韓国・朝鮮を知ろう6   身延山久遠寺の朝鮮鐘/備仲臣道


 

日蓮宗の総本山・身延山久遠寺に朝鮮鐘があることは、山梨の人でもあまり知らない。古道河内路で駿河に抜けているとは言え、標高千メートルの山中に伽藍が甍をつらねる身延山は、今日においてさえも辺境の地である。かつて祖師堂に懸けられていて、いまは宝物館にあるこの鐘が、どのようにして草深い田舎へもたらされたのかは興味深いが、朝鮮から直接渡来したものでないのには違いない。朝鮮鐘の多くは倭寇や水軍が猛威を振るった十四世紀に略奪されたもので、今日もそれらの根拠地だった地に残っているからである。
 十三世紀前半のものとされる身延山の朝鮮鐘は、高さ五十七・六センチ、口径二十八・八センチで左右側面に各一体の浮き彫りの飛天が、ひざまづいて右手に宝塔を捧げている。残念なことには龍頭と甬が失われて、痕跡しか残っていない。銘には万治三年(一六六〇)十月十二日に中嶋氏・茶屋長意 法号圓応日是が寄進したと記されている。  中嶋氏は茶屋家の本姓であって、代々の当主は四郎次郎を名乗った。初代茶屋四郎次郎は明智光秀謀反の際に顔を出しているけれど、つまりは、そのころから日本の政権中枢近くにいた政商で、徳川将軍家呉服用達、糸割符商人として巨利を得てきた。茶屋長意も尾張藩御用の材木商などで財を成し、寛文三年(一六六三)から同六年にかけては、尾張の戸田川左岸に約四十町歩にわたる新田を開拓して、盛時の威風を示している。その茶屋長意が身延山に朝鮮鐘もたらしたのは、法華への信仰篤かった証しであると同時に、安土・桃山から江戸期を通じて、政権中枢に深く食い入っていた茶屋家が、当寺珍重された朝鮮鐘を入手し得る地位と財力を持っていたからであろうと思われる。
 朝鮮鐘は統一新羅から李朝を含む千三百年間にわたって、伝統形式を維持してきた。アジア仏教圏では抜きん出てその美を誇る存在で、古代中国・周の礼器である鐘の一種・甬鐘に端を発している。甬鐘の形は今日のハンドベルを思わせるが、口径は両端が尖っていて内部に舌がなく、甬の部分を持って枚(乳)の下部を撞木でたたいたものらしい。甬鐘を祖型とする朝鮮鐘は、コップを伏せた形の頭頂に単頭の龍頭と円筒形の甬を持つのが、和鐘とは際だつ特徴である。甬を日本人は旗挿しとも呼ぶが、その機能が音律調整のためと考える人々は音管と呼んでいて、円筒は鐘の内部に貫通しているのが普通である。頭頂の周縁に蓮弁を放射状に配し、宝相華文や唐草文で装飾された上帯は、凹形の乳部を四ヵ所に置き、内部の乳は三段三列を通例とする。すなわち、甬と乳とが祖型の甬鐘から引き継がれたものであって、この間千年の空白を越えて形式が遺存したことになる。
 日本の梵鐘が簡素な装飾でいかついのに較べ、朝鮮鐘は優美で繊細・華麗な女性的雰囲気を醸している。けれども、実はここに朝鮮民族の持つおおらかで自由奔放な美点が、蝋型鋳物という製作法を得て光り輝いているのである。



もどる すすむ ほーむ



あなたの悩み解決します 独自ドメインの取得をするなら 生命保険の切り替えはココ
[PR] | ヒーリング会社案内 作成se 転職川口栃木荻窪池袋中国SEO対策消費者金融車 買取テンプレート沖縄旅行免許合宿二輪引越しプレゼントゴルフ会員権留学レーシックマッサージFXアフィリエイトFXホームページ制作デイトレードハワイ旅行タイバンコクハワイ レンタカーベスト ハワイ ホテル レーツバリ島Hawaii hotelsHawaii Activitiesbhhrハワイホテルテキスト広告
【運営会社「パラダイムシフト」サービス】 ハワイ現地オプショナルツアーリラックマ) - ビジネスクラス航空券 - 格安航空券(1) - 格安航空券(2) - 海外ホテル - 韓国旅行 - タイムシェア - ホテル 予約
無料ホームページ - 携帯ホームページ - 無料ホームページ作成 - レンタルサーバー - ブログ - ヴィラ - ハワイ コンドミニアム - バリ島 ホテル - プーケット ホテル - 旅行 口コミ - 旅行情報 - 国際電話 - ホノルルマラソン - 掲示板監視 - 風評被害 - ホテル比較 - ノースウェスト航空 - ファイナルチェッカー