

  交通局→郡元:9205 12:35発 「谷山」

 乗り継ぎ券貰って、鹿児島駅行きに乗換え

× 郡元→中央駅:2002B 12:52 「鹿児島駅」


 鹿児島中央駅到着

  久々のJR・・・っても昨日ぶりだけどw

  鹿児島中央→川内:クハ816−1007 13:26発 2442M 普通「川内」


 気持ちはわかるが、落書きはしちゃかん
 十分新しいじゃない。広島とかに比べればwww

 川内に到着。いよいよ残りも少なくなってきた

 このまま肥薩おれんじで北上したいところだが、時間がえらくかかるので、今回は見送り。また来るよ

 全線開通で、かえって影が薄くなった感のある800系
 大阪方面運用に入れたら、もっと脚光浴びるんだと思うが?中間車2両挟み込んで8連にしたらどうかとも思う

  川内→久留米:787−7004 14:51発 560A さくら560号「新大阪」 4号車6D 指定席

 なんだかんだで、もう3度目か、この区間は・・・

 久留米到着。あっという間
 朝、志布志を経って、16時前には久留米に着いている。結構な移動距離だが、新幹線の時短効果はハンパない・・・
 今日は久留米泊。とりあえず、駅前のホテルに入って、出直す

 とんこつラーメン発祥は久留米なんだ。福岡=とんこつラーメンだが、博多とか都市部かと思ってた
 せっかく福岡県下まで来ているので、西鉄電車に乗りたくなった。久留米にはJR久留米と西鉄久留米の二つの駅がある。どっちも久留米なのだが、実はこれ、2キロくらい離れている
 どちらかというと、西鉄久留米の方が栄えていて、ホテルもそちら至近のほうが選択肢はたくさんあったのだが、翌日以降の行程を考えてJR久留米駅前のホテルを予約した

  JR久留米→西鉄久留米:西鉄バス 16:28 50系統「筑後船小屋駅」

 距離があるが、路線バスが相当高頻度に走っているので移動そのものには苦労はしない。「金をかけずに」という縛りをつけると難儀するが・・・徒歩だとちと骨が折れる
 西鉄駅前をプラプラして、西鉄電車に乗る

○ 西鉄久留米→花畑:5104 17:18発 急行「花畑」

<花畑>
 
 たった1駅だから直ぐ
 急行が折り返す駅だし、栄えているのかと思いきや、そんなことはなく・・・だいたい隣の久留米があれだけ栄えていれば、わざわざこちらに店舗や商業施設を誘致したりしないだろう。久留米市内の住宅地の真っ只中という感じ

 急行接続の各駅停車7154F大牟田行
 大牟田までは結構距離があると思うが、しかも本線なのに2連でワンマン・・・

 戻る列車はさっき乗ってきた急行の折り返し。これでは面白くないので・・・

 続行の各駅停車に乗ることにした

  花畑→西鉄久留米:7504 17:37発 普通ワンマン「甘木」

 甘木線に直通する
<西鉄久留米>
 戻ってきた
 ホームの先っちょで定点観測

 普通柳川行。この辺りの普通は2連ワンマンだけかと思ったが、さすがに夕方ラッシュ時は長いのも走るか?5103以下の6連

 3509F普通福岡天神行。急行運用でしか乗ったことがない西鉄の最新鋭車。普通運用もあるんだな

 普通、急行共に5000

 西鉄の特急用フラッグシップといえば、2ドアの8000だが、ラッシュ時には輸送力確保のために5000系の特急が走る
 2ドアで通勤通学客を捌ききれない8000は混雑の少ない大宰府線に閉じ込められたり、車庫に引き上げたりする

 6503F普通福岡天神行。正面から見ると5000と全く見分けがつかない6000は西鉄初の4扉車である
 20分くらい電車見てたが、そもそもこの時間帯はアイスキャンディー色の電車しか走ってこないので、飽きて撤収

  西鉄久留米→JR久留米:西鉄バス 15:56発 50系統「JR久留米駅」

 帰りもバスに乗る
 駅前に戻りホテルへ。
 食事し、酒を呑みながら外を眺める。目の前には久留米駅。鹿児島本線、久大本線がよく見える
 この先夜行列車のオンパレードだ。17時半の東京行き「はやぶさ」18時前の「みずほ」は久留米通過。間に大阪行の夜行急行「阿蘇」、少し空いて19時に明星1号、明星3号、明星2号の順に大阪行き寝台特急が立て続けに行く。2号と3号の順番が逆なのは、3号は原田から筑豊本線を経由するからで門司以降は号数の順番どおりになる。その後、明星4号。21時を廻って「なは」、夜行ではないが、22時過ぎに「おおよど」、明星5号、日付が変わる前後に6号、7号と続く。その合間合間に「有明」や急行ぎんなん、火の山、由布、かいもんなどが通過してゆく鹿児島本線も優等列車銀座だな・・・・・・・・・・
 まぁ妄想であるが・・・※参考1978年1月時刻表

 今日も濃密な一日でした まる


<3/30>

 最終日でござい。今日から天気が悪くなるようだが、とりあえず日中は持ちこたえそう・・・


 ホテルから。こんな風に見えるので、列車が来るたび気になって眠れなかったwww貨物は独特な音がするんだよ。これでほんとに夜行列車、優等列車全盛期だったら夜中まで眠れなかったぞw


 さて、本日最初の列車は久大本線1839D。キハ125−22

  久留米→夜明:キハ125−22 9:14発 1839D 普通「日田」

 ラッシュとは逆向きなので空いている。久大本線乗るのも久々である

 50分程で夜明到着。大分県立ち入り。これで今回九州全県制覇w
 乗り継ぎの列車は直ぐ目の前に停車中。乗換えも2分程度しかないので慌しい。日田彦山線に乗り換えて、早くも大分県を後にする

  夜明→田川後藤寺:キハ147−1043 10:07発 946D 普通「小倉」

 日田彦山線はね。結構むかしに乗ったの。前回は小倉から夜明に出て、久留米だったけど。今回は逆ルートね
<筑前岩屋〜彦山>

 二又トンネル「だった」付近。橋の後方掘割になっている部分はかつて一つの山で、鉄道はトンネルを用いて通り抜けていた
 終戦当時、日田彦山線は手前の彦山駅まで。夜明側から宝珠山までは開通していたが、彦山〜宝珠山間は戦争激化によるトンネル掘削遅れによってまだ全通していなかった。戦中、陸軍はこの未開通区間の掘削が終わっていた二又トンネルと吉木トンネルを弾薬倉庫として使うこととした。折りしも小倉地区空襲により、火薬倉庫が消失しており、火薬の置き場所を探していたところ、このトンネルが防空上も好ましいとして接収された。最終的に、終戦時には532000kgもの弾薬が格納されていたといわれる
 終戦後、進駐軍はこのトンネルを接収。他の多くの日本軍備と同様に、この大量の火薬も焼却処分とすることにした。爆薬、火薬という明らかに「火種」に過敏なものを「焼却処分する」という発想がそもそもナンセンスな気もするが。「安全に燃やせる」と判断され、そして処分は決行された
 1945年11月8日。15時に導火線から火薬に火が放たれた。責任者だった連合軍将校は点火から焼却開始を見届け「危険はない」と判断し、15時半頃に現地を後にする。その後現地で監視と、人払いを行ったのは近隣の巡査長だった。16時半頃、燃焼する火炎が巨大化し近隣の住居に類焼。消火活動も捗らず、次々と民家に類焼してゆき辺りは大火災の様相を呈してきた。17時20分、とうとう二又トンネルの火薬群は大爆発を起こしトンネルもろとも上部の山を吹き飛ばした
 吹き飛ばされた土砂や岩石が周囲の民家を直撃。岩弾に当たったり、土砂に埋もれて民家135戸が被害を受け、147名死亡、負傷者149名を出す大惨事となった
 詳しくはこちら「二又トンネル爆発事故」を参照
 そういう、悲しい歴史、事件を経験した土地である。現在、その痕跡は殆どなく、僅かに踏切の名にそれが残るだけである

 田川後藤寺に到着したキハ147-1043
 接続よすぎて余り時間がない、小走りに跨線橋を渡る

 田川後藤寺で客待ち中のキハ31−7

  田川後藤寺→新飯塚:キハ31−7 11:19発 1548D 普通「新飯塚」

 上下日田彦山線の連絡を受けて発車。かなりの乗車率で立ち客も多い。JR九州のキハ31はこれが初めて
 後藤寺を出ると左へカーブしてゆく。右手には削り取られて異様な香春岳が見える。隣の船尾はセメント工場の真っ只中。かつてはセメント積み出しで賑わったそうだが、現在は例によってトラック輸送に切り替えられて貨物扱いはない
 かつてはキューロク撮影で賑わった峠を越えると筑前庄内。ここも貨物の積み出し設備があったが当たり前のように撤去されていて何も残っていない
 左、右と大きくS字を描くと下鴨生。ここからは上山田線の下山田までを結んだ漆生線が出ていた。全国でも有数の赤字ローカル線で特に漆生〜下山田間を走る列車は一日3往復しか存在しなかった。1986年に廃止。接続していた上山田線も1988年に廃止となっている。なお、上山田線は筑豊本線の飯塚から日田彦山線の豊前川崎までを結んでいた。この辺りには筑豊本線と日田彦山線を連絡する路線が上山田線、後藤寺線、伊田線とあり、さらにそれらの線を結ぶ漆生線、糸田線がある。日田彦山線の田川後藤寺をバイパスする添田線があって、伊田線の延長で日豊本線の行橋まで延びる田川線など非常に複雑な線路を構成している
 もうめんどくさいので、これを見てくれ

 1978年の時刻表から抜粋。筑豊線群のカオスっぷりの片鱗がまだ残る。既に廃止された路線もあるし、これには貨物専用線が載っていないので、実際の地形図ではもっと夥しい数の鉄道線路が書き込まれている
 さらに、運行される列車も線路名称に則って走るわけでなく、さまざまな方向から乗り入れしているので更に難解さに輪をかける
 脱線した。架線柱の列が近付いてくると、終点新飯塚

 新飯塚に到着。後藤寺線乗車をもって、JR九州全線完全乗車!筑肥線の伊万里か、日南線志布志辺りで完乗を迎える予想だったが、反して新飯塚で
 JR九州全線完乗の喜びに浸る暇もなく、直ぐの連絡で博多行き快速電車に乗り込む

○ 新飯塚→博多:クハ816−2005 11:40発 4633H 快速「博多」
 
 新車のようにすごく綺麗・・・というか、新車か?匂いが新車のそれである
 ロングシート2連で混んでいるので運転台後ろにかぶりつき。この辺りは10年ぶり。篠栗は夜だったし、初めて見たいなものだ。前回はキハ200「赤い快速」だった。電化直前で、筑豊の客レに乗りに来たんだった。10年一昔である
 福岡の都市近郊だが、桂川から先しばらくは山中を縫うように走る。長大トンネル橋梁で山間部を走る抜けるかなりの山岳路線である

 ドンツキの博多駅8番ホームに到着
 そのまま新幹線乗り場へ。在来線で行く方法もあったが、こないだ乗ったし、新幹線でスキップ

  博多→小倉:786−3510 12:30発 のぞみ32 「東京」

 3号車デッキ。座るほどでもない・・・

 くそ狭い喫煙所で10分ほど・・・

  小倉→門司港:サハ813−205 12:49発 150M 普通「門司港」

<門司港>

 門司港到着

 久々の門司港。あれだ、北九州からJASのMD87乗ったとき以来だ。つまり、筑豊の50系客車お別れ乗車の時以来だから10年ぶりだわ

 改札口に向かって左側、ひっそりとした通路の奥

 関門連絡船の通路跡が残る
 関門航路は1901年に山陽鉄道(後の国鉄山陽本線)が徳山〜門司航路のルート変更によって運行開始された。それまでは鉄道は徳山止まり。徳山から九州鉄道の門司へ至る区間は鉄道連絡船によって輸送が行われた
 山陽鉄道が下関(当時の馬関)に至るとともに、徳山航路は廃止され、変わって門司〜馬関航路が開設されたのだった
 戦時中に関門トンネルが開通し、貨物、旅客輸送が鉄道による直通化されると利用者は減少していったが、依然として旅客便のみ減便されつつ残された
 1964年、関門トンネル開通から20年以上も経過した後、関門航路は廃止され現在に至る

 「レトロな」っていうと「今風な」言い方だけど、昔からの佇まいの改札周り

 何度も撮っているけど、やはり1枚くらいは撮っておきたい門司港駅舎。手前のところは噴水になっているが、さすがにこの時期は水は出ていないな

 すぐ隣にある九州鉄道記念館にやってきた。春休み中だし、もっと賑わっているかと思ったが意外と人はまばら

 まず、迎えてくれるのはキューロクの534号機。9600は筑豊炭鉱各線でもっとも多く使用されたカマだと思う

 9600の後ろにC59 1号機。鹿児島本線なんかで特急を牽引した。準鉄道記念物でもある

 C59の後ろ、EF10 35号機。そもそもは本線用の貨物電機であるが、戦時中に輸送力増強用にと過半数が関門トンネル用に使用された。塩害対策のため、戦後に5両がステンレス外板に張り替えられ、他は茶色に塗装されたが24号機のみはステンレス地肌のまま使用された
 後継のEF30が増備されると再び東海道本線などに転属し、1970年代後半まで貨物輸送に従事した。先輪付きで軸重が軽いことから地方線区での運用も多く、末期には飯田線や身延線でも使用された。保存されているのはこの1両のみなので、見るのも初めてである
 大量に作られたEF15と、その派生型のEF16はともかく、その他のF級旧型貨物用機としては本機が唯一の保存例となっている。

 ED72 1。九州向けの交流用電機。客貨両用で姉妹機のED73と共に活躍した。ブルトレの先頭にも経ったが後年はED73、さらにED76へとその任を譲っている。くの字の前面デザインが特徴。うきはが九州に初上陸した頃はすでに引退していたのでこれも初かなぁ

 キハ07 41。九州に最後まで残ったキハ07の一両。宮原線で使用され、廃車後長らく大分運転所に保管されていた

 楕円形の前頭部の半分が運転台

 車内。ドア横はロングシートでドア間はクロスシート。配置は一般的だが、木製の背ずりなど戦前製の面影が残る

 運転席内部。キハ07 41は国鉄最後の機械式気動車の1両。右側に飛び出しているのが変速機レバー。クラッチを蹴飛ばしてギアを入れる、自動車と同様のマニュアルトランスミッション装備で重連総括制御なんてものはなかった

 国鉄最後の機械式気動車、その最後の任務地は肥後、豊後の峠道を走る宮原線だった

 赤髭も凛々しいクハ481−608

 クハネ581−8

 運転席の後ろに機器室があるのがクハネ581の特徴。後に増備されたクハネ583は機器配置変更でここまで客室になっている

 幕は月光。581系は「月光型」と言った

 クハネ581の車内。このくらいの角度で撮ると、オリジナルっぽい。しかし、実はこの車両はクハ715−1の外板のみを原型のクハネ581と同様に戻した状態である。つまり、車内は一部ロングシートでデッキも開放、窓も開閉可能な十字窓だったり、近郊型そのものである
 だったらいっそのこと、715系そのままで展示しても良かったのでは・・・と思う。715系もすでに無いからねぇ

 一番端っこに鎮座するのはセラ1。セラ1239。国鉄唯一の17t積み石炭車である。4129両が製造され、九州の炭鉱で使用された
 記念館本館へと

 入って目の前に古典客車。九州鉄道時代の客車チブ37である。晩年は大分交通耶馬溪線で活躍。同線廃止後は大分県中津市の飲食店で使用されていたが、鉄道記念館開館に伴い移設整備された。明治期の貴重な車両のひとつ

 チブ37の車内。座席は畳である。ダブルルーフで明り取りがあるのがわかる

 客車の前には駅員、弁当売、乗客の少年の人形。当時の旅の様子を再現している

 つばめシリーズ

 このうち乗ったのは「さくら」と「あかつき」だけ、でも「みずほ」とか「明星」懐かしいね

 軌道自転車・・・かと思ったが、動力積んでる!?
 ひとしきり見て回った。実物展示がもう少しあるといいなぁ。きっと九州各地には貴重な車両はもっとたくさんあるはずだし、となりの車庫2〜3線潰してもう少し展示してよwww

 ほら、空いてるし隣の車庫に侵食しても大丈夫だよw

 駅横、ロータリーの片隅に動輪が置いてあった。こうゆうのも、記念館の方においたほうが良いんじゃないかと?

 春休み中は平日でも動いているらしいので、レトロラインに乗ってみようと思う

 起点の九州鉄道記念館駅。棒線である。列車はプッシュプルで走るので機回しは必要ないが、JR線とも繋がっていない・・・
 検査の時はどうするのかと。そもそも、入線させたときは繋がっていたんだからそのままにしておけば良かったのに。んで、臨時でJRの車両入線させたりしてさ
 入線時刻になったので列に並ぶ。車両は指定席、自由席の1両ずつだが、今日は全車自由席のようだ

 一番後ろに乗車

× 九州鉄道記念館→関門海峡めかり:トラ702 14:00発 「関門海峡めかり」


 列車は前後に機関車が付くプッシュプル。うしろはDB102

 入れ替え用のディーゼル機関車と二軸貨車なので走行ものんびり
 門司港レトロ観光線は平成筑豊鉄道が運行する観光路線。もともとは門司港から外浜までのJR貨物線と、北九州市の田野浦公共臨港鉄道である
 貨物線敗戦後に譲り受け、観光資源として復活させた。機関車は南阿蘇鉄道から、客車(トラ70000改造)は島原鉄道からやってきた

 途中駅もある。この列車座席定員制なので、満席だと途中駅からでは乗れないこともあるそうだ

 関門海峡大橋が見えてきた

 港の脇をゆっくりゆっくり走ってゆく

 トンネルに入ると客車の天井には魚たちが浮かび上がった
 トンネルを出るとすぐに終点。駅の周りが公園になっていて、線路に近づけそうだったので大急ぎでさっきのトンネルのところに

 すぐに折り返してきた潮風号
 こうして見ると、DBの背の低さが際立って見える

 排気煙を残してトンネルに消えてゆく
 DD51が石灰石列車を牽いている時に来たかったねぇ。いつも無いものねだりで後の祭りだ

 駅のそばにはEF30と旧型客車が展示されている

 正直、状態はあまり良くない。客車共々整備して鉄道記念館の方にどうですかね?

 公園の目の前は関門海峡である。対岸、奥が下関の街に繋がる

 こちらは外海。周防灘とか豊後海峡、瀬戸内に続く
 普通の旅行者は、列車でまた戻るんだろうけど、僕は普通でないので、歩いて行くよ

 海を見ながらてくてく歩く

 観光案内の人力車なんかもいたりして

 関門橋と船。狭い海峡をこんなにでかい船が通る

「あんたたち 歩いてきたの?」
 あい、僕は歩いて行くよ・・・
 ちょっと逆だけど「

 じゃぁ下関に向けて歩いて行くよ

 結構、交通量が多い。原付まではここを通れる。走行はできない
「歩いて 押してくんですね バイクを・・・」100円タレント談

 県境。はい、はいります

 山口県側エレベーターホールに到着

 全長は780m。まっすぐ歩いてくれば10分程度だが、写真撮りながら倍以上時間かけて歩いてきた

 人道へのアクセスはエレベーターで

 向かって左のやつは薄ら汚れていてなんか怖いな。しかもボタンない・・・・・・・

 というわけで、徒歩なら無料。原付以下車両は20円
 別に係員がいるわけでもなく、この箱が置いてあるだけである
「100円・・・100円しか持ってないんだよ。さっき渡したんだけどさぁ」
「なにもギリギリの100円ってことはないよね」
「普通ゆとりを見て渡すよ。千円ぐらい渡してくださいよ」
「100円玉一個ってことないだろ」
 大丈夫です。お二人で40円ですから・・・でもさ、これお釣りでないでしょwww千円札渡されたら、960円寄付でしょうwまぁ普通、ジュースでも買ってくずすよね

 そういうわけで、20年ぶりの人道トンネルでした。うん?そう、前に通ったことあるのよ

 山口県側から関門海峡を見る。正面の白い建物が福岡県側人道入口

 海上に向かって大砲が置いてある
 天保製長州砲

 大砲がたくさん置いてある
 長州砲(八十斤加農(カノン)砲)。下関戦争時の壇ノ浦砲台があったのがここである。長州藩はここで米英戦艦に砲戦を挑んだ。もちろん、ここにあるのはレプリカだが、フランス・パリには当時フランス軍が押収した長州藩の砲が今でも残されているという

 下関駅まではちょっと距離があるのでバスに乗る。知らないと「みもすそがわ」とは読めないよなぁ

  御裳川→下関駅:サンデン交通 14:53発 「下関駅」

 
 九州車見納め。下関〜門司間の区間運転415系

 最近、影が薄くなりつつある・・・・・・・

  下関→宇部新川:クモハ105−531 16:01発 3850M 普通「宇部新川」

 昔はJR九州の415系なんかが乗り入れていたが、今では105系。それでも山陽本線を走る105系が楽しそうだったので乗ってみる
<幡生>
 重機の餌にされる103系に混じって、クモハ11 117が留置されていた。せめて屋内に置いておけないものか・・・
<宇部新川>

 宇部新川に到着したクモハ105−531以下3連。3ドアの2連に4ドアの531が1両くっついている

 宇部新川からはクモハ105−12。体質改善車だった

○ 宇部新川→草江:クモハ105−12 17:01発 1852M 普通「新山口」


 無人の草江駅
 なんでこんなところで降りるのかと言えば

 徒歩8分で空港へ・・・
 踏切に立つと目の前に空港ターミナルが見えた。あそこを目指せばいい、迷うことはないな

  山口宇部→東京羽田:JA802A B787−8 NH700 19:55発 29A

 また、802Aか・・・たしかもう普通のカラーのやつ、飛んでんだよな?
 久々の山口宇部から一路最新鋭機で東京へ
 そういや、今回、末期色あんまり見なかったな・・・

 了

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