むかえにいく
あの瞬間を忘れない。
血まみれのか細い身体を抱き締めた、あの瞬間を。
その温もりを、忘れない。
生きている、彼女の体温を忘れない。
恐らく、今までで一番愛おしいと思った。
抱き締めた身体の熱と、荒く繰り返す呼吸が彼女の生きている証。
本当は、そのまま置いて行ってくれて構わないと思っていた。
迎えに来るという、彼の言葉に頷きはしたけれど。
足手まといになる位なら、いっそ彼を逃がした所で捨てて行って欲しかった。
主は私を捨てないと言ってくれた。
その気持ちは嬉しいけれど、でもやはり彼が無事に生きて帰ってくれる事が何よりも最優先。
だから、例え彼が迎えに来なくても、それで良いと思っていた。
あのまま放っておけば、程なくして私は失血死しただろうから。
それでも、彼が迎えに行くと、落ち合うと言った場所を目指した。
もし、本当に迎えに来てくれるのならば、少しでも彼の負担を減らしたかったから。
でも、本当は、彼は絶対迎えに来ると分かっていた。
だから、約束の場所を目指して歩いた。
きっと、辿り着けなくても、彼は私を迎えに来る。
停まる前の車から飛び降りて、下水道へ駆け込んだ。
探すまでもなく、約束の場所にランファンはいた。
瀕死の状態で、これだけの痛みと出血の中、自分に少しでも心配をかけまいと、ここまで来たのだと、リンには分かった。
彼女はそういう人間なのだから。
別れ際に「ご武運を」と、見せた笑顔が鮮烈で苦しかった。
早く、迎えに行きたいと思った。
生まれて初めて、あんなに焦りを感じた。
早く、早く、と。
あの笑顔がチラついて、居ても立っても居られなかった。
心の奥で、彼女が待っていない気がして、不安だった。
そして、水の中に立ち尽くし、壁にもたれた姿勢のまま、待っている彼女を見つけた。
「ランファン!!!」
叫び声に彼女は左肩を抑えたまま、目だけを主の方にめぐらせた。
荒い息を繰り返す口から返事は発せられない。
名を叫びながら、駆け寄って抱き締める。
崩れる様に預けられる体をしっかりと支え、その顔を覗き込む。
苦しい息を繰り返しながら、彼女はもう一度微笑んだ。
「ご無事で…何よりです…」
こんな時ばかり、何故。
こんなに痛々しい笑顔をにさせてしまうのか。
己が身の不甲斐なさに唇をかむリンの前で、ランファンは静かに目を閉じた。
「っ!!ランファン!!!ランファン!!!!」
崩れ落ちる身体を通路に横たえながら、狂乱して叫ぶリンを制したのはホークアイ。
いつの間にか、車から彼女も降り、事の顛末を見守っていたらしい。
叫ぶリンの後ろから声をかけ、彼の肩を掴んで言った。
「落ち着いて。大丈夫、気を失っただけよ。息をしているわ。」
それより、早く…。と。
落ち着いたホークアイの行動と声色に、ようやく正気を取り戻したリンは、意識のないランファンを抱き上げ車へ運んだ。
なるべく、静かに、と。
助手席のシートを極力倒し彼女を座らせる。
グラトニーから少しでも遠ざけるように。
そうしておいて、リン自身が彼女の身体に覆い被さる様にして風除けになる。
ランファンの体力の消耗をこれ以上進行させないように。
腕の中のランファンが、薄く荒い息を繰り返しているのは、自分より離れた所から見ていたはずのホークアイにも分かったと言うのに、それすら分からなくなってしまっていたらしい。
改めて、自分の慌てぶりに気付く。
こんなにも自分は彼女の事で、我を忘れていたのか、と。
ぐったりしたランファンの首筋に顔を伏せる。
「ごめん。」
強い風に掻き消されて、誰の耳にも届かぬ程度の小さな声で。
自分の甘さを呪いながら。
彼女の意識が戻ってすぐ、堂々と合わせる顔がない。
正面からきっちり彼女の志を受け止めてやれるのか、彼女を誇れる自信が、今一瞬揺らいでいる。
目を覚ますまでに、覚悟を決めるから。
今だけは、せめて一言の謝罪。
彼女の覚悟の強さに恥じない者である為に、覚悟を決めなおす、それまでの謝罪。
例え彼女の耳には届かなくとも。
気力だけで約束の場所に辿り着いた。
迎えに来て欲しいとは思わないけれど、どうか無事であって欲しいと願う。
あの方さえ、無事であれば、と。
太腿まで浸った水と、失血により体温は段々下がっているし、痛みに感覚も麻痺して来ている。
長くは、もたないかも知れないと思う。
主の無事を祈り、目を閉じたその時自分を呼ぶ声が聞こえた。
その余りの必死さに、正直驚いた。
この人は、こんなにも自分を望んでいてくれたのだ、と。
こみ上げる想いに熱くなる胸を抱え、声の主を見止める。
駆け寄って来る声が、顔が、その態度の全てが、彼の懸命さを饒舌に私に伝えた。
彼の本当の気持ちが、まさしくこれなのだと、初めて理解出来たような気がした。
「ご無事で…何よりです…」
彼の無事と、そして、その気持ちに、せめてもの笑顔。
酷く情けない顔かも知れないけれど。
そのまま安堵感が、私の意識を暗闇に引きずり込んで行くのに抗う術はもうなかった。
彼の腕の中に崩れ落ちる事に、僅かに幸せを感じながら。
泣き叫ぶ様な、彼の私の名を呼ぶ声に、まだ死なぬ、と。
まだ自分は彼と共にあるのだ、と決意を固める。
この人と共にあり、この人を守るのだと…。
今、彼の悲鳴を止める力は、この身体には残っていないけれど。
動かせない体でも、感覚はまだある。
車の座席に横たえられ、首筋に温もりを感じる。
風が直接身体に吹き付けないのは、きっと彼が盾になってくれているから。
小さく呟かれた謝罪は、きっと秘密の言葉。
強い風の音に掻き消されなかったのは、彼の顔が私の首筋に直接触れていたから。
彼の、その優しさが心地良くて、遂に私は本当に意識を手放した。
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心理描写のみやね…(涙)。
で、空き家へ!!
で、どうでしょう!?
奇妙に長いです。
ガンガン発売前に!!!と必死でした。
文章のいつも以上におかしい分部には目を瞑ってやって下さい。
お迎え以降、まだリンはランファンにあってないんじゃないかしら?とか。
きっと、リンの葛藤とか、色々あるんだよ!!と言う事で、それまでの二人の気持ちを繋いで見ましたーみたいな。
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