筑肥大九州紀行


<2015/1/29>
 当初予定は30日朝に出立し同日の航空便で福岡に飛ぶものだった。しかし、天気予報は無情にも30日朝の天候を「雪」と告知したのだった。ウチの車はFR、しかもスタッドレスなんて履いてない。このかたスタッドレスというものを買った事も無い。そんなわけで、30日早朝出発は非常にリスクが漂う
 結果として、早々に羽田近傍への前泊を決意したのだった

 すでに天気が怪しくなる羽田空港に到着。車は問題なく立体駐車場に収容し、今日の宿へとあらためて出発

 京急電車に1駅揺られて、イルミネーション眩い国際線ターミナルに到着。国際線ターミナルは初めて来たので位置関係が分からぬ。くるくると回りつつ、フロアの隅に

 ロイヤルパークホテル羽田発見

 入口は鞄を敷き詰めた壁面。おっしゃれ〜♪
 こないだの岡山と同様、エレベーターなんかはルームキーでの認証が必要

 細長い廊下。新しいホテルなので綺麗だね

 室内は普通のツインルームかな。ま、グレードによっていろいろあるんだろうけどね

 お風呂は広い。さすがにシティホテル並みなのでバストイレ別。お風呂と洗面所の間にはガラスの仕切りがある。でもスケスケ〜

 さすがに空港直結のホテルだけあって、室内のテレビで出発便の確認が出来る

 部屋は川崎側なので空港は見えない。モノレールは見える。左が国際線ターミナル駅。通路挟んで反対側の部屋だと飛行機が見える

 イルミってる
 ひとしきり部屋で遊んだので、夕食を食べにターミナルに。もう外に出るのは億劫なのでターミナルで良いよ、ついでに探検だよw

 4F「江戸小路」最近オープンの空港はどこもデザインコンセプト見たいのが決まってて、セントレアなんかもそうだけど、ここ羽田も江戸の街を再現するような形になっている

 江戸の日本橋をイメージ。「はねだ日本橋」下はチェックインカウンターが並ぶ

 ここだけ切り取ると空港の中とは思えないよね

 展望デッキを一瞥して食事に
 出かける前から散財するのもなんなので、ラーメン「せたが屋」で夕食

 国内線ターミナルで買ったヤツハシ

 もにゃにゃにゃにゃにゃ


<1/30>
 予報は雪

 現状は雨だが、時折雪に変わる。フライトには影響なさそうだが、自宅のある東京西部は降雪、積雪も見込まれているため、やはり前泊は正解

 モノレールの国際線ビルから国内線に
 検査場をくぐり朝食買い込んでゲート前へと

 シップは久々B767−300。JA8290。かつてのスターアライアンスカラー機だ

 支援車輌にもEVが進出してきたようだ。空港内しか使わない車輌にEVはありだと思う。火気が制限されているエリアだし、内燃機関でないというだけでプラスだし、整備基地に必ず戻ることを考えれば充電ステーション設置のハードルも低いだろうしね
 とはいえ、一昔前、仕事してる時分では軽自動車はNGだったのだが、最近は軽自動車も増えてきた。導入コストの問題だろう。まぁ充分である。かつては軽い車は飛行機のジェットエンジンブラストで吹っ飛ばされて危ない、と言われていたが緩和されたんだろうね

 東京羽田→福岡:B767−300 JA8290 10:30発 NH249 34K・H

 B777からB767にタイプチェンジしていた模様で、しきりにお詫び放送しているが、こちらは予約時からB767だったのでなんてことはない。ま、確かに場合によっては座席の配置やプレミアクラスの席数減など影響がある人はあるだろう・・・程度
 雪の影響は無く、プッシュバック時も雨で遅延なく羽田をテイクオフ。福岡での乗り継ぎがちょっと立て込んでいるので荒天の中での定刻は有り難い
 離陸後は雲の中、雲の上で下界は全く。どこをどう飛んでいるのか分からず、気付いたときには恐らく九州上空、北九州の沿岸部であろうところ。直ぐに志賀島、雁ノ巣が見えて、箱崎上空を掠めてよくある北からアプローチで福岡に到着

 福岡空港に到着したB767−300、JA8290
 8290はこのあと、2月8日の小松→羽田線への充当を最後に売却整備に入り、18日には離日しヴィクターヴィルへと向かった。ヴィクターヴィルは米国カリフォルニアにある小都市でモハビ砂漠の西端にある。ここは飛行機の墓場と呼ばれている退役した航空機の保管場所である。多くの航空機がここに飛来し、幸運な機体は次のオペレーターに引き渡され再び空を舞うが、多くはここで部品を取られ解体されてゆく。最新のエアバスやB777が引き取り手の無いまま放置されるご時世、この8290も再び飛ぶことなく部品取りにされる公算が高い

 随分昔に撮影した8290、スターアライアンスカラー時代のポジを取り込んでみた。スターボード側

 ポートサイド側。現在のシンプルなものと異なり、加盟各社のロゴが入り賑やかだった。撮影は2003年か4年頃だと思われる

 1990年1月登録。2015年2月登録抹消なので四半世紀もANAで飛んでいたことになる。このスペシャルカラーは2005年夏ごろにトリトンブルーの一般カラーに塗り直されて消滅した
 B787の導入が進んで、初期導入の767の放出が続く。いち時代を築いたB767にも転換点が訪れているのかもしれない。そういえば、羽田発着路線で767に乗れる機会は随分減ったように思える・・・

  福岡空港→天神:1517 13:07発 普通「姪浜」

 福岡市交の車
 天神とか久々すぎてルート解らんわwww

 目当ての列車はすでに入線していた。8000系妖怪ウォッチラッピング
 撮影そこそこに乗り込み座席確保

  福岡・天神→大牟田:8023 13:30発 特急「大牟田」

 西鉄本線も久々なら8000も久々。全線乗り通して大牟田を目指す。私鉄の典型的な旅客流動形態で、福岡で乗り込んで後は停車するごとに減ってゆくパターン。二日市、久留米と減り、概ね柳川までで以降車内は閑散とする

 車内もウォッチラッピング

 自宅から連れてきたトゲニャン人形と一緒にw

 大牟田に到着

 明るいところでもういっちょ

 ひゃくれつにくきゅう!

 きらきらした奴ら

 4号車はこまさん号

 こまさんこまじろう

 こまじろぉ〜にぃちゃぁ〜ん

 大牟田方先頭。ま、同じだわな


 ここからはJR。昔なら有明にでも乗ったものだが、今では日中は普通列車しかないからねぇ・・・

  大牟田→上熊本:クモハ815−8 14:51発 4329M 快速くまもとライナー 「八代」

 快速とは名ばかりで、途中停まらない駅は、南荒尾、大野下、肥後伊倉、田原坂のみ

 2両ワンマン運転の快速電車は軽快に鹿児島本線を南下する
<上熊本>

 上熊本に到着した4329M。高架化工事真っ最中で仮営業中の装い

 熊本に入った途端、くまもんオンパレードで、工事のお知らせにまで登場する始末w

 新幹線高架に沿う形で鹿児島本線の上熊本駅も高架工事が行われている
 となりの熊本駅共々この辺りは連続立体化される模様だ。何年か来なかったら風景が一変していて驚くパターン

 前回(2005年)来たときはいかにも本線の小駅といった感じの駅舎が建っていた
 
 とはいえ、熊本電鉄の上熊本駅はそのまんまである

 柱に掲出されていたイベント告知。青がえること元東急5000引退で、電車のお仕事1日体験が出来るそうだ
 車内清掃にポイント点検に駅メンテとか結構いろいろやるね・・・って有料かw古い吊り革はプレゼントでくれるんだ!欲しいな!!

 待つことしばし、チンチンという懐かしい電鐘式の踏切が鳴動を始め、ゆらゆらと緑色の車体が姿を現した

 全国でここだけになってしまった青がえる。本日運用に就いているのは5101A。元東急の5031
 東急では3000番台旧型車の後継となる地方私鉄譲渡用改造種車となり、1970年代から80年代にかけて福島交通、長野電鉄、岳南鉄道、松本電鉄、上田交通、熊本電鉄にそれぞれ譲渡された
 多くがそれまでの旧型車の置き換えとされ雑多な地方私鉄特有の旧型車群は蛙達によって整理されたが、90年代から2000年代に入ると同じく東急7000/7200の放出が始まり淘汰されていった
 特徴的な車体断面と軽量構造で冷房化等が困難で、長期に渡る使用には適さなかった上、程度の良いステンレス製中古車が出回るようになって一気に置き換えが進んだ

 熊本電鉄では御代志〜菊池温泉間廃止後のワンマン運転に対応させるべく6両が譲渡されたが、それも単行運転できる固体だけになった。元々の連結面に運転台を増設したその姿は「平面がえる」と呼ばれている
 増設運転台側には乗務員室扉は無いので、乗務員は直後の客用扉から乗降する

 譲渡に際しては600vに降圧対応させただけで、殆どそのまま。ワンマン機器の追加をしたくらいの当初からの運転台
 
 吊り革には渋谷109の広告がそのまま残る。件の1日体験ではこの吊り革が貰えるという事だ

 乗務員室仕切りも特徴的なデザイン。客用扉の窓は小さく位置は高い

 シートクッションはふかふか♪。1位側2位側で色が違う

 昔(2005年)乗ったときは全部赤系のシートモケットだった

  上熊本→北熊本:5101A 15:50発 「北熊本」

 乗客は少ない。朝晩はどのくらい乗るのだろう?唯一のJR、市電接続駅なのだが・・・

 軌道状態は良くない。スピードは殆ど出ていないが、車体は左右に大きくゆれ、吊り革は網棚にカンカン当たる。東急の電車は得てして吊り革の革部分が長くて、十和田観光で走っていた3600なんかも同じように走行中に吊り革と網棚が当たって盛大に金属音を奏でていた
<北熊本>

 北熊本に到着。側線には夏場に上熊本支線で使用される元南海通勤ズームカーと、僚友5102Aが停まる。春には先に5102Aが引退。その後5101Aも年内、秋頃までには引退するという。後継は営団・東京メトロ銀座線の01系2両編成。改軌、電装改造の上入線させることが決まっている
 青がえるに残された時間は多くは無い。遠く九州の地で生きながらえた彼らに、次の冬は無い・・・

 庫の傍らにはモハ71。車籍はないが構内入換専用車として使用されている。元広浜鉄道(現可部線)からの引継ぎ車、いわゆる買収国電の生き残りである
 前面には「藤崎宮前」のサボが掛かっているが、本線での営業運転は出来ない

 本線系統の主力は元都営三田線の6000系。2両編成5本が在籍している。20m4ドア車は地方私鉄では大きすぎるのか譲渡例はあまりなく、この都営6000に関してはここ熊本と秩父鉄道、他に海外インドネシアに譲渡されたのみに留まっている
 
 北熊本はペンキ塗りのもっとケバイ感じの駅舎だったが、綺麗に塗り替えられていた

 歩いて直ぐのトヨタレンタカーに赴いて車を借りる。青がえる引退の報を聞いて、何とか組み込めないかと苦心した末の北熊本でのレンタカー手配であるw
 目の前の国道3号、鹿児島街道・薩摩街道を北へ。すでに金曜夕刻で車が多い、雨がぱらつき始めた中、豊田Y字を右折

 植木温泉桐乃湯さんに到着
 植木温泉は1890年(明治28年)に開湯され、かつては平島温泉と言われていた。熊本の奥座敷で湯量は豊富。余談だが植木温泉はゲートボールの発祥の地とされている
 大きな温泉街はなく、湯治客向けで大きな旅館は少ない。住宅地に温泉旅館が点在している感じ。ここ桐乃湯さんも全10室程度のこじんまりした旅館

 お部屋にイン。部屋によっては露天風呂付きのそれもあるが、ここはバスなし、トイレのみ

 入口すぐに綺麗で明るい洗面台。こうした造りは珍しい

 ビールをまーわっせー そこまでのーもーぉー あんたがーいっちばん わたしがーにばん♪

 お茶請けのおかしを食べて、温泉にGO!
 露天風呂でたまたま入浴にきた旧植木町の議員をつとめていらっしゃったおじいさんから、植木の歴史や風土を聞いてお勉強w入浴中でなければメモとって遺すんだけど。西瓜の産地の話、九州新幹線とトンネルの話、上京して議事堂へ出向いた話・・・

 ばんごはーん!!!!!!

 釜飯!うまっ♪♪♪
 夕食は少な目のプランてことだったけど、充分にボリュームあったよ。ごちそうさま!個室でゆっくり食事できたしね


<1/31>


 おはようございます。晴れてるね♪

 朝風呂からの朝食。しっかり食べて出かけよう!

 右側の温泉宿から、車で走って3分・・・もかかってないかな?いや、細い道で対向車退避したから3分だな。まぁ、どうでもいい
 早起きして朝に散歩でもしてこようかと思ったほどの距離だ。このタイミングで行くという事は早起き失敗したわけだがw

 当該位置、北向きの写真である

 当該位置、南向きの写真である
 ここを見に来る方々の多くはもうお判りであろう。廃線跡、廃駅跡である

 ここには1965年(昭和40年)2月まで(今考えると丁度半世紀前なんだな)、山鹿温泉鉄道、平島温泉駅があった。もっとも水害の影響で旅客実績は低迷し、1960年には鉄道運行を中止、バス代行を行っていた
 1915年11月(今考えると丁度100年か!!)に鹿本軌道として設立、鹿本鉄道を経て山鹿温泉鉄道に改称、国鉄植木駅から山鹿駅まで地元客、湯治客を運んでいた。直接的な休廃止のきっかけになったのは1957年7月の水害によって、国鉄植木〜植木町間の築堤が崩壊したことによる。その他の区間も水害被害はあったが1ヵ月後に復旧。しかし同区間は復旧不可能となり休止しバスでの連絡輸送となった

 植木町起点、10.9キロの地点に設置されたのがこの平島温泉駅。現在は公園になっているが、駅北側にはかつてのホームの基礎と思しき石積みが残っていた

 山鹿へと続く廃線跡。ほぼ全線がサイクリングロードとなっており、終点までその跡を辿ることが出来る

 さて、朝の小探索も滞りなく終了し、あらためて出発することにする
 至近の植木ICから九州自動車に乗り、南へ

 すぐの北熊本PAで小休止して、買出し

 満を持して登場のパッソタソ。可も不可も無い走りで充分用をこなしてくれた。これ、アイドリングストップついてるんだけど、どうやって機能を殺すか分からないまま終盤まで運転したわw
 お茶とお菓子を買い込んでさらに南下。このあたり車で走り回るの初めて♪
 松橋(まつばせって読むんだ!)ICでおりんりん。 国道218号、3号線を経由して宇土駅南方で鹿児島本線を越え、三角線沿いに走り宇土の市街へ
 ちょっとこれちがくない?ってナビの指示を通り越したが、どう見てもそこしか入り込むところが無いので意を決して墓場の横道を突き進んだ

 近世宇土城跡に到着。特段なにがあるでもなく、小山が公園になっている

 キリシタン大名・小西行長。宇喜多氏に使え、秀吉の家臣となる。家康との関係を重視しながらも、関ヶ原の戦いでは西軍光成方に付き、敗戦後に処刑された。この死はヨーロッパで大きく悼まれ、後にイタリアジェノバでは行長を主人公とされる音楽劇まで作られた
 九州征伐、肥後国一揆討伐の功績から宇土、益城、八代の20万石を与えられ、後ほど行く宇土古城からこの近代宇土城に移り、宇土の城下形成を計った

 小西行長公

 城址は徹底的に破却され何も残っていない

 宇土城から北、宇土の街を望む

 おや、こっちが入口だったかな?

 おおきな説明看板もあるしw

 当時の遺構で残っているのはこの石垣くらいである。梅の花が綻び始めている

 続いて至近にある宇土古城へ。向かい側に見えた小山がそれか!という程度の距離。近い
 駐車場イン

 !!バックモニターついてた!!この車!
 ということで宇土古城。中世宇土城とも呼ばれる

 いや、この大きさは無理だなw
 宇土氏によって西岡台という丘陵上に築かれた。宇土氏から名和氏へと引き継がれ、先述の小西氏が宇土に入った際に近世宇土城へと移動している

 小山の上に登る

 段々に均されているので、この辺りにも塀や建物があったのだろうか

 中腹から北側を望む。※マウスを当てるとロールオーバー。さっき行った近世宇土城はあそこ

 Wikiにも出ている「虎口」。ここが所謂「通用門」だろうか

 左、

 右は堀。ねめっとしているのは形状保護のためにコンクリ吹付けがされているため

 虎口アップで。宇土古城で一番城跡っぽいところ。ちょっとオレンジがかって夕方みたいだけど、昼前だからw
 抜けると小山の天辺、

 平らな「千畳敷」に城の中枢が置かれた

 木々が繁茂しており眺めは余りよくない

 ちいさな橋が復元されていた

 宇土城、宇土古城共にいわゆる「城」という遺構は残っていない。僅かばかりの石垣や復元された柵や門だけである
 熊本城の宇土櫓は、かつては宇土城天守閣を移築したとの説があったが、平成元年の解体修理の際にその痕跡が見つからなかったので、現在は否定されている



 今度はちょっと長距離移動するよ。概ね国道218号線を東に向かう形。宇城市から美里町を越えて山都町まで
 山間部を抜ける快適な山道。矢部、馬見原、高千穂、延岡、そそられる地名が登場するね!

 美里町の中ほど、緑川を渡るところに大きな石造りの古い橋を発見。ちょっと下車して見物してみた

 緑川の流れ。宮崎県境向坂山を水源に有明海島原湾に注ぐ一級河川

 直ぐ左手、上流にダムが連なっており、流れは緩やか

 霊台橋というそうだ
 単一アーチ式石橋では日本第三位の径間を誇る。ここは日向往還の重要な交通路の一部だったが、船津峡という狭隘な谷間でかつ当時は流れも速いところで、渡るには下流で河原に降り、渡し舟での連絡を余儀なくされていた
 1819年(文政2年)より木橋が掛けられるようになったが、たびたび流出しそのたびに交通の足枷になっていた。そのため、1846年から翌年にかけて、前例のない大きさの石橋を架橋し往来の安定を実現させたのだった
 1900年(明治33年)には県道の一部に指定され、石橋の上に更に平に石を積み、バスやトラック等自動車の通行に耐えうるように改造された。後に国道になるが、1966年(昭和41年)にはすぐ上流側に新霊台橋が架橋され、1980年(昭和55年)から現在の姿に復元されるべく工事が始まった
 ということである。へぇ〜・・・あ!ん??一点に目が釘付けになった

 え!ちょ・・・ま・・・!!?
 もう一度橋の袂をを見てみよう

 ほわー!あれか!!確かに、右側に線路敷きみたいな平場も続いているな

 ・・・・・・調査なう

 そうだね。そういう名前を聞いたことあったよ。こんなところ走っていたんだ
 豊肥本線南熊本から南へ下益城郡砥用町(現・美里町)の砥用まで結んでいた熊延(ゆうえん)鉄道の甲佐駅から東へ矢部にある貯木場までを結んでいた内大臣森林鉄道の線路、隧道跡である
 1915年(大正4年・・・これも丁度100年前かw)に敷設され、以降、本線、小松谷支線、鴨猪谷支線と拡張され、1950年の北谷内支線開業で総延長53.341キロを誇る大森林鉄道となった
 廃止は1962年(昭和37年)で当時は既に内燃化されていたため、当時の機関車が熊本市二の丸の監物台樹木園に保存されているときく
 廃止は昭和30年代だが、人の手が入りにくい国有林や正面をダム湖に阻まれているためか、鴨猪谷支線などでは今でも敷かれたままの軌道を見ることが出来るそうだ(見に行くには相応の装備は必要そうだが・・・)
 件の霊台橋袂の隧道だが、現道が出来た折に反対側が埋め立てられており、貫通はしていない。その後の廃線跡もダム湖によって水没しており、この先は緑川ダム手前までは辿れないようだ。しかし、橋の保存と併せて、後世まで残されるであろう貴重な林鉄遺構の1つに他なるまい。ここに線路を敷いて、保存されているディーゼル機関車を展示したら絵になるだろうな〜
 なお、重要な荷の1つだった木材供出が軌道からトラックに変わったことも、熊延鉄道廃止の一因ではなかろうか。熊延の廃止は林鉄廃止の2年後である。そもそも、熊本〜延岡を結ぶ構想の下で敷設された熊延鉄道であったが、このルートは国鉄が高森、高千穂線として敷設を開始し結局日の目を見なかったものである。国鉄線についても特定地方交通線に指定され、どちらも第三セクターになり一度は生き延びたが、高千穂鉄道は水害の復旧ならず廃止。結局、高千穂と高森の間に鉄道が通ることも永遠になくなった
 思わぬ拾い物に意気揚々と車に戻り、さらに奥地へと国道を辿る
 峠越えで雪に降られたが、概ね問題なく矢部町の中心部に到達

 来て見たかった!

 通潤橋!

 レンタカー借りることにした時点で、行程に組み入れた。公共交通はバス便があるが、やはり車で無ければ中々思うようには来れない

 江戸時代、嘉永7年に五郎ヶ滝川の谷に架けられた石積みのアーチ橋

 橋の中央部に導水管が通っており、

 中央部から左右に川に、向けて放水が行われる

 高さは20m。余り身を乗り出すと落ちる
 常時人が渡れるもののあくまで水路のための橋であるため手摺等は一切ないが、これまで転落した人は1人もいないという

 やや上から俯瞰。幅は6.3m、長さ78m。橋上に立つ人の大きさから、橋の巨大さを比較することが出来る。灌漑に必要不可欠だったではあろうが、江戸時代にこの規模の石橋を築く技術力は凄い
 先の霊台橋も然り、熊本の石大工達は時代を超えた技術力を誇っていたことになる
 手前から奥側の台地への導水が目的で、放水は水路内のゴミや砂を下の川に長し落とすために行われていた。灌漑として役目は終えているが、4〜11月の土日、祝日には観光用に放水が行われている。冬場は行われていないので、今回は放水を見ることは出来なかった

 この疎水から通潤橋へ水が導かれる

 疎水はかなりの流量、流速がある

 あれこれやって遊んだ後に、こんなん見せられてもw

 左へ分岐すると通潤橋

 車を停めておいた道の駅に戻ってきた
 
 おうふ!?わらとかで組んであるのな。ああ・・・人気だったものねぇ
 よし、次回は放水やってるシーズンに再訪だな!雪降ってるくらいだからな・・・今

 滞りなく、予定を消化して。熊本市内に向かうよ
 どうでもいいけど、やっとアイドリングストップの機能OFFの仕方分かったよ。もう車返すだけだけど・・・
 市内に入ってすぐのコンビニにちょっと寄り道

 目の前は熊本バス中央営業所。昔は中の瀬営業所と言った。熊延鉄道の後進がこの熊本バスである。ここにはね、ちょっと珍しいバスがいるんだ。今はスクールバスとして一般営業には就いていないんだけど・・・
 ん〜手前からは見えないな・・・脇に畦道があるから車庫の奥の方を見に行ってみよう

 もんげぇー!!工場の中かよ!?後ろ姿からでもちょっと今時のバスっぽくないよね?
 昭和57年6月製造の三菱K−MP118K。いわゆる「ブルドッグ」である。モノコックボディのバスはもう全国でも殆ど残っておらず、特に現役のブルドッグは熊本のこの1台きりだと言われている
 一般営業用の設備は搭載されているが、現在は小学校のスクールバスとして朝1往復のご奉公だそうだ。これも次回に持ち越しだな。スクールバスってことは、平日に来なきゃならないな。これより後のバスが廃車になっている昨今、いつまで残るか解らないしね

 奥の廃車体。左のライトケースは取れてるし、バンパーも無い。ぱっと見まだ新しいんだけどね、鉄道車両なんかに比べて、バスの寿命って短いんだね
 北九州市営から来た三菱ふそうP-MP218M、熊本でのナンバーは「299」かと思うんだが、詳細は?


 駅前のトヨタレンタに車を返してくまも・・・毛馬本駅に!!ああ、もうどこもかしこもウォッチだよw

 ジバニャン寝てるし!

 ここにも!

 熊本駅の中に毛馬本駅が再現されている

 いなかの小駅って設定だから。柱の掛け時計が良いね

 先ほどのは在来線、新幹線改札内コンコースにも毛馬本が。こっちの方が広くて明るいかな?

 こまさん、こまじろうがいるよ♪

 電話は黒電話。使えるのかな??

 こまじろうスマホ持ってるw

 外にもあちこちステッカーが。ふぶき姫かわいいよね♪

 はやくトイレに行きなさい


 てことで、新幹線ホームに上がった

 N700A

 乗るのはこっち。800系のU008編成。2000番台の通称「新800系」

 そう、そしてこの編成妖怪ウォッチラッピング編成なのである。ふぶき姫かわいい

 ローボニャン。ロケットパァーンチ
 
 コマ兄弟ずら〜
 なんつうか、半分は妖怪ウォッチの為に行ったようなものだw

 この日、午後の対象列車は熊本発14:53分のさくら408号、そして博多往復後の熊本始発つばめ332号であった。
 これより遅いのはこの後の行程的に無理
 最初に選んだのはさくら408号なのだが、ほぼ1ヶ月前の時点で満席であった。時間的にも良いし、鹿児島から博多まで通しという事もあり便の良い列車なのだろう
 自由席でも・・・と思ったが、その後のつばめなら熊本始発だし空いているだろう、それほど後行程にも影響はなさそうなのでコチラに振替。熊本出立が遅くなったので、通潤橋にも行けたし結果として良かったかな?とは思う

  熊本→博多:822−2108 16:49発 5332A つばめ332号「博多」 6号車9A・B 普通車指定席


 さっき買ったクッキーばりばりしながら博多を目指す

 コピーライトシールもジバニャンだw


 博多からは久々ソニック、クロハ882−6

 左から883、787、885、奥も883。博多のホームはいつも賑やか。新幹線が出来ても、日豊方面、長崎佐世保方面の特急需要は変わらないのでひっきりなしに特急電車が出入している印象

  博多→小倉:サハ883−206 17:59発 3045M 特急ソニック45号 「大分」 2号車9A・B 普通車指定席

 まぁ、新幹線で素直に行けってんだよな・・・

<小倉>

 共食いだろ・・・

 雨が降り出したので、ホテルへの道を急ぐ

 晩飯は九州とんこつラーメン

 あと駅弁!

 もにゃにゃにゃにゃにゃにゃ


<2/1>

 北九州ホテルプラザに宿泊した!

 昨日は最後雨に降られたが、今日は朝から良い天気である

 レンタル作業スペースらしい

 アイススケートセンターは相変わらずであった

 今日は西日本総合展示場で即売会!

 戦利品!!
 撤収!!


 つまようじで作った小倉城。小倉駅構内に

 
 811系。小倉

 ソニックで博多に戻るよ!

  小倉→博多:クロハ884−3 15:05発 3036M 特急ソニック36号 「博多」 1号車3C・D グリーン車指定席

 旧かもめ用の1次車。後ろ3両は400番台。長崎本線で落石に乗り上げて脱線した編成だ

 普通車指定席取れなかったから・・・つい・・・・・・w

 グリーンなんぞを・・・

 一番前〜♪
<黒崎>

 ブレたっ!!

 三菱化学黒崎事業所専用線DD353。午後の運転との事は存知していたが、時刻と曜日は不明。そもそも列車で通過なので見れるかどうかは?ってとこなので、まぁこんなんでも撮れただけよしとw

  博多→福岡空港:2511 14:57発 「福岡空港」


 福岡市交車
 
 お土産買って、

 軽食とって飛行機を待つよ・・・

<閑話休題>

 待つんだけどね・・・
 話を少し戻そう。出立直前、1月28日のことである。職場でうきははある重大な報道を目の当たりにした
 瞬間、テレビに釘付けになったのは確かである。曰く
「スカイマーク 民事再生法適用申請」
 負債総額は710億円。手元資金は3億円。3月目処に上場廃止。整理銘柄へ。運航は継続・・・
 つまり
「経営破綻」
 そう、潰れたのである。正確には潰れそうでもうどうにもならないので、法の庇護の下企業再生したいよ、そういう事である。しかし、この時点ではそれほど重要視していなかった。株価は分単位で下落を続けていたが、別段スカイマークに株式投資をしたわけではない。当面は運航を継続すると言っている。ホームページも平静である
 しかし、ほんの少し事態が動き始めたのは翌日、29日であった。
 民事再生法適用申請にあたり、再建策を練らなければならない。その間も運航を続けていれば、当然今のままでは赤字を垂れ流し続けることになる。再建策の策定前に、早急に出来ることは手を打たなければならない。その「出来ること」が
「2月から不採算路線の運休とA330の運航停止
 であった・・・
>2014年9月に撮影したA330機
 そう、スカイマークにはA330を飛ばす力は既に残されていなかった。A330を飛ばすだけで、月間5000万円のコストが掛かるといわれていた。再建を前に資金流出を防ぐにはもう運航を取りやめるしかなかったのだ
 最終便は31日・・・段階的に6機(1機は引渡し直前の状態でエアバス社保管)まで増えたA330、国内最初のA330は僅か半年でその歩みを止めた・・・
 そして、「A330に乗りたがゆえ」に選んだ2月1日のスカイマーク福岡便は、従来からのB737−800に機種変更されてしまったのだった・・・

 ここまで来ると「ほんとに飛ぶの?」とすら思えてくる。「運航継続」を謳っていても、航空会社はいきなりぱったり運航を停止することが良くある

<閑話休題・終わり>

 羽田からだろうか?一応、飛行機は到着した。見慣れたB737−800である

 脚立に隠れて見辛いけど、「ETOPS」仕様らしい。国際線も飛べるっちゅうことだな

  福岡→東京・羽田:B737−800 JA73ND SKY022 18:50発 29A/B

 2010年11月に導入された機体。肘掛け下に電源コンセントが設置されていた。機内はほぼ満席。271席のA330から177席のB737にタイプチェンジすればそれもそのはず。幾らA330で集客できないとはいえ、ドル箱の東京〜福岡線。正直B737では厳しい。B737乗るくらいなら、最初から北九州発のスターフライヤー便にしていたよ・・・
 ただ、まぁ、スカイマークに乗るのもこれが最後の機会かもしれないからな・・・
 懸念は他所に、シップは順調に東へ向かって飛行し、時刻どおりに東京羽田に到着したのだった

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