遠州木曽安曇野紀行


<2012/7/10>

 勤務明けて速攻帰宅出発。9:40には国立府中から中央道おりんりん。静岡方面へ行くので町田から東名という選択肢もあったが、町田までの一般道でタイムロスしそうだったので中央道河口湖から御殿場に抜けるルートを選択

 結構通行量多いな

 ひだりーみぎー・・・今日はどっち行くかな

 はい、ひだーりー

 富士五湖道路。天気はいいけど、富士山は見えない

 御殿場まで1時間程でやってきた。町田周りなら、下手したらまだ高速に乗ってすらいない

 東名道おりんりん

 今回の目的のひとつは「新東名」を走ること。新東名、はいりまーす

 トンネルも明るくて走りやすい。舗装が綺麗で段差も少ないので走りやすい。交通量もそんなに多くない。東海地方の各都市からはずっと山側にずれたところを走っているので、静岡県下の各都市へは在来東名の方が便利だもんね

 清水PAで小休止
「PA」だが、ちょっとした「SA」よりも断然立派だし、かなり濃密。つうか、トイレが凄すぎるwww

 再び西進。場所によっては3車線で広々。しかし廻りは山しかない
 静岡を越えた島田金谷ICでおりんりん
 今回、新東名は浜名湖の先、三ケ日JCTまでの開通で、その先は2014年度開通予定である。現在は静岡県下をバイパスしているだけだが、2014年には東海循環道の豊田東JCTまで繋がるので、伊勢湾岸道から新名神を経由して御殿場から草津まで完全に東名のバイパス経路が出来上がる。現状では三ケ日JCTから豊田JCTまでが在来東名を経由せざるをえないため、どうしてもここがボトルネックにならざるを得ない
 島田金谷ICは大井川鉄道五和駅傍。ちょうど千頭行の近鉄特急がジョイント音軽やかに駆け抜けて行った
 金谷から1号線バイパス。東海道の三大難所のひとつ「小夜の中山」を越えた掛川側日阪宿の事任八幡宮にやってきた

 「ことのままはちまんぐう」と読む

 石清水の系列なんだな。書いてないけど、遠江国一宮である。遠江国はもう一つの一宮、小国神社もあるが、こちらは今回は参拝していない。天浜線の遠江一宮から奥に入ったところにあるようだ
 話を戻す。主祭神は己等乃麻知媛命(ことのまちひめのみこと)、配神は息長帯姫命 (おきながたらしひめのみこと、神功皇后)、誉田別命 (ほんだわけのみこと、応神天皇)、玉依比売命 (たまよりひめのみこと)で三神併せて八幡大神としている
 「ことのまま」の名が「願い事が意のままに叶う」の意味を持つ

 お参り。願いをいのままに叶えてもらおう・・・・・・・フランちゃんください!!
 ここから、諏訪大社下社春宮、戸隠山はほぼ南北一直線上にあるそうだ。まぁ、関係あるのかどうかは知らんけども
 
 大杉

 大杉よりもこっちの方がなんか凄い・・・

 オマケ。いつものやつwww

 再び、車中。ちょっと掛川市内のキタムラカメラ寄ってフィルム購入。え?フィルムカメラだよ文句あっか!!
 掛川から在来東名。段差継ぎ目酷い。舗装酷い。跳ねまくる・・・。浜松までは30キロほどだが、天竜川を越えるルートが少ないので渋滞必至。高速でさっさと浜松西へ

 ハタテチャーン
 姫街道×→姫海棠○
 姫街道ってのは、主要街道の別ルートに対する名称。いわゆる脇街道で、「女街道」とも呼ばれる。この姫街道は東海道見附宿から御油宿まで浜名湖の北側を廻る街道である

 ハチロクブルー。久々に浜松の広報館に来て見た
 駐車場も入館も無料だしなwww

 カーチスC−46コマンドー。入間の飛行点検隊所属機
 C−47ダコタと似たようなフォルムだが、胴体はずんぐりとしていて一回り大きい。レシプロ双発機としては世界最大級。エンジンはR−2800ダブルワスプ。C−47よりも大型なので、エンジンも高出力の2000馬力級を装備している

 H−21フライングバナナ。くの字に曲がった胴体がバナナを連想させる。救難用ヘリとして導入されたが、当時としてはかなり大型なタンデムローターヘリである

 MM14「ナイキ・ハーキュリーズ」の日本版「ナイキJ」1970年代から主力となった地対空誘導弾。最近有名な「パトリオット」の先代ミサイルである

 マルヨン。無人標的機UF−104の塗装が施されているが、698号機は一般型。実際のUF−104は全機撃墜損耗している。撃墜されているから、こうして再現するしかないわけだけど・・・
 外の展示機を見学したので、格納庫のほうへと

 いきなりヴァンパイアトレーナーでキャッキャウフフ

 斜め後から。細いブームで尾翼を保持している

 真後ろから。単発エンジンでコクピット真後ろに装備される

 上から。独特なデザインがよくわかる。ジェット戦闘機黎明期の機体なだけあって、デザインセンスも今とはまったく異なる
 ジェット練習機の評価試験用に1機だけが輸入されたもので、1956年から60年まで浜松の実験航空隊で運用された。実験航空隊は現在の飛行開発実験団の母体である
 幾ら研究用とはいえ、4年の運用期間は短いように思える。補給部品の枯渇から満足に飛行できなかったのが原因のようだが、技術的に見ても特に真新しいものはなく、評価母体としても価値は低かったようである
 退役後は術科学校で教育に使用され、最終的にここに展示されるに至った。しかし、たった1機の試験機が潰されることなくここに展示されているのは物凄いことで、今となっては非常に貴重な展示資料なりえたのである
 そもそも、練習機を作るのに「タンデム(直列)」が良いか、「サイドバイサイド(並列)」が良いかを評価するために輸入したので、技術云々は違うと思うんだ・・・
 F−Xでタイフーンが導入されることはなさそうだし、今しばらくは「唯一のヨーロッパ戦闘機」となりそうだ

 T−33。いたるところでいつでも見れたんだけどねぇ・・・

 斜め後から

 F−1

 T−28トロージャン。ヴァンパイアと同時期に1機だけ輸入された練習機。これも評価試験用に輸入された
 ヴァンパイアは短命に終わったが、こちらはチェイス機や装備品テスト機として頻繁に利用された。さらには偵察機器を搭載して、偵察航空隊向け訓練機としても使用されている

 T−34メンター

 MU−2。救難隊仕様

 飛行状態で展示される零式艦戦。52甲型

 1960年代にグアムから引き上げ復元した機体。帰還後ずっと浜松で保存展示されてきた

 手前からF−1、F−104J、F−86D、F−86F。ぶら下っているのはT−3

 政府専用機の座席。偉い人が座った

 F−2のモックアップ

 噂の心神。これで1/14か・・・
 ひとしきり展示物を見て廻り、外で浜松基地を離着陸するT−4を眺める。E−767は飛んでない・・・
 午後になってかなり熱くなってきたので撤収。ホテルの開く時間を見計らって移動。今日は勤務明けだし、宿に入ることに


<7/11>
 6時おき

 西友さんにお邪魔して、徒歩で自動車学校前へ

 この桟橋良いなぁ・・・でも何で?元々は水気があったのかな?
 目当ての30型は本日25+27の4連でやってきた。毎回必ずカルダンドライブの51がくっ付いているので、釣り掛けだけの4連は初めてだ
 自動車学校前から第一通りまで27に乗る。27はトーションバー
 第一通りで一旦下車。列車が新浜松まで行って帰ってくる5分ぐらいの間で切符を買いなおして再びホームへ
 今度は25の方に乗車して北へ向かう

 25の運転台

 こうゆうふうに広々と眺められる電車も減ったねぇ

 乗務員室扉がオフセットされている。車輌によっては半室運転台でここには仕切りや扉がないものもある

 終点西鹿島の一つ手前、遠州岩水寺で下車。奥が27、手前は25とペアを組むTcの85

 西鹿島へ向けて発車してゆく25
 西鹿島まで乗ってそのまま戻ろうかと思ったが、釣り掛け4連なので沿線で撮影してみたくなった
 となり1駅だし、あまり時間はなく、西鹿島よりに2つほどすすんだ踏切で撮影

 新浜松へ向かう25。上は新東名。もう少し奥へ行って新東名をクリアしたかったが時間がないのと、道路が少し下がっていて撮影し辛い立地になっているので中途半端ながらここで・・・
 もっときちんとロケハンしないといけんね・・・昨日のうちにやっとけばよかった・・・orz
 何度も乗っているけど、遠鉄沿線は殆ど住宅地だからあんまり良いロケーションないんだよね。何とか緑や自然を絡めて撮影したいが、浜松周辺も宅地が犇いているので難しいなぁ
 と、考えつつ、岩水寺に戻る

 駅は改良工事中だった。岩水寺は遠鉄全駅中もっとも乗降数が少ない

 西側に切り欠きのホームが残る。1960年代までは近傍で採掘される石灰石の積み出し駅だったそうで、その名残だろう

 カナヘビも暑さでへばる・・・
 後続の電車で自動車学校前に戻る。そろそろラッシュも終わったようだ

 自動車学校前まで乗った1507

 昔は都市圏でも見られた侵入防止の針山。東京都区内でも構内踏切があった時代は大手私鉄でもこれが設置されていた。最近はバリアフリーだなんだで橋上駅舎化され、構内踏切もなくなって来たので都市圏では見られなくなってきた物件かと

 再びの桟橋である
 新浜松に行った30が戻ってくるのを撮影しようという魂胆だ。車からEOSを持ち出してきたので、デジカメは動画を撮影

■ 遠鉄30(25+27)動画

 朝から釣り掛け堪能、満足したので浜松を離れる。次はこのまま中京圏を目指すので、給油の後浜松西インターから東名道へ

 いきなり事故渋滞ですよぉ・・・

 2キロ15分て言ってるけど、実際はその3倍はかかった

 事故渋滞も解消されて、快走。赤塚PAで小休止

 あの看板を見て欲しい。一瞬で、どこに行くのか判断できるだろうか?それも高速道路の本線、時速100キロで走行中に、これを見て看板のルートを判断できるだろうか?こうゆうのは普段走りなれない人が見るためのものだ・・・しかし?
 どこに連れて行かれるのかわからん看板はあてにせず、「土岐JCT」方面の看板だけ見て進む。東海縦貫道から中央道に入って中津川ICでおりんりん。地図で適当にポイント決めて、

 やってきたのはここ。落合川を跨ぐ橋梁の袂。ここ、定番のお立ち台ポイントなんだって。ネットにも載ってたわw
 天気が怪しくなってきたが、ここで貨物を狙う。ちょっと解り辛いが、望遠で撮ると奥のトンネルから出てきた列車を橋梁上で狙える

■ 露払いの313系 

■ 本命の3084列車 EF64重連

 動画とポジと併せて撮影。列車到着前にちょっと雨がパラついてきたけど、なんとか持ちこたえた
 ここは良いポイントだが、列車が来るかどうかの判断が難しい。トンネルの向こうで列車が橋梁を渡る音が辛うじて接近を予測できる。かすかに踏み切りの警報音もなっていたような気もする
 この後は場所を変えて別の貨物を撮影したい。一気に北上して長野県側で
 19号線を北上。交通量は適量

 きそしん!

 林鉄と併走!!みたいな・・・

 森の中の細道を往く・・・
 これだけ見てると現役みたいだよね!でもね、基本的にモーターカーは運材台車やカブースは牽かないと思うんだ
 この車輌たちは、展示場所正面にあるGSのオーナーさん個人所有である。かつては保存運転も考えていたそうだが、現状では果たして・・・

 上松、木曽福島越えて、一気に奈良井に

 奈良井にある木曽の大橋

 時間あるので、奈良井宿を見に行くことにした

 宿場は線路の向こう側。線路沿いを木曽福島方面に歩く。この線路に並行している道が、奈良井営林署黒川森林軌道の跡と思われる

 これ、「地元民は渡って良い」っていう免罪符なのだろうか。確かに、「通行を許可されている」場合もある。鉄道建設などによってルートの制限を受けた場合に暗黙の了解で「通ってもよい」とされる場合も
 よく見ると、上下線の間にあるロープもこの「踏切」の所は張られていない
 でも横断禁止とも書いてあるね。しかしこのアルミフレームのドアは最近設置されたものっぽいし、そうすると日常的に通行の用に供されているとも判断できる
 田舎なんか、どこにでも「じぶんち踏切」があるけどね・・・

 踏切まで来たら突然警報機が鳴り始めたので慌てて。やってきたのは「しなの」だった

 有料駐車場の隅にC12 199号機が展示されていた
 C12にはデフ(正面左右についてる板)は付いていないのだが、この199号機のように少数機には装着されていたそうだ

 199号機は日車名古屋工場で製作され、新潟や飯山などに配置。最終的に木曽福島機関区で廃車となっている。木曽福島時代は上松構内の入換作業が主な仕事。王滝森林鉄道が運んできた木材を満載した貨車を入換してたんだね
 なお、展示線は用水路を跨いでいるのだが、用水路部分のガーターを見てみるに、これが旧線そのもののように思える。現在、中央本線は鳥居峠を複線トンネルで一気に越えているが、以前は川沿いに大きく迂回するルートを取っていた。この有料駐車場のところから現在線と旧線が分離しているのは簡単にわかるのだが、どうやらC12の展示線はその旧線そのものであるようだ
 わざわざなんで橋の上なんかに置いたのかとおもうが、鉄橋が残っていて、線路の位置決めがしやすかった。また水路がある関係でこの部分に駐車場を作れなかった、等という理由が想像できる

 また電車きた。つうか、こればっかだけどね、走っているのは
 有料駐車場が宿場の外れの辺り。踏切を越えて山際へ出ると奈良井の宿場町である

 途端に旧態然の商家、旅籠が軒を連ねる空間に躍り出る

 奈良井宿は中山道六十九次の一つ、34番目の宿場町である

 木曽路十一宿のうち、江戸側から2番目の宿場で、この先は難所の鳥居峠であることから、多くの旅人で賑わったそうだ

 規模はとても大きく、奈良井千軒などと呼ばれた。江戸側から下、中、上町と分けられていた

 1978年には重要伝統的建造物群保存地区に選定された

 しかし、平日とはいえ人気がなくて幸運であった。商店は半数店を閉めてたけどね

 例の「日野百草丸」本舗。正式には御嶽日野百草丸と言うそうだ。日野市の百草とは関係なく、御岳信仰の行者から伝授された「百草」(胃腸薬)の製造をしていた「日野製薬」が、飲みやすいように丸薬にしたものが「百草丸」なのだそうだ
 日野製薬の百草丸なので「日野百草丸」なんだね。ややこい

 酒!!

 貯木場から駅への小道。軌道跡か
 駅をぐるっと一周

 脇においてあるビニールシートの物体は明らかに鉄道車両である

 サカイの95号機とのことだ。個人所有で、かつてはシートがかけられていなかった
 手前にはレールがたくさん転がっている

 こちらはB型客車

 B型客車の後は運材台車2両。ちょっと木材の積み方が違うw

 台車のアップ。長尺の木材を台車2つに跨って載せて、ボギー貨車状態にして運搬した

 後から。綺麗に整備して展示してもらえると嬉しいなぁ

 柵の構造部材は林鉄レール

 横部材も斜め部材も林鉄レールである

 現在の木曽の大橋と、中央本線の間の緑地がかつての貯木場跡地だという。ここから鳥居峠方面に黒川線が延びていたのだ

 直接高速バスで新宿から乗り付けられるんだねぇ

 さて、時間調整は仕切れなかったが、道の駅にえかわへ移動し、ここで中央西線の貨物列車を撮影。日没ぎりぎりで露出が厳しかった・・・
 そのまま松本に出て零さんと合流。ラーメン食って帰ってきた。中央道は豪雨で見通し悪かったけど、塩尻北〜国立府中はおよそ2時間であった
 奈良井は良い所であったし、近所の平沢は漆器の生産地として有名。次回は平沢の町並みを見てみたい

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