1998年1月8日

 新宿23時9分発、村上行き「ムーンライトえちご」の4号車3番B席に私はいた。22時過ぎに起こった新宿〜代々木間の人身事故の影響で入線こそ遅れたものの、定刻の発車となった。165系6両編成の車内はほとんどの座席が埋まり、9割強の乗車率といったところだろうか。新宿発車の時点でこれであるから、指定券を手配したのが三日前でよく取れたものだと思う。
 新宿を出ると、池袋、赤羽と停まり23時40分、本日最後の停車駅、大宮に停車する。王子からつかず離れずして併走してきたホームライナーとはここでお別れとなる。3分停車で大宮を発車すると、次は高崎まで停まらない。深夜帯とはいえ思い切ったダイヤ設定だと思う。私が所有している切符は例によって「青春18」なので0時を過ぎたところで入錠して貰わねばならない。検札が来るまでは起きているつもりで読書に専念する。乗客の吐く息ですでに窓は白く曇り視界は効かなくなっていた。せめて熊谷に停車してくれればと思いつつ、ひたすらに文字を追う。
 高崎、午前1時着。こんな時間でも高崎から乗り込んでくる人がいる。反面、高崎まで利用の通勤客も多い。高崎では30分もの大休止がある。いささか古い話になるが、ムーンライトえちごが走り始める前に存在していた、普通夜行列車の長岡行きも高崎では40分も停まっていた。要は新潟圏への到着時刻を少しでも有効時間帯に近づけるための措置である。もっとも件の長岡行き普通列車はすぐ先の新前橋でも30分も停まっていたのだが。こちらの列車は時間調整と合わせて、この間に後から上野を発車した福井行きの夜行急行「能登」の退避を行う。ちなみに、長岡行きは高崎で秋田行きの急行「天の川」に渋川では新潟行きの急行「佐渡4号」の退避をしている。さて、道を譲るべき相手の「能登」は何故だか遅れてやってきて1分停車で発車していった。我がほうは定刻の1時半に出発。
 さて、検札も済んだし寝るかと目を閉じていると、まもなく電車が再び減速を始めた。まだ高崎を出てから10分程度しか経っていない。と、とうとう停車してしまった。次の停車駅は長岡のはずだが?と思って眼を開けるとどうやら新前橋のようである。時刻は1時40分過ぎ。運転停車か?と思いつつもなかなか発車する気配がない。眠る努力をしつつ、眼を閉じていると小一時間して2時半過ぎにやっと走り出した。
 いくらか寝たのだろうか?ふと、眼を覚ますと電車は転轍機を渡っている。少し寒いと思っていると、再び電車は停まってしまった。水上のようだ。外は30センチほどの積雪がある。「水上でも運転停車する必要があるのか?」という疑問が浮かんでくると、もう眠れない。時刻は3時少し過ぎ。次の長岡到着は4時5分。一時間で水上から長岡まで行けるわけがない。「遅れている」。それも大幅に。新潟県地方は大雪と言っていたがその影響だろう。
 隣のホームには上り新宿行き「ムーンライトえちご」が入線。あちらは定刻のようだが、こちらはどう考えても一時間は遅れている。しかし、アナウンスはない。EF64牽引の貨物、583系の団臨とすれ違う。向こうからは列車がくるのだから、こちらも動けそうだと思うのだが一向に発車しない。そのうち、運転台のブザーが「ブーブー」と3〜4回なり、列車はゆっくり動き出した。すでに長岡到着時刻を過ぎている。
 新清水トンネルだけ異様なスピードで突っ走り、トンネルを出ると一段と減速、二時間半遅れて今度は越後湯沢でストップ。やっとアナウンスが入る。まぁ、早朝でもあるし、アナウンスが入ったところでこの列車以外に移動手段はないのだが…。隣のホームでは朝もはよから駅員が除雪中である。大雪というのも納得できるが、3年前はもっと雪があったような気がする。
 そうこうしていると、車掌がやってきて「村上より先へ行かれる方」と尋ねて回っている。私も当然そうなので仙台まで行く旨を伝える。その時はまだ羽越線を北上し、余目から陸羽西線、東線を経由して行くつもりだったのだが、勝手に米坂線周りにされてしまった。聞いていると、驚いたのは「平」に行く人や、「北陸方面」へ行く人も乗っているということだった。北陸方面は解る気がするのだが、平へ行くとなると磐越西線から東線周りだろうか。なんにせよ、まっとうな旅行者ではないと思われる。
 さて、列車は6時を過ぎ明るくなってから越後湯沢を発車した。この時すでに羽越線に乗り継げるか、ではなく今日中に仙台に着けるのか?というレベルになっている。払暁の上越線をそれなりのスピードで走る。石打ではEF64牽引の寝台特急北陸とすれ違う。屋根まで雪を満載している。これから国境を越えて、上野に着くのは昼頃だろうか?こちらの新潟到着は8時ごろと言っているが、それも不可能なのでは?と思い始めた矢先の小出で4度目のストップ。もうここまで来たら驚きはない。すでに予定は大変更で、坂町発13時38分の米坂線に間に合えばいいと言うところまできていた。
 小出では只見線のキハ58をボーっと見て過ごす。ここは本来停車駅ではないのだが、乗客たちに駅の電話を開放していた。せめてもの措置だったのだろう。7時過ぎにやっと発車。夜は完全に明けている。ほとんど寝ていないのに不思議と眠くない。
 10分走って5度目の停車。越後川口である。宮内駅でポイントが凍結したとかで走れないという。7時5分発飯山線の十日町行きが遅れて発車してゆく。もう7時なのに不思議と対向列車がこない。遅れているというよりは運転見合わせ中のようだ。
 やっと走り出したと思ったら宮内の手前でストップ。今度は駅ではなく本線上である。3年前の冬もここで電車が停まった。あの時は強風の為だった。横を信越本線の普通列車が走り抜けてゆく。通過した宮内では側線に高崎で抜かれた「能登」が停まっており、4時間遅れて到着した長岡では、入れ替わりに金沢行き「北陸」が発車していった。あちらは金沢まであと3時間である。
 長岡ではすぐに発車すると言っていたのだが、待てど暮らせど発車する気配がない。まもなくアナウンスで「交代の運転士がいないためしばらく停車します。」とのこと。とうとうくるところまで来たか、と言う感じ。
 長岡を出てからは快調に走り、新潟まで1時間で走破。但し「本日は新潟で運転を打ち切らせていただきます。」との無常なるアナウンス。越後湯沢で行き先を聞いたのはこのためだろうか?新潟到着は結局、4時間14分遅れての9時19分。こんなに遅れた列車に乗ったのは初めてのことだった。新潟駅では「えちご」の乗客の為に「そば」の配給があったが、私は先を急ぐ。
 9時38分発白新線各駅停車で新発田へ。始発なので遅れてはいない。新発田で下車し、次の村上行きを待つ。11時30分、12分遅れてやってきた村上行きE127系に乗り込む。ほんの20分ほどなので一番前にたつ。
 今度の米坂線米沢行きは13時38分発。1時間半程時間がある。普段ならこの位の待ち時間はものの数ではないのだが、外はあいにくの吹雪。駅前のコンビニへ行くだけで雪まみれになる始末。仕方ないので、待合室でおとなしく改札があくのを待つ。ストーブが暖かい。本当に……。駅の案内板を見ると、上り大阪行き白鳥は89分の遅れとのこと。すでに特急料金の半額は払い戻しだが、大阪につく頃には一体何分の遅れになっているのだろうか?

坂町に停車中の米坂線キハ58

 さて、米坂線普通列車米沢行きは定刻に坂町を発車した。キハ40+キハ58の2両連結。後ろよりの58のほうに席を取る。乗客は少ない。ただひたすら雪原の中を快走する。途中の越後下関と越後片貝で列車待ち合わせのため小停車。ホームに出てみる。寒い。すぐに車内へ戻る。米坂線は快調そのものであった。交換列車が少ないのでさほどダイヤは乱れないのだろう。不測の事態で、図らずとも初の米坂線乗車となったが、それまでの鬱憤を晴らすかのような気分の良い路線であった。
 雪の勢いはほとんど収まらず、山形県に入っても相変わらずの大雪だったが5分程度の遅れで無事に列車は米沢駅に到着した。米坂線は偉かったのだが、この後の奥羽本線、改め山形線は偉くなかった。

米沢駅の側線で雪に埋もれる米坂線の気動車

米沢駅の山形線719系。

 16時26分発の福島行きは12分遅れ(だったと思う)て到着とのこと。やっと来た電車も交換の下り「つばさ」が遅れているため、更に遅れて発車するという。終着の福島到着は17時37分頃である旨アナウンスが流れた。もはや福島での乗り継ぎは絶望的。予定の東北本線仙台行きは17時半に福島を発車する。東北本線も遅れてくれればと期待してみるが、この仙台行き、なんと福島で33分も停車する。少しくらい遅れて福島に着いても定時に戻すのは造作もないことである。事実、福島に到着した頃には仙台行きは影も形もなかった。
 次の仙台行きは1時間後の18時36分発。仕方ないので、18時11分初の藤田行きで終点まで行く。何もしないよりはいいかな?と言ったところだ。不思議と東北本線は定刻に動いていて、藤田から先もスムーズに移動できたのだった。

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