畿北信越立山紀行


<2019年6月某日>


 ・・・・・・・お!?

 当たったぁ!!?

 2010年以来の快挙!前回当選時は台風接近で開催されなかったからな。今回は催行されるといいな
 しかし、年々申し込み数は増えているし、夏休み中の倍人数回とはいえ、よく当たったなぁ
 その上、

湯倉「当たった」
うきは「1−Aだな」
湯倉「おなクラ(同じクラス)だな」

 湯倉氏とダブル当選、2コースあるうちの同じコースという奇跡。こいつらほんと腐れ縁だなwww

<2019/8/5>

 勤務明け、首都高爆走して無事に羽田到着。良い天気だ
 夏休み中で予約は出来なかったが、平日なので駐車場には難なく入れられた。さっそく検査場通過して出発ロビーへ

 工事してて狭い

 最近は待合室にたくさん充電スポット用意してくれるのな

 A321が見える。ceoかな?neoかな?

 B737−800。特になんの変哲もないな。JA84AN

 貼り物なし、プレーンな感じのB777−200。次期国内線主力機、A350XWBがまもなく到着するので、JALのB777は撮影しておいたほうが良いな。JA007D。末尾アルファベットから判るように、元々JASが発注したレインボーセブンの1機だ

 日本のどこかから折り返し搭乗便が到着した

 A321−200ceo、JA112Aだ。ceoは三回目、前二回はどちらもJA111Aだから、今回は初めてのレジだ

  東京・羽田→大阪・伊丹:NH031 15:00発 A321−200ceo JA112A 33K


 搭乗!隣もA321。あっちは高知便だったかな?ウイングレットに「ANA」ロゴが付いているから、あれはneoだ

 エアコンから煙出てる。湿度高いんだな

 離陸!三浦半島上空から西。逗子葉山、七里ヶ浜から江ノ島、湘南がずっと続いて、その先、富士山がてっぺんだけ見える

 伊豆半島上空から北を。ここも富士山がてっぺんだけ。今日は富士山は頭しか見えないな

 伊勢湾を越えて紀伊半島の北限あたり。真ん中にあるのは津港。港の直ぐ左側は高茶屋で、津の街はもう少し上側になる

 阪奈国道のオメガループ。大分高度も下がった。もう少しで大阪や
 生駒山地越えて・・・・・・越えて・・・・・・ん?左へ振った?

 ちょっと見える景色が普段と違うな?西よりというか・・・・・・
 斜めに横切っているのは山陽新幹線。藻川、猪名川、神崎川が合流する辺り

 あ!これ。逆ランだ!14アプローチじゃん!?あっこに伊丹空港見える

 こっち側からアプローチ初めてだ!日本列島公園到着時では初めて見たな

 ランウェイ14にタッチダウン。誘導路に向かう。今日は南風が強かったんだな

 街へ出る前にホテルにチェックインしておく。明日は早いので空港至近のホテル・・・・・・というか直結のホテルに投宿
 前々から気になってちょっと泊まって見たかった♪

 通された部屋からはパトカーしかみえなかった・・・・・・orz
 エアポートビューの部屋もあるらしいが、直前に適当に安いプラン選んだので仕方ないねw

 ところで、いろいろ忘れた・・・・・・ズボンのベルトとか・・・・・・・のでまずは蛍池のショッピングモールへ行こう

  大阪空港→蛍池:2111 16:53発 「門真市」

 モノレールに一駅乗って、駅前のしまむらでベルト購入。ダイソーでこまごま購入
 したので阪急でちょっと先に行こう。どっちに行こうかな?

<蛍池>

 5115。急行梅田行。こっちのホームから梅田行を撮影しているということは、宝塚方面に行くということだが、特に行き先は決めていない。せっかくなので兵庫県まで足を踏み入れておくかな(大阪空港も敷地の半分は兵庫県。ホテルも一部は兵庫県)

  蛍池→川西能勢口:1113 17:11発 普通「雲雀丘花屋敷」


 能勢口まで乗ってきた1113

 反対のホーム大阪方面行の1110
 宝塚線に限らず、阪急は1000台の電車増えてきたな

 これに乗ってちょっと田舎まで行くことにした

  川西能勢口→鶯の森:7201 17:24発 「妙見口」

 能勢電もいつの間にか7000系列が入っていたか
<鶯の森>

 無人駅だ。ホームそれぞれに改札があるタイプで、構内踏切はない。
 行き先間違えてホームに入ると、出直すのに苦労するタイプ

 踏切を渡った先に戻る方面のホームがあるので、とりあえず渡ってみようか

 対向式の棒線駅

 小さな駅だし、駅員はいないけど、一応こっちが本屋かな?

 車がびゅんびゅん飛ばす駅前の県道を北へ少し。鶯の森北にはトンネルがあるのが見えたので、そこで川西能勢口行電車を撮影してみよう

 スマホだときついな!
 いくら夏場で陽が長いとはいえ、もう夕方、腰を据えて撮影する気はなかったので、一眼はホテルに置いてきたのだ

 単線行き違いの出来る駅だったんだな。阪急の旧型車が単行や2両でゴロゴロ走っていた頃だな

 ただの棒線駅だと思ったが、能勢口側に渡り線があった。設備はあっても、使ってはいなさそう。「ダルマ」が見えるので手動で転換するんだな。電子連動はされていないのか
 この先、トンネル、橋梁が続くので天候不良時はここで折り返し運転が出来るんだな

 兵庫県の山際。緑が多い

 今は5000系列が主力。ちょっと前まで2000系列ばっかりだったのに

  鶯の森→川西能勢口:1706 17:43発 「川西能勢口」


 川西能勢口まで乗車した1706。未更新タイプまだ残ってた。阪急顔はやっぱり良いね
 1700は1990年から導入が始まった阪急2000系列車。1706の原番号は2019。既に半数が廃車になっていて、残りは4連4本のみだ。7000系列の導入が進めば引退になってしまうだろうな

  川西能勢口→蛍池:9503 17:50発 普通「梅田」
  蛍池→大阪空港:2111 18:16発 「大阪空港」

 同じ編成だ・・・・・・門真市まで行って戻ってきたか


 ターミナルの551で買ってきた豚饅で夕食

<8/6>

 大阪はちょっと天気悪そうな感じ。身支度整えて、出立。と、言ってもターミナル直結なのでコンビニで資材買い込んだら直ぐに検査場へ


 成田便は国際線仕様の787−8、JA826J。秋には国内線仕様の787も羽田〜伊丹線に投入される予定。羽田便に投入されたら乗りに行きたいね

 プッシュバックされるB777

 導入されたばかりのATR−42だ。但馬線専用機材なのかな?コウノトリマークがラッピングされたJA05JC
 自治体の補助とかで導入されるとこうゆう路線特有のラッピングがされる。かつて東京都の助成で大島線機材が入ったとき、ANKのダッシュ8Q300は名産のツバキのカラーリングがされた
 これも良し悪しがあって、他の路線に投入できないなんて弊害があった。ANKが独自に導入した北海道向けQ300が引退した後も大島線専用機材で路線終焉まで残った。東京〜大島はANKの他に調布から新中央航空がBN2、ドルニエ228で飛ばしているので競合路線でもあった。陸地から距離が近いので定期船も多数が就航しており、竹芝からは高速のジェットフォイルもある。大島線は新空港開港でジェット化もされ、一時期はB737−500が飛んでいたが、結局路線維持できなくなり、Q300の助成期間終了と共に羽田発路線は廃止された。ANAとしてはさっさと廃止にしたかったところ、「飛ばさなくてはいけない」理由から路線維持をしていたに過ぎない末期だったな。三宅島線が噴火の影響で休止になり、Q300の使いどころが限定されたのも不幸だった

 エンブラエル190。J-AIRは西日本が守備範囲なので大阪辺りだとエンブラばかり見かける

 これも190だな

 とりあえず、ゲート付近で待つか
 8時台出発なのでステイ機材使うのかと思っていたが、どうやらどこかか飛んでくるらしい
 台風も接近しているし、西日本は天候不順酷そうだ。到着機材10分延着で、必然10分延発らしい
 ところで、このゲートはまだパタパタのソラリ、反転フラップ式を使用し続けているな。貴重だ

 お、降りてきたE170。どうやら宮崎から来たようだ
 E170は若干尻下がりの地上姿勢に設計されているようだ。重心位置の問題だろうけど、大概は尻餅つかないように前傾にしてあるんだけども

 このゲート撮り難いな。JA223Jだ

  大阪・伊丹→信州まつもと:JL2271 8:40発 E170 JA223J 14A


 窓の位置がちょっと微妙だな。前屈みじゃないと見難い

 覗き込むと主翼のほぼ後ろ辺りかな

 搭乗率はほぼ100%。満席。
 8月のみの期間限定便だが、さすがに需要が無ければ運航はしない。通年とは言わなくても、サマーシーズンくらいはもう少し長期的に運航してくれれば良いのに
 かつてはJASがYSで、ジェット化されてからはMD−87で運航されてきた松本線。JALがMD87を退役させてからは需要と機材の問題で運航を取り止めていた。松本空港は福岡、千歳線で存続していたが、いつのまにかオペレーターはFDAになっていた
 もっとも、FDAがエンブラエルを飛ばしているおかげで、夏場だけとはいえJ−AIRがエンブラを飛ばしてもハンドリングできるというメリットはある
 MD87に比べると客数は3割ダウンぐらいだから、可能であれば190が投入できればもう少し予約も取りやすいのかな。まぁ、夏のアルプス登山客向けだと思えばね


 あんまり遅れるとこの先が心配だが、順調にスポットアウト。但馬行きATR42の後ろに

 ATR離陸!

 猛暑の影響で機内搭載燃料が高温化、フライトがキャンセルになっている天草エアラインのATR42はこんなところに避暑に来ていた

 ちょっと雲が多いが、東は晴れ間が見えるな

 御嶽山が見えてきた

 御嶽山を掠めて飛んでゆく。短距離なので高度は低い。中央西線の上を辿ってゆく感じ

 あれは日本海かな?

 松本の盆地に入り始めた。見えない真下はほぼ松本市の中心部だろう
 流れている川は梓川。奥にいくと上高地だ。山と山の間、川が平地に出始める地点に松本電鉄の新島々駅がある

 東側でサークリングアプローチ。明科辺りまで北上してターンする。2000m級の山々に囲まれているので、気流とかも含めて難しいアプローチだろうな
 松本空港のエレベーション(標高)は657mで国内で一番高地にある空港だ

 北側からぐるっと回ってタッチダウン

 ターニングパットで向きを変え、ランウェイバックして戻る。松本空港は初めての利用
 中央本線の電車特急が1時間おき、所要2時間程度で結んでいるので東京〜松本線なんか航空便を設定してもビジネスにならない。東京に住んでると使わない空港の1つだ

 小型機エプロンエリア。あんまり小型機もいないな・・・・・・って思ったけど、高地過ぎてパワーの小さい小型機は運用しずらいのかも

 スポットイン!大阪から50分程度。あっという間だけど、普段は通らないおもしろいルートのフライトだったな

  信州まつもと空港→松本駅 9:50発 エアポートシャトル「松本駅」 アルピコ交通

 農道みたいなところをすっ飛ばして松本市内へ。迫り来る時間が気になるな・・・・・・

 うひょうぎりぎり到着だ!あと8分だ!駅へ急げ!!

<松本>
 駅構内で関東から普通にまっすぐやってきた湯倉くんと合流。ここからは同一行動だw
 乗車列車発車まであまり時間は無いが、

 だが、まだいける!乗車列車の撮影はお早めに!
 HB−E300って初めて見たな?リゾートビューふるさと

 信州ディスティネーションキャンペーンの一環として、2010年から運行が開始されたこのリゾートビューふるさと。基本的には長野〜松本〜南小谷間を運行しているが、夜間には長野〜姨捨間を運行する「ナイトビュー姨捨」という列車もある。名前の通り、姨捨からの善光寺平夜景を楽しむ列車だ
 長野で運行開始したHB−E300は性能が安定して発揮できたのか、これ以降リゾートしらかみにも同系が投入され、JR東日本のリゾートトレインの標準タイプを確立した
 JR東の最近の車両はデザインが微妙だが、このHB−E300シリーズはわりと好み。八高線にも導入しないかな。八王子から高崎まで通しで走るやつ・・・・・・観光要素が沿線にないから無理かwww

 そして、もちろん、これに乗りますよw隣のあずさから接続を取って発車
 大阪からの航空便と絶妙な乗り継ぎでこうした列車が走ってくれたので、今回のプランは非常に変化に富んでいて面白いものになったと自負している

  松本→信濃大町:HB E302ー2 10:41発 8361D 快速リゾートビューふるさと「南小谷」 1号車4C 普通車指定席

 ハイブリッドは初めて乗るね。観光列車もあまり乗らないものね

 「ビュー」を謳うだけあって客席窓以外にもこうしたフリースペースに大型窓が設えてある

 室内モニターで前面展望も見れる

 縦に長いタイプの窓。山々を見るためなので、見上げる方向の眺望が確保されているのかな

 観光列車の運行はどこも土休日が基本であるが、このリゾートビューふるさとは夏休み期間については平日も多数日運行されている。シーズンなので混雑するかなと思ったが、車内は閑散としていた
<穂高>

 穂高では32分間の長時間停車
 この間に臨時のワイドビューしなのの退避と、松本行との行き違いを行う

 せっかくなので途中下車。切符は単なる松本〜信濃大町間の片道切符なので本来は途中下車出来ないんだがなぁ
 そもそも改札に誰もいないけど

 車内アナウンスで、停車時間中に近所の神社を案内してくれる観光オプションがあったので、途中下車してみた次第なのだ
 巫女さんが駅まで来てくれて、連れられて神社まで行く

 穂高駅の直ぐ横にあるその名も「穂高神社」。土地の名前の穂高はこの神社から来ているのかな

 妙に綺麗な鳥居だと思ったら、今年の5月に竣工したばかりの新品
 215年ぶりに建て替えられたのか

 拝殿。拝殿も綺麗だから、遷宮されてからそんなに経っていないのだろうか

 奥に本宮。三社が横並びに配されている

 神楽殿。こっちも綺麗やな

 御由緒
 創建は不明。ここが里宮で、上高地に奥宮、更にその奥、奥穂高岳山頂に嶺宮がある
 主祭神は穂高見命で本殿3社のうち、真ん中の中殿に奉られる。この中殿には千木、勝男木が載せられているが、これは穂高神社だけに伝わる独特の形式だとされている
 勝男木は釣船、もしくは船の帆柱を現しているといわれ、これは「穂高造」と言われる。穂高神社は周辺の安曇野の地名由来になった安曇氏によって当地に建立されたが、安曇氏は北九州を中心に栄えた海人族であり、発祥は福岡、志賀島の志賀海神社であるとされている
 東に勢力を拡大したかった安曇氏によって建立された本宮であるが、海の一族がこんな山中に社を構えるとは面白いものだ

 摂社、末社もたくさんある。穂高神社は信濃の国三宮だが、この辺りでは一番大きな社なのだ


 お盛んですねw


 駅に戻ってきた。高地だから少しはしのぎやすいけど、やはり夏真っ盛りは安曇野でも暑い。あの後ろの木立が穂高神社

 撮る暇がなかった方向幕とか撮っておく

 行き先バージョン

 32分の観光停車を終えて出発

 最後尾から。前面展望も大きく楽しめる
<信濃大町>
 
 信濃大町に到着したリゾートビューふるさと。みんなそのまま乗り通すみたいね。せっかく非電化区間も走れるのに、糸魚川までは直通しないんだよな。そもそも通常運転区間全線電化区間だw走ってそうな小海線や飯山線でも走行実績なさそうだし、もっと活用していいのにな

 E127がかすかに見えた大町駅構内

 そう、ここ信濃大町で降りたということは・・・・・・我々はここから、これに挑むのだ
 立山黒部アルペンルート、未知なる高地回廊に

 信濃大町駅舎。ここで下車するのは初めてだな。急行アルプスで来て乗り換えたり、なんて事はしたことあったけど

 駅横の売店でおやきを買う。小腹が空いたからね。夏でも熱々おやきは美味しい

 ここからはバスでアルペンルートの基点、扇沢に向かう

 扇沢行バスの切符売り場

 結構運賃かかるなw関電とアルピコの共通運行みたいな感じかな?

  信濃大町駅→扇沢駅 12:20発 「扇沢駅」 アルピコ交通

 観光バスタイプのハイグレードなやつが来た
 扇沢へのバス便はここ、信濃大町駅からと長野駅からの特急バスの2ルートがある。長野新幹線が出来てからは東京からのアクセスの主体は長野経由に変わったみたいで、長野発便の方が列車との連絡はよろしい。東京からなら新幹線長野乗換えの方が所用時間も短いしね
 おかげで、あずさの大糸線直通はどんどん削減されて、今では定期列車は千葉発の南小谷行1往復だけになってしまった。名古屋発のしなのに関してはいつの間にか定期列車が消滅していたし

 バスは街中を抜け、緩やかに高度を上げて行く。大町温泉や針葉樹林の中の別荘地を経由しておよそ50分
<扇沢>

 いよいよ、アルペンルートの起点たる扇沢駅に到着した

 アルペンルートは様々なタイプの切符が発売されているが、今回はルートの都合で扇沢駅で立山までの片道通り抜け切符を手配した
 購入のタイミングによって、扇沢発の乗車時間が指定されているのがおもしろい
 
 昨シーズンで有名だったトロリーバスの運行が終了しており、今シーズンからは電気バスになった
 日野ブルーリボンベースの電気バス。路線車と見た目は変わらないが、よく見ると屋根上に小さなパンタグラフが付いているのが判る。駅ではこれで充電を行う
 1001はトップナンバーで15台が在籍しているそうだ

 アルペンルートを十分に観光しながら抜けると6〜7時間は要するため、午後からアクセスする人間は多くない。扇沢発の電気バスも乗客は多くない
 車内もつくりはその辺の路線バスと同じである

  扇沢→黒部ダム:1001 13:00発 「黒部ダム」 関電電気バス

 低いモーターの唸りと共に発車。大きく弧を描くトンネルへのアプローチ路を上がって行く

 乗客は少ないとはいえ、数台が連なって進んでゆく。扇沢駅の構内には昨シーズンまで使用されたトロリーバスの架線を支えていた柱が残っている
 この電気バスで外が見えるのはこの扇沢駅構内だけである

 上写真の前を走るバスの位置から扇沢駅を見るこれで青空とは少しの間お別れである

 トンネルに突入。終点の黒部ダムまではトンネルである。長時間トンネル内なので通常排気のエンジン車は使い難いのだ

 破砕帯突破!青いランプが目印である
 地下水を含んだ脆い砂礫が連なる層で、掘削には非常に手間と時間を要した箇所である
<信号所>
 トロリーバスは「鉄道」であるため、単線トンネルを行き来するには閉塞の概念を用いた。この信号所を境に扇沢方、黒部ダム方を1閉塞として運行し、ここで「列車交換」を行っていた。現在ももちろん、ここで交換を行う

 無軌条時代の架線が残っている?トンネルの真上ではなく、少し横に寄っている

 扇沢行のバスが連続してやってきた

 黒部ダム駅到着直前の分岐は黒部ルート、インクライン方面のトンネルだろうか
 黒部ダムから下へ、黒部工事軌道の上部軌道駅へのアクセスはトロリーバスが担っていた。電気バスに変わってもその役目は変わらない
 
 黒部ダム駅に到着

 もういきなり登山だよwwwレストハウス、ダム直行ルートと展望台ルートがある。どうせ行くんだから、最初から展望台ルートを選んだが、いきなりの階段。40代にはキツイ

 展望台にきた。ゼェゼェハァハァ

 どぉーん!くろよんダム!
 いやぁ来て見たかったんだよなぁ。トロリーバスがある時代に来たかった

 ちょっと天気が悪くなってきたな。黒部湖の奥の方を眺める。雷・・・・・・・鳴ってねぇ???

 8月でも上の方は雪残ってんな

 ほぼほぼ岩山って感じなのね。この辺は。だからこの規模のダム湖なんか作ろうと思ったんだろうけど

 黒部川の下流方向

 電線?

 建設工事に用いられたバケットが展示されている

 黒部の峡谷。ダムよりも更に高い展望台から見ると物凄く深い

 真下に何か建造物があるな・・・・・・あれ、線路じゃね?

 ちょっと行ってみっか

 やはり線路だ。超広軌の線路。ダム建設用のものかな。幅は2m近くあると思う

 新展望広場・・・・・・ってのはここのことかな。方角的に、この先が下流の工事軌道に繋がっているのかな

 黒部の物語。企画展示が行われている

 トンネル工事の様子が再現されている
 映画「黒部の太陽」の撮影セットをさらに模したものらしい

 実際に使われていたトロッコかな

 黒部ダム解説板

 観光放流やってんだって
 こんなところでグダグダ説明するほど無名のものでもない、というか、無茶苦茶有名だが、それでも簡単に説明しておこう
 黒部ダムは黒部川水系、黒部川の上流域に建設された水力発電用ダムである。1956年(昭和31年)に着工し、171名の殉職者を出しながらも7年後の1963年に完成した。貯水量は約2億トンといわれている
 ダムで取水された水は約10km下流の黒部第四発電所まで落ち、その落差545mを使用して発電される。発電所の発電能力は現在33万5000kw(建設当時は25万8000kw)で国内第4位の発電能力を持つ。なお、第一位は奥只見発電所の56万kwである
 黒部ダム建設は戦後復興期、逼迫し不足する関西圏の電力事情打破のために計画された。関西方面への電力供給を主目的としている為、中部電力エリアに近いが関西電力がその事業を執り行っている
 ダムの形式はアーチ式コンクリートダム。高さ186m幅492mである。日本でもっとも高さのあるダムで、富山県内ではもっとも高い構造物でもある

 レストハウスにきて、アーチダムカレーで昼食

 ダム決壊してるけどw

 ボートがやってきた

 もうすぐ接岸

 桟橋にはリフトが付いている。船はあれで上陸させるんだろうな

 絶妙なバランスで引っかかっている流木。あの位置まで水が来るんだろうか

 黒部ダムから対岸を見る。正面の崖に張り付いてる構造物はダムを支えるための強化材だろう。ダム上の崖までも加工しないと、この巨大なダムは支えることは出来ないのだ

 物凄い量を噴射しているように見える

 しかし、下の川の流量はさほどでもない

 霧状に出しているので、殆ど空気中に散ってしまうのだろう。そしてそんなに大量に流したら下の川の流量がえらいものになっちゃって大変だものな

 ダム上をてくてく歩く。ダムの巨大さから比べると、上部の歩道はそんなに広大ではないね

 さっきの揚陸装置
 あの辺りが発電用水の取水口になっている。あそこから黒部第四発電所まで地下トンネルの水路が掘削されているんだ

 聳え立っているね。天気が怪しいね。人が少なくて快適なアルペンルートだけども

 ダムを渡り終えて再びトンネル。この先にケーブルカー駅がある
 涼しいトンネル内を歩くこと数分

 ケーブルカー黒部湖駅に到着。立山黒部「貫」光なのがおもしろい。もちろん「観光」地なわけだけど、ここはアルペンルートの名の通り、「通り抜ける」、山々を「貫く」のが主目的になるので、貫光になっているんだろうな

 乗るのは2号車



 運転台。手回しハンドブレーキしかない。毎度思うけど、ケーブルカーのこのブレーキはどれだけの能力があるんだろうか

× 黒部湖→黒部平:2 14:40発 黒部ケーブル

 標高差373mを路線距離800mで結ぶ。所要時間は約5分

 発車。黒部湖駅が遠ざかって行く

 アルペンルートが閉鎖される冬季は運休となる。雪害から施設を守るために全線トンネルなので眺望は利かない

 下りのケーブルカーと交差。なんとか撮れた!

 建物から出る暇もなく、ロープウェイに乗り継ぐ

 黒部平駅はケーブルカーとしては日本一高いところにある駅。

 1号搬器が来るようだ

 臨時便は下山客超満載で到着した。この時間帯は大町方面が帰りのピークなんだな。臨時便頻発で登山客をさばくのだ

× 黒部平→大観望:1 14:50発 立山ロープウェイ 臨時便


 ロープウェイも下側に乗った

 黒部平駅から黒部湖を遠望する
 ロープウェイなんてひっさびさ、この紀行にロープウェイが出てくるのは2008年の秋彩三都紀行以来だと思うよ

 でかすぎて奥のほうはわからない黒部湖

 たっかい

 下りの2号搬器と交換

 雪が見えてきた。この辺りは真夏でも雪が溶けないんだな

 まもなく終点。
 ゆるーく弛んだケーブル。途中に支柱がないワンスパン方式で建設されている。この方式としては日本最長の距離である

 乗り継ぎのトロリーバスまで少し時間があったので、展望台にあがってみたが、さっきロープウェイから見た景色と同じなのと、雨と寒さが凄いので直ぐに引っ込んだ。もっとも、寒かったのはこの大観望とトロリーバスに乗った先の室堂だけで、高地なので期待していた避暑感はほぼ皆無だった

 シーズンだからきっと混雑するんだろうね・・・・・・人気ないね・・・・・・
 何度かアルペンルートアタックしたことがある湯倉君曰く、こんなに空いてるのは初めて、とのこと。そりゃそうだ、空いてそうな時間帯狙って計画組んでるからね。朝一にアタックしたらそりゃ大混雑で物見遊山の隙もないよw

 待機するトロリーバス。普通のバスみたいにバックが得意ではないので、起終点駅はループして向きを変えるので、写真でもバスが曲がって連なっているんだね
 形式は8000型。三菱自工製の足回りに大阪車輌製の車体を載せている。架線電圧は直流600V。VVVFインバーター制御なので、モーターは交流誘導電動機

 乗った!

 一番前!!

○ 大観望→室堂:8007 15:15発 「室堂」

 昨年、扇沢〜黒部ダム間の関電トロリーバスが電気バスに置き換えられたことで、日本では唯一運行するトロリーバスとなった立山トンネルトロリーバス
 正式名称を立山黒部貫光無軌条電車線という。その名の通り、法規上は鉄道である。かつては日本各地に存在したが、特殊な取り扱いでメリットが少なく、こんなところにのみ細々と現存している。元々はディーゼルエンジンの普通のバスが走っていたが、観光客が増加したことによる増便で排気ガスがトンネル内に充満。満足に換気できなかったため、環境対策として1996年にトロリーバスに置き換えられた

 発車!初めてのトロリーバス!わくわくするね東京都では1968年に廃止なっているので当然そんな時代のものに乗れるわけが無いからね
 閉塞方式は自動信号式。レールのある鉄道と異なり軌道回路が設定できないので、トロリーコンダクター(架線にスイッチが付いている)によって通過台数をカウントして閉塞区間内の「列車」を判別し信号を転換させる
 もっと接近して続行運転するのかと思ったが、結構離れているな。そして、同一方向に進むバスとバスの間は無閉塞になるわけだから、運転手の「注意力による」運転になる。つまり、衝突する恐れはあるんだな

 こっちにも破砕帯あるんだな。関電電気バスと同様に青いライトで目印がしてある

 先行のバスが減速している
<信号所>

 信号所で待機中。トロリーポールをビュンビュンまわして走るってのがトロバスの醍醐味なんだけど、あの斜めに曲がって架線に設置してるの見るといかにもトロバスって感じだよね
 あの架線への追従性ってどのくらい良いんだろうか。それなりのテンションでポールが嵌っているんだろうけど、離線しないんだろうか。そのために二本一組にしてフェイルセイフ考えてんだろうけど

 対向バスが来た。電車の行き違いと同じ

 信号が青になって再び単線幅のトンネルに突っ込んでゆく。信号冒進対策ってなんかあるのかな?安全側線みたいなのは無いわけだし

 信号所の先、室堂駅との間に雷殿駅という中間駅が2013年まで存在した。跡地を見れるかなと思ったが室道行からは見難いのか駅跡は判らずもう室堂駅の明かりが見えてきてしまった
<室堂>
 
 室堂駅に到着した乗車した8007
 立山トンネルバスがトロリーバスに転換されたことにより、室堂駅が鉄道駅としては最高地点駅となった

 すでにトロリーポールがおろされてしまった。もう営業終わり??

 幾分天気が回復している室堂平。こっちも雨降ってたんやな
 富士山5合目が2305mなので、標高2450mの室堂は人生最高所到達地点かも知れんな

 山荘がある。こうゆうところでのんびりしてみるのも良いかもな
 周辺には登山客向けのホテルや山荘が点在している。みくりが池温泉など、いくつか温泉もあるし

 熊は十分怖い

 立山の碑

 雪だ雪だ。高原の風景だな

 もう少し天気良ければな

 結構がっつり雪も残っているな。これはもう今年は溶けないな

  室堂→美女平:15:40発 「美女平」 高原バス


 さすがにここからは下りのピーク時間に入っているね
 バスは続行で満員だ

 晴れ間が見えてきた

 それまでの山岳地帯からすると、物凄く広い平原が広がっているような感じだ

 なんでこんなヘアピンの先っぽで、しかも反対側車線を跨いで路肩に大型バスが止まっているのかと言うと・・・・・・

 滝が見えるポイント・・・・・・なんだが、降りてあそこへ行かないと無理だよな
 発車時に振り向きざまに撮ってみたけど、まぁ滝は見えないよ

 だんだんと周囲の木立の高さが増してゆき、普段見かけるような森林の風景になってしばらく走ると美女平に到着

 標高977m。室堂駅の標高は2450mなのでざっくり1500m降りて来たことになる

 かつての高原バスの写真。こんなボンネットバスやモノコックバスが走っていた時代から立山観光は人気だったんだな

 一度この雪の大谷も見てみたいな。吹き溜まりになっているらしく、積雪が20m近くになるそうだ
 どうやって道路部分だけ除雪するんだろうね。これ。少しずつ少しずつ削って路面が出てくるまで何往復もするのかな?

 アルペンルート、本日最後の乗り物。

× 美女平→立山:2 16:40発 立山ケーブルカー

 さすがに混雑してて立ちんぼ。まぁ、数分だからね

 あそこの櫓みたいのは線路がある。砂防軌道のスイッチバック突っ込み線だ

 美女平に到着。客車と同じくらいの全長の貨物用車輌が下側に連結されている

 宿は立山駅前なのだが、投宿の前に立山砂防軌道の事業所を見に行ってみようと思う。明日はあまり周辺散策する時間はなさそうなので
<千寿ヶ原>

 無蓋車がたくさん連なっている
 ケーブルカーや富山地鉄は「立山駅」だが、立山駅に隣接する砂防工事事務所は「千寿ヶ原」という。なんとも荘厳な響きの地名だ

 フラットカー

 別角度から。無蓋車の長い列。もっとも、実際に運行されるときは2〜3両程度の編成に仕立てられる。スイッチバックの線路有効長が限られているので長編成は組めないのだ

 千寿ヶ原構内の一番外れ。かつてはもっと雑然に線路がひしめいていたそうだ

 枕木かな?新品の木材を積載したトロッコが1台ぽつんとある。レールは比較的太いが、軌間は狭い。圧倒的ナローゲージ

 見た感じ、人車や機関車はいないな
 16時前後には山から下りてきてしまっているので、17時を回ろうかという現時刻では動きは殆どないのであろう

 あの谷間に沿って軌道が山の奥地へと敷かれているんだ

 千寿ヶ原構内から河原に沿って下がってくる線路。分岐して戻る方向に敷かれた線路には機関車が保存展示されている

 線路は川に沿ってずっと奥まで続いている

 ここは現役の本線ではないのだが、この先にはいくつかのスイッチバックが設置されていて、機関車などの訓練線になっているとのこと
 本線は見学会か、砂防事業の関係者しか乗れないのだが、この訓練線を使って体験乗車とかしてくれれば更に敷居が低くなって良いのにな

 千寿ヶ原近辺の航空写真を掲出してみた。マウスを当てると線路が表示される。青が訓練線。赤が本線である
 訓練線終端部にある津ノ浦砂防ダムへの建設線、延長800mを活用して運転士養成用の訓練線にしたとのこと

 ナローゲージだけど、立派なポイント
 後ろに戻って、機関車展示線に繋がっている

 ゲージが狭いだけで普通鉄道と構造は変わらない。ダルマも同じ

 砂防軌道のあらましとか載っている。写真じゃ判り難いね

 屋根の下にあるのはKATOの4t機関車。昭和38年に導入され、昭和54年まで使用されたそうだ

 KATOのキャブ内。狭い、いろいろ小さい。窓も小さいな。視界は良くないね

 KATOの後ろには古い人車が連なっている

 身をかがめてもぐりこんで、小さな椅子に腰掛ける。窓もなく、眺望は利かないな

 よく見たら繋がっていない。機関車側は連結器がついてない。機関車は時代的にナローゲージ御用達の朝顔形連結器だろうけど、人車は少し新しいのか、ナックルタイプの自動連結器のようだ

 人車同士の連結部。ブレーキホースの接続部だけある。人車側にも機関車から作用させられる直通ブレーキが付いているんだな

 車庫の横を通って立山駅方向に戻る。引き回された線路がナローゲージのヤードぽくて好き。機関車とか出てたらもっと良かったな

 本日の宿、グリーンビュー立山に到着

 荷解き。横文字の宿名だが、客室は普通の和室だ
 さて、この宿を選んだ理由は・・・・・・

 これだ!
 17時30分発電鉄富山行レッドアロー。地鉄の鉄橋が部屋から丸見え。撮影し放題である。ファンには有名なトレインビューな宿なのである

 ひとっ風呂浴びて、部屋に戻ると丁度立山行電車の時間

 まもなく稜線へと没しようとする太陽を背に列車が鉄橋に差し掛かる

 レッドアローと岩峅寺で交換してきた立山行テレビカー。立山着18時23分の列車だ

 フロント前にあるコーヒーラウンジ

 晩御飯♪

 富山県産の食材たくさん

 瓶のタイプのサントリー烏龍茶は無くは無いんだけど、太さというか、デザインというか、ちょっと珍しい感じ

 忍び寄る夕闇。かすかに残る光彩の下、漆黒の中に列車の灯りだけが映える
 立山19時22分発電鉄富山行。もう直ぐ立山線の1日も終わる

 テレビつけたらにゃんこのどアップ

 山形県、天童温泉あずま荘の看板猫、まいちゃんだ
 まいちゃんまた会いに行きたいね〜♪ >陸羽残雪紀行


 夜のお散歩に繰り出した。アルペンルートは終了。立山線の電車も残り僅かな立山駅は照明も殆ど落とされ、当然我々以外人影もない

 コンコースを抜けると駅前こんなに綺麗なイルミネーションなのに、地元の人はおろか、観光客も人っ子一人いない

 立山線の踏切。なんかのアニメのモデルになっているそうだよ?

 踏切から電鉄富山方を見る。左の線路は留置線。右が本線
 昔はシーズンになると大阪、名古屋から直通列車がやってきて、ここに帰りまでの間小休止していた。急行たてやまの475系、不定期急行むろどうキハ58、名鉄から北アルプスキハ8000、JRになってからもスーパー雷鳥が485系で、サンダーバード681系も乗り入れた
 観光客は相変わらず多いが、個人客はマイカーで、団体客は観光バスで来るようになって、名鉄は1983年、JRは1999年を最後に乗り入れを休止している。富山駅が高架化されるので、今後は他社からの乗り入れはないだろうね

 夜の立山駅。右側のホームからしか、留置線には入れない
 踏切が鳴って、富山から列車がやってきた

 レッドアロー到着。これが折り返し、電鉄富山行最終電車になる

 改札からレッドアローを見る

 ホームからレッドアローを見る

 レッドアローの車内を見る・・・・・・

 え?ああ、乗ってくよ、乗ってくよ

  立山→本宮:モハ16012 20:40発 普通「電鉄富山」 富山方面最終列車

 当然のように、乗客は我々だけだ
 真っ暗闇の中を10分ほど走る。1駅だが4.8キロもあるので、時間はかかる。かつては間に2駅、粟巣野駅、芦峅寺駅があった。厳密にはもう一駅、立山旧駅が存在している。立山旧駅は現駅延長の際に廃止された仮駅で、粟巣野は開業当初、富山県営鉄道時代の終着駅だった
<本宮>

 立山から最終に乗ってくる人間がいるだけでも驚きだが、そいつらがまさか一駅の本宮で降りるとは運転士も思っていなかったであろう
 
 無人だが電気だけは煌々と点いている本宮駅
 さて、夜の本宮駅を余すところ無く紹介しようではないか

 駅舎からの灯りが古びたコンクリートホームを照らす
 反対側にもホームが残っている。かつては交換駅だった

 立山方のホーム

 1番線、と掲出されているが、もちろん今は1番線しかない

 出改札窓口は閉鎖されており、常時駅掛員はいないことがうかがえる。交換駅であった頃は掛員が常駐していたのであろう

 飾りつけだけ華やかなのが、かえってさびしい

 駅は少し高い位置にある

 地名も本宮。
 常願寺川の対岸にある越中国一宮、雄山神社にちなんで付けられた地名なのだが、実際はここから雄山神社にアクセスするのは困難。橋がないので、隣駅、千垣からのほうがアクセスはしやすい

 本宮の集落。人も車もない・・・・・・

 ホーム脇のひまわり

 不気味にひときわ明るく照らされた草地がある

 立山方の踏切。交換駅だった名残がある

 立山方は漆黒の闇

 踏切から本宮駅方を見る

 線路のど真ん中から

 駅の西側からホームを

 駅に戻ってきた

 正面の人家も人気が無いな。まだそんなに遅い時間ではないんだけどね

 ちょっと判りづらいけど、構内踏切の跡があって、スロープで下までいける。踏切部分は完全に撤去されている

 交換設備があった時代の連動盤(ポイントを操作するパネル)が残っていた

 そうこうしていると、電車のライトが近づいてきた。これに乗らないともう後はない・・・・・・

  本宮→立山:モハ14766 21:23発 普通「立山」 立山行最終列車

 立山行終電車は地鉄オリジナルカラーの14760だった

 終電車も無人だった。どこまで乗客がいたのかな?少なくとも、本宮で我々が乗車したときに下車した客はいなかった
 真っ暗な道を引き返して、

 終点立山着

 駅員は随分前に引き払っており、無人駅。本宮で切符は買えなかったので、運賃箱に直接硬貨を投入して下車

 富山に戻る電車はもう終わっているので、この電車はここで夜明かし、帯泊するのだ
 運転士さんはアルミ脚立で軌道に降りて、留置作業を行っている。車止め、手歯止めをかけて・・・・・・

 車内の電気も消えた。運転士さんはここで泊まって、翌朝の一番電車に勤務するのかな
 普段出掛けない土地に泊まると、こうゆう夜の遊びは刺激があっていいよね


 もう一度、大浴場で汗を流し、

 地ビールで祝杯
 今日も実り多い一日でした

<8/7>

 いよいよ待ちに待った学習会当日!

 まずは朝ごはんだ!オーソドックスな旅館の朝食みたいな感じね

 朝の部屋からの眺め。丁度良い時間に列車は来ない

 荷造りして出立。いうほど荷物は持っていないが、一度立山駅のコインロッカーに不要な荷物を押し込んで、
 それでも少し集合時間までは余裕があるので、

 鉄橋の逆側から立山線電車を撮影

 今回、というか、最近富山に来ていないので、富山では初めて見た銀色の電車
 東急から来た17480形。東急形式は8090系だ。地鉄の形式は5桁の頭3つがモーターの出力(ps)を現すのが慣わしなので、それを鑑みると本形式は170psの出力を持つことになる
 鉄道的にw数で表すと130kwで次に数字の大きいレッドアロー16010系の160ps、120kwよりも強力である事がわかる

 撮影チャンスが有るのか無いのか、先達のレポを見るといろいろ制限も厳しそうなので、撮影できるときに撮影しておきたい
 今日の学習会で使用される人車列車が2本設えてある

 受付場所は砂防事務所脇にある立山カルデラ砂防博物館。この博物館内の展示説明も体験学習会に含まれている

 1A班は8:30分受付開始。通常はトロッコに後に乗る1班と先に乗る2班の2組だが。夏休み期間の一部の催行会は人数が倍になり、それぞれの班がA、Bに分かれる
 つまり、合計4班が動く形になるんだな

 カルデラ博物館内

 先に模型で説明してもらえるわけだけど、これから見に行くわけだし、予備知識もないからよくわからんねw
 20分ほどの見学で、1班はまずバスで各所を巡る

 小型バスに乗車

 行って来ます!!

 立山駅前の県道43号、富山上滝立山線をまずは下る。前を走るミツビシデリカが先導車だ

 立山大橋で常願寺川を渡り右岸へ。写真は下流方向
 対岸の富山立山公園線を経由して、芳見橋で再び常願寺川を渡る

 芳見橋上から上流立山方向を望む。正面に見える堰が国指定重要文化財の本宮堰堤・・・・・・二段目の堰の向こう側みたいだから、見えないなw
 500万?の貯砂地は日本最大だという

 バスは有峰口駅をかすめ、そのまま山中へ高度をとり分け入って行く

 北陸電力小見発電所が見えた。有効落差154.5m、最大出力15200kwを発揮する

 和田川に沿って遡上。有峰林道に入る。この辺りは一般車も走れるが、全然通行はないな

 チビている谷らしい

 有峰湖のほとりでトイレ休憩
 後ろの建物は水力発電所PR施設有峰記念館。ここは見学コースからは外れている

 先導車のデリカと、参加者が乗るバス、日野のリエッセ。中部観光の公式紹介サイトだと高速道路区分中型で22席仕様だそうだ

 正面に見えるのは薬師岳。標高2926mで剣岳、立山と並ぶ北アルプス立山連峰の主要峰である

 バックは有峰湖。ここは遠望するだけで終わり。湖が見渡せるようなところには立ち寄らなかった

 再びバスで進むと、有峰林道折立ゲートに到着。ここから先は一般車通行禁止。林道や砂防工事関係車以外の通行が出来ない。ここからは我々参加者も車内でもヘルメット着用となる

 しばらく舗装の悪くなった林道を進むと絶壁の上で停止。左の視界が開けて谷間が見渡せる

 正面の谷肌、白く削れた辺りが、国指定天然記念物、跡津川断層真川大露頭だ
 写真だと木の陰でわかりづらいが、白い花崗岩と茶色いれき層が接している。飛騨山地北部地方を走る活断層で、1858年の飛越地震はこの断層の活動によるものとされている

 広いけど無名の谷を渡って先、

 なにやらハンプ(丘)が見える

 バスはあの中を進んで行くようだ

 タイヤの洗浄枡だ。立山は貴重な自然資源、固有種の宝庫なので、生態系保護、外部からの異物を持ち込まないようにここでタイヤを洗うのだ。立山に入り込む車輌は必ずここで洗浄するという

 あちこちに砕石場がある

 一般車が走らない(通いなれた車が多い)ので、路肩の作りも簡素だな

 現状ではこうした見学会でなければ深部まで入り込めないが、富山県は観光資源にするべく動いていて、近い将来こうしたところまで一般客が許可を得ずに入れるようになるのだろう。そしうした折にはこうした見晴台が活躍するんだろうな
 いまはただの大型車同士の交換設備だ

 林道に入って初めての長いトンネル。これを抜けると、今回の学習会で回遊する立山奥地のエリアに到達する


 これが午前中の回遊エリア
 トンネルを出て直ぐに左折。ちょっと広い砂地にバスが止まって、久々に下車。高原地帯なのに暑い・・・・・・

 遊歩道が奥に続いており、木材でしっかりと作られた階段を上ってゆくと

 六九谷展望台に到着

 雄大な立山カルデラの景色が眼前に広がる

 常願寺川の流れが削ってできた谷間だが、地震や火山、水害などで崩落した土砂が僅かながらの平地も作る。しかし、もともと材質的に強い土地ではないので、普段から少しずつ崩れているのだろう。崩落斜面が真新しいのもその証左だ

 そんな崩落真っ最中の崖の上にも管理歩道が作られている。あれはおっかないだろうな・・・・・・

 方角は東。鷲岳から鳶山に続く稜線。雲が出てきたな

 北側。弥陀ヶ原とか、昨日通ってきたアルペンルートはあの山向こうだ



 山と空しか見えないな。殆ど人跡未踏のエリアだろうな

 正面の山肌、中央に斜めにラインが見えるが、あれが水谷平から先に伸びていた林鉄の跡であろう

 この六九谷は1969(昭和44)年8月の豪雨で崩れた谷で。発生した年からその名前が付けられた。鳶山から東側の稜線に今も残る大崩、小崩れの土砂がこのあたり一帯を埋め尽くし、さらに水害で削られ谷として成り立った
 最初の博物館でみた巨大ジオラマがこの谷の様子だ

 晴天のカルデラはただの山奥。緑しか見えない

 バスで10分ほど走り、

 立山温泉跡地へ
 しばし、徒歩散策

 単独ではこれないだろうな、って感じの踏み後に入ってゆく

 天涯の橋、と書かれている

 これがその橋。つり橋。ゆっさゆっさ揺れる。このつり橋を渡って、一番奥に進む

 つり橋から清流を撮ってみた。同行者の歩行に合わせてゆらゆらするので、なかなかうまく撮れないw

 木板の遊歩道を進んでゆくと、眼前に小さな池が見えてきた。遊歩道もこの池までで終点のようだ

 池は「泥鰌池(どじょういけ)」といった
 長径190m、短径110m、深さは2.5mほど。大正15年測量時には4.3mあったが、少しずつ浅くなってきている。モリアオガエルが住み着き、放流されたフナやニジマス、ドジョウが棲んでいる

 この近辺の土壌大変革からスタートしたのが立山砂防事業ということだ

 ここだけ見ると穏やかな高原の小さな池としか見えない

 アキアカネだ。まだまだ暑いけど、これから少しずつ秋に向かって、トンボも里に下りてゆく

 泥鰌池湖面から絶壁の山を見あげる

 さっき六九谷で見えた山峡がこの辺りだ

 例の林鉄跡

 拡大してみてみる。岩肌を切り崩して作った路盤の跡が一直線に良くわかる
 結構傾斜があるが、ここは普通に機関車が運材台車を連ねて走っていた区間だ。起点は砂防軌道の終点、ここいらの生活の拠点となる水谷平。砂防事業所の背後からスイッチバックとインクラインで高度をとった後に、この付近の山肌にへばりつくように走り、奥地へと入り込んでいた
 廃止も早く、一般人が立ち入れないエリアなのでこの森林軌道跡は現状のレポートが皆無である

 来た道を引き返して、立山温泉跡
 立山温泉は1580年ごろに発見され、1707ごろに湯治場とした開湯した。立山信仰の拠点として、夏場には当時から500人ほどの湯治客が訪れていた人気の温泉場だった。しかし、安政5年の大地震で周囲が崩落、30余人の湯治客と共に数10mの土砂で埋まってしまった
 現在残る遺構は明治期以降に再度開発された温泉施設で、戦後にいたるまで大変な賑わいだったが、1969年の災害で登山道が流され往来不可に。73年に閉鎖され、79年には施設も処分された
 1906年から1941年に水谷平に移転するまで砂防事務所も当地に置かれ、作業員の慰安施設としても機能していたようだ

 タイル張りの風呂の跡
 消化器や神経系に効くとされた。水で割ると効能が薄れるというので、60℃の湯を自然に冷まして入っていたそうだ

 ここは石積みだ

 建物は1979年に焼却処分されており、足元の基礎部分しか残っていない

 散策する学習会参加者たち

 体験学習会用に用意された東屋。ちょっとした休憩ができる

 説明看板

 当時使われていた耐火金庫だそうだ

 こんな辺鄙な山奥にこんなに立派な温泉施設があったなんて・・・・・・
 今でもあれば人気の「秘湯温泉」になっただろうな

 ボーリング櫓かな?地質変動とか過敏なまでに対策をしている



 水は流れていない堰堤。災害時には貴重な防波堤となる

 
 天涯の水

 真夏でも冷たい、おいしい湧き水


 午前中最後の見学ポイント、白岩堰堤に到着

 堰堤から常願寺側上流、カルデラの奥地を見る。ここから上にも、小、中規模の砂防ダムがいくつも連なって土石流発生時の緩衝を行っている

 こちらは逆に下側。かなりの高さがある



 深く切り込まれた谷に頑丈な砂防ダム。この頑丈さで無いと、自然の脅威には対抗し得ない
 白岩堰堤は高さ日本一。砂防施設しては初の国指定重要文化財だ
 1939年、昭和14年着工、太平洋戦争中も工事が続けられ、8年の歳月を経て完成した

 こんなに広い空間があるのに、この砂防ダム群が無いと、下流の富山では大災害が起きてしまうのだ

 あの、岩山の向こうが水谷平かな。切り立った崖だ。砂防事業でもやらない限り、人類もこんなところまで入り込まなかったろうに

 我々見学者が物見遊山で訪れる傍ら、もくもくとショベルカーが動き続けていた
 砂防事業に終わりはない。ダムが出来ても、堆積した土砂は運び出さねばならないし、砂防ダムそのもののメンテナンスも必要。これからも脈々と行われ続ける

 つり橋から先へはいけなかった
 白岩堰堤の左岸側には大型機械の運搬用のインクライン(現在使用休止)があるのだが、通常の見学だと見れるそうなのだが今回は時間が押してるのかパスされてしまった

 白岩堰堤のそばにある、天涯の湯。砂防工事関係者用の露天風呂。1kmほど奥の源泉からホースで湯を引いているとのこと。ホースで引いている間に湯は適温になる。一般客の入湯は不可

 足湯みたいになっているが、浸かっている暇も無く次のポイントへと・・・・・・

 この天涯の湯で午前トロッコ組みと午後トロッコ組みが入れ替わる。午前トロッコ組みはここから我々が乗ってきたバスに乗って、カルデラ内の各地へと見学へ赴くのだ

 我々はというと、ここから徒歩で水谷平まで移動する。移動する作業道はかつては軌道跡だったことが一目瞭然で、一部にレールがそのまま残っている

 橋梁部など工事が難しいところにそのまま残っているみたいね

 良い感じ♪
 水谷平から奥に伸びていたこの軌道は、白岩堰堤とその先の副堰堤工事用に延長されたもので、終端を「有峰」といった。現状を見ればもちろん廃線なのだが、この水谷〜有峰間が廃止されたのは1978年のことらしい

 ここから先は山襞をトロッコに乗って進むだけなので、振り返ってもう一度立山カルデラの姿を。もう、2度と来れないかもしれないからね

 作業軌道のトンネルをそのまま活用して通行できる。4tトラックくらいは通れるらしく、実際にワゴン車なんかが通行していた。暗く長いので一方通行。信号で方向を制御している

 じめじめしたトンネルを進む
 湧水とそもそも軌道を埋めて舗装しているので足元は凄く悪い。学習会参加持ち物の中に「懐中電灯」が入っていたのはこのトンネルを通過するからだろう。もっとも、電灯は少なからずあるし、参加者の誰一人として実際に懐中電灯を使用している人はいなかった

 足元にはそこかしこに埋められたトロッコレールが見え隠れ。こうゆうの大好き♪

 白岩トンネルを抜けて水谷に到着した参加者たち。トロッコ規格なのでトンネルが小さいのが人物との対比でわかるかと

 信号確認中・・・・・・かな?

 無人の白岩トンネル。これだけ見ると、現役の軌道みたいね。背後が水谷連絡所、砂防事務所の水谷出張所だ
 白岩トンネルが出来る前は画面右手側に軌道が延びていて、崖にへばりつく様に白岩堰堤方面へ伸びていたそうだ。崖が崩落してトンネルを掘ったとのこと

 白岩へ続く線路は埋められている。分岐した先は現在線のヤード方向。

 更に先、人車列車が見えているのが現在のヤード。昔の写真から比べると随分整理されてこじんまり。車道が開通して大型トラックが入れるようになったので、軌道で資材を運ぶ量も減っているのだろう

 砂防事務所、水谷出張所。ここのホールで昼食を摂った。右端にちらっと写っているのは合宿所。つまりは宿舎だ。どんな感じで寝泊りしているのか、知りたいところだがカルデラの学習会なのでこうした工事関係の見学は盛り込まれていない

 神社。水谷神社と言うらしい。砂防工事は雪の心配のない春から秋にかけて行われるが、毎春、工事開始時にはこの神社で安全祈願が行われる

 水谷救急所。病院やな、つまり。水谷出張所のある水谷平は多くの工事関係者が寝泊りをしている。下から上がってきて作業してまた帰る・・・・・・なんて時間的に無駄だからだ。上がったら、きっと少なくとも一週間は水谷に居っ放しだろうからね

 側線が草生して残っていた。ここの軌道は残っているが、背後側は撤去されていて本線には繋がっていなかった

 トロッコの概要看板。立山の千寿ヶ原からこの水谷までは18km

 2本の人車列車が待機している

 最初にこれが出て、

 次にこれが出るんだな
 この人車がいるところが平坦な部分なので、基本的にはここに車輌が留置されるのだろう。もっとたくさん雑然と車輌がいれば面白かったな

  水谷→千寿ヶ原:人舎6ー10−18 13:40発 「千寿ヶ原」

 ご家族優先で・・・・・・みたいな感じに乗り込まれたら、3人掛けの真ん中に押し込まれた

 では、体験学習会の白眉。工事軌道に乗って千寿ヶ原まで下るよ。後続のみんなが手を振ってくれたので、車内から振り替えす ノシ

 昨今、鉄道というコンテンツが非常に盛り上がりを見せ、通常の街中を走っている鉄道に飽き足らず、メディアはこうした工事用軌道など普段は目に触れない鉄道にも着目し始めた。もちろん、我々ファン、それもナローゲージを嗜む人間からしてみれば立山砂防を知らない人間なんて「モグリ」だと言われても仕方ないくらいには有名な路線だったのだが、最近はこうした路線もテレビやインターネットの普及で大衆の耳目を集めるようになってきた
 体験学習会はかつては富山県民限定で催行されていたのが、居住の制限をなくしたのもこれが原因だろう。とにかくすさまじい倍率で、これに参加するには相当の運が無いと適わないのだ。幸いにもうきはは2回も当選の誉れを得たが、何度申し込んでも当選しないツイてない人もいる。これは抽選である以上仕方ないことだが
 かつて(1970年代あたり)は希望すれば同乗できたり、軌道を歩くことも可能だったが、時代の変遷と共に制限は厳しくなっていった。険しい山中で並行道路もない。千寿ヶ原付近の極僅かでしかその姿を拝めず、この学習会に参加しなければ全容を見ることは難しい。これだけメディアや個人のSNS等で取り上げられても、未だに「幻の鉄道」なのである
 国土交通省、立山砂防工事軌道。通称「立山砂防」軌間610mmのナローゲージである。国鉄標準の1067mmよりも狭く、木曽森で有名な木曽森林鉄道の762mmよりも更に狭いゲージである。762mmゲージは直ぐお隣、黒部峡谷鉄道や四日市あすなろう鉄道で採用されてからくも残っているが、現存する一般路線では610mm軌間は存在しない。元々、このゲージは開設撤去が容易な工事軌道や坑道が狭く制限が厳しい鉱山軌道で多く採用されてきた。単純にナローゲージだから珍しいのではなく、極めて存在することそのものが希少なゲージなのだ
 路線は富山地鉄立山駅隣の千寿ヶ原から常願寺川の深い谷間にへばり付いて18kmの奥地、水谷平まで延びている。起点と終点の標高差は600m余り。この高低差を工事資材を押し上げるために8箇所、計38段ものスイッチバックが存在する。その白眉が連続18段にも及ぶスイッチバックだ。これだけの数の連続スイッチバックは世界でも例が無く、18段は世界で最高数と言われている。列車は行きつ戻りつしながら鈍足で進むので、18kmの距離におよそ1時間40分を要する

 ガッコンガッコン揺さぶられて出発

 水谷出張所の寸景。プレハブ小屋は各作業会社の施設であろう

 水谷平外れに旧線の橋梁が見える。あそこに立って見たいなw
 
 木々の中から線路が近づいてきた。これからスイッチバックして進む線路だ
 樺平(かんばだいら)連続18段スイッチバックに突入

 折り返してさっき走ってきた所を。窓枠に対して線路の角度。傾斜が凄い
 
 これから進んでゆくところ。この先でスイッチバックして下の線路に降りてゆくわけだ。ここだけも高低差は数メートルはある
 
 狭いながらもところどころに交換所が設えてある

 「蔦山」とヘッドマークを掲げた機関車牽引(ここでは推進だが)の人車列車とすれ違った
 随行の職員さんが言うには、見学列車は特別ダイヤなのでこうした交換てのは余り無いんだそうだ
 
 18段スイッチバックを折りきると、デルタ線が特徴の樺平連絡所。「連絡所」は交換設備のあるところ。一般の鉄道でいうところの信号所や駅にあたる
 
 連絡所の目の前がスイッチバックになっているので、左のほうへ進んで、手前の線路を戻ってくる感じ

 鬼ヶ城連絡所。職員さんが敬礼で見送ってくれる
 ここは千寿ヶ原から7キロほど。この先水谷までは11キロあるけど、まぁ中間点て位置づけだろう

 中小屋の手前辺り。この辺が連続スイッチバックを捉えやすいかな?樺平の連続18段はスケールがでかすぎるのと木々が繁茂し過ぎていて列車に乗っていると全容は掴み辛い
 
 途中週、夕立に遭遇しながらも、1時間40分かかって終点千寿ヶ原に無事到着
 長くも短い貴重な旅が終わった。また乗れるかな?今度はモーターカーにでも乗せてもらって、ゆっくりと連絡所の風景とか見てみたいな。そんなプランは存在してないけどw
 今回は3人席の真ん中に押し込まれたので、結局あまり写真は撮れなかった。次回は外から走行写真も撮ってみたいな

 さて、体験学習会はカルデラ博物館内でアンケートを記入して解散。終了となった
 日程表では16:17発の電鉄富山行が案内されていたが、うきはは既に列車を手配済みなのだ

 立山駅窓口に行って引き換えてきた座席指定券と特別急行券。いまや地鉄ですらインターネット予約で指定券が入手できる

 ホームに入るのは京阪テレビカーだ

 オリジナル塗色に特急鳩マーク

 中間にはダブルデッカーが連結される

  立山→電鉄富山:サハ31 15:51発 特急立山6号「電鉄富山」 2号車84C 2階席指定

 指定席はダブルデッカーの2階席だ

 こちらは1階席

 車端部

 京阪鳩マークをベースにしたデビュー記念マーク

 この棚は・・・・・・何が載せられるんだ???

 シーズンなのでもっと混んでるかと思ったが、がらがらのまま立山を発車

 常願寺川を渡る。朝に通った芳見橋が見える。川を渡ったら立山ともお別れだな・・・・・・

 スピードはさほどではないが、さすがに特急。停車駅も少ないので50分ほどで電鉄富山に到着
<電鉄富山>

 留置線に10025がいた。10020系の第3編成で、唯一原色を堅持していた編成だ。運用に就いていたのかな?運転士さんが降りてきた
 10020は第1、第2編成は既に無く、同系の14720も残り1本。これも今年9月まで、14720も年内で引退だそうだ。いよいよ地鉄オリジナルも少数派になってしまうな。最後に見れて良かった

 都バスみたいなカラーの地鉄バスを見ながら駅前に出てきた。新幹線が出来てからは富山駅来るの初めてかなぁ?
 地鉄市内線がJR駅まで入るようになってからは来てないものな

 そんなわけで、地鉄市内線に乗ることに。電鉄富山駅前から乗車。これには乗ってないけど

  地鉄駅前→県庁前:T104 17:03発 「大学前」


 かつての本線から分岐して富山駅に入線。スイッチバックして大学前に向かう

 県庁前まで乗車。乗ってきたT104を
 T100は老朽化した7000型を置き換えるために2011年から導入が開始された3車体2台車の連接車。愛称は「SANTRAM(サントラム)」
 このT104は2017年に導入された一番新しい編成。4編成の導入が予定されており、予定通り4編成出揃ったので当面増備の予定はない。言い換えると、現在残っている7000はしばらくは安泰ということかな。もっとも、ポートラムと直通運転が始まったらまた状況が変わるかもだけど
 本線から新規延長線を経由して本線に戻ったので、延伸部分も無事に完乗。今度はポートラムと直通運転が始まったらだな

  県庁前→富山駅前:7021 17:18発 「南富山駅」


 帰りは7021で富山駅まで。やっぱり吊り掛けは乗っておきたい

 現状では途切れた線路だが、北側もすでに吹き抜けになって軌道が出来るであろう空間は完成している

 延伸工事中の北側。プラレールの溝みたいなとこに今後レールが設置されるんだろうな

 ライトレールの富山駅北駅跡。すでに延伸工事のために本線上に移設した仮駅で営業している
 ショベルが入って北駅は解体工事が始まるまさに直前の様相だ

 昔はここからライトレールに乗った・・・・・・架線を支えていた支柱が撤去され、この先JR駅下まで延伸されるんだ

 フェンスの隙間から工事中の軌道部分を撮影してみた。最新の軌道はこうしたプレートを設置した上で線路敷くんだな。クロッシング部分も複雑な形に成型されたコンクリートを並べて行くだけなんだ。本当に1/1プラレールみたいw

 こんな不思議な光景が見れるのも今だけだ
 開業は2020年の3月とアナウンスされた。工事は急ピッチで進む。直ぐに線路が敷かれて周囲も綺麗にされてしまうだろう

 さて、新幹線で帰る湯倉君を見送って、南口に定点観測をしにやってきた

 オリジナルカラーの7018

 後ろからももう一枚。このカラーが一番地方私鉄っぽくて良いね
 このカラーで残っているのはこの7018が1両きりだそうだ

 ケーブルテレビの広告カラー7016。連接低床車の増備で旧型は淘汰されてゆくのかと思ったが、割合しぶとく残っているな

 新設部分のデルタ線。電車がいるのが南富山方面。左下が富山駅前方面。左右に横切るのが以前の本線。線路は完全に残っているが、ここを営業電車が走ることはない

 駅前部分は3複線になっている。これだと信号が変わった瞬間に両方面に電車が発車できるという仕組みだ

 7000同士のすれ違い

 新富山カラーの7017
 屋根上に電飾看板が付いているのも富山の特色。これも大分減った気がする

 再び7000同士のすれ違い

 しつこいくらいに新富山カラー同士の7000すれ違い
 3複線で3台並びを狙って待っていたけど、なかなか良いタイミングで電車が揃わず撮影適わなかった。次回以降にまたトライだな!

○ 富山駅→富山空港 18:15発 36系統「八尾鏡町」

 お土産買ってそそくさと出発ロビーへ

 東京からB737−700が到着した。最初のスケジュールでは−800だったが、昼過ぎにメールが来て、「機材が変更になりました」とのことで

 もうすっかり暗くなったころ、搭乗。01ANだな

 富山→東京・羽田:NH322 19:50発 B737−700 JA01AN 21F

 737−800だったのが700に変わったので、指定座席も25Fから21Fに変更。700なんて久しぶり

 JA01ANはもとゴールドジェット。エアドゥにリースされていたが、今年6月28日にANAカラーに復帰、リースバックされているようだ
 写真は2009年に関空で撮影したゴールド時代のJA01AN

 夏休みの夕方の便だけど空いている。やはり搭乗率は落ちているんだろうな

 暗闇の中を飛び続ける。ターンの仕方とか機窓の様子からすると、日本海に沿って北上。新潟から南下のパターンだな
 
 あっという間に地上に灯りが増えて関東上空に
 
 21時前に東京着だと丁度良い頃合なのか、この時期に飛行機に乗ると上空から花火を見かけることが多い。夏のナイトフライトの楽しみの一つだ♪

 羽田に到着

 降機して一枚

 21時を回って、もう殆ど出発便のない第2ターミナル
 久々に長期、濃密な旅行を楽しんだ

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