深窓の令嬢


















要塞内を巡回中、資材置き場で倒れて来た鉄パイプが少将の大腿を強かに打ちつけた。
慌てる面々に大事無いと告げ、そのままいつも通り執務室に戻る。

医務室に寄ってからと言う周囲の心配を軽くあしらい、何ともないと言いながらのこの道中。
本人は普段通りを装えていると思っているようだが、いつもその姿を後ろから見ている自分にとってみれば、
その努力が可笑しくなってしまう程に明らかに不自然なのだ。


「湿布でもお持ちしますか?」
医務室行きをつい今しがた拒んだ手前、本人が直接出向く事は絶対にしないだろうと予測して。


「要らんだろう、こんなもので。」
ちょっと避け損ねただけなのだからと呟いて、舌打ちを一つ。
前を向いたまま、少しムキになったような勢いを持って上官は不可思議な加速を見せる。

「そうですか?」
その意地っ張りな姿に苦笑しつつ、ほんの少し歩幅を広げてその背に追いつく。

「どこぞの深窓の令嬢でもあるまいに軍人がいちいちこの程度で湿布だなどと言ってられるか。」
横から軽く見下ろせば、簡単に追いつかれた事で、更にその表情は憮然とした。
ただ一言、痛いと言ってしまえば良いのに。

「…まぁ…そうですが…。」

「何だ?言いたいことがあるのならはっきり言えマイルズ。」
笑いをかみ殺した返答は、お気に召さなかったらしい。

「閣下は軍人であらせられますが、深窓の令嬢にも当てはまられるのではないですか?」

「深窓を飛び出して幾久しいわ。」
ほんの少し、面食らったような顔をして。

「それとも何か?貴様は私には軍人より深窓の令嬢が相応しいと?」
一瞬の隙を、すぐに皮肉な笑みで覆いつくし、挑発的な光で瞳を煌かせる。

「滅相も御座いません。軍人こそ閣下の天職かと。」
この返答には満足したのか、切り込む様な眼差しはすぐになりを潜めた。

「うん、私もそう思う。あのまま家にいて大人しく家の決めた相手に嫁ぐだなどと考えただけでも無理だな。
第一この気性で良家の奥方など務まらんわ。私をあてがわれた男も、これでは耐えられまい。」
涼しく、至って真面目な表情で朗じる姿に失笑する。

「何だ?」
無論、女王陛下のお気には召さず、当然いつもの仏頂面に戻る。

「いや、随分ご自分のご気性を冷静に見てられると思いまして。」
隠せない笑いに、ますます少将の眉間の皺は深くなる。

「…む。致し方あるまい。自己弁護など不毛だ。」
遂には不貞腐れてしまわれたらしい。
こちらを睨み付けていた視線がふいっと外された。

「ですが、一つ誤解が。」
そのむくれた横顔に大事な事を付け加える。

「何だ?」

「貴女を賜った男は幸せだろうと言う事です。」
目だけで軽く振り返った彼女に、先程とは違う笑みを見せる。


「何故?」
若干目を丸くして怪訝な表情を浮かべる姿は、育ちの良さ故か隙だらけで、不思議な程に幼く見える。
そう言う所も可愛らしいですよと申し上げたら、恐らく相当酷くその怒りを買う事になるのだろうが…。

「貴女は貴女が思っておられるより、魅力的な女性だと言う事ですよ。
これほどの美姫を手に入れて不満に思う男などそうはおりますまい。」

「…。」
少女に謎掛けの種明かしをする様に、やんわりと語れば、その怪訝そうな表情から更に口元をへの字に曲げられてしまった。


「ご不満ですか?」
言葉もなく余りに複雑そうで難しい顔をしている美姫に、問い掛ければ、案外に素直な答え。
「男とはそんなものか?」


「ええ、案外に男なんて単純なものです。」
毒気を抜かれ、その油断し切った面持ちに、触れたくなる衝動をぐっと堪える。
今はまだ職務中なのだから。

「…不毛な…。男心は分からんもんだな。」

「貴女の魅力が何物にも優ると言う事ですよ。」
照れ隠しに毒づいて見せる、そんな所もまた可愛らしいのですよ、とは彼女に告げる事のない、またもう一つの事実。





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長らく日記の方のみに投下してそれっきりだったSS。
オリヴィエ様を『賜る』と言う表現をお褒め戴きうはうはでした♪


…これから書いてないのか…そうか…(遠い目)。













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