富士山麓中攻を捕捉せよ!!


 表題からモロバレではあるがw
 河口湖にある自動車博物館に出かけてきたので、その詳細をレポートしようと思う。純粋に紀行の体ではないが、公開できる都合のよいスペースがココしかないのでご了承願いたい
 兼ねてから来訪したかった河口湖の自動車博物館だが、年間を通じて8月しか公開されていないとあって足が遠のいていた
 自動車もそうなのだが、独立した航空関連の展示施設もあり、こちらには世界でココだけ、という貴重な資料も多く、なんとか見たいと常々思っていた。先日、世界でココだけといわれている一式陸攻の胴体のレストアが進み、綺麗な姿が一般に公開された。これはやはり見ておきたい。思いは募りつつも、昨年は断念。今年も公開終盤になってやっと出かけることが出来たという按配である

<2014/8/23>
 9時半頃に自宅出発。いきなり渋滞で30分はロスしたが、11時過ぎ現地到着。仲間を待つ
 
 栃木宇都宮からのうさどん氏、関西(!)からの中々氏の到着を待ちつつ、取り敢えずマルヨンことF−104DJが鎮座する自動車館に入る
 両氏の到着を待って、自動車館から見学を開始

 最初の自動車。あんな小さなハンドルで1輪だけの前車輪を回して走った。まさに自転車に動力をつけただけの感じ

 馬と馬車。内燃機関が発達する前は、動力は馬力。馬車が自動車の前身である

 大衆車として成功したもっとも古い車の1つ。フォードT型

 フォードT型のバス。国内では大正年間に1000台程が輸入され、大衆の足として活躍した

 ずら〜り

 英国モーガン「3ホイーラー」。見ての通りの三輪車

 レストア風景かな?

 ブガッティ タイプ57・タンク

 日本の自動車黎明期。オオタ自動車フェートン

 フェートンロードスター。いろいろなバリエーションがあったようだ

 上、2車と似たような形の車だが、こちらはダットサン・フェートン

 この世代のこのデザインの車は基本的に「フェートン」と呼ばれる。車名ではなく、車の形状の名前である

 実際見たことも触れたことも無い車だらけw

 うにゅ。ちと逆光。ダットサントラック。戦中、多くの自動車が戦火により疲弊し、戦後復興に携わるには大規模な修理が必要だった
 ボディも荷台も町工場で叩きなおされたトラック。どこまでオリジナルなのかな?

 ルートを後ろから見ながら。別室へ

 入って直ぐ。奇妙な車を発見した

 フライングフェザー「MK U」・・・MKU???
(日本自動車博物館にて14年4月撮影
 フライグフェザーと言えば↑これである
 住江製作所が1955年から販売したRRタイプの2シーター軽自動車である。前輪ブレーキが無いなど、余りに軽量簡素化し過ぎた上に、メーカーの販売力不足からわずか48台の生産で消えた黎明期の軽自動車である
 フライングフェザーと言えばこれの印象しかない・・・まぁ、これがぱっとイメージできるだけでもどうかと思うがw
 あらためて解説を見てみよう
 スバル360のエンジン・・・つまりは360ccのEK31型だろうか。製造はセントラル自動車。後年、トヨタの自動車を作ったあのセントラル自動車。こちらはセラ等で有名・・・説明版には住江の文言は何処にも無い・・・
 しかし、製作者の富谷氏の存在で一気に話は繋がる。戦前、ダットサンのボディ設計を手がけた富谷氏が戦後住江で製作したのが前述のフライグフェザーなのである
(日本自動車博物館にて14年4月撮影
 フライングフェザーのあと、富谷氏は総FRPモノコックボディのフジキャビンを製作する。独創的なこの3輪軽スポーツカーも85台の生産で終了。この時期の軽量低廉な自動車の製作の難しさを物語る
 以上、二種を経過した後の、本車である

 総アルミの試作車・・・おそらくこれ1台きりの試作なのであろう。よくぞ残されていたものである
 初代フライングフェザー、フジキャビンに比べると幾らか「自動車」ぽくはなっただろうか

 乗員の眼前にまで迫ったフロントガラス。フロントからサイドまでを一枚でかねている。後方視界は無い
 自動車というより、飛行機のコックピット、キャノピーである。恐らく、ガラス一体化されたドア(というかほんとキャノピー)全体が斜め前、上方にスライドすることで搭乗できるのであろう
 一般使用というよりは、レースカーの原型のようである

 F/FU-T。1号車=試作車ということだろうか。併せてTOMIYAの文字と、協力体制にあった「AIDA」の文字が躍る。AIDAはアイダエンジニアリングのことである
 なんでここに来たのか由来は不明ながら、後世まで残していただきたい貴重な車であることには変わりない。てか、もんげぇ興奮したw

 ちっさいのいっぱいかわいい。スバル360。マツダR360。ダイハツミゼット

 このエリアはどちらかといえばスーパーカー展示エリア。275GTB

 365GTB

 512BB。この辺りからはまぁ、見かけても不思議は無いかな?今は少ない??

 一気に現代ぽくなったF50。実は初めて見たw

 おや!?あんなところに!!328かな?・・・・・・・???小さいwww子供向け電動カーだ

 ランチア・フルビア

 ランチア037ラリー。最後のMR4WD

 カウンタックLP400

 レアモノ。チゼータ。1/10の奇跡!!

 F40

 〆はこれ!!速そうだろう?www
 ちょいちょいこういうアイテムが置いてあって楽しい。そんな感じで自動車館終了


<閑話休題>

 こうなったwww

 昨年と順番が違うなw(2013年10月紅楼夢にて)

<屋外編>

 カーチスC46コマンドー。第二次大戦最大の双発輸送機。ダブルバブルキャビンで旅客機として与圧設備設置を考慮していたが、結局非与圧キャビンの機体だけとなった。エンジンは2000馬力級のR2800「ダブルワスプ」を搭載しており、ペイロードに見合った強力なパワーであった
 主に米陸軍で使用されたが、戦後航空自衛隊も輸送機として供与を受け、1978年まで各種用途機が現役であった

 鉄道車両はこれ1両きり

 鶴見臨海から国鉄を経て、銚子電鉄への貸し出しから、晩年を三井埠頭専用線で働いた1190
 コッペルのCタンク機で、かつては至近の富士急ハイランドに展示されていたそうだ

 木が生い茂っていて全体像が掴みにくい

 じゃ、満を持して飛行館へ行きますか♪


<飛行館>
 別料金でも気にしないwもう1000円かかるぜ

 F86Fがお出迎え

 ひしゃげたプロペラ

 まず入って正面。零式艦上戦闘機二一型。中島製の91518号機

 オリジナルの栄12型。90%以上のオリジナルパーツでもってレストアされているといわれる

 二一型は翼端折り畳み。二一型を見るのは初めてなので、こうした折り畳み機構も初めてである

 ラバウルのジオラマ越しに零戦を。一式陸攻に零戦たくさん

 二一型の隣には五二型。末期の標準、濃緑色と明灰白色の二色塗り

 中島製1493号機といわれている

 全体像が撮影できなかったのだが、もう1機零戦が展示されている

 中島製の二一型92717号機。あえて外板を貼らずにスケルトン状態で展示されている

 翼内搭載の20mm機関銃の搭載状況等よくわかる。肉抜きでいたるところ穴だらけだ

 九三式中間練習機。この機体は銀色だが、いわゆる「赤とんぼ」のうちの1種である

 レストア中の陸軍一式戦闘機隼の後部胴体。早く全体像を見てみたい
 そして、レストアされたといえば、今回の主目的でもあった、アレである。もうなんせでかいので、建物内に入った瞬間にその姿を拝んだのだが、冷静に観察するためにじっくりと他を見てからとなった

 海軍一式陸上攻撃機。通称「中攻」、その二二型である

 元々展示されていたオリジナルの後部胴体に、再製造された前部胴体を接合1つとした。結合部分がよくわかる。前部、後部で工作精度が違う

 搭乗用ハッチは左側胴体日の丸のところにあった

 主翼もそうだが、水平尾翼も付いていない

 機首銃座部分。ここに限らず、ガラスの類は嵌っていない
 先代の96陸攻が中国戦線でその防御力の低さに泣いたことから、一式では胴体前後左右、上方にと銃座が備え付けられており、このクラスの攻撃機としては充分な防御火器を備えていた
 よく言われている「ワンショットライター」の蔑称であるが、この一式に限らず、当時の日本機は被弾すると直ぐに火を噴いた。燃料タンク回りへの防弾設備の少なさが原因で、当時の技術では自動防漏タンクの実用化は難しかった。一式陸攻では後期には翼下面にゴム盤を貼り付け簡易的な防弾タンクとしていたが、少なからず有用ではあったそうだ
 だが、根本的に「一式は一発で火が点く」という認識そのものが後世作られた間違いであることが近年の研究で明るみに出つつある。第二次大戦では撮影技術も向上しており、小型戦闘機にもガンカメラが搭載され始めた。このカメラには数多の撃墜されていく日本機が撮影されているが、火を噴いて落ちて行く一式陸攻の姿は驚くほど少ない
 大戦末期に雷撃隊として米艦隊を襲った数機の一式陸攻。F6Fの迎撃を受けその殆どが撃墜されたが、その攻撃は容易いものではなく、結局最後の1機は投弾を許した上に逃走を図られている。つまり、末期においても一式陸攻は米艦載機の攻撃を退け、任務を完遂できる能力を持っていたことに他ならない。なまじ、第二次大戦中、日本軍で一番作られた双発攻撃機ではない。一式陸攻は「頑丈」だったのだ
 それはブーゲンビル島上空で散った山本長官機も例外ではない。山本五十六は地上で亡くなっていた。つまり、攻撃を受け不時着したものの、機体はそれまで火災で爆発四散したわけではなく、不時着そのものは成功させていたのだった。山本長官は銃創で亡くなったとされているが、遺体に火災の跡は見られなかったのもその証左であろう。今もブーゲンビル島の密林には山本長官搭乗機が残されている。やはり、一式陸攻は頑丈だった。そろそろ認識を改めるべきでもあろう


 彗星艦爆に搭載されていた液冷のアツタ。DB601のコピーで、陸軍のハー40と同形。ドイツから陸軍、海軍それぞれにライセンスを買い、ヒトラーが失笑したという曰くつきの代物

 軽量コンパクトで高出力だがぶっ壊れやすいと大絶賛の2000馬力級エンジン誉。陸上爆撃機銀河に搭載

 こちらは陸軍四式戦闘機疾風に搭載の誉。「ホマレ」の刻印になんだか和むw

 綺麗な状態のアツタ。液冷エンジンは前線での扱いで手を焼き。彗星も、陸軍の飛燕も後に空冷エンジンに換装された

 海上自衛隊でも使われていたグラマンS−2トラッカー対潜哨戒機。あまり保存されているのを見たことが無い

 H−19。機首に空冷星型エンジンを搭載し延長軸でローターを回す。初期のヘリコプター

 F86F。ハチロクブルー

 ノースアメリカンT−6テキサン。戦後版の赤とんぼ。主翼も尾翼ももがれて悲惨

 ツインビーチ。後ろにももう一機い。これも貴重な機体なんだが雨ざらし

 ツインビーチの尾翼。恐らく、奥の機体のもの

 もう1つ見たかったのがこれ。水上機の主翼である。胴体は?というと・・・

 こちらに。自動車館の窓から写したもので表には出ていない
 レークLA−4「バッカニア」という機体で飛行艇タイプの水陸両用軽飛行機としては唯一の量産機とされている

 格納状態の主脚
 水の飛沫からプロペラ、エンジンを守るために胴体上部にエンジンを配置した
 生産数は多くはなかったが、日本でも何機か登録されていたようだ。主翼もあるなら結合して綺麗な状態で展示して欲しい・・・

 概ね、こういう感じの展示内容。ちょっと雑然としすぎていて、勿体無い感じは否めない。8月限定公開という事もあって足が遠のく要因となりうるが、是非一度足を運んで貴重な産業遺産を目の当たりにしていただきたい。2000円払う価値はあるよ!!
<おまけ・戦利品1>

<おまけ・戦利品2>

 中々氏に買ってきてもらったストラトス♪
<おまけ3>

 先日、たまたま走っていて見つけたF−1戦闘機。足柄にあるレーシング博物館の広場に放置されている。レーシング博物館は休館状態だが、どうやら河口湖自動車博物館と関わりがあるらしく、この機体も含めてまとめて再公開して欲しい

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